top of page
後でもう一度お試しください
記事が公開されると、ここに表示されます。

第4詩集 封じ込める


呟きのように

どうしてここにいるのだろう

そう問いたげば闇が

耳もとにぶら下がっている

アルファベットに色を

ひらがなに香りを感じるというなら

この薄い眠りは

ピアニッシモのドレミ

義務にするのも

ましてや仕事にするのも嫌だから

レイアウトも校正もしないで

ただ呟きのように

----------------------------------

春の雪

暖かな雪なのだろう

落ちたそばから消えていく

空をかすめる雪の破片は

微かな重さを壊さぬように

こらえながら落ちてくる

昔書いた日記から

「淋しい」という文字を消して

そこに

新しい自分を作りあげる

均された雪の降り方

すべての構図(向き)に適うように

もっと恋の詩を書けばよかった

ポインターの茶色の目で

沼に沈む獲物の悲しみを聞く

かきまぜられた言葉は

泡を一つ二つ吐き出したまま

もう浮かびあがることはない

夕食のためのガスに火をつけ

大きな鍋に水を張り

じゃがいもを洗い

人参の皮をむく

傍らで覗き込む笑顔のために

流れを変えた生命線の上に立ち

色あせたDNAを

染め変えることからはじめようか

きりきりとねじを回す

弾き返す力で

新しい自分をつくりあげる

均された雪の降り方

すべての構図(向き)に適うように

----------------------------------

ぺんぺん草


かすれたように淡く紛れて

ぼんやりと咲いている

花瓶に生けられることを願う花か

地を這っていたい花か

その違いを明らかにするためだけに

私は何行もの文章をすりつぶしてきた

生暖かい春の土の中に

深く差し入れたこの十本の指先は

今 ゆっくりと目を開き

豊穣な黒をすくい上げる

延々と植物を生かす土のように

有機エネルギーを満たし

消去と改変の白を

すみやかに花の色で

染めることができるように

巨大な都市地図

隙間もなく埋められた記号として

すべてを均一な文字で

記録し続けるだろう

再びもどってきたこの場所に

新しい種をまき続けるだろう

花瓶に生けられることを願う花であろうと

地を這っていたい花であろうと

すべてを咲かそう

春の土にしみこむ雨の匂いの中で

------------------------------------

土を練る

まず無造作に土があって

たこ糸でひきむしり

土の重さを作業台に叩きつけ

そのやわらかさに指を埋め込み

はいりこんだ小石をえぐり取る

ゆっくりと土を練る

一押しごとに

心臓のように渦を巻いていく

まるめこむ

こすりつける

次第に土とは別の

なめらかな生き物になる

逃げ出さないように

土を練る

両のてのひらで押さえこむ

息の根がとまらない程度に

従順を教え込んで

丸く穏やかな調和

体積の年月を混ぜあわせて

夢のように訳をわからなくする

てのひらのぬくもりが

すっかり行きわたったら

さあ もう一度眠らせてあげよう

静かな森の寝息で

土は たぶん

頭脳よりはわかっていたはずだ

生きるということの

入り組んだ愚かしさを

煤けた仕事場で

ひじまで泥まみれになって

木偶のように土を練る

ただひたすら

土に溶け入ろうとして

土を練って

練り続ける

息の無い言葉を埋め込みながら

土を練る

歯車のような動き

宝飾の光にやすりをかける仕草

紙に書かれた名前を消し

なにものでもなくなるために

土を練る

------------------------------

夕立がくる

青銅色のトカゲが

線路の上を走る

もうすぐ夕立がくる

コンクリートの階段の後ろを

雨の匂いの風が抜ける

はりぼてのUFOが

空の低くを飛んでいく

耐えかねて

もうこぼれそうな黄色い雲

電車は東へ急ぐ

もうすぐ夕立がくる

歩道橋の階段を

もつれた三葉虫の足取りで

せわしなく下っていく

もうすぐ夕立がくる

つばめが

電線の間を斜めに突っ切る

急げ

誰もが隠れ家を探している

双子のシュナウザーが

白い柵の間から

二つの首だけで吠えている

秒読み

走り出せ

垂れ下がった雲の端から

今 一斉に矢が放たれる

人々が帰るすべての道を目指して

急げ

後は衛星の視力に任せて

今 夕立がくる

-----------------------------

