第50集 新しい白紙
更新日:7月29日
梅と写真
夫と羽根木公園に行ってきた
梅は既に見頃を過ぎて
2~3割咲き残っているだけである
梅まつりも終わってしまっていて
何のお店も出ていない
歩いている人もまばらで
それはそれでゆっくりと散策できる
保育園や小学校低学年らしい集団が
先生に連れられて遊びに来ている
カラフルな帽子が
梅の木の間に見え隠れしている
梅の木はたぶんだいぶ老朽化して
きつめに剪定もされていたと思う
もっと大きな木だったよねなどと
夫と話しながら歩いた
あの頃 夫は
花をいかに美しく撮るかにばかり夢中で
私をいかに美しく撮るかには全く無関心だった
だから時折
「私をもっと撮って」と頼まなければならなかった
今は当たり前のように
花を背景に私を撮ってくれる
やっと夫の眼中に私が入った
夫とは同じ思い出を語れる友でもあった
振り返ることも多くなった
新しい場所でなくてもいい
またどこか一緒に行こう
私が夫の写真をたくさん撮ってあげる
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豪徳寺の招き猫
ご自宅のお墓はどこにあるんですかと聞かれると
豪徳寺ですと答えるが
この場合豪徳寺は小田急線の駅名で
お墓のあるお寺は常徳院である
それはそうとお墓参りのついでに
その本家本元の豪徳寺に行ってきた
ここは招き猫で有名なお寺だ
住宅街の静かな道を歩いていくと
やはり寺に向かう何組かのグループがいて
そのほとんどは外人さんのようである
英語、スペイン語、中国語などが聞こえてくる
お寺の中の招き猫が飾ってある一画は
更に外人さんでごったがえしている
その猫スペースも40年前に見たときと比べて
更に10倍ぐらい拡張していて
大小の白猫たちがひしめいている
整った顔のきれいな真っ白な猫ばかりだ
40年前
大学生の頃に見た招き猫は
雑多ないろいろな顔の猫も交じっていて
きつねじゃないのかと思われる置物も混入していた
夕暮れ時に訪れたせいか
幾分薄気味悪さもあったのだ
外人さんたちは
美しい白い招き猫をここで買って
おみやげとして持ち帰るのだろうか
世界の戸棚の片隅に
飾られている白い猫
無機物の置物に感情を乗せることはすまい
うちの押し入れのどこかにも
ロシア民芸品店で買った
マトリョーシカ人形が眠っている
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沈丁花の花
3月に入って
遅れてきた雪を何回か重ねて
やっと沈丁花の花が咲き始めた
ふと庭の一画を見遣ると
白木蓮も蕾をふくらませている
これからはどんどん暖かくなっていくのだろう
その春の手前に
どうしても大きな震災があった日が
めぐってきてしまう
テレビでもひとしきり特集が続く
今年で14年目
あらためてその悲劇の大きさに
心が締め付けられる
その場にいて
同じ経験をしなければ
本当の意味で悲しみに寄り添えそうにない
想像も追いつかない
ある犯罪者が
「被害者の気持ちが分からないのか」と詰問されて
「俺 被害者本人じゃないんだから気持ちなんか分かるかよ」と
うそぶいていたニュース番組を
呆れた思いで見ていたことがあったが
振り返れば私だって
本当には人の気持ちなど分っていないのだ
そんなことを思いながら
ほこりまみれのテレビ周りを掃除する
知らぬ間にひどい有り様だ
一日一日を
きちんと片付けていくこと
ただそれだけをしっかりと目指す
諸々申し訳ないが
ただ自分を生きることしかできない
沈丁花の花は強い
しばらくはその形も香りも
しっかりと保たれるだろう
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河津桜とヒヨドリ
五反田川の河津桜は
まだ咲いてはいたが
幾分盛りを過ぎ
葉っぱがちらほら交じっていた
ヒヨドリらしき鳥が何羽も
花のあちこちに入り込み
せわしなく羽ばたいては
別の花群れに飛び込んでいく
花びらを食べてでもいるのか
甘いのだろうか
