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第9章 大学2年 9月の終わり・決別

  • kaburagi2
  • 2022年10月30日
  • 読了時間: 46分

更新日:2023年10月25日


 弓道の授業で十月の体育祭に向けての出場者のメンバー決めがあった。全員が三回くらい的を射た後、新開先生が名前を発表した。

「男子、鴻池、久米、‥‥、女子、小島、根元、‥‥」

やはり私は女子三名の選抜メンバーに入ってしまった。そんなに上手じゃないのにねえと、根元幸子と後ろの方で言い合った。

「でも私、人見先輩のために頑張る!」

 根元幸子は、このクラスを指導してくれる弓道部員の人見先輩にご執心だ。

 人見先輩は眼鏡をかけていて、白い弓道着に黒い袴姿で新開先生の指導補助をしている。型が違っているとそばに来て直してくれたり、見本を見せてくれたりする。特別かっこいいわけでもないけれど、指導の声かけが優しくいつも励ましてくれるので、私も先輩の事は好きだ。日本の武道をやっている人は、それらしいきりっとした清廉な雰囲気がある。

 授業の後、選手だけ残って練習があったが、すぐに雨が降ってきたのでろくに射ることもできず、こんな調子で試合になんか出ていいのだろうかと不安だった。

 弓道の授業は、私が受けている新開先生のクラスと、もう一つ別の先生のクラスがあり、試合ではこの二つのクラスが暗黙のうちに張り合う形になっていた。

 新開クラスを負けさせたくはない。とは言っても、週一回の授業だけでそんなに上達するわけがない。的に当たるか当たらないかはその時の運次第といったところだ。


 下宿の北向きの部屋はずっと空いていたが、九月の終わり頃、日本女子大の二年生が入ってきた。清田桃子という名前の小柄でおとなしそうな人だ。挨拶に来た時、親戚の人が勤めていて沢山もらうからと、缶入りの煎餅をくれた。笑顔が可愛らしい。私や坂口美子のように、早稲田まで来たんだからというどこか気負った思い込みがない分、やさしい自然体で生きることのできる人のように思えた

 南の部屋の早稲田の商学部の三年生は、相変わらずいつ帰ってくるのか分からない。たいがいは十時過ぎで、時には夜中の十二時を過ぎることもある。遊んでいるわけではなく、税理士、公認会計士の資格を取るために、大学の授業が終わった後に専門学校に通っているのだ。夢を持って突き進んでいる姿は敬服に値したが、遅く帰ってきて十一時ごろから廊下にある電話で長電話する日も多く、疲れていて早く寝たい時などイライラさせられた。

 下宿仲間とはそれ以外には特にトラブルもない。顔を合わせれば普通に挨拶するが、それぞれあまり干渉せずに、部屋を訪ね合うこともなかった。


 坂口美子との語らいの後、二十歳の女性について書かれた本もいろいろ読んだ。

 伊藤整の「典子の生きかた」は、典子が私よりずっと積極的に自立して前に進んでいくタイプの女性なので、強いなと思うものの、私はこうはなれないと感じた。

 「二十歳の原点」を書いた高野悦子氏は私の母校、宇都宮女子高出身で、十歳上の先輩だ。自死してしまった彼女の生き方を参考にすることはできなかったが、本を読んで思ったことは、彼女は非常に孤独だった、ということだ。

「生きようとする衝動、意識化された心の高まりがない」「友がいるということは羨ましい。でも私は自己を曲げてまで友を求めようとは思わない。しょせん人間は独りなのである」、そう書いているかと思うと「独りでいるのはさびしい。恋人がほしい」「私は弱い。独りでとても寂しい」とも書いている。

 彼女は誰よりも深く思惟し、大学の在り方、政治や社会にまで思いを広げ、自分の存在について真摯に考え抜いた人だった。しかし彼女の周りには彼女を真に理解し、彼女に生きる喜びや希望を与えてくれる人がほとんどいなかったように思う。集会やデモに参加し大勢の学生たちに揉まれていてもきっと孤独だった。 

 彼女を担任した現国の教師が、私の代まで残っていて、高校時代の高野悦子氏について語ってくれたことを思い出す。

「とても華奢で、とてもチャーミングな女の子だったな。現国の才能が際立っていて、いつも作文のテストでは高得点だった。大学紛争真っ盛りの立命館に行ってしまったことが、あの子の運命の別れ道だったのかもしれない。‥‥諸君、大学に行ったら、友人を作りなさい。沢山じゃなくてもいい、なんでも話せる友人を持つことだ。そして恋もしなさい。恋は楽しく幸福な反面、苦しくもあるが、一人の人間ときちんと向き合うことは諸君を人間的に成長させる。人と関わることを恐れてはならない」

 その現国の先生も私の高校三年の時、交通事故で死んでしまった。車の運転中、対向車とぶつかって胸を強打しての即死だった。

 その知らせを朝の教室で受けた時、教室の皆はショックで呆然とし、ある者は涙を止められず机に突っ伏していた。私も震えながらうつむくしかなかった。昨日まで元気に授業をしてくれていたのに‥‥。「麦秋」という漢字を私が読めたので、皆の前でほめてくれたばかりだった‥‥。

 まだ、五十代ぐらい、安岡章太郎にちょっと似ていた。山茶花の咲く寒い冬のことだった。


 思い出す。その数か月前、体育祭のあった日、私が何かの用事で何気に体操着のまま職員室に入ってしまったことがあった。近くの席にいたその現国の先生は、私を見て「おおっ」とのけぞった。

「若い娘が太ももあらわに職員室に来ちゃいけませんよ」

 そうたしなめながらも、いやににやけて嬉しそうな顔をしている。

 私はその時初めてブルマー姿で男性ばかりの職員室に入ってきてしまっていたことに気付いたのだった。

「あっ、すみません!」

「いやー、ははは」

 私は急に恥ずかしくなって用事もそこそこにそそくさと職員室を後にした。

 女子高に勤めている男性教諭は往々にして女子とまともに目を合わせられずなんとなく照れてしまっている人も多い。そんな中で、現国の先生は女子に囲まれた生活を素直に楽しんでいるように思えた。そんな正直さ、正々堂々としたエロさはかえって私の中での好感度を上げていた。いかにも人間の感情の機微に長けた文学者らしくて。

