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第26詩                              虫の触覚

  • kaburagi2
  • 2024年6月5日
  • 読了時間: 21分

更新日:2024年7月26日




1、本当のところ (神は 人が背負いきれない荷は負わせないというけれど

2、別人 (性格テストによると

3、飼う (昔 犬を飼っていた

4、だからどうすればいい (どんなに愛を尽くし

5、今日のババシャツ (誰も気づかないだろうが

6、春は (庭にある小さな池に

7、見る (鉄橋のすぐ下の河原に

8、春の天気 (今日は朝から風が強くて

9、忘れるということ (十数年前の日記を読み返してみたら

10、いなくなった猫 (あんなに愛した猫が

11、忘れるということⅡ (十年前の日記に

12、通りすがり (通りすがりの人が

13、事件だらけ (毎日いろいろな事件が起こる

14、小市民 (自分が有名人でなくて

15、多摩森林科学園にて (たぶん今年はこれで最後の桜を見に行く

16、夢を見た (夢の中で財布を探り当て

17、気分回復 (せっけんを使った手で

18、同い年 (夫と私は同い年で

19、万事これでよし (意図したようには子は育たなかったので

20、協調性とは (子どもの頃から通信簿には

21、鯉のぼりの頃 (鯉のぼりは 何日かは外に吹きさらしておくものだから

22、ポテンシャルは計り知れない (たとえ ちびけた一本の鉛筆でも

23、菖蒲湯 (お風呂には菖蒲の葉束が浮いている

24、三日間の不在 (ふるさとを離れて暮らす子どもの気持ち

25、世間 (お隣の人が 秋冬物は110だね

26、昨日と今日 (昨日できなかったことが

27、リズム体操教室 (楽しげな音楽がかかり

28、ほほえみ (冬の休暇中に 谷川俊太郎の

29、早朝五時四十五分 (小鳥のさえずり

30、白黒の羽根をもつ野生のヒナ(ピッピちゃん) (夫が珍しく野生のヒナを拾ってきた

31、夕食の途中だけれど (東側の建物の窓の反射の色を見て

32、床の上 (床には クリップやら

33、思い出す (夫が急に 「リンスキン リンスキン」と

34、泣いている (夜中 どこかの赤ん坊がひどく泣いている

35、虫の触覚 (洗面所のたまり水に



本当のところ

  

  

神は

人が背負いきれない荷は負わせないというけれど

時々 そうではないだろうと思う

テレビニュースや新聞記事を見ていて

ひとりの人間が負う罪としては

また耐えなくてはいけない運命としては

あまりに苛酷すぎるのではないかと思うことがある

  

仏教を熱心に説く人に

それこそが

因果応報だと説明されることもあった

過去世に悪い因があれば

現世に必ずその報いが来るのだと

  

知ったこっちゃないね過去世なんて

ただわかっていることは

ものすごい理不尽と不条理と不平等は

確実にこの世に存在しているということだけだ

  

  

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別人


  

性格テストによると

過剰順応気味なので

いろいろ安請け合いしたい気持ちを

いつもグッとこらえている

特に必要とされていない集まりには

少し遅刻するようにしている

良妻賢母型と診断されたこともあったが

そりゃないな ほらこのとおり

  

私はどんな人間になりたかったのだろう

学年が変わるたび

学校が変わるたび

住居が変わるたび

少しずつ人格改造を試みながらも

人前での発表はやっぱり苦手

地道な裏方作業がやっぱり得意

  

理想の別人にはなれないと観念したので

今も変わりなく

これからも変わりなく

この性格を生きていくのである

  

  

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飼う


  

昔 犬を飼っていた

最初の犬は白い雑種で

雪遊びの写真の中に

かしこまって座っている姿しか

記憶に残っていない

ま私は幼すぎて

  

白いチャボも飼ったことがある

もらわれてきた時は

やせて首が長くて

羽毛もはえそろっていないようなヒヨっ子だったが

それが夏になっていきなり

私の目の前で卵を産んだ

小さくて濡れていてあたたかな卵だった

  

いろいろな生き物を飼った

ハ虫類以外は大体飼った

飼った数だけ死なせてしまった

悲しみの大きさは

飼ったものの大きさに

ほとんど比例していた

  

