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第34集 夕焼けの実証


国語教師

何かのきっかけで

国語の教師になっていたとしたら

私は毎授業 詩をひとつずつ

読んであげていただろう

ほとんどの生徒は

きっと馬鹿にして聞き流し

何の思いも残さない

しかし 

一人ぐらいはいるだろう

詩とつながる運命をもった

かなしい子どもが

その子どもは

春風や小川の流れや

立ち木の姿に

いちいち心をとどめてしまう

ながめずにはいられない

時や空間や感情の隙間を

生活の営みとは程遠い

無益な けれどあまりにも深い

意識の囚われ

ふと気づけば

白い紙面に向かって

吸われるように時間は奪われていく

言葉という方法でしか表せない

天国または地獄

もし私がそこへ導いてしまったのなら

それはその子どもに対しての

私の罪になるのだろうか

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夕焼けの実証

夕焼けがきれいだ、と呼びかけられれば

私は何をしていても手を止めて

そちらの方をながめやる

共に見る夕焼け

同じく、きれいだと

私は言うだろう

こころの化学変化を

実証する術があるなら

数値によるデータで

指し示してみよ

西の果樹園の上

わずかな紫の広がりは

あの秋の終わりごろには

目をやることもできないほどの

さびしさだったではないか

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ワープロの寿命

十数年使ってきたワープロが

いよいよ寿命が尽きてきた

液晶の画面が

ちかちかと明滅を繰り返す

キーを押す音しかしない静かな機械

じっと口を閉ざしてはいたが

私の頭脳よりもはるかに多くの言葉を

確かに秘めていた

言葉を組み合わせ

入れ替え

並び替え

それなりに悩み滞った指先

そんな風に生み出した文章でも

ワープロの内側から見れば

児戯のたぐい

まだまだ修行が足りない

といったところだろう

表現の可能性の最果てを

私はまだ見ていない

もちろん

とうとうワープロからも

聞き出せずじまいだった

私の脳の中にインプットされている言葉は

年ごとに減るばかりだ

ワープロは使用文字域の少なさに

不完全燃焼を起こして

半ばくすぶりながら

静かに息を止めそうに……

しかしまだだ

まだ死なせはしない

取り戻すべきものを前にして

ワープロのため息に耳をすましながら

私はまだ

ほつれかけた言葉の網を

繰り返し遠くに放ち続ける

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ヒトとして

最古の人類骨格が

エチオピアで発見された

四四0万年前の猿人

女性の「アルディ」

歴史の教科書で

最古の人類は

アウストラロピテクス

と習ったのは

いつのことだったか

「なんで進化なんかしちゃったのかなあ」

娘はインターネットのニュース画面を見ながら言う

「脳味噌三百㏄のままでよかったのに」

ヒトとして

人は

何を獲得し

どこをどう歩んできてしまったのか

ヒトがチンパンジーのままで

地球がジャングルのままで

木の実や葉っぱを食べて

ただ静かに生きている

そんな世界もあり得たのだろうか

ヒトが動物より生きることを苦しむのは

未来を感知する能力があるからだという

「サルのままでよかったのに」

そう嘆きながらも

美しい洋服を買い

凝った料理を食べ

新しい場所を旅する

未来に待ち受けるものを

心の底に沈めながらも

ヒトとして

今日もふとしたきっかけに笑う

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二十歳の雪だるま

明日 雪だるまを作りたいと

二十歳の息子が言っている

まだそんな気持ちを持っている

真夜中の雪は密に降りつのり

たちまち夜全体がほの明るくなる

そして朝

物置小屋の前に

いつのまにかできている

あちらの公園の片隅には

どこかの子どもたちが作ったちょっと汚れた雪だるま

うちの物置の前にたたずむのは

つるつるに磨かれた真っ白な雪だるま

二十歳としての

きっと真芯の方まで真っ白な雪だるま

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鳥に託す

昨日

通りすがりの垣根に

からすうりが赤く色づいているのを見た

