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海くんの肩もみ(1) (出版詩集)


やがては


ひこうきの音が空に聞こえれば

空を見上げ

ひこうきが空を過ぎれば

飛びゆく先を指さして

「あれは?」と声をあげる

かぜが吹き

かぜに向かって走り出し

花がゆれれば

そのもとにしゃがみこみ

ちょうが舞い

ありが歩き

猫がねころび

植木鉢の下の

だんごむし

ただわけもなく土を掘り

その穴に水を流し

泥をこねて

いくつもの土だんごを並べて

教えることは山ほどあった

すべてを教えたいと思った

歩き出し

そのうち走りだして

やがては

教えようとする言葉を遮り

たったひとりで探し出しにいくようになるまで

その時まで

手をつなぎあって

同じものを見ていたい

つまみあげた一匹のみみず

とびのき おどろき

一緒にのぞきこんで

そのあばれように笑い

笑いあいながら

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富士山


授業参観に行っただけでは

学校でのきみは見えてこない

教室の後ろの壁に

貼り出されている画用紙の中から

やっと探し出したきみの文章

「わかば」と書かなくてはいけないのに

「はかば」と書いてある

「さあ 黒板をよく見てください」

昨日の夜 わざと変な顔の人間を描いて

体が壊れそうに笑った

「棒グラフに描きあらわしてください」

きみにとって大切なものは

この教室の中に在ったかい?

「できた人は手をあげて」

教えもしなかったのに

いつのまにか折れるようになっていた鶴

「さあ これが正解です」

うつむかないで

前を向いて

教室の窓からは

遠くに真っ白い富士山が見える

あの山の頂上に立てば

空のことも 風のことも 雲のことも

全部すっかりわかってくる

こんなちっぽけな教室の

机一つ分の場所

「あとはまた明日にしましょう」

ガタガタと音を立てて

椅子から立ち上がったとき

本当のきみの時間はそこからはじまる

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石段をのぼる


昨日の雨がまだはりついている

濡れたまつぼっくりが

しぼんだまま転がっている

階段の隅には

ジグザグ模様の松の葉っぱ

山鳩が飛び立とうとして

木の枝にぶつかった

時には飛び損なうことだってあるだろう

少し羽が痛かっただろう

「ママが大好きなものは何?」

「好きなものは お寿司 宝石 かわいいペット」

(だけど本当はもっと他にある)

「じゃあ ママが嫌いなものは?」

「嫌いなのは 長ーいヘビ 高いところ」

(だけど本当はもっと他にある)

石の階段をのぼる

竹の林がいっせいに揺らいで

銀の手すりの上で青い空が曲がっている

本当のことは

空の遠くに投げ捨ててしまった

ジェット機でさえ探し出せないほどに

そのまま雲になって

ふわりと消えてしまえ

誰にもつかまってはいけない

石の階段をのぼる

風の吹く天辺に

たとえ晴れやかな今日が

待っているのではないにしても

ガムをかみながら

あどけない質問に

よどみなく答え続けてあげよう

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うまれる前


うまれる前

ママのおへそから

外を見ていた

テレビだって見ていたんだよ

ふだんは中から

バンドエイドでふさいでいたの

知らなかったでしょ?

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銀蠅


犬のうんちに

銀蠅が数匹たかっていた

きみは

「むし いた」

と言って

そのそばに しゃがみこむ

私は

「うんち きたないよ

はえさん きたないよ」

と言って

遠くで見ていたが

きみが あんまり熱心に

のぞきこんでいるものだから

つられて そばにしゃがみこむ

ブランコのそばの

少しかわいたうんち

うごめく銀蠅たち

きみは 大きな目を見張って

背をまるめ 顔を近づける

「このむし きれい

あお みどり ひかってる」

きれい?

ああ 確かにそれは

陽の光を反射して

輝かしく

一瞬のまたたきのうちに 既に

私が知っている「蠅」という虫ではない

これ ほんとに きれい

ひかってるね にじみたいね

うんちに群がるそのむしたちを

私たちは

はじめての発見者のように

驚きながら

じっと みつめていた

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プーさん

幼稚園の帰り道

のぞいたリサイクルショップで

君は薄汚れたプーさんのぬいぐるみをみつけた

はなから相手にせずに

そんなの だめ だめ ばっちいし

うちにきれいなぬいぐるみいっぱいあるし

だけど君はどうしてもほしいと涙ぐんだ

君は きょう 幼稚園で

なにか哀しいことがあったの?

