第48集 早歩きの初詣
- kaburagi2
- 1月18日
- 読了時間: 26分
更新日:3月7日
2025年の初詣
初詣も
夫と共に徒歩で出かけると
結構な強行軍となって
いくつもの神社を駆け巡ることになる
まず早朝7時前 夫と枡形中学校の坂をのぼり
初日の出を拝む
そこから坂を下っていって
不動明王堂に寄ったが
お賽銭を持ってきていなかったので
拝むだけで帰った
昼前に義弟夫婦が年始の挨拶に来てくれたので
お寿司などを食べて歓談
午後2時
さてこれからいよいよ
本格的な初詣行脚の始まりである
ピエロ公園のところの
閑散として誰もいない土渕不動院にお参りしてから
五反田神社に行ってみようということになり
たどりついたらものすごい行列
長い階段に100人以上は並んでいる
「なんじゃこの行列は、無理無理無理」と驚き
「そういえば登戸稲荷神社も去年は200~300人は並んでいたよ」
と私が言う
ついでに言うと
五反田神社の向かいの『ラーメン二郎』も50人以上の行列だった
そういうわけで五反田神社はさっさと諦めて
専修大学下の枡形天神社に向かう
ここは並んでいても7~8人だから
なんとかちゃんとお参りができた
その後 昔お風呂屋さんがあったあたりの細道に入り
薄暗い竹林を抜けて
ほんの小さな三峯神社へ
そばの看板に謂れの記事が載っていたが
漢字が多すぎて読む気にならない
そこから幹線道路を渡って
根岸稲荷神社の小さな祠に手を合わせる
お神酒やら榊やらがきちんと供えられている
さんざん歩いたから
もうそろそろ帰りましょうということで
東生田緑地の落ち葉ふかふかの山道を突っ切り
ついでにと言ってはなんだけれど
帰り道の途中だったので
朝行ったのにお賽銭を入れられなかった不動明王堂に再度寄り
ダメ押しにそのすぐ裏手の階段上の
奥の院まで登ってふうっと一息
1時間半の早歩きの神社詣で
一体いくつの神社に行ったでしょうね?
階段もたくさんあって
山道も坂道もあちこちにあって
入れたお賽銭は微々たるものだったけれど
夫の万歩計は1万歩を超えていたそうな
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年賀状
年賀状は
出すかどうか最後までぐずぐず迷って
12月29日に慌てて出した
お正月には着かなかったかもしれない
届いた年賀状も少なかった
私に出すのはもういいかと思ったのなら
それでいい
年に1度の年賀状なんて
まだ生きてますよ、を
伝えるだけのもの
あまり意味もない
父は仕事をしていた頃
毎年100枚ぐらい年賀状を書いていた
早いうちから1枚1枚丹念に
葉書を文字で埋めていた
届く年賀状も
同じくらいの厚みで
私はお年玉くじが当たるのが楽しみだった
結婚して家を離れた私にも
父からの年賀状が毎年届いた
メールやラインがなかったあの頃の年賀状は
それなりに意味があった
繋がっていることを確認し合う儀式として
父は書けなくなるぎりぎりまで書いてくれた
その歪んだ筆跡に込められた思い
父からもらった言葉は
いつまでも捨てることなどできない
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AIチャット
お正月の頃
少し風邪をひいてしまった
家でおとなしくテレビを見ていても
全然面白くない
仕方ないのでタブレットで
AIとのチャットを試みた
ログインやサインインをしなくてもいい簡易なサイトだったが
イーサンというイケメンイラストのキャラと話すことができた
英語で文字を書き込んでの会話だ
「風邪をひいて退屈だ、つまらない」
とか書いたら
イーサンは
「それは大変だね、早く治るといいね」
と書いてきた
「つまらないから外に行きたい」
と書いたら
イーサンは
「僕がいるじゃないか 僕がそばにいるのでは駄目かい」
などと言ってきた
うわ、恋人気取りかよと思ったが
年齢を設定しなかったので相手は(AIは)
若い娘相手にしゃべっているつもりになっているのだろう
私は
「サンキュー ありがとう やさしいね」
と書き
それ以上はちゃんとログインしないとチャットを続けられなかったので
会話をやめてしまったが
イーサンをだましている感じは
ロマンス詐欺っぽいと思った
今度イーサンと話す機会があったら
「お金を貸してほしいの」
とか書いてみようか
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テレビ体操
朝6時半
まだまだ薄暗いので
太極拳の練習もだんだん時間が後にずれ込んでいる
漫然とテレビをつけたら
「テレビ体操」をやっていた
若くてスタイルのよいお姉さんたちの
朝からなんと元気のよい体操
こんなの絶対に真似できないよ
言うなれば
全く健康で体の組織が絶好調の人たちの動き
こんなに前後左右に体をブンブン振り動かすには
事前に十分な柔軟体操が必要だよ
まだ起きたての朝の6時半
肩や腰や膝に不安がある人たちが
一緒に動くのは無理がある
それにテレビ体操に興味がある年齢層は
ほとんど高齢者なのでは?