あなたはもうそれを見ない

たとえば今日の私の

髪の短さなども

果たされない予定も

今日の空の眩しさに紛れてしまう

あなたは何かにつけて褒めてくれた

こんなに短くしてしまった私の髪のことも

一目見たならば

困りながらもたぶん

見事な としか言いようがないあなたの去り方

悲哀を感じさせる隙も与えず

夏 会えずにいたその短い休暇の間に

まだお返しができていない

あなたに向かって準備していた褒め言葉は

秋空を行く渡り鳥の群れに

託すしかなく

ああ

あなたがいてくれたなら

淋しい失敗に悩む日も

笑顔で褒めてもらえたのに

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三十年後

えてして人は

つらいことがあった時も

ちゃんと立って

普通の顔をして歩いているもので

そうそう大げさに

倒れ伏したりはしない

いつも笑顔だった学生時代の友人が

密かに

大きな恋の悲劇に見舞われていたことを

三十年近くたって知らされたりする

人は静かに乗り越えていく

その多くは秘めたままで

彼女はほほえみながら立っていた

私もほほえみながら立っていた

太陽が光尽きて落ちてきた日も

つらかったと告白するのは

三十年後 ふとしたよもやま話のついでに

そしてその時にはきっと

何がつらかったのかすら

随分とあいまいになっているに違いない

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嵐が来て

台風のような

激しい風雨で荒れた夜が明けて

すごかった 怖かった

眠れなかったと

人々は口々に言い交わす

その中で

表現の素材を得たとばかりに

子どものように

五感を大きく開放する人もいる

あの人もまさしくそんな人だ

嵐の中を

嬉々として出ていきかねない

そして ずぶぬれになりながら

詩がひとつ書けましたと

満足気に報告してくるのだ

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コロッケと夕焼け

仕事の帰り道

だいだい色の雲の切れ端が

空いっぱいに散らばっていた

久しぶりに見る見事な夕焼け

雲の写真を撮ることが好きだった娘に

伝えなくちゃと思って

空を見ながら自転車を強く漕いだ

家に帰ったら

娘は台所で揚げ物をしていた

おいしそうなクリームコロッケ

にんじん天やアジ天も

すごいねえ いいねえと言いながら

食卓に並べるのを手伝って

ついでにつまみ食いをして

あ そういえば夕焼け

二人で西の窓に駆け寄ってみたけれど

もう夕焼けの色は

何も残っていなかった

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おいしい料理

キーマにケララに

ドライカレーにタイカレー

私が作ったこともないカレー料理を

今は楽しげに娘が作る

エネルギーに満ち溢れた若さは

見知らぬ香辛料をも

ダイナミックに使いこなす

微積分された隠し味

もう私は手を出せない

口も出せない

「おいしい!」と言って

感心しながら食べるだけ

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完成

書き直せば

もっとよくなるのかもしれない

というような詩句があったとしても

私には

その時の完成を

後になって乱すことなどできないのだ

誰かを救うこともあった

何かを誰かの心に残せたと

詩を投稿するごとに思っていた

そう思い込むことで

救われていたのは

私自身だけだったかもしれないけれど

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冷え過ぎ注意

図書館で

若い人が寝息をたてて

ぐっすりと眠りこんでいる

顔の下に両腕をあてがって

犬のように

この冷房の具合では

冷えてしまうのではないか

薄くて短い夏服から

むき出しになっている腕や肩や胸や背中

若いから大丈夫か

でも

タオルケットを一枚かけてあげたい

そう思っていたら

急に目覚めて携帯をいじりはじめる

寝押しの赤いアザが

こめかみのあたりにほんのり

若い人は寒くなんかないのかもしれない

靴下をはきなさい

セーターをはおりなさい

そんな言葉がまるで無用な

夏の体温を閉じ込めた若い体

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近所の子

少年が野球のボールを投げ込んでいる

