1、幼児の食卓(おいしそうに食べてくれるのなら
2、八月のスクーリング(八月のスクーリングの
3、おとなこども(こどもじゃないのに
4、ゴミ袋の中身(朝 大きなゴミ袋をもって
5、一口の水(一口の水を こんなにおいしいと感じたのは
6、永い別れ(永い別れが近づいている
7、七月も終わりだというのに(七月も終わりだというのに
8、田んぼマニア(深夜 カエルの声が
9、背が高い(若い頃 背が高いことがいやでたまらなかった
10、微笑み(微笑み方がとても美しい人がいて
11、明日への期待(毎日とてもよく眠れてしまうので
12、百円玉(自動販売機に何度も拒否される百円玉が
13、挨拶(その人の ひとつの言葉 ひとつの目つきで
14、陶芸の先生(いつかそんな知らせが来ると思った
15、お疲れ様(忙しい仕事に埋没しているときは
16、すごいぞ! ダミさん(大雨が降っている夜
17、そのままの姿で(柿の木と塀の間に張られている蜘蛛の巣
18、パソコン(電車で隣に座ったスーツ姿の若い女性が
19、顔(白く洗いあげられた頭蓋骨に
20、寄付(日曜の朝八時
21、記念日(はじめて自転車に乗れた日は
22、香箱猫(椅子の上で シンメトリーな
23、三日月(とがった三日月の皿に
24、子どもの記憶(倉賀野に住んでいたとき
25、お墓参り秋空にナイキな模様の白い雲が
26、陶磁器(買うとしたら
27、二人のTシャツ(ふだんあまり口をききあわない夫と息子のTシャツを
28、文学(梶井基次郎の短編集を読み返してみて
29、春に向かう(泡のような光が
30、惑星の気持ち(国家の威信とか
31、腕時計をはずして(腕時計をはずして
幼児の食卓
おいしそうに食べてくれるのなら
ぐちょぐちょにしたって
ぼろぼろこぼしたって
ばちゃっとぶちまけちゃったって
テーブルの上はごはんと味噌汁と
わかめと豆腐の海
きゃあきゃあ言いながら
手のひらでかきまわす
もはや食べ物ではなくなっても
更にその上たのしく遊べるとは
なんてすばらしい!
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八月のスクーリング
八月のスクーリングの
最後の授業が済み
君はもう八月のこの時間に
戻ってはこられない
授業終了の鐘の音
自分のためのそれを
最後に聞き終えたのは
もうはっきりとは思い出せないくらい
はるか昔になってしまっている
学校という場所で
うまくいっていると感じられていた時間は
とてもわずかだった
私と似ている君も
同じ気持ちでいたのかもしれない
けれど少なくとも私は
物理と化学を選択しようなどとは
毛頭思わなかった
その点だけは大いに違っている
あと何回
終了の鐘を聞いたら
君は君を縛るものから解放されるだろう
その鐘は
君自身が鳴らさなくてはいけないわけで…
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おとなこども
こどもじゃないのに
私の椅子の下には
食べかすがいっぱい落ちている
こどもじゃないのに
私のセーターには
せんべいやチョコのかけらが
あちこちついている
勉強の本を開けば
たちどころに眠くなる
大勢の人の前に立つと
足がガクガクしてくる
おとなになった今でもそう
おとなになった今でも
カレーライスが好き
目玉焼きには醤油
寿司はサビ抜き
こどもより偉い要素など
今更ながらどこにもない
決まったルーティンに倦み疲れ
じわじわと年をとっていく
こどもとおとな
つまりは
のぼりゆく太陽とくだりゆく太陽の比
食べこぼしを叱られ
物覚えの悪さをなじられる日も
そう遠くはない
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ゴミ袋の中身