 私は現国の成績はそうはいい方でもなかったが、先生には「君はなかなか読ませる文章を書く」と一度褒められたことがあった。いつか個人的に私の文章を読んでもらえる日があるといいと思っていたのだが、もうそれも叶わない。


 私の高校では、私の三年間の在学中、三人の自殺者を出した。原因は進学の悩みとか健康上の悩みとか漏れ聞いた。生徒たちはそのたびにざわつき心乱されたが、すぐに日々は受験勉強に埋没していった。こんなに自殺者を出す高校って他にあるのだろうかと私は思っていた。

 死は私の身近にいつでもあった。表向き笑いさざめいていても、一人一人が悩みを抱え、孤独を胸に秘めていた。皆が受験のライバルだった。手の内を見せ合うこともできず、成績のことでいつも苦しみ、他と自分を比べながら戦っていた。

 厳しい勉強についていくことを諦めてしまう者も少なからずいた。夏休み中、売春をした事が発覚して退学になった者も数名いた。自殺まではしないけれど、死にたいと思ったこと、考えたことのある者はあちらこちらにいたはずだ。

 私はただひたすら勉学に没頭することで孤独や死を思う事から目を背けていた。試験の成績にだけ目を凝らしていればよかったあの頃は、苛立ちや焦りがあったとしてもまだ幸福だったのだ。


 孤独。私は大学一年の後半ごろから孤独を非常に恐れるようになった。家族とともにいた時には気づかなかった恐れだ。東京の一人暮らしでは、常に孤独と向き合うことを強いられる。受験勉強というタガが外された毎日に、大きな落とし穴ができてしまったかのようだった。孤独感が私の許容を超えて襲って来た時、私はそれに抗う術が何もなかった。

 だから私はある時期から、話しかけてきてくれる者は全て受け入れ、私からも話しかけ、できるだけ多くの人をつなぎとめようとしてきた。社交的になったと見る人もいただろう。八方美人とも言う。そうしないとまた心が駄目になりそうだったから。

 桂木隆司とたびたび会って話すようになったのも、その流れの上でのことだった。私の孤独を紛らわせてくれる友人の一人。桂木隆司の立ち位置はまだそのあたりだった。でも一番気持ちよく楽しく話せる人だったのだ。私は彼のそばでやんちゃな少年のようでいられた。

 私は彼を繋ぎとめるために、我知らず何らかの思わせぶりをしていたかもしれない。夏休み中の親密な手紙もその一つだ。まだ恋人でもないのに、恋人を思わせる媚態をどこかにさりげなく紛れ込ませていた。

 物理的にそばに誰かがいてくれなくても、心の中に真に信頼できる人を常に住まわせること。それが理想だ。しかし、それにはもう少し訓練が必要だった。夜の一人ぼっちはやはり寂しい。誰かそばに、すぐ触れ合える場所にいてほしい。それはまだ恋人のような男性ではなく、いつでも心安らかにそばにいてくれる女友だちであってほしかった。

 もし桂木隆司と恋人となってしまったら、坂口美子のような悩みが生じてしまうのだろう。せっかくいい関係を保てている彼に対して、そんなごたごたした悩みを起こしたくはなかった。 

 でも、小さな予感はあったのだ、否応なしに恋になっていきそうな。

 


 十月を目前に控えたある夜のことだった。廊下にある共同の電話が鳴った。私の部屋が一番近いので、何気なく電話に出た。

「はい」

「あの。吉川と申しますが、小島さんはいらっしゃいますか?」

息をのんだ。もう縁は切れたと思っていたのに。声のトーンも急に落ちた。

「はい。わたしです」

「あ、小島さん。元気だった?」

「はい」

「体の調子はどう?」

「一応治りました。まだすっかり元気とまではいきませんけど」

「そう。‥‥もう仏教を聞く気はないの?」

また始まった。それ以外に言う事は無いのだろうか。もううんざりだ。

「はい。今は生きていくことだけを考えていたいんです。死に関わっていたくないんです」

「生を考えるということは、すなわち死を考えることに等しいんだよ。死の解決をしなければ幸福になんてなれないんだよ」

「でも、今は健康を取り戻したし、毎日の生活に幸福を感じています。私はそれでいいと思っているんです」

「現在幸福だからといっても、死ぬ時にはそれらに裏切られるんだよ。すべて失われてしまうんだ」

「失われたりはしません。過去のものにはなるかもしれませんが、幸福であった記憶は残ります。私はそれを大切にしていきたい…。」

「いや、死ぬ時になったら、幸福であった記憶など何の助けにもならない。君はきっと後悔することになる。小学生が夏休みの終わりに宿題が終わっていなくて悲しむような人生を君は送っているんだよ。本当に夏休みを楽しむには、夏休みの最初に宿題を終わらせてしまわなくてはならないんだ」

「けれど、夏休みの宿題を最初にやってしまったからといって、その夏休みが有意義に過ごせるという保証はどこにも無いと思います」

「君ね。これはたとえ話だよ」

 彼は、むっとしたような口調で言った。その言い方は自信家の山根部長がつまらない質問をされた時、軽蔑したようにたしなめる、その言い方に似ている。

「分かってます。でも死の解決が宿題だと言うなら、あわてて今済ませてしまうのではなく、もっと人生について知ってからの方がいいんじゃないですか?」

「君はそうやっていつまで解決を引き伸ばしておくつもりなんだい? 今やらなかったら

恐らく君はこのまま仏教のことなど考えないに違いない。今、仏教に触れ合えたんだから、このチャンスを逃さないで欲しいんだ」

「…仏教は、自分から求めたものでは無かったし、私にとってずっと受動的なものでした。お話を聞いていてもどこか私の求めるものとは違っているような気がしてたんです。黙って座ってお話を聞くだけでは、言葉だけが頭の中を上滑りして‥‥、知識を得ることと生きる実践とは違うんじゃないかと、何か、もやもやがあって…、私が求めていることはもっと別のことなんじゃないかってずっと考えていました」

