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第16詩集 おでんとらっかせい(2)


回復力

大事なことは

回復力だ

あるべき状態に戻ろうとする

強くしなやかな力だ

しおれた花が

水を吸ってぴんと甦るように

高熱に寝込んだ子どもが

いたずらな目をして体を起こすように

吹き荒れた嵐が

冴え冴えとした青空にとって代わるように

すべては回復の過程だと信じたい

打ち明けられた話に

心が沈む

かけられた言葉に

ほっと息をつく

あなたの笑顔に

少しずつ笑顔が誘われる

日々回復していく

眠り 目覚め その繰り返しの中で

私は回復してきた

下向きの矢印さえ

回復への移行だったと

今なら私ははっきり言える

悲しみに黙り込む日もある

小さな一息一息が熱を鎮める

苛立ちをおさえる

正しい視覚をよみがえらせる

明日の天気に気を取られはじめる

そういう仕組みになっている

すべてこの在るべき世界は

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十二月


君たちは込み合った店の中で小さくなっている

右隣では

神妙な顔をした青年たちが

しきりと受験の情報を提供しあい

左隣では

茶髪の恋人たちが

ポタージュをかきまぜながら

ゲラゲラ笑っている

十二月も半ばを過ぎると

光りも薄く沈んでくる

大人になるとね 一年がだんだん短くなって

全部知っていることばかりのような気がしてくるんだよ

たぶん来年も確実に朝昼晩何か食べているだろうねおまえは

そんな声が後ろの方から聞こえてきて

君たちはキョロキョロしながら

ハンバーガーをひとつペロリとたいらげてしまう

白いサンタが飾り棚の上に座り首をかしげている

もうおなかいっぱい?

いつか恋人なんかと一緒に食べる時には

もうママはお呼びじゃないのだろうね

暮れていく十二月は

何故か気分を沈ませる

分かったつもりでいるけれど

年をとらなければ分からないこともある

球の視点を転がして

はぐらかしたり 投げやったり

少しそわそわしたりもしているんだよ

目の前のジュースは

氷が解けて色も味も薄まってしまったけれど

とりあえず乾杯でもしようか

左隣と右隣とこの店にいるすべての人たちと君たちとの

たった一度限りの

最高の組み合わせを祝して

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トマホーク

トマホークが

熱をまき散らし

うなりをあげて

今まさに炸裂しようとして

わずかに角度を下げた時

私は

鎖をゴトゴト鳴らし

小屋から顔を出した

腹這いになって

仰向けになって

白い腹を出して

安心して目をつぶっていられるのは

空から何も落ちてこないことを

確信しているからだ

(しかし果たしてそうだろうか)

ヒュー キュルキュルキュルキュル!