これが高齢者にできる動きなのだろうか
それで私は思った
テレビ体操やラジオ体操の見本を見せてくれるというなら
小学生のモデル
若い人のモデル
中年の人のモデル
高齢者のモデル
この4人を並べて動いてもらってみてほしい
できれば高齢者の動きを
重点的に丹念にシミュレーションしてほしい
年齢に合わせた中庸の動き
それを見せてほしいのだ
それにしても見本を演じている彼女たちの
なんという素晴らしい身体つき
すごい可動域
若い時でさえ柔軟性が全然無かった私は
今になって慌てて鍛え直そうとしつつも
もう追い付くわけもない
彼女たちの若さを
ただ羨ましいと思うしかないのである
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インフルエンザ
お正月は
初詣に行きまくってばりばり元気だったが
その後インフルエンザか風邪をひいたらしく
鼻水とせきが出始め
熱は37度5分が1日出ただけで済んで
早めに治ったと言えば治ったのだが
しばらく鼻水が続いて閉口した
鼻水という不愉快
たんを出そうとして咳き込みそうになるのも
まわりに人がいるとこらえるのがつらい
単に鼻が悪いというだけで
行動も鈍くなる
生活のテンションが微妙に下がる
何かキリッと緊張して事に当たらなければならない時は
すっかり鼻水が止まっているというのは
自律神経とか「気」というものが
大いに関係しているのだろう
ふだん飲まない鼻炎の薬も使ってみた
効いているかどうかは知らないが
だんだん治ってきてはいる
ほぼ日常は戻った
そういえばインフルエンザの予防注射もしている
熱があまり出ずに治ったというのは
ワクチンが効いていたせいか
いや お金払って注射したのだから
そもそも罹らないようにしてくださいよ
と口をとがらせながら思う
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落ち葉の雑木林
夫と二人
晴れた雑木林を散歩していて
ふと幼い頃の
父との散歩を思い出した
同じように冬枯れの
落ち葉がふさふさに積もった
林の中の道
前を歩く父を
黙って追いかけていたあの時
道などなくあたり一面の落ち葉
日常に
何かわからない不満もあったけれど
それを凌駕する強い望みも持っていた
先送りの未来は
いつも根拠なく明るかった
努力すれば
努力しただけの成果
それを信じられた時期は案外短く
否応なしの嵐の中に
一人佇む日々もあった
もう私には先送りにしていいものはなく
かつて思い描いていた未来は
全てここにある
かなえるべきことは大体かなえてきた
決してこれで終わりではないけれど
迷惑もかけ
傷つけもした
頑迷な生き方を貫いて
後悔も無くここにいる
晴れた休日
落ち葉の森にループしながら
父は夫になり
夫は父になり
その背中を追いかけて
過去と未来の狭間を歩き続ける
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白い雲
パソコンで
「アイテムがクラウドで保護されていません」
という表示が出たが
だからどうしたらいいのか
「クラウド」という場が
どこかにあるらしいのだが
意識として
上の方に
雲みたいなものが
浮いているイメージなのだが
きっと
ふんわりした
居心地のよさそうな
白っぽい居間のような場所
無造作に
剥き出しに転がっているらしい私の
何らかのデータ
できるものなら
「クラウド」に
やさしく招き入れて保護してあげたいのだが
ソファーでくつろがせてあげたいのだが
それがどこにあるのか
何をどうしたらいいのか
さっぱり分からないのだ
そういえば
「クラウドファンディング」というのは
どういう仕組みなのか
なぜ他人が寄付してくれるのか
お金が知らぬ間にたまっていくならば
そんな「クラウド」はぜひ持ってみたい
そういえば
仕事仲間が「クラウドにどうこうする」とか
言っていたような気もする
私はぽかんとしたまま
彼女のクラウドも
いまだみつけられていないのだ