ここで一発ピストルを撃ったら
100羽ぐらいのヒヨドリが
一斉に飛び立つだろう
五反田川の河津桜の下
明るい赤が
川べりに続く
夫に誘われて久々に娘も一緒についてきた
写真を撮った
なかなかない夫と娘の
貴重なツーショットを
鳥に脅かされている桜を背景に
その不穏なざわつきも一緒に
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ラベンダー
庭に何年か越しのラベンダーのプランターがある
もうすっかり関心がなくなり
水やりもいい加減になっていたのに
地味に葉っぱを増やしていき
去年やっと紫色の花が咲いた
花が終わると
またしても水やりがずさんになっていき
ついほったらかしにしてしまう
しかしこれが実に強い植物で
少しぐらい土がからからになっても
枯れたりしないのである
あの真夏の炎天下を耐えきって
冬も霜に焼けたりしないでいる
香りがどうこうより
生命力が強い
どんなことが起きようと
傷つきもしないでどっしりと構えている
たぶん土の下の根っこは
すこぶる筋骨隆々
下支えが半端ない
これから春が来て春も過ぎ
また巡りくるあの酷暑も
やはり平気で生き延びるのだろう
何気にラベンダーを尊敬する
人間もこうでなくちゃ
ひとつの生きる手本として
ラベンダーをながめやる
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4月に向けて
4月に向けて新しい取り組みと決断があり
責任を負う立場なので
少し疲れた気持ちにもなった
挑戦することで人間としての成長があり
新しい景色が見えてくる
そんな言葉を探し出して
自分を鼓舞する
自分を信じろ
強気で行け
そういえば夫は
若い頃 毎週のように山に登っていた
一人で夜中に出かけ
時には山小屋に何泊かしてきた
なぜ山に登るのか
今なら少しわかる気もする
挑戦することで
新しい景色を見たかったのだ
苦労や疲労と引き換えに
大いなる達成感もあっただろう
山を登り切り
今まで見なかった景色を見て
また安全に家に戻ってくる
夫がそうであったように
私もそうでありたい
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神代植物公園
桜の時期なのに
4日間も霧雨が降り続いた
やっと晴れた金曜日
夫と神代植物公園の桜を見にいった
まず植物園に車を停めて
野川まで歩いていった
野川の遊歩道を歩くのは何年ぶりだろう
まだ40代後半か50代前半の頃
ひどく暑い夏の日差しの中
川遊びするよその子どもたちを眺めながら
野川から国立天文台まで歩いていったのだ
まだ心煩わせるものも少なく
元気さだけでどんどん前に歩いけた日々
あの時から比べると
私たちもけっこう年をとった
いくつかの急場もなんとかしのいで
心の澱も少し嵩を増した
しかしまだ元気を装うことはできる
どこかぼやけながらも
花をはるかに眺めやることができる
野川沿いの桜や菜の花を一通り見てから
神代植物公園の方に戻っていった
地図を見ながら道を迷う私たちに
この道を真っ直ぐですよと言ってくれる男の人がいて
けれど私たちはやはりうろうろと
修道院のある細道に入ってしまい
男の人はわざわざ追いかけてきてくれて
こっちの道ですよと再度言ってくれたのだった
優しい人 あるいはおせっかいな人
時々神様みたいに道案内をしてくれる人に出会う
神代植物公園は
桜も満開で見頃だった
私たちは写真を撮りあって
コンビニで買ったお弁当を食べて
混み始める11時には家に帰ってきた
早めに出かけて早めに帰ってくる
いつも通りの私たちのピクニック
夫が退職して1年が過ぎた
今のところ夫とばかり出歩いている
他に誘い合える友人はいないのかと
自分に そして夫にツッコミを入れたくなるが
そうなのだから仕方ない
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猫
すぐ裏手にあるアパートの
日当たりのいい階段下に
