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第50集 新しい白紙

2025年3月11日
読了時間: 21分

更新日:7月29日



梅と写真

 

 

夫と羽根木公園に行ってきた

梅は既に見頃を過ぎて

2~3割咲き残っているだけである

梅まつりも終わってしまっていて

何のお店も出ていない

 

歩いている人もまばらで

それはそれでゆっくりと散策できる

保育園や小学校低学年らしい集団が

先生に連れられて遊びに来ている

カラフルな帽子が

梅の木の間に見え隠れしている

 

梅の木はたぶんだいぶ老朽化して

きつめに剪定もされていたと思う

もっと大きな木だったよねなどと

夫と話しながら歩いた


あの頃 夫は

花をいかに美しく撮るかにばかり夢中で

私をいかに美しく撮るかには全く無関心だった

だから時折

「私をもっと撮って」と頼まなければならなかった 

今は当たり前のように

花を背景に私を撮ってくれる

やっと夫の眼中に私が入った


夫とは同じ思い出を語れる友でもあった

振り返ることも多くなった

新しい場所でなくてもいい

またどこか一緒に行こう

私が夫の写真をたくさん撮ってあげる




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豪徳寺の招き猫

 

 

ご自宅のお墓はどこにあるんですかと聞かれると

豪徳寺ですと答えるが

この場合豪徳寺は小田急線の駅名で

お墓のあるお寺は常徳院である

 

それはそうとお墓参りのついでに

その本家本元の豪徳寺に行ってきた

ここは招き猫で有名なお寺だ

住宅街の静かな道を歩いていくと

やはり寺に向かう何組かのグループがいて

そのほとんどは外人さんのようである

英語、スペイン語、中国語などが聞こえてくる

 

お寺の中の招き猫が飾ってある一画は

更に外人さんでごったがえしている

その猫スペースも40年前に見たときと比べて

更に10倍ぐらい拡張していて

大小の白猫たちがひしめいている

整った顔のきれいな真っ白な猫ばかりだ

 

40年前

大学生の頃に見た招き猫は

雑多ないろいろな顔の猫も交じっていて

きつねじゃないのかと思われる置物も混入していた

夕暮れ時に訪れたせいか

幾分薄気味悪さもあったのだ

 

外人さんたちは

美しい白い招き猫をここで買って

おみやげとして持ち帰るのだろうか

世界の戸棚の片隅に

飾られている白い猫

無機物の置物に感情を乗せることはすまい

うちの押し入れのどこかにも

ロシア民芸品店で買った

マトリョーシカ人形が眠っている




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沈丁花の花

 

 

3月に入って

遅れてきた雪を何回か重ねて

やっと沈丁花の花が咲き始めた

ふと庭の一画を見遣ると

白木蓮も蕾をふくらませている

これからはどんどん暖かくなっていくのだろう


その春の手前に

どうしても大きな震災があった日が

めぐってきてしまう

テレビでもひとしきり特集が続く

今年で14年目

あらためてその悲劇の大きさに

心が締め付けられる

 

その場にいて

同じ経験をしなければ

本当の意味で悲しみに寄り添えそうにない

想像も追いつかない


ある犯罪者が

「被害者の気持ちが分からないのか」と詰問されて

「俺 被害者本人じゃないんだから気持ちなんか分かるかよ」と

うそぶいていたニュース番組を

呆れた思いで見ていたことがあったが

振り返れば私だって

本当には人の気持ちなど分っていないのだ


そんなことを思いながら

ほこりまみれのテレビ周りを掃除する

知らぬ間にひどい有り様だ

一日一日を

きちんと片付けていくこと

ただそれだけをしっかりと目指す

諸々申し訳ないが

ただ自分を生きることしかできない

 

沈丁花の花は強い

しばらくはその形も香りも

しっかりと保たれるだろう



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河津桜とヒヨドリ

 

 

五反田川の河津桜は

まだ咲いてはいたが

幾分盛りを過ぎ

葉っぱがちらほら交じっていた

 

