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第8詩集 生まれる前 ママのおへそから外を見ていた(2)


一日

「いってきます」という声で

今日一日を予測し

「ただいま」という声で

今日一日を判断する

ランドセルの投げ捨て方なんかを見てもわかる

そりゃいいことばかりじゃないだろうさ

まあおひとつおやつのドーナツでもどうぞ

あとは君が何かを言い出すまで待っている

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よっちゃんの駄洒落

よっちゃんが

お酒を飲んだら

ママが来て

「まあ よっちゃんが

よっちゃったのね」

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洗濯物について

洗濯物を洗うのも干すのもたたむのも

たぶん美的センスとバランス感覚が必要で

仕上がりを見れば人物さえも分かるという

そう言われても

私などは手あたり次第 場当たり的で

やればいいんだろうやればという感じで

もし採点されるとしたら

つけられるのはたぶん最低の点数

亡くなった祖母は

洗濯物を干すのが好きだった

真っ白に洗いあがった洗濯物を

青空に干している時が一番しあわせと言っていた

そうですね そうですねと相槌を打ちながら

その気持ちもまあまあわかると思った

でも自分がやる段になると

とたんに面倒くさくなる

草の汁が膝小僧についズボン

給食袋のカレーの染み跡

山男のドロだらけの靴下

適当なところで手をうって

後は野となれ山となれ

健康な洗濯物であふれかえっているのは

うれしいながめだけれど

洗うのも干すのもたたむのも

どこかいいかげん

そんな母親であるわけで 私は

みんな小声で文句をいいながらも

どうやらあきらめ顔で許してくれているらしい

完璧など最初から求められてもおらず

それ故に完璧を人に求めずに済んでいる

さいわいそんな家族であるわけで

まあなんとかバランスだけは取れているといったところ

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夜の意味

子どもは言う

どうして夜なんてあるの?

ずうっと昼間ならいいのに

もう一人の子どもは言う

夜がなかったら

面白い夢が見られないじゃない

夜の意味はまだ単純で

なんだかんだ言いながらも

すぐにぐっすりと眠ってしまう

つの口をして

笑っちゃう寝顔だ

大人はみんな

子どもの夜がうらやましい

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生まれる前

生まれる前

ママのおへそから

外を見ていた

テレビだって見ていたんだよ

ふだんは中から

バンドエイドでふさいでいたの

知らなかったでしょ?