久し振りにキジトラ猫が現れた
日向ぼっこでもしているらしい
以前 このあたりは
けっこう野良猫のたまり場だったわけで
3~4匹の猫が出没し
時にはギヤーギャー大声で
明け方あたりによくケンカをしていた
うちの飼い猫が時々外で吐いていたから
家のまわりにキャットフードの匂いが
どことなく漂っていたのだろう
誘われるように
野良猫が何匹も出没していた
その飼い猫も3年前に死んで
それ以来野良猫の来訪も減ってしまった
猫好きの娘と時々語り合う
日向の猫の体の香ばしい匂い
魚臭いお口
寝床に入ってきて
狭い隙間で寝てしまうから
人間は身動きできず
寝返りが打てなくなること
顔をうずめたときの
毛皮のやわらかさとあたたかさ
全部全部懐かしいと
よく眠れていたのは
彼のおかげだったのだと
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ぼく、シマエナガ。
『ぼく、シマエナガ。』というXが
とても可愛らしいので時々見ている
シマエナガは
白くて丸っこくて
黒い目や嘴が
なんとも絶妙な配置で
どんな角度から撮っても愛らしい
『雪の妖精』とも呼ばれていて
北海道にいるらしい
シマエナガの写真の魅力もさながら
それにつけた短いコメントにも
ぐっと心をつかまれている
『今日は
もふようび(木曜日)
今日も
生きます』
『今日もいちにち
生きます』
『生きます』
などという言葉を
私は今まで使ったことがあっただろうか
シマエナガの写真と共に
『生きます』という言葉を見る度に
期せずして
毎回胸うたれているのである
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ファーマーズ・キャリー
「ファーマーズ・キャリー」という運動法を
ネットでみつけて
試しにやってみた
重いものを両手に持ち
普通にそこら辺を歩くだけの運動法だ
家にあった3キロのダンベルを両手に持ち
以前姑が寝たきりにならないようにと
一緒に散歩したコースをまず歩いてみた
たぶん100メートルもないぐらいだろう
玄関を出て北に少し歩いてから
右に折れて
駐車場と家3~4軒分ぐらい歩いて
また右に折れて
家1軒分とその先の駐車場まで行ったら
また右に折れて家まで戻ってくるという
四角なコースだ
両手に3キロ
つまり体重に6キロ加算で
ただ歩くだけなのに
重さを感じてスタスタとは歩けない
ふと思った
姑はこの100メートルをどんな気持ちで歩いていたのか
手押し車でゆっくりゆっくり
普段横になっていることが多くなっていたから
立ち上がって体を支えるのもきつかっただろう
ほんの短い距離と私は思っていたが
姑には重すぎる負荷
そして
長すぎる距離だったかもしれない
姑はもう努力とか頑張るとかいう意識を
とうに手放してしまっていたというのに
姑と歩いた100 メートル
100メートルが50メートルになり
そのうち廊下の往復の20歩になって
晩年の3年ぐらいは地面に足をつけることもなかった
老いればこの身体自身が
計り知れない重りのようになっていく
あの時「もう歩けない 歩きたくない」と
正直に言ってくれてもよかったのに
ダンベルを持って
姑が心に閉じ込めていた
諦めや悲しみの重さを感じながら
詫びながら
ゆっくりと家まで歩いた
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顔
時々スマホやデジカメで自撮りする
ふだん無防備な自分が
どんな顔をしているのか
けっこう知らないもので
観光地へのお出かけなどで
夫が撮ってくれる
遠景のなかに写っているよそ行きの自分の顔
お化粧をする時のすました顔
それらは
何気ない接写の自撮り写真とは
あきらかに違うもので
おや、と思うほど
眉毛の辺りが険しい感じで撮れてしまう時がある
思っているより老けている
私は普段こんな顔をさらしていたのかと
少し驚く
慌てて感じがいい表情や笑顔を作って
カメラで何度も撮る
何でもいいから明るい顔
少し目を見開いた感じで
