1、台風が抜けていったら (傘を打つ雨風と戦いながら
2、木の音 (木の幹に耳を押し当てて
3、セミの声 (今日 今年はじめて セミの声を聞いた
4、飛行機の音 (干した布団の山にもたれかかって
5、目づまり (網戸の 細かな網目づたいに
6、多摩川を歩く (誰もいない部屋で鳴っている電話のベルにまで
7、自由ということ (期限もなく
8、見る (鉄橋のすぐ下の河原に
9、芋を煮ながら (芋を煮ながら
10、言語 (猫の首筋には
11、電車に乗って (オレンジ色の電車(モハ 10212008)
12、ヒト (世の中にいるのは
13、答え (人の心については
14、かき氷 (青いかき氷食べて
15、呼び名 (うちのチャッピーを
16、バッタの意識 (「チャッピーが バッタをつかまえてきたよ
17、入道雲 (何を作っている?
18、一緒に (一緒に歩こう
19、写真 (写真を撮ってあげるといっても
20、退屈 (退屈しそうだった
21、面白い! (はなくそを食べたら
22、虫 (ひいおばあちゃんは目を細めて
23、ポタージュ (「今 思った
24、一言 (たった一言つぶやいたその言葉が
25、黒いスプリング (小さな黒いスプリングが
台風が抜けていったら
傘を打つ雨風と戦いながら
急ぎ足で家へと向かっていた
言葉を使い尽くすということのない人の
果てしないおしゃべりに付き合って
無駄な相槌をつきすぎた
しゃべることは得意ではない
聞くことならと思っていたけれど
時折耳はまるで不誠実になる
私にはどうしても書くことが必要で
それはどうしても必要としか言えない代物であるらしい
夕暮れの書店前を
風に飛ばされていく傘
待っていましたとばかりに
足首を刺してくる蚊
「かゆい」と書いても
無益には違いないだろうけれど
狂気的な究極ではなく
ぼんやりした優しさの方向へ
意識の流れを向け続けていくのだろう
足もとで濡れ落ちて動かない蝉の命
とろけかけたミミズの命
彼等の存在は無益だったのか?
少なくともここで書いてやることで
無益ではなくなったことを私が証明してやろう
この六行を埋めたということで
彼等は「必要」だったのだ
「必要」を証明した私自身も
また「必要」な存在だったと言えるように
台風が抜けていったら
空はきれいに片づけられるだろう
頭の中もそうあればいい
次から次へと走り過ぎる雲のように
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木の音
木の幹に耳を押し当てて
木の音を聞いていた
ずっと上の方で枝が
大揺れに揺れて
葉っぱがぱらぱらと降ってくる
自慢話だけ出来上がっているような人間は
その背骨にいっぱい
恥ずかしい嘘をためこんでいるだろう
もう手放したらどうだい?
飛ばすのに丁度いい風が吹いている
木の幹を抱きしめて
聞こう
地面の奥深くからのぼってくる音と
空の高くからおりてくる音を
どうしようもなく寂しかった夕暮れに
もっとまわりを感じればよかった
根元のうろに
一匹の細い蛇が滑り込んでいく
その蛇の肌となって
木の中に眠りに行こう
適度に騒がしく
適度に暗く
適度に罪悪な場所でなければ
うまく眠れない
木も 蛇も 私も
人間と同じくらいの太さの木を
人間のように抱いて
今度は私の音を聞かせようか
後ろ暗い物語もすべて
隠れもないこの心臓の中に
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セミの声
今日
今年はじめて セミの声を聞いた
盆の入りの次の日
梅雨の終り
緑濃い森の際で
お昼時だった
通り過ぎた団地の
上の方の階から
陶の茶碗をかき込む
リズミカルな箸の音が聞こえていた
八角堂の跡地には
雑草が揺れ
低い石垣にのぼると
ここまでもセミの声が染み出していた
東京での夏の到来は
アスファルトの白さでしか
わからなかった
線路はかえって
遠さばかりを感じさせる
ここまでゆっくりと
歩いてきたのだ
谷戸と呼ばれる窪地を平坦に埋める
