

自転車のルール
自転車の青切符制度が始まって1ヶ月半たった。自転車乗りの私としたら車道を走らなければならないケースが多くなってちょっとストレスである。何度か府中街道の車道を幼児を乗せたママチャリの人が走っているのを見かけて、「ええっ? あなたは疑いなく歩道を走っていいんだよう」と振り返って心配したこともある。 町の小さな交差点で左折するときも、前の信号が青になってから曲がるのが正しいのだろうが、今までは前の信号が赤であってもにゅるにゅる~と左に曲がってしまっていた。誰の進行の妨げになってないからいいじゃんという理屈をこねて。しかしこれが交通ルールに違反しているらしい。だから、今は左折するときは自転車を一旦降りて「歩行者」になり、にゅるにゅる~と左に折れ、それからまた自転車乗りになる。 右折するときも、今まではなんとなく手前でにゅるにゅる~と右側に寄っていって、なんとなく右に折れて、少し走ってから様子をみながら左側通行に戻ったりしていた。幹線道路でもない寂れた道ならば、そんなアバウトな走行も可能なのである。結構右側通行もしていたと思う。 しかし今は、前の信号
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太極拳の大会に出場した
「東京国際武術節」という太極拳の大会に出場した。会場は代々木競技場第2体育館。巻貝のような独特な形の屋根を持つ建物で、内部はすり鉢状の階段席が表演の場をぐるりと円形に取り囲む形になっている。 私は140人態勢での簡化24式太極拳と、今習っている陳式(趙堡混元太極拳)で出場した。 まず24式太極拳だが、私としてはもう呆れるほど練習してきている種目なので、緊張も無く参加した。しかし大勢でやるとなると前のほうの人たちや周りの人たちと動きを揃えなくてはならない。いろいろと見渡しながら無難に合わせていったのだが、後半になって突然乱れた。高探馬(ガオタンマ)をやるべきところで前のほうの人たちがいきなり蹬脚(ドンジャオ)をやりはじめている。むむっ?と思いながら演じていたのだが、終わってから「何かおかしかったような? 」といぶかしい思いが残った。 退場する段になって周りの人たちがざわついて、「なんか抜けたよね」と言っている。「やっぱりそうでしたよね」と私も話を合わせる。「まあ大勢でやるとこんなもんよ」と皆で言い合って笑った。 あとで聞いたところによると、
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そうはひっかからない
「多摩区役所の保健課の田中と申します。去年の夏ごろに保険関係の書類をお送りしましたが、ご確認いただけておりますでしょうか?」 「去年の夏といいますと半年も前なのでその書類を見たかどうかちょっとわかりません」 「ではもう一度書類をお送りしますので、ご住所とお電話番号を改めておうかがいできますか?」 「保健課の田中さんですね。こちらから確認して折り返しお電話しますので、そちらのお電話番号を教えてください」 私がそう言うと相手は急にしどろもどろになって、うちの電話番号に似た番号を口走った。私は多摩区役所とやりとりする小さい仕事をしていて、市外局番の後の3桁の番号がどの窓口もすべて同じだと知っている。違う番号を相手が言ったのでこれは明らかに詐欺ですなと確信し、 「ではこちらから折り返します」と言って電話を切った。その後、その手の詐欺電話はかかってこない。 その他にも「ガス給湯器の無料点検をおこなっております。明日おうかがいしますがお時間はありますか?」などは生の電話で3~4回あった。これは契約ガス会社が定期的に点検してくれているからと、いつもすぐに断
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英語を学ぶ
