

鏑木詩集 コンクール出品詩
時間図 地図に載っている道を歩いているとき わたしは安心している 迷うこともない きっとどこかにたどり着く 駄菓子屋までの近道や かたつむりの這っていた垣根の道や 草に隠れた石段も 確かに地図に描かれていたのだ それと同じように 時間にも道筋があって どこへ通じるのかは だれかが持っている時間図に ちゃんと記されているのだろう 既に記されているしるべの上にいると思えば どの空間にいてもこわくない 自分の位置を 濃い影のようにはっきりと感じている 時間図には 恐れはここで終わると描かれ 悲しみはここで消えると描かれている 四角を抜け出して 今わたしは自由なかたちになった この存在はすでに 地図に委ねられた旅だ ゆっくりと確かめていけばいい ------------------------------------------ 波の名前 あなたが言った または言うべきでなかった事柄も含めて 私は言葉の周辺で いつも審判を下している サンダル履きで ねじれた石の階段を下りていく 夏の海の植物が素足に絡みつき ほつれながらヘビのよ
読了時間: 20分


五行歌
五行歌まとめサイト 「 五行歌・坪庭のつわぶき 」 ---------------------------------------------- 読売新聞「よみうり五行歌」に投稿した作品 丸い焦げ跡を 地面に残した 年越しの焚火 甘酒の温かさで 一年を開く 一月の軒先に 忘れ去られた 吊鐘ひとつ はらわれゆく煩悩 風の中にいくつ 輝き立つ 寒晒しの霜柱 粛々と 儀式のような朝 光が整う 初咲きの 香りにひかれて 角を曲がれば 海という展開 水仙の花咲く 二階の窓から 投げ撒く豆は 何を追いやる 有象無象に 春のつぶて 笹原の斜面を 風がやわらかく 立ちのぼっていく 猫をなでる てのひらの記憶 私だけが 称えられてあるような 川べりの風の中 桜吹雪 一身に浴びて 緋鯉は 緋鯉だと思いもせず ただ一点の赤 上からのぞかれて 小川に遊ぶ 精霊馬の 行先を照らすのは もう 私の明かりではない 稲妻が光る 耐えに耐え 嵐の中を 生き延びて 蚊は何度でも 刺しに来る 三軒先の 駐車場の陰から 猫
読了時間: 5分


第35詩集 10×14の試み
産経新聞「朝の詩」に投稿した作品。1行10字、14行以内。 発見 気紛れに トイレットペーパーの 芯を解体したら 平行四辺形だった 平行四辺形を こうぐるぐる巻いて ロールの芯 ちっぽけなものにも 深遠な思想がある ひとしきり感心しつつ 私はトイレの中で 哲学にふける ----------------------------- 流れる 揺れている振り子の落ち着き すべりゆく星の熱情 まわりまわる 水流の哀しみ 砕け散った宝石の 晴れやかさ 私は そのすべてであり 一部分であり 届こうとする力の 矢印に従って 瞬間ごとに表情を変え 絶えず 流れていくものである --------------------------------- 苔 どぶ板の縁から はがしてきた苔を 小さな盆栽鉢に植えつけて 朝に夕に 夏から秋へ 見守っているうちにも 鮮やかな緑から 茶色に また緑に こんな小さな鉢植えの中にも 繰り返される 死と再生 水と光と夜の時間 小さな森が 小さく茂る ---------------
読了時間: 7分


第34集 夕焼けの実証
国語教師 何かのきっかけで 国語の教師になっていたとしたら 私は毎授業 詩をひとつずつ 読んであげていただろう ほとんどの生徒は きっと馬鹿にして聞き流し 何の思いも残さない しかし 一人ぐらいはいるだろう 詩とつながる運命をもった かなしい子どもが その子どもは 春風や小川の流れや 立ち木の姿に いちいち心をとどめてしまう ながめずにはいられない 時や空間や感情の隙間を 生活の営みとは程遠い 無益な けれどあまりにも深い 意識の囚われ ふと気づけば 白い紙面に向かって 吸われるように時間は奪われていく 言葉という方法でしか表せない 天国または地獄 もし私がそこへ導いてしまったのなら それはその子どもに対しての 私の罪になるのだろうか ----------------------------------------- 夕焼けの実証 夕焼けがきれいだ、と呼びかけられれば 私は何をしていても手を止めて そちらの方をながめやる 共に見る夕焼け 同じく、きれいだと 私は言うだろう こころの化学変化を 実証する術があるなら 数値による
読了時間: 15分