猫がいなくなった

死んでいるとも言い切れず

悲しんでいいものか分からず

鈴の音が元気に駆けこんで来はしないかと

いつも外に向かって耳を澄ましている

  

悲観か楽観か この気持ちをどうしよう

  

  

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だからどうすればいい

  

  

どんなに愛を尽くし

心を尽くし

身を清くしていても

悲しい事や

不具合は

容赦なく起こるのだし

  

頑張ったから

頑張ったなりの成果

といった正当なあり方から

全くかけ離れた世界にあるのでしょう

運命っていうやつは

  

以前 お姑さんがお坊さんに

「いいことをいっぱいすれば

いい死に方ができますか」と

訊いていたが

「そんなことはありません」と

あっさり斬り返されてしまっていたし

  

ほどほど穏当に生きているはずと思っていても

油断ならないな

この世っていうやつは

愛猫も前触れなくいなくなってしまったし

  

  

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今日のババシャツ


  

誰も気づかないだろうが

実は私は今

ババシャツを後ろ前に着ている

首のところに違和感がある

  

暑くてトレーナーを脱いだら

中に着ていたTシャツが

見事に裏返し後ろ前だったことがある

これは人に指摘されるまで気づかなかった

  

別にどうでもいいのである

後ろ前でも裏返しでも上下さかさまでも

私はそんな人間なのである

  

「からだは衣服にまさる」

という言葉もあるではないか

「命は食物にまさる」

とも

  

究極の事態に耐えられる中身であるか

目下の興味はそればかりである

  


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春は


  

庭にある小さな池に

今年も大きなガマが来て

顔に似合わぬかわいい声で

夕暮れ時に鳴いている

  

買ったり整えたり

揃えたり数えたり忘れようとしたり

春はいろいろなものの更新の時期だから

いつも少し疲れてしまう

咲く花の健やかな勢いにも

ついていけない気がする

  

ガマは卵を産み終わったあと

空虚な感じに苛まされないだろうか

生まれてくるのを見届けることなく

いつのまにかどこかへ行ってしまうけれど

  

春はいろいろなものの更新の時期だから

意識が衣を脱ごうとしてしまうから

細胞が勝手に動き出してしまうから

強いて

たくさん眠らなくてはいけない

ぼんやりしていなくてはいけない

  

  

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見る


  

鉄橋のすぐ下の河原に

小さな子どもを交えた家族が

弁当の包みを中心に据えて座っている

広々と向こうまで誰もいないのに

わざわざうるさい鉄橋のそばを選んで

  

子どもが電車を見たいとせがんだのだろうか

見るというなら

見られることにも耐えなくてはならない

電車の中から見下ろした視線は

見上げる家族らの視線とぶつかりあい

一瞬のうちに挨拶を交わす間もなく

大きく離れていく

  

見たと感じ

見られたと感じる

そのバランスは必ずしも同等ではなく

たやすく中心をはずしてしまう

あの子が見ていた電車

私が見ていた家族

電車が抜けて行く風景

見られていたものは何だったのだろうか

  

私の一瞬の意識は

諸々の視線を跳ね返せるほど強くはない

肩口でかわそうとして

白く煙る桜の堤を眺めやる

深度の計れない春の淡さに

すべてを逃がそうとして

  

  

  

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春の天気

  

  

今日は朝から風が強くて

お隣のご主人の白い股引きが

物干しざおからはみ出して

大きくはためいている

  

出かけなくちゃいけないのになあ

自転車進むかなあ

  

あまりに股引きがはためくので

お隣の奥さんも気づいて

股引きを取り込みはじめた

  

おっと風に混じって

小雨も降ってきたようだ

出かけなくちゃいけないのになあ

でもこういう雨ってすぐ止むからなあ

空もまだらに明るくなっている

雀も柿の木で鳴いている

  

だから

うちは洗濯物取り込まないよ

あとちょっとしたら

出かけるよ

  

なんて言いながら自転車で出かけたが

しょぼしょぼと雨はやまず

やっぱり途中で雨カッパを着るはめになった

洗濯物はしっかり取り込んでいった

ナイス判断 私!

