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第9詩集 太陽の絵本


通信

ワープロの画面を真っ黒にしたまま

もう1時間も沈黙している

メダカの入った水槽の濾過器が

さっきからずっとゴポゴポとうるさい

雨が三日降り続けば

たちまち家の中が洗濯物でうっとうしくなる

何も書けないということだって

立派に書く材料となり得る

反故にした感熱紙の裏側を

言葉の落書きでいっぱいにしたら

雑巾を絞るように丸めて

さっさと捨てていこう

通信のレイアウトは

この季節なら紫陽花の花模様

小さなかたつむりをアクセントにして

それが当たり前すぎるというのなら

銀色のUFO

窓の向こうにのっぺりとした宇宙人の顔

がんじがらめの本編よりも

欄外のはちゃめちゃな遊び

規定通りの作業にならないためには

ワープロを離れてみるのもひとつの手だ

色もなく名称もない紙を選び

横でもなく縦でもない文字を乗せてみる

できれば目の玉を渦巻にして読んでもらいたい

そのまま星も飛び出すような

そんな通信を

ロケット噴射でばらまいてやる

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無能

無能の様をすっかりさらけだして

私は今ここにいる

春先のけもののように

梳いても梳いても

抜け落ちていくものがある

すっきりと裸になれれば

またそこから生まれ出すものもあるだろう

雨にぬれた団地の壁は

薄緑色に水っぽい黒が点々と飛び散り

雫のような白がぼやけている

スポンジのように

指で押せば軽くくぼんでしまう

どんなに寂しい風景でも

絵画の中に完成されていれば

その存在は無敵な強さを持つ

雲雀が飛んでいたのは

河原のずっと上の方だった

くさむらから垂直に

立ち上がっていく鳴き声

空中を横に流れていく鳴き声

その音階をすべて紙に写し取れば

どんな歌よりもよろこびを表す歌になる

そんな風に

なにかをここに定着させよう

無能に成り下がって

かすかな蟻酸の跡をたどり

たまごの部屋にもぐりこむ

生きているたまごを

あたため続ける 次々と黙々と

真っ二つに殻を割った場所から

最強の軍隊が続々と

足音高く行進を始めるのを

うなづきながら眺めていたい

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ピラミッド

机の上に辞書が積み重なっている

下から英和辞典

類語国語辞典

新明解国語辞典

漢和辞典

この四冊の上に

岩波の国語辞典

更にその上に

古今東西の名詩選全集などを重ねれば

完全無欠の語彙のピラミッドの完成

といった具合

組み合わせさえ過たなければ

なにもかも

うまくいきそうなものだけれど

問題は呼吸をのんだ後の次の一言

古典は古典で

コンクリートのかたまりのようだし

前衛は前衛で

青空のように焦点が合わせられない

赤裸々な告白はむき出しの鋼線のよう

無邪気さをわざとらしく演出すれば

どうも安っぽいお子様ランチみたい

基本は辞書の中にある

ピラミッドを見上げていたら

首の骨が鳴った

ゴキッと

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雨とともに散り

雪のように

木々の若葉に

池の面に

閉じた傘に

少女の髪に

いつまでも

消えることもできず

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友達は魔女


どさくさ劇場と名付けられた

彼女の一人芝居は始まる

さあ 耳を傾けよう

深夜の列車に乗った魔女は

たったひとりで

火祭りの山を目指す

まだ甘いお菓子が好き

イモリの煎じ薬も

ガマガエルの秘薬も作れない

部屋を真っ暗にして

おばけを呼び出せば

微かに聞こえるくすくす笑い

さあ 耳を傾けよう

彼女がその気になって唱える呪文は

不文律の空からいくらでもわいて出る

ヘマをしてちょっとは叱られる

あわてて追い出した煙

ほらまだ焦げ臭いにおいが残っている

こっそり広げ過ぎた世界から

