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第23詩集 ハチの巣穴の隣どうし

三日月

やつでの葉の上に

うずくまる青い蛙の中に

心を溶かし入れてきた

薄い心臓の壁を

冷たい血がたたいている

三日月を見上げている

秋風はまだやわらかい

この口は虫を食べる

にがくざらついた内臓も

かたく筋張った足も

わたしは

三日月を見上げている

足先を振って

跳躍の神経を確かめている

この夜のうちに

どこまで遠くへ行けるだろうか

口もとにひとつ

羽虫を放りこんで

一息で飲みこんだ後

のどをうすく震わせてみる

ああ 声が出た

思いがけない響きを持つ声が

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お別れの日の

お別れの日の

午後のすすき

真っ白にふくらんで

洗いたてのキツネの尻尾のよう

お別れの日の

夕焼けのいろ

さようならは

掌の中のたまごのぬくもり

お別れの日の

風の気遣い

漂う羽虫のこころを

これ以上よじれさせないようにと

息が痛かった

麻酔の匂いをかいでいた

お別れの日の空に

北へ向かった雀には

もう二度と出会えない

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虫の血

秋の日を受けて

透明な虫の血が

すみやかに一回りする

虫はいつも軽やかだ

人間の血も一回りする

少し粘つきなから

頭蓋内を通って

臓器を経て

足先を巡って

心臓へ

あなたは

さっきより

新鮮な体になれたのか

息を吸おう

ヘモグロビンの赤は

希望や喜びの淡い青と

かたく結びたがっている

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十六歳

花のお店で

「贈り物ですか」と尋ねられた

「ええ 娘の十六歳の誕生日プレゼントにと」

今 すべての十六歳の子どもたちは

輝ける光の中にいるだろうか

やわらかい鎖がまだ足首に巻きついている

過ちや迷いを少しずつためこみながらも

十六歳はよく笑い転げる

森の中にたたずむ木は

どんな枝を伸ばそうと

その枝は間違っているとは言われない

何ものかの目に守られながら

木はなりたい形になっていく

「一番いいお年頃ですね」

本当にそう思うためには

その年をずっとずっと

越してしまわなくてはいけないのかもしれない

まだ笑っていてほしい

十六年前のあの日

君がはじめて息を吸った日

私がはじめて君に触れた日

世界中の花に値したあの日のために

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生き延びる

虐待のニュースを見て娘は言う

 「あれくらいの理由で殺されてしまうのなら

私なんか もう何回も殺されているね」

花の咲く公園に憩う日々が

生きることのすべてではないと

子ども時代の終わりには

誰もが気づいてしまう

絵画の中の聖母子のような微笑みは

君も私もとうとう続けることはできなかったね

君がへらず口をたたく

ごねる 皮肉を言う

時にはうまいことを言う

それに対して私がいきりたち

取り乱し 心配がり

時には感心する

「殺されなくてめっけもんだったと思いなよ」と

私は笑う

生まれてくる運命

生きていける確率

死ななかった奇跡

私は何に手を貸したのだろう

何を守ってきたのだろう

少なくとも君は生きて

少しは昔のことを振り返ることのできる年齢になった

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ただあるがままを見ようとして

私がながめるのは

晴れた空と

遠くの森 流れている河

羅列した単純なデータのように

自動的に表示される数字のように

ながめるのは ただ白く湧き上がる雲

笑いとか涙で色をつけたりせずに

雲は空に「ふ」の字を描く

崩れていく

構成していく

宇宙のやわらかな代謝の中

同じ光の中で 人は違う色を見ている

苦しむ日や 喜ぶ日に

心を流れていく血の色や温度

気づかないほどわずか

誰の瞳にも傷がついている

ただあるがままを見ようとして

木々の揺らぎに首をめぐらせる

とまることを迷うように鳥がはばたく

ほほえみが終わり 憂いが始まる日も

風は吹き 太陽は空を巡っているだろう

鳥の心で 風景を見下している

花の蕾がふわふわとふくらんでいくのを見ている

春の色は白く際立つ

瞳の奥が深い藍色であればあるほどに

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しるし

どう知らせよう

小さな手鏡の反射

空に向けて撃つピストル

一面なにもない場所で

焼けつきながら

真っ白な布を大きく広げている

ここにいることを

どう知らせよう

この言葉で

深く深く 脳の中

入り組んだ襞の隙間に

転がっている細いナイフ

ここにいる

この場所で叫んでいる

旗を振っている

この肌で この瞳で

この声で この言葉で

飾りもなく紛れもなく

この場所で

こまかく動き続けている

宇宙の果ての果てにまで届くように

一つの訝しい赤い光として

強く認識してもらえるように

命として

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隣どうし

猫が君の机の上に

長々と横たわって眠っている

君はリポートが書けないよと

文句を言いながらも

どかそうともせず そっと撫でている

猫は君のそばで

いつも馬鹿な顔をして眠っている

腹丸出しで眠っている

猫は

君と君の机まわりが大好きだ

君も

猫と猫がいる雰囲気が大好きだろう?

