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五行歌・坪庭のつわぶき
鏑木恵子
人はあまりにも
素肌すぎて
手を触れ合うことさえ
うまくできない
犬や猫をなでるようには
私の知らない科学が
雪の夜に
雷を轟かせる
今 地球は悪寒し
発熱している
愛と青春の
只中にいる青年は
ドラッグストアの一画で
避妊具を真剣に選ぶ
あれこれ5分もかけて
愛が形を成して
飛び交う日
夫は昔から
チョコよりは
酒を好む
食い散らかされた
ヒマワリの種のカラ
どこかで与えた人がいて
箒で掃く私がいる
このバタフライ・エフェクト
「幸せにしてやるなんて
とても言えないんだ」
「そんなのいいって」
悩むな 若き日の私たち
夜ごとふざけあえている
福寿草が咲き
ふきのとうが顔を出し
私の誕生日が来てから
沈丁花が香るはず
二月が急いでいる
君は根っからの詩人
そう言ってくれた人の名前を
ネットで検索する
文学に関わる痕跡を
少しでも発見したくて
桜は何度も見てきたが
初恋の日の桜
子どもと見た桜
それらを超える桜は
いまだ無い
この歳まで
生きてこられたなんて
すごいことだね
誕生日には毎年
そう言い合いたい
「区役所の田中」とやらが
「去年送った封書の件」とかで
電話してきたので
「そんなのは見てない」と
即座に言い返す
雀が草むらで
羽を震わせている
しかしそれはたいがい
風に揺れる
黒いビニール
寂しかったから
ハムスターを飼って
ちゃんと愛せていたか
分からないままに
二年で死なれて
冷たい地面の上に
ヤモリの赤ちゃんが
死んでいた
きっとあの暑かった日に
春と間違えて
梅まつりや桜まつり
饅頭を買うのを
つい我慢してしまうのは
甘いものぎらいの
夫がそばにいるせい
ケガをせぬよう
病気にならぬよう
かつては我が子に
今は自分に
注力する
年金をもらうのを
2年先送りした
その時まで
しっかりと
命をこらえよ
二度探しに行き
やっとみつけた河津桜を
夫がLINEしてくる
新しい生活の
予行演習として
面倒くさいことが
頭を悩ませた時は
通販のカタログを
しばし眺める
付箋だらけにする
野生のスミレを
鉢植えに閉じ込めた
一冬を越して
咲き始めた花の
なんとはなしの弱々しさ
電柱の上の方から
小枝が一本落ちてきた
見上げもせずに
合点する
それはカラスの営巣
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