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第7詩集 ケン玉の情熱


流れる

揺れている振り子の落ち着き

すべりゆく星の熱情

まわりまわる水流の悲しみ

砕け散った宝石の晴れやかさ

私はそのすべてであり

一部分であり

届こうとする力の矢印に従って

瞬間ごとに表情を変え

絶えず流れていくものである

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ケン玉の情熱

咲きかけた木蓮の花 白い花

昨日 鳥が蕾をついばんでいたが

晴れた日には咲くことができそうだ

透けていきそうな白い花 木蓮の花

ケン玉がうまくなりたかった時と

同じくらいの情熱で

私はカメラのレンズを磨く

君を撮ってあげる

一番面白い顔を

若葉には早く

わきあがる薄桃色の陽炎

電線をわずかに揺らしていく

ケン玉がうまくなりたかったのは

ケン玉の大義名分を数え上げるためではなく

単純に お皿にのっかった感触が

ただ好きだったから

裂きかけた木蓮の花 白い花

その先で春が終わろうとも

君を撮ってあげる

一番馬鹿みたいな顔を

何の役にも立たないっていうことは

とても大事なことだろう

計算されたわけでもないのに

得をするわけでもないのに

咲きたくてたまらないわけでもないだろうに

木蓮の花は知らぬ間に白くにぎやかに咲いて

君を撮ってあげる

一番滑稽な顔を

一番うれしい顔を

少しはさびしい顔を

いつまでもケン玉のリズムで

とまらずにつなげていこう

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居眠り

通りすがりの家の垣根からはみ出ている

キンカンの黄色い粒々の見事さを

見上げて立ち止まり

心から褒めながら

振り返ってはまた褒める

子どもと一緒なら

どんなに後れをとっても平気だった

枝を摘まれすぎた梅の木は

もう今年は咲けそうもないしょげ方で

田んぼの真ん中に立っている

ああ かわいそうだね 来年は咲けるかな

そう言い合える優しさにほっとする

分析も鑑定も受け付けないほど大雑把に

すべてを丸呑みにしてあげるから

十二羽も群れて泳いでいる鴨

欄干から身を乗り出して 呼びかける

戻らない真昼の時間に

悪態をつきあえるうちが花

いつかその思いっきりな泣き顔も

後ろ向きで隠すようになるのだろう

おいしいパンを買って帰ろう

どこかの空き地で食べてもいいさ

座り心地のいい切り株のある場所を知っている

もっと隙だらけでいてあげる

肩にもたれて居眠り

うっかりよだれを垂らして

ごつんとぶつけた頭を笑い合って

ゆっくりまわっていこう

時計もない 小さな歩幅の小さな散歩

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シクラメン

JAの駐車場いっぱいに

鉢植えのシクラメン 

一足はやく流れ出た春のピンク

道路を隔てたファミレスから

そちらの方ばかりながめていた

子どもたちは

ハンバーグとチキンが大好きだ

ということは

おせちなんかは食べやしない

いつも通りの買い物に

ちょっとは

古きしきたりに則った彩りを加え

年末はどこのお店も混んでいる

スパゲッティーはまだかな

ピザも食べてみたかったな

子どもたちは外で食べると

家で食べるより二倍も食べる

お野菜の端くれは

パパとママのお皿の上に

何食わぬ顔でひょいと

それにしても

見事に並べられたシクラメン

お正月には

どのご家庭にも一鉢とでもいうように

どうやら無事になんとかここまで

ささやかなお祝いは

年末にこそ

バトル鉛筆を転がして

明日のヒットポイントを比べ合おう

見ないふりをしていたけれど あちこちで

お正月へと期待は高まっていく

たとえば

ガラス磨きをしている人の

危なっかしく乗り出した半身なんかに

ジュースを飲んで

お水も飲んで

もうおなかいっぱい

駄菓子屋にぶら下がっていたあて袋の中身は

羽根を広げた丹頂鶴のカード

いい枝ぶりの松の木をバックに

JAの駐車場いっぱい

冬を追い越してきたピンク

ちゃんと見ておいてよ

いつか遠い先に

思い出すかもしれないピンク

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散歩する足音

ハンバーガー店で少女は

精一杯の笑顔を売り続ける

はじめてパート勤めに出た主婦は

おろおろしながらレジを打つ

木材を肩に抱え上げた工事人は

白い息を首筋に巻き付けてゆっくりと歩き

携帯電話を耳に当てたサラリーマンは

信号に向かってしゃべり続ける

道端で首を縮めたタンポポ

そのそばで

咲き始めた白い水仙

無意味さを振り捨てて

立ち上がるめぐりに立ち

散歩する足音を

おなかにまで響かせて

生まれようとするものに

そのリズムを教え聞かせる

私は全部見てきたのだ