ヒヨドリらしき鳥が何羽も

花のあちこちに入り込み

せわしなく羽ばたいては

別の花群れに飛び込んでいく

花びらを食べてでもいるのか

甘いのだろうか

ここで一発ピストルを撃ったら

100羽ぐらいのヒヨドリが

一斉に飛び立つだろう

五反田川の河津桜の下

明るい赤が

川べりに続く

夫に誘われて久々に娘も一緒についてきた


写真を撮った

なかなかない夫と娘の

貴重なツーショットを

鳥に脅かされている桜を背景に

その不穏なざわつきも一緒に


​​​​

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ラベンダー

 

 

庭に何年か越しのラベンダーのプランターがある

 

もうすっかり関心がなくなり

水やりもいい加減になっていたのに

地味に葉っぱを増やしていき

去年やっと紫色の花が咲いた

 

花が終わると

またしても水やりがずさんになっていき

ついほったらかしにしてしまう

 

しかしこれが実に強い植物で

少しぐらい土がからからになっても

枯れたりしないのである

あの真夏の炎天下を耐えきって

冬も霜に焼けたりしないでいる

 

香りがどうこうより

生命力が強い

どんなことが起きようと

傷つきもしないでどっしりと構えている

 

たぶん土の下の根っこは

すこぶる筋骨隆々

下支えが半端ない

これから春が来て春も過ぎ

また巡りくるあの酷暑も

やはり平気で生き延びるのだろう

 

何気にラベンダーを尊敬する

人間もこうでなくちゃ

ひとつの生きる手本として

ラベンダーをながめやる

​​​​​​​​​​​​​

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4月に向けて

 

 

4月に向けて新しい取り組みと決断があり

責任を負う立場なので

少し疲れた気持ちにもなった

 

挑戦することで人間としての成長があり

新しい景色が見えてくる

そんな言葉を探し出して

自分を鼓舞する

自分を信じろ

強気で行け

 

そういえば夫は

若い頃 毎週のように山に登っていた

一人で夜中に出かけ

時には山小屋に何泊かしてきた

 

なぜ山に登るのか

今なら少しわかる気もする

挑戦することで

新しい景色を見たかったのだ

苦労や疲労と引き換えに

大いなる達成感もあっただろう

 

山を登り切り

今まで見なかった景色を見て

また安全に家に戻ってくる

夫がそうであったように

私もそうでありたい



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神代植物公園

 

 

桜の時期なのに

4日間も霧雨が降り続いた

やっと晴れた金曜日

夫と神代植物公園の桜を見にいった

 

まず植物園に車を停めて

野川まで歩いていった

野川の遊歩道を歩くのは何年ぶりだろう

まだ40代後半か50代前半の頃

ひどく暑い夏の日差しの中 

川遊びするよその子どもたちを眺めながら

野川から国立天文台まで歩いていったのだ

まだ心煩わせるものも少なく

元気さだけでどんどん前に歩いけた日々


あの時から比べると

私たちもけっこう年をとった

いくつかの急場もなんとかしのいで

心の澱も少し嵩を増した

しかしまだ元気を装うことはできる

どこかぼやけながらも

花をはるかに眺めやることができる

 

野川沿いの桜や菜の花を一通り見てから

神代植物公園の方に戻っていった

地図を見ながら道を迷う私たちに

この道を真っ直ぐですよと言ってくれる男の人がいて

けれど私たちはやはりうろうろと

修道院のある細道に入ってしまい

男の人はわざわざ追いかけてきてくれて

こっちの道ですよと再度言ってくれたのだった

優しい人 あるいはおせっかいな人

時々神様みたいに道案内をしてくれる人に出会う


神代植物公園は

桜も満開で見頃だった

私たちは写真を撮りあって

コンビニで買ったお弁当を食べて

混み始める11時には家に帰ってきた

早めに出かけて早めに帰ってくる

いつも通りの私たちのピクニック

夫が退職して1年が過ぎた

​​今のところ夫とばかり出歩いている

他に誘い合える友人はいないのかと

自分に そして夫にツッコミを入れたくなるが

そうなのだから仕方ない



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すぐ裏手にあるアパートの

日当たりのいい階段下に

久し振りにキジトラ猫が現れた

日向ぼっこでもしているらしい

 