駄目でぐうたらで

何の自信もない自分であっても

生きているまなざしが

心地好い体温が

生きるための仕草が

呼び掛けて微笑む声が

それだけで誰かをほっとさせている

産み付けられてここにいる

ハチの巣穴の隣どうし

猫も 君も 私も

きっと互いをあたためるために

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これからは

やがては

自分で何かを探しにいくようになるだろう

そう思った「やがて」の時は来て

なのに君はまだ

どこへ行ったらいいのか分からない

絵を描き

本を読み

音楽を聴き

草花に水をやり

覗き込んだ藪陰に猫

勉強は嫌いで

マンガが大好き

やたら手足のツボに詳しくて

懸賞で一山当てようともくろんでいる

悪いけれどもうここから先は

手をつないで一緒に歩いてあげることはできないよ

一人で川沿いの道を散歩しながら

別々になった道について思う

けれど君が見つける雲は

いつも新しく美しい

夕焼けの雲の果てしないコレクション

捻じれ広がっていく飛行機雲

プレビュー画面で見せてくれる風景

私はそれを素晴らしいと思う。

一緒に驚きあったり笑いあったり

離れてしまっても

互いに見せたいものを

これからも持ち寄ることはできるよね

私は自由になった両手で

君も自由になった体で

明日 違う空気をつかみに行こう

そう ずっと前から

どんなにそばにいても

君と私は違う空気を吸っていた


生まれた瞬間から

君は

別のひとりの人間だった

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あたたかい

おだやかに流れ行く人格の中で

一切の物音は静かに

柿の実はやわらかに

瞳の奥の情緒は

ナイフのように看破することを

とうの昔にやめ

蜘蛛の巣の中心に座り

秋の日の

あたたかな布音に包まれている

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写生

少し離れあったところから

川の流れをながめていた

河原にあるすべての石が

同じ向きに短い影を倒し

あたたかい日差しを背中に受けていた

あんなにも軽々と抱き上げて

ほほを摺り寄せたその体に

今はもう気安く触れることはできない

君は描くための風景を探して

あちらこちらに首をめぐらす

川の向こうに赤い屋根 青い屋根

クリーム色のビル

君はもう私のまわりをまとわりつかない

私はもう君の行方に注意を凝らさない

「あの辺はどう?」と指を指す

せせらぎ館の堰のあたり

君は斜めに歩いていく

君の影はいつのまにか

私の影を追い越して

かつて無邪気に追い散らされた鳩たちも

今日は誰にも脅かされずに

時の隙間を静かについばむ

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落とし穴

あなたも わたしも

心にひとつ 落とし穴を持っていて

片づけられない悲しみが

穴の奥に ひんやりと

封じ込められている

電話をかけたり

書き物をしたり

人と会ったり

毎日はとても忙しい

けれど

笑っているそのそばで

落とし穴のやわらかな蓋は

いつも足先でふわふわと

探り当てられている

踏み抜かないように

踏み抜かないように

いつか時の堆積が

穴をすっかり埋めてしまうまで

いたずらっ子が

泥んこまみれで振り返る

穴はある 穴はない

一面に降り積もる枯葉の海

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だれもが

涙とともに明かりを消したとしても

誰もが

ただ幸せだけを願ってもらった子ども

クリーム色の産着に包まれて

絶えず降り注がれる微笑みだけを

ものめずらしく見上げていた

快適な生活のスイッチを

いくつ点けてもらい

いくつ消してしまったろう

光る雲のかたまりを

遠くながめた時だけ思い出す

横たえた人形の肌触りや

縁側の向こうのシャボン玉

小瓶の中の甘苦い水薬

何度もはがれて膿をふいた傷口

真っ白に泡立つ一日をあばれ疲れて

赤いほほのままで眠ってしまった日に

窓は誰が閉めてくれただろう

明かりは誰が消してくれただろう