カラフルな住宅の屋根屋根
人の心を
自分の心のように思ったとしても
思いのままに
行く手を操作することはできない
自分の心すら
そうできなかったように
どうなることだろう
ここには
セミの声がもたらす
夏の到来があるばかりだ
ありふれた生活の音にも
秘められた感情を聞きながら
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飛行機の音
干した布団の山にもたれかかって
足を投げ出して座っていた
窓の向こうを
大きな赤い雲のかたまりが
ゆっくりと流れていくのが見えた
うさぎのような形がくずれていった
ただ一筋に
西へ抜けていく飛行機の音
まだ夕暮れが
ただ美しく
考えも無しに
ただ美しいものでしかなかった時
問われれば
一日のうちで
朝ではなく夕暮れを
一年のうちで
春ではなく秋を
好きだと平気で言っていたのは
あれは
底の浅い矜持だったにしても
人はどれだけの正確さをもって
心を言い当てられるというのだろう
波長を低めて
消えていく飛行機の音
後もない先もない
ただこの宙空にいて
球体を成し 円を描く
激しい落差で
夕暮れの螺旋の中に落ち込んだことも
必然として
確かに軌道に組み込まれていたことを認めよう
同じままということはない
夕暮れひとつをとっても
同じままであるはずがない
ただ 今は
夕暮れが気持ちいい
布団の山にもたれて
眠い夕暮れにほっとしている
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目づまり
網戸の
細かな網目づたいに
油の粒子が罠を張り巡らし
そこに細い糸くずが一本くっつき
剥がれおちた皮膚のかけらがひっつき
抜け出ようとした土ぼこりが襟首をつかまれ
その上に春の花粉がちょっと腰をおろし
ダニの死骸がふわりとかぶさり
その上にまた糸くずがくっつき
とことん目づまりしている
吸っているはずの息も希薄で
知らず知らずに
あっぷあっぷと
指で弾いただけで
パラパラとこぼれ落ちるだろう
気がつかなければ
そこが風の通り道だったことも忘れてしまう
感覚の網目にほこりをびっしりとたからせて
鈍重で薄暗い
あまりに緩慢で極微な推移であるために
誰もそれとは気が付かない
いっぺん大掃除しなければ
強力な水しぶきを吹き付けて
どろどろと流れ出る真っ黒な汚れに
あらためてびっくりするだろう
一瞬の光を迎え入れる
クリアーな濾過装置を通して
より細やかで
より透明な
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多摩川を歩く
誰もいない部屋で鳴っている電話のベルにまで
気をまわすこともないのであって
いつでも体にいいミルクばかり飲んでいるのも
芸のないことであって
霞の向こうに透けて見えそうな新宿のビル群
秋のはじまりは
空高くはためく白い旗のように
『多摩川右岸ここから海まで二十五キロ』
いかにも痩せたがっている婦人が
体を左右に揺らしながら
それでも私を次第に引き離していく
対岸の歩道にも走っている人がいる
もっと橋があればいいのに
人だけが渡れるような
きっと壁に突き当たったんですよと
わけ知り顔に言う人がいて
ああ そうかもしれませんねと
仔細ありげにうなづく自分がいた
差し出された一本の栄養剤(アンプル)を前にして
一時間歩き続けることをあなどってはいけない
デスクワーク馴れした体には
三キロ先のデパートに行くのだって
マメがいくつできるやら
草深い土手に咲くピンクの花々
そこに咲いているからこそいいのであって
『多摩川右岸ここから二十四キロ 』
先に行ったあの婦人は
どこで引き返してくるだろう
昨夜の大雨で川辺の草もなぎ倒されて泥まみれ
釣り人は濁り水に糸を垂れ
掛け軸の絵のように動かない
平日の野球場には誰もいない
きちんと刈り込まれた緑はまだ乱されず
つるつるした毛並みを光らせている
『多摩川右岸ここから海まで・・・ 』
逃げない青空を広々と感じていられるのはいい
