第12詩集 学校までの道順
言葉よりも面白い
絶望については
とうの昔に語り飽きた気がするけれど
希望については
この先も語りやんではいけない気がする
言葉よりも面白いものを探して
その都度軽い慰めも見い出してきた
希望を語るためには
とりあえず言葉が必要だろうが
希望を行うというなら
幾千もの方法があるに違いない
この場所ばかりいたくはない
言葉よりも面白いものを探して
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托鉢の僧
駅前を托鉢の僧が歩いていた
鉄なべのような編み笠をかぶり
真っ黒い袈裟を着て
片手に鉢 片手に数珠
しかもその人は
登山に行くような縦長のザックを背負い
せかせかと早歩きで歩いていた
ちょっとひと稼ぎしてきまさぁ
といった具合に
(それって儲かりまっか?)
(てやんでぇ 儲かってたまるかよ 修行だよ修行)
みんなが思わず振り返る
変わったもの見ちゃったな
といった具合に
日常にCGが入っちゃってるっていうカンジ?
詩の言葉はいつもそんな風に
急ぎ足で通り過ぎる托鉢の僧のようで
黒衣をなびかせ
ぎりぎりに切り捨てようとしながらも
滑稽な付属物をいくつもぶら下げ
崇高そうな目的でありながら
さっき食べたおにぎりの味ばかり反芻している
托鉢の僧はあれから電車に乗って
新宿にでも出て
そこでもCG感を振りまくのだろうか
人々の意識の見返りとして
あの鉢にどれだけのものが放りこまれるか
アメ玉ひとつだったとしても
有り難く押し戴くふりをしていなければならないのだろうな
その格好をしている限りそれらしき素振り
托鉢の僧は行く
思いがけない街のさなかを
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鉄砲ユリ
図画の時間
花瓶に生けられた花を囲んで
グループごとに同じ絵を描いた
白くて強い鉄砲ユリ
簡明な葉っぱ
鉛筆で下書きをしているうちに
花はみるみる花弁を広げていった
うまい具合にポーズをとってくれている
三本の鉄砲ユリ
コーラスでもしているような顔で
発声の寸前の一呼吸
「バックの黄土色は縦横に乱して塗れば
もっと絵に深みが出るはず」
黒縁眼鏡の男の先生は
後ろから覗き込んでそう言った
筆先からかすかな摩擦音
細かい泡をもう一度違う色で打ち消して
画用紙の繊維もよじれかかって
下書きから抜け出そうとしているみたいに
描き上がってみれば
グループのみんな同じような絵
けれど私の鉄砲ユリは(私の目には)誰のものよりも気高く
白い色にまぜた薄い緑が隠し味
バックの乱れた黄土色は
悔しいけれど素直に先生の言うとおりに
今までになく注意をこらして
すっくと立ち上げた作品
形も色も構図も誰にも文句は言わせない
文句も言えないくらいに盲目になって
これで完璧
気持ちいいくらいに傑作
傑作? 確かにあの時は!
低い目線が捕えきれなかったものを
付け加え付け加えしながら
真っ直ぐに刺してくる花の香り
巡る透明な血の冷たさ
まだ足りないものを
白い鉄砲ユリから与えられ続けて
それでも描ききれない最後の一筆を突き動かしたくて
今もこれからも すべては習いの手つきだ
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旅
予約もしないで 行き先も決めず
破れかけた道路地図だけを持って
無茶な旅を何度も繰り返してきた
夜中も夜明けも関係なしに
「たとえ今
同じ場所に行ったとしても
あの時と同じ心で
同じ目で
そこを歩くことはできないだろうね」
それはふたりの一致した意見
いつも逃避行めいていた
霧の中のトンネルを
いくつもくぐり抜けた
蜘蛛の巣が張った断崖の道を歩いた
波が洗う岩場を歩いた
風に揺れる灯台にしがみついた
あの時限りの海の組成に
ふたりして足を濡らして
二度とここには戻れない
そんな思いも確かに感じていた
やみくもに走ってきた旅の行方を
結果から眺められる場所にいて
とんでもなく若かったねと笑い合う
そのまわりで
記憶以降の子どもたちは
パパとママの見知らぬ若い写真を見て
同じように笑いころげている
あの頃のような旅はもうできない
もうしなくてもいい
もう意識も変わってしまった
それでも
するべきではなかったとは決して思わない
たぶんどんな旅の記憶よりも
鮮やかな勢いのあった恋
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眠気
