第35詩集 10×14の試み
産経新聞「朝の詩」に投稿した作品。1行10字、14行以内。
発見
気紛れに
トイレットペーパーの
芯を解体したら
平行四辺形だった
平行四辺形を
こうぐるぐる巻いて
ロールの芯
ちっぽけなものにも
深遠な思想がある
ひとしきり感心しつつ
私はトイレの中で
哲学にふける
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流れる
揺れている振り子の落ち着き
すべりゆく星の熱情
まわりまわる
水流の哀しみ
砕け散った宝石の
晴れやかさ
私は
そのすべてであり
一部分であり
届こうとする力の
矢印に従って
瞬間ごとに表情を変え
絶えず
流れていくものである
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苔
どぶ板の縁から
はがしてきた苔を
小さな盆栽鉢に植えつけて
朝に夕に
夏から秋へ
見守っているうちにも
鮮やかな緑から
茶色に
また緑に
こんな小さな鉢植えの中にも
繰り返される
死と再生
水と光と夜の時間
小さな森が
小さく茂る
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お盆の頃
姉弟が
玄関口にかがんで
数年振りに
線香花火をしている
子供時代を過ぎ
それぞれに
痛みと
弱さを知り
秘めて
二人 はしゃぎもせず
淡々と
線香花火をしている
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夏休み
乾いた道を歩いていて
なぜかとても
好きな匂いがして
それが何の匂いなのか
言い表すことは難しいのだけれど
古い縁側や
草いっぱいの庭と
深く関係あるなにか
とどめることも
つかむこともできない
何か懐かしい匂い
思わず探してしまう
遠い夏休みの森の方を
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猫に習う
時に大けがをしても
外に出ずにはいられない
それによって寿命が
縮んでしまうとしても
戻れない時間ならば
無茶を承知で
鮮やかに生きる
くぐり窓の向こうに
いつも輝いてい風
行かせるしかないのだ
私もまた
閉じ込められない猫だったから
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無意味の意味
私はアリの生き死にに
何の関心も持たない
時折 気紛れに
たまり水の中から
救ったりはするが
裁きも 救済も
計画されたものは
そこには何もないのだ
全くあきれ返るほど無意味に
アリは生きたり死んだりするのだ
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かやつり草
かやつり草が
生えていた
ずっと昔の帰り道
幼い君が
おしっこしたいと
言い出して
それじゃあここでと
みつけた空き地
同じ空き地の
同じ隅っこ
同じかやつり草が
生えていた
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背が高い
私は背が高い
小学生の頃は
ジャイアントババ子と
呼ばれていた
今でも物干しざおに
よく頭をぶつける
友人と並んでいたら
雷もきっと
私の方に落ちる
かがむように生きてきたが
もうそれもやめにする
見上げんばかりの
年寄りになってやる
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姑の介護
やさしい感じに
老いていく
もっと業突く張りに
生きてくれても
よかったのに
病院で
娘さんですかと
訊かれることが
重なって
もう
あなたの娘でも
いいかなと思う
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鳥屋に入る
鳥屋に入る
という言葉がある
鶏たちは
うずくまって
身動きもせず
その時を過ごす
鳥屋から出たあとには
卵がうまれている
羽が抜け替わっている
鳥屋に入る
悩むためではなく
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桜色
白く
洗い上げられた
頭蓋骨に
粘土で
復顔したとして
そこに
ほほえみは
写し取れるのか
ある日の
輝ける瞳なども
ほほをつねる
骨がまとう感情が
まだやわらかいうちに
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犬の鼻
たくさん
毛布を入れてもらった
犬小屋の中に
犬の眠りの中に
春は来ている
季節の端から
溶けていくもの
風の冷たさも
花の香りに
置き換えられて
犬の鼻が小さく動く
明日の朝は
もっと桜色になる
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遠くの桜
朝 いつも渡る小川に
花びらが一面
浮かび流れていた
細やかな白い点描
川の上流のどこかで
わずかに吹く
かわいた風によって
思い浮かべる桜景色は
晴れ渡る若い日ばかり
考えもなく
咲きこぼれて
同じように急ぎ
同じように舞い飛んで
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脳をだます
同時に二か所は
痛みを感じない
そんな話を
聞いたことがある
あながちそれは
嘘ではないと思う
膝の痛みが
知らぬ間に
足の甲にうつっていた
脳はあちこちの痛みに
対応できない
脳はだませる
そう思うことで
しのげる苦痛も
あるに違いない
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天は
「何のお役にもたてなくて」
申し訳なさそうに
何度もそう言われた
「お気になさらずに」
取り残された私は
少し腑抜けた薄笑い
大きな雲が湧いていた
(天は自ら助くる者を助く)
そんな諺が
久々に甦る
うろ覚えの英文で
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退治
蚊を退治するのだ
と言って
夏の庭の真ん中に
黒い装束で
中腰になって立ち
自らをばしばしと
叩きまくる母親の姿を
後々の語り草に
してもらいたいのだが
子どもらは
だれも見ない
まちがえて
コバエをたたいた
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裸
何気なく
