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第29詩集 仏もいつか


詩人について

詩を書く人と話す機会が

今までに何度かあったけれど

「一般の人」とは違った意識を持っているのだとか…

「一般の人」にはこの感性はわかってもらえないらしいとか…

「一般の人」でない位置にいる人がいて

それなりに面白い

ひょんなところから言葉を捕まえてきて

ありえない組み合わせで構成し

ただそれだけで詩らしきものに仕立て上げ

詩を書く人は

ややあぶない

当たり前のことを当たり前のこととして

見ようとしないところが既にあぶない

単なる落ち葉を

「魂の浮遊」とか呼んでいそうで

けれどそのあぶなさに

ふと思いがけない涙がにじむこともあるのだ

隠された真っ白な素肌に

初めて触れたときのような

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生の鮭の大きな切り身をもらったので

小さく切り分けようとしたら

これがもう なまくらの包丁では全然切れないのである

分厚いゴムのような皮が

きっちりと身を守っている

生きていたころの鮭を思い浮かべる

きっと筋骨隆々で

すっきりしまった若者のような鮭だったに違いない

申し訳ないと思いながら

最後の手段 はさみで皮をジョキジョキと切る

これくらい強い皮なら

擦り傷もつかないだろうし打撲の痕もつかないだろう

どんなケンカにも打ち勝てそうだ


それに比べてわたしのこの脆弱な皮膚

たかが小さな軋轢であったにしても

ぱっくり裂け目が入ってしまい

薄っぺらい中身が

軽率にも無防備に

年中飛び出してしまっているのである


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保育実習

幼児が

「これカボタン」とか

意味不明なことを言いながら

砂に絵を描いたり

鼻水をたらして

ポケーっとしている様を

実習の一環として見てきた君は

沈思も熟考もない

幼児の世界を

愚かしいとも馬鹿らしいとも思いつつも

そこに天晴れな天国を見なかっただろうか

そういえば君も同じ年頃

黒い虫歯止めを塗った歯を

思いっきりむきだして

大笑いしながらそこらじゅうを走りまわっていたっけ

(なんであんなに馬鹿だったのか

 見当もつかないと君は言うが)

私もまたそこに最高の天国を見ていた

それは今も君の中にある

いつまでも私の心の中にある

(君がどんなに嫌がろうが

 残念ながら消し去ることはできない)


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丸裸

あたたかな毛皮に覆われた

優美な生き物の体をなでながら思う

どうして人類は

丸裸になってしまったのだろうと

体毛のないネズミやモルモットや犬や猫の

ぬめっとした皮膚感

寒さにブルブルふるえているさま

哀れさえ催す頼りなさ

生き物としてこれはよくないと思う

サル→人間

きっとこの流れのどこかにも

何か遺伝子の間違いがあったに違いない

丸裸でいいはずがない

服を選んで買って着なくてはいけないなんて

恐ろしく不経済で面倒ではないか


なめらかな毛皮に覆われてみたい

きっと自分の体を撫でては

うっとりとする

全身をくまなく覆う毛皮

ありふれた普通の茶色でいいから


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貸借


二十年前に友人に借りたマンガの本が

押入れの奥から出てきて

こりゃしまった

どうしようかな 送り返すべきかな

いいかげんもう時効かなと思いつつ

もう一度 押入れのダンボールにしまいこむ

今でもメールでつながっている友人だが

借りがある

もしかしたら貸しもある

そこら辺のところがもううやむやだ

実際の物品・金銭については言わずもがな

魂の出納帳を誰かがつけてくれているとしたら

多いのは

借りだろうか

貸しだろうか

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仏もいつか


五十六億七千万年後は

地球も人類も完全に滅んでいるので

やっとの思いで出現した弥勒菩薩も

意味ないじゃんとかつぶやいて

すねてしまうに違いない

特にぶっ殺したい先生はいない

と言う息子は

昔から仏のようだったので

私はいつも拝みながら育てさせてもらっているが

バクバクに割れたスニーカーを

注意されても履き替えない

という態度は

一種の反抗の証ではないのかい?