第33詩集 田んぼマニア
幼児の食卓 おいしそうに食べてくれるのなら ぐちょぐちょにしたって ぼろぼろこぼしたって ばちゃっとぶちまけちゃったって テーブルの上はごはんと味噌汁と わかめと豆腐の海 きゃあきゃあ言いながら 手のひらでかきまわす もはや食べ物ではなくなっても 更にその上たのしく遊べるとは なんてすばらしい! ------------------------------------ 八月のスクーリング 八月のスクーリングの 最後の授業が済み 君はもう八月のこの時間に 戻ってはこられない 授業終了の鐘の音 自分のためのそれを 最後に聞き終えたのは もうはっきりとは思い出せないくらい はるか昔になってしまっている 学校という場所で うまくいっていると感じられていた時間は とてもわずかだった 私と似ている君も 同じ気持ちでいたのかもしれない けれど少なくとも私は 物理と化学を選択しようなどとは 毛頭思わなかった その点だけは大いに違っている あと何回 終了の鐘を聞いたら 君は君を縛るものから解放されるだろう その鐘は 君自身が鳴らさなくては
読了時間: 14分


第32詩集 バリトンの声
声 バリトンの声を持つ人を 背中の耳で聞いていた よく響く弦楽器のような 学びあう学生たち カフェテリアの午後に 組み立てたものを ゆるやかに崩しながら 淡い冬の雲が行く 離船の時… 「さようなら」を言うならば ドイツ語で あの張りのある低い声で -------------------------------------- 初雪 降る雪を見て なぜこんなに白いものが あとからあとから降ってくるのか 不思議でたまらないと 今年はじめて気づいたかのように 言う君は 息を切らし ほほを赤くしながら みつめすぎてはいけない 雪粒のひとつひとつの行方までも 宇宙の奥がどうなっているのか それと同じ果てのない問い 雪だるまが あちこちに立ちはじめ 町は少しだけにぎやかになる 冷たく凍えても すぐあたたまる子どもの手 雪玉の握り方も 小鳥をいだくかのように ------------------------------------------ 電線 写真を撮る人は 空に電線が何本も張り巡らされていると いくらその遠くに美しい山
読了時間: 13分


第31詩集 同居しているもの
ダミさんの名前 娘が 今日は面白い発見をしちゃったよ と言いながら帰ってくる 近所の小学生がダミさんのことを 「ゴロスケ」と呼んでいたというのである まあ ゴロスケさんね いいねいいね ゴロゴロしていてスケベだからかいと夫が言う そうではないでしょ ダミさんとしてはどちらの名前がいいの? たまにゴロスケさんと呼んでいい? --------------------------------------- 夏が来ている 七夕の短冊は いつも雨に濡れてしまう 薄い折り紙は なまぬるく形をくずし 願いも斜めに身をよじり 今年 初蝉を聞いたことを 最初に報告したのは 私ではなく長男だった ここより南の 丘の上に建つ高校からの帰り道 七夕の笹を飾らなくなって もう何年 そういえば 二、三軒の家でもう飾っていたと 最初に報告したのも 長男だった やわらかな鼓膜が けがれのない網膜が 夏の到来をいち早く知る もう私ではなく --------------------------------- 完全右脚ブロック 息子が学校の心臓健診
読了時間: 14分