涙は誰がふいてくれただろう

わたしは

ただ幸せだけを願ってもらった子ども

あたたかなおっぱいを飲んだ子ども

何度も抱き上げられた子ども

子守歌を歌ってもらった子ども

そこにいるだけでうれしいと思ってもらえた子ども

手をいっぱいに差し伸べていた子ども

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BB弾

お散歩に行くとき

ママはいつも

プラスチックのBB弾をひとつかみ

ポケットに入れていたんだよ

君の行く先々に

知られないようにそっと

まいていたんだよ

赤いBB弾をみつけて

君は瞳を輝かせて走り寄る

「あったよ ここにも あそこにも」

「あったね ここにも あそこにも」

そうして

君のポケットはBB弾でいっぱいになる

転がってしまった黄色いBB弾は

まだドブ板の下に眠っているだろうか

上がり下りしたアパートの非常階段は

まだ君の足音を記憶しているだろうか

君を導いたBB弾は

もうママのポケットには入ってはいない

君は食べてしまった

君は乗り越えてしまった

君を喜ばせる物はもう道端には転がっていない

可愛い指で拾い集めたものは

戸棚の奥の透明な瓶の中

あの頃の手のひらの汗も入っている

あの頃の土の匂いも入っている

ママは君とのお散歩が大好きだった

ちいさな君の後ろ姿を

ゆっくりと追いかけるのが好きだった

秘密の弾丸は限りなく撃ち出される

飛びついていく君もまたあたたかい弾丸だった

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ぶちきれる

ひとしきり怒鳴りまくり

テーブルの上にある後始末が簡単そうなものを床に投げつけ

ドアを壊れんばかりにたたきつけ

廊下をバタバタと歩き

トイレに立てこもり深呼吸して

反省してもうやめようと思いながらも

それでもやっぱりおさまらず

トイレから猛然と出て

もう一度「馬鹿やろう」と怒鳴り

もう一度何かを床に投げつけ

子どもは泣きわめき

自分も泣いて

またトイレに立てこもり

ああアホくさと思いながら

ボロボロ泣いて

後片付け誰がやるんだよ

わたしゃいやだからねとゼーゼー息を吐き

そういえばもう米が無かったな買いに行かなくちゃ

こりゃ明日まぶたが腫れるぞまいったななどと

関係ないことを考えて

ついでにトイレを済ませ

他にすることもないので仕方なくトイレから出て

また廊下をバタバタ歩いていく

問題は引き続きそこにあるけれど

言うだけは言った

あとは自分で考えるしかないだろう

ひとまずは親の義務として然るべき時に叱ったからな

ふとまわりを見渡し

おや君もお気に入りの物は避けて投げたなと

床に落ちているものの品定めをして

べそをかき終わった子どもと

「ああ馬鹿みたい」「馬鹿だもん」と言いながら

一緒に床を片づけている

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あみだくじ

子どもたちと

あみだくじを作った

行き着く先は

「うんこ」と「ちんこ」と「ばか」「まぬけ」

あああ

どれに当たっても なんだかねえ

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指先に感じる

点字教室で

生徒たちが作った点字の絵本を触ってみた

小さなつぶつぶがいっぱい

真っ白な真っ白なつぶつぶ

触っているうちに手垢で紙は汚れてくるだろう

犬の形をかたどったつぶつぶを

目を閉じて指でなぞってみる

心を凝らして触っても

ただの曲がりくねった線でしかない

見えている今

指先だけでは読めないものがある

見えている今

触らないのにわかったつもりになっている

たとえば目を閉じて

粘土の人形の顔を作る

目と鼻と口と耳の

ちゃんとした形はどんな風

そんな風に

誰かの顔をきちんと思い浮かべたことがあっただろうか

つぶつぶのつながり

もっと深い輪郭を描けるこの指先

目と同じように

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メールにて

「あの頃

パソコンや携帯があったなら

私たちの学生時代は

もっと違ったものになっていたでしょうね」