秘密の通話を盗み聞きしている

どさくさ劇場のお話はまだまだ続く

男と女を語るには子供っぽく

王子様を思い描くには大人びている

黒猫を尻尾で吊るして

ギャアと言わせたがっている

らしさのさじ加減でいえば

かなり濃いめ 毒に変わりそうな

土砂降りの雨の中までも

どろどろの長靴で

楽しげに誘い出す

彼女を囲んで

甲高い声たちは踊る

いつかの夜の火祭りのように

友達は魔女

大人が眉をひそめるほど

見事にほうきを乗りこなす

悪魔にだって触りにいく

伸ばしかけた髪に

まだ蛇のバレッタが似合わなくても

誰よりも張り切って元気そうに

強い声で自信ありげに

思い通り操りながら

いきなりつまらなそうに

「やーめた」

さあもう一度

冷たい銀の水を振りまいて

見てきた遠くの寂しさを

ここでありのまま

わがままに変えてごらんよ

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花を見る

花を見てきた人の

おだやかな笑顔に

花よりも美しいものを見る

だから私も

花を見に行こう

見頃を外した静かな桜を

お花見はいつも授業中

校庭に見える桜だけで十分だった

休み時間も遊ばない高校生は

さ行五段活用を口の中で唱え続ける

色の無い生活域に

手入れも始末もいらない

通りすがりに咲く花を

写真の中には

いつも君たちがいてほしい

花びらをかき集め

舞い飛ばし

体じゅうに浴びて

子どもたちは花を味わい尽くす

歩きながら

親しい人の心も呼び寄せよう

葉桜を透かした向こうに

真っ赤に光る車

新しい制服を着た

小さい女の子の目に涙

石段を流れ落ちる

雨の日の桜

晴れたなら見に行こう

花よりも美しいものが

私の顔にも浮かんでくるように

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見せにくる

猫が

雀を見せにくる

口にくわえて

もうぐったり死んでるやつを

トカゲを見せにくる

シッポが切れたばかりのやつを

バッタ見せにくる

ぼんやりうつろな目をしたやつを

セミを見せにくる

ビービーさかんに鳴いてるやつを

ゴキブリを見せにくる

ぎらぎら黒光りしたやつを

ハエを見せにくる

これはすぐに逃げていった

人間の子どもが

ビー玉を見せにくる

てのひらに握りしめ

傷がいっぱいついたやつを

雑草の花束を見せにくる

少ししおれかかったやつを

小さな貝殻を見せにくる

砂場の深くに埋もれていたやつを

似顔絵を見せにくる

思いっきりふざけた顔をしたやつを

はなくそを見せにくる

まるまるとでっかいやつを

テスト用紙を見せにくる

二十八点と書いてあるやつを

こちらこそ

見せてやる

思い切りバカみたいな

ベロベロバーの顔を

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無農薬

畑で採れた青菜をゆでていたら

浮いてきた 浮いてきた

白くゆだった青虫たちが

おはしでちょいとつまんで

流しにポイ

ちょいとつまんではポイ

ちょいとつまんではポイ

長々としたやつは

顔を見ないようにしながらポイ

嫌な役目

でも無農薬

ブロッコリーにはまったやつなんか

揺すっても出てこない

思わず「うひゃあ」と叫びたいのを我慢して

つまんではポイ

つまんではポイ

立派なポリシーには頭が下がるし

健康には代え難いけれど

虫だけは勘弁してほしい無農薬野菜

あの人の言動も

まるで無農薬

きっとどこかに

丸々と太った青虫がついているよ


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頑張る

二本の道を前にして

私はこう教えられてきた

より困難な道を選べと

ストイックな頑張りを見せて

マニキュアもせずに

髪も染めずに

さて振り返ってみれば

こんな私

そんなあなた

切り捨てたものにだって

五分の魂

これでよかったなんて

とても言えやしない


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春の宵

春の宵は

