第28詩集 猫の箴言集
揺れる
雲は
どこにも追い詰められないで
ただ流れたり消えたりしている
今日
すべての花びらは風にふるえ
ぴくりとも揺れ動かない枝を持つ木など
ひとつとして無い
-------------------------------
生きる
後ろ足が一本取れたって
平気で生きているバッタ
いざとなったら
尻尾をすっぱり切ってしまうトカゲ
失くしものはいろいろあるが
どれも致命傷ではない
----------------------------------
柿の実
なり続ける柿の実
大きく甘くふくらむといい
落ちてしまう柿の実
笑いながら諦めるといい
いずれはみんな冬の空
春になったら新しく
みんな生まれなおすといい
-----------------------------------
言葉
いっぱい言葉を知っていることが
大人の証明だよ
(知らなくてもいい言葉まで覚え込んで)
娘に「氾濫原」の
読みを教える
-------------------------------
時がたてば
死んでしまうといやだから
もう猫は飼わない
そうかもしれないし
そうでないかもしれない
死んでしまう命だと分かっていたから
あんなにもいとおしく抱きしめた
そうかもしれないし
そうでないかもしれない
-------------------------------------
森 Ⅰ
ひとりひとりに
心という深い森
暗いも明るいも
花も苔も下草も生き物も
森の心のままに
------------------------------------
森 Ⅱ
人は
森を抜けていく生き物
明るさに向かおうとする生き物
誰も
いつまでもここにはいない
---------------------------------
犬の事件
近所の飼い犬の柴犬の太郎が
なんだか違うと子どもらが言う
ひとまわり小さくなっていると言う
そして勝手に次郎と呼んでいる
太郎なのか次郎なのか
一体何があったのだ
---------------------------------
どこに
のぼりゆく太陽
正中
下りゆく太陽
人は必ず
そのどこかにいる
-----------------------------------
凝視
逃げるだけでは
逃げられないものがある
胸の中に
それはある
--------------------------------------
守り神
外壁をするすると
さかさまにおりていくヤモリ
落ち葉の吹き溜まった
通気孔の奥へ
神はうかうかと
姿を見せてはいけない
-------------------------------------
また今年も
一人きり
池の中の十年目の金魚
あてもなく水草に
卵をつぶつぶと産み付ける
春先のはかない淡雪
----------------------------------
無常
また今年も
また来年もと
思っていたが
ガマ蛙は戻らなかった
金魚は夏を越せなかった
池に水草だけがはびこっていく
---------------------------------
帰り道
月が
暗闇に白く
鎌の刃の形で浮いている
古びた貼り絵のように
剥がれおちそうになりながら
春の日の朝夕
世界の広がりが
優しい球体であることを見失う日
----------------------------------
鬼も見ている
トイレの片隅に
節分のときにまいた豆が一粒
ふやけて割れている
なぜ私はそれを片づけない
三月になっていく
----------------------------------
孝行
何もしてあげられなくても
何もしてくれなくても
とりあえず元気
ただそれを知らせあうだけで
親孝行と子孝行
悲しみを隠すことはあっても
---------------------------------
宿主
猫に狩られ
ついさっき死んだ小鳥の
冷えはじめた体から
逃げていく無数のダニ
この可憐な体のどこに
これほどの寄生があったのか
見捨てた船からの
朗らかな脱出
命の暖かさのある方向に
------------------------------------
春の朧
暗がりで
悪口を言い合っている人たちの
はるか頭上に
今にも振り下ろされそうな
三日月
-------------------------------------
生と死の区別
窓際で
枯れてしまったサボテンに
生き返るすべはあるのか
血流は通わなくても
トゲはまだ鋭く尖っている
------------------------------------
八月の猫
私を見かけるたびに
駐車場の車の下から
何度でも
まろび出てくる
なでてやると
おなかの方だけひんやりしている
背中の黒が
すぐに焼けてくる
じゃ また
夕方にまた会おう
--------------------------------
盆過ぎの猫
廊下大きい空き箱と
一回り小さい空き箱を
並べておいたら
小さい箱の方に入った
みっしりと
頬肉がはみ出ている
腹肉もたるんでいる
両手両足を突っ張って
居心地の良い
丁度良い狭さ
----------------------------------------
寝姿
猫が
寝ている
人間だったら
死んでいるのかと
思わせる場所で 姿で