朝 大きなゴミ袋をもって
ゴミ捨て場までゆっくり歩いていくと
早くもカラスが狙っている
電線の上とか 軒の上とかで
この袋に大穴をあけられてしまうと
いろいろ出てきてしまうのだ
腐った生ゴミのほかにも
半目で写った失敗写真とか
つまらないものを買ったレシートの紙とか
小説家気取りの原稿とか
いっそカラスに
ぶちまけてもらってもよいのだ
もうめっちゃくちゃ全部
ただただ笑うしかないという極みまで
素敵に秘密がなくなったら
非難も同情も敬意も
もっと平らに均されるだろう
誰の家のゴミ袋も似たり寄ったり
こそこそと捨ててしまいたいものばかり
カラスのクチバシだけがそれを知っている
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一口の水
一口の水を
こんなにおいしいと感じたのは
何年振りのことだろう
蒸気と熱と
いくらかの焦りとで
体中の細胞が細かく揺れている
言葉を探してさまよい
川の深みを覗きこむ
あの撞着した思いとは対極の
活気ある躍動
動くこと
動かすこと
脳以外のすべてを絶え間なく
一口の水が
はっきりと命につながる
光るようなおいしさが
それを教えている
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永い別れ
永い別れが近づいている
その人のそばを
何度も通り
何度もにこやかに挨拶をした
静かに収斂していく
その空気の濃さと薄さを
呼吸しながらも
流れ行く日々は
なんという平常だろう
いつも通りに
子どもたちは
ボール投げを始める
そのそばで
永い別れが始まっている
明日も
おしろい花は
花びらの要素を集めることを
やめられず
小鳥が集まる小さな庭に
いつまでも梅雨のような雨が降る
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七月も終わりだというのに
七月も終わりだというのに
夜には涼しい風が吹いて
窓を開け放しにしておいたら
風邪をひいてしまいそう
向かいの市営団地では
夏休みにはいつも
お騒がせのロケット花火が
にぎやかに夜空を駆け巡っていたが
そういえば
いつの夏から静かになっただろう
移り変わるということ
消えたり失ったりと同じくらいの度合いで
得たり生まれたりもあって
私にしてみれば
藤色の表紙を持つ一冊の詩集
それがすべての出発点だった
雨の降り続く灰色の春の雰囲気の中で
幼くもはっきりと
一点に向かって覚醒していった神経
あの春から
この夏まで
言葉だらけの生活をしてきてしまったが
それは生きる上で苦しくはなかったかと
やさしく問うてくれた人もいて
やはり
遠くから聞こえる盆踊りの太鼓の音に
耳を澄まさずにはいられない
たぶん他の人が聞き流していける
その先までを聞いてしまって
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田んぼマニア
深夜 カエルの声が
ゲロゲロっと
聞こえてきた
遠くから風にのって
不安定な音量で
明かり消して耳を澄ます
あの田んぼに水が入った
今年はどうかと思っていたが
今年もちゃんと田んぼになった
ひんやり気持ちのいい水の中で
カエルが半分顔を出して
ゲロゲロっと鳴いている
明日
真っ先に見に行こう
田んぼの水を見に行こう
はるかな海を見に行くみたいにして
田んぼの上を吹く風は
六月の雨の色
田んぼの水に首までつかって
秋まで稲のふりをしていたい
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背が高い
若い頃 背が高いことがいやでたまらなかった
バレーボールかバスケットでもやってる?