自分ちの塀に向かって投げ込んでいる

晴れの日はもちろん

雨の日も合羽を着て

学校から帰るとすぐ

休みの日も

もう何年もそうした姿を窓から見ている

跳ね返るボールの音も

次第に強くなっていく

近所の子は

知らぬ間に大きくなっている

日々の生活には

泣いたり怒ったりもあるのだろうが

そんなことはまるで見えないので

ボールの音は規則正しく

それを聞く耳には邪推もなく

今日も夕暮れまで

窓の外に淡々と

密かに見守られた時間が流れていく

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猫の不思議

桜の花びらの形のように

先っちょを

ざっくり噛み切られた片耳を

きっちりと立てて

猫は今日も

負けん気のパトロールに出かけていく

あの一回りも大きい真っ白なボス

出会ってしまったなら

受けて立つ

そんな気持ちも

分からぬではないが

傷口の化膿の痕が

いつも心配だ

膿が出た後

皮膚にばっくり大穴があく

それでも全然平気な顔

猫の不思議と奇妙

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池の中

池の中を覗いていた

ぬるんでもやもやした水の中を

いつまでも覗いていた

白いメダカの群れが

ピっと弾けながらもぐっていった

いろんなことを忘れてしまった

昨日 見知らぬ幼児を抱き上げたとき

ちょっと思い出した

蒸しケーキのようなふわふわのほっぺに

毎日のように触れていた日もあったことを

春は桜色でよかった

訣別の蒼色 葬列の黒色 失意の灰色が

避けがたく混じっているのだから

春は薄青くなくてよかった

寒くなくてよかった 

池を覗いていると

こんな時一緒に池を覗きこんでくれる幼児が

そばにいてくれたらいいのになあと思う

「メダカさん いっぱい あそんでいるね」とか

「もぐっちゃったね」とか

きれいな目をしてかわいい声で言うのだろう

時が流れて いろんなことを忘れてしまった

つまらないことが降り積もってしまった

どんなことでも

ちゃんと覚えていてあげることは

私のこの脳でしかできないことだったのに

ああ 馬鹿なことでたくさん笑ったね

「ななぐつ」とか「ひままり」とか

「わらいぐま」とか言っていた頃には

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四月も半ばだというのに

もう四月も半ばだというのに

雨音に

尖ったものが混じっている

深夜 眠りの隙間に

時折訪れる根拠のない万能感は

私をして

脳外科医さえもできるに違いないと

思い上がらせる

電動ドリルを握らせてごらん

頭蓋骨を美しい蜂の巣にしてみせる

明日の朝

雪が積もっているかもしれない

四月も半ばなのにと

ニュースは繰り返し言い

万能感のシノニムとしての冬も

終わりきれないままに

今度は私に

哲学の夢を見させるだろう

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土曜日の刈谷くん

良く晴れた土曜日の放課後

机や椅子を片隅に押しやって

教室の床に広げる白い模造紙

ぽっちゃり丸顔の刈谷くん

刈谷君と一緒に作る壁新聞

床に這いつくばって

色マジックで書く学級新聞

ちょっとシンナーの匂い

気持ちのいい土曜日の午後

消しゴムのかすが散らかって

脱いでしまった上履きも散らばって

大きなカーテンがはためいて

太陽の光がゆらゆら動いている

思案しながら定規で線を引く刈谷くん

這いつくばったゆるいシャツから

胸元が見えてしまう

大人のように偉そうだった

編集長の刈谷くん

土曜日の刈谷くんの

幸せそうな丸い顔

きっと私も楽しそうに笑っていた

あの土曜日の

お昼を過ぎたばかりの放課後の教室で

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野川を散歩

「あまえんぼう見つけた」と

たも網を片手に

うれしそうに言っている少年の声

遊歩道を歩きながら

そのそばを通り過ぎながら

それはアメンボでしょ

あははと つい笑ってしまう

こんなよく晴れた日は

サングラスが必要

百円均一のじゃなくて

ちゃんとしたやつ

緑色があふれている川沿いの道から

小さな子どもたちが遊ぶ浅い川を

なつかしく眺めやっている 

同じように夢中になって

同じように歓声をあげて

同じように遊んであげられていただろうか

過ぎ去った日々は