「君は仏教に対してそんな受動的な態度しか持てないのか! そんな態度でいるから何も得られないんだ!」

 あなたは、何から何まで山根部長のコピーだ。あなたの言葉はそっくりそのまま部長の口から出て来てもおかしくない。あなた自身の言葉は無いのか。私が必死で自分の言葉で語ろうとしているのに。あなたは、顕証のマニュアルに則らないと何も語れないのか。

「しかし、仏教に関して、私は何も知らないんです。聞くと言う受動から入っていくしかないじゃありませんか。受動から能動に入っていけなかったのは私の責任かもしれませんが、夏休みの前数ヶ月ずっと真面目に聞いてきたつもりです。それでもどうしてもやっていきたいという気になれなかった。だから他のものに生きがいを探そうと思うことは間違っていますか?」

「仏教以外に真の生きがいなど探せるはずは無い!」

「探します!」

「探せない!」

「探します!」

 ああ、どうしてこうなってしまったんだろう。私は受話器を持ったまま背中で柱にもたれながら、ずるずると廊下にしゃがみこんだ。

「君は宿題が終わらないままで後悔してもいいのか」

「仏教ではなく別のもので宿題の解決のための努力をします」

「そんなこと出来るはずがない!」

「やります!」

「出来ない!」

「…あなたが、私のどれだけの人生を知ってそんなことを言っているのか知りませんけど、私には、今は仏教をやる意思など全くありません」

 一瞬、沈黙があった。私が彼の事を初めて「あなた」と呼んだ事、私が自分でそう言ってしまった後びっくりしていたように、彼にとってもその言葉はショックだったかもしれない。「あなた」という言葉を使った時点で、師弟のような関係を崩し、私は彼と対等に、あるいは見下す位置に立ったような気がした。

「君の話を聞いていれば、君がどんな生き方をしてきたのかよく分かるさ」

彼の声は明らかに沈んでいた。

「どう分かるっていうんですか。私について何を知っているというんですか。仏教を教えようとするばかりで、私のことなど何一つとして知ろうとしなかったじゃないですか」

「僕には分かるよ。君は真剣に人生のことなど考えてはいない。今楽しければいいというその他大勢と一緒だ」

「そうです。今楽しければいいんです。苦しいことばかり考えているなんて嫌です」

「その苦しさを乗り越える気は無いのか」

「ありません」

 彼は黙り込んだ。彼の悲しいような透明な目の光が思い浮かんだ。今、私は彼を傷つけている。彼を苦しめている。こんなことがあっていいのだろうか。喉の奥が痛くなった。しかしここで引き下がったら、また一から戦いのやり直しになってしまう。

「もう、仏教は聞きたくないのか」

「はい。夏休みで二か月離れたから仏教から心が遠ざかったというのではなく、最初から違和感があったんです。部会に出続けていいのかずっと迷っていたんです」

「それは誰だって最初は違和感を持っているよ。最初から素直に聞ける方がおかしい。君と一緒に入った一年生なんかも同じように違和感を持ってたはずだ。だけどね、それでも一生懸命ついてきてるんだよ」

「私はついていきたく無くなったんです」

「一度聴聞に来れば考えが変わるかもしれない。十月三日に聴聞があるんだ。来てみないか?」

 そうか、彼はただ聴聞に誘うために何となく私に電話をしてきただけだったのだ。それなのに思いがけず私が強い態度に出たために、やり合うことになってしまった。彼の計算違いだ。でも今更私が行きますと言う訳もない。

「いやです」

「どうしていやなの?」

「いやだからいやです」

「だからどうして!」

「いやという感情に理由はありません」

「どうしてもいやなのか?」

「はい」

「そうか…じゃあ、もう誘わない。部会にも出ないんだね?」

「はい」

「ここまでお話してきたのに分かってもらえないんじゃ仕方ない。残念だ」

「…今までありがとうございました」

「うん…じゃあ…さよなら」

電話の切れる音が耳の奥で響いた。

 終わった。これですべて終わりだ。けじめはきっちりとつけた。胸のあたりに泣き笑いのような奇妙なしゃくり上げが込み上げてきた。私は強くなった。こうして人を傷つけられるほどに。これでよかったんだよ。そう思いながら、しばらく電話の前を動けなかった。

 ああ、今の電話、ひどかったなあ。気が付くと手がぶるぶる震えている。自分を守るためにはこうしなくてはいけなかった。言わなくてはならないことを言ったまでだ。それにしても‥‥この胸の痛みは何なのだ。

 虚脱して電話の下にうずくまっていながらも、彼が今どんな気持ちで電話を切り、その場を離れたかを思いやらずにはいられなかった。きっとひどい気持ちでいるに違いない。何があっても大安心、大満足と言っていたが、こんな状況で平静でいられる人なんているのだろうか。

 でも、彼の気持ちに最大限寄り添えたとしても、もうすべては遅い。私はゆっくり起き上がって傍らの共同炊事場の水道の蛇口をひねり、水をザアッと出すと掌に受け、ごくごくと飲んだ。


