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ダミさんが死んでしまった

 


 飼い猫が死んで1週間がたった。17歳を過ぎていたから、ほとんど寿命と言ってもいいだろう。

 2月の終わりごろからあまり餌を食べなくなり、3月に動物病院に診察に連れていって検査をしたが、内臓には問題はなく、口の中に炎症があるようなので、そのせいで食べられないのでしょうということだった。食欲が出る薬とか抗生物質、消炎剤などを少しもらってきて飲ませつつ様子を見ていた。強い薬は腎臓を傷めるので、少量を3日分ぐらいしか薬は使えなかった。

 そして少し持ち直し4月はまあまあ食べられる状態になった。甲状腺ケアの治療食をずっと食べさせていたのだが、味か固さに問題があったのか治療食を嫌うようになり、 市販のレトルトフードや、美味しそうな味付けのエサしか食べなくなった。いつ治療食に戻そうかと思っていたら、また急に全然食べられなくなった。それが5月の連休の終わりごろである。

 餌を食べなくなっても、水はなんとか飲んでいた。それが4日ぐらい続いた。3月からもうだいぶ痩せ始めていたのだが、ここにきて、本当に痩せ衰えて、歩くのもよろめくようになった。階段の上り下りもできなくなっていった。

 動物病院で何度か診てもらったが、やはりもう歯が1本もなく口の中に炎症があるせいで痛くて食べられないのだろうということだった。

 痛み止めや抗生物質の薬など苦労して飲ませたが、口のあたりを触ると悲鳴のような声をあげて痛がる。病院で麻酔をして処置することも考えたが、高齢なので麻酔をしただけで命を失うこともあるから、と医師は難色を示した。

 もうここまでかなと私は思った。あとは無理な処置などせずに流れにまかせるしかないのかなと。

 死んでしまう2週間前ぐらいから1階に寝ていた私の布団の片隅で寝るようになっていた。まだ夜は寒いので暖房をずっとつけてあげていた。それが死ぬ2日前あたりから、部屋を抜け出して、お風呂場の冷えた床にうずくまっていたり、外に出て雨に濡れた草むらにうずくまっていたりするようになった。

 私は気づき次第抱き上げて温かい部屋に移動させてやっていた。しかし、どうしてもひんやりした床や廊下に行こうとする。どうしたわけかとスマホで検索すると、猫は死期が近づくと寒いところを求める、と書いてあったので、そうか、と思って急に涙が出た。

 そのあとはダミさんの思うまま、冷たい床に横たわるままにさせていた。呼吸は静かで落ち着いていて、鳴くとか騒ぐとかもなく、ただ静かに横たわって一日を過ごしていた。私はこまめに見に行って、声をかけ撫でてやった。

 目は落ちくぼんで涙の様なものが流れ出ていて、口の炎症がひどくなっているようで、少し血の混じった涎が口元に滲んでいた。それを手でこすったりしているのか、右手の先の方の毛が黒く汚れてかぺかぺになってしまっていて、こすっても容易くは汚れは拭きとれなくなっていた。お腹が妙にごろごろ鳴りはじめ、内臓に何か変化が起き始めているのかもしれないと思った

 夜もダミさんが見えるお風呂場の前の部屋で、私はずっと見守ってあげようとしていた。もうそろそろあぶないという予感があった。

 日曜日の夜中1時半、何度か身体を起こそうとする音と仕草がみられたので、その度に見に行った。そして1時55分、また動きがあったので見に行った。ダミさんの呼吸に変化があった。大きく一呼吸、そのあと数秒呼吸が止まり、また慌てたように大きな一呼吸、そしてまた呼吸が止まり、数秒後にまた思いだしたように呼吸をし、また止まってしまう。それを5~6回繰り返し、そのあとダミさんの呼吸は完全に止まってしまった。耳を体に押し付けて心臓の音を聞こうとしたが、もう脈打つ音は聞こえなかった。ダミさんは死んでしまった。2022年5月15日の夜中のことだ。

 そのあとよごれていたダミさんの手を濡れティッシュでごしごし拭いてあげた。保冷剤をおなかのあたりに当てて、ダミさんを冷やした。夜が明けたら、火葬のことも考えないといけない。冷たくなっていくダミさんを何度か見に行き、もうどこも動いてないことを確認し少し布団で休んだ。涙が出た。気が付けば17年間も一緒に暮らしていたのだ。すっかりおじいちゃんになっていたダミさん。足の関節も加齢で変形していてびっこをひいて歩いていた時もあった。あちこち痛いところもあったのによく頑張ったね。

 白黒のハチワレ、大きな声で「あーあー」と叫ぶように鳴いて、なわばりを守るためになら猛然とケンカも仕掛け、大きな病気をすることもなく、気が付けばいつもそばにいてくれた猫。



 翌朝、ペットの葬儀をやってくれるところをネットで探して電話をした。朝早く7時に電話をしたのだが、ちゃんとつながった、女の人が受け付けてくれた。なんだかその人ももらい泣きしているようで声がくぐもり鼻をすすっているような感じがして、この人はいちいち感情移入してしまう人なのかなと気の毒に思った。私もまた収まっていた涙がにじんできてしまった。

 午後4時に火葬をしてくれる人が来た。神妙な顔をした男の人だった。かすみそうとか白い花を直前に慌てて買って、ダミさんの体の周りに飾っておいた。

 業者の人に言われるままに、ミント水でダミさんの身体を形ばかりお清めして、末期の水というので濡らした綿棒で口元を湿らせ、3センチぐらいの小さな小さな数珠をダミさんの手にかけてやった。あまりに可愛らしい数珠だったので欲しくなってしまったが、これはダミさんと一緒に焼いてしまうのだ。

 一通り儀式めいたことをした後、火葬の装置を積んだバンに固くなったダミさんを抱き上げて運び、うちで買った花をまわりに飾った。業者の人は、死体に一切触れることはなかった。私が火葬の台に置くのかとちょっととまどった。

 台に横たえられた体に業者の人が持って来たプラスチックの偽花を散らし、粉菓子みたいものを6つぐらい身体の周りに置き、ダミさんの好きだった餌を数粒ティッシュに包んで口元に置いてやった。

 焼くのは1時間あまり。家の裏手の広めな駐車場の空いているスペースで焼いた。二階の窓から、熱風が空気を揺らしている様が見えた。焼いている間に写真カードとか、キーホルダーを業者の人は用意していた。

 焼き上がって、台が炉から引き出される。ダミさんの骨が白く乗っていた。手の骨の細さ小ささに胸を衝かれた。頭蓋骨はちゃんと残っていた。のどぼとけもちゃんとほとけの形をしていた。

 ダミさんの骨を見て、またぐっと来るものがあり涙が出た。業者の人は、こんな風景を何度も見ているから、事務的に事を済ませているだけなのだろう。しかし、たかがちっぽけなペットの死であっても、神妙にしめやかに弔意をにじませながら仕事をしなくてはならない。猫の死体や遺骨に向けて人間に対すると同じようにきちんとお辞儀をして手を合わせる、そういう業者さんの慇懃な態度に、かえって滑稽味を感じてしまっていた。

 てのひらに乗るくらいの小さな白い骨壺にダミさんの骨を入れた。いまもずっと仏壇に置いてある。

                              

                                  (2022年5月)



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