第30詩集 ダミさん
反省 私の一言が 誰かに静かな致命傷を負わせているということもある そんなことは全然気づきようもないので 大笑いして過ごす時間が 果たして許されているのかどうか 猫の背中をなでたら いきなり毛玉を吐き出しそうになった やさしいつもりの手が 吐き戻しの手伝いをしているだけということもある 裏の意識は私には届かないので 私はのうのうと楽しく生きていられる 誰かが私に顔をそむけても 傷つかない自信はある 知らないことで得ている平穏は まがいものなのかどうか 知ったところで もう今更対処できないことも多いのだが 私は自分で思うほどにはよい人間ではないのだ 意識するせざるに関係なく それははっきりとした確定事項だ 少なくとも ただの冬眠だったかもしれないハムスターを うっかり埋葬してしまった私なのだし --------------------------------------- 反故紙 資料を印刷した紙なら 少しでも白い部分が残っていればとっておいて ぎりぎりまで使いまわすが 詩の反故紙は いくら白い部分が多くてもとっておけない.
読了時間: 18分


第28詩集 猫の箴言集
揺れる 雲は どこにも追い詰められないで ただ流れたり消えたりしている 今日 すべての花びらは風にふるえ ぴくりとも揺れ動かない枝を持つ木など ひとつとして無い ------------------------------- 生きる 後ろ足が一本取れたって 平気で生きているバッタ いざとなったら 尻尾をすっぱり切ってしまうトカゲ 失くしものはいろいろあるが どれも致命傷ではない ---------------------------------- 柿の実 なり続ける柿の実 大きく甘くふくらむといい 落ちてしまう柿の実 笑いながら諦めるといい いずれはみんな冬の空 春になったら新しく みんな生まれなおすといい ----------------------------------- 言葉 いっぱい言葉を知っていることが 大人の証明だよ (知らなくてもいい言葉まで覚え込んで) 娘に「氾濫原」の 読みを教える ------------------------------- 時がたてば 死ん
読了時間: 3分


第24詩集 火星に向かって
雪の日に生まれて オーバーやコートなどを 「重衣料」と呼称する いかにも雪国の人らしいあなたの かたわらには生まれたての赤ちゃんが 舞い飛ぶ雪が描く 果てしない白さ 激しくきっぱりとした空気の中に あなたはその命を送り出したのだ すべての母親が持つ聖なる勇気によって あなたのもとに生まれた赤ちゃんは 羽のように瞳をくすぐる白い光に いつか初めての笑い声を上げるだろう 私は遠い雪の中に聞く あなたが 赤ちゃんよりも先に赤ちゃん言葉を話し出すのを 生業としての言葉ではなく 感情としての言葉でもなく ただ銀色に輝く結晶のような言葉として ----------------------------- 桜のために 「こんな出腹のままじゃあ 桜に対して申し訳ない」 そう言いながら 夫は毎朝ジョギングに出かけていく 「桜の花は 精進して 身を清めて 撮らなくては」 あれから一か月 腹はひっこんだ様子はないが 桜はみるみる咲き始めた 夫は暗いうちからカメラを担いで 出かけていく よじれた心でいた時も 花はまっすぐに咲いていた この世の
読了時間: 9分


第23詩集 ハチの巣穴の隣どうし
三日月 やつでの葉の上に うずくまる青い蛙の中に 心を溶かし入れてきた 薄い心臓の壁を 冷たい血がたたいている 三日月を見上げている 秋風はまだやわらかい この口は虫を食べる にがくざらついた内臓も かたく筋張った足も わたしは 三日月を見上げている 足先を振って 跳躍の神経を確かめている この夜のうちに どこまで遠くへ行けるだろうか 口もとにひとつ 羽虫を放りこんで 一息で飲みこんだ後 のどをうすく震わせてみる ああ 声が出た 思いがけない響きを持つ声が ------------------------------------ お別れの日の お別れの日の 午後のすすき 真っ白にふくらんで 洗いたてのキツネの尻尾のよう お別れの日の 夕焼けのいろ さようならは 掌の中のたまごのぬくもり お別れの日の 風の気遣い 漂う羽虫のこころを これ以上よじれさせないようにと 息が痛かった 麻酔の匂いをかいでいた お別れの日の空に 北へ向かった雀には もう二度と出会えない -------------------------
読了時間: 15分