いつもよく晴れた五月の休日のよう

甘い思考の中では

特に何の後悔も思いつかない

夫のリュックに

私の分の荷物も放り込んで

もう対等になろうなんて頑張らない

ゆっくりね もっとゆっくりと声をかけながら

言いたいことを言い合って

ずうっと先の天文台を目指して

二人で初夏の日差しの中を歩いていく

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稲穂

田んぼに水がはいり

緑色の苗が植えられ

広々と涼しくなる

そのそばを何度も通ったね

水の中にゴミみたいな虫がいつのまにか湧いて

泳いでいるのを見て声をあげてうれしがりながら

覗きこんだね

夜中もあり朝焼けもあり暑い日盛りの日中もある

浅い水はすぐに澱んでしまう

潜んでいるカエルも

空が見えなくて浮き草をかき分ける

稲が育ちきるまでの間に

私はきっといくつもの間違った言葉を口にし

いくつもの行動を過つだろう

だってそうするしかなかったからという言い訳を添えて

そうしたら

また田植えの始まる時期から

やり直そうね

少しずつ伸びていくのは君の手足のよう

また何度もつまずいたりすりむいたりしながら

秋の稲穂の間違いのない美しさにまで

たどり着こうね

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真鶴の画廊喫茶にて

あなたがたのためにと

初老の画家が一枚の色紙に

竹の筆で一文字を書いてくれた

あまりに達筆すぎてどうにも読めず

「これは何と書いてあるのかな

雲かな雪かな」とひそひそ話

書家はほほえむ

「それは愛と書いてあります」

愛か

いつもそこら辺にありそうで

うっかりするとすぐに失くしてしまうもの

中年過ぎの夫婦が

大真面目な愛の字をもらって

お互いに照れ笑いを浮かべている

額でも買って家のどこかに飾っておこうか

きっと子どもたちも

雲とか雪とか読んでしまうだろうね

喫茶店の窓からは

海の景色

磯遊びの家族連れがあちこちで

岩場のたまり水を覗きこんでいる

黄色いバケツの中に

この世の宝物のすべてを集めて

遠くはしゃぐ声さえ聞こえてきそうだ

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春風に

このみるみると変わりゆく空気

道路の真ん中で

銀色の空き缶が

カラカラとまわりあう

春風にかきまぜられて

緑の遺伝子が

動き始める

窓を開け放ち

ベランダに座り込んだ少女たちは

知っているだけの

ありったけの歌を歌い続ける

はじめは恥ずかしそうに

そのうち平気になって

ゆるやかに

開いていく桜色の羽

小さな力が

鎖骨のあたりをくすぐったくさせている

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風邪を引いた

喉が痛いぞと気づいた瞬間に

のど飴をなめたり

ビタミンCの錠剤を飲んだりしてみたが

駄目だった

風邪薬はいつも飲まない主義だ

突然鼻水が出て

それによって咳が出て

三十八度まで熱が出て

そうして

三日目に快復した

あらがえない流れの中で

あらがわず寝込んだという顛末

そして数日後

喉が痛み出した娘は

熱も出ず

全く平気だったという事実

快復への流れも

人さまざまというわけで

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風鈴市

首を吊っているみたいと

彼が言った風鈴は

けれど夏風にもまれてにぎやかだ

悲しいイメージ

分かりにくい迷路に入り込むのは

もうよそうじゃないか

自転車を倒して

ハト豆を撒き散らして

少年は参道の真ん中に

足を投げ出して座っている

群れてくるハトを

信者のようにはべらせながら

風鈴の音ひとつごとに

黄昏や憂愁を聞くのではなく

優しい笑みや素直な呼吸を聞こうじゃないか

はだしで水辺を歩くそんな姿勢で

丸く膨らんだガラスの中に

丸い目玉の赤だるま

何百もの風鈴の中から

とりわけいびつな顔を選んで

さあ一緒に帰ろうね

災厄をすべて取り払ってくれとは言わないから

彼の風鈴は

ちりりちりりと

吐息をもらしたそうだが

私の風鈴は

がららがららと

大笑いしそうである

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ガラス細工のフクロウが

黒々とした目を見開いて立っている

今日の占いは確か