これをいつも心掛けなければと思うものの
ちょっと気が緩むと
眉毛の辺りが寄ってしまう
ひどい近視もあるから
自然と渋い目になってしまっている
意識だ
顔の表情にいつも
意識を持たなくてはならない
年中手鏡を持って
顔をチェックしているのも
ナルシシズムすぎるから
とにかく気付いたら
自分で思い描ける限りの
いい感じの表情を心掛ける
嘘くさい笑顔も
いつか本物の笑顔になっていくだろうし
まずは意識だ
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視力
自転車で通り過ぎながら
遊歩道のツツジの植え込みの中に
枯れかけたヒメジオンが何本も
紛れ込んでいるのを見る
あまりに見慣れ過ぎて
もう私はそれらから
言葉を紡ぐことができないのだ
くっきりと
はっきりと
細部まで見通す視力もなくして
輪郭のぼやけた風景の中にいる
美しさの裁定まで
ぼやけはじめている
「月が二重三重に見えてね」
「私もですよ」
そんなことを友人と言い合って
自嘲する
失ったのは
健やかな視力だろうか
若々しい感性だろうか
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紫陽花の花
あちこちの道筋に
紫陽花の花が咲き始めた
遠くから見ると
それ自体一かたまりの巨大な花束のようだ
東生田高校の南側入り口の
道路を隔てた土手の上に
横並びに植えられている紫陽花を見つけた
20株ぐらいあるだろうか
朝散歩に行っていた夫が先にみつけた
今まで散歩でこの道を歩くことはあったが
紫陽花の頃ではなかったので
そこに紫陽花があることに全く気づかなかった
少し見上げる位置に
並んで咲いている青とピンクの紫陽花
背後の雑木と薄曇りの空に映えて
くっきりと色鮮やかだ
きっと高校の関係者が何年も前に
通学する高校生たちのために
植えたのだろう
花のない頃には
道行く人たちは誰も知らない
ここにやがて咲く紫陽花があることに
普段気づかれることのない心遣いが
この季節にだけ発現する
それを私もやっと今年になって
気づくことができた
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エゴノキ
うちの庭にはエゴノキがある
(エゴの木かと思っていたらエゴノキである)
今年はどういうわけか花が全然咲かなかった
5月ぐらいにはいつも
白い小さい花がびっしりとつくのに
今年は全然咲かなかった
花が咲けば秋には可愛い緑色の実がなって
それが割れて乾くと
地面に茶色い種を落とす
毒のある種なので
猫を飼っていた時分には
うっかり口にしてしまったらいけないと思い
いつも念入りに木の下を掃除していたものである
茶色くて固くて7ミリぐらいの大きさの種は
何かの手芸に使えるのではないかと思えるほど
かわいらしい形をしている
小さな子供がいたら
きっと喜んで集めたがるだろう
葉が生い茂るばかりの6月のエゴノキ
今年は花も実も見られなくて
少々残念だ
昨今は季節感が危うくなって
春も夏もいっしょくたになっている
花を咲かせる時期を失し
植物たちも困り顔になっているに違いない
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アナベルの花
6月なのに梅雨前線はどうしたのか
真夏のような暑さが続く
珍しく曇っていたある日
あじさいまつりの時期に当てて
夫と府中郷土の森博物館に行った
アナベルという品種の真っ白な紫陽花が
博物館前広場の周りを囲むように咲いている
その背後には
ヤマボウシの木も何本かあって
同じ白い色の花を咲かせている
少し先にはアナベルの丘と呼ばれるところもあり
ここもまた一面の白い花
これだけまとまって咲いているのを見るのは初めてだ
園内には他にも一万株の紫陽花があるそうだ
曇っていて光が抑えられているのも紫陽花日和
写真も撮りやすかった
割と毎年行く妙楽寺のあじさいは
もう終わってしまっているだろう
こう晴れた日が続くと花を見に行くのも
