1、発見(気紛れに
2、流れる(揺れている振り子の落ち着き
3、苔(どぶ板の縁から
4、お盆の頃(姉弟が 玄関口にかがん
5、夏休み(乾いた道を歩いていて
6、猫に習う(時に大けがをしても
7、無意味の意味(私はアリの生き死にに
8、かやつり草(かやつり草が 生えていた
9、背が高い(私は背が高い
10、姑の介護(やさしい感じに 老いていく
11、鳥屋に入る(鳥屋に入る という言葉がある
12、桜色(白く 洗い上げられた
13、犬の鼻(たくさん 毛布を入れてもらった
14、遠くの桜(朝 いつも渡る小川に
15、脳をだます(同時に二か所は
16、天は(「何のお役にもたてなくて」
17、退治(蚊を退治するのだ
18、裸(何気なく 単行本の
19、雨(梨の実に 袋がかけられ
20、うつむいて(女子高生がひとり
21、共に眠る(朝 目覚めて
22、長い影(斜めに落ちてきた
23、それでいい(その時 そうしようと思い
24、穏やかな人格(穏やかに 流れ行く人格の中で
25、晴れの日和(一匹のアリの精緻
26、しょうもない(夫は 小学校に勤めているが
27、鏡(小さく目立たぬように
28、白と黒(カラスと白鷺が
29、バスに乗って(バスの中を タンポポの綿毛が一本
30、昔の靴(久しぶりにはいた
31、長い祈り(神社の前で
32、元気(スーパーを出たら
33、悲しむ気持ち(弟が死んだというのに
34、足と手(車椅子を押す手に
35、食べ物ではない(食べるものの乏しい
産経新聞「朝の詩」に投稿した作品。1行10字、14行以内。
発見
気紛れに
トイレットペーパーの
芯を解体したら
平行四辺形だった
平行四辺形を
こうぐるぐる巻いて
ロールの芯
ちっぽけなものにも
深遠な思想がある
ひとしきり感心しつつ
私はトイレの中で
哲学にふける
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流れる
揺れている振り子の落ち着き
すべりゆく星の熱情
まわりまわる
水流の哀しみ
砕け散った宝石の
晴れやかさ
私は
そのすべてであり
一部分であり
届こうとする力の
矢印に従って
瞬間ごとに表情を変え
絶えず
流れていくものである
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苔
どぶ板の縁から
はがしてきた苔を
小さな盆栽鉢に植えつけて
朝に夕に
夏から秋へ
見守っているうちにも
鮮やかな緑から
茶色に
また緑に
こんな小さな鉢植えの中にも
繰り返される
死と再生
水と光と夜の時間
小さな森が
小さく茂る
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お盆の頃
姉弟が
玄関口にかがんで
数年振りに
線香花火をしている
子供時代を過ぎ
それぞれに
痛みと
弱さを知り
秘めて
二人 はしゃぎもせず
淡々と
線香花火をしている
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夏休み
乾いた道を歩いていて
なぜかとても
好きな匂いがして
それが何の匂いなのか
言い表すことは難しいのだけれど
古い縁側や
草いっぱいの庭と
深く関係あるなにか
とどめることも
つかむこともできない
何か懐かしい匂い
思わず探してしまう
遠い夏休みの森の方を
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猫に習う
時に大けがをしても
外に出ずにはいられない
それによって寿命が
縮んでしまうとしても
戻れない時間ならば
無茶を承知で
鮮やかに生きる
くぐり窓の向こうに
いつも輝いてい風
行かせるしかないのだ
私もまた
閉じ込められない猫だったから
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無意味の意味
私はアリの生き死にに
何の関心も持たない
時折 気紛れに
たまり水の中から
救ったりはするが
裁きも 救済も
計画されたものは
そこには何もないのだ
全くあきれ返るほど無意味に
アリは生きたり死んだりするのだ
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かやつり草
かやつり草が
生えていた
ずっと昔の帰り道
幼い君が
おしっこしたいと
言い出して
それじゃあここでと
みつけた空き地
同じ空き地の
同じ隅っこ
同じかやつり草が
生えていた
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背が高い
私は背が高い
小学生の頃は
ジャイアントババ子と
呼ばれていた
今でも物干しざおに
よく頭をぶつける
友人と並んでいたら
雷もきっと
私の方に落ちる
かがむように生きてきたが
もうそれもやめにする
見上げんばかりの