桃の香りのコロン

恥ずかしげもなく

愛について語り合った日々

歩道橋の落書きは

知らない誰かの名前

駄菓子屋の前で少年たちは

お化けけむりを指先に揺らす

上り坂の手前

青を待ちもしないで

体操服の中学生が

かたまりで渡ってくる

そこからいきなり道を変えて

川のある方へ行ってみようか

線路の向こうに

夕陽は落ちるだけ落ちていった

いつも夕陽から目をそらしていた

戻るとしたら

その場所でしかない

そう思うに違いない場所で

滑稽なほど

愛について真顔で語り合っていた

鳥肌が立つほど

好きだと言い合っていた

つないだ手をわざと子どものように振りながら

春の宵に

怯える心だけは消して

戻るとしたら

その場所でしかない

そう思うに違いない場所へ

満開の花を落としてきた

そんな気がしてはいないか

あなたも

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陶器の音


アサリが鍋の水の中で

キュル!っと鳴いた

その時不意に思い出したのは

引き出されたばかりの熱い陶器に

ピン!と貫入が入っていく音

生暖かい夕方に

少女は父親と一緒に

インゲンの種をまき

水撒きまでも手伝って

足を痛めた少年は

二階の窓から

気の早いコウモリの飛行をながめている

もうすぐ夕食の支度もできる

ここにいるのが彼らでよかった

別の誰かはもう入り込めない

たとえ陶器の音を遠く忘れていったとしても

地虫の鳴きはじめたこの夕暮れに

少女は父親にほめられて

満足そうに戻ってくる

ふざけて髪を少し濡らしながら

少年はつまらなそうに

ブロックを組み立てている

湿布した足を大げさにかばいながら

黒い猫がうろうろと部屋を歩く

みんな異状はないかという風に

並び立つ別の世界に燃えている炎

熱い陶器が声を上げながら固まっていく

同じ響きが聞こえる夕暮れに

もう少しこのまま ここを守る

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構造


構造が見えてきたような気がした

人体模型の中で

プラスチックの内臓がカタカタ鳴っている

脳味噌を二つに分けて

それぞれを両の手に乗せている

人が一日に何文字相当しゃべるのかは見当もつかないが

私は一日に二百字の詩を書くのがせいぜいだ

右か左か どちらの機能に負うところが多いか

振り出した言葉に聞いてみようか

可愛らしい初歩の初歩は

悲しいと言い さびしいと言い 美しいと言う

そこから先の闇に待っている血管の迷路

モルモットは突き進む

学習した道を踏み外さぬように

もっと上から全体を見晴らして

右か左か 指図を与えてやろう

構造は単純だ

つまりはパズルゲームの手管

交差する神経が感覚を交換していく

大げさな手術の振りをして

ただ内臓模型を入れ替えただけ

そのトリックについては

ここではノーコメントということにしておこう

見かけだけは

たいそうな威厳と誇りをもって

神の手は下す

全世界の共鳴と雷同を言い切るために

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太陽の絵本


このワープロで「たいよう」と打つと

待機文字は四番目に「太陽」と出す

太陽の順列はこの世界では

案外あとの方になっているらしい

家には一冊の太陽の絵本があり

子どもがまだ幼かった時

その本ばかり読んでもらいたがった

派手な外人顔をしただいだい色の太陽を

自分の名で呼び

自分であるかのように指さしている子どもの姿は

それはそれで何か象徴的な気がして

親はなんとなく嬉しかったりもしたのだ

極彩色の絵の中で

今きみは太陽とならなくてもいい

収穫した果物で籠をいっぱいにした

赤いスカーフの娘となって

仲間たちの方に笑いかけていてほしい

そう思うのは

あの頃よりもっときみが見えてきたから

太陽の施す恩恵について

すべてを描き尽くした三十二ページ

もう綴じ目もほつれかけて

絵の具の色も古臭い感じがする

太陽の絵本「わたしは たいよう」

けれどきみは太陽より以上のものだ

それを言いたいばかりに

さっき私はこの絵本を