パソコンでDuolingo という無料の語学学習ツールを使っている。英語や中国語、フランス語、ドイツ語などの他に多種多様な語学が学べるようだが英語以外できる気がしないので英語だけやっている。 色々なランクがあってルビーリーグ、サファイアリーグ、アメジストリーグ、黒曜石リーグなどランクアップしていき最後の到達点はダイアモンドリーグである。問題文の難易度もリーグを制覇するごとに増していく。 1度ダイアモンドリーグまで至ったのだが実はこの英語教材にはゴールはなく、延々と教材は続いていくのである。 当然ダイアモンドに居続けるモチベーションは徐々に落ちていき、従ってランクも下がっていく。今は真ん中辺の難易度のエメラルドリーグにいる。成績上位にいないとすぐにランクダウンしてしまうのだ。 英語はちゃんと勉強し直したいとずっと思っている。外国の映画のセリフを吹き替え無しで聴き取りたいし、在日米軍の人向けのラジオ放送AFNなどもニュースっぽいことを言っている部分をちゃんと理解してみたい。洋楽を聞いていてもネットで歌詞の和訳を見ないと何を歌っているのか分から
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何を信じるか
私は無宗教だ。信仰に関するパンフレットや冊子を持って時折訪ねてきてくれる知り合いは何人かいるが、玄関先で調子よくふんふんと聞くだけで深入りはしない。布教に来る人はたいがい愛想がよくて感じがいい。けれど世間話に応じているだけなのに、宗教に興味があるのではないかと受け取られてしまっても困る。いつか寄付とか会合への出席を迫られそうで、普通の友人関係になるのも警戒してしまう。 大学時代、宗教に大いに近づいたことがあった。大学には多くのカルト宗教団体が存在していて、サークルの名を借りて勧誘をかけてくることが多いのだ。 私に声をかけてきたのは同じ大学で1学年上の理工学部に所属しているという青年だった。(後に1学年上というのは嘘で、同学年だったことを知った)。 「君の人生の目的は?」とか「本当の幸福を得るためにはどうしたらいいか」とか、最初から真面目に問いかけてきてくれて、なにかとても深い思索へといざなってくれるサークルのように思えた。背が高く、やせていて色白で非常に静かな佇まいの人だった。 それが仏教系のサークルだと気づくのにそうは時間はかからなかった
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南直哉尊師について
恐山の禅僧、南直哉尊師は大学時代の同窓生である。正確に言えば夫の同級生である。私とは専攻が違ったため授業で顔を合わせることはなかったが、私が教室の前で学生だった夫が出てくるのを待っていた時、南さんと時々顔を合わせることがあった。とてもやせていて一際背の高い人だった。 学生の頃は南さんとは直接話をすることもなかった。目が合ったことはあったが私のことなど覚えてもいないだろう。私には気になる人だった。何事も無く普通に青春を楽しんでいるような若者たちとは雰囲気を全く異にしていたから。 卒業して何年もたって、ある日書店で「老師と少年」という本を見かけた。著者の名前が南さんだったので、検索したらあの南さんであることが分かった。まさか禅僧として確固たる地位を成していたとは。南直哉というお名前は「みなみじきさい」と読み替えてそのまま僧名になっていた。 永平寺で修行した後、今は恐山の管主をなさっているという。「恐山あれこれ日記」というブログも書いていらっしゃる。すごいなあ、立派だなあと思って時々ブログを覗かせてもらっている。 私が姑の介護で少し参っていた時
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私の好きだった絵本
昔私が持っていた絵本のうち何冊かは子どもが読むものとは思われないほどのリアルで美麗な絵柄だった。 特に覚えているのは「リア王」や「人魚姫」だ。 「リア王」を子供向きの絵本にしたことからして驚きだ。鎧を着た軍勢たち。荒野をさまようリア王。まごころを捧げたコーディリアの悲劇的な最期。その絵本はちゃんと中世の西洋を感じさせてくれた。どのページの絵も重厚な油絵のように色彩ゆたかに緻密に描かれていた。 リア王の愚かさ、コーネリアの誠実だが言葉足らずなところ、姉たちのエゴや冷酷。人間の暗黒面をあますところなく描いていた。それは本気の画家の画力でなくては描き得なかったものだった。 「人魚姫」に至っては、大人の恋愛の酷さをシビアに描いているので、こちらも「リア王」同様本来絵本向きではない。海から上がって足を得た人魚姫のなまなましい裸体も大胆に描かれていた。子どもながらにそのページは気恥ずかしかった。しかしリアルな生身の人間の姿として描いてくれていたからこそ、愛することや生きることの深い意味を真剣に問いかけてくれているような気がした。 人魚姫の愛がかなわず
