1、蛇影の月(雪が崖っぷちの空を
2、まが玉の形 (押し込めた眠りが
3、二匹のキリギリス (秋の終わりに捕まえられた
4、目を閉じてみる (目を閉じてみる
5、たとえば (たとえば自転車を軽やかに
6、青磁の月(なにもないところに差し入れた
7、寸鉄 (フロッピーに記憶
8、午前二時 (ノルマを課したからといって
9、裸になって (さあ 飛び越そう
10、土曜日の多摩川 (どこでもいいから
11、君の物語 (おだまきの花が好きだった
12、赤いチューリップ (娘が「空」という字を練習する
13、夜空 (線香花火の火球を振り落とすように
14、光射す食卓 (太陽が昇るのではなく
15、ある生き方 (夜中まで窯をたいた日は
16、機関銃の夏 (太陽は空の天辺で
17、石段をのぼる (昨日の雨がまだはりついている
18、雪の遊び (トポル ポクル
19、盆踊り (盆踊りの夜
20、やがては (飛行機の音が空に聞こえれば
21、星々より (夜ベランダに出て
22、風の行方 (通り雨が過ぎて
23、五月 (おまえの足に
24、ねむっている (ねむっている ふっくらしたほほ
25、新しい歯 (下の歯がぐらぐらしている
26、雲 (朝 海の波のような雲が
27、銀蠅 (犬のうんちに
28、ある夜 (暗い部屋の中で電気ストーブの
29、お風呂に入ろう (お風呂場から
30,、ほんのちょっとの遠さ (風船が手から離れてしまったように
31、富士山 (授業参観に行っただけでは
32、風邪をひいて (提出しなくてはならない書類が一つ
33、雨 (さみだれのように
34、野原一面 (春の野原一面に
蛇影の月
雪が崖縁の空を
さかさまに落ちてくる
人ごとのように
覗き下ろすことができるのなら
引き絞られた真夜中の月は
呼吸を苦しまずに済むだろうに
もっと楽になれ
どんよりした霞雲はそう呟く
不定形な望みに縁どられて
雲は白薔薇の顔で笑う
笑っているがいい
尖った警句ひとつ吐けもせずに
見つけ出せただけの微かな光量を
散り散りに分け合いながら 雪は
藻夜中をくらくらと落ちていく
ああ…と叫ぶ間もなく
ああ…と呼び止める間もなく
その身に蛇影をひそませながら
やせこけた月は
闇の中の綱を固く握りしめている
…手を離せば楽になるよ
…もっと気楽にさ
…さあ一緒に
耳をかすめゆく声は
ただ果てしない闇の滝壺へと急ぐ
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まが玉の形
押し込めた眠りが
じわじわと染み出してくる
カンテラの灯りをひとつひとつ消して
あの日 立ち止まった夜明けが
少しで遠くに見えるようにと
流れればいい
どこへ行くのかは
はぐれ鳥にでも聞けばいい
まが玉の形で夢は眠る
いつか暁に染められる夢
夢の中で
果てしないすすきの原を走っていた
すすきの穂はふわふわと
鉛の空を飛んでいた
素裸のけものになって走り続ける
鋭い意志を引き連れて
まだ夢は
まが玉の形で
薄い繭にくるまっている
あの日 息を止めて狙った暁を
もう一度 けものの目で
見極めるために
光の前触れとなって
すすきはいっせいに揺れ動く
まばたきと同時に始まる夜明け
あの日 おびえていた朝を
もう一度 けものの足で
蹴散らすために
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二匹のキリギリス
秋の終わりに捕まえられた二匹のキリギリスは
プラスチックケースの中で
冷たいブドウゼリーを食べていた
どうしてこんなところにいるんだろう
緑色にくねる野菜畑の土の下
腐った葉っぱの匂いを嗅いでいたかった
日当たりのいい窓辺で
ついうとうとしてしまった
蒼い夜のような蓋が開いたら
飛び出そうとずっと待っていたのに
待ちくたびれて
夜の蓋は再び閉じてしまった
「ならば私は鳴きつづけるしかない」
一匹はゆっくりと羽を摺り合わせた
キュルキュルキュル
「この音色こそが私の存在だ」
「ならば俺は黙っていよう」