天候を見ながら
暑さに対して防備しながらになる
郷土の森博物館の少し先には
子ども向けの大きな水遊びプールも2つあって
色とりどりの小さなボールが浮いている
まだ準備中のようでもあったが
それは花にまさる華やかさと賑やかさ
ここに人々が集い
はしゃぎ遊んでいる子どもたちがいたなら
まだ梅雨の合間とはいえ
まさにここだけ真夏のまぶしい風景になったことだろう
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多汗症
手指多汗症の人は
紙に字を書いていて
その紙が汗でぐしゃぐしゃになってしまうそうだが
私は今までそのようなことはなかったから
手指多汗症ではない
しかしここ最近頭や顔に異常な汗をかく
暑すぎる時や
運動したときに限っているので
日常生活にそうは支障はないが
とにかく汗ダラダラで
髪がびっしょりと濡れ
汗がしたたる
人と一緒の時は気まずいことこのうえない
この前冷房の故障した会場で
難しい陳式太極拳の動作や理論の講義を受けていた時も
馬鹿みたいに汗を垂らしていた
お隣にいた女性が
涼し気な表情で汗一つかいていないのを見て
なんで私だけこんなに汗を!?と思ってしまう
はっきりいってかなり気まずい
濡れた髪の毛も跳ね散らかって
どんなセットも台無しにしてしまう
お化粧なんてすぐに取れてしまう
女優さんは顔に汗をかかないという
どういう仕組みでそういうことになるのだろう
気力でそうなれるのだろうか
いちいち顔や頭がぐっしょりになっていたら
メイクさんにあきれられて
次からは起用されなくなってしまうだろう
そう思うと
女優でもない一般人の私の汗など
なんということもない
幾分見苦しくても
直接的に誰に迷惑をかけるものでもない
私だけがうっとうしいだけである
それはそうなのだけれども
汗ダラダラでも何食わぬ顔をしているのだが
髪型がぶっ飛んでいくのはどうにも止められない
いつもはこんな滅茶苦茶な髪型ではないんですけどねと
心の中で弁解しながら
早く涼しくなってくれと願っている
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42度
今日うちの駐輪場の温度計が
とうとう42度を記録した
まあそうだろうなと思った
だから去年から言ってたじゃないか
最高気温が37度のはずはない
普通に40度いってるよと
深夜ふと目覚めて
ラジオをつけてみた
チャンネルはいつもNHKに合わせてある
ちょうど世界の主要都市の天気概況をやっていた
ニューヨーク イギリス スペイン リオデジャネイロ
どこも最高気温が22度とか25度だ
オーストラリアなど10度台だ
なんと世界の大部分は過ごしやすい
最後に告知される明日の日本の最高気温
37度(だからもう40度過ぎてるって)
日本だけどうしてこんななのだ
日が暮れてから
太極拳の練習でもしようと外に出た
ああこれはだめだと思うほど
大気がまったりしたお湯だ
外にいる間中お風呂の中だ
災害級の暑さと表されているが
確かに災害の只中にいるらしい
茫然としながらも妙な納得感もある
汗だくで太極拳を通し
そそくさと冷房の部屋で涼む
エアコンがおととい調子が悪くて
買い替えるか家庭争議になったが
もう少し使えそうだ
ありがたき幸せ
使えなくなったら暑さからの逃げ場がない
裸になっても暑い
そう考えると冬の寒さの方が
まだ対処のしようがあるなと思う
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重大なエラー
いくつかの詩の下書きをして保存したワードのフォルダが
重大なエラーを発生させて
以来開けずにいる
何かいいことを書きためていたような気もするが
消えてもなんらかまわないようなものだったような気もする
成増で出会った過去の異常な煙霧のことを
昨今の激暑の大気と絡めて書こうとしていた
彩雲を見たことを書こうとしていた
太極拳の新たな練習場についても書こうとしていた