いえいえ 全然やってません
満員電車に乗った時には埋もれなくていいですね
それはそうかもしれません
高いところの物を台を使わずに取れていいですね
まあ そうですね
高いヒールの靴をはくなんてとんでもなかった
身長を測るときはいつも首をすくめていた
最近 通っている太極拳教室の先輩方に
あなた 最初の頃よりずっと姿勢がよくなったわと言われた
そういえば 若い頃よりも身長にこだわらなくなった
身長を測るとき のびのびと背を伸ばしてみた
そうしたら一六九センチ
高いことは高い
しかしこれからは縮まないことの方が重要だ
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微笑み
微笑み方がとても美しい人がいて
私は日に何度も
その人の微笑みを思い出す
思い出したくないことが
降り積もる中で
その人の微笑みだけは
唯一何度でも思い出していい事項だ
子どもたちが小さかったころも
彼らのニコニコ顔が
とてもうれしかったものだった
思い出す 何度でも
私の微笑みも誰かの心の中で
何度も思い出してもらえているといい
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明日への期待
毎日とてもよく眠れてしまうので
次の日になるのが早い感じ
今日もたくさんの生き物を見た
ヒト(いたるところに)
スズメ(屋根の上に)
カラス(ゴミ捨て場のまわりに)
イヌ(遊歩道を散歩して)
ネコ(自分ちの白黒の)
ツバメ(洋品店の軒先に)
ガ(部屋の中に入ってきた)
チョウチョ(畑のあたり)
カメムシ(網戸にくっついて)
明日もたくさんの生き物に出会いたいので
今日もぐっすり寝る態勢
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百円玉
自動販売機に何度も拒否される百円玉が
カチャカチャと音たてて落ちていく
その何がいけないのかわからないまま
春 車椅子で入学した少女は
秋 元気に立ち上がって缶コーヒーを買いに行く
はじかれていたものは
時を経て
静かにその場になじみはじめる
その何が受け入れられなかったのか
理由も忘れられたまま
あの子はどうしただろう
憂いに傾きがちな思いは
ふっともらしたほほえみとともに
何とはなしに否定されるがいい
自動販売機に認識されなかった百円玉も
どこかであたたかな手と手の上を
ゆっくりと渡っていく
そんな風に 彼も 彼女も
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挨拶
その人の
ひとつの言葉 ひとつの目つきで
全くその人をきらいになってしまうことも
よくあることで
また その同じ人の
ひとつの言葉 ひとつの目つきで
全くいい人じゃないかと思い直すことも
よくあることなので
今日も にこやかに
含みのない挨拶の声をかけてみるのです
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陶芸の先生
いつかそんな知らせが来ると思った
最期は枯れるようだったと
巨乳の人に目がなくて
株のことで頭いっぱいで
商売気たっぷりで
とんでもない技法にすぐ食いついて
模倣や模写も平気で
そもそも芸術家としていかがなものかと
弟子である私を
すこぶる困惑させることの多い先生だったけれど
あの場所は
レールを降りた私が
迷い歩くには最適な場所だった
お互いに
むっとしたり
ぷいっとしたこともあったけれど
共に作りあった数百の器や壺
高く売れたものもあり
埃にまみれて焼き物置き場に
ほったらかしのものもあり
すべてが滅びる日が来ても
陶器のかけらだけは
地中の中で生き残る
さようなら 先生
今は
大きな口で
笑っている先生の顔しか
思い浮かばないのです
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お疲れ様
忙しい仕事に埋没しているときは
生きることなんてこれっぽっちも考えてはいない
悩んだり落ち込んだりなんていう心の作用も
全く止まってしまっている
隠喩や暗喩が思いつかないほど
明朗で明快な具象だけがある
お疲れ様を
本当の意味で言える喜び
まずは本当に疲れ果てて
すぐにでも寝てしまいたいと思うまでに
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すごいぞ! ダミさん
大雨が降っている夜
ダミさんが泥まみれで帰ってきた
猫の泥まみれは
まさしく泥まみれなわけで
本当に全身手のつけようもなく
泥まみれだった
風呂に入れとも言えないので
雑巾でふいてあげていたら
次々と傷口が現れてくる
特に頭のところがひどく
例の大ボスにかまれたのか
引っかかれたのか
毛が何カ所も筋状にハゲて
ざくざくと小穴があいている
さわってみると
頭全体ベコベコして
空気でも入っているかのように
キュプキュプ音がする
頭蓋までいってしまったかと
飼い主は激しく驚愕の体
そのわりに本人は
特に痛がってわめくでもなく
けっこう平気そうな
しっかりした目をしている
頭がベコベコしていても
これは大丈夫そうだという気がしたので
前回のケンカ時の残り薬の
