

カブトムシをつかまえにいく
食べ残しのスイカと、腐りかけたメロンと、黒蜜を入れたビニール袋を手に、夜、小さな森の中に入る。最後の街灯の光が力尽きると、もう懐中電灯のか細い明かりしかない。 父親を先頭に、子どもは明かりを振り回しながら細道を登っていく。夜の森ほど、黒が黒である場所はない。空気の粒子までねばねばした黒だ。ばさっと梢の上の方でうごめくものがある。思わず顔を見合わせ、子どもたちは競って父親のそばに駆け寄る。 くぬぎの木の朽ちたくぼみに、腐敗した果実を仕掛ける。木の幹を仔細に懐中電灯で調べまわる。ここ数年めっきりセミも減った。森の生き物もどれだけ生き残っているというのか。 父親は、昔そうやったと同じ方法を、子どもたちに教えようとしてここへ来た。けれど心の裏側で薄々感じてもいる。もう昔のような夏の饗宴は、今の子どもたちには許されてはいないのだということを。 ほんのちょっと道を外れて藪に入っただけで、もう密林の中を迷い歩く気分だ。猛獣の目が狙っている。懐中電灯の明かりは、闇に吸い取られていく。手足をチクリチクリと刺してくるのは、吸血のコウモリ! 仕掛け終わったら
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打ち上げ花火を見る
いつもはほとんど人通りのない道。人々は同じ方向に向かって、ぞろぞろと歩いていった。急ぐでもなく、はしゃぐでもなく、真っ暗な道を延々と。 家と家、マンションとマンションの隙間を、欠けた花火が一瞬いないいないばあのように顔を出す。そのたびに「ああ」という感嘆の声。 堤防の土手からは、真正面に上がる花火が見えた。土手に生えた草は、ネコのつばのような匂いをたて、薄い三日月が反対側の夜空で待っていた。 花火は水しぶきのようだ。吹き上がっては、やわらかく落ちていく。高く高く上がっていくものほど大きく開き、その後をやっと追いついた音が、ボン! 色のついた花火は、口の中でかき氷の味がするだろう。 多摩川の土手には、生きている赤い心臓が横一列にずらりと並んで揺らめいている。ぴくぴくと、どくどくと、きゅうきゅうと、ばくばくと。内部でうごめくものの熱感。花火の中心から見下ろせば、それもまたおもしろい見ものであるに違いない。 洋服の裾をつかむ手。 「はぐれないように、そばにいなさい」 その声だけが、花火の夜の真実だ。
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プールサイドにて
そのとき、私はプールから五メートルほど離れたところにある緑色のパラソルの下の、やけに軽いつくりの折りたたみ椅子に足を組んで座りながら、水の中の子どもたちの方を、サングラスをかけた目でながめていた。 潜水を覚えた子どもたちは、もぐっては飛び出し、もぐっては飛び出しを繰り返し、そのうち髪をしばっていたゴムもゆるんで、顔中に髪の毛を張り付かせて、飛び出すたびに、おかしなスイカ模様になっている。 子どもの成長とともに、私の万能は薄れていく。個人へと戻っていく自分に思いを沈ませ、かすかな不安とともに、眠そうなふりであくびをしながら目を閉じる。 プールサイドは、「キャー」とか「おおお」とか「でやー」とか、「やだやだやだ」とか「うわはははは」とか、その他もろもろの声や叫びが入り乱れて、激しく渋滞した交差点のようだ。 空の下の方に入道雲が湧き上がり、そのもくもくした力こぶのようなふくらみを見て、ああ、今年も夏か、と思う。子どもたちはびしょびしょの顔して私の方に手を振って、ゴーグルの下でにこにこと笑っている(らしい)。 ・・・と、その時だ。この世界にこの
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梅雨Ⅰ