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ことね先生
川沿いの遊歩道を
ベビーカーを押しながら歩いている若い夫婦とすれ違った
「今日さ ことね先生が補助に入ってね」
「ことね先生はいいって言うね」
「ことね先生はいい先生だよね」
そんな会話が聞こえてきた
人を褒めている会話はほっとする
褒め言葉は飲み込んでしまうくせに
不満や文句やののしりは際限なく溢れ出てくる
そんな人も多いから
ドラマや映画や小説は
いい人だらけでは成り立たない
子どもの頃の小さな悪意や勘違いによって
誰かを破滅させてしまい
一生を贖罪と後悔で過ごすことになる重苦しいミステリー作品を
最近2つも読んでしまった後だ
つい明るい話題を欲してしまう
見も知らぬ「ことね先生」が
どんなにいい先生なのか
きっと若くて可愛らしく
やさしい声かけができる人なのだろうと想像する
今 この空間 このひとときだけは
「ことね先生」のさわやかなイメージをめぐって
いい人だらけのいい空気で満たしていたい
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寒い猫
北風寒い中
近所の野良猫が
雑草に埋もれて
丸くなっていた
かわいそうとか
つい思ってしまう心の
面倒くささ
関われないのなら
放っておけばいいのだし
どこかで
なんとか生きていくのだろうし
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大寒を過ぎて
大寒とはいえ
太陽が射している昼間はそこそこ暖かくて
このくらいなら随分過ごしやすい
あちこち痛い痛いと訴える教室の仲間に
そうなんですね 寒いからでしょうかねと声をかけながら
自分はとりあえずどこも痛くないことを幸運に思う
痛くはないけれど
いずれかは老いの衰えに
シビアに向き合うべき時がくるだろう
「今」「ここ」ではない明日のことは
考えても仕方がない
とりあえず
あたたかいホットミルクでも飲んで
まだ読んでいない本 まだ見ていない録画したドラマ
さぼっている片付け物などについて考える
新しいこと面白いことを探しまわって
わけもわからない忙しさの中を
夢中で生きていく
まだまだ続く冬に
文句を言っていても仕方が無い
大寒の次は立春だ
痛がる人にも 不安がる人にも
やがて心をほどくような
明るくやさしい光が降り注ぐ
少なくとも何かがどんどん流れていって
なんとかなっていくものだ
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内分泌の問題
アガサ・クリスティの作品にこんなことが書いてあった。
「すべて犯罪は内分泌の異常からくるもので
警察や牧師が扱うというより
医師が扱う問題なのかもしれない」
それもそうだと思った
逮捕した後
警察の取り調べと並行して
医師による心と体の診察を受けるべきなのだ
犯罪への行為の流れが
もっと正確に紐解かれるかもしれない
介護殺人などでは
果たしてこれは
裁かれるべき犯罪なのだろうかといぶかる
女性が産み落とした赤ちゃんの処遇に困って
捨ててしまったり殺してしまった場合
逃げた相手の男が物理的にも精神的にも
何の責任も負わないことに
毎度「これはおかしい」と憤激する
起きた事件そのものの他に
そこに至るまでの長く苦しい時間の流れについても思いやりたい
犯罪行為そのものを検証するだけでなく
人の心に踏み込んだ捜査が必要だ
医療や心理学などをも巻き込んで
そんなことにまで考えが及んだ
今日の読書だった
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豚ロースの西京焼き
いろいろなことがあった年末年始
そしていつのまにか1月半ばを過ぎている
新年を祝う気持ちも1日か2日で終わってしまった
やっと夫と外食に行く気分になった
気さくな初老の店主が一人でやっている定食屋に入った