もう一匹はゆっくりと唇を閉ざした
耳の奥に響く隣人の歌声
「この沈黙こそが俺の存在だ」
やがて白い彼岸花が
のっそりと立ち上がり
美しいとも言われないまま
あからさまな肌を恥じるように
首を落とす時
古ぼけたプラスチックケースの中で
歌い過ぎた羽は擦り切れはじめた
命ぜられない沈黙はいらつきはじめた
干乾びたブドウゼリーを嘗めながら
存在は位置だけを示している
一匹は歌う
何も考えたくないから
一匹は黙っている
何かを考えなくてはならないから
プラスチックケースの外では
黄ばんだ顔の藤の葉が
ざらざらと命を投げ出していく
ある日の朝
歌い終えたキリギリスは
うっとりと横になって死んでいた
残された一匹はその死骸を
黙って見下ろしていた
歌は永遠に終わったのだろうか
閉ざしていた口をおもむろに開くと
紙のような手触りの羽を
ゆっくりと噛んでみる
これが奴の存在だった この羽が
ならば俺は
この完全な沈黙を食い続けよう
バリバリと悪鬼のような音をたてて
沈黙を食らう
両目から矢尻のような涙を流しながら
存在は続いた
二律背反の血の色を混ぜて
じっとして動かずに
濡れたタオルのような無力感を
ひととき満腹した腹のあたりに漂わせて
後ろ向きの風景は
ささくれだったスクラップになっていく
ガタガタと音をたてて
ゴミ箱に投げ捨てられていく冬のかけら
鋭い氷の切り口
それでもまだ存在は続いている
窓の外にはもう
白くちらつくものがある
考えるべきことは
すべて考え尽くしてしまった
これ以上は
痺れるような凍えしかない
夏服のままで
目を閉じて
じっとして動かない
まだ存在は…
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目を閉じてみる
目を閉じてみる
トラックが地響きをたてながら行き過ぎる
からすの鳴き声が聞こえる
そういえば
すずめのチュクチュクいうさえずりも
遠くでヘリコプターのプロペラが回っている
小さく風鈴が揺れている
時計のカチカチ
冷蔵庫のブーン
そして窓の外に学生たちの笑い声
目を閉じてみる
背中に暖かな陽射し
少し風が入ってくる
カーテンが膨らんで私の肩に触れる
自分の手を握ってみる
指を一本一本撫でさする
いま あの家の犬が何かに吠えついている
またヘリコプターの音
目を閉じている
今日は暖かい
まぶたの裏に赤い光を感じる
花瓶に生けた黄色いフリージアがかすかに香る
暖かくも冷たくもない木の机
つるつるした表紙の本
手に取ると騒々しい音をたてる新聞紙
くしゃくしゃのタオルのこまやかな布目
さっきまるめた紙くずの無愛想な固さ
偶然でも気紛れでもなく
もしかしたら百年も前から
あらかじめ決められていたことなのかもしれない
在るべくして在る時間にいるのは
在るべくして在る自分だろうか
この心臓の鼓動は
何かが転がって
床でカチッと鳴る
きっとボールペンに違いない
そんなものは後で拾えばいい
心が流れはじめている
探そうとしてたどりつくのは
ものごとの形でも意味でもなく
目を閉じる
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たとえば
たとえば
自転車を軽やかに漕いでいる足を
感謝することもできるだろう
あるいは
青空を見上げているこの目を
信号が青に変わり
車がきらりと光りながら通り過ぎる
日当たりのいい一画には
白い水仙がかたまって咲いている
弟がいたならば
こんな日は一緒にバドミントンをしたい
雨どいに打ち上げてしまったシャトルは
竹ぼうきをふるってもなかなか落ちてこない
道端に置かれた猫よけのペットボトル
赤いなんてんの実
水仙はまるで白いスカートの少女
道に映った電線の影の上に雀がとまる
自転車がゴトンとはずんで
荷台の買い物袋がガサッと揺れる
タマゴが割れてしまっただろうか
所詮私の心配はそんな程度のもの
神戸の街でも同じようにいいお天気で
同じように今日がはじまるはずだった
たとえば
その日の私の朝のように