梨の畑

いつのまにか桜の花も散って

それを待ち構えていたように

梨の花が一面に白く

梨の畑に咲き広がる

ほおかむりをした婦人たちが

毛玉のついた棒をつまみ

ハチのように小刻みに

花粉つけをしている

乾いていた用水路に

透明な川水はあふれ

鯉のぼりがあちこちで泳ぎはじめる

青臭い梨の花の匂い

土を掘り返す農機具の回転

土の中に

生き返るものがある

暖かく潤って

伸びていく水の方向

今年を約束された蝉の幼虫が

透明な羽の心地を確かめながら

地表を憧れはじめている

今年の夏には

青い網囲いにしがみつく夥しい蝉の抜け殻を

子どもたちはもう

幼い日のように夢中になっては

探し回らないだろう

梨の実をかじりながら

自慢そうに麦わら帽子いっぱい

変化していく

戻ることはできない

受け継ぐものに明け渡しながら

新しい流れがまたはじまる

一面に白い梨の花

地面の奥深くに

少し温もった樹液を送り続けて

一面に白い梨の花

年ごとに声を失っていく夏のために

透き通った実を結ぼうとしている白い花

---------------------------------

猫になれ


小さな頭蓋をくすぐると

ごろごろと喉を鳴らして

うっとりと目を閉じる

おなかが満腹すれば

それだけで欲求は静まり

どこででもごろんと寝転がって

伸びきって

空を飛んでいるかのように

もうあの時から十五年たって

小難しいドイツ文学など

今更 読む気にもなれないが

カロッサの名前だけは

今でも不意に思い出すことがある

完成しなかったカロッサの卒論について

言い訳をしてほしかった あなたに

ごろごろいっている

猫の惰眠

苦い味がする活字を吐き戻して

どこまでも無意識になる

どんな秘法を身に着けるより先に

猫のしなやかさを学ぶべきだった

痛みも悲しみも

背伸び一つでくぐり抜ける

布張りの分厚いバインダーの中に閉じ込めた

黄昏の国の童話は

あの日のカロッサと同じ意味だった

自分を食いつぶしてしまいそうな

電車の窓の外を落ちていく夕陽

さいわいなことに 私は生き延びて

こうして猫を撫でながら

もうじき梅雨に入りそうな空を眺めている

焦げたコーヒー色をした猫の背中

どうやらこれが正解だったようだ

思い描けもしなかった未来に

ちゃんと幸福に

存在し続けているということが

毎日窓辺に新しい水を供えるのは

あなたのためばかりではなく

カロッサが不意の合鍵になる

伝えなくてはならない

子どもたちがやがて迎える同じ若さに

猫のようにしなやかに生きる術を

------------------------------

革靴

曲がり角を曲がったら

薄汚れた革靴がいきなり転がっていた

見たなりに立ち止まって

そのままじっとながめていた

革靴はひとりきりで黙っていた

桜の花びらが指先で肩を押しても

首のあたりに不機嫌そうなしわを寄せて

くすんだ目をして転がっていた

日当りのいい道の真ん中で

言葉にしようとして

革靴の前であれこれ考えた

すぐ脇にはどろっとしたどぶの水

苦しげに白い膜をかぶったヘドロの泡

通りかかった茶色の迷い犬

自信なげに振り返り振り返り

革靴にものを尋ねたそうに

塀の向こうから

老婆の押し殺した念仏の声

果てしなく続く呪詛のように

春風になぶられて

桜は桜 桜葉は桜葉

いつもどおりにはじまった四月に

ごろんと投げ出されて

どうもまだ座りが悪い

といった具合に

この完璧な背景におさまって

革靴は不機嫌だった

革靴は

みつめている私を蹴飛ばしたかった

革靴はゴミ捨て場の上に

放り投げてほしかった

言葉で嘗め回してほしくなかった

そうか

ではこの辺で勘弁してあげよう

革靴の横を通り過ぎると

革靴はほっとして

革靴そのものになる

もう生きてはいない

-------------------------------

さなぎ

猛烈に食べて

猛烈にフンをして

ある日

エメラルドの匂いのする

小さなさなぎになっている

乾いた畑の畝の上を

ふわふわと揺れながら運ばれてきた

おなかの中にぱんぱんに詰められて

葉っぱの上でほっとした

白くてまんまるい卵の粒

そいつは

猛烈に食べて

猛烈にフンをして

ライオンのように

目をむいて反り返ってみせる

若葉のようにやわらかいくせに

花びらのように冷たくて

亜宇宙まで睨みをきかせているつもりでも

あっという間に

雀にとられてしまう

