第6詩集 たたずむ子ども
秋をさがす
傘の骨のように折れた彼岸花
ひまわりは重く首を垂れ
日に焼けた労働者の顔
うろこ雲はつつましく並ぶ
崩れていく方向に
そろって身を傾けながら
日が落ちた雑踏で
後ろから追い越していった
「さよなら」
すぐに見失ってしまう背中
闇の中で
金木犀は位置を知らせる
かすかな声は
かたまりとなって
明かりのついた体育館の窓
バスケットシューズは軋みながら
いくつもの光沢を踏みつぶす
取り込みそこなった洗濯物
湿った紙飛行機
不意に顔を出す月
束にしたすすきの穂で
道を掃いていく子どもたち
団地の向こうへと
走る靴音は消えていく
川辺にあふれた白い萩の花は
豊かな髪で
その素肌を覆い隠し
最後の蚊が
力無く血を求めてくる
垣根の下で
顔をそろえたたますだれは
それぞれに細い指先を開き
ひとりぼっちの赤とんぼが
空中に止まっている
先端を目指そうとして
稲の穂は黄色く重く
祈り続ける
どうか倒れないうちに
すっかり刈り取ってください
台風が近づいても
秋の実りは急げない
道端に転がるどんぐり
銃にこめられる寸前の
弾丸のように張りつめて
卵を産み付け終わった
カマキリはもう
枯れ草のように静かに
どこからか煙の匂い
振り向いた黄昏に
素早いコウモリのはばたき
柿の実はあたたかく
太陽をみごもり
ひよどりは天辺で
せわしなく首をまわす
なわばりを囲いながら
からすうりは垂れ下がる
手渡されたお守りのように
ふうせんかずらの実の中に
夥しい雀の子を眠らせ
栗のイガは
わずかに息を吸いこむ
わざわいがこぼれないようにと
蛙の体も冷えてしまった
同じ空を見ていた
同じ木を見ていた
同じ窓辺で
どこへ行けばいいのか
遠い夢に探りながら
銀杏の木は切り倒されてしまった
こおろぎたちはもう飛び跳ねない
扇風機をしまい
風鈴を小さな箱に閉じ込める
夏の埃は細かく乾いて
エアコンのフィルターにうずくまる
浮き輪もやっと息を吐く
プールを落ち葉が染めていく
サンダルは下駄箱の奥へ
素足も靴下で包んで
早い夕方に窓もカーテンもしめてしまう
暖かい飲み物を飲みながら
縫い物の一つ二つを思い出す
時間は太さを変え
空間は幅を変えていく
夜の位置もずれて
試されはじめる
記憶を越えていけるかどうかを
早く帰っておいで
影の長さも秋のかたち
山の端をかすめるカラス
お寺の鐘も聞こえてきそうな
いつか少年がくれた夢
開いた紙片に封じ込められた
鉛筆書きの幼い韻律
すぐ近くで
天上の黄金色がはじまる音がする
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冬をさがす
白い飛行機が空の中に澄み
音もたてない
つむじ風
落ち葉は土ぼこりを追いかける
ひなたを選びながら老人は歩き
少女らは風に背を向け
両耳を両手でふさぐ
陽だまりに蠅は動かない
影は一足を遠くのばす
色を落とした街に
凍りつきそうな魚
まぶたも閉じないで
いつも少しばかりのリスクに
指先まで代謝を遅らせて
かたい背中を見せて守る
欅の木はとうとう素裸になった
スキップ ツーステップ
幼稚園の庭で
明日 鬼が笑うとしても
先を急いではいけない
南天の実はにぎやかな明るさで
ままごとのごちそうを飾るだろう
人々は同じめぐりに
同じ仕草を繰り返し
同じ心をなぞっていく
朝食を照らす低い夜明け
こたつの上に転がる蜜柑
荒れた唇に甘いはちみつ
フロントガラスにはりついた霜の画布に
手袋の指でいたずらがきをする
朝ごとに
振り返りながら
北の空にさがしていた
深く傷ついた肌の痛みは
やわらかな雪で手当てされ
雪雲の下
巨人たちは果てもなく
眠り続ける
散歩する犬の白い息
時折 足裏をなめてあたため
用が済んだら
はやく小屋に帰りたい
終わることも
始まることも
いつもの月日と変わりないのに
まるで術に落ちたように
いっせいに区切りをつけはじめる
小さな子どもは
クリスマスに熱を出し
正月を過ぎても
寝込んでいるだろう
蒸気のこもった部屋の中で
蘭はプラスチックの花を咲かせる
黒いカラスを飼ってしまえば
不吉も饒舌な愛嬌を持ち
けたたましく笑いだす
穴の奥深くで蜂は
真っ白く肥大していく
女王になるために
森は昨日よりも明るくなった
枝々は朗らかに割れていく
焚火でつららを焼き
みずたまりに張った氷を
微塵に踏みにじっていく
倒木はトランポリンのように
息をはずませ
受け止めては跳ね返す
枯れ葉は土に還り
堆積の層の中でミミズたちは
満足そうに鳴き交わしている
別れゆく電車にも
何度も乗らなければならなかった
弱い呼吸をしながら
思いを逃がし
やがて夜を切り裂いて
あらわれる新月
遠くまで響きを通す闇
この手はあたたまらない
夜空を走る鈴の音が
聞こえなくなった時から
背をまるめて
階段をのぼれば
一陽来復の年賀の市
菩提樹の木の下で
布袋はさも愉快そうに
腹を突き出し
飢えた鳩は群れながら
砂利の隙間を食べあさる
もうじき白い雪に染められる
イメージはこのまま
押し込められていくだろうか
再び開いていくだろうか
頬はまだ赤い
冬の靴はかたく
やわらかく
陽だまりの片隅にたたずむ
