top of page
後でもう一度お試しください
記事が公開されると、ここに表示されます。

第7詩集 ケン玉の情熱(2)



朝の領域

ああ・・・と思うような

遠回りをして

結局それでよかったのだと

振り返る

よく拭われた朝

霜を乗せたナイフ

清浄は虚無に近い

そして私は

何を選んだのだろう

消毒した手を

汚すことなく

朝の光は

思う以上に白く

浅い角度をつけて

この部屋に入り込む

まだ

言い表せずにいる

黒の扉の中には

立ち入れない

私はまだ

朝の領域にいるのだろうか

屈みこむだけでは足りない

むしろ仰向けに倒れて

逆転の夜を刻みつける

全天を支配する

その尖った力で

際立った悪さえも

手中にできたなら!

---------------------------------

ねこのおしり

ねこのおしり

後ろ向きのおしり

丸くてでんとしたおしり

カエルみたいなおしり

黒光りした毛づや

みんなが触りにくる

ほっぺたをくっつける

折りたたんだ前足に

人差し指を突っ込む

ねこは迷惑そうに

ひげを動かし

やわらかい

あたたかい

気持ちいい

てのひらで撫でていると

うっとりが広がっていく

ぜんぶ黙って許してくれる

その貫禄に

吸い寄せられる

ねこのおしり

ふかふかのおしり

安心なおしり

もっといっぱい

さわらせて

------------------------------

ねこの肉球

かたいような

やわらかいような

押せばはねかえされる

しわもちょっとある

適当にあたたかい

少し動物くさい

黒豆みたいな肉球

なめてみたい感じ

----------------------------------

布団を干す

ぽかぽかの日向で

布団を干す

ベランダいっぱいに広げて

風もない空

だれに会う予定もない

自分のためだけに使い切れる時間

ぽかぽかの日向で

布団を干す

ふかふかにしてくれる

遠くからの光

私はこの場所で

自分だけに所属している

どこにいるよりも落ち着いて

自分を制御している

ぽかぽかの日向で

布団を干す

あたたかくもぐりこみあう

家族みんなの夜のために

それは

文句なしに素敵な仕事だろう

ぽかぽかの日向で

布団を干す

外へ追い詰められていく心についても

十分に学んできたつもりだ

もう別にどこでもいい

綿がふっくらとふくらんでいくのを

いつまでもながめていたい

ぽかぽかの日向で

布団を干す

太陽をいっぱいに吸い込んだ布団は

重力さえも和らげる

足先まであったかく眠らせて

軽々とした夢をみようね

---------------------------------

冬至

今日は冬至

お風呂にゆずを浮かべましょう

子どもはさっそく

ゆずをつかんで

香りの汁をとばし

皮をむき

種を取り出す

ぶよぶよのゆずを

お湯にしずめる

小さな手で握られて

ゆずはおもわず

小さな息をもらしてしまう

お風呂いっぱいゆずのかおり

ふやけた太陽

子どもはいつまでも

ゆずをこわし続けて

今日は冬至

ゆずを握りしめる力で

逃げて行った太陽を

もう一度取り戻す

----------------------------------

夢中

いつからだろう

視点が変わり

私は「親」の立場でしか物を言えなくなった

よい「親」であるか

しっかりした「親」であるか

そんなことばかりが問われて

小さく微笑んだまま羽目をはずせない

子どもに宛てたメッセージに名を借りて

私は「私」を取り戻そうとしている

つきつめて考え抜きたいことも

深めていきたい思いも

「いつも通り」でならしていくのはやめて

できるだけ正直に

「親」として保っていたバランスの支点も

思い切り自分の方へと引き寄せて

形のない不安を

組み伏していく実感

子どものために何をしてあげたとか

何を犠牲にしたとかではなく

青臭い言い方だけれど

すぐにでも走り出せる若々しさで

いさぎよく身をひるがえす

後ろ姿を「見せる」ためではなく

自分の「夢中」を追いかけるために

互角になろう

もっと夢を語って

もっとエゴイスティックに

どちらにせよ

「親らしさ」に

いつまでもしばられているなんて

ろくなものじゃないだろう?

--------------------------------------

想像力

そのマンションの下には

数か月前までは田んぼがあって

泥だらけの泥田坊が住んでいた

足の黄色い鳥たちが群れて

泥田坊をつつき出していた

遠くに広がる学校も校庭も

卒業した心で見れば

魔王の棲む豪奢な王宮のよう

悪意ある単語は

どう混ぜても色が汚いから

端っこの方に置いておけばいい

まず 色鮮やかな想像力!

林いっぱいに蔦が絡まっていて

それは横向きの子泣きじじいに見えるだろう?

赤と黒のチェック模様の日記帳を買ってきて

その1ページ目から百物語を書きつづろう

誰かの詳細な研究書類を読むよりも

まず 跳ね飛びそうな想像力!

こんな小さな頭脳では

わずか1パーセントの知識さえも

割り込む隙はなくて

しだれ柳が揺れていた川の土手も

コンクリートで固められ

河童たちのお皿が

ほら 割れたまま川の底に沈んでいる

まばたきの一瞬で逃げていく

一緒に探した不思議な世界のことを

君はもうすぐ忘れてしまうだろうか

公園で笑っていた丸い顔のピエロ

空から垂れた鉄の鎖もほころびて

砂場もジャングルジムも体温をなくした

すべり台の上から見上げると

もみじが透けて赤かったのに

その向こうに

もうだいだらぼっちも顔を出さない

悪意ある単語の入る隙もない

あやしい影を探しまわって

古い物置小屋の奥を覗きこむ

口が裂けた老婆が庖丁を研ぎ

雨降り小僧が笑いながら天井を歩き

三つ目入道が大きな足を突き出してくる

あの夕暮れに

もう一度強がったふりをしながら

やさしい妖怪たちを探しまわりたい

-------------------------------------

風の力

傘を振り回して

たたかっている

受け止めて

とらえて

引っ張り合う

押してくる力に向かって

ぐっと踏ん張る

ねじ伏せたい

よろけそうになりながらも

力だけを感じて

重さだけを感じて

体当たりを食らわせる

そのあと

一緒に流れてもみる

釣りあげられるように

高く舞い上がるビニール袋

冷たいはずなのに

冷たさを感じない

こすられた頬は赤く

立ち向かう力だけで

身一つで立っている

威嚇の音にひるみもせず

風の中に溶け入り

風を楽しみ

風を従える者となる

bottom of page