健やかであろうとして

探り寄せるそれぞれのリズム

望む方向に向かおうとするスピードで

太陽は確実に動いていく

叫びが似合う者は叫び

沈黙が似合う者は沈黙している

呼応する規則性を乱そうとしながら

階段をのぼり 階段を下り

出会った人とあいさつを交わす

新しいリズムをたたきだす

まずはこの散歩する足音から

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どの花が咲き

どの花が散ったのか

隣あう花

明日咲くであろう花

今年の花と来年の花

それらの違いを

私にははっきりと区別することはできないが

子どもたちよ

君たちの咲き方の一部始終は

ちゃんとわかっている

色と香りの

移りゆく段階について

花弁の揺らぎ

か弱そうでいて

真っ直ぐに立ち上がろうとしている

その思いがけない力

再びは繰り返すことのない

たった一つの咲き方を

全体の中から取り出すことなく

はっきりと区別している 

記憶し続けている

手をつなげばくすぐったい

そのくすぐったさも

花の傷つきやすさのように

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戦う意思

裏道にとめられた自転車のかごの中で

耳までふるわせている裸のチワワ

ちょっと先の日向では

黄色い蝋梅が道なりに

歯切れのいい香りをまき散らしている

無尽蔵というわけにはいかなくて

あちこちから力を借りてまわる

誰かのよくできた詩集に

思わず余計な差し出ぐちを書きこみ

酸っぱく尖った批評で殴りこむ

してみるとまだ

戦う意思は残っているらしい

使命とまでは振りかぶらないが

ひとつの傾向として

そこにとどまり続けるだろう

覚醒のための小細工

猫の寝床にネズミの隠し玉

そんな程度の茶目っ気でよければ

言葉の形に変えて

いつでも差し出してあげよう

見えすぎるほど

丁度いい陽射し

おかげでこの頃は

一人でいても大勢でいても

ハイビジョンな夢を見ている

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バーチャルリアリティー

ON

生の脳味噌を電脳へと切り替える

鋭く耳を立て

キャッチする電子音

セットアップ

ショートカットキーで

液晶の奥へとワープしていく

マウスにアイコンを食べさせ

急降下 夏の海中林 

右手の動きに従って

望みどおりに現れる魚影

計算され尽くした進化

瞳が認識し得るスピードのぎりぎりを

冷静で確実な増殖

すべてをつまびらかに

水の命は膨れ上がっていく

歩きはじめる熱帯魚

手を汚さない支配

実体のない死

記憶容量は

はるかに人類を越えて

プログラムされた回路に

踊らされていく

果てのない海中林

あてどない探索

記憶の森の方角へ向かって

バグに食い荒らされそうなエサを

ふんだんにまき散らしながら

いつでも片手で

OFF

神の遊びのように

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黒い軍艦

やがて黒い軍艦の上から

赤い朝日がのぼる

癒される側ではなく

癒す側となって

契約は

鋭く光る雲の縁を

滑らかにぼかすことから始まる

茶色がかった風景の広がり

両の手で 落ちかかるぬくもりを

すくいあげる

導かれていくような

鉄橋の曲がり具合

感情の近似値に添うことは

必ずしも正解ではない

否定と共生する肯定

雲の乱れのように

打ち消し合って

霞も靄も残さない

やがて黒い軍艦は

無音の砲を打ち鳴らし

斜めに降下していく

受け入れる

受け入れられるためではなく

突き崩す

黒い軍艦の推進力で

力強くもなく

傷を隠しながら

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古いアドレス帳

友人たちの住所を

地図の中に点で示し

そこから欄外まで線を引いて

電話番号をも書きこんだ

訪ねていくことも

電話をかけることも

めったにありはしなかったが

そこに彼らがいるというだけで

一人の夜の思いは和らいだ

学生時代の古いアドレス帳

その住所に

誰も長く住み続けることはできない

風呂屋の高い窓から先に暮れていく黄昏

さびれた蕎麦屋で読んだボロボロの漫画本

本当は知っていた

あの時の微笑みながらの「さよなら」は

もう二度と会わないかもしれない「さよなら」

それぞれに選んだ未来

Aはαに βはBに

いさぎよく糸を切って

たぶん今 話題にできるのは

倫理学でも詩学でもなく

ここにたどり着くまでの

曲がりくねった地図上の線

最良の結果として

最良の場所にやっと腰を落ち着けて

半分忘れかけた名前

年賀状を書く時だけ

取り出して懐かしく思い返している

(誰かの古いアドレス帳の中に

安らぎとしてあったかもしれない

私の名前と住所)