いつのまにか銀杏の葉っぱも黄色くなって
団地の白壁を遠い日のように寂しくする
そして あんなにも熱狂していたひとつの詩句が
今はただ眠たくなるような代物になってしまっていることに
私は不意に驚くのだ
語り過ぎる人にうんざりした顔を見せているうちに
その実 私が一番語りすぎていた
言葉から
眠気を剥ぎ取ることができない
すべてが間違っていたわけではなかったが
すべてが正しいわけでもなかった
強い口調で言い返したその言葉が
いつか私を裁くかもしれない
肯定へ肯定へと私を追いたてた詩句も
今は馴れあった者同士の眠そうな呼吸だ
去年と同じ秋の日に 違う秋を探している
冷たいどんぐりについても
夕焼け色のからすうりについても
もう言い終わったことだとは思わない
わざと不恰好に高く跳ね飛んで
喝采を浴びたとしても
それは違う
本当は片隅にうずくまって
ひたすら眠気の淵から這い上がろうとしている
目を見開いたその一瞬に
凶器としての詩句に一発で撃ち抜かれたい
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ワープロのスイッチを入れて
とにかくワープロのスイッチを入れよう
電気系統のうなりが
ワープロに与えられた命を証明する
無益な言葉を書き連ねよう
常套句を出し尽くした後にこそ
出がらしの味も出ようというもの
ワープロが無かったなら
一編の詩を清書するのにも
相当の時間がかかったことだろう
第一 何かを文字にして残そうなどと
思ったかどうか
尊敬する詩人は
六十歳過ぎてなお若々しい言語を操っている
破天荒とか天衣無縫がいいだなんて
それは未熟者の言い訳で
理路整然とした真面目さをどこかで保っていなければ
奥の方に屈みこむ気持ちを立ち上がらせることはできない
ふざけた素振りで何ほどの重要さもなさそうでいて
どこかで毅然と主張している
とにかくワープロのスイッチを入れることからはじめよう
うろうろと何をしていいかわからない
そこから何かをたたき出そう
はっきり言って職業的な強制をもってしなければ
こんなに書いてこれはしなかった
誰に認めてもらうためでもない
何故かそうせずにはいられない
「JW100E RUPO」という名前を持つこの旧式で箱型のワープロは
用紙送りノブが折れてしまっているのだが
それ以外はまだ健在であり
当分は買い替える予定はない
フロッピーディスクはこれでもう13枚目だ
電子レンジは無くてもやっていけるが
このワープロ無しでは駄目だという気もしている
数年前まではすべて素手で行っていた作業なのだが
どこから湧いて出てくるのか自分でもよく分からない
ワープロを使って迎えに行く
どんな半端な言葉でも
どんなやさぐれたフレーズでも
それが 今自分にとって一番気持ちのいい仕事だ
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タンスの中の猫
開け放しにしておいたタンスの引き出しに
猫が入り込み
衣服の隙間に詰まって
曲がった月のような格好で眠っている
眠ったまま引き出しを
締められてしまうかもしれない恐怖も感じないのかおまえは
下から五番目の引き出しの中で
恐怖はどこにでも転がっているが
百人が同一物に同一の恐怖というわけではない
今まで私が感じてきた恐怖の量は
誰と比べたこともないので分からないが
人より少ないということはないだろう
タンスの中の猫ぐらいの感情だったなら
平気で棺桶の中ででも寝ただろうか
第一それがカンオケだなんてことも知らないのだろうな
知らないし感じない
それがあるいは一番幸福なことだとずっと前から分かっていたが
知っているし感じている
それがひどい不幸だとも今は断言できずにいるのだ
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滑空
自転車をこぐ私の頭上を
とんびが滑空する
風に乗って羽を広げ
わぁっと声をあげるように
上へ上へと滑空する
ちらちら見上げる私の目に
とんびは一度もはばたかない
すごいことだ
なんて素晴らしい羽だ
お好みの上昇気流に乗って
上へ上へと漂っていく
私がこんなに必死に地面で自転車をこいでいるというのに
以前鎌倉の海に行ったときも
とんびは高く鳴きながら
ぐるぐる群れ飛んでいた
遠くから見るとカラスにも似ていたが
その飛行は確かにカラスをはるかに超えていた
晴れた秋の空に似合う
