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第16詩集 おでんとらっかせい



ある散歩

道を歩いていても

つい創作のネタを探している自分に

可笑しくなる

特に感動していることもないのに

それはもう習慣となってしまった

散歩に伴う条件反射的な行動パターンだ

『犬にフンをさせるな』

しかし犬のフンはとどめられるものではなく

『事故やトラブルがあっても当方は一切責任は問いません』

読んでから これは国語としてどこかおかしい

と気づくまでにゆるやかな一呼吸があり

ぼんやり道を歩くにもなかなかに努力が必要だ

川の縁に沿って

どうだんつつじの丈低い植え込みが

絵画にするなら点描の赤といった具合で

濃やかに続いている

昔気取って「どうだんつつじ」のことを

「満天星」と書いていたこともあった

確かに星のような花だ あの小さな白い花々は

落ち葉も随分落ち始めた

これだけの葉っぱ

冬の間にどこにいってしまうのだろう

自分の家の分担ではないとばかりに

誰も掃いている様子もないが

道の隅っこにうずくまって腐っていく落ち葉を

何気なく許容するように

黙って許容してほしかった命もあった

白い杖をついた高齢の婦人が

少し先の歩道の途中でふと立ち止まる

どうしたのだろう?

慈善にはあまり興味はないが

もし困っている様子だったらいつでも声をかける用意はある

一・二歩近寄りかけた時

けれど見てしまったのだ

彼女が太陽の光を真っ向から受けながら

表情のわからない顔で

涙をひとしずく流したのを

その涙は詩になる

詩にはなるけれど

そんなにしてまで詩を書きたいのかと考え

考えながら

私は今いやらしい脳味噌のハッカーのようだと

浅ましく浅ましく浅ましく密かに自分を非難している

晩秋の散歩道

言葉では駄目なこともある

あるいは駄目なことばかりだ

そう思うことはただの個人的な問題に過ぎないが

盲目の彼女の悲しみにどんな手当が必要だったのか

それは万人が受け止めなくてはいけない問いだろう

なおも思い出すセピアの風景がある

なおも出会う青ざめた風景がある

ひとつひとつに恥じ入りながら

ひとりの散歩道を選んでいく

離れたところからしか差し伸べられない手なら

いっそ固く腕組みをしていくしかない

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アポロ11号


アポロ11号が月に初めて着陸した時

私はまだ小学生で

テレビは白黒の画面で

月はぱさぱさに乾いていた

白い宇宙飛行士は物音もたてず

スローモーションのように走っていた

何かの懸賞で当てた月面地図のポスターは

ただ黒っぽい球体に

いくつものクレーターが描かれているだけで

そのクレーター一つ一つに名前が付けられていたように思うが

今では「静かの海」しか覚えていない

人類が月に行けたからといって

何が変わったというのだろう

私の地上はゴミゴミしたことでいっぱいだった

十六インチの自転車では

川向うにも行けなかった

薄汚れたギャングにもなりきれなくて

四つ目の学期にはまた皆知らない顔

電極をつけられて宇宙にとばされたライカ犬よりはまだましだと

独り言を言う少年の映画があったが

地上にもライカ犬はあふれている

電極の代わりに電子機器の端末にしばりつけられて

テレビではエンデバー号の成功を伝えるニュースをやっている

宇宙の地図が描かれる日が来たとしても

何もかわりっこない

繰り返す涙の理由も同じだ

小さないざこざや不都合にまみれて

地べたに這いつくばっている

はるかあの月の「静かの海」には

確かに人間の足跡がついているのだろうけれど

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二十年前

あのとき五歳だったひとみちゃんは

今年二十五歳の女性になり

二十七歳だった若先生は

四十七歳のおじさんになり

六十近かった院長先生は

もうすぐ八十歳

ついでに言えば

二十歳だった私は

四十歳のおばさんになった

二十年前の私たち

白衣で隔てられた清潔な肉体に

殺菌灯の青が広がる

冬の午後のかたむいた光で

日光写真

若先生の黄色いスクーターの座席の上で

ぼんやり浮かび上がるのを待っていたよね

ひとみちゃん ピアノは上手になりましたか

若先生 ハゲていたらいやだなあ

院長先生 しっかり威張っていてくださいよ

私のことはどれだけ覚えてくれているか分からないけれど

あれからちゃんと二十年たちました

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日当たりのいい車のボンネットに 猫

ベランダの隅に敷かれた毛布に 犬

柿の木の裸の枝に 鳥

何もない空き地に 子ども

年末にも 救急車はわめき

霊柩車は急ぐ

正月にも 人は死に

人は生まれる

何もない空に 凧

どこまで遠く行けるのか

強い目で 強い張りで

切れずに


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冬の遊び


伝書鳩の足首に糸をしばりつけ

屋根の上まで飛ばしてはたぐり寄せる

お米を散らした地面の上に

ざるを立てかけ 雀をねらう

穴を掘って 穴を掘って 穴を掘って

にわとりを追いかけて にわとりを追いかけて

午後の陽射しはすぐ夕焼けになる