画面の中の声がささやく

あんなに会っていたのに

電話とか手紙とかでも

伝えていなかったことが

まだこんなにあった

日に焼けた海辺の子どもだったと

あなたは語る

今でも懐かしくそこに帰りたいと

私は海の無い町の子どもだった

いろいろな昆虫の名前を知っている

今でも懐かしくそこに帰りたい

二十年前に言いそびれていたことは

何だったろう 

つなぎ合わせる糸が小刻みに行き交う

もう一度ちゃんと知り合いたい

あなたはドイツ語がよくできて

横須賀に住んでいて

髪が長くて目の大きい

大切なやさしい友達だった

私は東京に下宿していて

ひどくやせていて

ひとりぼっちのときは

いつも散歩ばかりしていた

でもそんなことじゃなくて

そんなことはどうでもよくて

あの頃 眠れない深夜に思っていたことを

今 メールで伝え合う

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体罰はしない

きっぱりと言うが

私は本格的な体罰は

したこともないし されたこともない

「ウエストの入らないスカートなんか

見栄張って買ってくるんじゃない」と叱られて

親に膝を物差しでパシッと叩かれたことはある

大学に落ちたことをしつこくなじられて

食べていたうどんを

どんぶりごと親に向かって投げつけたことはある

子どもが泣き言ばかり言うので

「泣くな!」とどついたことはある

その時夫が子どもに向かって飛び蹴りを食らわせたので

「蹴るな!」と夫をねじ上げたことはある

きっぱりと言う

人間を憎しみから痛めつけたことはない

人間に向けてはいけない感情は

どうしようもなくあるにはあったが

それは全部 無生物で解消してきた

皿やスリッパや鉛筆や紙

時にはテーブル 椅子 ドア トイレの便器

家の壁 床

破壊的に痛い思いをさせて ごめん

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姉弟


「君の鼻のあたま粉ふいてるよと言えば

「そういう君の頭フケふいてるよ」と言い返す


「ホネ!」とののしれば

「ニク!」とこきおろす

いいコンビだね

大人になっても

こんなケンカを

していたら面白いのに

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後悔はないか

彼女は黒い服を着て泣き崩れていた

おとといまでそばにいて呼吸をしていた十五歳は

今 黒い枠の写真の中

計り知れない神意

気紛れな天意

何者かのジャンケンかクジか

そんな気軽さで少年は呼ばれてしまった

喪服の群れの中で

人々はヒソヒソと世間話を交わし

明日の仕事の打ち合わせをし

何かでクスクス笑ってさえいる

いつどんな時にどんな別れ方をするのか

何も知らされないで

人は夜を越えて明日に追いやられる

後悔はないか

何ら後悔はないと言えるか

明日が永遠の別れの日だとして

迂闊にこぼれた言葉

後回しにしてしまった仕事

書き残していく文章

ぶつけてしまった感情

押し込めたままになっている思い

それをそっくりそのまま

ここに置いていかなくてはならないとして

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六歳のねこ

年齢的には君はおじさんなのに

相変わらず女子高生のような声をだす

君はわたしの前で

こんなポーズ

あんなポーズをしてしまう

あらあらと笑われていることも知らずに

君をふっくらと抱っこする

本当におじさんかと思うほどの甘えん坊ぶりだ

あごをかいてやると

うっとりと目を閉じてしまう

人間は人前では

こんな顔は絶対にしない

「気持ちがいい」

「うれしい」

「参りました」

そんな素直な顔を見たくて

私は何度も君を触りにいく

君はいつもいい顔をしてくれる

もしかしたら私も今

素直な顔をしているのかな

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大丈夫

わたしには味方がたくさんいて

たとえば家族は

「そいつぁ ママの言う通りだよ」と

いつも一緒になって怒ってくれる

メールをくれる友だちは

「恵子さんの生き方 素敵だよ」と

心からほめてくれる