 日本女子大の清田桃子が、がたんとドアを開けた。

「わあ! 電話終わりました? トイレ行きたかったんだけど、あんまりすごい電話だったんで、出ていけなくて」

「あっ、ごめんね。うるさかったでしょ? 一時間も長電話しちゃって」

「いえいえ。やっぱり早稲田の人は話すことが違うですねー。悪いと思ったけど聞いちゃいました。すごい迫力。怖いぐらいでしたよ」

清田桃子はびっくりしたように目を見張っている。

「生き方の問題で、どうしても譲れないことがあってね。さっき絶交しちゃったの」

「すごーい。強いですね」

「強くなんてないですよ。今、ものすごくへこんでる」

「そうなんですか? でも尊敬しちゃいます。私、人生についての議論なんて、とてもできない」

 清田桃子の丸い頬いっぱいに浮かんだ笑み。私もつられて微笑みながら、やっぱり仏教だけなんかではない。人間を救うのは人間それ自身でもあるのだと思った。

 夜半過ぎて、大雨が降り出した。激しく屋根を叩く大粒の雨の音を聞きながら、私は寝床の中で何度も寝返りを打った。鎮まらない神経。彼もこの雨の音を聞きながら、苦しい思いでいるのかもしれない。

 後悔はしていなかったが、勝利とも違う、どこか無残な気持ちだった。


 たぶん真理はただ一つのものでは無い。仏教を唯一の真理と信じる者には他の真理など見えはしないのだ。

 西武線が高田馬場駅に近づくと、線路は大きく湾曲する。その一瞬の手前に小さな公園が見下ろせた。家を持たないその日暮らしの男たちが、早朝、仕事をもとめて公園にたむろしている。カーキ色の作業服に、ぼうぼうの長い髪、茶色く日に焼けた垢だらけの肌。彼らにとって大切なことは、今日をとにかく生きることだ。今日の食べ物を得、今日の寝床を確保することだ。

 彼らにこそ仏教を説くがいい。死に際しての平安? そんなもの何になる。そんなものより金だ。今日の生活だ。そう噛み付かれるのが関の山だろう。学生相手に口先だけのきれいごとの真理を語るだけでは、到底壊せない壁があることを、その壁のことを、もっと知らなければならない。

 電車は焦げ臭いきしみをさせて停車する。結局、歎研の者たちは安泰な生活に浸かったまま、言葉だけで死を理解しようとしているに過ぎない。言葉を超えることをしない。私が死を思い詰めたほどには、死を苦しんではいないのだ。

 けれど‥‥駅から吐き出される私の歩みは頼りなくなる。私の出した結論に対する恐れをきっぱりと打ち消すことができない。噴水の中の少女像よ。水に濡れたあなたの肌の冷たさほどに確かな真理があるのなら、私に見せてほしい。何が間違いで、何が正しいのかを。

‥‥私は何かをしくじったのだろうか?


 大学に向って人の流れに合わせようとしながらも、昨夜の事が決定的な傷跡として胸の奥にまだ生々しくうずいているのを感じていた。私はふうっと深い溜め息をついた。もう考えるのはよそう。

 私はわざと知らない横道に入っていった。方角さえ間違えなければ、たぶん大学までたどり着けるだろう。横道に入ると古びた黒っぽい民家が狭苦しく立て込んでいる。小さなプランターの中にだけ、植物と土は細々と息づいている。コンクリートの道は昨夜の雨で黒く湿っていて、水たまりの中に投げ捨てられた煙草の吸殻が、茶色い液体の染みを広げていた。

 私はゆっくりと歩いていった。歩くことに意識を集中していよう。そんな風にして少し行くと、後ろから、

「あれー、小島さんじゃない」

と呼びかけられた。

 振り返ってみるとそこには、片山孝二、佐伯伸也、中川誠の三人組がいた。

「またマイナーな道で会いましたねえ。そんなにゆっくり歩いてると遅刻しちゃうよ?」

 彼らはにこにこしながら早足で近付いてきた。彼らに会えてほっとした。気持ちが緩んでゆくのを感じた。

「今日初めてこの道通ったの。大学まで行ける?」

「行けるよ。俺たちもよくこの道通るよ。あっちの道はいつも混んでるからね」

「ふうん、そうなの。この道は変にすいてるよね」

「女の子が一人でこんなとこ歩いててもいいのかなー?」

 中川誠が襲いかかる手つきをして迫ろうとするのを、佐伯伸也が笑いながら制止する。

「言っときますけど、私は去年の体育で合気道とってました」

「うわあ、見かけによらない」

「ふふ、小手返しで引っくり返しちゃうぞー」

「むしろ引っくり返されたい」

中川誠がのけ反るようにしておどける。

「何言ってんの。そういえば坂口さんが、お誕生日のプレゼント喜んでたよ。いわさきちひろの画集」

「あっ、そう? 喜んでた? 良かった。さんざん悩んだんだよな」

 中川誠が、片山孝二らの顔を覗き込む。

「そう、彼女、どんなのが好きか分からなかったから、とにかく三省堂に行って探してたら丁度『いわさきちひろフェア』やっててね。これがいいかなと思って買ったんだ。喜んでたんならよかった」

 片山孝二はほっとしたような笑顔を私に向けた

「うん、いわさきちひろ、前から好きだったんだって。何で分かったのかなって驚いてたよ。あ、それから、夏休み前に西城くんに聞いたんだけど、佐伯くん詩を書いてるんだって? 西城くんが、佐伯くんの詩、すごくうまいって褒めてたよ」

「えっ? あいつそんなこと言ってた? 詩だったら俺だけじゃなくて、片山も書くよ」

「ええー? そうなの? 今度読ませて」

「うん。近いうちに同人誌作る予定なんだ。じゃあ、予約入れとくな」

「うん。ありがとう。楽しみに待ってる」

 彼らと歩調を合わせながら息が弾んでいった。一人では上手に気分を変えられなくても、誰かと一緒なら少しずつ元気になってゆく。きっと人は人と触れ合って生きてゆくことが自然なのだ。これもきっと人生の真理の一つだ。人間をこそ信じたい。裏切られるから最初から信じないのでは、あまりに寂しいではないか。

 授業にはぎりぎりで間に合った。桂木隆司が後ろの方の席で、ちょっと微笑んでうなづいた。私も頬を緩めてうなづき返して、前の方の席に座る。彼に昨夜の事を相談したらどう答えてくれるだろう。きっと親身になって心配してくれるだろうが、でも、言わない。これは私の問題で私が解決していくべきことだから。