そのほか雑多な言葉の切れ端など・・・・
こんなことがあるから
デジタルは信用がならない
すべて紙のノートの上に
ボールペンの手書きで文字を書いていた時は
一気にデータが破損することなど無かったのに
思い起こしながら書いてみたとしても
きっと破損したものとは別物になってしまうだろう
そもそも失ったものが
優れたものだったと思い返されるなら
それは歪んだ認知による
間違った美化でしかない
気を取り直してパソコンに向かう
今書けるだけのものを書いてみる
歪んだ認知であるにせよ
ひとたび失ったら
激しく悔しく思えるような
私だけの詩の言葉を求めて
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空を見上げて
スーパーでの買い物を終え
ふと空を見た
青空にいくつかの大きな夏の雲
その下のほうの片隅に
思いがけなく彩雲があった
雲全体が虹色に染められている
一刷毛分くらいの小さなものだったが
なんとも言えず神々しい
初めてであり
最後でもあるかもしれない
見られたのは奇跡だと思った
少しずつ白い雲が動いていき
彩雲のそばをかすめていく
じきに消えて行きそうで
急い込みながら家に帰った
家族にだけ教え 一緒に見て 写真を撮った
家族で共有した彩雲
見ることができた人には
幸運が訪れるという
喜ばしい通知を
いきなりもらったかのように
しばらく気持ちに光が射していた
彩雲は10分ほどで消えていった
あれから外に出る度に
空を見上げる
今まで空を見なかったから
見逃していただけなのかもしれない
人知を超えた天体の不可思議さ
地球を覆う雲のすべて
どこかにきっと彩雲が現れていることを思う
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母の三回忌
8月10日に母の三回忌があった
10時から始まるというので
私は朝早く5時過ぎに川崎を出て
9時20分に宇都宮駅に着くと
急いでタクシーに乗って
お寺にかけつけた
法事開始10分前にお寺に着いたものの
住職の奥さんや
兄夫婦の対応や言動に
もういろいろつっこみどころがあって
長い長い物語が書けそうで
実際 思い出せる限りの詳細を
自分のHPにアップしてしまったのだが
これはお寺の奥さんや兄夫婦が読んだら
不愉快になるものだと思い
1日だけ公開してから全部削除した
幸い私以外誰も読んでいない
私の文章は人を傷つけるものであってはならない
そんなモットーはいつも心にあるが
しかし
20分の法事のあと
私にはすぐにさっさと帰ってもらう
という暗黙の流れがあり
事前に兄が足首を骨折していることを聞いていたから
車の運転ができないのだと思い
私は法事が終わったらタクシーで駅に向かい
お墓参りに行くのは
後日 兄たちでよろしくという把握で
納得していたのだが
実際には兄の足は
車の運転ができるぐらいには回復していたのだった
お墓参りに行けないことも無い
ということで
兄が「今日中に卒塔婆をお墓に立てなくちゃ」
と急に予定を変更した
それで
兄嫁が「今日はお墓に行かないって言ってたじゃない」と
怒り出した
その後のお墓参りにもあった小さなごたごたとか
もう書くネタ満載で
私は一言も忘れまじと頭をフル回転させていたのだった
兄嫁の不機嫌はおさまらず
兄の妹である私が側で聞いているのに
ずっと愚痴ったり責めたり
終始しょげている兄の車で送られ
宇都宮駅に着いたのは11時半ぐらいだった
母が生きていたなら
お昼食べてから帰りなと言ってくれただろう
兄とももっとゆっくり話せただろう
兄嫁からはお食事代として一万円を渡されていたから
いいけどさ
ああ
もう口をつぐもう
ただ次に法事が行われるとしたら
私はまたすぐ帰れと言われてしまうのかも
再来年あたりには父の十三回忌と母の七回忌
ほとんど他人の私が行ったら
息子夫婦や孫と
楽しくお買い物やお食事ができないよね
お墓参り無しで私にすぐに帰ってほしかったのは
そういうことだよね
この寒々しい気持ち
せめて
「遠くから来てくれてありがとう」