もう少し暖かい布団に入っていたかった人々
たぶん
自転車を軽やかに漕げる足や
青空を見ることのできる目なんて
もうどうでもいいことで
こんないいお天気に
「すべての人に幸あれ」
誰かが祈ってくれていたとしても
私は私で
自分の小さな心配のことを考えて
自転車を走らせる
思いが果てしなくなるのを封じて
ただ自分のために
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青磁の月
何もないところに
差し入れた指先は
震えながら
夜明け前の蒼い月をつかんだ
裸形の樹木は
身を守るために
鋭く空を貫かなくてはならない
頬を探そうとするあたたかな掌に
ひとときを委ねながら
もう
月の言葉で語られた箴言を
しずまりかえった瞳で
読み取ろうとしている
くっきりと白い首筋をさらして
浅い寝返うった
身代わりとなるために
蒼い月をつかんだ
殺ぎ落とされた月の光から
このまどろみを庇うために
ガラスの水差しの中で
ねじれたモノグラムが絡み合う
行く先々の指標として
見い出されずに済むのなら
それが一番望まれた答えだ
動き出した冷たい霧が
肩に降りかかる
まだ目覚めてはいけない
夜明けはただ
砕けた青磁のかけらで
肌をうすく
傷つけていくように
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寸鉄
フロッピーに記憶させたはずなのに
どこにも見つからない
取り繕った細心の言葉
ええと…と探しているいつに
何気なくあっけらかんと
ぶちこわしにしてくれる
その鮮やかなお手並みには
毎度感服仕ります
ワサビもほどほどに
嫌われ者になりたくないなら
打算が動く隙間もないほど
無邪気にナイフをふるう仕草
ほほう…と感心しているうちに
見事に首も落とされた
笑顔で挨拶を交わしながらも
真っ向から対決する構え
あれこれ考えて澱む言葉は
無思慮な暴走にはかなわない
アクセス不能
からっぽな頭から
さあ次に何が飛び出すか
振り向きざまに傷つかないように
アルマジロの分厚い鎧でも着て
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午前二時
ノルマを課したからといって
いい詩など書けはしない
夜明けから日暮れまで
夜中にだって急に飛び起きて
たいしたことのない語句に引っかかっている
挙句の果てには
曖昧な象徴に逃げ込んで
自分でも言っている意味が
分からないっていうわけ
それよりは
パスタを絶妙に茹でる技術
歯ごたえが完璧なきんぴら
形がちゃんと残っている煮物
誰かに喜んでもらいたくて
奉仕 笑顔 感謝
その後ろ側には
ちょっぴり『犠牲』の二文字も見える
心臓には心臓の作法があり
胃袋には胃袋の流儀がある
肝臓には肝臓の主張があるように
頭脳には頭脳の要求がある
ぐるぐる回るろくろの回転に
ただ埋没していくだけというわけにはいかない
午前二時に目覚めた時に
まぶたの裏にくっきりと浮かんでくるもの
まずそれをやっつけてしまおう
とりあえずはこの詩句だ
「ノルマを課したからといって…」
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裸になって
さあ
跳び越そう
跳び箱をポーンと跳ぶように
勢いを殺さないで!
倫理にかなった姿勢で
しきたり通りの服を着て
きちんとご挨拶
そんなことは
どこかのお利口さんに任せておけ
立ち止まったら
つかまってしまう
したり顔の教育ママが
よろしくご指導してくださる
転んだっていいんだよ
でんぐり返しだって
バック転だって
いい子でいる限り
消毒の匂いがプンプンする
いい子のプールでしか泳げない
見るからに怪しい料理には
手をだせない
飼いならされた言葉でしかしゃべれない
健全か不健全か
ノーマルかアブノーマルか
善か悪か
人さまの意見など聞きたくない
できるだけ裸になって
できるだけショッキングに
みんなが目を見張る
「まあ 一体なにごと?」
そんな風に!
