第39詩集 かわいらしい足(2)
桜咲く夜に
寝たきりの人が
何度も何度もブザーを押して
眠剤を要求してくる
眠りたいのですね
いつもいつも
眠っていたいのですね
夕闇を恐れ
今宵の新月を恐れ
瞼の裏側の光を恐れ
眠るための毒を
待ちかねて
おいしそうに口に含み
ゆるみはじめた桜が
心ごと開きはじめる音を
丸めた背中で聞きながら
枕元の水を飲んでいる
なおも
目を閉じることができずに
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メジロを狩る
猫が久しぶりに
メジロを狩ってきた
階段の途中に
ポロリと落とされたメジロは
首が真横にへし折れていて
ピクリとも動かなかった
掌に乗せたその体は
まだ温かかった
ついさっきまで生きていた体の
内臓の温かさ
血潮の温かさ
温かいということへの
突然の感傷
ついさっきまで元気に生きていた生き物が
猫の小さな一噛みで
すべてが停止するということ
葬るまでには
完全に冷たくなるまでの
時間が必要だった
無造作にはなれなかった
どこかに命が残っていそうで
卵から生まれ ヒナを経て
飛べるまでになったこの生き物
親もいて兄弟もいただろう
おいしい虫でも探していた途中だったか
庭の片隅に埋めてあげようと
穴を掘った
乾いた枯れ葉を敷き詰めて
ふわふわの寝床を作った
すっかり冷たくなった体が
少しでも温もりに包まれるようにと
久し振りに狩りをして
自慢げに居間に寝そべる猫には
がんばったね えらかったねと
頭を撫でてやった
糖尿病だったときもあり
甲状腺の病気も持っている
それにもうだいぶご老体だから
狩りをする元気があるとは思わなかった
生と死をめぐる感情の裏表
猫は時折私の倫理を小さく乱す
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花束について思う
スーパーのレジで
前に並んでいた中年男性のカゴの中に
花束が入れられていた
赤とピンクのチューリップ2~3本だけの
小さくてかわいらしい花束
誰かへのお祝いだろうか
法事の花束ではなく
プレゼントとしての花束を
人が買っているのを見るのはいい
あげる人のあたたかさが伝わってくる
もらった人の笑顔が見えてくる
花束というその存在自体がいいなあと思う
ところが一方私は
花束をもらうのは好きではない
綺麗なのは一時
花瓶の中で確実に衰えていく様を
毎日観察させられるのがどうも苦手だ
しょぼく枯れた花を
片づけるのもどうせ私だ
娘のために
桃の花を買ったことがある
枝ぶりが大きすぎて
花瓶に生けて食卓に置いたら相当邪魔だった
ピンク色が華やかだったが相当邪魔だった
食卓が狭くなった
結局早々に片づけるのはやはり私だった
花束
この悩ましくも美しきもの
中年男性の花束は
はいこれと差し出されて
満面の笑顔で受け取られるといい
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姑の友人を見て思う
近所に住んでいる姑の友人が
久し振りに訪ねてきてくれた
2年前 心臓の大動脈瘤解離の大手術をして
去年は大腸がんの手術をして
今は人工肛門になっているけれど
こんなに元気になったと
杖をつきながらもしっかりした足どりで
誰に付き添ってもらうでもなく
1人でちゃんと歩いて来てくれた
そして思い起こす
二度の大手術を乗り越え
なおも血気盛んな
90歳の実家の母
畑仕事、庭仕事も一手に引き受け
散歩だって1時間近くしてしまう
近所にも元気に出歩くお年寄りが何人もいる
そういう方たちと比べてはいけないとは思うが
やはり姑の今の状態が残念でならない
何が分かれ道だったのだろう
姑はゲートボールに参加していた頃
失敗しても負けても
楽しければいいじゃないと笑ってばかりいたそうで
チームの友人たちから不興を買っていた
試合なんだから勝つことを目指さないと駄目じゃないのと
たぶんそういうところ
小さな勝負でも勝ちにいこうとしないところが
姑を消極的な流されやすい人にした
強い自我がなく穏やかなことは
一緒に暮らす上では楽だったが
生の大局で踏ん張りのきかない弱さにつながってしまった
何かに負けてしまった
もう今更頑張れない
負けたままでいいや
もうこんな歳なのだし
何もしなくてもまわりで人が世話してくれるし
そんな感じなのだろう
それとも何か違う理由があるのだろうか
理由があったのなら
教えて欲しい
もうかなり手遅れだけれど
この先何年もボーッと寝ているつもり?
もう死ぬからいいやと思っているかもしれないが
大きな病気はないのだから
まだ当分死ねないよ?