坂口美子は、

「予習やった? 助けて。小島さん休みだったらどうしようかと思ってた」

とすがりついてくる。

前の席では須山勝彦とその友人の尾口博史が、お互いを小突き合って、

「やっと来ました。小島さん。よかったねえ」

などと囁いている。

「何?何? 私が来たからどうだって?」

後ろから覗き込むと、

「あ、いや、何でもない。気にしない。気にしない」

と二人でごまかしている。

安堂加耶子と熊内真奈が、

「体育祭のお休みに清里行かない?」

と誘ってくる。

 私には友だちがいる。吉川清彦一人失ったからといってどうということは無い。あるいは、友だちがいたからこそ、彼と決着をつけることができたのかもしれない。

 今はまだ心の中に大きな喪失感が残っていたとしても、きっと何気ない日常が癒してくれるだろう。天上の光を目指すのではなく、真っ直ぐ前を見つめていることを私は選んだのだから。



 水曜日の授業は午前中だけで終わりだ。午後から歯科医院に初めてのアルバイトに行った。二時少し前にドアを開けると、まだ室内の電気もついておらず誰もいないようだった。ひっきりなしに通る電車の音が、まだ慣れない耳にはうるさい騒音に聞こえる。私は待合室のソファーに座って、本棚の中にあったマンガの本をめくっていた。

 少しして、アコーディオンカーテンをざあっと開けて白いブラウスを着た若い女の人が出て来た。診察室の電気をパチパチと点け、スリッパをパタパタさせて歩きまわりながら治療台の器具を直したりしている。これが若先生のお姉さんに違いない。私はソファーから立ち上がり診察室に入って声をかけた。

「あの、今日からアルバイトに来ました。小島です」

その人は振り向いて大きな目で私を見ると、

「ああ、聞いてます。知子です。どうぞよろしく」

と早口で言った。

 顔の輪郭は丸いけれど、全体的にやせていて小柄だ。その目は院長先生の目と似ていて、少しつきつめたようなきつい光がある。パーマをかけた豊かな髪を後ろでまとめようとしながら、知子さんは、

「どうぞ、こっちに来て」

と控室の方へ顎をしゃくった。

 やはりあまり笑わない顔だ。美しいと言ってもいい人だけれど、気軽に声をかけられない雰囲気があった。

 控え室は三畳ぐらいの細長い部屋で、入ってすぐ右手に暗室兼用の洗面所があり、左手には、北向きの窓を背に横長のソファーが置いてあった。間に低いガラステーブルを挟みソファーと対面するように壁いっぱいにカルテ棚が備え付けられている。その左の空いているところに小型テレビと大きなステレオコンポがあった。このステレオは実家の兄の部屋にあるステレオと同じだ。奥の方に二階へ上がる細長くて急な階段がある。

「急いで注文したんだけど、サイズ合うかな。幅は大丈夫そうだけど、思ったより背が高いから長さがねえ。『M』じゃだめだったかしら。ちょっと着てみて」

 知子さんはビニール袋に入った水色のナース服を私に手渡した。

 看護師が着るようなハイネックの半袖ワンピースのナース服を、洋服の上からかぶって着てみた。薄暗い洗面所の鏡で見てみたが、体に合っているかどうかよく分からない。

後ろから知子さんが覗いて、少し首をかしげた。

「やっぱり少し短いかしら。分かったわ。じゃあ、今度『L』にしてみましょう」

てきぱきとした人だ。話し方で分かる。

 二階からがたがたと階段を降りて来る足音がして、院長先生と秀夫先生が顔を出した。

「ああ、来たの。じゃあ、今日からよろしく。分からないことは知子に聞いて」

 院長先生はそう言いながら水色の治療衣を引っ掛けた。秀夫先生は何も言わず、私に向ってうなづくと、やはり上着を着てさっと診察室の方に入っていった。私はあわてて、

「よろしくお願いします」

と、彼らの後ろ姿に向って言った。

「じゃあ、説明してあげるからこっちへ来て」

 知子さんは私にそう言うと、院長先生の後をついて診察室に入っていった。診察室の一角に小さな窓口があり、その前に、体の幅ぐらいの小さな灰色の事務机が置いてあった。

「あのね、休憩室のところにカルテの整理棚があったでしょう? 患者さんが診察券出したら、カルテをあそこから取ってきてこの机の上に順番に並べておいてね。初診の人は、カルテに名前と保険の番号と記号を書いてちょうだい。国保と社保とあるんだけど、それをカルテの上の方に書いといて。あと診察券を作っておくこと。名前を書いて、国保か社保か丸をつけてください。今月の月の数字にも丸をつけてね。難しい名前にはフリガナをつける。ノートに番号が振ってあるから、患者さんの名前を来た順番に書いておいてね。患者さんの治療が終わったら、コップとミラーとピンセットは毎回新しいのに取り替えて。あと、先に丸いのがついてる器具は二、三回使ったら取り替えてください。洗う器具がたまってきたら、洗面所のところでよく洗って、診察室の隅に殺菌消毒機があるから、そこに入れてスイッチをつけといて。熱くなるから気を付けてね。あとは…気が付いた時でいいから、患者さんがいなかったら窓ガラスとか拭いてください。最初のうちはそんなもんかな。セメント練りとかもあるんだけど、これは父か弟がやって欲しい時は、混ぜ方を教えてくれると思うから、その時はその時でね」

 私はただ、はい、はいと言って説明を聞いていた。その仕事が大変なものかどうかまだ分からなかった。

 患者の数は決して多い方ではなかった。予約制というわけでもなく、来た患者は全部受け入れているようだった。患者が来ないことには仕事が無いわけで、しばらく待っても誰も来ないので、院長先生は二階に引っ込んでしまった。知子さんもお子さんの幼稚園のお迎えに出かけた。秀夫先生は、器具をアルコールで拭いたり、ドリルを試したりして、そのまま診察室にとどまっていた。