風邪が治ってやっと歩く気になった。歩くとはしかしなんと散文的な時間の使い方なのだろう。語彙力のまるで無い子どものために(自分のために)、漢字の問題集でも買ってこなくてはと思いながら、駅の向こうの書店まで曇天の下を歩いている。 言葉は言葉を仕事とするのではない限り、たいした量は必要ない。「ああ」というため息一つで一日を過ごしてしまうことだってできる。(そんな日も満更悪くはないのだが) けれどどんなに必要がないと言っても、言葉は瞬間的に必要になる。あまたの中の一つを取り出さなくてはならない時が来る。愚弄や嘲弄、憤怒や激怒、悲嘆や詠嘆。短く鋭く言い切るために、人は多くの言葉を知っていた方がいい。 「わたし」という言葉を教えられなかったために、自己を持てなかった人物が出てくるSFを読んだことがあるが、知ってもいい言葉がたったひとつだけだったなら、わたしはきっと「わたし」という言葉を選ぶだろう。
読了時間: 1分


ヒナを拾う
うかつにもムクドリの夫婦は、庭の柘植の木に巣を作ってしまった。このあたりには猫が 三匹もうろついているというのに。生まれてくるであろうヒナのために、やわらかそうな茶色の小枝を重ね重ねて、いかにもやさしい巣を作り、その中にぽろりぽろりと三つの卵を産んでしまった。柘植の葉っぱの陰に隠れて、他のだれの住まいよりも快適な新居になるはずだった。卵はほどよく温められた。ムクドリの夫婦はほほえみながら、その日を待ちわびていた。上手に育ててあげたかった。 ある小雨降る夏の日。猫はついにムクドリの巣に気づいた。恐ろしい獣の息づかいで、柘植の木をよじのぼる。ムクドリたちは震えあがった。しまった! だがもう遅い。ムクドリの夫婦は卵を守るためにこの場所で戦うしかなかった。くちばしを牙にし、大声で叫び、爪を開き、はばたきで打つ。猫は、切実な食欲とは別の理由から、哀れな獲物を傷つけずにはいられなかった。獲物が騒げば騒ぐほどゲームは面白くなるのだ。 ムクドリの隙をついて、猫は卵を巣からはじき落とす。一つ、二つ、三つ。地面にたたきつけられた卵の中から、ヒナの悲鳴が聞こえて
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ヒナの死
三羽のヒナのうち二羽はすぐに死んでしまった。残った一羽はぐったり横たわったまま、かろうじてあえぐような呼吸を続けていた。少年はそっとてのひらにヒナを乗せる。赤黒く素裸で、首の根もぐらぐらと危うい。少しひんやりとしている。まだ親鳥にあたためられていなくてはならない生まれたてのヒナだ。 「これは僕のヒナ。きっと助けてあげる」 少年はてのひらを卵のかたちにしてやさしく包み込む。 翼になるべき突起と背骨のあたりの皮膚には、黒い点々がついていた。苦しげにひきつる細い肋骨の下に内臓が透けて見えた。丸く黄色っぽくぱんぱんにふくれたおなか。肝臓の赤。呼吸のたびに内臓はふくらみ、しぼんだ。眼球の黒だけが顔の両側に異様に大きい。ささくれほどの痛々しい足指には、もうかすかな爪さえ生えていた。 「かわいい」 しかしそれは十分にグロテスクなしろものだ。生きる可能性は万にひとつもない。少年はヒナをてのひらで温め続ける。てのひらにかすかな拍動が伝わってくる。見かねて母親はゆで卵の黄身を水に溶かして給餌をこころみる。 二日目、体温はしだいに安定しつつあるように思えた。エ
読了時間: 2分


先生の油絵
高校の時の美術の男性教師、K先生は、いつも美術室の隣にある美術準備室にこもっていて、授業でさえめったに顔を見せなかった。四十代ぐらいで、背も高い方とは言えず、自信なさそうな気弱な笑みを浮かべて、生徒たちとまともに視線が合うのを恐れているような人だった。 一クラス四十名ほどの女子高生を前にして、生徒たちに美術制作上の指示を与えなくてはならない時など、先生は顔を真っ赤にして、視線を宙に舞わせて、失神寸前のところでやっとしゃべっているといった具合だった。 K先生からは、日本画、陶芸、彫金、七宝焼などのさわりを教わったが、そもそも「教わった」と言えるかどうか。K先生は材料を配って、作業の仕方をボソボソと早口で説明すると、皆の納得が得られないうちに、さっさと準備室に引っ込んでしまうのだった。 そんな先生を見て私たちは、くすくす無遠慮に笑うか、「先生、かーわいい」などと、揶揄するようなからかいの声を浴びせずにはいられなかった。 進学校の美術の授業など、たいして重く見られていない。生徒たちからも、他の受験科目の教師たちからも。ただの息抜きの時間。誰もが