私が面倒を見ているうちは死なせないから
だから自分から起き上がって
ちゃんと立って
歩こうと頑張って
毎日不甲斐ない姑の寝姿を見せつけられて
私はずっと怒っている
まだ諦められない
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禁句
姑が体調を崩した
何も言ってくれないので
どこが悪いのか判断しにくかった
ベッドからなかなか起き上がれない感じが
前回の肺炎(たぶん誤嚥性肺炎)と似ていたので
訪問看護師を呼んで簡易の検査などしてもらった
せきも熱もなく血中酸素濃度も98あった
検査数値は悪くはなかったので
訪問看護師もベッドから体を起こせない原因がわからなかった
結局リハビリ士の指摘で
右腰に腰痛があるらしいことがわかった
診察する病院を探す段になって
大きい病院の整形外科部門が休止になっていることを知らされた
(コロナのせいで)
それで近くの整形外科を受診した
説明するにあたって
「動けない感じが前回の肺炎の症状に似ていた」
などと言ってしまったが
この時期もしかして普通の病院での「肺炎」という言葉は
禁句だったかもしれない
医師や看護師をきっと不穏な気分にさせてしまった
と後で思った
姑に対しては
腰痛あるなら腰が痛いと一言言ってよ
言えないなら身振りで示してよと
内心思った
「痛いの?」と改めて聞くと
手を右腰にもっていった
それそれ それを早めに表現してよ
表現してくれないと
何も気づいてあげられなくて
手遅れになってしまうよ
(2020年4月)
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結局 手間がかかる
姑は週2回訪問入浴サービスを受けている
入浴した日は恵子さんの負担も減って楽でしょうと
ケアマネに言われたりもするが
全くそんなことはない
入浴後にかなりの確率でうんちが出ている
うんちは1日最低3回は出ているので
もちろん入浴後もほとんど必ずと言っていいほど出ている
せっかくお風呂に入ってきれいになったのに
すぐにうんちの処理とおむつ替えが待っている
入浴サービスを受けるため物品や家具を片付けまた戻す手間を考えたら
いつも通り私がおしりを洗い体をちょいちょい拭いてあげた方が
よほど楽だ
でも本人が気持ちがいいと言うなら
入浴サービスは必要だ
あとトイレも自分で1回か2回行けるならその分楽ですねと言われる
それがなんと全然楽じゃない
終わったあとおしりを全然拭かず(拭けず)
おむつとパジャマを膝までぶら下げたままで
ベッドに座るものだから
シーツもパジャマもうんちまみれだ
内腿その他あちこちうんちまみれだ
腸の病気だったから便秘にしないようにと
薬を使って常時ゆるめのうんちだから
あちこちうんちまみれになる
トイレになんて行かないでと言いたいところだが
行けるなら行ってもらった方が本人のためにはいいのだろう
ただしその後の始末は2倍3倍だからな
洗濯にかかる時間も2倍3倍だからな
時々床にうんちの固まりが落ちていて
私が素足で踏んでしまうこともあるんだからな
ということをケアマネや看護師に言いたいが
さすがに言えないので
だれも訪れることもないであろうこのサイトに
ひっそりと愚痴として書かせてもらう
(2020年4月)
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ピンポン
「眠るお薬は8時にね」と
いつも言われるだけなのに
毎日 夜6時台から
何度かピンポンを鳴らし
「眠る薬」と小さい声で言う
断られるためだけのピンポン
そのことの意味を考える
今日も 6時45分
いつものピンポン
わたしは
「眠るお薬は8時にね」と言う
7時10分またピンポン
7時40分またピンポン
「眠るお薬は8時にね」
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うんちの仕方
たまに頑張ってトイレに行って
あちこち汚してくるのもどうかと思うが
午前中だけで3回もちびちびおむつにうんちするのも
どうなのよと思う
私が思う理想は
朝 おむつの中に 1回 たくさんの便
1日の排便はそれでおわり
どっちにせよ
私は文句を言う
(言いはしないが心の中で思う)
介護って
大体はうんちのことばかり
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変な声
「ぱあ」「もあー」「ぐふー」「ぽー」
「ぱっ」「ぽっ」「ぷっ」「ぶふぉー」「ぱぱー」
「まっ」
私がおむつを替えている間じゅう
天井をうつろに見上げながら
声が出てしまう姑
これはどういうことなのだろう
ここ数年間ずっとそんな感じ
言語療法士の人にこの現象の理由を聞いてみたい
おむつを替えながら
いつも笑ってしまいそうだよ
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食欲の問題
姑は食欲がいつもあまりないし
好き嫌いがとても多い
食べてくれるものも徐々に減ってきて
最近は 納豆と焼きナスと里芋の煮っころがしと
コロッケとまぐろのすきみとフルーツぐらい
あとは何を出しても手をつけない
野菜料理なんか見向きもしない
寝てばかりいてカロリー消費していないのだから
こんなものでいいのかなと思いつつも
栄養がこれでは…と思う
もうそろそろ食べ終いなの?
おいしそうなものを出してあげても
初見のものは全然食べてくれないし
そして時々 急激に何も食べなくなる時が
波のように襲ってくる
何か大きな体調の変化が起きたかと
いつも心配するのだが
本人はどこが調子が悪いとも言わず
大丈夫 何ともないと小さな声で言う
このまま食べれなくなっていったらアウトかなと思うも
なんとかなってどうにか持ち直す
それが1年のうち3~4回は起きるから
介護者は常に命に対する覚悟を強いられている
ただ普通に食事してくれるだけでいいのに
安定がもたない
そのたびに「死」の文字が頭をよぎる
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