本棚の隅っこから探し出してきたのかもしれない

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明け方の夢


葉も茎もなく

巨大な赤い花が

花だけで地面から生えていた

落ちた椿の花のように

どこか壊れた世界の風景のように

花だけが

ずっと遠くまで

夕暮れなのに変に明るく

鮮やかな赤は毒のような味がした

茶色いウロコをまとった鳥が飛び立つ

濡れた甲羅を背負ったカメが歩く

巨大な花の陰に

体を超えていきそうな自分がいた

大きく渦巻く雲

宇宙船はここに降り立つだろうか

真っ赤な花畑を目印に

悲しい気持ち

さびしい気持ち

体を捨てていきたい気持ちに促されて

私は花の下から走り出していた

走っていた

水蒸気で飽和した空気の中を

新しい進化に追いつかれないように

六枚の透明な羽をもつ私は

花は刻々と色を変えていった

赤から橙そしてまだらの茶色に

次々とウロコの鳥は飛び立つ

響き渡る甲冑の重々しいはばたき

不思議な悲しさだった

染み出してくるような卑小感だった

なにもかもが

落ちた花のように

腐敗のイメージを伴っていた

花園の感情に息を塞がれて

走りながら弱い羽がちぎれそうだった

背中を見せる群れに声もかけられない

ぐちゃぐちゃに溶けた花の床に倒れ込んで

足も引き抜けなくなった

喉の奥が痛い

ぐっとこみあげてくる涙

そのこらえかねた一瞬が

まさにこの明け方の夢だった

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薔薇茶の喫茶店


薔薇茶の看板のある喫茶店で

彼は私を待っていたという

お祝いの赤いワインを抱えて

その喫茶店のドアには

ネコジャネコジャを踊る猫

一歩店に入れば

ヒョウの下半身を持つ獣人が

けだるい目をして

壁いっぱいに寝そべっていた

首を垂れたアンティークな人形と

枯れ果てたドライフラワー

焦げた写真のようなにおいがする

どうにもなじめない違和感

それを何とも思わない人たちに混じって

私はいつも逃げ出したがっていた

背中に獣人の視線を感じながら

彼は私をずうっと待っていたという

待ち合わせをしたわけでもないのに

あの奇妙な絵のそばの席で

赤いワインを私に手渡そうとして

薔薇茶の味も思い出せない

ソバージュの髪のやせた女性が

カウンターの向こうでカップを並べていた

あの喫茶店に四時間

彼は外をみつめながら座っていたという

行きかうすべての人々の中に

私を探し出すために

過ぎる車の一台一台までも

詩集など贈らなければよかった

晴れた日曜日の夕暮れに

際どい友情にけじめをつけるためだけに

あの獣人は狩りの息遣いで

立ち去る彼の心臓に 今しも

かぶりつこうとしてはいなかったか

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自己評価

生きた証

などと大げさに考えると

その後何も言えなくなってしまうから

とりあえず

わざと濃く淹れたお茶を飲んで

「これはひどく苦い」などと

つぶやいてみる

その苦さこそが実存だ

などと小難しく考えると

ますます後が続かなくなるから

とりあえず

彫刻刀を持ち出して

ちびけたケシゴムに

不器用なひらがなで

自分の名前を彫ってみる

だれかに滅茶苦茶に褒められて

いい気になりたい

おだてられてくすぐられて 

天下無敵の心持ちでいたい

古い連絡網を一枚はがして

新しい連絡網を壁に張りつける

いくつの名簿の中に存在できるか

それが自分の価値であるようなないような

誰にも評価されない

それもまた天晴れな存在価値であるような

いつでもたった一人の独創者

などと意気込むと

息が切れそうだから

いきなりカメラを持ち出して

黒猫の写真を撮りに

外へ走っていったりもする

猫語でしゃべったりもする

これでも文学賞を

かなり本気で狙ったりしている

とりあえず自己評価は

口に出して言えないほど

高いところにあると言っておこう

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