輝く海にも似合う
あるいは希望を抱いた心に一番似合うかもしれない
上へ下へと引き離されていくが
私の方もまんざら希望がないわけではない
スピードいっぱいで坂道をこぎのぼる
きっといつか滑空できるさ
自転車ごと
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名前
今までに何度訊かれただろう
「お名前は?」
「鏑木」という名前は好きだけれど
カタカナで書いた時の「ブラ」が気になる
ひらがなで書いた時は「ぶ」が格好良く書けない
「どんな字?」と訊かれて
「カネ偏に敵味方の敵の左側」と説明しても
すぐには分かってもらえない
夫は「カブ」と呼ばれていたらしい
子どもも「カブちゃん」と呼ばれている
私はこの名前になってから「かぶらぎさん」としか呼ばれたことがない
(「おくさん」とか「おばちゃん」とかいう呼称は別にして)
もっとおかしな呼び方をしてほしいのに
みんな字の通りに私を呼ぶ
私にしてもそうだ
人を字の通りに呼んでいれば間違いはない
呼び捨てなんてとんでもない
敬意すらも込めなければ
「きゃぶりゃぎ」というケシゴム印を彫ったけれど
まだ押せる場所をみつけられずにいる
「かぶ」や「かぶぴょん」や「ぎらぶか」あたりがやっと
子どもの連絡帳の片隅で
ひっそりと遊ばせてもらっているくらいで
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新年
正月を迎えようとする台所は
いつもより醤油の匂いが強くただよう
新年はどんな風に来るか
割り箸をパチンと割るように
熱湯をザアッとこぼすように
躍り出た抱負は
ふやけた幸福の上に
危なっかしく大きな蜜柑を乗せるだろう
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詩を書く
詩を書く人になりたいと
子どもの頃からずっと思ってきた
そのことは
何度も口にしてきたようにも思ったが
みんなはその度に困ったような微笑を返すだけだった
何度も読み返した藤色の表紙の詩歌集
子どもの頃からずうっと本気だった
詩を書く人になりたいなんて
仙人になりたいと言うのと同じ
困った変な子のまま
ここまで来てしまったが
だけど結局それでよかったんだよと
あの頃の自分に
この場所から言ってあげたい
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緑色のジャージのおじいさん
町でよく会うそのおじいさんは
いつも緑色のジャージ姿で
いつも灰色の帽子をかぶり
いつもショルダーバッグを肩から下げて
いつも歩いている
それは単なる散歩なんかではなく
きちんと目的のある歩き方で
神社公園の脇の道から下りてきて
大通りの向こうへと
どこまで行くのか知らないけれど
いつの時間でも
会えばかならず歩いている
速すぎもせず
遅すぎもしないスピードで
小柄な体を前傾させながら
いつもしっかり歩いている
はじめて会ったのはもう十年前のこと
あの時とちっとも変らない姿で
いつもひとりで
静かな目をして
さっさと道を横切っていく
ある時 近所の子犬が吠えついて
おじいさんの足に絡んだら
「おっと これは これは」
と笑いながら初めて立ち止まった
歩いて行く先はどこなのだろう
どうしたらそんなに自信をもって
曲がり角を曲がれるのだろう
ただスタスタと歩いているおじいさん
ジャングルの中も
砂漠の中も
雪原の中も
時間が尽きたその先も
変わらずに歩いていそうなおじいさん
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動物と人間
ねこは私をじぃっとみつめ
私はねこをじぃっとみつめる
ねこは私の匂いをかぎ
私はねこの匂いをかぐ
ねこは私の吐く息を吸い
私はねこの吐く息を吸う
ねこは私をペロリとなめ
私はねこをペロリと・・・
いやいや さすがになめられない
たぶんそこんところだろうね
私の心の突き当たりは
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雪だるま
雪だるまの帽子には
プラスチックの植木鉢を
雪だるまのまゆげには
折ってきた小枝を
雪だるまの目玉には
ちょっと小ぶりのミカンを
雪だるまの鼻には
つんととがった小石を
雪だるまの口には
よく曲がったバナナを
雪だるまの首飾りには
透き通ったピンクのなわとびを