ネコのチビは

「なでなで名人と言ってあげよう」と

膝の上にのってゴロゴロ言ってくれる

池のメダカは

「春になったら卵をいっぱい産んであげますからね」と

ヒラヒラ泳いでみせてくれる

黄色い顔をそろえた福寿草は

「いい天気 いい天気 あなたに会えてうれしいよ」と

明るく笑ってみせてくれ

白い雲をのせた空は

「君のことはわたしが一番よく知っているから」と

うなづき光を注いでくれる

そこらへんに転がっている犬のフンでさえ

「あなたのおみ足に踏まれてみとうございます」と

ほほえんでくれている

乱暴な風も 生ぬるい風も

笑いながら受け止めて

わたしは今日も元気に歩いていけそうだ

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決まり文句

テストが終わった日には

「はめられたよ」

「やっちゃったよ」と

言いながら帰ってくる

テストが返された日も

「はめられたよ」

「やっちゃったよ」と

言いながら帰ってくる

君の言うことはだいたい推測がつくよ

『満点取りましたよ おかあさん』とは

絶対に言わないだろうってことも

親を悩ませるのは子ども

子どもを苦しめるのも親

そうなのかもしれないが

私は君のことでは

必要以上に悩まないようにするからね

毎度の決まり文句にも

太っ腹に対応する


次 頑張れ



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鮮やかなドラマ

ふるさとの母は電話で

「どうだい? 景気はいいかい?」と

無邪気に聞いてくる

景気とはここでは

もろもろの運気のこと

「うん まあまあ…かな」

景気がいい時代は

たぶんドラマでは

「…そして 数年後」という風に

あっさり飛ばされてしまう部分

モノローグは続く

一番大事なことは淡々と

できるだけ静かな声で

どんな痛みもうやむやにせず

カメラは写す

演技者たる家族がそれぞれに

怒ってちゃぶ台をひっくりかえしたり

泣きながら紙を引きちぎったり

お下品な大笑いをしたり

小さな喜びを持ち寄ったりしながら

それと知らず劇的なドラマを作り上げていく様を

今 痛いくらいに鮮やかだ

ぬるい幸福に笑っていた日々よりも

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消えない記憶

何度もおまつりに行ったね

赤いかき氷を食べて舌を真っ赤にしたね

輪投げをして小さなぬいぐるみをとったね

金魚すくいもしたね

(どうしてだろう 私には子どものころ おまつりに連れて行ってもらった記憶がない)

裸電球の明かりが横一列に並んでいた

お面の穴からのぞいた金色の夜道

べっこう飴を透かして見た町に

月蝕の光が注いでいた

ヨーヨーをぶら下げて帰る道すがら

「ママ じょうずだったね」と

言ってくれたね

何度もおまつりに行ったね

何度も手をつないだね

行けなかったおまつりにも

小さなきみを貼り付けて

おもちゃのピストルを響かせてあげる

大きな太鼓をたたいてあげる

サンダルをパタパタ走らせて

確かにそこにいたきみのことを

少し悲しみながら刻みつけてあげる

(たとえきみはすっかり忘れてしまっても)

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壊れかけたテーブル

あなたが見た極北のオーロラを思う

あなたが見た底深い峡谷を思う

どこかでミサイルが照準を定める

だれかが赤いスイッチに指をかける

走る兵士の足元で砂が崩れていく

世界は悲しみに立ち向かう

すこやかに生み出された命のそばで

だれかが死に向かって武装する

世界の台所で

あたたかなオムレツが焼きあがる

バジルの香りのする食卓に

黄色い花が飾られている

あなたが見て来たすべて

わたしが見て来たすべて

すべての奇跡を瞳の奥にしまいこんで

ささやかな日常は続く

世界は壊れかけたテーブル

湯気の立つオムレツが

ゆっくりと皿ごとすべり落ちていく

縁飾りだけは丹念に施されたテーブルクロスに

ケチャップの染み跡を残して



詳細が無事送信されました!

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