抗生物質と消炎剤を飲ませて
一晩様子を見ることにした
毛布の上にちんまり座って
その晩はさすがにおとなしくして
眠っていた
翌日には食欲も出て
ダミさん八割方復活
その次の日には完全復活
すごいぞ! ダミさん
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そのままの姿で
柿の木と塀の間に張られている蜘蛛の巣
その真ん中に
死んでいる大きな女郎蜘蛛
足がもげ
首も折れて
巣を揺らしても動かない
自分自身が網にかかった獲物のよう
自然のもたらす風化の作用以外に
彼をそれ以上荒らす者はなく
乾いた粉になってしまうまで
いつまでも
秋の中空にぶら下がっている
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パソコン
電車で隣に座ったスーツ姿の若い女性が
薄いパソコンを膝に乗せ
何か思案しながら文章をたたき出している
言葉はうまく生み出せただろうか
混雑した人目の中で
毎日はとても忙しい
視界は目の前数十センチに狭まっている
濃やかな思考も半分眠っている
それでもなお
生んでいかなくてはならないものがある
パソコンの奥深くには
花咲く草原の風景画像
白いファイルはいつか閉じられ
新しい窓は開く
満員の電車は夏のビル街の中を走りゆく
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顔
白く洗いあげられた頭蓋骨に
粘土で復顔したとして
そこにおだやかな微笑は写し取れるのか
ある日の
くもった瞳などは
そんな風に 月が
作りかけの湿った半顔を
こちらに向けている
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寄付
日曜の朝八時
布巾かタオルのような商品を手に
メガネをかけた若い娘さんが玄関に立つ
「寄付をお願いします」
「障害のある方のボランティア活動をしています」
「その活動資金として」
人のよさそうな小柄な娘さん
精一杯の笑顔
でもどこか宗教の匂い
要求されるのはたぶん千円以上
「すみませんね」
「ご協力できなくて」
彼女は今日これから
あの笑顔で一軒一軒訪ねてまわり
一軒一軒断られてしまうだろう
笑顔はどんどん疲れていくだろう
彼女にこんなことをさせているのは
一体誰?
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記念日
はじめて自転車に乗れた日は
曇り空の土曜日の午後で
どこからかトランペットの音が
曲になる前のたどたどしさで聞こえていた
後ろから走りながら支えてくれる人もいて
砂利道をぐらぐらと揺れながらも
私はただ前に進みたくて
小さな体で
小さな自転車にしがみついていた
何度も転んだ膝にマーキュロの赤い斑点
初めて自転車に乗れたあの日が
ひとつの記念日だとすると
それに類する記念日を
私は一体いくつ作ってきてしまったのだろう
自分以外の人たちの記念日までも取り込んで
そのどれもが
私の深く愛した者たちに関わる
悲しみの日であれ 喜びの日であれ
いつかの日の一部分が
その部分だけが
時折鮮やかに浮かびあがる
たぶん今日も
赤いバラの花を
思い込めて飾るに値する記念日
私の記念日というよりむしろ
私の深く愛した者たちに関わる…
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香箱猫
椅子の上で
シンメトリーな
香箱を組んでいる
黒い猫の姿で
命の完全体として
誰にも崩すことはできない
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三日月
とがった三日月の皿に
あたたかなミルクを満たして
言葉のかけらを浮かべている
夕暮れ
カマキリの瞳の色はひっそりと暗くなる
コオロギは衣擦れをさせながら首をかしげる
窓ガラスは冷えて昨日より硬くなる
小さな心のあなたは
言葉を閉じ込めておけなくて
言ってしまってから
いつも無駄に疲れている
心の形さえ無い私は
頭の中で
くだらない言葉遊びばかりしているので
なんでもくすくす笑いにしてしまう
父から手紙が届いた
「これで終わりかと思ったことでも
月日がたてば
なんとかなりつつ
すすんでいくのです」
そうですね
きっとそうです
ミルクはゆっくりと円い渦を描き
私の心はまたやわらかくなって
またくすくす笑いがこぼれてしまう
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子どもの記憶
倉賀野に住んでいたとき
二歳だったおまえは
ご近所の物置に入り込んでは
バケツに入った灰をひっくり返したり
ゴミを散らかしたり
いたずらばかりして
母にそう言われても
何も覚えていないことがとても残念で…
もっと語ってください
私はどんな子だった?
昨日 小さな私をおんぶしている夢を見たと
母は言う
おんぶしながらたらいで洗濯していて
二人して息が苦しかったと
それはかすかに覚えているような
晴れた午前 勝手口の石段のあたり
あれは私の記憶なのか
作られたイメージなのか
もっと語ってください
私はどんな子だった?