 私は受付の席に座って、低くかかっているラジオのFM放送を聞くともなしに聞いていたが、診察室に秀夫先生と二人きりという状況に息が詰まってきたので、席を立って窓ガラス拭きを始めた。たいして汚れてもいない。一通り拭き終わって振り向くと、ドリルを持ったまま眩しそうにこっちを見ている秀夫先生と目が合った。

「ごくろうさま」

 秀夫先生はそう言って顎を引いてうなづくと、視線を逸らした。きちんとセットされた髪、しっかりした顎の線、落ち付いた立ち居振る舞い。先生には日頃見慣れた男子学生たちとは確かに違う大人の雰囲気があった。

「あの、この時間は患者さん多くはないんですか?」

私は思い切って声を掛けてみた。

秀夫先生はドリルをキュル、キュルと鳴らしてから、ゆっくりと顔を上げた。

「そうだね。水曜日の午後はあまり多くはないかな。季節によっても違うしね。学校の歯科検診とかあるとね、いきなり増えたりするんだけど、今は落ち着いてきてるかな」

「そうですか。あの、私みたいな素人で大丈夫でしょうか」

「ああ、そんな専門的なことじゃないし、大丈夫だと思うよ」

秀夫先生はちょっと笑って、長いコードがついたドリルを台に引っ掛けた。

「何を専攻してるの?」

「英文科なんです」

「そう。じゃあ、英語得意なんだ」

「あ、それがあんまり得意でもなくなってしまって、他の皆がすごく出来るんで、自分がいかに駄目か分かってしまったというか…読む方はなんとかできますけど、英会話とか聞き取りはさっぱりです」

「ふうん。外人の先生とかいないの?」

「いるんですけど、何を言っているのか実はおぼろげにしか分かっていないです」

「そうなの。ははは。頑張って」

「はい」

 秀夫先生の声は押さえたような低い声だ。もっともこんな狭い部屋では大きな声を出す必要もないだろう。口数は少なく、先生の方から話しかけてくることはめったになかったが、決して冷たい人ではない、そう感じた。


 ほとんど患者も無く、三時になって控え室で休憩することになった。テーブルには煎餅やクッキーが並べられており、年配の院長夫人がお茶を淹れてくれた。

「ごくろうさま。今日からアルバイトに来てくださった方? 早稲田の学生さんですってね。どうぞ。よろしく」

 夫人はずんぐりとして太っていて、控え目な人だった。夫人はお茶を淹れるとすぐに二階に戻っていった。

 院長先生はソファーに座り、しきりにゴルフの話をしている。秀夫先生の方に体を向けながらも、誰とも目を合わせずにずっと勝手にしゃべり続けている。

 それはどう考えても私に向けての話題ではなく、秀夫先生に話しかけているようなのに、秀夫先生は全然相槌を打たず黙ってお茶を飲み、テレビの方ばかり眺めている。

 秀夫先生の無反応は徹底していた。これは一体どういうことなのだろう。私はお茶を膝の上に支えておろおろと二人を見比べながら、仕方なくなんとなく聞いてあげている風にうなづいていた。

 家族関係の歪み? 頑固そうな院長先生、我を通してばかりで誰の言うこともちゃんと聞いてあげられない人? 夫人はともかく、子どもである秀夫先生も知子さんも、言いたいことを我慢して、不自然に黙りこくっている感じがして、家族間になにかしらの圧迫感とそれに対する諦めがあるような気がした。

 その雰囲気は私自身の家庭とよく似ていた。人の家庭にもぐりこむことなど今までなかったから気付かなかったが、こういった家族のネガティブな機能不全は私の家族に限ったことではなく、ある意味、程度の差はあれ、どこの家庭にでも見受けられることなのかもしれない。

 秀夫先生の端正な横顔に時折走る蒼ざめた影。眉根を寄せて、こめかみを押さえる。テレビの方を向いていながらも、視線はどこか遠くを彷徨っている。休憩室には冷え冷えとした空気が漂っていた。


 長年の習慣でぎこちなくなってしまった家族関係の中で、院長先生が本当に気安く話しかけられるのは、孫娘の希美ちゃんだけらしかった。希美ちゃんは知子さんの一人娘で、幼稚園に通っている。

 希美ちゃんが知子さんに連れられて裏口から「ただいまー」と言って入ってくると、院長先生は途端にご機嫌になる。

「お帰りー。待ってたんだよー」

 院長先生は可愛くて仕方がないように相好を崩し、希美ちゃんを膝の上に抱き上げる。

 希美ちゃんは、細い髪の毛をおかっぱにした愛らしい女の子だ。知子さんは大きい目ながらも少し釣り目できつい印象なのに、希美ちゃんは切れ長の笑っているような優しい目をしている。見慣れない私を気にして、ちらちらとこっちをうかがっている。私は、「こんにちは」と言ったほうがいいかどうか迷いながら、ちょっとだけ微笑んでいた。

 テーブルの上のお菓子を欲しがる希美ちゃんに、院長先生は「いいよ、いいよ」と言い、知子さんは「それはお客さんのだからダメ。希美は二階でおやつもらいなさい」と厳しく注意する。

「そんな固いこと言わなくってもいいよねえ。これ食べていいよ。はいどうぞ」

 希美ちゃんはそこにあったお菓子に手を伸ばし食べてしまう。

 知子さんの表情がどんどん険しくなっていく。きっと毎日こんな齟齬が繰り返されているのだろう。

「希美ちゃんは本当に可愛くって頭がいいんだからねえ。大きくなったらお母さんみたいにピアノの先生になるんだよね」

 院長先生が希美ちゃんの頭を撫でながらとびきり優しい声で言う。

「あたし、ピアノの先生、いや。ケーキやさんがいい」

「だーめ。希美ちゃんはピアノの先生になるの。毎日ちゃんと練習しなくちゃ駄目なんだよ」

「いやー。ピアノ嫌い。出来ないとママ怒るんだもん」

 希美ちゃんは体を揺すってイヤイヤをする。

「そんなこと言ったって、ピアノの先生になるしかないの!」

 院長先生は子ども相手にむきになって怖い顔をしている。

 秀夫先生はその様子をちらりと見て眉をひそめたが、やはり何も言わなかった。知子さんの院長先生を睨む目がますますきつくなっていく。


 四時を過ぎて徐々に患者さんも増えて来た。院長先生はラジオのFMを消すと、診察室のテレビのチャンネルを『大岡越前』に合わせて治療を始めた。院長先生は年配の人を、秀夫先生は主に子どもや新患を受け持っている。

