第11詩集 バッタの意識(2)
答え
人の心については
本当のところはよくわからない
沈みがちな場面には
できるだけ下品で馬鹿な話題を
派手に繰り広げるだけだ
それで笑えれば
何か悪いものが一つ消えた気がするし
一つ役目を果たしたようにも思える
ここでの空間を広げてあげたい
笑って吐いた息そのままに
わだかまっているものを吐き出してしまえ
本当は正しい答えなんて何も知らない
耐えかねた部分をここに捨てられるように
笑ったあとの静けさを真っ白に保つ
真っ白に受け入れるだけだ
何の答えとならなくても
泣いて謝っていたのに怒りが収まらなかった
そんなことを書き記した数年前の日記にも
学ぶものはある
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かき氷
青いかき氷食べて
ゾンビの舌
赤いかき氷食べて
吸血鬼の舌
緑のかき氷食べて
火星人の舌
黄色いかき氷食べて
魔法使いの舌
白いかき氷食べて
雪女の舌
どこまでも変身可能
夏休みの間は
中学校の近くの
ちいさな駄菓子屋
おばさんが歯車を回す
青いガラスの器の中に
吹きすさぶ真っ白な吹雪
うちのと違う曲がり具合のスプーン
いい子ってどんな子?
誰にも気づかれないように
唇を閉じて
澄ました顔で
凶悪な舌を隠し持つ
目の奥までチカチカさせて
冷たいおなかをチャプチャプさせて
夏休みの間だけはつかまらない
逃げ足も絶好調
ベーッと舌を突き出すだけで
もうきみは
不可思議な物語の主人公
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呼び名
うちのチャッピーを
通りすがりの人が「クロちゃん」と呼んでいく
一毛(イッケ)と二毛(ニケ)と名付けた野良猫を
よその子が「ピーちゃん」「チーちゃん」と呼んでいる
この間まで「紳士服の一色」だったのが
いつのまにか「コナカ」にかわっている
「すかいらーく」も「ガスト」にかわっている
そういえば姓名判断で字画が悪いといって
本名の他に別名を持っている友人もいたっけ
子どもが生まれた時には「名づけの本」を読みあさり
オールマイティーな名前をつけたが
様子を見ていたところ
どうも全然オールマイティーではないようで
いっそすべての名前 ぼく わたし あなた きみ
呼び名をまぜこぜにして
いろんな人格になってみるのもいい
わがままについて
臆病について
傲慢について
無知について
名前と共に呼び起される人格
一つの名前だけでは背負いきれない
自分という要素
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バッタの意識
「チャッピーが
バッタをつかまえてきたよ
ほら しにかけ
でもまだ いしきはあるの
にがしてあげるね
ベランダのはしっこにおいたら
じぶんから
おっこっていっちゃった」
見えないものを見
聞こえないものを聞き
感じるすべもないものを感じる
君が「いしき」と言ったばかりに
無機質だったバッタの意識は
常になく痛々しいものになった
世の中は悲嘆にあふれている!
ただ見えもしないし
聞こえもしないだけ
生きているものすべての胸に
どれだけの意識が複雑に渦巻いているか
それが人間の意識だったとしても
見知らぬ人の意識はバッタの意識
最期の悲鳴すら聞こえない
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入道雲
何を作っている?
氷の指輪を作っている
10年前
故郷から久しぶりに出てきたあなたと
デパートで
はじめてスイカ味のシャーベットを食べて
ああ 本当にスイカだねと
笑いながら言い合ったのが最後になった
さあ 早く宿題を終わらせて
プールに行こう
君たちより
私の方が少し大人だとしたら
それは
失った友達の数によるものかもしれない
明日にでも時を止められて
連れ去られていくこともあるということ
高校教師として悩むあなたを
勇気づけてあげることもできずに
お土産にとあわてて買って渡した
ハーブティーの味について も
とうとう感想を聞けずじまいだった
秋も終わりの頃だった
あなたのお母さんからの電話があったのは
あなたの声とそっくりで
あなたがそこで泣いているようだった
氷の指輪が
滴りながらくりぬかれて
小さな指がすっぽり入った
きれいにできたね
入道雲を透かし見て
なぜか スイカ味のシャーベットを
思い出した
さあ プールに行こう
こんな私でも
子どもを二人も生むことができたんだよ
あなたは26歳の姿のまま
どこかでくすっと笑っているだろうか
私がおばさん風の水着なんかを着て
子どもプールにぷかぷか浸っているのを
遠く隔てられた場所からはるか見下ろして
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一緒に
一緒に歩こう
稲刈りの終わった後の田んぼを
建ち並んだ古い平屋の
南の端の草むらから
わずか下りる坂道を下り
まだ濃い緑の雑草が茂るあぜ道を
つま先立ちながら田んぼの縁を巡っていこう
稲の粒が惜し気もなく散り
一面にさっぱりと乾いた風情だ
好きだった白犬が
綱を解いて自分から死ににいった場所だ