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成人式のお寿司
今年の成人式の日は一日中大雪になった。高価な着物を準備して待ち望んでいた人たちには気の毒なことだった。 私自身の成人式は、ちょうど大学の後期試験の真っ最中だったので、実家に帰りもせずに試験勉強をしていた。鳥取から上京してきていた友人も帰らなかったので、二夕方高田馬場駅で待ち合わせて、お寿司などを食べてささやかなお祝いをした。 就職のこと、恋人のこと、試験勉強の進み具合、サークル活動など、学生である身の二十歳には、それなりの悩みや抱負もあって話は尽きなかった。 さてそのお寿司だが、『並』を頼んだのに間違って『上』が来てしまい、二人それを知らずに食べてしまった後に、思っていたより高額を請求されるというハプニングがあった。 私は、仕方ない、食べてしまったのだから払うしかないというスタンスでいたのに対して、友人は断固として抗議して店主に立ち向かった。 「私たちは『並』を注文したのであって、間違えたのはあなた方なのだから、私たちは『並』の料金しか払う義務はない」 店主は、 「しかし、確かに『上』と聞いたんだけど、そうだよな?」 などと、アルバイトの
読了時間: 2分


大雪と親友と宮沢賢治
大雪になりそうな模様だ。雪粒は交差しあいながら、速いとも遅いとも言えない速度で降りつのっている。家々の屋根に、道路に、木々の葉っぱに、早くもうっすらと白く冷たさを乗せている。こんな少し暗い雪の降りはじめには、いつも宮沢賢治の「永訣の朝」の詩句が思い出される。 今から考えれば面はゆい限りだが、小学六年生の頃、文学友達とも言うべき友がいて、その少女と私は休み時間ともあれば二人で勢い込んで図書室まで走っていき、宮沢賢治や高村光太郎を読み漁ったものだった。 二人の読書の傾向は不思議に似通っていた。暗誦したいと思う詩も、いつもほとんど同じだった。そういった二人のお気に入りの詩の一つが「永訣の朝」だった。 みぞれの朝の不思議に明るいイメージと、死に赴こうとしている魂の融合。詩を通じて私たちは確かに日常を越えた魂の瞬間を感じあっていたのだ。寂しさも哀しさも生命の美しさも、選ばれた文字から同じようにすくい取って、私たちは大人びた憂鬱に恐る恐る近寄ろうとしていた。 「抱擁」という語句を辞書で引いて、それだけ
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私のニコンFE
自分だけのカメラを持ちたいと思ったのは、大学二年の冬のことだった。先のことが全く見えなくなっていたあの頃、屈託した心を何か別のものに逸らさずにはいられなかったのだ。新宿のカメラ店に何度も出向き、さまざまな機種を仔細に吟味した。専門書で調べもした。大きさ、重さ、形、性能。値段もある程度張ったもの。けれど学生がまかなえる予算内で。そして絶対に一眼レフ。かなり時間をかけて迷いつつも決めたのは、シルバーボディーのニコンFEだった。 いそいそと下宿に持ち帰り、丁寧に箱から取り出し、何度もカラのシャッターを切ってみた。その重厚な手応え。ファインダーの中で一瞬閉じる世界。手ブレを防ぐためにカメラをガッチリ構えていると、気持ちまでどっしりと落ち着いてくるようだった。 カメラを買ったからには、何かを撮らずにはいられない。まず自分の部屋の中を撮った。こたつと冷蔵庫と本棚だけの殺風景な部屋を。窓を開けて下宿の庭を撮った。大きな柿の木ばかりが目立っていた。雪の日は雪を撮った。雪の一粒一粒が止まって見えるように。近所の犬たちも撮った。道端に止めてあったおでんの屋台も撮
読了時間: 3分
































































