地図からはずれて
知らない町を歩く心細さもまた捨てがたいけれど
『多摩川右岸・・・ 』
もうこの辺で戻らないと
あの婦人はきっと五百グラムは痩せただろう
私は次の信号で右へ折れていこう
ちょっと町の方へと
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自由ということ
期限もなく
限界もない
理想の枠も取り外した
平面に刻まれた白い道筋を
巨大な地上絵として認識し
その認識もかすれるほどの高さまで
私は行ける
噛み砕いた氷
その素粒子の
冷点をはるか越えた位置にまで
もぐりこむこともできる
自由とは
どこまでも感覚を飛ばせるということだ
寝ころんだままでも
どの瞬間にいても
裏返しにしておいた心理も
今でなら理由付けができる
どうすればよかったのかも
正確に言い当てることができる
トロイの木馬の内側は
甲冑と武具の匂いで満たされ
荒くれた者たちの
唸りにも似た息遣いしか聞こえなかった
暗闇の隙間から
血しぶきのような夕日が射してきた
歴史に語らせる以前に
もう既にそこを知っている
見晴らすことのできなかった思いも
そのままに認めて
自由になる
釘で打ち付けられたはめ板を蹴破って
寝静まった帝都はすでに
夥しい火矢を射かけられているだろう
その炎を見る
この穏やかな午後の机で
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見る
鉄橋のすぐ下の河原に
小さな子どもを交えた家族が
弁当の包みを中心にして座っている
広々と向こうまで誰もいないのに
わざわざうるさい鉄橋のそばを選んで
子どもが電車を見たいとせがんだのだろうか
見るというなら
見られることにも耐えなければならない
電車の中から見下ろした視線は
見上げる家族らの視線とぶつかり合い
一瞬のうちに挨拶を交わす間もなく
大きく離れていく
見たと感じ
見られたと感じる
そのバランスは必ずしも同等ではなく
たやすく中心をはずしてしまう
あの子が見ていた電車
私が見ていた家族
家族が座っていた風景
電車が抜けて行く風景
見られていたものは何だったのだろうか
私の一瞬の意識は
諸々の視線を平然と撥ね返せるほど強くはない
ただ肩口でかわしているのだ
深度の計れない冷えた秋の空
焦点が拡散する方向に
おもむろに向きを変えて
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芋を煮ながら
芋を煮ながら
でもやっぱり
平凡でいたくはないと考えている
カレーをかきまわしながら
爆弾作りの構想で
うずうずしている
車輪は全速力で回っている
腹の力を抜いたら
すぐに引き離される
別にどうでもいいじゃない
と言いたがっているけれど
どうでもよくないこともある
と一方では思う
満腹していても
狩りのための筋肉は
いつでもアイドリングしている
空虚な時間が必要だ
「ためになること」で
汚されていない時間が
なにかワクワクしている
猛回転している地球に乗って
宇宙をビュービュー転がっていく
あの猫が姿勢を低くして
狙っていたものは何?
テーブルを拭きながらさかさまに覗いてみる
密かにファンファーレは鳴る
一番平凡な
日常の家庭の中で
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言語
猫の首筋には
いつも何匹かのノミがいた
相次ぐニュース速報見れば
文明も末期に近づいているとわかるだろう
社会がどんな言語でしゃべろうと
速やかに吸収する用意はできている
どんなに奇抜を衒っても
風は風 空は空 雲は雲
人々の使いたがる言葉は
しばらくは変わらずに同じだろう
猫にとっては
ノミの痒さは切実で
私がとってあげなければ
ひどいことになる
文明のノミは
だれが排除するのだろう
あの黒いつぶつぶ
目に見えないほどの危険分子
どこか遠くのことであるような
差し迫った出来事のようにも
もう増殖はとめられないところまで?