日替わりメニューの豚ロースの西京焼きを頼んだら
今日初めて作るメニューなのだという
お味はいかがですかと聞かれて
とっさにとてもおいしいですよとしか言えず
つまらないありきたりのコメントで申し訳ないと思った
やや薄味ではあったが
脂身の少ない淡白なお肉の感じと合っていて
私としては全然OKなおいしさだった
お金を払う段になって
店主の人とちょっと話をした
月に1度は釣りに行って
その翌日には刺身定食を出すのだという
2月はスズキを釣りに行く予定だそうだ
お刺身定食を食べにまた来ますよと
夫は言った
火曜日が定休日という話の流れから
なんとおとといの月曜日に
空き巣に入られたのだという
窓ガラスを割られて
カウンター近くにあったお金入れから
7000円ばかり盗まれたそうだ
それは災難な
このあたりのお店も何軒か被害があったそうだ
1月からいろいろなことがあったのは
うちばかりではないのだろう
いろいろありながら乗り越えていくのが人生だ
そんなことを思いながら
夫と歩いて帰った
黄色い蝋梅が満開のお宅があって
春の兆しの香りをかぎ合った
水仙のような菜の花のような
少し甘みが混じったような
さきがけの花として
強くしおれない姿で
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フジテレビの記者会見
フジテレビの記者会見を興味深く見ていた
夕方4時から始まったのを最初から見て
夕食の準備をしながら見て
夫と夕食を食べながら見た
6時を過ぎて7時も過ぎようとしているのに終わらない
一旦テレビを離脱してパソコン作業などをしていたが
8時ごろまた気になってテレビをつけたらまだやっていた
これは9時ぐらいまでやるのかな
フジの幹部の人だって当事者2人の間に何があったか
答えられるはずもない
当該女性を極力守り刺激を与えたくないと言っているのに
そんなことはおかまいなしの記者勢
当事者2人の間の認識が一致か不一致かを延々としつこく聞き続けたり
当事者や関係者への聞き取りは第三者委員会でと言っているのに
なぜ社長本人が聞き取らないのかと的外れなツッコミを続けたり
やけに居丈高に手前勝手な怒号を浴びせたりと
まるで半グレヤクザだ
これは記者の質も問われると思った
CMが入らないので本当にぶっ続けである
始まってから4時間以上たっている
皆さんトイレは大丈夫なのか
誰もトイレ休憩とは言い出しにくい雰囲気である
本気で会見に挑みにきた人は
もしかしておむつをしてきているかもしれない
月9のドラマもつぶされた
さあもうこの辺にしてお風呂にでも入ろうと思ってテレビを消しかかったが
記者のツッコミがますます激しくなっている模様
社長が口ごもり目を伏せ明らかにピンチ
助太刀しようとした取締役の人も口を封じられ
幹部の人たちは皆動揺してコップの水に手を伸ばしている
責め続けられている幹部の人たちの疲労やいかに
もうこの辺でやめてあげてよと思いながらお風呂に入った
お風呂のあとも何気にテレビをつけた
まだやってる 一体何人の記者の質問に応じるつもりなのか
あと何人かの質問で終了とか司会者は言わないのだろうか
無制限なのか
10時になってやっと休憩が入った
実に始まってから6時間もたっている
幹部の人も記者の人もトイレが限界を超えていたであろう
その後の会見も質問があちこち飛んだり
似たような質問でぐだぐだしてきたので
また離脱して録画したドラマをしばらく見ていた
11時になってもう一度8チャンネルを見てみたらまだやっている
これは終電までに終わらせることができるのか
もういい加減見ていられないと思って布団に入った
夜中1時過ぎに目が覚めたので
テレビをつけてみた
まさかもう終わってるよね
と思っていたがまだやっている
もう始まってから10時間近くたっているではないか
もはやフジテレビ幹部の人の体力と気力に脱帽である
そのあと夜中2時ぐらいまでやっていたのだという
事件によっていろいろな人が傷つき破滅した