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海くんの肩もみ

肩をもんでくれる小さな手の感触が

何と言ったらいいか

微妙なふわふわしたもみ方で

それがなんともいえずしあわせな気分にさせてくれたもので

主人にも

「あなたもやってもらいなさいよ」

って言ったんです

そしたら主人も

「おお これは本当にきもちいいねえ」

って言ってくれて

ふたりで いいねえ いいねえって言い合って

子どもってこんなにしあわせな気持ちにさせてくれるものなんだねって

ふたりですごく感動したんです

彼女が微笑みながらそう言うものだから

私もすっかり思い出しました

十の心配を帳消しにしてくれる

小さなかわいい親孝行

ほんの気まぐれだけれど

母親にはそれで有り余るほど十分

ささいな喜びは

大きくふくらむ

期待されていない分だけ

私たちのまわりを

ピストルを撃つまねをしながら

照れてぐるぐる走り回っている海くん

さあ 今のうちだよ

君の存在自体が

まだ思いがけない奇跡であるうちに

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急須の穴

動いていれば半袖だって暑いくらい

机の下の暗がりはかくれんぼにもってこい

急須の穴を逆からのぞいて

君は何かうれしそうに笑っていた

話しかけると瞳をひっくり返してそらとぼける

風でカレンダーがめくれているのを見て

ひとつ覚えに「さむいよ」とばかり言っている

すまなそうな顔はきっとパパそっくり

若いママの叱りっぷりは芝居気たっぷり

笑いながら覗き込まれて君ははいつくばって顔を隠す

今が一番かわいいさかり

誰もが懐かしく君を抱き寄せたい

君はいつも何かをしっかり握っている

ミニカーやぬいぐるみやタオルなんかを

お話はいつもてのひらを開くことからはじまる

次に会う時にはきっと

幾分よそよそしく

遠ざかる距離を知り

自分の場所を決めている

分かっているつもりだよ

もう誰からもかわいいなんて言われたくない

からっぽのてのひらは見えないものを握り

きっと急須の穴ものぞかない

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歯が抜ける

ガムをかんでいて

いきなり歯が抜けて

ものすごい形相で

ティッシュを探しにくる

血のにじんだティッシュを噛みながら

もごもごとつぶやく

「今日は全くついてない日だぜ」

それが四年生の歯の抜け方

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記憶


一枚の写真がある

去年の夏休みに旅行先で撮った写真だ

ガラクタを組み合わせて作ったステージの前に

家族が並んで写っている

君が選んだその写真について

作文を書く宿題が出た

原稿用紙二枚は

一年生にとってはかなりの量だ

あれこれとヒントを与えなければ

埋められない

まず たくさんのパオがあったこと

いろいろな種類のバッタがいたこと

暑かったこと

それと・・・あとは・・・

なかなか書けずに途方に暮れていた君が

急に自分から書きはじめる

ベンチ式の白いブランコがあったこと

おねえちゃんが大きな蝶々をつかまえたこと

青いトンボも飛んでいた

恐竜のオブジェもいくつかあった

おみやげに何を買ったかということまで

なんだ君の方がよほど多く覚えている

そういうことか

悔しいけれど記憶の奥行としなやかさは

もう君にはかなわないのかもしれない

同じ写真を前にして私と君とでは

良い作文を書くのはきっと君の方だ


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束の間の

語りかけて

歌いあって

ドブ板をカタポコ鳴らして

知らないアパートの階段を上り下りして

影ができたら影踏みをして

疲れたら同じ高さに抱き上げて

ゆっくりゆっくり散歩した

なめらかな頬をすり合せながら

いつも眠ってしまうまで

麻の葉模様にくるまれて

わけもなく微笑んでいた

あの時の頼りない軽さが

まだわずかにこの腕に残っている

大切に 大切に

束の間の春の思い


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儀式

風の吹きこむ簡易テントの中で

立ったまま冷え切ったお寿司を食べている

久しぶりに会った知人たちと

何気なく近況報告をしたりして

なごやかにビールをつぎあっている

きれいなお顔でした

そう涙声で言っている人の声が聞こえる

その人が亡くなったからといって

別に悲しいとも思わない人間が

さっき神妙に焼香を済ませて

喪服のままで

ここで遠慮もなくお寿司を食べている

風が寒くて焚火のそばに寄っていたい

少しは話したことのある人だったけれど

早く家に帰ってあたたまりたい

健全な魂は健全な身体にしか宿らない

その人のかつての乱暴な言い様も

あながち間違いではなかったかもしれない

涙もなく飲み食いしている

この儀礼的な夜に

どれほどの悲しみがあったとしても

前後の責任などあずかり知らない

その冷然とした離れ方と

平坦な感覚

乱されずに済むのなら

それが一番いい

白い提灯が激しく揺れていた

いつか

煮物をしながらでも

泣けてくればいい

人がひとりいなくなるということ

ブランコにかぶさるように

もうすぐ咲きそうな桜の花も見ずに

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ズル休み

頭が痛いし おなかも痛いって?

学校を休まなくてはいけないほどではないだろうに

でもどうしても駄目だって?

そう では休みなさい

連絡帳に嘘を書いたら

もう立派なズル休み

世の中には

考えなしの無神経な人種があふれかえり

傷つきやすい人種は損をしてばかり

澄んだ泉が濁らないように

雨粒がゆっくり沈むにまかせて

ひっくり返って眺めれば

学校なんて

単なる便宜上の法則のひとつ

社会生活をする上でどうのこうの

まあいいじゃないのそんなことは

生きて 稼いで 食べて 楽しむ

結局誰もがそこに落ち着くことを考えれば

ズル休みのひとつやふたつ

なんてことはない


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