第38詩集 救うための日々と時間(2)
介護認定
年に1度の介護認定調査員が来た
姑はいつも私やケアマネの問いかけに
首を横に振るか縦に振るかしかせず
何もしゃべらずにぼぅっとしているのだが
今日の調査員には
名前 生年月日 年齢 住所
今日の日付 季節 日頃の様子などを
ペラペラと調子よく答えていた
おいおいおい
ここは認知症のフリをして
何も答えずにいて欲しかったところ
介護度上がった方が
サービスを多く受けられるのに
後日ケアマネと
普段何もしゃべらないけれど
認知症ではなさそうですね
まずはよかったよかったと言い合った
毎日寝たきり
便も尿もおむつ
すべてを嫁にまかせた究極の省エネ生活
何を考えているのかも分からない
言われるままに腰を浮かせ
脚を開く
私だったら
完全にボケちゃってなければ
どうにも遣る瀬無くて
やってられないところなのだが…
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表彰式に行ってきた 2019年11月16日
久々に詩のコンクールに入賞したので
横浜の表彰会場に行ってきた
受賞者プラスその家族で
会場には50人ぐらい集まっていた
何回かこのような場に出席してきて
手順も熟知しているのに
自分がコメントする番が来るまで
異様なドキドキが止められなかった
選者の先生からは
「完璧すぎてむしろそれが欠点」と
言われたような気がするが
「完璧」と言われたことだけを切り取って
最上級の誉め言葉として受け取らせてもらおう
詩集を出しなさいとも言われたが
売れないものにお金をかける気は全くないし
もとより出せる金もない
そもそも詩で名を成そうとも思っておらず
うまいこと書ければ気持ちいいし
時には自分の詩に涙するという
恥ずかしいナルシシズムも味わえるので
時折気まぐれに書いているだけ
会場を後にしたのは4時過ぎぐらいだったが
11月だと結構な夕闇になっている
東横線の中から
夕陽にシルエットで浮かぶ富士山が見えた
さてさて夫に任せてきた懸案のオムツ替えはどうなったか
6時ごろ家に着くと
姑は食事は済ませていたが
おむつは だめであった
姑が夫にやらせたがらないし
夫も無理に下半身に手を伸ばすことができなかったらしく
トイレに行ったあとおむつがずり下がったまま
ベッドに横になってしまったので
シーツにまで尿が漏れていた
やっぱ 私じゃなくちゃ駄目かよ と思いつつ
さっきまでの「詩人」然をさっさと脱ぎ捨てて
「はいはいはい」と掛け声をかけ
私はすみやかに介護者になるのであった
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食欲が出てきた姑
夏に一時食欲が激減し体重も2~3キロ落ちた姑だが
冬に入るころには
また食欲も復活し体重も増えてきた
家に来る各種介護スタッフの方々も
一様によかったですねと言う
私もそうですねとほほえむ
よかったといえば大いによかったのだが
しかし ひとつだけよくないことがある
便の量も回数も2倍に増えたということだ
姑の部屋に入ってすぐにそれとわかるほどの異臭がすると
ああ またかと思う
たくさん食べられることはいいことなんだけれど
おむつを開くたびに
よかったよかったとは言っていられない複雑な気持ち
姑は姑で2時間ごとに私が見に来るまで
出ちゃったゆるゆる軟便の不快感を
切ない目をして黙って我慢している
だから3年前にちゃんと頑張って
トイレに行けるぐらい日常を戻せばよかったのに
あと10年生きるとして
もうちょっといい生き方ができたに違いないのに
今頃旅行の一つでも行けていたに違いないのに
心で文句をぶつぶつ言ってしまうけれど
姑が呼鈴をなるべく使うまいとしてくれているその優しさも
私はちゃんと分かっている
仕方ないねえ と思いながら
今日も姑の排せつ物の始末を
超素早く 超テクニカルにする私である
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超大型台風19号「ハギビス」が来た 2019年10月12日(土)