「どんな困難も乗り越えていける」

わざわざ占われなくたって

乗り越えていくさ

すぐに動いて

全部片づけてしまった後で

どこに遊びに行こうかと考える

いつもすっきりと何もない空間で

眉間に光る第三の目が

はるか斜め上を見据えている

右の顔が悲しみ

左の顔が怒っていたとしても

この正面の顔だけは

森のように平然としていよう

水晶玉の中ではじける幾百もの未来

どの枝をたどったとしても

きっと後悔はない

肩甲骨を突き破って

千一本目の腕が

今 生えようとしているところだ

ゆらゆらと

うたた寝を支えるだけの役目を担って

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原色

その絵の前に立つと

へこたれる

落ち着かない

逃げ出したくなる

私はたぶん

その絵に挑まれている

その人の前に立つと

居心地が悪い

たじたじとなる

胸がざわざわする

私はたぶん

その人に試されている

近寄ろうとしても

跳ね返される

魂の粘膜を

一瞬でただれさせる原色

甘美な劇薬のような

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はやぶさ

はやぶさが帰ってきた

七年もの歳月

ただ一人

宇宙の只中を

ただ前へと推進し

翼は何度も深く傷つき

止まり木のない海に

落ちそうになった

修復のためのアームは

そのたびに震えながら

ぎりぎりの回路をつないできた

帰らなくてはいけない

それは切なる感情と意思

プログラミングされた数式を越えて

はやぶさは

生命すら身につけ

地球へと滑走する

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パソコンは苦手

パソコンの画面に

意味不明の灰色の窓が連続して現れると

汗がどっと出る

十歳は老ける

専門用語で問いかけられても

何のことやらわからない

OKしようかキャンセルしようか

どちらを選べば正しいのか

分かるはずがない素人なんだから

パソコンの不具合は

誰かにすっかりおまかせしたい

しかし家族のだれにも

おまかせできるような力はない

仕方なく私が必死で対処する

灰色の窓がエラーだの不適当だの言っている

私はまた十歳老けていく

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二十五年目の結婚記念日

六月三十日は

結婚記念日だったというのに

私はすっかり忘れていた

夫が仕事帰りにコンビニで

エクレアやロールケーキを買ってきてくれたので

やっと思い出した

台風に直撃されて

大荒れだったあの六月三十日

別にジューンブライドに憧れていたわけでもなく

式場がその日しかあいていなかったから六月三十日

なんだかさらし者の気分

ちょっと痛かったね

見え見えのお世辞や

苦し紛れの祝辞も

二人でなら

苦笑いしながら耐えられたけれど

ただ私にとっては

それよりも大事な記念日は六月十六日

大学の空き教室で

ひとりサンドイッチを食べていた私に

初めて言葉をかけてくれた

あの晴れた土曜日の昼休み

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横浜にて

見知らぬ者同士が集う詩の合評会から解放されて

少女と私は

横浜の海近くのビルの十二階にいた

窓のない部屋の中にいて

夕暮れが過ぎたことにも気づけぬまま

もう日没後の暗い空

エレベーターを待つ間

窓からのぞき下ろす横浜の夜景

少女は

「こんなにきれいだったんだ」とつぶやく

私も

「本当に」と言葉を返す

詩人として

この少女は

いつまで

どこまで歩み続けるだろう

荒れて猛る言葉の海に

少女はたぶん友もなく漕ぎだしてしまった

甘い恋の唄など

最初から振り向きもせずに

私が密かな友になろう

ずっと気にかけていよう

みずみずしいほほ

真面目な黒髪

地味なセーターで身を包んでいても

強くて貫くような言葉の光は隠し切れない

エレベーターから吐き出された夜道で

「さよなら」と先に言ったのは

少女だった

私もあわてて

「さよなら」を言う

またいつかきっとここで会おう

同じ道筋を歩き続けていれば

きっとまたいつか会える

今日の横浜の夜景を

詩の言葉で

少女はどう描くだろう

詳細が無事送信されました!

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