カブトムシをつかまえにいく
食べ残しのスイカと、腐りかけたメロンと、黒蜜を入れたビニール袋を手に、夜、小さな森の中に入る。最後の街灯の光が力尽きると、もう懐中電灯のか細い明かりしかない。
父親を先頭に、子どもは明かりを振り回しながら細道を登っていく。夜の森ほど、黒が黒である場所はない。空気の粒子までねばねばした黒だ。ばさっと梢の上の方でうごめくものがある。思わず顔を見合わせ、子どもたちは競って父親のそばに駆け寄る。
くぬぎの木の朽ちたくぼみに、腐敗した果実を仕掛ける。木の幹を仔細に懐中電灯で調べまわる。ここ数年めっきりセミも減った。森の生き物もどれだけ生き残っているというのか。
父親は、昔そうやったと同じ方法を、子どもたちに教えようとしてここへ来た。けれど心の裏側で薄々感じてもいる。もう昔のような夏の饗宴は、今の子どもたちには許されてはいないのだということを。
ほんのちょっと道を外れて藪に入っただけで、もう密林の中を迷い歩く気分だ。猛獣の目が狙っている。懐中電灯の明かりは、闇に吸い取られていく。手足をチクリチクリと刺してくるのは、吸血のコウモリ! 仕掛け終わったら長居は無用だ。
森を下るごとに道は明るくなっていく。懐中電灯を消したら、もう闇の国の物語は終わりだ。子どもたちは、コンビニに寄っていこうと相談している。夜明け、果実にしがみついているものは何か。真っ先にそれを見にいくのは、たぶん子どもではなく父親だろう。