 患者さんがたまってくると結構忙しかった。カルテの準備、器具の取り換え、洗浄などでバタバタと動き回った。患者さんの名前を呼ぶ時が一番緊張した。

 夕方近くになって早稲田理工学部の村松林太郎教授が患者として訪れた。それは診察券の記載を見てわかった。この教授は、今日の朝、西武新宿線で立っている私の前に座っていた初老の男の人だったと思う。電車内でずっとマイクロカセットを聞きながらBBCの英語を勉強していた。この歯科医院の近くに住んでいるのだろうか。治療しながら院長先生と、また洋行する予定だなどと話していた。

 六時にはもう患者さんたちもすべて治療を終えて誰もいなくなった。アルバイトは七時までとなっていたが、六時過ぎには終わりにしてくれた。控え室で白衣を脱ぎ帰り支度をした。たいしたことはしていないのにぐったりと疲労を感じた。院長先生も知子さんも、もう二階に引っ込んでしまっている。

「どうもお疲れ様。じゃあ、これ、今日の分、二千五百円」

秀夫先生がマスクをはずしながらアルバイト料を治療代の入っている引き出しから掴みだした。日払い制にしてもらっていたのだ。

「あの、四時間しかやっていませんがいいんですか?」

「いいよ。七時までやったことにしとこう」

「ありがとうございます」

「じゃ、次はあさってね」

「はい」

「ごくろうさん。さよなら。気を付けて」

「はい。さようなら」

 秀夫先生がアルコールで指先を拭きながら玄関まで見送ってくれた。完成された芸術作品のように隙の無い人だ。私はその表情が心に沁みつくのを恐れて、顔を見ずにもう一度、

「さよなら」と言って外へ出た。

 外は真っ暗だった。電車は通勤帰りの人たちで混んでいる。最後尾の車両に乗って、きらきら光りながら流れてゆくレールをぼんやり眺めていた。上石神井の駅に着くころには、西友ストアーも閉店の音楽を鳴らしている。夕食はどうしようか。駅の階段を降り、明るい商店街に入っていきながら、今日一日どうやらやり過ごせたことに安堵していた。これでいい。今日を精一杯生きるという事。



 桂木隆司とは、毎土曜日に二時間ほど会って話をする習慣だった。毎回場所を変えて、早稲田通り、馬場下通り、大隈通りの食堂や喫茶店にも随分入った。最初に入った『LUCK』の他に、『カリー屋』『三朝庵』『まんぷく』『亜羅人』『ティンカーベル』『ビアンカ』『おふくろ』『早稲田茶房』『キッチン・オトボケ』『喫茶ぷらんたん』(坂口美子は看板の文字配列が「ぷんんらた」に見えると言って、いつもこの喫茶店の前を通ると笑う)‥‥。

 学生たちで一杯の店の隅っこの小さなテーブルに席を取り、彼はアイスコーヒー、私はミルクを頼む。たくさんは食べられない私に付き合って、彼もスパゲティーやサンドイッチを物足りなさそうに食べることもあった。

 学生たちのおしゃべりのざわめき、カップがカチャカチャ触れ合う音。どっと上がる笑い声。インベーダーゲームの電子音。喫茶店内の活気に促されるように、私たちは話題を探し合った。彼は徳富蘆花の「みみずのたはごと」が面白かったと言った。『詩とメルヘン』のバックナンバー4~5冊をくれたりした。ラ・トゥールの画集も見せてくれた。サギ草やモジズリの花の美しさについてなど、互いの植物に対する知識に驚きながら語り合った。

 真面目な話もしたが、馬鹿な話や下品な話をすることも多かった。二人で大笑いし合った。知的な話をしなくちゃと気負わずに済むところが彼と一緒にいて楽な所以だ。

 桂木は多弁な方ではなく、知識をひけらかすこともなく会話をしていてもしばしば沈黙の間があった。私は他の友人との会話で、相手の一方的なまくしたてにうなづくだけの受け身の会話に疲れることもよくあったから、適度な沈黙を含む彼との会話は、私に十分に考える時間を与えてくれるので好ましかった。


 それはデートと言えるのかどうか‥‥。私は単に授業のない空き時間をお話などして時間をつぶしているだけだと思おうとしていた。もう何回も二人で会って、会話の内容も多岐にわたり随分お互いのことが分かり合えるようにはなっていたのだが、彼は別にそれ以上私に接近してくることは無かった。いつも普通の友人のようだった。一緒にお茶を飲んだり食事をしたりしてもデートなら男性が支払うということもあったのだろうが、彼は一度もおごってくれたことはないし、本当にただの友人のようだったのだ。人間として常に対等な関係性を保っていた。


 ある日、宗教のことが話題になった。彼には私が歎異抄研究会に入っていて最近抜けたことは打ち明けてあったが、それまでにどういう経緯があったかとか、一人の男子部員にどういう風に顕証されていたか、会を抜けるにあたって私がどんな風に戦って傷ついたか、そして相手をもどんなに傷つけてしまったかという事については何も言えずにいた。