単行本の
皮をはいでみたら
中から
思いがけなく
お茶目な絵柄が
現れた
ほほう そう来たか
気づいても
気づかれなくても
装丁の妙
今後は
すべての表紙を
むかずにはいられまい
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雨
梨の実に
袋がかけられ
秋まで
誰にも見られずに
少しずつ
ふくらんでいく
袋は
初夏の雨にぬれ
梨の実は雨を知らず
袋は
汚れながら
秘密を守る
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うつむいて
女子高生がひとり
うつむき
たたずんでいる
駅へ向かう道の途中
片隅に落ちて
踏まれそうな
白い花のように
そこに
悲しみの要素を
見そうになる
たぶん
携帯をいじっているだけなのに
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共に眠る
朝 目覚めて
布団の足元に
猫が丸まって
眠っているのを
見たときの
やすらかな気持ち
墳墓の中で
共に眠る
音もなく
光もなく
寝息だけを
結び合わせた
殉葬者たちのように
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長い影
斜めに落ちてきた
日の光に照らされて
休日の父子は
町はずれの小川で
ザリガニをさがす
呼びかける声
まぶしい笑い顔
少年は
いつか記憶の中に立つ
若い父が掲げたバケツ
思い出は あの時まだ
始まってもいなかった
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それでいい
その時
そうしようと思い
それが正しいと信じ
そうしたならば
あとでそれが
間違っていたと
わかっても
それは
そうするより他
なかったのだ
さあ
考え込むのはやめて
プリンでも食べよう
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穏やかな人格
穏やかに
流れ行く人格の中で
一切の物音は静かに
柿の実はやわらかに
瞳の奥の情緒は
ナイフのように
看破することを
とうの昔にやめ
蜘蛛の巣の中心に座り
眠りそうになりながら
あたたかな
布音に包まれている
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晴れの日和
一匹のアリの精緻
追いかける目は銀色
迷宮に入り込み
剣を光らせれば
ダンゴムシの甲冑
太陽の下に
立っているだけで
喜びの王国が
築かれるような気がしていた
そして
蝶々の舞踏
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しょうもない
夫は
小学校に勤めているが
「性教育」のことを
「性生活、性生活」と
気づかずに
連呼してしまった模様
同じ日
私はテレビで
ショウガの成分の
「ジンゲロール」を
「チンゲロール」と
聞き間違えて
ひとり大爆笑
私たち 期せずして
いいコンビの下ネタ夫婦
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鏡
小さく目立たぬように
生きてきた私だが
だれかの心を
天国に引き上げ
そして
地獄にも
落としてきたことを
平明な鏡の中に思う
洗い髪を
乾かしている
ふとそんなときにも
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白と黒
カラスと白鷺が
一本の電線の上に
隣同士で
とまっている
カラスは
落ち着かなげに
しきりと鳴いて
白鷺は
知らん顔して
黙っている
同じ高さに
白と黒
気まずいながらも
均衡している
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バスに乗って
バスの中を
タンポポの綿毛が一本
奥の席に向かって
飛んでいく
一緒に行こうか
坂道の上の
丘の街まで
君は
草いっぱいの
遊び場を探しに
わたしは
車椅子の少女の
赤いほほを見に
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昔の靴
久しぶりにはいた
昔の靴の
底のすり減り方に
正しいと思った日々の
間違った歩き方を知る
それていった道で
いくつ小石をはじいたか
入り込んだビルで
どれだけ
階段をのぼったか
堅かった靴音も
すり減った分だけ
くたびれて
穏やかになる
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長い祈り
神社の前で
いつまでも祈る人
その足元で
うずくまる黒い犬
待ちくたびれて
もじもじと座り直す
鼻をなめて
頭をかいて
ぶるっと震えて
ねえ まだですか
ご主人は頭を垂れて
動かない
長い祈りのそばで
黒い犬もなぜか哀しい
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元気
スーパーを出たら
黒い雲が
垂れこめていた
時々会う人に
お元気そうでと
声をかけられ
いやいやどうも
あなたこそと笑い合う
元気そうに
見えているなら
それはそれでよい
夕暮れ迫る曇天の空
家には私を待つ
寝たきりの人がいる
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悲しむ気持ち
弟が死んだというのに
ちっとも悲しくないの
そう言って
ほほえみながら
いぶかしむ姑
年をとって
悲しむ気持ちが
薄くなる
それはきっと
いいことでしょう
涙もなく平らかな
葬送の朝
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足と手
車椅子を押す手に
春の日差しは
淡く降り注ぎ
その光は
どこかで香る
黄色い蝋梅の花たちと
細く紐づいている
急がない踏切の前
矢印の方向から
来て去るものの行方
声すらも失くした
その肩にてのひらを
せめてわずかでも
命を注ぎ込みたくて
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食べ物ではない
食べるものの乏しい
この時期
カラスたちは
物置脇のゴミ袋まで
猛然とつついてしまう
しかし残念なことに
中身は使用済みの
紙おむつだ
さてさてこの量を見よ
それは一人の人間の
命の営みを証するもの
散らかった白いパルプ
カラスも明日は
間違うまい