  

と思いながら帰ってくるころには晴れてきて

お隣の家ではまた白い股引きが

ヒラヒラと干し出されている

  

  

  

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忘れるということ

  

  

  

十数年前の日記を読み返してみたら

どうやら私は相当な剣幕で

君をなじったりどなりつけたりしていたらしい

君がわあわあ泣いて謝っているのに

  

日記の中で私は

母親としていかがなものかといつも悩んでいた

しかし今ではそんなことはすっかり忘れてしまっている

君も全く覚えていないという

  

それは

すべてがこなされて穏便に解決していったということではない

更に多くの出来事が重なって

昔のことはどうでもよくなっていったということだ

  

時がたつとはそういうことだ

今のあれやこれやは十数年後にはどうでもよくなる

どうせ忘れていくのだから

悩むだけ損だ

しかしそれを本当に理解するのはやはり

十数年後に日記を読み返した時だけなのだ

  

  

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いなくなった猫

  

  

あんなに愛した猫が

いなくなってもうすぐ1か月

思い出すというには

まだあまりにも生々しい冷えたままの寝床とか

茶色い毛が細かく張り付いたままの椅子とか

出し放しのエサ入れとか

  

地球上で生まれ

地球上で死ぬ

ただそれだけのことなのに

積み重ねてしまった絆のために

何億光年も遠ざけられてしまったかのようだ

  

娘が一番あの猫を愛していた

いなくなったらどんなに嘆くかと

ずっと以前から気にかけていたが

さんざん探し回った後は

思いのほか淡々と過ごしている

  

かなしみの量は

目に見えない

笑っていても

それはよろこびの量を表しているわけではない

  

隠されているものを思いやり

今日も家族は淡々と過ごす

  

  

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忘れるということⅡ

  

  

十年前の日記に

「これこれの本を読んだ

なかなか感動した」

などと書いてあるが

私にはその作家の名前も本の内容も装丁も

まるで記憶にないのである

夫が

「あの場所に一緒に行ったことあるよな」と

テレビの旅番組を指さすことがあるが

「あれ? 行ったっけ?」と

その地名にも風景にもまるで覚えがないのである

  

子どもがいる

この子に関しても

かなりの部分を忘れているに違いない

私がいる

それ以上に自分の何たるかの大部分を

忘れているに違いない

  

覚えすぎていることよりも

それはよいことなのだ

付随して失ってしまったものの大切さに比べてみても

それはよいことなのだ

  

覚え続けていたら耐えられない

そんな記憶もあったに違いない

「何かあったっけ?」と

今はぽっかりと何も覚えていない

  

  

  

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通りすがり

  


通りすがりの人が

うちの庭の色とりどりのパンジーを見て

「まあ なんてすてき

だんなさんのご趣味で?

幸せな奥さんですこと」と

声をかけてくる

  

それに対して私は

「はあ 私も楽しませてもらっています」と

にこやかに挨拶を返すのだが

  

さては

夏 ものすごく水道代がかかることを知らないな?

花ガラその他の植物ゴミが月曜日に何袋も出ることを知らないな?

うっかりすると毛虫がおぞましくはびこることを知らないな?

  

でもまあ無粋なことを思うのはやめにして

花壇担当の夫と娘の功徳ポイントが

ぐっと上がっていることに期待しよう

  

私は草むしりと

木枝や蔓の剪定担当

地味すぎて

誰も褒めてはくれないが

  

  

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事件だらけ


  

毎日いろいろな事件が起こる

個人レベルだったり

国家レベルだったり

あるいは密かなマニアのみが知る

宇宙レベルの大事件だったりして

  

私は家族と

「これはこうすればよかったんだよ」とか

「こういうことがよくなかったんだな」とか

いっぱしのコメンテーターとなって

何かと論評を下したりしているが

  

こんなにいいお天気なのに

いいお天気だと感じる事もできない人もいっぱいいて

いることは知っているし

自分だってそんな時期もあったし

だからと言って

そんな人たちをどう救ったらいいのか

  

個人レベルだったら何かできそう

国家レベルだったら

国際関係論その他を慎重に学んでからでしか

ものが言えない気がする

宇宙レベルだったらこれはもうお手上げ

  