朝から強めの雨が降り続き
音立ててずうっと降っているので
家の前の道路がそのうち冠水してきて
どんどん水位が上がってきやしないかと心配だった
お隣の人の話によれば
区役所で前日に土嚢を配っていたそうで
知っていれば私ももらいに行ったのにと思った
午後2時ごろ家の前に消防車でレスキュー隊が来て
西の方の道路ではじまった冠水を調べていた
ニュースではとんでもなく大きな台風だから
くれぐれも命を守る行動をと
繰り返し煽ってくるし
すぐ近くの水路の水もどうどうとすごい勢いで流れているし
いやがおうにも高まってくる緊迫感
これはなにかが本当に起きるかもしれない
寝たきりの姑はいざとなった2階に引っ張り上げねばなるまい
おりしも宇都宮の母から電話があって
兄夫婦と早々にホテルの7階に避難しているそうで
そうか それはいい判断だと思い
うちは避難するとしたらすぐ近くの山の上の中学校で
体育館に行ったら一体どんな感じで過ごすのかと個人的には興味津々
私一人だけだったならきっと避難生活を体験しにいっただろう
夕方になって風がどんどん強まってきたが
それより恐ろしかったのは
多摩川の水位が上がってきていて
いまにも溢れそうになっているテレビの映像
多摩川からうちは2キロと離れていないのである
決壊したらアウトだな
絶対にいそいで避難しなくちゃいけないな
走っても逃げきれないかもしれないなと思っていたら
呑気な夫はビールを飲んでしまい
もう 車使えないじゃん
そうこうしているうちに多摩川はやはり越水してしまい
しかしそれはずうっと堤防の建設で揉めていた地域
結構離れている地域なので まあうちは大丈夫そう
などと思っている自分もいて
これこそが正常性バイアスのなせる間違った認知
死に至る危険が迫っているかもしれないのにねえと思いつつ
外にわーっと逃げ出す気持ちも起きず
テレビでニュースを見守っているうちに
夜9時には外はずいぶん静かになり
今回の超大型台風 一応家族全員生き延びることができた模様
翌日の午後 多摩川を見に行った
土手にのぼって一面を見晴らしただけでぐっと胸が詰まった
河原はいまだ地獄のような濁流に覆われていて
川幅も十倍くらいに膨れ上がり
これはもう川じゃない 茶色い海みたい
橋げたにぶつかる獰猛な流れっぷりの恐ろしさ
空は青くいいお天気なのに
多摩川はいつもは穏やかな優しい川なのに
今 目の当たりにするこの川は
もう人や家をなぎ倒しさらっていく殺人川にしか見えない
近くに住んでいるらしいおじさんが
朝はこの土手の階段の上すれすれのところまで水が上がって来ていたのだと
見物人たちに説明している
すごいものを見ちゃった 命に迫ってくるようなすごいもの
けれどそれは何故か感動にも近い感情ではあった
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台風の1日 ネコのダミさんの場合
ツイッターにも
犬や猫をしまえという記事があふれかえり
さてダミさんもしまわねばと朝から家に閉じ込めたところ
日頃外で用を足す習慣のダミさんは
とたんに落ち着かなくなって切ない声で鳴き始めた
シャッターを閉めて暗くなった家の雰囲気も異様だったろうし
おしっこやうんちをどこですればいいのだというとまどいもあっただろう
ネコ砂を入れたトイレも用意してあげたのだが
どうも気に入らないらしく家の中をウロウロした挙句
悲壮な声で鳴き始めた
娘が試しに人間のトイレの床に新聞紙を敷いたところ
ダミさんは新聞紙をかきかきして具合を調べたあと
やっとそこでたくさん大をした
少し最後の方は下痢っぽかったから我慢のぎりぎりでやっと出したらしい
それで落ち着いて部屋のどこかに寝に行った
そのあと私は台風の動向をニュースで見ながら
近くの道路の冠水の状況を見に行ったりなどしてあたふたして
ダミさんのことなど忘れていたが
夕方どこかから起きてきたダミさんは
台所の床の上に急に立ち止まり
そこで長い長いおしっこをした
それはそれは大量のおしっこで 大きな水たまりができた
