1、あいさつ (文例そのままの
2、梅雨が終わらない (土砂降りの中を
3、さらぬだに (「さらぬだに」とは
4、浮き草の研究 ひまわりの観察 (研究したいものなんかなにもなかった
5、寝相 (夜 子どもたちは
6、プーさん (幼稚園の帰り道
7、柿の実 (川の中に落ち込んで
8、イッケ(一毛)(生きている時には
9、チビ (かあちゃんはもう帰ってこない
10、十月の誕生日に (夏から飼っていたカブトムシが死んでしまった
11、連合運動会 (競技場の 広大な敷地いっぱいに
12、白い花 (白い彼岸花、
13、泥だんご (風に吹き飛びそうなものではなく
14、思い通り (今から半年くらいかけて
15、遠野の夜 ~東京で自死した友人の故郷へ (遠野の夜を思い出すことがある
16、青が足りない (ワープロを使うようになって
17、バスに乗って (バスの中を タンポポの綿毛が一本
18、顔も知らない ~長田弘氏に (顔も知らない 声も知らない
19、ピアニスト (重ね 重ね打つ音階
あいさつ
文例そのままの
季節のあいさつなら
はじめからいらない
雲は鳥の骨格のようだった
風は縞模様の温度差だった
使いものになりそうにない
いくつかの詩句を
ファイル帳から取り除きながら
それでもその一字一句は
わたしの細胞の一片だったと思う
どれだけ剥ぎ取れるだろう
うすら笑いに似たほほえみは
感情を隠す
隠すことからはじまってはいけない
必要な水を飲むように
喉の動きをあからさまに見せて
正しく用件から切り出そう
ゆっくりと線路を渡り
すぐ横の石段を三歩下りれば
跳ね狂う川水の飛沫
幼な子に話しかけるように
美辞麗句はいらない
用意されすぎた言葉は
あの時
あなたに届いただろうか
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梅雨が終わらない
土砂降りの中を
ドリブルのように走る
一本の傘
子どもたちは
半分ずつ濡れながら
あるかぎりの
水たまりを踏んでいく
梅雨が終わらない
夏休みに入ったばかりの午前
まだ
香ばしい裸になれない
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さらぬだに
「さらぬだに」とは
「さなきだに」とも言い
「そうでなくてさえ」という意味である
どうしてこんな言葉を思い出したろう
そもそもいつ覚えたのだろう
眠かった午後の授業
机の穴にケシゴムのかすをつめてばかり
思い出さなくてはいけないことが
もっとありそうな気がしてくる
さらぬだに
さてありぬべし
さはいへど
地球は平らでもよかったのだ
太陽が回っていてもよかったのだ
火星人がタコだってよかったのだ
知ったからといって
それがなんだというのだろう
捨て猫の救い方さえ知らない
眠れない夜の眠り方さえわからない
優しい言葉のひとつさえかけられない
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浮き草の研究 ひまわりの観察
研究したいものなんかなにもなかった
貼り出されて自慢できるようなものなんて
(せっけん削ってうさぎの置物
おりがみ折って金魚のモビール)
みつけるべきものは自分でさがす
知るべきものは自分で知る
手に入れるべきものは自分で奪い取る
宿題じゃなくっても
ロッカーの上はごちゃついた工作でいっぱいだった
廊下の壁には書き込みだらけの模造紙が
金紙や銀紙が貼られて
見ましたよという先生のサイン
「浮き草の研究」「ひまわりの観察」
ああ なんて素晴らしい!
本当のことはとうとう提出しなかった
だって形になんてできやしない
カラスアゲハを追いかけながら
ずっと迷子になっていたことなんて
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寝相
夜
子どもたちは
狂った時計になる
一緒になって回りながら
もう上も下も
北も南もない
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プーさん
幼稚園の帰り道
のぞいたリサイクルショップで
君は薄汚れたプーさんのぬいぐるみをみつけた
はなから相手にせずに
そんなの だめ だめ ばっちいし
うちにきれいなぬいぐるみいっぱいあるし
だけど君はどうしてもほしいと涙ぐんだ
君は きょう 幼稚園で
なにか哀しいことがあったの?