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美しいものを見た

一羽の鳩を見た

川へ雑排水を落とし込む宙ぶらりんの穴の中で

目を閉じてうずくまっていた 羽を逆立てて

斜めから夕陽が当たって

胸の鳥毛が赤紫に照り返していた

それだけの色ではなく

青にも黄色にも碧にも

不可視の色彩まで

すべて散光して見せていた

柿の木の下に

魚の背骨が転がっていた

野良猫に念入りにしゃぶられて

象形文字のように

細く地面にはりついていた

精緻な意匠

触れられることを恐れ

落ち葉の重ささえ支えかね

いっそ壊れてしまいたがって

あなたは今日どんな美しいものを見ただろう

あなたの語る山も川も木々も花も

私の知る山も川も木々も花も

おそらくはそれぞれに違い

触れ合うと同時に離れあう

ゆるやかな双曲線のように

行先の違う線上で

それぞれ違うものに心惹かれ

昔 鳩を飼いたかった

その鮮やかな胸毛ゆえに

昔 白い骨の一片を夕陽にかざした

その清浄な響きゆえに

私の美意識は今もその辺りに漂っている

あなたは私にどこまで近づいてくれるだろう

私はあなたにどこまで近づいていけるだろう

意味のある差を

そのまま差として保ちながら

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名前

命じられる

ここに魚の絵を描けと

どんな絵がよろしいでしょうか

それはおまえの好きなように

では好きなように

無意識の中の意識

眠ってしまいそうに集中して

一匹の跳ね飛ぶ魚を描きあげる

魚の上に濃紺の網の目をかぶせて

陶器の壺の上絵とする

よし これでいいだろう

では他のものにもこれと同じ絵を

承知いたしました これと同じ絵を

能うかぎり完成された姿であるように

やわらかく流れ出す姿であるように

願った筆の穂先は

どこまで誠実だっただろうか

正義に近い意義

ふたつの名前を持つ濃紺の魚は

ふたつの影に引き裂かれ

網の中でもがいている

淡くにじみながら

取り引きの場所には

ほころびかけた祝辞が並ぶだろう

ゴーストの魚は口を閉ざしたまま

法外な値札を掲げているだろう

命じられる

ここに鳥の絵を描けと

どんな絵がよろしいでしょうか

それはおまえの好きなように

では好きなように

無意識の中の意識

眠ってしまいそうに集中して

小枝にとまる三羽の雀を描く

雀たちに冬の薄日を降りかからせて

陶器の盆の上絵とする・・・

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生身の言葉

脳味噌から出っ張ったねじを締めていく

ねじ穴をつぶす限界まで

キシキシと回し尽くして

もうびくとも動かない最後の力

分かっている

それ以上回したら

脳味噌が噴き出してしまう

それもまた狙い通り

湯気をほかほかたてて

真っ先に噴き出すのは

きっと目立ちたがりの言語中枢で

体裁の枠を外された勢いのままに

生身の言葉を吐き散らすだろう

血をしたたらせながら

脳味噌の良識

ねじの締め加減は

人それぞれというわけで

限界基準を越えて

犯罪に近い善がまかり通る

思慮深い親切顔から

危険きわまりないダイレクトなストレート

さて この辺で

ねじを回し切って壊してしまおう

飛び出したほかほかの言語中枢

血のしたたる生身の言葉を振りかざし

狙いをつける・・・・・・

そこまでだ お遊びは

苦笑いしながら包帯を巻きつける

最低の語彙だって

うまいこと料理すれば

おいしくいただけるというものだよ

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澄む

上澄みだけを

注ぎ入れる

明るい半分だけを

切り取っていく

ヘドロにまみれた片手は

後ろ手に巧妙に隠して

表しすぎてはいけない

重いものは

その重さのままに沈ませ

かき回してはいけない

吐き出して

軽くなるという

たいした内容もない

吐瀉物なら

毒で色づけられた感嘆

それはたぶん

私の領分ではない

蒸溜を繰り返す

完全に色を消すまで

あやしむ隙さえ与えず

結果だけを済ませて

花の香りに似せれば

飲み干すことを

毛筋ほども

ためらわない

正統でもなく

少しねじれながら

ぎりぎりの濁りの近くを 

ただよっていく

たゆたいを

なだめながら

ずる賢く

澄んだ領分にいて

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