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南直哉尊師について


 恐山の禅僧、南直哉尊師は大学時代の同窓生である。正確に言えば夫の同級生である。私とは専攻が違ったため授業で顔を合わせることはなかったが、私が教室の前で夫が出てくるのを待っていた時、南さんと時々顔を合わせることがあった。とてもやせていて一際背の高い人だった。

 学生の頃は南さんとは直接話をすることもなかった。目が合ったことはあったが私のことなど覚えてもいないだろう。私には気になる人だった。ちゃらい学生たちとは雰囲気を異にしていたから。

 卒業して何年もたって、ある日書店で「老師と少年」という本を見かけた。著者の名前が南さんだったので、検索したらあの南さんであることが分かった。まさか禅僧として確固たる名前を成していたとは。南直哉というお名前は「みなみじきさい」と読み替えてそのまま僧名になっていた。

 永平寺で修行した後、今は恐山の管主をなさっているという。「恐山あれこれ日記」というブログも書いていらっしゃる。すごいなあ、立派だなあと思って時々ブログを覗かせてもらっている。

 私が姑の介護で少し参っていた時、タイムリーに『禅師が教える 心がラクになる生き方』という本が出版された。

 この本を読んで、力がスッと抜けた感じがした。

 人生なんて棒に振ったっていい。自分のために生きるのでなく誰かを助けるために生きる。すべてを抱えて死ぬまで生きる、その勇気が尊い。自分のつらさにこだわっていても何も開けない。草むしりでもなんでも、目の前にある仕事を淡々と片付ける、そうしているうちに心が平穏になってくる。生きるか死ぬか以外に大した問題などない。座禅を学ぶのも心を平明に保つ一つのツールである。

 そんな言葉が心に残っている。人生に迷いを感じた時、折に触れてめくってみたい本である。

 南直哉尊師とは同い年なので、同じ時代を生きてきたという共感性もある。ネットでお顔も拝見できた。徳の高いきりっとした高潔なお坊さんの顔をしていた。ここまでになるまでにどれほどの修行や苦難があったことだろう。

 多くの人を救えるような立派なお坊さんになって、南さん、すごいよ、見事だよ、と、廊下をひとり大股で闊歩していた学生時代の南さんに言ってあげたい。仏教に関する業績も、これからますます積み上がっていくだろう。たくさんの本を書き、たくさんの説法もなさっていくのだろう。もはや私のはるか先を歩いている南直哉尊師。

 遠い世界で強く輝いてるあなたを、ここからずっと応援させてほしい。畏れ多くも、かつて学び舎を共にし、すぐかたわらにいた同胞として。




※『禅師が教える 心がラクになる生き方』は最近加筆修正して文庫化されています。






 

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