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第13詩集 モモンガの空


実感とは

「うんち」とか「おしっこ」とか

「おちんちん」とか「おなら」とか

無性に書いてみたくなる時がある

「愛」とか[幸福」なんていう

きれいそうな言葉を使うより

よほどはっきりした実感があるだろう?

もっと体にキリキリくるもの

もっと体をポカポカさせるもの

たとえば

ひとつのポケットの中で握りあった手について

恋愛学的な湿度を論じるよりも

「好きだ」と一言自信無げに呟いた方があたたかいように

原始時代はたぶん

ものの名前を作り出すことからはじまった

名詞ができたらその後に動詞が必要になって

身振り手振りを経て形容詞ができただろう

「我は食べる」

「我は肉を食べる」

「我はかたい肉を食べる」

それで歯を痛めたとしても

彼等は決して

「運命」や「絶望」なんていう言葉は使わなかったはずだ

もっと単純に言い表せられるはず

それが本当の気持ちなら

原始人のほがらかさで

「悲しい」と言うよりも

「なんだか無性にハラがへった」と

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灰色になっていく

三輪車にはもう乗れない

雲梯にもぶらさがれなくなった

できなくなっていくことの方が

多いのではないかと思うほどだ

昨日 降り積もった雪に

朝 うんざりした声をあげそうになった

雪だるまは

絵本で見るようには

まんまるくは作れないんだよ

てのひらはいつまでそれを

覚えていられるのだろう

なんでも出来る

どこへでも行ける

そう思える時期は案外短いのかもしれない

受験参考書を丸暗記しただけで

世界を征服したように思った

幻想の中に咲いた桜を

私たちはどれだけ散らせてしまったのだろう

鬼ごっこが面倒くさくなったのは

いつからだったろう

かくれんぼに誘われても

かくれる場所がみつからない

雪の中へ喜んで走っていかない

動きの鈍い冬眠グマのようになって

寒がってばかり

灰色になっていく

そうとは言えないかい?

そんなのは嫌じゃないかい?

いつも窓の中にいて

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モモンガのように

たとえばコアラが

ユーカリの葉しか食べられないために

種としての生命力が弱いとしても

アホウドリが

そののろまさゆえに

必要以上に乱獲され続けたとしても

まわりでどんなに騒いでも

それ以外の生き方はできないのではないか

そう思う時がある

林檎を食べたのは

人間の罪か

神々の落ち度か

下されるべき審判さえ予定調和のシナリオの上

誘惑の林檎は

確かに食べられるためにそこにあった

そう考えるなら

私の愚かさには救いがあるし

君の愚かさにも許しがあるだろう

幹を這いずり登ったら

途中から

モモンガのように遠くへ飛び移っていけ

生き残るのは未来のゴキブリ

果たして文句なく強靭な奴らだけと言えるのだろうか

[われらには

清らかなる絶滅を!」

すっかり油断させておいて

ミッシングリンクの先へと

ヒョイヒョイッと

モモンガのように飛び移っていけ!