どこか人間の質も変わった
共有したイメージも通じなくなる
いつか近未来に
私の言語はそれでも通用するだろうか
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電車に乗って
オレンジ色の電車(モハ 10212008)
その手前を
ガソリンをたっぷり飲んだクジラが
十匹も群れて泳いでいく
線路脇で咲いている小さなタンポポ
「まだ?」あるいは「もう?」の問いを象徴するように
おぼろげに入り混じる季節
空には十三夜の白い月
ススキの穂も気をゆるめはじめている
ホームの白壁は何度ペンキで塗りつぶされても
猥雑な落書きですぐに埋め尽くされてしまう
「かれし大募集」も[只今参上」も
ここが一番似合いの場所
ツイッターやラインよりも人間に近い
へたくそなマジックインクの文字で
幼い子どもに電車を教えようとして
何度かここまで乗ってきた
遠くまでは行かずすぐ引き返せる駅まで
帰りはいつも眠ってしまった
しゃがんだ膝の上で揺られながら
田舎を離れるあの長距離列車に比べれば
今まで乗ったどの電車も
わずかな移動にしかすぎなかったような気がする
意味もない恐れは
もうほとんど制御できるようになったと
言ってもいいのだろうか
オレンジ色の電車の手前の線路に
すべりこんでくる黄色い電車(クハ205-133)の中へ
子どものように窓に向かい
動く風景を次から次へと捕えている
座席で若い恋人たちがもたれあって眠っている
それもまたいい風景だ
電車がただ単純に面白かったあの未知的な感情
恐れを失うことは
VIVIDな記憶力を無くすことと
ほとん同意義語だったにしても
電車の座席に溶け込むような
この惰性は
ただただ暖かい
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ヒト
世の中にいるのは
自分のような人間ばかりではなく
父のような 母のような
彼のような 彼女のような人間ばかりでもなく
犬のように 猫のように 馬のように
虎のように ライオンのように 鷲のように
同じ群れの中にいても
気持ちは微妙に上下し
怒りながら ののしりながら
憐れみながら 蔑みながら
断ち切りそうになりながら
そして時には愛しながら
誰もが同じ器の中に浮かんでいる
ヒトとしての種の形質の中に
私も同じように
彼とも違い 彼女とも違い
確かに違っていると思うのに
ひとくくりの形質の中にあっては
ミリ単位の背比べ
千差万別の幸不幸でさえも
ヒト科としての平均値に限りなく近く
確かに真ん中はあるだろうに
グラフに描かれたヒトとしての中央値
過不足の無い丸い人格形成
中庸のモデルケース
その場所にいるのは
私ではない
たぶんあなたでもない
それならば誰?
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答え
人の心については
本当のところはよくわからない
沈みがちな場面には
できるだけ下品で馬鹿な話題を
派手に繰り広げるだけだ
それで笑えれば
何か悪いものが一つ消えた気がするし
一つ役目を果たしたようにも思える
ここでの空間を広げてあげたい
笑って吐いた息そのままに
わだかまっているものを吐き出してしまえ
本当は正しい答えなんて何も知らない
耐えかねた部分をここに捨てられるように
笑ったあとの静けさを真っ白に保つ
真っ白に受け入れるだけだ
何の答えとならなくても
泣いて謝っていたのに怒りが収まらなかった
そんなことを書き記した数年前の日記にも
学ぶものはある
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かき氷
青いかき氷食べて
ゾンビの舌
赤いかき氷食べて
吸血鬼の舌
緑のかき氷食べて
火星人の舌
黄色いかき氷食べて
魔法使いの舌
白いかき氷食べて
雪女の舌
どこまでも変身可能
夏休みの間は
中学校の近くの
ちいさな駄菓子屋
おばさんが歯車を回す
青いガラスの器の中に
吹きすさぶ真っ白な吹雪
うちのと違う曲がり具合のスプーン
いい子ってどんな子?