猛烈に食べて

柚子くさい葉っぱを食いつくし

猛烈にフンをして

地面に黒いツブツブをまき散らし

ある日

ためしに皮を脱いでみたら

いきなり奇っ怪な姿になった

たぶんそんなところだろう

手も足も目もなくて

生きているのか死んでいるのか

最終脱皮が済むまでは

何になるのかわからない

知らないのはおまえだけ

その先のことまで

すっかり図鑑に載っているのに

眠りながら

もう少し待つがいい

最初の裂け目が入るまで

その不可思議さに

叫びをあげずにはいられない

別の生き物にすり替わったかのように

さなぎの眠り こそばゆく

むずむずと ちくちくと

そのうちに しんとして

-------------------------------

たましいの形


知らぬ間に

水がこぼれてしまって

三匹のおたまじゃくしが

小さな飼育ケースの中で

ぺっちゃんこの黒い干物になっていた

おたまじゃくしの干物は

もちろんおたまじゃくしの形をしていた

ちょっと可笑しい

たましいみたいな形

とってくるばかりで

後は面倒みない

わかっているさ

閉じ込めておきたいだけ

水をかけても

黒いたましいは

ケースからなかなかはがれなかった

たわしでごしごしこすった

たましいは

ばらばらになって流れていった

「ごめんね」

それでおしまいにしてしまっていいよね

どんどん忘れていけるから

子どもは毎日が新しい

また別の生き物をつかまえに

網を持って畑の方に走っていく

流れていった

真っ黒なたましいの形

ちょっと可笑しくて

ちょっと悲しい

死んでしまうということの

たったそれだけの意味

--------------------------------

餌食


アリジゴクの巣に

生きたアリを投げ入れる

トカゲが入った飼育ケースに

生きたコオロギを放り込む

一つの命を生かすために

別の命を犠牲にする

その道理(ことわり)をどう教えようか

生きていてほしいものの価値

もがきながら逃れようとしている

とらえられ

ひきずりこまれていき

一飲みにされる

すべてを見つめていてほしい

たぶん

優しすぎる命は

生きていくことがつらい

どうあってほしいのか

私には言うことができない

食らう側になるとしても

食われる側になるとしても

---------------------------------

六月のプール

庭に出した小さなプール

きんぎょのおもちゃを浮かべ

水鉄砲で椿の葉っぱをピュッと撃つ

ほらほら まだ冷たいよ

おばあちゃんが

やかんのお湯を継ぎ足している

水着も着ないで 裸のままで

あじさいの花びらをいっぱいちぎろう

ポンプがなかったから

口でふくらませたんだよ

水色のプール

おしりをプカプカ浮かせて

わにみたいにのしあるく

来年はもっと窮屈になるよ

ほらほら 泥は入れないでね

肩にいっぱい日を浴びて

本物の夏が来るまで

今年も小さな水色のプール

----------------------------------

第一詩集

難破船の奥の宝箱に閉じ込めてしまった

銀鼠色の表紙が見えないようにして

固く締めた鍵は

海の王でさえ開けることはできない

胸を裂き

澄み切った紫の血で書いた

最もむごく

最もあざやかに

もうあれほどに美しい詩集は

作ることはできない

水の中で折りたたんだ透明な羽根は

やわらかな身を守ろうとして

かげろうのように巻き付いた

もうこれから何を書こうとも

その言葉から血は流れ出てこない

もうあの第一詩集には帰れない

水底に沈めてしまった

銀鼠色の明かりさえもれないように

くぐもった波のエコーにもまれて

難破船のマストに

ぼろぼろの旗はひるがえる

羅針盤はもうひとところを指さず

全角度を見まわし

万人に通じる明るい水脈(みお)を探す

夜光する航路から外れるために

海図に示す

あらゆる代替のルートを

錆びついた宝箱の鍵

昔 羽根が生えていたことも

誰にも教えはしない

波間に浮かび上がって

太陽に続く明るい航路をたどる

反転する詩句

水底深く難破船のマストに

今も青い風が吹いていようとも

-----------------------------------

うんち

幼稚園まで

道端のうんちを数えながら歩いた 

かさかさうんち

ころころうんち

とろとろうんち

ねっとりうんち

ロケットうんち

へびうんち

ちびちびうんち

