第6詩集 たたずむ子ども(2)
猫はほめてくれない
その個体は眉をしかめた
それが心の形だった
一本指でキーを打つ
夕暮れに感応して
道を照らしだす明かり
金魚はあっちを向いてばかり
ねじれながら方位は揺れる
踏み誤った突飛な一言
猫はほめてくれない
金魚は首を振る
かまきりは頭を抱える
笑いながら液化していく魂
くしゃみをひとつ
こぼれそうなすれすれの水
コップの縁からせり出して
揺れて揺れて 揺れて 戻って
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今日
言いたいことはすべて言い尽くしたように思った
黙っていれば代わりに誰かがしゃべってくれる
水車のように回転して
時間は粉々にすりつぶされていく
誰かの口から光合成の泡があふれる
たとえ明日が
予言によって既に破滅していたとしても
今日は約束の仕事を果たすために
私は動き続けるだろう
生きることの価値を
ささやかな金銭に代えるために
からっぽになった両手に
溢れる水を受け
水の去り方の見事さを学ぶ
まず念入りな朝の身づくろいから
さっぱりとした今日を始め
その心地よさで
今日を満たしていこう
生体の反応が
感情を決定していく
当たり前の思いを正当に浮かべ
語りたくない口は閉ざして
卑屈な笑いを切り捨てていく
駆け降りる地下道
張り巡らされたタイルのトンネルに
響き渡る幾百もの足音
快が不快になるぎりぎりのところを
危うくかすめていく
心が囲い込む空間の外へと
そのままのスピードで
約束の地図を描き替えにいこう
昨日 白く乾いていた土地に
今日 人々は都市を作りはじめる
明日 骨組みから廃墟が透けて見えようとも
求められたすべてを果たしにいく
降りた階段の数は数えない
もっとはみ出した今日を描くために
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理想の食卓
食卓の上には
お下劣な話題が飛び交って
ごはんを吹きだすやら
味噌汁をこぼすやら
迷い箸
競い箸
最後のポテトに力いっぱい突き立てる
左手はテーブルの上に出しなさい!
ひじはつかない!
ほら 足をちゃんと!
たしなめるそばからくずれていく
笑いたがりのテーブルマナー
牛乳の一気飲み
あーあ そんなに飲んだら
おねしょしちゃうってば
なぞなぞはもういいから
そら もうちょっとお野菜
ネズミの噛み跡
ダジャレの追い討ち
ごはんを吹きだすやら
味噌汁をこぼすやら
こうとなったら
いっせーのせーので
揚げシューマイに向かって突撃だ
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アレ
子どもが寝言で
合点したような口調
「ああ アレね」
アレの守備範囲は
どこまで広がった?
もう想像が追い付かない
開いた展開図の中に
アレとアレとアレ
いや もしかして
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さかあがり
ハトが回転する
草が糸のようになびく
さかさまになった細胞が
あわてて水溶液を逆流させる
くるんとむいた実は緑
ポケットから匂い玉がこぼれる
支えはいらない
必要なだけのはかない腕力
髪の毛がとんがる
コウモリの耳になる
もう少しこらえて
太陽の背中が見えるまで
閉ざされた球体の
その外側へ向かって
きりもみしながら
舞い散る白い紙吹雪
乱暴な蹴り足
月着陸の制御はまだできない
一番軽い体で
一番高い空へ
宇宙に触れ!
放り投げたリンゴ
鮮やかな意識
どんな思考よりも
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子どもの熱量
大人が重ね着をしているそのそばで
半袖のままで出かけてしまう
雨に降られても急ぎもせずに
わざと水たまりをはね上げて
むきだしのうぶ毛とまる水滴
ゼロか百か
飛び出したら意地でも戻らない
恐るべし子どもの熱量
迎え撃つエネルギー
燃える地金を
柔らかい皮膚で包んで
息の白さも
湧き上がる蒸気の色にしてみせる
上着はカバンに突っ込んで
受け取らなかった傘を後悔なんてしない
サッカーボールをけり上げる
水たまりの向こうのたるんだ蜘蛛の巣
温めたがる手を攪乱しながら
確かにそうだった
思い出そうとして頬に手を当てても
たぶん0.5度は低い血の温度
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グランドピアノの下で
ほこりまみれですべりこむ
黒く光ったグランドピアノの下へ
頬杖をついて腹ばいになった
隣り合った少年の淡い巻き毛
いつも斜めから見透かすように
ダンボールで作った森が
少しずつ前のめりに傾いていく
根元からいくつにも分かれた影
私は場所を探そうとしている
あるいは一つの情景
夢を遠巻きにして
追い詰めようとした場面を
布と綿で作った尻尾を振り振り
ばたばたと駈け出していく
重なりあった照明
一緒にくすくす笑いながら
裏側にめくれた心
素直を装った瞳で
観衆をさかさまに眺める
張り上げた声はぼやけていく
少年は私の隣で
尻尾をそっとはずした
誰にも見られないように
ナイフの準備はできている
頭の上から
最低音が降ってくる
息をこらしてうずくまる
いたずらな目配せを合図に
さあ 最後の出番
乾いた尻尾を置き去りにしたまま
揺れている幕の後ろから
冷たい裸足で駆けだしていく
生き返った子ヤギは
ばらばらに散っていった
森は静かに閉じていく
少年の尻尾はどこに?