現代の仏は

淡々とバクバクときっぱりと

歩いていくのだ

すねている暇はない

あちこちに罠を張る小さな滅びを

ひとつひとつ飛び越えながら


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きみの頭蓋は

きっと透き通った水晶でできているに違いない

色分かれする日射

季節のうごめき

皮膚組織のわずかな電気変化を

人よりも多く感じてしまう

きみの頭蓋の美しさを

わたしは想像する

純度の高い感情

しみるような痛み

血管を伝わっていく響き

分かちがたくきみの内側にある美しいものは

血肉を大きく開かないことには

きみは見せることができない

人は見ることができない

水晶のドクロは

今日もきみの熱い脳を包んでいる

人よりも多く涙を流すとしても

きみはその頭蓋を

単なるカルシウムと取り換えてはならない

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いやなことといいこと

いやなことがありました

コンビニでお菓子を買って

自転車のカゴに入れたままスーパーに寄って戻ったら

すっかりお菓子が盗まれていました

いいことがありました

流れ者のダミ声の猫が

いつもは近づくと逃げてしまうのに

今日は上目遣いで固まりながらも

逃げずにさわらせくれました

いやなことといいことのグラム数は

たぶんそうは変わらないのに

いやなことの方がずしんとくるのは何故だろう

ダミ声の猫のことを三倍多く思おう

そうしたら重さ加減がつりあって

四倍多く思ったなら

菓子なんぞくれてやらぁと思えるかもしれない

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いつか誰かのために

私の半生の中には

どうしても語ることが難しい数年があり

語ろうとすると

まわりを深刻に巻き込んでいきそうなので

いつもあいまいに笑ってごまかしてしまう

しかし

娘の悩みに向かって

何か言ってあげられるとしたら

正にその数年間があったからこそなのである

許したり受け入れたり

添ったり汲み入れたり

立ち向かったり励ましたり

さまざまな感情の技巧の大半はその数年間に学んだ

すべて自分に起きたことは

いつか誰かを救うための準備

娘にもいつかきっとそんな日が来て

ああそうかと

すべてそのとき氷解するのだ

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クリスマスプレゼント

ずっと昔私が小さかったころ

あるクリスマスの朝

枕元に電車の絵本が置いてあったことがあった

その絵本を一目見て

こんなものは欲しくないと

私はひどく泣いたのだった

父は困った顔をして「電車はきらい?」と尋ね

次の日曜日 私を本屋に連れて行き

電車の絵本を動物の絵本に

取り換えてくれたのだった

父は国鉄の職員で

大宮駅や石橋駅の助役をしていた

きっと電車の絵本を私に見せながら

これが東北線の電車だよ

これが新幹線だよと

私に教えたかったに違いない

泣いたけれど

本当は電車の絵本でもよかった

ひっこみがつかなくなって

動物の絵本に取り換えてもらったけれど

電車の絵本をくれた父の気持ちも

本当は知っていた

そもそも「それはサンタさんがくれたものなのだから

きちんと受け取れ」と父は言ってもよかったのだ

今年もサンタが悩む時期になった

的はずれな期待はずれなプレゼントが

巷に飛び交いはじめるが

子どもが泣こうがわめこうが

サンタは誇りをもってそれを贈ればいい

それは単なるいつもの買い物ではない

贈ろうと思ったときから

累々と積み上がっていく思い

それにしても

十五歳と十七歳の我が子よ

プレゼントをねだるのもいい加減にしないと

「ジャン・クリストフ」または「罪と罰」を

どかんと全巻贈ってしまうぞ


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やきそばを食べながら

私がもっと繊細だったなら

もうそろそろ新聞も読みたくなくなるし

テレビのニュースも見たくなくなる頃だ

世界の数式が次々と壊れていき

あたたかな陽射しさえ

何かの罠のように思える

今日 学生たちのまつりの中を歩き

刹那の喜びを共に笑った

行く手には希望 隣には友

そんな歌を歌い合って

人を殺す人も

自らを殺す人も

子ども時代にはきっとこんな風に

