カエルの森
野球場から射撃場跡地の横の道を北に五百歩ほど。はじめて出会った道を左へ鋭く切れ込むように折れると、その道は競走馬の育成牧場へと続いている。牧場までは行かずに再び左へ、牧場のブロック塀と雑草地にはさまれた道をとる。
雑草地を囲む有刺鉄線には、必ずトンボが二~三匹とまっているはずだ。ここのトンボは全く無警戒で、たちまちのうちに何匹か素手でつかまえることができるだろう。
有刺鉄線の方向へ、トンボを追いかけながら路地を曲がると、すぐにカエルの森が見えてくる。ここだ、目的地は。
住宅地とは道一本隔てて隣あっている。木々の相は重く厚いが、森自体はたいして奥行きはない。重なる木々の向こうには、もう黄緑色の稲田の明るさが透けて見えている。
この森にはどういうわけか、毎年夥しいカエルが発生する。薄い茶色に焦げ茶の斑が入った二センチほどのカエル。普通の青蛙よりも口が細くとんがっている。草むらのあたりを足先で探ると、なんだなんだというように次々と飛び出してくる。子どもは思わずカエルのように跳びつく。
藪蚊の数もすさまじい。蚊から逃れようと歩き回ると、蜘蛛の巣が顔にはりつき、悲鳴をあげながら横っ飛びすると、黒いゴミムシが足元を横切る。
けれど毎年ビニール袋を持って、私たちはここへ来る。ただカエルをつかまえたいだけに。あわよくばカブトムシなども。ふくらはぎは瞬く間に藪蚊の赤い刺し跡で染まっていく。その痒さと赤い跡には九月の半ばまで悩まされることになる。
カエルは二十匹もつかまえれば、もういいだろう。線引きが必要だ。どのみち、子どもは捕り尽くすまで気が済むということがないのだから。
帰りは、来た道を戻らずに、別の道を通りたいのでいつも少し道を迷う。近道をしようとして行き止まりになり、それならばと横道に入り、確か去年もこのあたりを通ったよねと話しながら、汚い鳩舎脇を通り、暑くてもう引き返したくないなと思う頃、やっと家へ通じる太い道に戻り着く。青い屋根が遠くに見えると、足取りも速まる。カエルは外の流しで逃がしてあげることになっている。
今年もカエルの森へ来た。子どもの行き先には常に人間以外の生き物が待っている。何かを捕まえようとしている限り大丈夫だ。ビニール袋を振り回しながら、いつまでも走っていくことができる。
森の中に立ちすくむ日々もあった。こんな風にカエルを捕まえる日が来るとも知らずに。子どもはいつか、ここが母親のふるさとだったと、はっと合点する時もあるだろう。
ひとりになっても道を見失わないように、夏の明かりのうちに描いておこう。これはカエルの森までの、夏の間だけ通じるプライベートな抜け道だ。子どもだけが通ることができる・・・