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打ち上げ花火を見る


 いつもはほとんど人通りのない道。人々は同じ方向に向かって、ぞろぞろと歩いていった。急ぐでもなく、はしゃぐでもなく、真っ暗な道を延々と。

 家と家、マンションとマンションの隙間を、欠けた花火が一瞬いないいないばあのように顔を出す。そのたびに「ああ」という感嘆の声。 

 堤防の土手からは、真正面に上がる花火が見えた。土手に生えた草は、ネコのつばのような匂いをたて、薄い三日月が反対側の夜空で待っていた。

 花火は水しぶきのようだ。吹き上がっては、やわらかく落ちていく。高く高く上がっていくものほど大きく開き、その後をやっと追いついた音が、ボン! 色のついた花火は、口の中でかき氷の味がするだろう。

 多摩川の土手には、生きている赤い心臓が横一列にずらりと並んで揺らめいている。ぴくぴくと、どくどくと、きゅうきゅうと、ばくばくと。内部でうごめくものの熱感。花火の中心から見下ろせば、それもまたおもしろい見ものであるに違いない。

 洋服の裾をつかむ手。

「はぐれないように、そばにいなさい」

その声だけが、花火の夜の真実だ。

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