だれかにいじわるされたの?
訴えるほどでもないけれど
なにかさみしい気分になることって
だれにだってよくあるよね
そう思ったから
わざわざ引き返して
よれよれのプーさんを
買ってあげたんだよ
今でも君は言う
このプーさんだけはどういうわけか
どうしてもほしかったんだよ あの時
片目がちょっと飛び出していて
服の端っこが破れていて
手もプラプラと今にも取れそうなプーさん
鼻のあたまにハチがくっついていたプーさん
しかもよく見ればプーさんの偽ブランド品
でも なんだか好きなんだよなあ このプーさん
何が必要で 何が必要でないものなのか
本当はだれにもわからない
ボロボロのプーさん
迷いながらも連れてきてよかったよ
あの時 少し疲れていたこの子のもとに
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柿の実
川の中に落ち込んで
流れもせずに
藻草の中で
そこだけぽっと赤く
通りすがりの
メダカが立ち止まる
「少しだけ
そばにいてあげましょうか」
あした嵐が来たら
透き通った秋の陽も
ずっと遠くに流される
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イッケ(一毛)
生きている時には
絶対にしない顔をして
おまえは死んでいた
道路わきの草むらで
抱き上げたら
ごわごわに硬くて
手足も突っ張ったままだった
毛並みはもうゆるゆると動かなかった
剥製のように ひとつの
血にまみれた固体になってしまっていた
おなかのあたりが
まだ少し温かかった
午後の陽射しが当たっていたせいかもしれないけれど
やさしくうっとりと眠っている顔ではなく
怒っているような激しい顔だった
全部の牙を見せて挑むような顔だった
闇夜のような目をしていた
生きている時には
絶対にしない顔だった
教えに来た子どもたちは
本当にこれがイッケかどうか自信がない様子で
離れたところで見守っている
しあわせだったと思いたい
野良猫にしては
みんなに愛された二年間だった
四匹も子どもを産めてよかったね
庭に埋めてあげようと
箱に入れて抱えて歩いた
ずっしりと重かった
箱から突き出た足が揺れていた
「それにしても あの顔は実に怖かった
イッケのあんな怖い顔 はじめて見たよ」
黙って横を歩く子どもたちに
笑いかけようとしながら
歩きながら
たかが野良猫なのに 馬鹿だなと思いながら
泣けてきて仕方なかった
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チビ
かあちゃんはもう帰ってこない
箱の上にのっかって
庭の方をずっと見ていた
茶色い虎毛のかあちゃん
白ひげが立派だったかあちゃん
あったかいおっぱいのかあちゃん
十五夜のすすきが庭の隅で
じゃれてもいいよとささやいている
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十月の誕生日に
夏から飼っていたカブトムシが死んでしまった
(たぶん寿命で)
おなかが大きいカマキリはいつまで待っても卵を産まない
(ケースの底には食いあさったバッタの死骸が)
かわいがっていた茶トラの野良猫は
車にはねられて悲しい死に方をした
(まだほんの二歳だったのに)
季節は秋
春に産まれたものは
衣を脱ぎ
衣を替え
衣を重ねて
なおも生きられるかどうかを黙って問いかけている
けれど九歳になった君へ
十月の空に浮かぶ月は
いつも君の寂しさのそばにいるだろう
悲しいことが色を深めていく十月に
トカゲたちは眠る場所を探しはじめ
カエルたちは最後に鳴いてみようかと口を開く
虫かごの中はもうじき整理されるだろう
十月は君の中で何度も繰り返されるだろう
過ぎゆくものが一瞬立ち止まる
十月の君の誕生日に
生まれるものと死するもの
どちらが多いと言えるのだろう
どちらが多かろうと
君は
君らしいバランスを保っていけるといい
もうすぐ一斉に
花のような紅葉がはじまる
密やかな産卵の音が
地中深く沈んでいく
君は
そんな十月に産まれた
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連合運動会
競技場の
広大な敷地いっぱいに
おびただしい子どもたちが
白い体操着姿で
散らばっている
音楽に合わせて
手を振り
足を曲げ
