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子どもの言葉

 子どもは本当に可愛い声で可愛いことを言ってくれる。いろいろな言い間違い、奇想天外な言い回しに、ふと虚を突かれはっとすることもある。

 私はそんな言葉に出会う度、こっそり書きとめ、後で読み返しては感心したり微笑んだりしてきた。凝り固まった大人の常識を一瞬にしてリセットしてくれる。無垢な子どもの言葉にはそんな不思議な力がある。

 我が子の何気ない言葉をこっそり盗んでいやがられたのはもうずっと過去のことになった。

「ママに大きいおうちを買ってあげるんだ。楽しみに待っててね」

 幼稚園児だった息子が言ってくれた言葉である。大人になって蓋を開けてみれば世渡り下手が判明して、私に家を買ってくれる甲斐性など全くなさそうだ。それでもあの頃のあの言葉は1億円の家にまさる価値があった。

 幼い我が子の言葉を使って多くの詩を書かせてもらった。そのことだけでも感謝でいっぱいである。

 先日、区役所で、2~3歳くらいの女の子を抱っこした若い父親が前を歩いていくのを見た。

 女の子がしきりに父親に声をかけている。

「ねえ、ねえ、ねえ」

「なあに?」

お父さんが優しく問いかける。

「ねえ、ねえ、ねえ」

「なあに?」

 私は後ろを歩きながら、ほほえましいなあ、と思って聞いていた。

「ねえ、ねえ、ねえ」

「なあに?」

 そして女の子は大きな声で言ったのだ。

「パパちゃんでちゅ!」

 お父さんは吹き出してしまう。

「あはは。パパちゃんでちゅ!」

 私は、なんという天国だろうと思いながら振り返り振り返り微笑みながら通り過ぎたのだった。

 そこには計り知れない親子の暖かさがあった。女の子はこの後どんどん成長していき子どもの頃の言葉などすっかり忘れてしまうだろう。しかし父親はきっとこの日の娘の可愛らしさを一生忘れない。切なくも親心とはそういうものだ。私も確かにそうであったように。






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