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オッペルかオツベルか
NHKの教養番組を見ていて、あれっと思ったことがある。中学1年の時の国語の教科書に「オッペルと象」という題名で載っていた作品が、番組では「オツベルと象」という題名で紹介されていたのだ。「オッペル」がいつ「オツベル」に正されたのか。50年近く全く気づかなかった。違和感がはなはだしい。 原稿の原本も残ってはいないそうだ。宮沢賢治はどう発音してもらいたくて書いたのか、本人に聞いてみたいところだが、今更もうそれもかなわない。 同じように「カロチン」と呼んでいたものがいつのまにか「カロテン」と言われるようになっていて、そうか、変わったのだなと思いながらも慣れ親しんできた「カロチン」という言葉の響きは私の中ではこれからも消せそうもない。 「国鉄」は「JR」に、「看護婦」は「看護師」に、最近では「Twitter」が「X」に。 時代と共に言い方や使われ方が変わってきた言葉は調べると数限りない。これが歴史の教科書で頻繁に行われたら受験生は混乱するだろう。言い方ばかりか年号や出土品まであやしくなって、果たして何を信じていいのやら。金印「漢委奴国王」は資料集に
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子どもの言葉
子どもは本当に可愛い声で可愛いことを言ってくれる。いろいろな言い間違い、奇想天外な言い回しに、ふと虚を突かれはっとすることもある。 私はそんな言葉に出会う度、こっそり書きとめ、後で読み返しては感心したり微笑んだりしてきた。凝り固まった大人の常識を一瞬にしてリセットしてくれる。無垢な子どもの言葉にはそんな不思議な力がある。 我が子の何気ない言葉をこっそり盗んでいやがられたのはもうずっと過去のことになった。 「ママに大きいおうちを買ってあげるんだ。楽しみに待っててね」 幼稚園児だった息子が言ってくれた言葉である。大人になって蓋を開けてみれば世渡り下手が判明して、私に家を買ってくれる甲斐性など全くなさそうだ。それでもあの頃のあの言葉は1億円の家にまさる価値があった。 幼い我が子の言葉を使って多くの詩を書かせてもらった。そのことだけでも感謝でいっぱいである。 先日、区役所で、2~3歳くらいの女の子を抱っこした若い父親が前を歩いていくのを見た。 女の子がしきりに父親に声をかけている。 「ねえ、ねえ、ねえ」 「なあに?」 お父さんが優しく問いかけ
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パートの仕事でこんなことがあった
40代半ばの頃、家から歩いて30秒ぐらいのところにクリーニング施設ができたので、パートの仕事をしに行っていた時があった。大型入浴施設で使用したタオルやサウナスーツを洗濯してたたむ仕事。週に3日、午後4時間ほど行っていた。午前の部5人、午後の部5人の態勢だった。皆、近所の主婦たちのようだった。 超大型洗濯機や、100度にもなる乾燥機が常時回っているので施設の中は暑くてたまらないし、たたんで束にしたサウナマットはかなり重かったが、仕事自体はそうは難しくはない。 しかし私はこの仕事を2か月半しか続けられなかったのだ。主として人間関係に悩まされて。 私を雇い入れた時は人手が足りなかったのだが、その後に徐々に持ち込まれてくるタオル類の数が減ってきて、 「こんなにパートさん必要がなかった。雇うの失敗した」 などと、上司である若手社員が公然とぼやき始めたのがそもそもの始まりだ。 私より1か月ほど早く雇われていたある女性(仮にAさんと言おう)が、男性社員に仕事に来る日を減らしてくれないかと言われたらしく、 「なんで私が仕事を減らされなくちゃならないの?
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