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エキストラのアルバイト

 大学生の時に、エキストラのアルバイトを一度だけやったことがある。四十年ぐらい前のことだ。高円寺にある「日秀プロダクション」というところに、証明写真を持っていき登録をした。撮影の拘束時間も一~二時間ということなので、大学の空いた時間に都合が合えばできるかもしれないと思った。

 ほどなくして「日秀プロダクション」から電話があった。大泉学園の東映撮影所で「特捜最前線」を撮るからエキストラとして出演して欲しいという依頼だった。午後からの出演依頼だったので、大学の一限の授業を一つだけ受けた。二限はパスせざるを得なかった、後期試験も近く出題について発表もあるかもしれない微妙な時期だったが仕方がない。友人に代返を頼み、あとでノートのコピーが欲しい旨を頼んで急いで出かけた。

 校門を出るあたりで、別の友人に出会った。彼女は私を見て一言、

「きれい‥‥」

と言い絶句した。私はものすごく気合いを入れたメイクをしていたのだ。

私は、

「へへっ。メイクしすぎだね。別人みたいでしょ?」

と笑って言いながら、ハイヒールにベージュのコートをひらめかせ、大泉学園へ急いだ。

 東映撮影所の場所がよく分からなかったので、何度も道を尋ねながらやっと時間ぎりぎりで辿りついた。エキストラの人たちが集まっている部屋に案内された。女性は私の他に、きれいな若い女性、上品な奥様風、普通の主婦、おばあさんなど。男性は眼鏡をかけた中年の人、ひょうきんな顔をした若い人、一癖ありそうな顔をした人など。皆、畳の床に思い思いに座って、時間を待っていた。

 しかし、なかなか撮影が始まらない。俳優の夏夕介が何らかの理由で遅れていて、監督らスタッフたちは皆でイライラしながら待っているのだった。私は歯科医院のアルバイトの三時までには優に終わっていると思っていたのでだんだん焦ってきた。撮影は時間通りにいかないものだ。無駄なロスタイムがあることを知った。

 夏夕介が一時間遅刻してやっと到着し、皆で撮影場所にマイクロバスで移動した。この撮影所は、日曜午前にやっている子供向け戦隊ものも撮っているらしく、奇抜なコスチュームを着て、悪魔のようなメイクをした若い女性なども歩いていた。

 撮影場所はすぐ裏手の団地の通り。私が配置されたのは、団地に向かう道の歩道。私のすぐ横に車が止まり、その中にはスーツ姿の藤岡弘がいて、私は、うわわっとびっくりし、藤岡弘! すごくかっこいい! と思ってつい見とれていたら、藤岡弘も車の中から私を見上げ、しばし目が合った。ドキドキした。友人たちに、

「藤岡弘に会ったんだよ! 一メートルの近さで目が合ったよ!」

と自慢できると思った。

 私は通行人の役だった。緊張して歩き方がガチガチにぎこちなくなってしまった。車から下りた藤岡弘が犯人を追っている体で、私の横を全力疾走していった。

 二カットほど撮ってその日の私の出番は終わった。他のベテランのエキストラの人の話によると、本郷功次郎とか誠直也もすごくかっこ良いそうで、今日はその人たちの出番がなくて会えなかったので残念だった、ということだった。

 なんとか二時過ぎに撮影が終了したので、急いで大泉学園駅前から上井草行きのバスに乗り、歯科医院のアルバイトにぎりぎりで駆け込んだ。

 後日、恐る恐る「特捜最前線」を見てみたら、私らしき姿はほんのわずかしか映ってはおらず、藤岡弘が全力疾走している姿が全面に映っていた。私がいる意味があまりなかった。        一か月ぐらいたって高円寺の日秀プロダクションの事務所に行き、アルバイト料六千円を受け取った。拘束時間がきっちり決まっていないアルバイトは余程時間に余裕がないとできないと思った。想定した時間の二倍三倍かかると思っていた方がいい。そう思ったので、エキストラのアルバイトはこれきりでやめてしまった。

 その後、二度ほどエキストラ出演依頼の電話があったが、後期試験も始まっていたので断ってしまった。芸能関係に強い興味がある人だったなら、大学よりも芸能への足掛かりになりそうなエキストラの方に向かったのだろう。私は生憎全然興味は無かった。藤岡弘に直に生で会って、目が合ったことだけはいい思い出だ






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