救い合って

腹を割って

利害愛憎をとにかく一度凍らせて

悪意欲望もとにかく一旦眠らせて

ただただやさしく生きよう

  

全世界 全宇宙の人々が

一斉にそう思ってくれはしないものか

みんな 思って! 思って!と

ひとりでここで強く念じている

  

  

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小市民

  

  

自分が有名人でなくて

つくづくよかったと思う

  

有名人だったなら

誰とつきあっているとか

破局しただの

結婚前に妊娠しちゃっただの

予定より早く出産しただの

その赤ちゃんの顔はどうの

どこの学校に行ったとか

借金したとか

離婚したとか

病気で倒れたとか

死んじゃったとか

いちいち報道されてしまう

  

人間 めでたいことばかりではないのである

賞を取ったとか

合格したとか

絶賛を浴びたとかいうことばかりではないのである

自慢している口が

次の瞬間にもねじ曲がるのである

  

有名人 大変だなあ

小市民 バンザイ!

今日も気軽にずっこけていられる

  


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多摩森林科学園にて

  

  

たぶん今年はこれで最後の桜を見に行く

  

木々にくくりつけられた

説明書きを読んでみれば

桜にもいろいろあって

匂いのある桜

上を向いて咲く桜

二度咲く桜

純白や紅色や緑や黄色に咲く桜

知らなかった

そんなに種類があるなんて

  

ここにあるのは

各地の著名な桜のクローン

自然そのもののあたたかい森のようでいて

大事な部分が

冷たいメスでいじられている

  

今日も夫のカメラの

重いレンズ持ちをさせられた

崖の近くでレンズ換えをしては駄目

十五万円もしたんだよね

しまった 銀レフ忘れちゃった

などと騒ぎながら

桜の風はほのか

人のにぎわう彼岸桜の並木道

  

今年の花見はこれで最後

最後ばかりはしめやかに

花を見上げてまたいつか

  


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夢を見た


  

夢の中で財布を探り当て

パンを買うことができた

パンは丸っこく

あんこが入っていて

私は心底うれしいと思いながら

食べたのだった

  

そのすぐ後で

別の夢を見た

大切な人のお見舞いに行き

病室を出て

暗くて湿っぽい廊下の先の

狭いエレベーターにひとり乗り込んで

私はポロポロ泣いていた

  

明け方の夢はリアルで

いつも少し痛ましい

私は

おいしいあんパンを食べた幸福と

泣かずにいられない気分とに

心かき乱されながら

その朝 目を覚ましたのだった

  

  

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気分回復

  

  

せっけんを使った手で

本のページをめくると

めくるたびにいい匂いがする

うれしくなって手でひらひらと更に風を作る

  

念入りに歯磨きをする

どの歯もつるつるに

舌の奥までさらさらに

これなら誰とキスしても平気という程にまで

  

良い気分の素は

顔を洗ったり

歯を磨いたり

掃除したり

着替えたり

散歩したり

ということの中にあるんじゃないかな

単純なる生活行為の中に

  

洗濯機の中を覗きこむ

二層式の壊れかかったやつだ

ぐるぐる回っているのを

時々見に行きながら鼻歌を歌う

  

毎日の洗濯ができるのはいいことだ

毎日の掃除ができるのはいいことだ

毎日の料理ができるのはいいことだ

  

面倒くさくても

とてもいいことなのだ




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同い年


  

夫と私は同い年で

学年も一緒で

最後は学校も一緒だったから

何かと話は合うのだが

  

給食のミルクが

脱脂粉乳だったか牛乳だったかで

どうも意見が分かれる

  

川崎で育った彼と

宇都宮で育った私

彼が銀色のミルク缶に入った

あの生暖かい脱脂粉乳を経験していないとは!

ミルクの表面に張った膜を

先割れスプーンでつついたことが無いとは!

  

微妙なところで記憶が違う

同い年でも

重なり合わないパラレルワールド

彼が川崎で鬼ごっこをしていたとき

私は宇都宮で大波小波をしていた

すべてを知りあいたい

互いの涙も喜びも

と思っていた愛すべき勘違いの日々も既に遠く

  

本当のところはまるで知らないなりに時は過ぎる

ピンチの切り抜け方とか

趣味の方向とか

生活の中で次々と現れる互いの謎の部分

おやおやと首をかしげたり

ふむふむと感心したり

夫として妻としてだけではなく

個人として他人として

見知らぬ人として互いを眺めよう

  

それにしても 同い年なのに

あの脱脂粉乳を知らないなんて!