以前 このあたりは

けっこう野良猫のたまり場だったわけで

3~4匹の猫が出没し

時にはギヤーギャー大声で

明け方あたりによくケンカをしていた

 

うちの飼い猫が時々外で吐いていたから

家のまわりにキャットフードの匂いが

どことなく漂っていたのだろう

誘われるように

野良猫が何匹も出没していた

その飼い猫も3年前に死んで

それ以来野良猫の来訪も減ってしまった

 

猫好きの娘と時々語り合う

日向の猫の体の香ばしい匂い

魚臭いお口

寝床に入ってきて

狭い隙間で寝てしまうから

人間は身動きできず

寝返りが打てなくなること

顔をうずめたときの

毛皮のやわらかさとあたたかさ

全部全部懐かしいと

よく眠れていたのは

彼のおかげだったのだと



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ぼく、シマエナガ。

 

 

『ぼく、シマエナガ。』というXが

とても可愛らしいので時々見ている

 

シマエナガは

白くて丸っこくて

黒い目や嘴が

なんとも絶妙な配置で

どんな角度から撮っても愛らしい

『雪の妖精』とも呼ばれていて

北海道にいるらしい

 

シマエナガの写真の魅力もさながら

それにつけた短いコメントにも

ぐっと心をつかまれている

 

『今日は

 もふようび(木曜日)

 今日も

 生きます』

 

『今日もいちにち

 生きます』

 

『生きます』

などという言葉を

私は今まで使ったことがあっただろうか

 

シマエナガの写真と共に

『生きます』という言葉を見る度に

期せずして

毎回胸うたれているのである

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ファーマーズ・キャリー

 



「ファーマーズ・キャリー」という運動法を

ネットでみつけて

試しにやってみた

重いものを両手に持ち

普通にそこら辺を歩くだけの運動法だ

 

家にあった3キロのダンベルを両手に持ち

以前姑が寝たきりにならないようにと

一緒に散歩したコースをまず歩いてみた

たぶん100メートルもないぐらいだろう

 

玄関を出て北に少し歩いてから

右に折れて

駐車場と家3~4軒分ぐらい歩いて

また右に折れて

家1軒分とその先の駐車場まで行ったら

また右に折れて家まで戻ってくるという

四角なコースだ

 

両手に3キロ 

つまり体重に6キロ加算で

ただ歩くだけなのに

重さを感じてスタスタとは歩けない

 

ふと思った

姑はこの100メートルをどんな気持ちで歩いていたのか

手押し車でゆっくりゆっくり

普段横になっていることが多くなっていたから

立ち上がって体を支えるのもきつかっただろう

ほんの短い距離と私は思っていたが

姑には重すぎる負荷

そして

長すぎる距離だったかもしれない

姑はもう努力とか頑張るとかいう意識を

とうに手放してしまっていたというのに

 

姑と歩いた100 メートル

100メートルが50メートルになり

そのうち廊下の往復の20歩になって

晩年の3年ぐらいは地面に足をつけることもなかった


老いればこの身体自身が

計り知れない重りのようになっていく

あの時「もう歩けない 歩きたくない」と

正直に言ってくれてもよかったのに

ダンベルを持って

姑が心に閉じ込めていた

諦めや悲しみの重さを感じながら

詫びながら

ゆっくりと家まで歩いた



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時々スマホやデジカメで自撮りする

ふだん無防備な自分が

どんな顔をしているのか

けっこう知らないもので

 

観光地へのお出かけなどで

夫が撮ってくれる

遠景のなかに写っているよそ行きの自分の顔

お化粧をする時のすました顔

それらは

何気ない接写の自撮り写真とは

あきらかに違うもので

 

おや、と思うほど

眉毛の辺りが険しい感じで撮れてしまう時がある

思っているより老けている

私は普段こんな顔をさらしていたのかと

少し驚く

慌てて感じがいい表情や笑顔を作って

カメラで何度も撮る

 