節穴から縁の下をのぞき 磁石を垂らし

磁石を引きずって さびた釘を釣りあげる

カエルはモズの早煮えに

トカゲはよく弾む卵の中に

冬は冬として楽しんだ

寒いとも思わなかった

好きでさえあった

蜜柑をいっぱい食べられて

落花生の殻にうずもれて

ただ遊んで食べて寝るだけの冬が

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オリオン

オリオンを教えようとしたのに

子どもは早々と眠ってしまった

十二月の夜更けなら

なんとか探すことができるだろう

合わない眼鏡を持ち出し

おもちゃの望遠鏡を引っ張り出してきたりして

永遠を見ようというのか

太陽や月や星の真下で

人の命など

小さく取るに足りないものだと

思いたい時もある

すべてが静かに引き延ばされ

平坦になる

オリオンは

夜空に大きな四角形を描く

すべての子どもが描くような

永遠に描き継がれていくような

正しさの中にも間違いはあり

間違いの中にも正しさはある

よいことの中にもわざわいは潜み

わざわいの中にも希望は潜んでいる

西暦2000年を無事に迎えたなら

すべての預言書を笑ってやろう

あるいはもし予言通りだったとしても

最後の人類として

きちんとした痕跡は残すつもりだ

地球の色が変わろうと

オリオンはオリオンの形で

正確にそこにあるだろう

永遠といえるものは確かにあるだろう

そのことを教えたくて

冬の夜 子どもを外に誘い出す

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忘れる

私は歩きながら大笑いばかりしていた

暗くて音のよく響くトンネルの道を歩いていく途中

子どもは「bomb!」と叫びながら

爆弾を十個ばかり破裂させた

秋に栗拾いに入った落ち葉の道で

太い蛇がうねっていくのを見た

冷えた川の中を硬直したカエルが流れていった

決して忘れない そして

忘れないと思ったことさえも忘れて

私は希薄になっていくようだ

遠ざかってかすんで消えていく風景の中で

私は道の真ん中に寝転んでみたり

鋭く皿を投げつけたり

滑り台の天辺を占拠したりしていた

生々しい切り口がみんな塞がれて

跡も見えなくなっていくにつれて

私は浅くなっていくようだ

日暮れの散歩道でどんな気持ちだったか

ひとつの言葉に 一通の手紙に

どんな気持ちを呼び起こされたか

そんなことはもうすっかり忘れてしまった

今はもう私は ただ

前かがみになっていくのを警戒していればいい

風を避けた芝生の上で

さあ みんなで

笑いながらお弁当を広げよう

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二十歳のイメージ

長雨を残らず吸い込んで

木々は芯の方まで

茶色くふやけていた

影もできない曇天

落ちるだけ落ちた葉は

足の下で

腐ったスポンジのように

泡立った泥水を吐いていた

おまえは何歳まで生きるつもりかと問う声が

いつも心の中にあり

かつて「二十歳まで」と

平然と言ってのけた愚かさを

今は気弱に微笑んだ顔で

「平凡な未知数」と言い換える

武蔵野の森林の中を

黒いカメラを胸にぶらさげ

強がりに近い身軽さで

どこまで歩いただろう

美しく丸いどんぐりを

ひとつも拾いもしないで

夕暮れが

毎日違った姿で

攻撃を与えてきたとしても

鋭くあらがう力は

まだ私にあるだろうか

夜になってみぞれが降り

暗く細く遠のいていく線路

どことも知れず走り去る列車

窓ガラスを斜めに伝う銀の筋

それが私の二十歳のイメージだった

少なくとももう私は

森の中を一人で歩きたいとは思わない 

記憶を束ねた後に

不意に分かることもある

あれは全く

どん底などではなかった

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コピーをとる

ばらけた意識は

ばらけた意識のままに

せっせ せっせとコピーをとる

右 左 右 左

見よ この絶妙な手さばきを

あと五分のうちに

これを済ませる

うしろを振り返りもせずに

コピーをとる

汗もにじんでくる

うら おもて うら おもて

よくもまあ こんなに書いたもんだ

流れる心は

流れる心のままに

せっせ せっせとコピーをとる

レジのおばさんがレジを打つ

出たり入ったりお客は歩く

光が走る

熱があふれる

機械を休ませたりはしない

ここぞとばかりに

コピーをとる

十円玉がたて続けに落ちる

しゃかりきになってコピーをとる

ずしりと重い束になるまで

コピーをとり続ける

見よ この手慣れた技を

はじけた脳は 

はじけた脳のままで

コピーをとる

馬鹿馬鹿しいまでに

書きためてしまったものたちの

果てしないクローンを

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ポストにポトン

ポストにポトンと入れる

そこからはもう

切り替えていくしかない

次へと

先へと

ポストの中はどれも最重要書類

希望と期待と可能性のエネルギーが

真っ赤に燃えている

我こそはと他を押しのけながら

履歴書よりも

履歴書らしくあるように

慎ましくしかも元気ないい顔であるように

ネクタイもきちんと結んで

ポストにポトン

正しく受け取ってくれることを願いつつ

ちょっとだけ冷や汗が出ていた

「あ~あ」と思っていた

