第15詩集 浮き草の研究 ひまわりの観察(2)
思い通り
今から半年くらいかけて
愉快で滑稽な詩を
十編ぐらい書けたらいいなと思う
しかめ面をされてもいい
何の褒め言葉もなくていい
そもそも誰と比べようというのか
役にもたたない言葉を書き連ねることで
だれの思い通りにもならず
自分の思い通りになる
もう夕暮れの感傷も関係ない
先のことは何も決めていない
桜は散るとき
大笑いに笑っているような気がする
うまいこといくっていうのは
どういう状態のことなのか
言葉にしたら
恥ずかしくて仕方がないだろう
とにかく何も言われたくはない
疲れて傷ついた気分
だからもっと楽しい言葉を
もっと愉快な言葉を
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遠野の夜 ~東京で自死した友人の故郷へ
遠野の夜を思い出すことがある
山道を深く奥へと回り込み
やっとたどり着いた里は
秋雨にぬれた林檎色だった
夕方 曲がり屋の囲炉裏を囲んで
私たちは少し居心地悪く
熱い灰の匂いを嗅いでいた
窓からは遠く暗い山のふもとを
細く長く電車のあかりが流れていくのが見えた
座敷童子は真っ暗な戸袋の隅っこに
ひとりひっそりとうずくまっていた
この寂しさの中に十八まで育った人は東京で
どんな秋を過ごしただろう
すぐにでも帰りたい心には
東京からここまでは確かに遠過ぎたね
帰ったとしてもきっと
遠野の夜も東京の夜も
同じだったに違いないのに
激情でもなく純情でもなく
私たちは黙り込みながら
ふたりで遠野の夜にいた その秋
一生を決めてしまいそうな
暗い遠野の夜に
果てしなく打ちのめされそうな心を
じっとこらえながら
誰にとってもどうしようもなかったあの秋に
私たちは遠野の夜にいた
凍えた河童の声も聞こえなかった
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青が足りない
ワープロを使うようになって
私の筆圧は落ちたようだ
ペンだこもすっかりしぼんでしまった
あるメーカーの
青色のインクのボールペンをずっと使っていた
それはけっこう明るい青で
書いているとすぐにボテてくる安物だったが
紫がかった青の調合は
深夜の静寂を鮮やかに写し取っているかのようで
他のどんな色よりも好きだった
右のてのひらの小指側はいつも青く汚れていた
(疲れてくると青い文字が黒い文字に見えてくる
もっと疲れると醤油が飲みたくなる)
画数が多い字ばかり選んで
強そうな文字に仕立て上げようとしていた
苦しいとうめき
もうだめだとつぶやく
指先をみつめ
手首を回した
時折苦い錠剤を飲んだ
青いインクのような夜明け
軽薄な内容にボテボテの染み跡・・・
いまでも核心は衝けないまま
ワープロの軽いタッチに従って
縦横無尽に増減を繰り返す
いつでもスマートに生み出される活字は
しかし
筆圧もなくどこまでも平坦だ
私の右手はもうどこも汚れていない
青が必要だ
すべてを塗りつぶすような青が
インクの輪の中に
のろまな紙魚をとじこめる
輪を縮めて縮めて追い詰めていく
ワープロではできないだろう そんなことは
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バスに乗って
バスの中を
タンポポの綿毛が一本
奥の席に向かって
飛んでいく
一緒に行こうか
坂道の上の
丘の町まで
君は
草いっぱいの遊び場を探しに
私は
車椅子の少女の
赤い頬を見に
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顔も知らない ~長田弘氏に
顔も知らない 声も知らない
ただその人の書いたものによってしか
その人を知らない
一本の大通りをはさんだ古本屋街を
私よりも二十年前に歩いた人
(詩を書くのに学歴は全く関係ありませんでしたね)
きっと同じ場所にたたずんでいた
同じいらつき方をして
薄暗い書店の奥にも何もみつからなくて
仕方なく店先の三冊百円の文庫本を買って帰った
(詩人として生まれることはできないが
詩人として死んでいくことはできる)
そうして私は
それを望んでいるのだろうか
私は今 何ものだろう
同じ大学の出身というだけで
どこかなつかしい
その人は二十年も先を歩いている
詩人として
「世界は一冊の本」とその人は言った
私も一冊の本になろう
できれば
季節の折々に取り出して
読み返してみたくなるような
顔も知らない 声も知らない
丁寧なあいさつを込めて
私はその人の詩集を読む
そして親しいあいさつが返される
少し悲しみを帯びて
(181教室 あなたはどの辺に座ったのだろう)
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ピアニスト
重ね
重ね打つ音階
弾き
弾き返す鍵盤
流れ
流れ行くオゾン
ピアニストは語る
(これが私の誕生)
(これが私の十代)
(これが私の二十代)
(これが私の今)
沈黙を壊す
中から
夥しい羽虫を
生まれさせるために
ピアニストは語る
(これが私の真昼)
(これが私の夕暮れ)
(これが私の深夜)
(これが私の夜明け)
苛立ちも
眠気も
地響きのように
のみ込んでいく
ホールの外で耳を澄ます
子どもたちのために
ピアニストは語る
音を吸い取っていく手首
胸元に真紅の薔薇
(待っていて)
(あと少し・・・)
(あと少し・・・)
(これが私の庭園)
(これが私の城)
(あなたたちが最上階で遊んでいる・・・)