我慢してたんだね 全部出しなさい
そう思いながら見守って新聞紙やらで拭き取った
そして夜11時過ぎて
外は静かになったようだけれど
今度は多摩川の氾濫が気になるなあ でも寝ちゃおうと
布団に入ったら
またダミさんが悲壮な泣き声を上げている
多摩川が溢れてくるかもしれないからまだ外に出してあげられないよと
なだめて餌をあげて トイレに新聞紙しいてあるからねと
放っておいたらまたそこで大量のゆるゆるうんちをした
1日に2回もうんちするのか ストレスのせいか
しゃーないなと思いながらうんちを処理していたら
私の枕元の床に置いてあったラジオの近くで
ぴたりと立ち止まりまたまた長い長いおしっこをした
本なども近くにころがっているので
慌ててかたづけて新聞紙でおしっこを受けようとしたが
ほとんどこぼれてゆかはおしっこの洪水
ダミさんはそれでやっと安らかになって寝る態勢
大型台風の1日
ダミさんもがんばったねえ
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2019年 第49回 神奈川新聞文芸コンクール入賞作
三日月
やつでの葉の上にうずくまる青い蛙の中に
心を溶かし入れてきた
セロファンに包まれたひとしずくの心臓を
透明な人差し指が小刻みに叩いている
冷たい夜風に凍えていくゼリー
目の奥に天球図の星がにじむ
この口はちいさな有機体を食べる
更紗模様が刻まれた薄い羽も
わずかばかりの青白いはらわたも
すぐもげるプラスチック細工の足も
わたしはこの体のすぐ内側にいる
足先を振って跳躍の神経を確かめている
この夜のうちにどこまで行けるだろうか
目の前に飛んできた黄色い羽虫を
無意識の反射で絡めとって
一息で飲み込んだ後
強張った喉をうすくふるわせてみる
ああ 声が出た
水笛の響きを持つ細い声が
守ることも守られることもない
むきだしの濡れた青
わたしの腹の奥でもがく手足
突き破ろうと力果てるまで噛み付く歯牙
外側にめくれあがりそうな嚥下作用
輪廻の舞踏に急かされるように
さあ まず左足 傾いた水平に身体を添わせ
次に右足 吸盤をきつく張り付けて
たわんだ葉の縁から次の縁へと
一人の夜を跳び移っていく
行く先々にいくつもの小さな悲鳴
最後に迫る大きな虚ろに呑み込まれぬよう
金色の虹彩を横一文字に引き絞り
皮膚のすべてで月光を呼吸する
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うんちのキレが悪い犬
うんちのキレが悪いので
お尻を下げながら
よじよじ何歩も歩いてしまうのです
ご主人は黙って待っていてくれる
ご主人はあちこち転がったうんちを
黙って拾ってくれる
さあ 大体出たよ
元気にお散歩再開だ
明日も小川のそばの同じ場所で
急に催して
お尻を下げてよじよじ歩き
キレの悪いうんちを
あちこち転がすのでしょう
私は少し離れた2階の窓から
今日もやっぱりキレが悪いなと
うんちが終わるまで
ついつい見てしまうのです
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笑顔をみせて
私や夫に対してのみならず
ケアマネ リハビリ士 看護師 言語療法士 入浴介助の人たち
家に来るどの人にも
無表情で言葉もなく
ただ言われるままに動くだけの姑が
病院で久し振りに会った近所の人に
いきなり満面の笑み
言葉は発しないまでも
車椅子に座ったままで
最大限の笑顔で何度もおじぎをしている
これは一体どういうことなのだ
どこからその笑顔が出てくるのだ
私はここ数年 笑顔を見せてもらってないぞ
私からはずいぶん笑顔をふるまってあげているのに
姑にもまだ残っていたよそ行きの顔
本当に笑顔を見せるべき人は
たまたま会った近所の人ではないだろうに
私のことはどうでもいいから
まずはご自分の息子に
大丈夫だから、という笑顔を
見せてあげてほしいのだ
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