誰にも気づかれないように
唇を閉じて
澄ました顔で
凶悪な舌を隠し持つ
目の奥までチカチカさせて
冷たいおなかをチャプチャプさせて
夏休みの間だけはつかまらない
逃げ足も絶好調
ベーッと舌を突き出すだけで
もうきみは
不可思議な物語の主人公
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呼び名
うちのチャッピーを
通りすがりの人が「クロちゃん」と呼んでいく
一毛(イッケ)と二毛(ニケ)と名付けた野良猫を
よその子が「ピーちゃん」「チーちゃん」と呼んでいる
この間まで「紳士服の一色」だったのが
いつのまにか「コナカ」にかわっている
「すかいらーく」も「ガスト」にかわっている
そういえば姓名判断で字画が悪いといって
本名の他に別名を持っている友人もいたっけ
子どもが生まれた時には「名づけの本」を読みあさり
オールマイティーな名前をつけたが
様子を見ていたところ
どうも全然オールマイティーではないようで
いっそすべての名前 ぼく わたし あなた きみ
呼び名をまぜこぜにして
いろんな人格になってみるのもいい
わがままについて
臆病について
傲慢について
無知について
名前と共に呼び起される人格
一つの名前だけでは背負いきれない
自分という要素
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バッタの意識
「チャッピーが
バッタをつかまえてきたよ
ほら しにかけ
でもまだ いしきはあるの
にがしてあげるね
ベランダのはしっこにおいたら
じぶんから
おっこっていっちゃった」
見えないものを見
聞こえないものを聞き
感じるすべもないものを感じる
君が「いしき」と言ったばかりに
無機質だったバッタの意識は
常になく痛々しいものになった
世の中は悲嘆にあふれている!
ただ見えもしないし
聞こえもしないだけ
生きているものすべての胸に
どれだけの意識が複雑に渦巻いているか
それが人間の意識だったとしても
見知らぬ人の意識はバッタの意識
最期の悲鳴すら聞こえない
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入道雲
何を作っている?
氷の指輪を作っている
10年前
故郷から久しぶりに出てきたあなたと
デパートで
はじめてスイカ味のシャーベットを食べて
ああ 本当にスイカだねと
笑いながら言い合ったのが最後になった
さあ 早く宿題を終わらせて
プールに行こう
君たちより
私の方が少し大人だとしたら
それは
失った友達の数によるものかもしれない
明日にでも時を止められて
連れ去られていくこともあるということ
高校教師として悩むあなたを
勇気づけてあげることもできずに
お土産にとあわてて買って渡した
ハーブティーの味について も
とうとう感想を聞けずじまいだった
秋も終わりの頃だった
あなたのお母さんからの電話があったのは
あなたの声とそっくりで
あなたがそこで泣いているようだった
氷の指輪が
滴りながらくりぬかれて
小さな指がすっぽり入った
きれいにできたね
入道雲を透かし見て
なぜか スイカ味のシャーベットを
思い出した
さあ プールに行こう
こんな私でも
子どもを二人も生むことができたんだよ
あなたは26歳の姿のまま
どこかでくすっと笑っているだろうか
私がおばさん風の水着なんかを着て
子どもプールにぷかぷか浸っているのを
遠く隔てられた場所からはるか見下ろして
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一緒に
一緒に歩こう
稲刈りの終わった後の田んぼを
建ち並んだ古い平屋の
南の端の草むらから
わずか下りる坂道を下り
まだ濃い緑の雑草が茂るあぜ道を
つま先立ちながら田んぼの縁を巡っていこう
稲の粒が惜し気もなく散り
一面にさっぱりと乾いた風情だ
好きだった白犬が
綱を解いて自分から死ににいった場所だ
足を長く垂らした和凧が
頭を振りながら落ちていった場所だ
ズック靴の裏側を
切り株の切り口が刺してくる
小川から引いた水路が
畔の傍らをじめじめと濡らしている
草陰に潜む蛇たちに
振り回す枯れ枝で警告を与えよう
何度そこへ行っただろう
父と 兄と 友人たちと 時にはひとりで
風に吹かれて雪虫がかすかに流れてきた
まだ秘密のノートも必要なかった
言葉として物事を見ることもなかった
どんなに伝えたくても
その空気の匂いは
かいだ者にしかわからないのだろうか
一緒に連れていきたいのに
少し太陽の傾いたあの秋の日のもとへ