寝転がり
走り回る
てんでんばらばらなような
少しはリズムに合っているような
はじめて見た
こんなにたくさんの子どもたちを
どこのだれやらさっぱり分からない
でもみんな同じ小学六年生
賢い子も 美しい子も
勝気な子も おっとりした子も
うるさい子も 静かな子も
大きな子も 小さな子も
等しく
同じ地面を踏み
同じ秋の風に当たり
同じ太陽に照らされた
等しく
同じ死を内在させ
全体を見た
全体は小さなズレや小さな間違いを
大きく飲みこみ
その中の一人である君が
どこでテンポを外そうと
だれもが微笑みながら見逃していた
世界はきっとこんな風だ
高みから見下ろせば
だれの鼓動も同じような動きをしている
人間に許された力加減で
白く回り続ける独楽たち
何も見分けられはしない
その安心の中で
澄んでもいい ぐらついてもいい
余計な声は何も届かない
夕靄の降り始めた競技場に散らばって
君は全体であり
個であり
幻のように君そのものだった
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白い花
白い彼岸花
白いサルビア
白い桔梗
白いコスモス
抜けきった色の
最後の突き当たりにある白
二、三日前から
急に秋は加速した
都電の車輪も冷え切っている
鬼子母神の界隈を
もう一度見に行かなくてはならないと
思っている
今年中に
どうしても書いておきたい物語があって
その中で私が訪れる(訪れたことのある)場所の
正確な距離と位置を確認しておく必要がある
西日の突き当たりにあった白い板塀
あの日 私は(私たちは)
共に生きる生と同時に
共に死ぬ死を願った
線路の真ん中に立って振り返れば
高層ビルが
霞みながら雲を突き刺しているのが見えた
空いっぱいに白い花びらをいただいた
数本の巨大な植物のように
ああ 薄情なほどに
笑えた方がいい
あれから私たちはどれくらい笑っただろうか
笑おう
頬が真っ赤になるほどに
すすきみみずくは
とうの昔に
ほこりまみれになってしまった
綿のたぬきは
こなごなにくだけてしまった
あの頃の物語を
消えないうちに書いておかなくては
確認しに行かなくては
思いが白くなりすぎないうちに
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泥だんご
風に吹き飛びそうなものではなく
複雑に込み入ったものでもなく
はかなくもろいものでも
強く傲慢なものでもない
大げさな褒め言葉で
飾られるためにあるのではなく
否定を重ねるためにあるのでもない
だれとも切り離されていて
しかもつながるルートは持っている
泥だんごのように
ゴロッと転がっている
にこにこと日の光に当たっている
温かくて湿っている
おいしそうな顔をしている
生き物の匂いがする
崩れて土くれに戻っても
さらさらと乾いていける
それじゃだめだよと言われても
他のものになりたいとは思わない
地べたに近いところで
わたしは笑っている
それでいいじゃないか
それでいいのだと思う
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思い通り
今から半年くらいかけて
愉快で滑稽な詩を
十編ぐらい書けたらいいなと思う
しかめ面をされてもいい
何の褒め言葉もなくていい
そもそも誰と比べようというのか
役にもたたない言葉を書き連ねることで
だれの思い通りにもならず
自分の思い通りになる
もう夕暮れの感傷も関係ない
先のことは何も決めていない
桜は散るとき
大笑いに笑っているような気がする
うまいこといくっていうのは
どういう状態のことなのか
言葉にしたら
恥ずかしくて仕方がないだろう
とにかく何も言われたくはない
疲れて傷ついた気分
だからもっと楽しい言葉を
もっと愉快な言葉を
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遠野の夜 ~東京で自死した友人の故郷へ
遠野の夜を思い出すことがある
山道を深く奥へと回り込み
やっとたどり着いた里は
秋雨にぬれた林檎色だった
夕方 曲がり屋の囲炉裏を囲んで
私たちは少し居心地悪く
熱い灰の匂いを嗅いでいた
窓からは遠く暗い山のふもとを
細く長く電車のあかりが流れていくのが見えた
座敷童子は真っ暗な戸袋の隅っこに
ひとりひっそりとうずくまっていた