の一言があれば
笑顔で手を振って
遺恨なく帰れたのに
(2025年8月)
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ヘビについて
家の庭にシマヘビがいた
1メートルぐらいある灰色の長いやつだった
静かにうねりながら隣の敷地の畑の方に
はいっていった
ヘビを見るのは何十年ぶりだろうか
夫が畑へはよく行くので
「畑にヘビいるかもしれないよ」
と忠告した
夫は
「ヘビに会えるかな?」と余裕である
姑が元気だった頃も
2~3回家の周りでヘビを見た
そのうちの1回は玄関にまで入り込んでいた
姑は
「これは毒のないヘビだから大丈夫
ヘビは幸運の使いだから」と言って
箒でそうっと玄関の外に掃き出していた
30センチぐらいのやつだった
獰猛だったり毒があったり
人に害を成す生き物は
当然のように忌避するが
ヘビのような形状の生き物は
毒がなくても 温厚であっても
きれいなものであっても
どうにも親しむことができない
けれど何となく
どこかに禍々しさと表裏一体の神々しさも感じて
のろのろと滑るように移動していく姿を
しばし見送ってしまったりもするのだ
我知らずヘビとして生まれてしまった
ヘビの原初の感情になって
畑の湿った畝を静かに這っていく
肩で体を揺らしながら滑っていく
蛇として
何か一つ欲しかったすれば
手か
太いヘビを首に巻いて微笑む少女の画像とか
中学校の通学路で車に切断されたヘビの死骸とか
カエルを丸のみしつつあるあぜ道のヘビとか
仏教徒の友人がキリスト教を批判するために
そもそも何故神は
人間を誘惑するヘビを創成したのかと言うのを
「賢くなることの何が悪いんですかねえ」
などと憎たらしいことを言って反駁していた私
ヘビという存在がもたらす様々な感懐
ヘビはやはり
普通の生き物とは違った位置にいる
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父と戦争
原爆投下と終戦から80年がたった
父は大正15年生まれだったから
生きていたなら99歳だ
つまり80年前は19歳か20歳だった
兵隊にとられたという話は
わずかながら聞いている
兵隊服を着て写っているセピア色の写真も見たことがある
父は剣道の有段者だったので
兵隊の訓練での銃剣術が得意だったそうだ
幹部候補生にも合格し
今日明日いつ出撃命令が下るかという
すれすれの段階で終戦となって
命拾いをしたと言っていた
あの時代の苦しさを思えば
なんでも耐えられると
時折の昔語りの手紙で書いてきてくれたりもした
夏に行われる戦友会の集まりには
必ず出席していた
戦友とのつながりは特別なものらしかった
毎年100枚以上書いていた年賀状の
かなりの数は戦友たちに宛てたものだった
年末近くになると
炬燵の上で夜遅くまで文字をしたためていた
戦友会でもらった貴重な名刺を
母が誤ってコンロで焼いてしまった時は
父は珍しく本気で激怒していた
母は素直に謝ることが出来ない人で
「そんなところに置いておくのが悪い
鍋の底にくっついていたから焼けたんだ」と
減らず口をたたいたことにも火に油を注いだ
戦友との連絡手段を失って
父はどれほど悔しく悲しかったことか
私はそれをそばで見ていて
父母のやりとりの有り様にも悲しさを覚えていた
家庭に 妻に 自分の子どもたちに 自分自身に
何度か不穏や不具合が訪れた時も
淡々として慌てることがなかったのは
心の中で
戦時中のつらかった日々と
引き比べていたからだろうか
親の若い日の苦難を
子どもはなんと知らないことだろう
そういえば我が子も
私についてほとんど知らない
戦争ほどのものではなかったが
命に関わる苦しい思惟の日々はあった
父が
最期まで口にしないで秘めていたこと
子どもには聞かせたくなかったこと
それを忌憚なく
すべて聞きとってあげたかったと
8月になると思うのだ



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