でかうんち

「いぬのうんちは

ちゃんと もってかえらなくちゃ

いけないのにね」

うんちの数は

幼稚園までの道のり

うんちの数だけびっくりしながら

うんちの数だけ笑いながら

-------------------------------

ロン

年老いた犬は

白髪混じりの頭を日にさらして

道路端で腹這いになる

涙が薄くにじみ出た目は

黒味を増し

もう子犬のころのようには

飛ぶ虫をくるくると追い回さずに

じっと同じところを見ている

わがままなままに

年老いてしまった犬よ

びっこをひきながらも

遠くまで行きたがった

今でも 綱を放したら

きっと地平まで駆けていこうと

力を振り絞って

よろよろと立ち上がるだろう

尻尾の先だけ振って

もうじゃれついてこない

いつまでもだらりと

日向で寝そべって

半分眠りかけたような意識

何度もその寂しそうな目で見送られた

東京へ向かう電車の中で

手のひらに残るおまえの舌のざらつきを

消したくはなかった

おまえは

私を救うために生まれたものの一つ

役目は十分に果たしてくれていたよ

年老いた犬よ

冬の日向は

おまえの痛みを和らげているだろうか

両手を交差させて

祈るような眠り

一つだけ最後に訊きたかったことがある

私は

おまえを救うものの一つだったろうか

-------------------------------

火遊び


一本のろうそくを囲んで

束の間の花火

飽きたらず 少女たちは

枯れ落ち葉を拾い

小さな炎を湧き上がらせようとしている

古い絵画にはめ込まれたように

炎の色で浮かび上がる

さささやかな火遊びは

一瞬生き返り すぐに萎えて

ちらちらと音をさせ

いつまでも終われずに

少女たちは探し回る

手探りで

薄く乾いた夏の小片を

せわしなく掻き起す手の下で

次第に一つ一つ塗りつぶされ

てだてなく みつめられながら

やがて 目の中の暗闇に

溜息のように消えていき

少女たちは

そこで

この夏限りの

秘密の暗号を閉じる

------------------------------

どこかへ


ぼやけた夢をみた

見知らぬ駅名をたどる電車に乗り

行く予定もない場所で降り

道端に咲き並ぶ

幾百ものひまわりの花をながめていた

祭りのように

その先に流れる歌はなく

踏切を渡り

葉しょうがの匂いのする道を

真っ直ぐに歩いていった

真夜中の月のように

シャガールの絵の中の少女のように

ただ ぼんやりと消えていった

夢の中で

どこかへ行こうとして

---------------------------------

封じ込める

この傷ついた感じ

金魚の鱗についた白い斑点

無関係に響き渡る笑い

窓ガラスをすべり落ちた赤い月

回転する痛み

触れるな

抜け出ようとしている

むきだしの柔らかい肌に

突き刺さる瞳

鎮まらない鼓動

音もない闇の中で

ひび割れいくトルソー

守られねばならない

陽だまりで

愚かしく眠りこける猫の寝息

唇を塞ぐビロードの夢魔

何気なく

過ぎて行かせねばならない

黙ったままで

ワープロの画面に

言葉の形にして

封じ込める

-------------------------------

K.K


眠れないのは

濃いお茶を飲んだせいだろう

横たわったままカーテンの隙間から

まだいくつもついている団地の明かりをながめている

背中の方からは

子どもらしくもない鈍いいびきの音

風邪をひいたばかりだから

同じ真夜中

たった一人の部屋で

ずり落ちる鍋蓋の音に

びくついて目覚めた暗闇は

もうここにはない

もう一つの真夜中

まだカーテンもつけられていなかったこの部屋で

荷造りも解いていないダンボール箱に囲まれ

互いに手を引き寄せあった時

筋向いの寮からは

呼び出し電話のアナウンスが響いていた

繰り返し人の名を呼ぶ声

この同じ場所で流れていった年月

夜中に目覚め 泣いていた子どもも

いつか自分であかりをつけることを覚え

平然として長い夜を眠り通す

見ている間にも

一つ一つ団地の明かりは消えていく

私のことを

K.Kと呼んでくれていた人たち

その印象から

もう若い危うさを消してくれていい

共に眠る者たちによって

今私は穏やかに守られているから

寝付かれない夜も

こうして銀色の歯車を回している

東の窓から南の窓まで

満月がめぐり移ってくるまで


bottom of page