だれかにいじわるされたの?

訴えるほどでもないけれど

なにかさみしい気分になることって

だれにだってよくあるよね

そう思ったから

わざわざ引き返して

よれよれのプーさんを

買ってあげたんだよ

今でも君は言う

このプーさんだけはどういうわけか

どうしてもほしかったんだよ あの時

片目が飛び出していて

服が破れていて

手もフプラプラと今にも取れそうなプーさん

鼻のあたまにハチがくっついていたプーさん

ダニもたっぷりクマのプーさん

しかもよく見ればプーさんの偽ブランド品

でも なんだか好きなんだよなあ このプーさん

何が必要で 何が必要でないものなのか

本当はだれにもわからない

ボロボロのプーさん

迷いながらも連れてきてよかったよ

あの時 少し疲れていたこの子のもとに

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公園


友だちを作ってあげなくちゃ

そんな名目で

何度も一緒に公園に行って

だれかれ無しに話しかけて

意地悪そうな坊主頭にも

愛想笑いを向けて

ブランコを貸してくれないって?

さあさあ もう一度そばに行って

「かして」って言ってごらん

仲間に入れてくれないって?

それじゃあ 何度でも

「あそぼう」って言ってごらん

人間の中でしか生きられない

生きてはいけない

そう思いこまされて

柵の中に追い込まれる

本当は好きじゃなかったよ

きみとおんなじでね

本当は

きみと二人っきりで

誰も知らない原っぱで

きれいな花を探し回っていたかったよ

黙って空をながめていたかったよ

鳥の声を聞いていたかったよ

川の流れをのぞいていたかったよ

風景の中にはじめて人間をみつけて

驚きながら 近づいていく

そんな風に

友だちをみつけてあげたかったよ

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風の行方


通り雨が過ぎて

にわかに雲が切れた

高いヒマラヤ杉の途中に

引っかかっていた白い風船が

咲き揺れてつやつやと光り始めた

さっきまでは寂しい花のようだったのに

輝きだす太陽を待ち

川沿いに続く遊歩道をかみしめるように歩く

水たまりをこわしても

こわれた世界は必ずもとに戻る

向こうから若い母親がゆっくりと歩いてくる

海のような笑みを浮かべて

その胸には白い産着にくるまれた赤ん坊

まだ少し湿っている空気は

赤ん坊の頬を柔らかにうるおしている

少し振り向いて

そのまま空を見た

雲雀の声が流れ星のように空を切る

沈丁花の香りがする頃 私は生まれた

同じ香りの中で

私の胸にも今

小さな赤ん坊が微笑む

少しずつ生きる意味は変わり

歩く道筋も変わった

まだ私は走らない

暖かく身じろぎをして

風をつかもうとしている者よ

共に風の中を走れる日まで

母親はゆっくりと歩き続けるだろう

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ヒト


世の中にいるのは

自分のような人間ばかりではなく

父のような 母のような

彼のような 彼女のような人間ばかりではなく

犬のように 猫のように 馬のように

虎のように ライオンのように 鷲のように

同じ群れの中にいても

気持ちは微妙に上下し

怒りながら ののしりながら

憐れみながら 蔑みながら

断ち切りそうになりながら

そして時には愛しながら

誰もが同じ器の中に浮かんでいる

ヒトとしての種の形質の中に

私も同じように

彼とも違い 彼女とも違い

確かに違っていると思うのに

ひとくくりの形質の中にあっては

ミリ単位の背比べ

千差万別の幸不幸でさえも

ヒト科としての平均値に限りなく近く

確かに平均値はあるだろうに

それは私ではない

たぶんあなたでもない

それならば誰?

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外ではできない


顔がひんむけるくらいあくびして

内臓が飛び出すくらいくしゃみして

おしりが張り裂けるくらいおならして

みっともないくらいのどちんこを見せて

温厚そのものの私でも

「こいつ いけすかないヤツ!」と

思うことあるわけで

そういう時は大声で

「あいつ 大っ嫌い!」と 

叫び散らしてみる

もちろん 家に帰ってから

ごろごろごろごろ転がって

大きなはなくそをもぐもぐとほじり

カラオケまがいにビートをきかせ

丸めた布団にキックを食らわせる

外ではできないことも

ここでなら平気でできる

きみにとっても

ここはそういう場所?