年寄りになってやる
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姑の介護
やさしい感じに
老いていく
もっと業突く張りに
生きてくれても
よかったのに
病院で
娘さんですかと
訊かれることが
重なって
もう
あなたの娘でも
いいかなと思う
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鳥屋に入る
鳥屋に入る
という言葉がある
鶏たちは
うずくまって
身動きもせず
その時を過ごす
鳥屋から出たあとには
卵がうまれている
羽が抜け替わっている
鳥屋に入る
悩むためではなく
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桜色
白く
洗い上げられた
頭蓋骨に
粘土で
復顔したとして
そこに
ほほえみは
写し取れるのか
ある日の
輝ける瞳なども
ほほをつねる
骨がまとう感情が
まだやわらかいうちに
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犬の鼻
たくさん
毛布を入れてもらった
犬小屋の中に
犬の眠りの中に
春は来ている
季節の端から
溶けていくもの
風の冷たさも
花の香りに
置き換えられて
犬の鼻が小さく動く
明日の朝は
もっと桜色になる
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遠くの桜
朝 いつも渡る小川に
花びらが一面
浮かび流れていた
細やかな白い点描
川の上流のどこかで
わずかに吹く
かわいた風によって
思い浮かべる桜景色は
晴れ渡る若い日ばかり
考えもなく
咲きこぼれて
同じように急ぎ
同じように舞い飛んで
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脳をだます
同時に二か所は
痛みを感じない
そんな話を
聞いたことがある
あながちそれは
嘘ではないと思う
膝の痛みが
知らぬ間に
足の甲にうつっていた
脳はあちこちの痛みに
対応できない
脳はだませる
そう思うことで
しのげる苦痛も
あるに違いない
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天は
「何のお役にもたてなくて」
申し訳なさそうに
何度もそう言われた
「お気になさらずに」
取り残された私は
少し腑抜けた薄笑い
大きな雲が湧いていた
(天は自ら助くる者を助く)
そんな諺が
久々に甦る
うろ覚えの英文で
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退治
蚊を退治するのだ
と言って
夏の庭の真ん中に
黒い装束で
中腰になって立ち
自らをばしばしと
叩きまくる母親の姿を
後々の語り草に
してもらいたいのだが
子どもらは
だれも見ない
まちがえて
コバエをたたいた
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裸
何気なく
単行本の
皮をはいでみたら
中から
思いがけなく
お茶目な絵柄が
現れた
ほほう そう来たか
気づいても
気づかれなくても
装丁の妙
今後は
すべての表紙を
むかずにはいられまい
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雨
梨の実に
袋がかけられ
秋まで
誰にも見られずに
少しずつ
ふくらんでいく
袋は
初夏の雨にぬれ
梨の実は雨を知らず
袋は
汚れながら
秘密を守る
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うつむいて
女子高生がひとり
うつむき
たたずんでいる
駅へ向かう道の途中
片隅に落ちて
踏まれそうな
白い花のように
そこに
悲しみの要素を
見そうになる
たぶん
携帯をいじっているだけなのに
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共に眠る
朝 目覚めて
布団の足元に
猫が丸まって
眠っているのを
見たときの
やすらかな気持ち
墳墓の中で
共に眠る
音もなく
光もなく
寝息だけを
結び合わせた
殉葬者たちのように
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長い影
斜めに落ちてきた
日の光に照らされて
休日の父子は
町はずれの小川で
ザリガニをさがす
呼びかける声
まぶしい笑い顔
少年は
いつか記憶の中に立つ
若い父が掲げたバケツ
思い出は あの時まだ
始まってもいなかった
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それでいい
その時
そうしようと思い
それが正しいと信じ