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お墓参り
秋空にナイキな模様の白い雲が
いくつも筋引いて
その下の川沿いの歩道で
大人になんかなりたくないと
母親にしきりに訴えかけながら
歩いている少女がいて
その少女の手をしっかり握って
うんうんとやさしくうなづきながら
一緒に歩いている母親がいて
今日はお彼岸の中日
よく晴れて風も真っ白な布のよう
菊に女郎花 吾亦紅にすすき
お墓のそばに松ぼっくり
この年になっても
ちゃんとした大人になどなってはいないので
一緒に手をつないでくれる人は
いつまでも隣にいてほしい
もう二十年
まだ二十年
夫とともに歩く日曜日の寺町
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陶磁器
買うとしたら
私は口縁が分厚い無骨な茶碗を選ぶ
高台ががっしりとした
安定感のよいコーヒーカップを選ぶ
壊れにくく傷つきにくいのは
ある意味人間にとっても大切だ
叩けばキーンと響きそうな
薄い白磁のような人は
それだけで周りを疲れさせる
私は鈍くさくて丈夫で無口な
陶器のような人間でありたい
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二人のTシャツ
ふだんあまり口をききあわない夫と息子のTシャツを
物干しざおで
向かい合わせに干してみる
白地と黒地
同じ大きさのTシャツが
ゆらゆらと親密そうに風にはためく
テリトリーの端っこから
つま先で探り合うような
それぞれの不器用さもほほえましい
今日 太陽の下で
存分に触れ合ったTシャツは
明日 また別々に遠い軌道を周遊する
あさって 洗濯機の中で
ふたたびぐるぐる絡まり合う運命なのだが…
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文学
梶井基次郎の短編集を読み返してみて
なんて苦しい青春だったのだろうと思う
村山塊多もそうだし中原中也もそうだ
命をあまりにも削りすぎている
死をみつめすぎている
そうして生み出されたものは
文句の言いようもなく素晴らしいのだけれど
もっと馬鹿でもよかったよね
ランボウみたいに一切やめちゃってもよかったよね
そして長生きして
「あの頃わしは…」と
大ボラを吹いていてほしかった
現代の書店の中をふらりと一巡しながら問う
作家諸君 君 命を削りながら書いた?
楽して書かれた本が
一番売れ筋なんてこともよくある世界
命を守るか 作品を守るか
作家の亡霊の呻き声が
聞こえてくる
書店の中あちこちから
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春に向かう
泡のような光が
いくつも
足元の木漏れ日の中を
跳ね踊っている
光は
風によってだけ
音楽になることができた
わかく苦しい魂を
遠くからいとおしむ気持ち
時間とともに
何かが殺ぎ落とされ
凪ぎながら
ゆっくりとたどり着く場所
日々は常に
信じることのできなかった未来
何も起こらなかった
何かが起こった
信じることとは全く別の次元で
春に向かう
今日の風はあたたかく
悲しむ人の悲しみはうまく隠され
喜ぶ人の喜びはいっそう華やいで
ビブラフォンの響きを持つ光が
泡となってあふれている
-------------------------------------
惑星の気持ち
国家の威信とか
学者のプライドとか
その他の大きな思惑もきっとあって
億光年の向こうにあるものに
無用の干渉をする
クラス替えや
席順決めや
遠足のグループ決めの時になんかも
これとおなじごたごたがあったような
矮小だから仲間じゃないそうで
それは決して彼の落ち度ではないだろうに
だから今も静かに
正しく素直に落ち着いて
そこにあり続ける冥王星なのである
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腕時計をはずして
腕時計をはずして
子どもを抱き上げる
そのやわらかさで
私は五感に引き戻される
川の多い街
大雨のあとの荒々しい疾駆
流されながら欠けていく
観念に傾きそうな薄曇りの午後
いつのまに
腕時計をする生活に戻ってしまったろう
この硬質な
凶器ともなるものを身につけて
平然と腕を振りながら歩いている
かたわらに
頬を傷つけることを気遣う相手さえ
見失って もう久しい
銀色の針の急ぎ
かつて限りなく素手だった
無力でやさしい素手だった
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