何でもいいから明るい顔

少し目を見開いた感じで

これをいつも心掛けなければと思うものの

ちょっと気が緩むと

眉毛の辺りが寄ってしまう

ひどい近視もあるから

自然と渋い目になってしまっている

 

意識だ

顔の表情にいつも

意識を持たなくてはならない

年中手鏡を持って

顔をチェックしているのも

ナルシシズムすぎるから

とにかく気付いたら

自分で思い描ける限りの

いい感じの表情を心掛ける

嘘くさい笑顔も

いつか本物の笑顔になっていくだろうし

まずは意識だ



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視力

 

 

自転車で通り過ぎながら

遊歩道のツツジの植え込みの中に

枯れかけたヒメジオンが何本も

紛れ込んでいるのを見る

 

あまりに見慣れ過ぎて

もう私はそれらから

言葉を紡ぐことができないのだ

 

くっきりと

はっきりと

細部まで見通す視力もなくして

輪郭のぼやけた風景の中にいる

美しさの裁定まで

ぼやけはじめている


「月が二重三重に見えてね」

「私もですよ」

そんなことを友人と言い合って

自嘲する

 

失ったのは

健やかな視力だろうか

若々しい感性だろうか


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紫陽花の花

 

 

あちこちの道筋に

紫陽花の花が咲き始めた

遠くから見ると

それ自体一かたまりの巨大な花束のようだ

 

東生田高校の南側入り口の

道路を隔てた土手の上に

横並びに植えられている紫陽花を見つけた

20株ぐらいあるだろうか

朝散歩に行っていた夫が先にみつけた

 

今まで散歩でこの道を歩くことはあったが

紫陽花の頃ではなかったので

そこに紫陽花があることに全く気づかなかった

 

少し見上げる位置に

並んで咲いている青とピンクの紫陽花

背後の雑木と薄曇りの空に映えて

くっきりと色鮮やかだ

きっと高校の関係者が何年も前に

通学する高校生たちのために

植えたのだろう

 

花のない頃には

道行く人たちは誰も知らない

ここにやがて咲く紫陽花があることに

 

普段気づかれることのない心遣いが

この季節にだけ発現する

それを私もやっと今年になって

気づくことができた

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エゴノキ

 

 

うちの庭にはエゴノキがある

(エゴの木かと思っていたらエゴノキである)

今年はどういうわけか花が全然咲かなかった

5月ぐらいにはいつも

白い小さい花がびっしりとつくのに

今年は全然咲かなかった

 

花が咲けば秋には可愛い緑色の実がなって

それが割れて乾くと

地面に茶色い種を落とす

毒のある種なので

猫を飼っていた時分には

うっかり口にしてしまったらいけないと思い

いつも念入りに木の下を掃除していたものである

 

茶色くて固くて7ミリぐらいの大きさの種は

何かの手芸に使えるのではないかと思えるほど

かわいらしい形をしている

小さな子供がいたら

きっと喜んで集めたがるだろう

 

葉が生い茂るばかりの6月のエゴノキ

今年は花も実も見られなくて

少々残念だ

昨今は季節感が危うくなって

春も夏もいっしょくたになっている

花を咲かせる時期を失し

植物たちも困り顔になっているに違いない


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アナベルの花

 

 

6月なのに梅雨前線はどうしたのか

真夏のような暑さが続く

 

珍しく曇っていたある日

あじさいまつりの時期に当てて

夫と府中郷土の森博物館に行った

 

アナベルという品種の真っ白な紫陽花が

博物館前広場の周りを囲むように咲いている

その背後には

ヤマボウシの木も何本かあって

同じ白い色の花を咲かせている

 

少し先にはアナベルの丘と呼ばれるところもあり

ここもまた一面の白い花

これだけまとまって咲いているのを見るのは初めてだ

園内には他にも一万株の紫陽花があるそうだ

曇っていて光が抑えられているのも紫陽花日和 

写真も撮りやすかった

 