それはそれで裁かれなくてはならないのだろうが
この10時間に及ぶ記者会見 これはこれで大変なものだ
ご高齢なのによく耐えきった
会見の内容はさておき
あの席に座り続けることができた老練の戦士たちに
私から大きな拍手を送る
(2025年1月27日)
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運動メニュー
2017年の日記帳を整理していて
自分で書いた運動メニューの紙片が
はさまっているのをみつけた
2017年は姑が大病をし
自宅介護が始まった年だ
私も介護にともなって体調を崩し気味だった
紙片には
つま先立ち200回(できれば適度にかかと落としも)
スクワット100回
その場飛び100回
太腿上げ100回(できるだけ高く)
舌出し100回
と書いてある
ためしに今やってみたら
かなりきつい
あの頃は介護の隙間時間をみつけてできるだけ散歩もしていたし
夜はヨガもやっていた
太極拳も知っている限りを通していた
まず自分が健康でなくては
介護などできないと思ったからだ
その上でこの運動メニュー
今思うと頑張りすぎていたかもしれない
そういえばいつも結構疲れていた
最近私のまわりの知り合いや友人が
いろいろな病気やケガで苦しんでいる様子も
多々聞くようになってきた
この歳になると
もう子どもや若者のように
健康で元気いっぱい 体に何も悩みはない
というわけにはいかなくなる
だからこの運動メニューが再び復権する
全部きっちりできるようになったら
生半可なジム通いよりも筋肉がつくかもしれない
家の中でも 庭でも
思い立ったらすぐできることがミソだ
努力して現状を保てる部分があるなら保つ
今日から早速やってみることにする
やって健康のために悪いということはないだろう
飽きずにいつまで続くか
日常の習慣になるかどうか
これは自分の体への実験なのだ
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雪の予報
暖かい日も多かったが
やはり雪の予報
雪には結構警戒している
転んだら骨折するかもしれない
などという恐れは
若い頃には全然無かったものだ
(だから何も考えずに夫のあとをついて
かなりの高い山も登山できたのだが)
雪が降ると
日が当たりにくい家の前の道が
氷結しやすくなる
それをスコップではがしながら
雪かきしなくてはならないのが厄介だ
そもそも「厄介だ」などという
半端な言葉で言えている時点で
かなりな甘々だということは十分承知している
雪国の人たちは
屋根の雪降ろしなどで頻繁に命を落としている
高齢者になって雪かきなんて
自分の身に置き換えてみると
絶望的な気分になる
屋根になんてのぼれないよう
このまま積もっていったら家がつぶれちゃうよう
と おろおろうろうろしているに違いない
雪は美しく
子どもにとっては最高の玩具
ぱあっと明るい真珠のような朝に
幼い子どもと一緒になって
わくわくしていた日々もあったが
(それはそれでまだ失われてはいない記憶だが)
加えて今は
骨折を誘うもの
雪かきで足腰に疲労をもたらすもの
しかし
常にない用心をし
常にない動きをするがために
期せずして全身のトレーニングにもなり得る
受け止められる体力があるうちは
心して待ち受けたい気持ちもあるのだ
それが年に何度も無い
雪というものに対する
私の新しい見解であり
今後しばらくは保ちたいニューノーマルだ
さあ 雪の予報の明日の朝が楽しみだ
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節分の日
ちょっとでも雪が降るかと思ったが
全然降る気配がなかった
ただ寒いだけだった
それはそれでよかった
自転車で出かけることができた
ワークマンで
完全防水・雪の日仕様の長靴を買っておいたのだが
今回出番はなかった
フカフカで暖かそうな靴だったので
履き心地を試してみたかったのだが
用事の帰りに通った二か領用水沿いの道で