赤い口に片手を噛まれながら

自分をまるごとどっさり送ってしまったような

余計な「のし」までつけて

どんなルートを通っても文句は言わない

着いたなりゴミ箱にポイッ!だってよくあることだ

そんなことまでかまっちゃいられない

出して出して出し続けるのみだ

ポスト君こそいい迷惑

あんなにこってりしたものを食わされて

きっと今胸やけ状態だ

悪いけど

消化剤は無いよ

集配の時間が来るまで

口を押さえて待っていたまえ

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歩く

全然近づかない

まだまだ近づかない

あのアーチ形の橋のたもとまで

平面上を歩く

ひたすら歩く

ただ前へ歩く

はるか先に見当をつけて

一月二十日

午前十時三十五分の感覚をもってして

よく磨かれた光を見る

元気そうな足音を聞く

乾いた枯れ草の匂いをかぐ

冷えた空気を吸う

歪みのない

静かな感情をもってして

どこまでも歩けることの

さいわいを思って

あのアーチ形の橋に

触ってこなければならない

鋼鉄の橋げたに

てのひらの熱さを打ち込む

今 まっすぐに歩いているということ

何のわずらいもなく

歩けるということ

車椅子の人や白い杖の人ともすれ違った

足を引きずる人もいた

年老いた人もいた

独り言を言い続ける人もいた

それぞれの影は

それぞれのかたわらを

それぞれの欠け方で歩いている

あのアーチ形の橋を

強くたたいてくる

てのひらで

晴れた一月二十日に触れてくる

同じように欠けながらも

今日 ただ当たり前のように歩けることの

さいわいを思って

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飛べ! ツバメ飛行機!

飛べ! ツバメ飛行機!

できるだけ長く飛んでいてほしくて

翼の角度をわずかに変える

行け! ツバメ飛行機!

できるだけ見事に墜落してほしくて

精一杯の勢いをつける

牛が寝そべる丘の上から

なだらかに傾斜する牧草地の斜面すれすれを

ジグザグに振れていく

風を縫う針と糸になって

いつかどこかの庭で見た木製のブランコを

やわらかな折り紙でつくり直し

いつかどこかの空で見た白い雲を

大きくちぎった折り紙で描き直す

飛べ! ツバメ飛行機!

くるり舞い上がって

静かに

重さの無い紙の落ち方で 

遠い日のおとぎの国の

ミルクプラントの匂いの中を

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猫の気持ち

ダンボールの小屋で寝ていた猫は

抱き上げるとダンボールの匂いがする

雨上がりの縁側に座って

黙って 私たちは

夕陽色のしずくの音を聞いていた

人の気持ちが全部分かってしまうことは

ウイルスが全部見えてしまうのと同じくらい恐ろしい

プレパラートの上のおぞましい増殖を

顕微鏡で見てしまったとしても

どうやってそれを押しとどめたらいいのか

猫の気持ちは手触りだけでは分からない

分からないから何度でも抱き上げる

ぐんにゃり委ねきった手足で

大体のことは分かる

それ以上の深読みはできない


いつも問題は人の気持ちだ

何を考えている?

あの時 君の言葉を受け止めるだけで精一杯だった

私が君のウイルスをすべて飲みこみさえすれば

君が元気でいられるというなら

私は

抱いている猫の匂い

猫は何も言わないけれど

つらいことは何も無いかい?

ダンボールの匂いでさえ

はっきりとした気持ちのひとつであればいいのだが

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西暦2000年

西暦2000年で

世界のコンピュ-タは狂うという

機械がすべて止まったら

生身で走らなくてはいけないこともあるだろう

その時は余分な脂肪が揺れるだろう

とっくりのセーターの

首じゃない部分に頭を突っ込んで

したばたもがいている

コンピュータもじたばたするのだろうか

ただ「2000年」という数字が

すみやかに出てこないというだけで


世紀が変わるのだから

そんなこともあるだろう

もがけばいい


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灯油を入れる


夜 石油ファンヒーターの灯油が切れたので

外の物置にある灯油を入れにいった

真っ暗な中 ポリタンクの前にしゃがみこみ

ポンプでシュコシュコ吸い上げる

こんな時

後ろから何者かに撲殺されるようなことがあっても

振り向きたくない

灯油量お知らせの窓もない古いファンヒーター

いつも突然に赤いランプが点滅する

十回のうち七回は

夜に灯油を入れにいくはめになる

こんな真っ暗な中 こんな寒々とした中

それでも 赤ランプがついていてくれるだけ

ましなのだ 人間よりは

たとえばこの眉間あたり

私だったら

何度赤ランプがついたことだろう

そんなことをぼんやり考えながらも

ところでいつから灯油当番は私ということになったのだ?

と急にムカついてくる

通り魔がいそうな

放火魔がいそうな

撲殺魔がいそうな

真っ暗な夜の物置で

灯油タンクの蓋をキュッ締め

「来れるものなら来てみろよ」と

後ろ向きのままですごんでみる

星空も遠くで凍えていた

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