いつだって忘れた頃に落ちてくる


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三日月


朝 南の空に消え残った白い月を

「見て」と言う

「ああ 細い三日月だね」

月を見るこころ

猫を抱くこころ

何かと闘うということが

いつのまにか当然のような義務になり

何かに勝つということが

いつのまにか大きな価値になっている

いいんだよ

泣き虫のままだって

澄んだ冬の朝に

音もなく身支度を整え

かざぐるまを吹くこころ

紙風船をつくこころ

こころの種類を言い当てて

ほんのちょっとの間だけでも

同じ形になってみればいい

いま

君のこころは三日月

私のこころも三日月

冬の朝に白く透けて

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おでんの唄


おでんは手間いらずでおいしいけれど

練り物に入っている添加物が心配だ

でもまあ たまにならいいだろう

はんぺん ちくわぶ じゃがいも だいこん

つくね こんにゃく 揚げボール

たまごはすぐに取り合いになるから

うずらの卵を二十個ばかり

おでんおでん

おでんという名前はかわいい

おでんという言い方は言いやすい

漢字じゃないところがいい

おでんと汚点は似ているけれど

汚点となるとこれはちょっと笑えないな

てな感じで

今日はおでんにしましょうね

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タコツボの唄

タコツボの中をのぞいてみて

ほんとにタコが入っていたなら

どんなにうれしいことだろう

イカツボでもヒラメツボでもだめ

タコだからいいんだよなあ

タコ部屋というのもあるけれど

ウサギ小屋よりもしめっぽい感じがするのは

やっぱりタコだからなんだろうなあ

タコツボタコツボ

何べんだって言ってみたいタコツボ

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らっかせいの唄


らっかせい食べだすと止まらなくなる

別にものすごい美味というのではないけれど 

次から次へと止まらなくなる

殻を割って 皮をむいて

まるでサルみたいにせかせか食べ続ける

カリカリした歯ごたえがいい

小指の先ほどの大きさもいい

らっかせいを一缶全部一人で食べて

盲腸になった人もいたけれど

うわさになるほど食べてみたい

食べすぎると鼻血が出るともいうけれど

鼻血が出るほど食べてみたい

らっかせいは冬の食べ物

気が付くと食べているのは

殻をむいていると

指先があったまるからなのかなあ


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やさしさだけで


やさしさだけで

どこまで幸福になれるだろう

やさしさだけで

どこまで生きていけるだろう

やさしさだけで

本当にやさしさだけで!

ひばりの声が聞こえていたから

あれはやっぱり春だったのだろう

河原の土手の草むらで

青いヘビが茶色いカエルを丸呑みしようとしていた

カエルの足がヘビの口から飛び出していた

それはよく晴れた土曜日の午後で

私はただ

草むらに咲く黄色い花を

見ようとしていただけだったのに

カエルの足がゆっくりと宙を蹴っていた

その時のヘビが カエルが 川が

いいお天気が のんびり歩くハトが

私には全部悲しかった

この世の価値すべては

ただやさしさの中にあるとは

誰も言わない 誰も思わない

暗黙のうちに

呑み込んでいるカエルの頭

私には目を背けたい風景がある

私はあのヘビを カエルを

悲しまずに見る練習をするべきだったろうか

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毛だらけ

きみと握手がしたくて

眠っているきみの前足を

無理に引っ張り出して握ったら

きみは瞬膜の広がった目をうすく開いて

「ひゃあ」とかすれ声で鳴いた

全身に毛が生えているのって

なんかいいね

やわらかそうだね

小さい手だね

きみはきみの匂いをまとって

きみの寝床に手足を伸ばす

毛だらけで表情がわからない

毛だらけで体の線がわからない

ふんわりときみぐらいの大きさで

生きてみたいなあ

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今もどこかで

決められた日課の中を

少し早歩きで散歩していた

もう彼岸花もすっかり枯れていた

ずれながら時間は

肩をゆっくりとすぼめていく

今も どこかにあらわれている虹

今も 誰かは大笑いし

誰かは涙を止められない

今も どこかで降っている雨

今も 誰かははしゃぎ

誰かは怒りを止められない

何も知らないのに

共存は続いていく

今も どこかで鳴いている子猫

どこかで水を飲む小鳥

本当に何も知らないで

明日にでも

すべての印象は変わってしまうかもしれないのに

チクリとも感じもせずに

人々は流れていく

猫は伸びきって眠っている

世界の誤差を

束の間 なめらかな平面にして

太陽は白く照り輝く

誰にも気づかれずに石は砕け

誰にも気づかれずに水は絶えた

神々からの伝言は

最も小さな触覚だけをたたく

(それはどんな痛み?)

何も聞かない

何も見ない

意識的な努力義務として

とにかく今日は小春日和だ


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生きるペース


鍵を開けて

靴を脱いで

荷物を放り投げて

窓を開け放ち

腕時計をはずし

靴下を脱ぎ

普段着に着替えて

トイレに行き

手を洗い

うがいをして

猫のダンボール箱をのぞき

とりあえずテレビをつけて

椅子にドスッと腰かける

不満 というか

うまくいっていないことも

いくつかはあるけれど

自分のことであれ

他人のことであれ

子どものことであれ

とりあえず基本的な生命維持ができていれば

よしとしよう

ゆっくりと食事を済ませ

宿題があるなら

資料を持ち出し

あれこれぎりぎりに至るまで

思いを巡らせる

マンガも読みたい

まだ何も試されていない

備えは万全か

万全でもないのだろうが

怖がってもいない

いいペースだ

もっともっと愚かになれ

ミトコンドリアの

単細胞な頭脳程度まで

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何でしょう?