赤ん坊の本能のように
辟易するほどわめき続けて
その勢いのまま
散弾銃のように
とんでもないところまで
飛び出して行け
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土曜日の多摩川
どこでもいいから
明るさに通じる方向に
一緒に流れていこう
道なりに風が通っていく
並べられた積み木のような建物の間を
自転車ですり抜けると
晴れた土曜日の多摩川が
東の端から西の端まで
のんびりと横になっている
乾いた草の匂いの中で
生まれるための呼吸を思い出そう
雲があんなに急いで
遠くへ行こうとしている
多摩川の上いっぱいに
いくつもの風が渦巻いている
その風に誘われてもいい
何も心配はいらない
晴れた土曜日の多摩川を
一緒に自転車で走ろう
遠くに見える丸い観覧車
鉄橋の上をすべる白い電車
犬を散歩させる人たち
あの日 凍える心を預けた時から
この町に住みたかった
あたらしい草の匂いに包まれて
どこでもいいから
明るさに通じる方向に
一緒に流れていこう
土手から見下ろす多摩川は
広々と遠くまで満たされている
こんなにたくさんの空
何度でも一緒に
多摩川を見にこよう
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君の物語
おだまきの花が好きだった
君の物語を書き継ぐには
あの路地の片隅にうずくまる
夕焼けの色が足りない
はじけるように
子どもたちは走っていった
草花の呼吸の仕方を
教えてくれたのは誰だろう
赤いセロファン紙を透かして
君のほほが赤く笑っていた
文房具屋横の大きなけやきの木は
遠くからでもよく見えた
日記帳を奪ったのは
寂しがりやの心
はやしたて からかいながら
一つの言葉だけを探していた
約束は手許から滑り落ちて
どぶの中に転がり落ちてしまった
早く探して! と叫ぶ声に
素手を深く差し入れても
濁った泥しかすくい上げられない
哀しい目をして
分かれ道
手を振るごとに
思い出は一つずつ消えていった
君の物語を書き継ぐには
あの垣根の陰の
湿った草木の匂いが足りない
くすぐったいひそひそ話が
耳の奥に
もう聞こえてこない
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赤いチューリップ
娘が「空」という字を練習する
そのそばで私が読んでいるのは
若くして亡くなった友の
分厚い遺稿集だ
娘は「天」という字を練習する
ひなたで赤いチューリップが
ゆるやかに開花する
まるで細い瓶につめられた砂のように
出口がなくて
窒息していた
砂は
ダイヤモンドとして完結したかった
繊細な瓶の形のままに
娘は「女」という字を練習する
娘は「男」という字を練習する
娘は「青」という字を練習する
明日 開き過ぎたチューリップは
花びらを重く垂れるだろう
あの頃は神の姿を見るために
夜を眠りもしなかった
星空の下で
瓶は粉々に砕け散ってしまえばよかった
娘は「白」という字を練習する
世界の果てなど見なくていい
すべては
幸福な恋に出会うために
娘は「雨」という字を練習する
娘は「花」という字を練習する
娘は…
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夜空
線香花火の火玉を振り落とすように
命を揺らしていた
仲間たちよ
もうお互いに
笑いながら言ってのけることができる
若かったころは
いつも何かを探して焦ってばかりいたと
年を重ねて
少しは無神経になった
無事に過ごすために
私たちもいろいろと学んだ しかし
涙をためて見上げた
あの時の夜空ほど
星がきれいに見えた夜はなかった
そうだろう?