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生まれ変わる


泳げない人間が

魚類に生まれ変わってしまったなら

水の中をどう思うのだろう

「すごいすごい」と驚きながら泳ぐだろうか

「いやだいやだ」と岸辺にすがり寄ろうとするだろうか

暗いのが苦手な人間が

モグラに生まれ変わってしまったならどうだろう

「ひかりひかり」とトンネルを掘りつづけ

いざ光に出会った時

そのまぶしさに一刻だって耐えられなくて

激しく絶望するだろうか

人間だけには生まれ変わりたくないと

切に思っていた生き物が

運悪くこうして

人間に生まれ変わってしまったということも有りうる

次の生が再び人間でなくても別にかまわない

水の中でも暗いところでも高いところでも

人間であることは生物界にあっては

たぶん最たる混迷だろう

どの生き物よりも多く

美を感じ 幸福を感じ 苦痛を感じ 悲しみを感じる

恐竜だった頃のことを記憶している

たぶん弱い草食恐竜だった

どんな生き物だった時も

きっと強かった時なんてない

その弱さのまま魂は続いていくのだろう

はるか未来 わたしは

同じようなことを思い

密林の木の上で

静かに毛づくろいをしているだろう

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雨の日の約束


ドォッと降ったり

一瞬晴れたりする雨の中を

いつ飛び出そうかと間合いを計りながら

傘を握りしめて軒先で迷っている

長靴の中に雨水がたまっていく感じ

濡れた手が冷えていく感じ

どんなに土砂降りであろうと

その時と場所と人のもとへ

どうしても行きたいと思ったそんな約束は

もう出来ないような気もして

雨の日は

約束の真価が問われる

自分の必要性も問われる

相手への求心力も問われる

ぐずぐずしていても仕方がない

約束は約束

たぶんそれは破っても

たいしたことのない約束だけれども

どんな雨降りの日でも

万難を排して

私のもとへと

まっしぐらにやってきてくれた人もいたなあ

そんなことも思い出されて

雨の日の約束も満更悪くない

晴れた日より

意図と意思が明確になっていく

今も 歩き出しながら

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星について

星について語れば

なにかきれいなものに

なりそうな気がする

花について語れば

なにかやさしいものに

なりそうな気がする

風について語れば

なにか静かなものに

なりそうな気がする

人について語れば

なにか果てしないものに

なりそうな気がする

永遠とは言わない

永遠よりも遠くへと

誰のこころも届いている

愛するとき


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わけわからん


昔書いた自分の詩集を読み返してみる

気取ってるんじゃないよと思いながらも

少し涙が出た

感受性が浅くて

もどかしく言い切れていないことばかりだけれど

あの時そういう語り方しかできなかったのも事実

いつかボケ老人になったとして

もう一度詩集を手にとってみて

それが「読む」べき対象であることすらわからずに

「わけわからん」などとつぶやくのだろうか

わけわからんものの雰囲気

わけわからんままにそこにあればいい

意味が失われても

詩集の重さや手触りについては

きっと思うところがあるだろう

陽だまりの中で

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世界葬   ~ダイアナ妃を悼んで

あらかじめ引かれた線に沿って

はさみを入れていくように

すみやかに切り裂かれたのだ

白と黒の彼岸まで

私が見ているのは

いつも窓の内側で

景色はそのため少し汚れている

遠くの国で世界葬が行われている

あらゆる線が

そこに向かって引かれようとして

先を競っているのを感じる

紙に描かれた白い花の柩を

切り抜いていく

世界に愛された美しい人の

この劇的な葬送の夜に

本当に悼んでいるのか

私は私の心を疑っている

世界は歪んだ目だ

この時とばかりにシャッターを切り続ける

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友だちの定義


別れる間際に思う

あなたは私の友だちだったろうか

今までどうもありがとうと言い

こちらこそどうもありがとうと言い

白っぽい春の花の香りがして

窓の反射は昨日より明るくなっていた

海を臨む丘の上からは

大きな蝶々が飛び立っていくだろう

バスに乗って隣町まで行けば

菜の花が咲いているだろう

カエルの鳴き声も聞こえるだろう

あなたはあなたの問題を

私は私の問題を

明日 他の誰かに打ち明けるだろう

あなたの話し方を覚えている

あなたの書き方も覚えている

欠点も知っている

あなたは私を

どれだけ覚えているだろうか

もう一度どうもありがとうと言い

じゃあ さようならと頭を下げる

鏡の中に二人が映っている

この部屋の窓を開け放つのも

ごたごたした書類棚を片づけるのも

明日からは

もうあなたでも私でもないだろう

お元気でと言って

何べんも頭を下げる

海のある町を歩きながら

川のある町を歩きながら

明日 それぞれに

友だちだったと思いあうだろうか

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宣言


どこにいても なにをしていても

詩の言葉を探して

しまいには 頭の中は

めちゃくちゃな書き込みだらけだ

もうそんなことはしない

当たり前の言葉だけを拾い出そう

晴れた日には晴れた日の

雨の日には雨の日の

寒い時には温まれるような

暑い日には涼しくなるような

見かけによりませんねと言われたこともあるし

得体が知れないと言われたこともある

人の評価を待つまでもなく

コンセプトは少し妙な方が面白いだろうが

生き残ってきた古典の

冗談じゃない大真面目ぶりを思えば

楽しければいいなんて

軽々しく口にしてはいけない気がする

もっと注意深く もっと鋭く

生きることに対して

書くことに対して

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繰り返す

この雲の形も色も

あるいは以前どこかで

見たことがあったかもしれない

今あなたと話をしたその会話も

いつかの話と同じだったような

今まで笑ってきたその同じものに対して

これからも笑うのだろうし

今まで悲しんできたその同じものに対して

これからも悲しみ続けるのだろう

どんなに訓練しても平静ではいられない

そんな場面にもこれから何度も出会うだろう

あなたは小さな赤ちゃんを胸に抱いて

「かわいい」とほほえむ

わたしも同じものを見て

同じように「かわいい」とほほえむだろう

どう生きてきたかなどとは関係なしに

感情は人々の中で繰り返されていく

あなたの赤ちゃんもいつかは

暮れていく空に痛みを感じるだろう

哀れで滑稽な人間の感情

繰り返す

繰り返す

生まれては死に 死んでは生まれ

涙も笑いも恐れも憎しみも

魂が記憶している

赤ちゃんがおっぱいを探そうとして

顔を押し付けてくるとき

尖った熱さで胸に満ちてくるもの

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不思議

あの頃

自分が子どもを産むなんて

考えたことがあっただろうか

まずこの自分をどうしたらいい?

そう自問するばかりの日々

子どもや家庭のことなんて

百光年も先の話だった

恋をしていた時でさえ

あなたが

赤ちゃんを抱いている姿を見て

ひどく不思議な気がした

とても不思議なことだね

教室でカンニングしあっていた私たちが

こうして額縁の絵のような生活をしていることは

私が細々とつないできた夢は

小さな詩を書くということだった

あなたの夢は

まだ赤ちゃんの中に眠っているの?

不思議だね

あの頃抱えていた問題が

ここから見ると

まるで物置の奥に横たわる古いおもちゃみたい

どれだけの空

どれだけの大地

あなたが窓の外に焼けたピラミッドを見ていた時

私は窓の外に冷えた森を見ていた

赤ちゃんを代わる代わる抱き合って

やっぱり不思議

あなたが子どもを産むなんて

私が子どもを産むなんて


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