この寂しさの中に十八まで育った人は東京で
どんな秋を過ごしただろう
すぐにでも帰りたい心には
東京からここまでは確かに遠過ぎたね
帰ったとしてもきっと
遠野の夜も東京の夜も
同じだったに違いないのに
激情でもなく純情でもなく
私たちは黙り込みながら
ふたりで遠野の夜にいた その秋
一生を決めてしまいそうな
暗い遠野の夜に
果てしなく打ちのめされそうな心を
じっとこらえながら
誰にとってもどうしようもなかったあの秋に
私たちは遠野の夜にいた
凍えた河童の声も聞こえなかった
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青が足りない
ワープロを使うようになって
私の筆圧は落ちたようだ
ペンだこもすっかりしぼんでしまった
あるメーカーの
青色のインクのボールペンをずっと使っていた
それはけっこう明るい青で
書いているとすぐにボテてくる安物だったが
紫がかった青の調合は
深夜の静寂を鮮やかに写し取っているかのようで
他のどんな色よりも好きだった
右のてのひらの小指側はいつも青く汚れていた
(疲れてくると青い文字が黒い文字に見えてくる
もっと疲れると醤油が飲みたくなる)
画数が多い字ばかり選んで
強そうな文字に仕立て上げようとしていた
苦しいとうめき
もうだめだとつぶやく
指先をみつめ
手首を回した
時折苦い錠剤を飲んだ
青いインクのような夜明け
軽薄な内容にボテボテの染み跡・・・
いまでも核心は衝けないまま
ワープロの軽いタッチに従って
縦横無尽に増減を繰り返す
いつでもスマートに生み出される活字は
しかし
筆圧もなくどこまでも平坦だ
私の右手はもうどこも汚れていない
青が必要だ
すべてを塗りつぶすような青が
インクの輪の中に
のろまな紙魚をとじこめる
輪を縮めて縮めて追い詰めていく
ワープロではできないだろう そんなことは
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バスに乗って
バスの中を
タンポポの綿毛が一本
奥の席に向かって
飛んでいく
一緒に行こうか
坂道の上の
丘の町まで
君は
草いっぱいの遊び場を探しに
私は
車椅子の少女の
赤い頬を見に
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顔も知らない ~長田弘氏に
顔も知らない 声も知らない
ただその人の書いたものによってしか
その人を知らない
一本の大通りをはさんだ古本屋街を
私よりも二十年前に歩いた人
(詩を書くのに学歴は全く関係ありませんでしたね)
きっと同じ場所にたたずんでいた
同じいらつき方をして
薄暗い書店の奥にも何もみつからなくて
仕方なく店先の三冊百円の文庫本を買って帰った
(詩人として生まれることはできないが
詩人として死んでいくことはできる)
そうして私は
それを望んでいるのだろうか
私は今 何ものだろう
同じ大学の出身というだけで
どこかなつかしい
その人は二十年も先を歩いている
詩人として
「世界は一冊の本」とその人は言った
私も一冊の本になろう
できれば
季節の折々に取り出して
読み返してみたくなるような
顔も知らない 声も知らない
丁寧なあいさつを込めて
私はその人の詩集を読む
そして親しいあいさつが返される
少し悲しみを帯びて
(181教室 あなたはどの辺に座ったのだろう)
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ピアニスト
重ね
重ね打つ音階
弾き
弾き返す鍵盤
流れ
流れ行くオゾン
ピアニストは語る
(これが私の誕生)
(これが私の十代)
(これが私の二十代)
(これが私の今)
沈黙を壊す
中から
夥しい羽虫を
生まれさせるために
ピアニストは語る
(これが私の真昼)
(これが私の夕暮れ)
(これが私の深夜)
(これが私の夜明け)
苛立ちも
眠気も
地響きのように
のみ込んでいく
ホールの外で耳を澄ます
子どもたちのために
ピアニストは語る
音を吸い取っていく手首
胸元に真紅の薔薇
(待っていて)
(あと少し・・・)
(あと少し・・・)
(これが私の庭園)
(これが私の城)
(あなたたちが最上階で遊んでいる・・・)
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