何も言わなかったけれど
お互いにその肩に
寄り掛かりたかったはずだ
どの夜も最悪なものではなかった
眠れない夜も
希望について考えることをやめなかった
とにかく生きている
とにかく何かをかいくぐってきた
それはいい傾向だ
こうして笑いながら思い出せるということは
仲間たちよ
再び会ったとき
ずっと元気だったと言いあえるように
心からの笑顔を
一日一日重ねて
幸福の量を競いあおうではないか
仲間たちよ
線香花火の火玉に
しみるような痛みを感じるのは
もうやめにして
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光射す食卓
太陽が昇るのではなく
大地が前のめりに倒れていく
光は冬の角度でまつげをかすめ
食卓にわずかな傾きをつくっていく
小さな動作で忍びやかに整える朝
ガラスのコップを透過した光が
食卓に白い空を映し出す
湯沸かし器のお湯が
真夏のスコールのように
両手をあたためる
古びた記憶にしみついた傷みも
あくびひとつで逃していける
食卓にはもう久しく花を飾らない
しおれ果てた花の
どの瞬間が死だったのかは
誰も知ることはできない
子どもたちは
無意識に朝日を避けようとしながら
布団の中に小さく潜り込む
黒い猫は細長い陽だまりに沿う
食卓にお皿をひとつひとつ並べて
お皿の数だけ
今日が明るいことを感じている
花よりも飾りたいものがある
氷のように生き延びて
冬の陽射しは薄く乾いている
開かれては閉じていく物語
それぞれの椅子に座っていられるだけの
時の間の
拭われた食卓に
もうミルクはいたずらにこぼれない
顔をもたげた花たちの
どの瞬間が誕生だったのか
息をこらして一皿一皿盛りつけていく
あたたかな湯気をまとう言葉だけを
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ある生き方
夜中まで窯をたいた日は
火を完全に消しとめたあとでも
神経の中で炎が猛り狂っている
真っ白に研ぎ澄まされた刃が
冷たい三日月に刺さっている
土の成形物は
融解と自己破壊の寸前まで追い込まれ
激痛を伴った化学変化に身震いをしながら
命を凝縮しようとして耐えに耐え抜いている
そのそばで同じように焼かれて
祈るように新しく生まれ出るものを待つ時間
知るべきは
釉薬の成分と調合の割合
土の鉄分含有量
酸化と還元の微妙な駆け引き
喜びのためではなく
命のために
拒否の姿勢で戦ってきた真夜中の仕事場で
小さな悲鳴を上げながら生み出されるものを
ただ感嘆して眺めていたかった
裸電球一つに照らされ
何故? というもどかしい質問を避けて
ただそこにある命
安らげる踊り場にたどり着く前に
鋭い目つきで
すべてを見通しておきたかった
深いぬかるみにとびこんで
全身を灰色の泥に染め
そこから本物を洗い出すために
今日も
私は裸電球の下
ろくろの回る音と
土の匂いに溶けて
-------------------------------
機関銃の夏
太陽は空の天辺で
煮えたぎった油にぶちこまれた生贄のように
チリチリと泡を噴き出して
あばら骨までカリカリになっている
浜辺には水着姿の家族やカップル
日に焼けたサーファーたちの
いやにやせたシルエット
サンダルを脱いで
きわどい波の近くを
かみそりの手際よさで走り抜ける
紫色のアイスクリームのような貝を拾った
背中を丸めた小虫が
ちくりと足指を噛んで逃げた
真っ黒なサングラスをかけて
今 君は最高に危険人物
流れ着いた赤いリンゴを
砂山の上に据えて
「リンゴ星人」と言って笑ったね
濡れた砂の手触りは
糊のきいた白いシーツ
ごろんと寝転がって くるりと転がって
海がひとつの頭脳だったとしたならば
私たちは記憶の光粒子として
頭脳の片隅にはりつこう
薄く海にばらまかれた光の点景として
海の真ん中に
鯨でも顔を出しそうな
パノラマの大スクリーン
今年はおなかのあたりまで海に浸けこんで
夏の真昼の太陽は
撃ち出したら止まらない機関銃
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石段をのぼる
昨日の雨がまだはりついている
濡れたまつぼっくりが
しぼんだまま転がっている
階段の隅には
ジグザグ模様の松の葉っぱ
山鳩が飛び立とうとして
木の枝にぶつかった
時には飛び損なうことだってあるだろう
少し羽が痛かっただろう
「ママが大好きなものは何?」
「好きなものは お寿司 宝石 かわいいペット」
(だけど本当はもっと他にある)
「じゃあママがきらいなものは?」
「嫌いなのは 長-いヘビ 高いところ」
(だけど本当はもっと他にある)
石の階段をのぼる
竹の林がいっせいに揺らいで
銀の手すりの上で青い空が曲がっている
本当のことは
空の遠くに投げ捨ててしまった
ジェット機でさえ探し出せないほどに
そのまま雲になて
ふわりと消えてしまえ
誰にもつかまってはいけない
石の階段をのぼる
風の吹く天辺に
たとえ晴れやかな今日が
待っているのではないにしても
ガムを噛みながら
あどけない質問に
よどみなく答え続けてあげよう
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