まずいまずいと人は言うけれど

私は案外好きだったけれどもね

  


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万事これでよし

  

  

意図したようには子は育たなかったので

よい具合にはみ出た子どもがふたりいる

そもそも思い通りになんていくものか

母親を取り換えたなら

問題もなく心配もかけない素晴らしい子どもに育ったのか

と考えなくもないが

そうでもないだろう

違う母親だったらもっともっと

イライラしたりムカムカしたり

嘆いたりなじったり

挙句の果てには

子どもをボロボロになるまで傷つけてしまうか

そのどれでもないということだけでも

すごく成功しているではないか

年齢と学年が一致していなくても

どこか謎めいていていいじゃないか

ニワトリの「デカブツ」だけが唯一の友達だって

どこか哲学者みたくていいじゃないか

人望もなく人付き合いも悪い

だけど元気で好き勝手なことをやっている

私もそんなおかしな子どものひとりだったのだから

  


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協調性とは

  

  

子どもの頃から通信簿には

協調性はあるが指導力は無いと書かれてきた

PTA役員の長を決める時には

この通信簿を持っていきたいほどである

協調性についても実はあやしいものだ

トイレにはつるまないでひとりで行きたい方だ

何かをやってと頼まれれば素直にやるが

独走で突っ走ってしまうのが常で

伴走されるのも並走されるのもあまり好まない

  

私のどこに協調性がある?

友だちなんていなくても全然平気だった

小学校の体育館の垂れ幕に

「元気いっぱい

夢いっぱい

友だちいっぱい」

などと書いてあると

「ばっかじゃないの? ケッ」とつい思ってしまう

  

最低限の付き合いで

ほんの数名の間で

よい人間関係を築ければそれでいい

協調性はないので

マンボウのようにひとりで

海の真ん中に浮かんでいるのが好きなので

  

  

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鯉のぼりの頃

  

  

鯉のぼりは

何日かは外に吹きさらしておくものだから

年を重ねるごとに

色あせ よれよれになっていく

  

あそこの少年はもう中高生になっているな だの

あそこの子はまだ産まれて間もないな だの

じいちゃんばあちゃん 随分気張っちゃったな だの

鯉のぼりの状態を見れば大体わかる

  

うちにも金太郎が張り付いている小さめの鯉のぼりがあった

ありがちな祈りも少しは込めていたかもしれないが

強くてたくましい子になることだけが

正しいのではないとずっと思っていた

  

絵を描くのが好きな子だ

体育が苦手な子だ

鬼退治なんかごめんこうむると言いそうな子だ

部活動も文系だ

  

一番もっともらしいあり方にいるのがいいのだ

鯉のぼりはくねくねと風に吹かれる

あれはあれで

風が止むと結構だらしなく垂れ下がってしまうものである

  

  

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ポテンシャルは計り知れない

  


たとえ

ちびけた一本の鉛筆でも

ひとかけらのケシゴムでも

一枚の一円玉でも

コップ一杯の水でも

それがないと非常に困る という状況がある

  

ちびけた一本の鉛筆のように

ひとかけらのケシゴムのように

一枚の一円玉のように

コップ一杯の水のように

すっかり油断させておいて

いざとなったらきっちりお役に立ちましょう

私も

 

 

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菖蒲湯

  


お風呂には菖蒲の葉束が浮いている

これは筋状の葉脈であるから

イネやササやトウモロコシと同じ単子葉類で

おそらくはひげ根

維管束はバラバラに散らばっている

などとひとり薀蓄を傾け悦に入っている

  

子どもが小さかった頃は

菖蒲の葉をくすぐったがって

狭いお風呂の中を

キャッキャと笑いながら

逃げ回っていたものだった

  

ふと見れば一本の葉が

戯れに結んである

前に入っただれか

だれだろう

私もゆるく結んでみる

  