シュンとしおれた気持ちを持ち帰ったなら

開口一番

「コンチクショー!」

人には見せられない

外には聞かせられない

思いっきりここでだけ

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ネコガ・・・


車に轢かれた猫の死骸を

見せまいとして

立ちふさがって 別のものを指さす

けれど きみは後になってこう言ったのだ

「ネコガ ワレテ イタネ」

そんな風に見えていたのか

頭の中の限られた表現で

きみは精一杯に伝えたのだ

意図した効果と

妥協した偶然

計算の果ての構図を

ものの見事に吹き飛ばされて

私は訂正の言葉を見失い

きみの言葉に黙ってうなづく

風にふくらむカーテンのように

ゆるやかに満ちて

気づくともなしに逃がし

また溢れてくる幼い日の言葉

私はかたわらで

密かに書きとめよう

その形も匂いも手触りも

無意識な気配のひとひらも

誤りを正すためでも

笑いの種にするためでもなく

ただ心から感嘆するために

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理想の食卓

食卓の上には

お下品な話題が飛び交って

ごはんを吹きだすやら

味噌汁をこぼすやら

迷い箸

競い箸

最後のポテトに力いっぱい突き立てる

左手はテーブルの上に出しなさい!

ひじはつかない!

ほら 足をちゃんと!

たしなめるそばからくずれていく

笑いたがりのテーブルマナー

牛乳の一気飲み

あーあ そんなに飲んだら

おねしょしちゃうってば

なぞなぞはもういいから

そら! もうちょっとお野菜

ネズミの噛み跡

ダジャレの追い討ち

ご飯を吹きだすやら

味噌汁をこぼすやら

こうとなったら

いっせーのせーので

揚げシューマイに向かって突撃だ

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子どもの熱量


大人が重ね着をしているそのそばで

シャツも着ずに半袖のままで出かけてしまう

雨に降られても急ぎもせずに

わざと水たまりを跳ね上げて

むきだしのうぶ毛にとまる水滴

ゼロか百か

飛び出したら意地でも戻らない

恐るべし子どもの熱量

迎え撃つエネルギー

燃える地金を

柔らかい皮膚で包んで

息の白さも

湧き上がる蒸気の色にしてみせる

上着はカバンに突っ込んで

受け取らなかった傘を後悔なんてしない

サッカーボールを蹴りあげる

水たまりの向こうのたるんだ蜘蛛の巣

温めたがる手を攪乱しながら

確かにそうだった

思い出そうとして頬に手を当てても

たぶん0.5度は低い血の温度

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どの花が咲き

どの花が散ったのか

隣あう花

明日咲くであろう花

今年の花と来年の花

それらの違いを

私にははっきりと区別することはできないが

子どもたちよ

きみたちの咲き方の一部始終は

ちゃんと分かっている

色と香りの

映りゆく段階について

花弁のゆらぎ

か弱そうでいて

真っ直ぐに立ち上がろうとしている

その思いがけない力

再びは繰り返すことのない

たった一つの咲き方を

全体の中から取り出すことなく

はっきりと区別している

記憶し続けている

手をつなげばくすぐったい

そのくすぐったさも

花の傷つきやすさのように

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飛んでいたい

飛び散る花びらとなって

口を開けている人の

真っ赤な口の中に飛び込んでみたい

ゆるいシャツの襟もとに入ってみたい

いい匂いの髪の毛の中にもぐりこんでみたい

飛んでいたい

飛んでいたい

一番軽い姿となって

空じゅうをぐるぐる飛んでいたい

目をつぶりながら

首を曲げながら

わめきながら

夢のように

水の面にべったりとはりついてしまう前に

あなたの部屋の中に舞い込んで

大切な白い手紙の上で

こっそり待ち伏せしている間に

猫にくちゃくちゃ食べられてしまいたい

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タコツボの唄


タコツボの中をのぞいてみて

ほんとうにタコが入っていたなら

どんなにうれしいことだろう

イカツボでもヒラメツボでもだめ

タコだからいいんだよなあ

タコ部屋というのもあるけれど

ウサギ小屋よりしめっぽい感じがするのは

やっぱりタコだからなんだろうなあ

タコツボタコツボ

何べんだって言ってみたいタコツボ

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一日

「いってきます」という声で

今日一日を予測し

「ただいま」という声で

今日一日を判断する

ランドセルの投げ捨て方なんかを見てもわかる

そりゃいいことばかりじゃないだろうさ

まあおひとつおやつのドーナツでもどうぞ

あとは君が何かを言い出すまで待っている

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