雪だるまの腕には
バンザイをしたふとんたたきを
そして雪だるまのハートには
君が素手で握ったカチカチの氷玉を
そして深夜
雪だるまはきっと歩き出す
心を赤く弾ませて
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影
小石の影は小石のかたさ
枯れ葉の影は枯れ葉のかるさ
木の影はななめに地面を切り
風もなく
子どもの影だけが走っている
うす赤く色づいた光
ベンチの影はベンチの落ち着き
すべり台の影はすべり台のスピード
子どもと一緒に動き出すブランコ
小さく叫び声をあげる金属が
静けさに鋭く影を寄せ引く
影は影の中にうずくまることなく
子どもの形で
次の光の場へ飛び出していく
いずれ世界は動かなくてはならないだろう
今 子どもは
木製の梃子にまたがろうとしている
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学校までの道順
君は冷えたスニーカーに足を突っ込む
漢字の宿題はとうとうやらなかった
やってこない奴はいっぱいいるんだから
口の中で言い訳しながら玄関のドアを開ける
ボソッとした「いってきます」
いつも通りの「いってらっしゃい」
今日は特に寒い
出し放しにしてあったバケツの水が
薄く凍っている
そのそばを通り過ぎようとして君は急に足を止め
氷の表面を指でつつく パリッと割れる
確かに凍っている
それだけでも今日はすごい一日だ
駐車場脇のさざんかの木をかすりながら
君は庭を抜け
やっと学校への公道に一歩踏み出す
親しくしている茶色い野良猫が
足もとに駆け寄ってくる
君は危うく蹴飛ばしそうになる
「おい おい」とあきれながら少し撫でて
君は先を急ぐ
会社寮の裏手あたりは犬のうんちが必ずあるから
下を向いて注意して歩かなくてはならない
寮のタンクがシューシュー鳴っている
道路はまだ湿っていて黒っぽい
車道を渡ってパン屋さんの前を過ぎると
枝道から他の奴らが合流してくる
知った顔がいたとしても別に挨拶もしない
大人みたいに挨拶の安売りはしないんだ
だって友だちでもないんだから
歩道を埋めるコンクリートのはめ板を
君は数えながら歩く
全部数えきったとしてもその数なんて覚えていない
道の突き当たりは浄水場だ
浄水場というよりは
取り囲む土手につくしが生えていた謎の巨大基地
と言った方が分かりやすいだろう
川を渡って二軒目の家には
じじいの顔をした灰色の小型犬が二匹いて
運悪く顔を合わせてしまうと猛烈に吠え付かれてしまう
朝のうちはほとんど大丈夫なんだ
問題はいつも帰りというわけで
ピエロ公園を過ぎたあたりから登り坂ははじまる
すぐに治水事務所がある
君は小さい頃ここを血吸い事務所かと思っていた
気味の悪い名前だけれど
ここの池には見事な鯉がいるんだ
事務所の先には大型犬を四匹も飼っている家があって
そこの前を通り過ぎる時はいつもながらちょっと怖い
犬のおしっこの匂いもプンプンする
S字カーブの道の反対側は小さな森だ
この森の向こうがどうなっているのか
君はいつも知りたい
おばあちゃんがゲートボールに通う広場は
まだだれもいない
このあたりまで来ればもう少しだ
登りがゆるやかになって
いつのまにかピークを越え下りになっている
朝日が学校の建物の向こうから射してくる
漢字の宿題は・・・朝の自習時間にでもやろう
あれほど寒かった朝が
一山越えるうちにあたたかくなっている
駅に向かう大人たちが
無表情でせかせかと坂を下っていく
君にはまだ
ビールも水割りも 希望という言葉だって必要ない
じきに黄色い帽子だっていらなくなる
校門をくぐり 昇降口でスニーカーを脱ぐ
もう何人か先に来ている
ランドセルをおろしたら すぐにでもドッジボールだ
それが君の
学校までの道順
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ままごと
ワレモコウいっぱいの原っぱで遊び
花の首をいくつも折って
ままごとのケーキを飾った
秋の花は
低めの色温度を保ち
おいしそうなふりをしていた
早い夕暮れの暗さの中で
ガラスの引き戸の向こうの少女よ
呼びにいくから 食べにおいで
板切れのナイフと松葉のフォーク
花の汁のジュースを飲んで
ひとときだけの家族になろう
見えない床と壁の内側に座り込んで
日没まで
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