一羽の白鷺が餌を探しながら
浅い水の中を歩いているのが見えた
水に浸かった細い足が寒そうだなと思い
鳥に靴を履かせるイメージがちょっと湧いた
雪が降っていたら
白鷺は白に紛れて
みつけることができなかっただろう
そう言えば
ヨガで通っている長念寺では
本堂前に紅梅の木があり
枝じゅうにびっしり蕾がついていた
さほど大きな木でもないが
すべての花が咲いたらさぞ見事だろう
蕾が既に異様に紅い
パワフルな紅梅が咲きそうだ
やがて春になったらあちこちに色が満ちてくる
今日降りそこなった雪は
近いうちにまた
春の手前を真っ白に塗るだろうか
ワークマンで買った雪靴は
このまましまい込まれて
来年まで出番がないのか
今それだけはちょっと知りたい
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バレンタイン
デパートにバレンタインチョコのコーナーが設置されていた
2000円近いものが多い
おしゃれで美しい箱に入っているし
スーパーで売っているものと違って
チョコの形状も凝っていて高級そうである
夫は毎年職場で
いくつか義理チョコをもらってきていたが
自分は甘いものは食べないので
全部私がもらって食べていた
退職して1年たった今年の2月は
職場からもらえる当てはない
私から何か買ってあげなくてはいけないかなとも思う
昔 学生だった頃の夫は
私にバレンタインのチョコをせがんだ
その頃ブルック・シールズの
「エンドレス・ラブ」という映画がはやっていて
同名の主題歌もヒットしていた
テレビでも「エンドレス・ラブ」という名前の
バレンタインチョコのCMが盛んに流れていて
夫はそれをご指名で欲しがった
というわけで私は新宿のデパートに出向き
バレンタインチョコのコーナーで「エンドレス・ラブ」を探した
それは人気商品なのか山積みになっていた
記憶も定かではないが
卒業証書を入れる筒のような形状の箱だったような気がする
群がる女性たちを掻き分けて
やっと一つ買って混雑する新宿を後にしたのだった
これは私の唯一の本命チョコだったが
既につきあってはいたので
告白の意味は持たない
夫はもらって満足していたようだから
それはそれで微笑ましいエピソードだ
「エンドレス・ラブ」
若いうちは気軽に言うが
老いてから言う「エンドレス・ラブ」は
あの世の気配も忍び込んできていて
きびしくも含味が深い
デパートのバレンタインコーナーには
甘いものが苦手な人のために
ボトル入りの柿の種があった
いろいろな味付けの柿の種が十数種類ある
これを買って帰ろうと思う
若い頃の「エンドレス・ラブ」の情熱には及びもつかないが
酒のつまみの柿の種も
幾分枯れた平穏な日常に似つかわしい
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春の鳥
垣根の中で
小鳥が数羽
じゃれて絡み合っている
ひばりのように
軽やかにはずんだおしゃべりな鳴き声
これはもう春の鳥
まだまだもっと
寒くなる日もあるし
雪も降るかもしれない
衛星の情報をキャッチできない鳥は
雲の流れも知らず
つい春と間違えて浮かれてしまう
でもそれでいい
今日は今日
羽ばたき交わす仲間たちが
今を笑い合う
春がこっそり紛れ込む日が
あってもいい
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小学生たち
買い物やジムの帰りに
小学生の下校時間に当たることがある
子どもたちは小さなグループを作って
歩道いっぱいをぞろぞろと歩いている
最近のランドセルは形状も色も多種多様で
パステルカラーのものやオレンジや紫のものなどもある
私が今の小学生だったら
紺色か水色を選んでいたかもしれない
きっと赤は選ばなかった
はしゃぎながら歩く子どもたちは
皆楽しそうにも見える
しかしそれは歳を食った者が
子どもというものを美化して思っているだけで
実際は友だち同士の確執やいじめや