ひとりひとり

菖蒲の葉を目の前に浮かべて

ちょっと遊んでみる五月五日の夜

  

  

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三日間の不在

  

  

ふるさとを離れて暮らす子どもの気持ち

いつも帰りを待ちわびている母の気持ち

今は両方の立場での気持ちがわかるから

雨の日が二日続いたからといって

むやみに心配したりはしない

心配はありがたいようでいて

心配される側にとっては

結構ウザイものだから

  

修学旅行から息子が帰ってきた

土産物と洗濯物を床に広げ

旅館で出た夕食の魚の小骨が喉に刺さって

丸一日不愉快だったなどと言い

千円で買ったという扇子を

満足げにあおいでいる

  

私も

同じようなことを切り抜けてきた

子どもとして


つまらないことで心痛めたり喜んだりしてきた

親として

  

おやおやそれは大変だったね お疲れさん

それはそうと

清水寺で頭のよくなる水は飲んだかい?

奈良の大仏の柱の細いくぐり穴を

くぐってみたかい?それはもう無理か

二条城のうぐいす張りのピヨピヨ具合は?

などと言いながら

お土産の生八つ橋を

さっそくもぐもぐとおいしくいただいている

  

親にお土産を買ってきてくれるなんて

なんていい子と思いながら

  


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世間

  

  

お隣の人が

秋冬物は110だね

などと言っているのを漏れ聞いて

お隣の子の大きさを推し測る

それが年齢に比して

大きいのか小さいのか

またはお利口なのかお馬鹿なのかなど

私には全く興味もないことだ

  

私が一種の「世間」であるなら

お隣の人 これから何があろうと

私という世間については

気にしたり恐れたりする必要は全く無いから

もちろん

助けの手はいつでもここにあるから

  

  

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昨日と今日

  

  

昨日できなかったことが

今日できるようになる

一年にすべてを凝縮する赤ちゃんのように

  

娘が言う

「今日 私は変わったような気がする」

  

朝と夜があり

一日があり

一年があり

永遠がある

  

人間そのものが完全に変わっていく

そのサイクルはどれくらいだろう

生まれ変わったかのように

ある日清々しく風のそよぎの中に立つのは

  

ひとつの笑い

ひとつの涙

いくつもの小さな感情のうねりを越えて

  

今日 娘は

確かに昨日とは違う自分になったと言う

  

 

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リズム体操教室

  

  

楽しげな音楽がかかり

みんなでガアガアとか

メエメエとか

ブーブーとか言いながら

四つん這いになって練り歩いているのに

君は部屋の隅っこにじっと座り込み

くるりとした目で眺めているだけ

  

私は仕方なく

みんなの真似をして

ケロケロだの

モウモウだの\言いながら

むなしく四つん這いで練り歩いている

先生にそうやって誘ってみてくださいと言われたから

  

君は数年たってこう言った

「あんな赤ちゃんみたいなことできるかよ」

(それならそうと早く言ってよ

無駄に疲れちゃったじゃないか)

  

人間の尊厳

幼児にだってある

  

あの時 さっさと教室を飛び出して

きれいな夕陽でも

見に行けばよかったねえ

  


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ほほえみ

  

  

冬の休暇中に

谷川俊太郎の

雛祭りの日に」と題した詩が

ただひとつ書かれたハガキを

もらったことがあった

  

自分でも詩を書く男子学生からだった

  

これは何?

と思いながら

これはたぶん・・・

と分かっていた

けれどそのことについては

休みが明けても

二人何も話さなかった

  

いつも通りの馬鹿話をしながら

休み時間を過ごし

そのまま何も変わらなかったから

私は

聞き返す機会を失った


ひとつのほほえみ

ひとりの人を生かすには

ただそれだけで事足りたのかを


  

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早朝五時四十五分

  


小鳥のさえずり

  

おだやかで平和な朝

ほほえましく起き出す朝

愛する者がそばにいる朝

いつもどおりの朝

  

同じ時刻

  

寂しい朝

むごく打ちひしがれた朝

取り返しのつかない朝

悲しみや憎しみから始まる朝

  

この同じ時刻

  


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白黒の羽根をもつ野生のヒナ(ピッピちゃん)

  