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詩は
語尾を細工して
またひとつ逆説を作りあげる
詩は枯れ葉色をしていた
詩はやわらかい動物のようだった
見ること 聞くこと 感じることの
気まぐれな閃き
路地を曲がっていった
素早い尻尾をつかまえようとして走る
ガラスのレンズでふくらます
いつか見放した朝露の垣根の向こうを
詩はいつも時間の隙間にいた
詩はいつもいたずらなかくれんぼをしていた
さあ みつけてあげよう
呼び掛けにこたえる声
思いがけない隅っこに
うずくまるすばしっこい背中
詩はいつもからかいの仕草で
詩はいつも裏返しの白い腹を隠している
上目づかいに様子をうかがう
繰り出した無茶を
ボールのように転がしあい
遊び 遊ばれて
詩は
やわらかい鳴き声をあげながら
詩は
私にすり寄ろうとしている
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表現
あらゆる光と影の視力
瞬間のプロミネンス
すれちがう風によみがえる風景
どこかで共有しあっている空気
過去 現在 未来
感情と経験を混ぜ合わせて
膨大な不純物の中から
しぼりとったひとしずく
その最たる微粒子の単位
射抜かれた林檎のように
真芯をとらえる
絶えず呼び掛けて
声の消えゆく先を見極める
予言によって築かれた意味を
裏側から書き換える
種の連関の中で起こる変化
突然の跳躍
鋼鉄のつり橋は切りおとしてしまえ
文字のおののきもまた叩き伏せて
試験管に詰め込んだサンプルたちを
一度に反応させる
すべて
生きているものの輝く細片を
ガラスのプレパラートの上に
熟成しきった最後の秘蹟
それでもまだ足りない
誰も知らない最果てに立つためには
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書くということ
才能を問われない場所までうまく逃げて
私はこうして書き続けている
生み出されていくものに
喜ばしい気持ちを隠さずに伝えながら
くしゃくしゃの新聞紙
踏みにじられたガラスのかけら
灰色に固められた世界に
昔 いくつもの楽器を置き去りにした
まだ音は消えていない
まだメロディーを覚えている
黒のハードカバーの止め金をこじあけて
こぼれ出る風の言葉に
懐かしく耳を澄ます
夕照の絵のように
音の色彩は広がる
高く 力強く 飛び立つように
低く 物静かに 眠らせるように
四方から聞こえてくるものに
手を押し当てる
触れ合う金属のように
響きを共鳴させている
すべての楽器よ
各々の心で 深く遠く鳴り響け
採譜しようとする手から逃れて
喜ばしい気持ちをあふれさせ
自由な姿で消えていくために
私は追い続けるだろう
からっぽな花籠を抱えて
飛んでいく綿毛の音符を握ろうとする
もどかしくからかわれながら
無力なてのひらを笑いながら
逃げていくものにすら
悔いのない手を振るだろう
追い風を贈り物にして
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ネズミ
先取りした地図を
指でこすりながら
自分の位置をずらしていく
走れ
魅入られたネズミ
かわし方ひとつで
痛快な一日が手に入る
曇り空には
低い飛行機
怯えた魂は最初から
暗い縁の下の奥の方に
ぴしゃりと平手打ちを食らわせる
いつも不敵な面構えでいろ!
笑ってもごまかせない
やさしい肌触りの中で
眠ってばかりもいられない
やがて記憶にもない誕生の時にまでさかのぼり
その必死な泣き声に耳をすます
雲が湾の形に浮かぶ
定規で囲われた世界から飛び出して
フリーハンドで描いていこう
よたついた線の行方に
くっきりとした足跡をつけながら
木枯らしの季節にも
ひとりで風の道筋に逆らっていけ
強い瞳
殴りつける勢いで
ページからページへ
円筒状の風穴をぶちぬいて
走れ!
魅入られたネズミ
横っ飛びにペンは突き刺さる
ニヤリと笑って
ちょんとフェイントをかけながら
世界中の線を消していけ
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たたずむ子ども
玉砂利を踏む鳩のかすかな足音
むきだしになっていく秋の桜
お祭りの露店を照らす裸電球
はじめてのラムネの味
小さな貝で飾り付けた箱
雨上がりのトランペット
何度も倒れて歪んだ自転車
包帯を巻いたぬいぐるみ
糸でつないだ桃色の椿の花
雪の中に埋めたお菓子の空き缶
秘密の場所は
よそ者には触らせない
ぼやけていきそうな
それ以前の物語
あれは どこか
一番壊れやすい夢の中に
砂糖の結晶を吹き付けて
戸棚の奥へと
かかとを潰したズック靴
西日の射した文房具屋
水たまりに光る虹色の油膜
取り残されたかくれんぼ
寝転んで見送った雲
不完全なままに
補いきれないままに
誰かの胸に頬を預ける
何度も夕焼けの夢を見た
耳管を通る音色は
外と内から響き合い
色彩の放射は影を作り
影を消していく
知りつくせない五感の息づかい
まだ生まれ続けている
あちこちに投げ出された形で
子どもは赤い石を拾った
その石を誰かにあげたくて
まだ夕暮れにたたずんでいる
終わりきれない遊びは続く
誰かが帰ろうと呼びにくるまで