それはぷよぷよしています

ペロンペロンしているとも言います

おっぱいに似た触感です

やわらかい曲線を持っています

しっとりしているけれど

さらっと快活な時もあります

どっしりしていて頼れる感じです

ポテンポテンと音をたてます

ぱらっぽぱらっぽともいいます

大きすぎるほうがいいです

かっこつけんなよと

いつも肩をたたいてくれます

キュッとブレーキをかけてくれます

夜中になると小人のじいさんが

ヨッコラショともぐりこみます

中はほかほかと暖かいのです

それは ながぐつです

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なめている


暖かい日向で

からだをなめている

ペロペロおなかのあたりをなめている

足の先っちょもなめている

おまたのあたりもなめている

脇の下もなめている

きのうの傷もなめている

尻尾の根元ははげている

ひまだからなめている

なめるしかないからなめている

なめおわったらおしっこに行くつもりでなめている

なんでもなめてゴックンしてしまう

なめることが今日一日の大事な仕事

なめているとうつろになる

体ひとつ分の日向をさがして

ただひたすらなめている

どんなことがあっても

なめている

死んでしまっても

なめている

真っ赤な飴をなめるように

ぴかぴか丸い魂を

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ゾウの時間


君の体の中を

ゾウの時間が流れる

ひとときサバンナに雨は降り

白い泥が背中を流れ落ちる

何も気が付かない

立ったままで

小鳥が降り立っても

皮膚は感覚を伝えない

君の中のゾウは

どこをみつめているのか

小さな目を動かしもせずに

ただ雨に打たれている

何かの裁きのように

雨に打たれている

逃れのすべも知らされずに

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そうじゃないよ


溜息をついてばかりいる

窓からは曇った空が見えるばかり

もうすぐ雨も降りだすだろう

いつも 私は

何の弱点もなさそうに

何事もへいちゃらそうに

静かに笑って過ごしてきたけれど

そうでもないんだよ

本当に全く

そうじゃないよ

ぶつぶつ言い訳を言ったりしているよ

へこんだりしているよ

卑屈になったりしているよ

褒めてもらえるようなことなんてなんにもない

だから無性にケーキを食べたい気分

本当の気持ちを書いた手紙をください

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蝶々


また夜になってしまった

今日私は

何もしなかったのに

もう眠くなった


わからないことは

わからないと

はっきりと言いたい

綱や目や科のことまで

言いたい人は言えばいい


顕微鏡の目で

望遠鏡の目で

過去や未来に揺れ動く目で

私は世界をいつも

見ているわけではないから


五月の若葉は

やわらかくておいしそうだと思う

鯉のぼりは

もうそろそろしまったほうがいいと思う

物事は明快なほうがいいと思う


今日書店で立ち読みした難しげな現代詩は

どうやら今後も到底読み解けそうになく

よしんば解けたからといって

べつに

大きな思いに浸れるわけでもなく

行き先が違う

それだけははっきりとわかった


突き刺し えぐり 切り刻む

一通りそんなことを試した後に

ふいっと蝶々になってしまう

明日 そんな季節の風に乗って

黄色い花粉を探しに出よう


ことばは辞書の中には無かった

ワープロの中にも無かった

頭の中にはなおさら無かった

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地下鉄にて

下宿の窓に雨が降りつける

茶色いチェックのカーテンのこちら側で

私は一人で長い日記を書いている

記念会堂前の八重桜にも雨が滴る

一本の街灯の光に花は白く浮かびあがる

ベンチはひどく濡れている

私は立ったまま人を待っている

線路わきの赤ちょうちんのお店にも

雨が降りかかっている

真っ暗な道端に赤い光が落ちている

傘をさして踏切を渡り

私はお風呂屋さんへ急ぐ

浄牧院の六地蔵にも雨は降っている

石の首筋まで黒く雨が染み透っている

私は彼らに傘を貸してあげたい

多摩川の土手にも雨は落ちている

春の草々の淡い緑の中で

散歩する私は思い出し笑いをしている

雨のしずくを払いのけながら

なつかしい場所場所が

雨に濡れていく様を

ここで静かに思い浮かべている

意味のないものにも

無関係なものにも

眠れない夜の記憶にも

雨が降りかかっていた

地下鉄にもぐりこんで三十分

地上ではいまも雨が降っている

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飛んでいたい

飛び散る花びらとなって

口を開けている人の

真っ赤な口の中に飛び込んでみたい

ゆるいシャツの襟もとに入ってみたい

いい匂いの髪の毛の中にもぐりこんでみたい

飛んでいたい

飛んでいたい

一番軽い姿となって

空じゅうをぐるぐる飛んでいたい

目をつぶりながら

首を曲げながら

わめきながら

夢のように

水の面にべったりはりついてしまう前に

あなたの部屋の中に舞い込んで

大切な白い手紙の上で

こっそり待ち伏せしている間に

猫にくちゃくちゃ食べられてしまいたい




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