夫が珍しく野生のヒナを拾ってきた

台風の荒天の中

箱に入れてふところに入れて

オートバイで帰ってきた

午前中は結構元気で

掌に乗っていたという

しかしもう明らかに弱って

目を閉じ羽も逆立ち足に力無く

入れ物の中で傾いている

食べそうなものを買っておいてくれよ

と電話があったので

スーパーでひえやあわのフードを買っておいた

私はもう何羽もこのようなヒナを見てきた

以前猫を飼っていたので

だから一目見てその後の経過の想像はついた

子どもは水をあげてみたら

体をあたためてあげたらと言い

何度もカゴの中をのぞきに行く

私もそうだねと言い

スポイドで水をあげてみる

何を食べるかなと夫が言うので

ゆで卵の黄身をお湯で溶いたものなんかなら

と私は言い

夫は早速ゆで卵を作りはじめる

小鳥の呼吸はせわしなく

もうだめだと私は思い

ゆで卵はゆであがり

小鳥は最後の羽ばたきのあとあっけなく息絶え

あとには白いゆで卵

夫は寂しそうにゴールドクレストの木の根元に

小鳥のための墓を作りアジサイの花を挿し

ピッピちゃんごめんねなどと言っている

でもその場所は図らずも

夫も知らないうちに

かつて猫の餌食となった雀や鳩やねずみたちを

私がもう何匹も葬ったところ

わずかばかりのこの世だったろうが

ピッピちゃん

せめて賑やかな墓所に入れてよかったね

  

  

--------------------------------------------------------------

  

  

夕食の途中だけれど

  

  

東側の建物の窓の反射の色を見て

娘は「今日もよさそうだ」と

デジカメを手に西側の部屋に小走りに走っていく

息子も箸を置いてその後を行く

私も箸を置いてその後を行く

夫も少し遅れてその後を行く

ひとしきり夕焼けの色と風情を採点した後

また皆で食卓に戻る

ぞろぞろと

  

その時でなければ駄目なこともある

「後で」は利かない時も

すぐに消えてしまう夕焼けのように

  

  

---------------------------------------------


床の上


  

床には

クリップやら

はさみやら

鉛筆やら

電池やらが

あちこち無造作に転がっている

  

それらはかつて

私が

キリキリしながら

片づけまわっていた代物

  

幼児ではなくなってしまった者たちが

それらを

踏んづけて歩く

口に入れてしゃぶるなんて

もう思いもよらないで

  


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思い出す

  


夫が急に

「リンスキン リンスキン」と

歌い始める

何かと思ったら

それは赤ちゃんがいたころに

よく使っていた消毒綿の名前

  

急に思い出して

なぜかうれしそうだ

  

  

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泣いている


  

夜中

どこかの赤ん坊がひどく泣いている

それこそ断末魔のような声を張り上げて

  

若い母親は

さんざんミルクやおっぱいを試した挙句

顔をひきつらせ疲れ果てながら

抱き揺らしているだろう

若い父親は

勘弁してくれよとつぶやきながら

何もできずに寝床で泣き声に耐えているだろう

  

親になるための空元気

親になるための心意気

親になるための闘志

さあ あなたたちも見せてあげなさい

  

腹筋が疲れた赤ん坊は思う

ひっこみがつかなくなってしまったので

あと一時間は泣かせてもらいます

  

泣いている 泣いている

戦っている 戦っている

夜中 どこかの家の中で

  


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虫の触覚

  


洗面所のたまり水に

虫がおぼれていたといって

タオルの上にそれを乗せて

息子が風呂から戻ってくる

  

それは薄茶色のハナムグリのたぐいで

触覚の先がなぜか三本に分かれている虫

  

デジカメで写真を撮って

仔細に観察したあと

息子はベランダから虫を放す

虫はあたふたと暗闇のどこかに落ちていく

  

その虫は仲間のもとに帰り

どんな冒険譚を語るだろう

三つに割れた触覚をわさわさと揺らし

興奮しながら何を語るだろう

少年の指は恐ろしかったか

優しかったか

  

ふと見れば

空には湿った朧月

息子はもう虫のことなど

すっかり忘れたかのように

  

  




  


 
 
 

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