割と毎年行く妙楽寺のあじさいは

もう終わってしまっているだろう

こう晴れた日が続くと花を見に行くのも

天候を見ながら

暑さに対して防備しながらになる

 

郷土の森博物館の少し先には

子ども向けの大きな水遊びプールも2つあって

色とりどりの小さなボールが浮いている

まだ準備中のようでもあったが

それは花にまさる華やかさと賑やかさ

ここに人々が集い

はしゃぎ遊んでいる子どもたちがいたなら

まだ梅雨の合間とはいえ

まさにここだけ真夏のまぶしい風景になったことだろう



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多汗症

 

 

手指多汗症の人は

紙に字を書いていて

その紙が汗でぐしゃぐしゃになってしまうそうだが

私は今までそのようなことはなかったから

手指多汗症ではない

 

しかしここ最近頭や顔に異常な汗をかく

暑すぎる時や

運動したときに限っているので

日常生活にそうは支障はないが

とにかく汗ダラダラで

髪がびっしょりと濡れ

汗がしたたる

人と一緒の時は気まずいことこのうえない

 

この前冷房の故障した会場で

難しい陳式太極拳の動作や理論の講義を受けていた時も

馬鹿みたいに汗を垂らしていた

お隣にいた女性が

涼し気な表情で汗一つかいていないのを見て

なんで私だけこんなに汗を!?と思ってしまう

 

はっきりいってかなり気まずい

濡れた髪の毛も跳ね散らかって

どんなセットも台無しにしてしまう

お化粧なんてすぐに取れてしまう

 

女優さんは顔に汗をかかないという

どういう仕組みでそういうことになるのだろう

気力でそうなれるのだろうか

いちいち顔や頭がぐっしょりになっていたら

メイクさんにあきれられて

次からは起用されなくなってしまうだろう

 

そう思うと

女優でもない一般人の私の汗など

なんということもない

幾分見苦しくても

直接的に誰に迷惑をかけるものでもない

私だけがうっとうしいだけである

それはそうなのだけれども

 汗ダラダラでも何食わぬ顔をしているのだが


髪型がぶっ飛んでいくのはどうにも止められない

いつもはこんな滅茶苦茶な髪型ではないんですけどねと

心の中で弁解しながら

早く涼しくなってくれと願っている

​​​

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42度

 

 

今日うちの駐輪場の温度計が

とうとう42度を記録した

まあそうだろうなと思った

だから去年から言ってたじゃないか

最高気温が37度のはずはない

普通に40度いってるよと

 

深夜ふと目覚めて

ラジオをつけてみた

チャンネルはいつもNHKに合わせてある

ちょうど世界の主要都市の天気概況をやっていた

ニューヨーク イギリス スペイン リオデジャネイロ

どこも最高気温が22度とか25度だ

オーストラリアなど10度台だ

なんと世界の大部分は過ごしやすい

最後に告知される明日の日本の最高気温

37度(だからもう40度過ぎてるって)

日本だけどうしてこんななのだ

 

日が暮れてから

太極拳の練習でもしようと外に出た

ああこれはだめだと思うほど

大気がまったりしたお湯だ

外にいる間中お風呂の中だ

災害級の暑さと表されているが

確かに災害の只中にいるらしい

茫然としながらも妙な納得感もある

 

汗だくで太極拳を通し

そそくさと冷房の部屋で涼む

エアコンがおととい調子が悪くて

買い替えるか家庭争議になったが

もう少し使えそうだ

ありがたき幸せ

使えなくなったら暑さからの逃げ場がない

裸になっても暑い

そう考えると冬の寒さの方が

まだ対処のしようがあるなと思う

​​​​​

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重大なエラー

 

 

いくつかの詩の下書きをして保存したワードのフォルダが

重大なエラーを発生させて

以来開けずにいる

何かいいことを書きためていたような気もするが

消えてもなんらかまわないようなものだったような気もする

 

成増で出会った過去の異常な煙霧のことを

昨今の激暑の大気と絡めて書こうとしていた

彩雲を見たことを書こうとしていた

太極拳の新たな練習場についても書こうとしていた

そのほか雑多な言葉の切れ端など・・・・

 