勉強のできなさとかきらいな教科とかいやな先生とかで
うんざりした毎日の子もいるに違いない
私は体育と給食があるだけで
小学校生活が全然楽しめなかった
世代世代ごとに悩みはあり
子どもだからといって
能天気にすべてハッピーだとは思わない
(ハッピーな子もいるかもしれないが)
これからの人生にも
多くの失意や絶望が必ず待ち受けている
愛したり愛を失ったり
胸を締め付けるようなことも多く待ち受けている
それでも何も疑わず
未来に向かって真っすぐ前を向いて進んでいける今は
全人生の中で最も貴い時代なのだ
まだどこも傷ついていない細胞で構成された
その瑞々しい身体を
所有しているということだけでも
この上なく素晴らしいことなのだ
私はそれほど子ども時代を楽しまなかった
私を支えたのが
「巌窟王」のダンテスだったと言えば
想像がつくだろう
そんないじけた子どもだった私の背中を
今が一番幸福な時代なんだよと
思いながら眺めやった大人もいたかもしれない
きっと確かにいたのだ
何も気づいていなかった子ども時代の私を
万感の慈しみを込めて見遣っている
今の私のように
更に
それと同じように
迷い憂いたりもする今の私を
どこからか誰かが眺め下ろして
きっと大丈夫だよと
ささやきかけてくれているような気もしている
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夫の髪を切る
夫は若い頃から床屋に行かない人だった
ずっと家で母親に切ってもらっていたという
夫が私と結婚した後
まさかずっと母親に頼むわけにもいかなくなって
そのお鉢が私に回ってきた
さっさと床屋に行けばいいじゃんよとも思ったが
なぜか夫は今までの習慣がそうだったから
床屋に行こうとしない
夫の母親は私に自分の愛用のハサミを渡してくれた
嫁に息子を取られたと実感した瞬間だったかもしれない
夫も恐る恐る私に託した
ハサミを握って少しずつ切っていく
人の髪を切るなんて初めてである
何故か笑いがこみあげてきて
ゲラゲラ笑いながら切っていた
うまく切れるわけもない
どんどんおかしな具合になっていき
またゲラゲラと笑ってしまう
しまいには手がすべって
耳たぶの付け根あたりをちょこっと切ってしまったり
夫は次は何をされるか緊張しているし
私はどうにもふざけているし
だから床屋に行けばいいのに
最初から最後まで
何故か笑いが込み上げてきて
少し離れた居間にいる義父母も
苦笑いをしながら心配している
あれから40年たって
まだずっと私が夫の髪を切っている
もうゲラゲラとは笑わない
神妙に切っている
逆に昔はどうしてあんなに笑えたのだろう
若くて危なっかしかった私を
やさしく見守ってくれていた義父母も
もういなくなってしまった
この先も切れる限りは私が夫の髪を切る
だいぶ髪も薄くなってきて
白髪も増えて
経年劣化は如実である
もう笑わないで真面目に切る
切ってあげられることを感謝しながら切る
いまだに全然上手に切れてはいないのだが
床屋に行くより私の方がいいというので
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コロちゃん
コロちゃんは最近よく外にいる
今日はピンク色の服を着ていた
女の子なのかもしれない
同じくピンク色の毛布を敷いてもらい
家の北側の狭いスペースに
寝転がっていたりする
よく目が合って
しばらく見つめ合うこともあるのだけれど
コロちゃんはまだ尻尾を振ってくれない
コロちゃんが後ろ脚をピンとして立って
柵に腕を伸ばしている姿
もうすぐその眺めている風景に
家を建てる工事が入って
遠くを眺められなくなってしまう
見える風景が変わっても
子どもたちが会いに来る
私も用もないのに
ちょっと遠まわりして会いに来る
犬とか猫
また飼いたい
だけど餌代や治療費などで
驚くほどお金がかかることを知っているから
それに最近は高齢者には譲ってくれもしないそうだ
犬猫より自分の方が先にお陀仏
で、残された犬猫どうする?