第22詩集 木の属性
風 揺れている洗濯物 熱い手を水の中へ 今 通り過ぎた人は 喜びと悩みと疲れを同時に抱え どちらかといえば 薄紫の花のよう 何かを始めよう 澱む水の中にぼうふら 風はいい具合には吹いてくれず 悲しみに目が回る日は 風の動きをまねて 白い大きな鳥の絵を 空いっぱいに描きなぐってやろう 言葉を 風穴のような言葉を探している ------------------------------------ 澄んでいく 大雨が降ったあとの川は 泥の色のままに押し寄せ あとからあとから溢れ 魚たちはしばらくは盲目となり 手探りで川岸を探すだろう 倒された雑草はゆるやかに 片肘から起き上がろうとしている 水鳥は水面をみつめる どの流れに身をすべらせようかと 濁りの中に紛れて一筋の透明 何もかもを先に行かせて 微笑んで遠く見送り続けて いつか遅れながらも川は澄んでいく ------------------------------------- 木の属性 学校に行かない君は けれど 草花をこまやかに手入れする術に長けている 静かに土
読了時間: 15分


第20詩集 月の観測
月の観測 南西の空に 四十二度の高度で 夕方六時 三日月が現れている おとといは新月のはずだった それが一月一日の月だと 二〇〇一年になって初めての月だと 世界のどこかで 誰かが同じように 記録しているだろうか 三日月はいつも 家の真向かいにある団地の上に現れる 満月はいつも 東の窓の向こうのマンションの上に現れる 砂漠の月でも 海の月でもなかったこの運命についても 書き記す余白はあるのか 西の方へ急速に傾いていく 別の夜に入っていく 向こう側から投げかけられた光を受けて 三日月は当たり前のように現れる 賛美する者はいなくても 灰色のプラスチックのおもちゃほどの観測器で 一時間ごとに定点観測されている 思っている 真夜中の月を見上げることが ほとんど神経症的な恐怖であった頃ほど すべての記憶が青く際立っていた時はなかったと 刃物の上で踊り続ける日々から いつ下りることができるのかも分からずにいて 十時を過ぎると 三日月は 西南西のマンションの向こうに隠れてしまう 沈みゆく月を 最後まで見届けることができるのは 地平にいる黒い犬だけだ
読了時間: 10分


第14詩集 まみず
桜 眠ればいいのに 夜は 戻ればいいのに 美しくなくていいから 幸福を見せてくれなくていいから もっと静かな もっと長い息をついて 夜に 窓は閉めておくから そこに沈んでいて うっかり眠っていいから ------------------------------------------ 深夜に あふれる情報を前に 立ちすくむあなたと 真っ白な空間を前に 息もできないわたしと 立ち向かうでも 迎え撃つでもなく わたしはここで静かに 受けて立とう 車の往来の隙間を カエルの声が埋めていく あなたはあと少しで あふれる情報を精算し わたしはいつ終わるともなく 痛むほどの白を染め返していくだろう 深夜に --------------------------------------- 個人語 私が誰かの詩集を読むのは 私の言葉が(書き方が) 誰かの言葉に(書き方に) 似てはしないかと恐れるため (真似なんかするものか) (OK OK 君のオリジナリティーは 私が宣誓つきで保証するよ) 「ずっと月の地図を描いてき
読了時間: 14分


第10詩集 もっと聞こえていた
聞こえていた もっと聞こえていた 目覚めた虫の 小さなあくびまでも ------------------------------ フルート 少年はフルートで ビートルズのナンバーを吹いていた (その曲はフルートの音によく似合った) 少し息が漏れてざらざらした音色だったけれど 少年はいっぱしの音楽家のように 目を閉じて自信ありげに 左の首筋を白く傾けながら スローな曲を吹き続けた 窓の外ではうっすらと濡れたあじさいが 青色に盛り上がって咲いていた 放課後の教室には少年を囲んでまだ四、五人が残っていた (私もその中にいた) 木製の机が湿り気を帯びて少しべたべたしていた その曲が終わり皆がぱらぱらと拍手をすると 少年はポケットから一枚の紙を取り出し 机に広げ 再びフルートを構えた その曲は少年が作ったものだった 少年が作ったということだけで皆は声を上げ感嘆した (素晴らしい曲であるかどうかは別にして) 五線譜の下には細かく詩が書いてあった 少年は歌うことはしなかった フルートを吹いていたから 少年は吹奏を終えフルートを唇から離すと 「ここ
読了時間: 19分



















