---------------------------------------------
写真
写真を撮ってあげるといっても
もうぴったりと寄り添っては写らない
Ⅴサインもしない
スペシウム光線も出さない
照れたように微笑みながら
花の風景の中に
じっと動かずに立っている
君たちが作る君たちの未来
だれもまだ知らない新しい家族が
君たちの隣に加わってくるのを
ファインダーの遠くに見ている
きっと少しずつ似ている照れた微笑み
花の風景の中で
どんな風に何に対して喜びを感じ
どんな風に何に対して怒りを感じるのか
そのままに伝わっていくのだとしたら
私の今の思いは
過去のものでもあり未来のものでもある
少しずつ修正を加えながら
君たちの中を通って
どう伝わっていくのだろう
花の風景の中で
みんな微笑んでいられるように
---------------------------------------
退屈
退屈しそうだった
歩き出せば
すぐにでも別の景色が見れるのに
赤ん坊は仰向けに寝かされて
目を大きく見開いていた
そしてしゃぶっていた
変な動きをする
五本の突起を持つ生暖かい生き物を
手触りや匂い
凸凹の具合
しわのざらざら
味
どこからか伝わってくる痛み
すべてを知り尽くそうとしていた
誰かに無理やりに
教科書を手渡されるまで
功利的な取捨選択によって
必要な文字を選び取り
その文字が伝える範囲内に
いつか誰もが住み始める 退屈そうに
なめていた指の味について
リポートは
赤ん坊に求めるといい
肉体の感覚全てを開いて
あたりを舞う空気の感情とたわむれる
計り知れず考えていた
たぶん
記号で固定されたイメージを持つ以前は
退屈などなかった
--------------------------------------------
面白い!
はなくそを食べたら
長生きできないかな
きつねになっちゃうかな
さかさまになっちゃうかな
と続けざまに言って
自分でもおかしくて笑っている
小学二年生
---------------------------------------------
虫
ひいおばあちゃんは目を細めて
赤ちゃんをあやしながら
「まるで虫みたいだよ」と何度も繰り返した
私はそうかなあと思いながらも
どこかあたっているような気がした
ひっくりかえって手足を動かしているカブトムシ
たぶんそれと似ていたのだろう
パジャマ姿でひとしきり騒いだあと
自分の布団をひきずって
自分の寝床を作っている
いつから君は
「虫」から「人間」へと進化したのだろう
甘い蜜も吸わなくなった
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ポタージュ
「今 思った
ふたつ思ったことがある
だけど言えない」
君は意味深な笑みを浮かべ
そのあとずっと黙っている
そう
抱え込む秘密は
ふたつぐらいがいいところだよ
とろとろのポタージュになるまで
胸の中で
ゆっくりと揺すっているといい
黙っていればいるほど
だんだんおいしくなるよ
---------------------------------------------
一言
たった一言つぶやいたその言葉が
百のお気楽なおしゃべりよりも
ずっしりと重いということもあるのだ
もっと問題を見せなさい
どんなわめき声よりも
その一言をはっきりと
私は聞き取らなけらばならない
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黒いスプリング
小さな黒いスプリングが
転がっていく
ころころとどこまでも転がっていく
きみ きみ
きみは本来転がっていくべきものではなく
押し返す力をもって
または 跳ね上がる力をもって
仕事をすべき物体なのだよ
でも小さな黒いスプリングは
ころころ転がっていく
絨毯を越え 廊下を越え 階段を降りて
転がることを
今はじめて楽しいと思ったかのように
できなくちゃいけない
やらなくちゃいけないと言われたことを
全部飛び越してしまったとしても
人生は別に大丈夫
コロンと横になって
行きたい方向にちゃんと顔を向けて
黒いスプリングが転がっていく
なんで転がっていけないことがあろう
最初から転がりたかったから
くるくる巻いているんだよ
世界中のスプリングが
パチンとはじけて転がり出す
顔を真っ赤にしてふんばっていなくたって
人生は別に大丈夫
きっと大丈夫だよって
ころころころころ転がっていくんだよ
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