暗闇の中の観衆は何も知らない
グランドピアノの下にはもう
別の子どもが腹ばいになっている
別の尻尾をつけて
ほこりまみれの夢は
あれからずっと
群れの中に帰っていない
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子どものころ兄がくれた二枚のクリスマスカード
そのうちの一枚、青いカードについて
黒ずんだ木の机の一番下の引き出しにしまってあった
慈善の名のもとに作られたカード
横長で大きめの白い封筒の中には
銀の星々 雪明りの森にたたずむ古びた教会
私はその頃 たった一人の大切な親友を持っていた
私は青と白と黒の太い斜めのストライプの入ったマフラーを首に巻き
彼女は黒味を帯びた赤薔薇のようなコートを身にまとい
悲劇的な物語を作るのに夢中だった
大人になっていくことに意思的な抵抗をしながら
深い夜の森に雪は沈んでいく
誰も聞くことのない鐘の音が響く
さんざめく星々の下に一人の神が誕生したとしても
その光はまだ幸福になれるかどうか分からなかった
月はいつも淋しい横顔をして朝の方へ歩いていく
閉ざされたまま世界は構築されていた
窓を内側からあたためて そのあたたかさが逃げないように
戸口に番を置くのを忘れなかった
彼女は赤薔薇のようなボタンを私に握らせて
私は星々が輝く青いカードを彼女に差し出した
銀色の粉が一面に振りまかれた青い夜
細く高い犬の鳴き声が遠くから聞こえる
白い雪に塗り込められた教会は十字架だけを強く輝かせ
誰も入り込めない夜にたたずんでいた
物語のノートは鉛筆の字で汚れていった
私にはある瞬間から
そのノート以上に大切なものはなくなっていた
賛美者は私からそのノートをいつも奪いたがっていた
彼女の手には
銀色に輝く青い夜のクリスマスカード
私の手には赤薔薇のようなボタン
身代わりのように
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子どものころ兄がくれた二枚のクリスマスカード
別の一枚、オレンジ色のカードについて
黒ずんだ木の机の一番下の引き出しにしまってあった
慈善の名のもとに作られたカード
横長で大きめの白い封筒の中には
赤々と燃えた煉瓦作りの暖炉 天井まで届きそうなクリスマスツリー
父は新しい家の間取り図に 同じ日当たりの縁側を描き込み
母は窓際で内職のミシンを踏み鳴らす
ねむの木の枝にぶらさげられたブランコは揺れる
葡萄棚の向こうから射してきた夕暮れの光
汚れたおもちゃはみんな捨ててしまった
何が大切だったのか分かりもしないうちに
私はその頃 一人の少年のことばかり目で追っていた
少年はトランペットの入った黒いケースを片手に練習の教室へと急ぐ
目じりのほくろさえ秘密の座標にして
廊下ですれちがう一瞬だけで私は少年のすべてを学んだ
その冴え冴えとした魂の色をも
暗い部屋の暖炉に赤々と火がくべられる
クリスマスツリーにつるした金色の楽器のオーナメント
描かれた香りが果物皿の上で混じり合う
豪奢にしつらえた席にたった一人の招待客はまだ姿を現さない
パーティーは動き出さない 舞踏曲はもう流れているのに
暖炉の上の大時計
ケーキとシャンパンと湯気のたつ御馳走と
火が燃え尽きた瞬間にすべて消えてしまうまぼろしを封じ込めた
オレンジ色のクリスマスカード
少年は少年のまま 冷たい唇のまま
暗い部屋の片隅に灯された一本の蝋燭ほどに光ひろげ
その光の中で
私は少女のまま 短い髪のまま うとうとと眠り続ける
むきだしの魂を隠そうともせずに
父は新しい家の間取り図に 同じ日当たりの縁側を書き込み
母は窓際で内職のミシンを踏み鳴らす
ねむの木の枝にぶら下げられたブランコは揺れる
葡萄棚の向こうから射してきた夕暮れの光
無傷な夢を見ていた
遠ざかるほどに清められていく聖なる夜に
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プレゼント
魔法はまだ続いているの?
店々に並んでいる新しいおもちゃ
子どものために選ぶプレゼントは
自分がほしかったプレゼント
もう寄せ集めの安物では
物足りない
気に入っても
気に入らなくても
プレゼントはそれっきり
サンタさんのお見立てに
ちょっとばかり間違いがあっても
あげることよりも
もらうことよりも
もしかしたら
選んでいる時が一番楽しい
君たちへのクリスマスプレゼント