そうしたならば
あとでそれが
間違っていたと
わかっても
それは
そうするより他
なかったのだ
さあ
考え込むのはやめて
プリンでも食べよう
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穏やかな人格
穏やかに
流れ行く人格の中で
一切の物音は静かに
柿の実はやわらかに
瞳の奥の情緒は
ナイフのように
看破することを
とうの昔にやめ
蜘蛛の巣の中心に座り
眠りそうになりながら
あたたかな
布音に包まれている
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晴れの日和
一匹のアリの精緻
追いかける目は銀色
迷宮に入り込み
剣を光らせれば
ダンゴムシの甲冑
太陽の下に
立っているだけで
喜びの王国が
築かれるような気がしていた
そして
蝶々の舞踏
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しょうもない
夫は
小学校に勤めているが
「性教育」のことを
「性生活、性生活」と
気づかずに
連呼してしまった模様
同じ日
私はテレビで
ショウガの成分の
「ジンゲロール」を
「チンゲロール」と
聞き間違えて
ひとり大爆笑
私たち 期せずして
いいコンビの下ネタ夫婦
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鏡
小さく目立たぬように
生きてきた私だが
だれかの心を
天国に引き上げ
そして
地獄にも
落としてきたことを
平明な鏡の中に思う
洗い髪を
乾かしている
ふとそんなときにも
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白と黒
カラスと白鷺が
一本の電線の上に
隣同士で
とまっている
カラスは
落ち着かなげに
しきりと鳴いて
白鷺は
知らん顔して
黙っている
同じ高さに
白と黒
気まずいながらも
均衡している
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バスに乗って
バスの中を
タンポポの綿毛が一本
奥の席に向かって
飛んでいく
一緒に行こうか
坂道の上の
丘の街まで
君は
草いっぱいの
遊び場を探しに
わたしは
車椅子の少女の
赤いほほを見に
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昔の靴
久しぶりにはいた
昔の靴の
底のすり減り方に
正しいと思った日々の
間違った歩き方を知る
それていった道で
いくつ小石をはじいたか
入り込んだビルで
どれだけ
階段をのぼったか
堅かった靴音も
すり減った分だけ
くたびれて
穏やかになる
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長い祈り
神社の前で
いつまでも祈る人
その足元で
うずくまる黒い犬
待ちくたびれて
もじもじと座り直す
鼻をなめて
頭をかいて
ぶるっと震えて
ねえ まだですか
ご主人は頭を垂れて
動かない
長い祈りのそばで
黒い犬もなぜか哀しい
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元気
スーパーを出たら
黒い雲が
垂れこめていた
時々道で会う人に
お元気そうでと
声をかけられ
いやいやどうも
あなたこそと笑い合う
元気そうに
見えているなら
それはそれでよい
夕暮れ迫る曇天の空
家には私を待つ
寝たきりの人がいる
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悲しむ気持ち
弟が死んだというのに
ちっとも悲しくないの
そう言って
ほほえみながら
いぶかしむ姑
年をとって
悲しむ気持ちが
薄くなる
それはきっと
いいことでしょう
涙もなく平らかな
葬送の朝
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足と手
車椅子を押す手に
春の日差しは
淡く降り注ぎ
その光は
どこかで香る
黄色い蝋梅の花たちと
細く紐づいている
急がない踏切の前
矢印の方向から
来て去るものの行方
声すらも失くした
その肩にてのひらを
せめてわずかでも
命を注ぎ込みたくて
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食べ物ではない
食べるものの乏しい
この時期
カラスたちは
物置脇のゴミ袋まで
猛然とつついてしまう
しかし残念なことに
中身は使用済みの
紙おむつだ
さてさてこの量を見よ
それは一人の人間の
命の営みを証するもの
散らかった白いパルプ
カラスも明日は
間違うまい
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