足を長く垂らした和凧が
頭を振りながら落ちていった場所だ
ズック靴の裏側を
切り株の切り口が刺してくる
小川から引いた水路が
畔の傍らをじめじめと濡らしている
草陰に潜む蛇たちに
振り回す枯れ枝で警告を与えよう
何度そこへ行っただろう
父と 兄と 友人たちと 時にはひとりで
風に吹かれて雪虫がかすかに流れてきた
まだ秘密のノートも必要なかった
言葉として物事を見ることもなかった
どんなに伝えたくても
その空気の匂いは
かいだ者にしかわからないのだろうか
一緒に連れていきたいのに
少し太陽の傾いたあの秋の日のもとへ
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写真
写真を撮ってあげるといっても
もうぴったりと寄り添っては写らない
Ⅴサインもしない
スペシウム光線も出さない
照れたように微笑みながら
花の風景の中に
じっと動かずに立っている
君たちが作る君たちの未来
だれもまだ知らない新しい家族が
君たちの隣に加わってくるのを
ファインダーの遠くに見ている
きっと少しずつ似ている照れた微笑み
花の風景の中で
どんな風に何に対して喜びを感じ
どんな風に何に対して怒りを感じるのか
そのままに伝わっていくのだとしたら
私の今の思いは
過去のものでもあり未来のものでもある
少しずつ修正を加えながら
君たちの中を通って
どう伝わっていくのだろう
花の風景の中で
みんな微笑んでいられるように
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退屈
退屈しそうだった
歩き出せば
すぐにでも別の景色が見れるのに
赤ん坊は仰向けに寝かされて
目を大きく見開いていた
そしてしゃぶっていた
変な動きをする
五本の突起を持つ生暖かい生き物を
手触りや匂い
凸凹の具合
しわのざらざら
味
どこからか伝わってくる痛み
すべてを知り尽くそうとしていた
誰かに無理やりに
教科書を手渡されるまで
功利的な取捨選択によって
必要な文字を選び取り
その文字が伝える範囲内に
いつか誰もが住み始める 退屈そうに
なめていた指の味について
リポートは
赤ん坊に求めるといい
肉体の感覚全てを開いて
あたりを舞う空気の感情とたわむれる
計り知れず考えていた
たぶん
記号で固定されたイメージを持つ以前は
退屈などなかった
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面白い!
はなくそを食べたら
長生きできないかな
きつねになっちゃうかな
さかさまになっちゃうかな
と続けざまに言って
自分でもおかしくて笑っている
小学二年生
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虫
ひいおばあちゃんは目を細めて
赤ちゃんをあやしながら
「まるで虫みたいだよ」と何度も繰り返した
私はそうかなあと思いながらも
どこかあたっているような気がした
ひっくりかえって手足を動かしているカブトムシ
たぶんそれと似ていたのだろう
パジャマ姿でひとしきり騒いだあと
自分の布団をひきずって
自分の寝床を作っている
いつから君は
「虫」から「人間」へと進化したのだろう
甘い蜜も吸わなくなった
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ポタージュ
「今 思った
ふたつ思ったことがある
だけど言えない」
君は意味深な笑みを浮かべ
そのあとずっと黙っている
そう
抱え込む秘密は
ふたつぐらいがいいところだよ
とろとろのポタージュになるまで
胸の中で
ゆっくりと揺すっているといい
黙っていればいるほど
だんだんおいしくなるよ
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一言
たった一言つぶやいたその言葉が
百のお気楽なおしゃべりよりも
ずっしりと重いということもあるのだ
もっと問題を見せなさい
どんなわめき声よりも
その一言をはっきりと
私は聞き取らなけらばならない
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黒いスプリング
小さな黒いスプリングが
転がっていく
ころころとどこまでも転がっていく
きみ きみ
きみは本来転がっていくべきものではなく
押し返す力をもって
または 跳ね上がる力をもって
仕事をすべき物体なのだよ
でも小さな黒いスプリングは
ころころ転がっていく
絨毯を越え 廊下を越え 階段を降りて
転がることを
今はじめて楽しいと思ったかのように
できなくちゃいけない
やらなくちゃいけないと言われたことを
全部飛び越してしまったとしても
人生は別に大丈夫
コロンと横になって
行きたい方向にちゃんと顔を向けて
黒いスプリングが転がっていく
なんで転がっていけないことがあろう
最初から転がりたかったから
くるくる巻いているんだよ
世界中のスプリングが
パチンとはじけて転がり出す
顔を真っ赤にしてふんばっていなくたって
人生は別に大丈夫
きっと大丈夫だよって
ころころころころ転がっていくんだよ