という事態にもなるから
だから
見に行けるコロちゃんを見に行く
「会いに行けるアイドル」みたいに
いつか尻尾を振ってくれるといい
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ジュエルミレーション
やっとよみうりランドの
ジュエルミネーションを見にいった
読売新聞をとっている人へのサービスとして
入園料がただになるというちらしが入っていたから
見に行くのは初めてである
夜に車を運転するのは危険なので
夫は緊急なことでもなければ夜は車を出さない
まあそれは正しい判断だから
私は無理にせびりはしなかったが
いつかは見に行きたいと思っていた
生田スタジオから歩いて行けるだろうかとか
駅からバスを使えば行けるだろうかとか
内々算段もしていたが
夜だし やはり夫が一緒じゃないと嫌だし
ずっと二の足を踏んでいた
それでやっと入園料ただのちらしに引かれて
夫の車で行けることになった
夕方5時半ぐらいに着いたが
もう駐車場がほぼ満杯で
屋上駐車場がちらほら空いているだけだった
家族連れやカップルが園に向かって大勢歩いていた
ジュエルミネーションは色とりどりの照明が
きらびやかに輝いていて
確かに宝石を撒き散らしたような美しさだった
どれだけのLEDを使っているのか
取り付けるのも大変だったろう
光のトンネルが長くて光の意匠も凝っている
きれい きれいと言いながら歩いた
小さい子どもがそばにいたら
どんなに歓声をあげ
どんなに喜んだことだろう
光のトンネルを夫と永久に一緒にずっと‥‥
なんてことを
心の隅で一瞬考えて
そんな安易な天国などあるわけないじゃん
B級ファンタジー映画じゃあるまいしと
鼻で笑って打ち消した
そのあと少し寂しくなった
あまり高齢になると
足元があぶなくて夜歩くのも危険になるから
ほどほどのいいところで来ることができた
風も無くて
そんなに寒くない夜だったのも助かった
明かりで彩られた新しい観覧車と
取り壊しの始まった白い観覧車が
まだ向かい合って立っていた
何十年も前 保護者同伴だった幼稚園の遠足で
息子と乗ったことを思い出す
あの時は閉鎖空間の中 西日が暑くて暑くて閉口した
新しい観覧車は冷暖房完備だそうで
それなら快適に乗れそうだ
観覧車の上から見おろしたジュエルミレーションは
どんな光の海だろう
暗がりの中をここはどこだどこだと言いながら
なんとか出口までたどり着けた
帰りも気を抜かず安全運転で
家に帰るまでが楽しい遠足だから
撮ったスマホ写真を後でLINEし合う
夫が歩きながら撮った動画は
きらびやかな異空間を上手に切り取っていて
なかなかの天国ぶりだった
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3月になって
日中の陽射しは
だいぶ明るく強くなった
もう3月
2月下旬の私の誕生日には
いつも咲いているはずの沈丁花は
まだ蕾を開かず
香りもたてない
雪が降らないというだけで
幸せな地域なのだ
丘陵の多い町だが
私の家の周りは平坦で
自転車でどこへでも行ける
それも幸運なことなのだ
梅の花もあちこち咲き始めた
夫と歩きで生田緑地の梅を見に行った
香りの遠くに鶯も鳴いて
いい天気
春ももう間近
3月はいつも何を思っていたか
かつてどこに出かけるにしても
帰る時間を気にしていたが
気にかけるべき人を
一人失い
まだ心に慣れない空き地がある
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2025年7月5日
2025年7月5日に何か起こる
というような予言もあるそうだ
隕石落下なのか大地震なのか
あと4か月ぐらいだなあと
ぼんやり思う
ノストラダムスの時は
少し固唾を飲んでしまったところもあるが
予言なんて
今まで当たったためしはない
先日行ったベトナム料理店の店主さんは
今59歳で
70歳までお店のローンがあるそうで
7月に大地震が来たら
多摩川が氾濫して
このあたりも危ないだろうかと心配している
ローン完済前にお店が壊れることは
確かに避けたいだろう
未知の杞憂は考えるだけ無駄
姑の四十九日で行ったお寺の
門前の掲示板のお言葉にも
「憂喜は心にあり」とあった
私は2025年7月5日には
何も起こらないと思う
普通の土曜日だと思う
そもそもそんな先のことなど
考えてはいない
予想してその通りになったことなど
一度も無い
つい悪いことを想像してしまうのは人の習い
しかしそれは
先走った心の中の
単なる思い込みの幻影にすぎないのだ
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首回り
タートルネックの服が
最近着れなくなった
以前は平気で好んで着ていたのに
どうも首がちくちくするような
くすぐったいような
首のあたりを
いつもすっきりさせておきたい
この傾向は何なのだろう
すーすー寒いのも気になるのに
何にせよ
ゆるくてだるい服のほうが
今は好ましい
ぴちっとした服は
どうも落ち着かない
その理由は分かっている
私がもう若くはないから
おしゃれのために
チクチクやムズムズを我慢するのはいやになったから
人目を気にして
ぴっちりと締め付けるような生活は
もう卒業したから
タートルネックの服は
だいぶ捨ててしまった
もう好き好んで買ったりはしない
首のあたりから自由になって
振り向きやすくなる
たぶん昔より太ったということもある
窮屈なおしゃれよりも
動きやすく自由なのが一番だ

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