皆と一緒に笑い歌っていただろうに

やきそばやフランクフルトを食べながら

世界の終りについて考えよう

今日ではなく明日でもなく

生きている間でもなさそうだと仮定して

焼き鳥のタレにまみれ

綿あめで手をベトつかせ

先生方の妙な踊りに笑い

いつかこの場所をきっと俯瞰する

新聞を読むのに嫌気がさす日にも

遠いまつりは焦げた秋色

指先の小さなやけどのように

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表札


雨が降り続く

ヤモリは平気で濡れながら

外壁を伝い歩いている

クモは乱れた糸をそのままに

しばらくは軒下でうずくまる

心やさしい人という言い方には

忍び寄る蔦のような

どこかはがしにくい嘘がある

表札を洗おう

緑色の苔に覆われないうちに

雨が降り続く

自転車がさびてしまう

何かいいことはないか

池の中の金魚はいつものように

水草とたわむれ

ヤモリもクモもどこかふらついている

結局そこに落ち着いていく

ヤモリやクモのように

好かれていないことにも気づかず

好かれようともしない心境

表札を洗おう

呼ばれすぎた名前を

きれいに忘れてしまえるように

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愛するとは

愛する人を失って

愛することに臆病になってしまう人の話は

映画や小説でよく描かれるが

そのたびに

「早く吹っ切ってさっさと次の愛に燃えなさい」と

ついブツブツ文句を言ってしまったりもするのだが

その主張は変わらないのだが

ダミ声の野良猫がだんだん馴れ馴れしくなって

どんどんすり寄ってくる

エサをねだってダミ声で鳴きまくる

「こいつ かわいいぞ」と思っても

過去 愛してきた猫を五匹も失っているので

なんとなく愛も控えめに

撫で方も中途半端に

ついよそよそしい振りをしてしまう

ふと気づけば

私も愛に臆病な人間のひとりだった

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判断の基準

それをしたら(しなかったら)

後悔するか否かで 

娘は

行動を決めるという

する方を選ばざるを得ないことの方が多いようだ

自分にそれができるか(できないか)で

私は

物事を判断する

できないかもしれないことも

できるさ!やってやるさ!と

つい強がってしまうので

やはり する方を選ばざるを得ないようだ

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歩行器はどこにいった

うつぶせ寝が奨励されている頃の育児だった

揺さぶられっこ症候群なんて聞いたこともなかった

抱き癖がつくから泣いても抱っこするなと

識者はみんな言っていた

それは間違いだったといまさら言われても ね・・・と

夫と悲しく目配せを交わす

まあ なんとか無事に育ってよかった・・・よな

正しいとか間違っているとか

時代が言っていることは信用がならない

今の常識もあと少ししたら非常識になる

いまだ動物実験の域にいる

風邪をひくたびに尻に太い注射をされた私もいる

ため息をつきながら

まあ なんとか無事に育って・・・

と言っている夫婦がいつの世にも消えないのである

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労働量と報酬

取材のお仕事なの二万円お支払いできるのどうかお願い

でも今忙しいからちょっと・・・

他をあたってみたけれどやっぱりあなたしかいないのどうかお願い

と拝み倒されてやむなく引き受けた取材だが

なんとかやっこらやりおおせてほっと一息ついた後に思う

これで二万円なんておおなんともったいなきしあわせ

陶芸家に弟子入りしていた時は

月に五万円もらっていた

朝七時から夜中十二時まで(時には夕方五時で終われたが)

土練りから窯焚きまで

労働基準法はどこに行った

私は確かに五万円以上の働きをしていた

労働量と報酬の関係をグラフにできるものならグラフにせよ

楽していっぱいお金をもらっている人は反省するように

苦労しているのにあんまりお金をもらえない人は腹をたてるように

今すぐこの部屋を完璧に掃除しろと言われたら

その労働量の膨大さに立ち尽くし

しかも報酬ゼロ円に呆然とする そんな主婦Áなのだ私は

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