こんなことがあるから

デジタルは信用がならない

すべて紙のノートの上に

ボールペンの手書きで文字を書いていた時は

一気にデータが破損することなど無かったのに

 

思い起こしながら書いてみたとしても

きっと破損したものとは別物になってしまうだろう

そもそも失ったものが

優れたものだったと思い返されるなら

それは歪んだ認知による

間違った美化でしかない


気を取り直してパソコンに向かう

今書けるだけのものを書いてみる

歪んだ認知であるにせよ

ひとたび失ったら

激しく悔しく思えるような

私だけの詩の言葉を求めて



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空を見上げて

 

 

スーパーでの買い物を終え

ふと空を見た

青空にいくつかの大きな夏の雲

 

その下のほうの片隅に

思いがけなく彩雲があった

雲全体が虹色に染められている

一刷毛分くらいの小さなものだったが

なんとも言えず神々しい

初めてであり

最後でもあるかもしれない

見られたのは奇跡だと思った


少しずつ白い雲が動いていき

彩雲のそばをかすめていく 

じきに消えて行きそうで

急い込みながら家に帰った


家族にだけ教え 一緒に見て 写真を撮った

家族で共有した彩雲

見ることができた人には

幸運が訪れるという

喜ばしい通知を

いきなりもらったかのように

しばらく気持ちに光が射していた

 

彩雲は10分ほどで消えていった

 

あれから外に出る度に

空を見上げる

今まで空を見なかったから

見逃していただけなのかもしれない

人知を超えた天体の不可思議さ

地球を覆う雲のすべて

どこかにきっと彩雲が現れていることを思う


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母の三回忌

 

 

8月10日に母の三回忌があった

10時から始まるというので

私は朝早く5時過ぎに川崎を出て

9時20分に宇都宮駅に着くと

急いでタクシーに乗って

お寺にかけつけた

 

法事開始10分前にお寺に着いたものの

住職の奥さんや

兄夫婦の対応や言動に

もういろいろつっこみどころがあって

長い長い物語が書けそうで

実際 思い出せる限りの詳細を

自分のHPにアップしてしまったのだが

これはお寺の奥さんや兄夫婦が読んだら

不愉快になるものだと思い

1日だけ公開してから全部削除した

幸い私以外誰も読んでいない

 

私の文章は人を傷つけるものであってはならない

そんなモットーはいつも心にあるが

しかし

20分の法事のあと

私にはすぐにさっさと帰ってもらう

という暗黙の流れがあり


事前に兄が足首を骨折していることを聞いていたから

車の運転ができないのだと思い

私は法事が終わったらタクシーで駅に向かい

お墓参りに行くのは

後日 兄たちでよろしくという把握で

納得していたのだが


実際には兄の足は

車の運転ができるぐらいには回復していたのだった

お墓参りに行けないことも無い

ということで


兄が「今日中に卒塔婆をお墓に立てなくちゃ」

と急に予定を変更した

それで

兄嫁が「今日はお墓に行かないって言ってたじゃない」と

怒り出した

その後のお墓参りにもあった小さなごたごたとか

もう書くネタ満載で

私は一言も忘れまじと頭をフル回転させていたのだった


兄嫁の不機嫌はおさまらず

兄の妹である私が側で聞いているのに

ずっと愚痴ったり責めたり

終始しょげている兄の車で送られ

宇都宮駅に着いたのは11時半ぐらいだった

母が生きていたなら

お昼食べてから帰りなと言ってくれただろう

兄とももっとゆっくり話せただろう

兄嫁からはお食事代として一万円を渡されていたから

いいけどさ

 

ああ 

もう口をつぐもう


ただ次に法事が行われるとしたら

私はまたすぐ帰れと言われてしまうのかも

再来年あたりには父の十三回忌と母の七回忌

ほとんど他人の私が行ったら

息子夫婦や孫と

楽しくお買い物やお食事ができないよね

お墓参り無しで私にすぐに帰ってほしかったのは

そういうことだよね 


この寒々しい気持ち 

せめて

「遠くから来てくれてありがとう」

の一言があれば 

笑顔で手を振って

遺恨なく帰れたのに

 

​​

(2025年8月)



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ヘビについて

 

 

家の庭にシマヘビがいた

1メートルぐらいある灰色の長いやつだった

静かにうねりながら隣の敷地の畑の方に

はいっていった

ヘビを見るのは何十年ぶりだろうか

 

夫が畑へはよく行くので

「畑にヘビいるかもしれないよ」

と忠告した

夫は

「ヘビに会えるかな?」と余裕である

 

姑が元気だった頃も

2~3回家の周りでヘビを見た

そのうちの1回は玄関にまで入り込んでいた

姑は

「これは毒のないヘビだから大丈夫

ヘビは幸運の使いだから」と言って

箒でそうっと玄関の外に掃き出していた

30センチぐらいのやつだった

 

獰猛だったり毒があったり

人に害を成す生き物は

当然のように忌避するが

ヘビのような形状の生き物は

毒がなくても 温厚であっても

きれいなものであっても

どうにも親しむことができない


けれど何となく

どこかに禍々しさと表裏一体の神々しさも感じて

のろのろと滑るように移動していく姿を

しばし見送ってしまったりもするのだ


我知らずヘビとして生まれてしまった

ヘビの原初の感情になって

畑の湿った畝を静かに這っていく

肩で体を揺らしながら滑っていく

蛇として

何か一つ欲しかったすれば

手か


太いヘビを首に巻いて微笑む少女の画像とか

中学校の通学路で車に切断されたヘビの死骸とか

カエルを丸のみしつつあるあぜ道のヘビとか

仏教徒の友人がキリスト教を批判するために

そもそも何故神は

人間を誘惑するヘビを創成したのかと言うのを

「賢くなることの何が悪いんですかねえ」

などと憎たらしいことを言って反駁していた私


ヘビという存在がもたらす様々な感懐


ヘビはやはり

普通の生き物とは違った位置にいる



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父と戦争

 

 

原爆投下と終戦から80年がたった

 

父は大正15年生まれだったから

生きていたなら99歳だ

つまり80年前は19歳か20歳だった

 

兵隊にとられたという話は

わずかながら聞いている

兵隊服を着て写っているセピア色の写真も見たことがある

 

父は剣道の有段者だったので

兵隊の訓練での銃剣術が得意だったそうだ

幹部候補生にも合格し

今日明日いつ出撃命令が下るかという

すれすれの段階で終戦となって

命拾いをしたと言っていた

 

あの時代の苦しさを思えば

なんでも耐えられると

時折の昔語りの手紙で書いてきてくれたりもした


夏に行われる戦友会の集まりには

必ず出席していた

戦友とのつながりは特別なものらしかった

毎年100枚以上書いていた年賀状の

かなりの数は戦友たちに宛てたものだった

年末近くになると

炬燵の上で夜遅くまで文字をしたためていた


戦友会でもらった貴重な名刺を

母が誤ってコンロで焼いてしまった時は

父は珍しく本気で激怒していた

母は素直に謝ることが出来ない人で

「そんなところに置いておくのが悪い

鍋の底にくっついていたから焼けたんだ」と

減らず口をたたいたことにも火に油を注いだ

戦友との連絡手段を失って

父はどれほど悔しく悲しかったことか

私はそれをそばで見ていて

父母のやりとりの有り様にも悲しさを覚えていた


家庭に 妻に 自分の子どもたちに 自分自身に

何度か不穏や不具合が訪れた時も

淡々として慌てることがなかったのは

心の中で 

戦時中のつらかった日々と

引き比べていたからだろうか

親の若い日の苦難を

子どもはなんと知らないことだろう

​そういえば我が子も

私についてほとんど知らない

​戦争ほどのものではなかったが

命に関わる苦しい思惟の日々はあった

父が

最期まで口にしないで秘めていたこと

子どもには聞かせたくなかったこと

それを忌憚なく

すべて聞きとってあげたかったと

8月になると思うのだ














 
 
 

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並木パス
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