 詳しいことは言うべきでもないと思った。つまらない物思いを彼に与えるだけだから。宗教については概括的に話せればそれでいい。

「‥‥善の強制は罪悪だって、英米演劇の教授が言ってたの。だから無理やり宗教に引き入れようと責め立てるのって良くないよね」

「うん。だけど、人に伝えようと思えないような信じ方では、本当に信じているとは言えないよ」

「それもそうなんだけどね。‥‥宗教は人間にとって絶対に必要なものだと思う?」

「精神修養だと思えばいいんじゃない? 一概には否定できないね」

「私は否定しちゃったんだ。歎異抄研究会やめる時、私、電話ですごいひどいこと言っちゃったの。私ってこんなに強かったかなって、我ながら愕然としちゃった」

「そう。勇気あるよ。宗教やめるのって、勇気必要だよな。それに、何事にも機っていうものがあるからね。機が熟していなかったんじゃない? そういう機にまた出会って、やってみたいと思ったらその時は本気になってやればいいんだよ」

「そうだね。そう言ってもらって楽になった。だって仏教を全否定しちゃったんだよ? 電話した後、これでいいんだろうかと思って、すっごく落ち込んだんだ」

「そういう時は、俺に電話しな。話聞いてやるから。車で下宿まで行ってやってもいいぜ」

「うそだあ。無理」

「行くよ。おまえが助け求めてるんだったら、よっぽどのことだと思うから」

「夜中でも?」

「うう、夜中は…行く、かな」

「わあ、困ってるじゃん」

「ははは、家族がなんで夜中に出かけるのか聞いてきたら、ちょっとやばいかも。‥‥でも、行くよ。おまえが泣いてたりしてたんなら」

「無理しなくっていいよ」

 そうだ。私が彼の家に気軽に電話できない理由は、彼がご家族と一緒に住んでいるということもあった。ご両親と、祖母、高校生の弟。彼にはちゃんとした家があり、毎日そこへ帰っていく。下宿生活の私が、急に思い立って夜に散歩に出かけたり、遅くまで上石神井の駅前の喫茶店で本を読んで時間をつぶしたり、お風呂屋さんに一時間もいたり、そんな不規則で勝手気ままな生活をしているのとはわけが違っていた。

 彼にはちゃんと帰るべき家があり、そこの長男であることは疑いようのない事実だった。私は彼の家族に認めてもらえるような人間だろうか。どこか根本的なところで自分に自信を持てないでいた私は、彼の家族に繋がる可能性のある電話を、未だかけることができずにいた。携帯も無かった頃のことだ。


「男の人って、女の人から依存されたいとか、頼られたいとか思うんでしょ?」

私がそう何気なく訊くと、桂木は、

「うん」

とあっさり答えた。

「でも、そういう女の人って、男性に媚びてたりして自立してないよね」

「自立してるしてないかは別にして、いざとなったら男として頼られたい気持ちはある」

「そうか‥‥。私って人に頼ることに抵抗あるんだ‥‥」

「下宿で一人暮らしして気持ちを張ってると、そうなっちゃうのかもしれないな。でも俺でよければ頼っていいよ」

「うん。ありがとう」

 頼るって、どういうことなんだろうと考える。甘えてすがっていくことか、それとも「助けて」と言えることか。そういうことを今まで誰に対してもしてこなかったような気がする。いつも一人で戦ってきた。今更そう簡単には人に頼れない気がする。でも桂木には少しずつだが自分を開示できているのだ。頼る、じゃなくて、分け合う、そんな感じ。

「今まで真剣な恋ってしたことある?」

 私は思い切って訊いてみた。こんなにハンサムなのだから、中学や高校で付き合った人がいないわけがない。

桂木は、

「うーん」

とうなって考え込んだ。

「振り返ってみるといろいろあるけど、その人のために死ねるか、ってよく言うでしょ? そういう事言われるともう駄目だね。死ねるもんじゃない」

 いろいろあるっていうことは、やはり何人か付き合ったことがあるのだろう。そっか、沢山恋をしてきたのか。

 興味津々でよくよく聞くと、小学校時代の陽子さん、中学校時代の別の陽子さん、高校時代のモデルのように綺麗だった人などの名前が挙がった。中高生時代の恋はいろいろと失敗もあって長くは続かなかったようだ。

 桂木は私とはどういう付き合いをしたいのだろう。今はまだ完全な友人だけれど、いつかは恋人として付き合いたいと思うようになるのか? そんな気持ちを示されたら私はどう反応したらいいのだろう。

 私は少し気持ちが揺れてしまい、目の前のミルクを一口飲んで二、三呼吸した。坂口美子が言ったように、友情か恋愛か、いつかはっきりさせないといけない日も来るのだろう。

 土曜日の午後は十分に話す時間がとれる。私たちはゆっくりと会話を続けた。

「最近、『フラニーとズーイ』を読み返してみたの。やっぱり難しくて、よく分からなかったんだけど、結局言いたいことは、目の前にいる人すべてをキリストだと思って、その神様に向けて、その神様のためだけに自分のお芝居をしていけばいいんだよ、ってことなのかなと思った。違うかな。饒舌すぎて、煙に巻かれちゃうよね、サリンジャーは」

「サリンジャーか。ライ麦畑もよく読んでないや。ちょっと哲学的だよな」

「そうだね。哲学的だよね。どんなに知識を詰め込んでも、その知識で幸福になれなかったら、知識って一体何なんでしょうって言ってるところもあって、本当にそう思うよ。禅の思想も入ってるかもね」

「禅か。禅も興味深い分野だな。隻手の音声とかっていう禅問答もあったよな。知ってる?」

「あ、知ってる。片手では音が出ないっていうやつ」

「そう。じゃ、落語の『蒟蒻問答』は?」

「それ知らない」

「あのな、禅師が指で丸を作ったら、蒟蒻屋が頭の上に大きな丸を腕で作ったんだって…」

 彼が一生懸命思い出そうとしながら、目をパチパチさせて手を振り回しているのを見て、心の底から優しい気持ちが溢れてきた。彼の浅黒い顔が私だけに向けられ、私だけに集中している。きらきらと光った瞳。強い精神力を秘めている瞳だ。

 一緒にいて楽しい、愉快な気持ちになる、優しい、それだけだったらこうして何度も会ったりはしなかった。彼は私が持つ生の頼りなく弱い部分を受け入れることのできる人だった。強がる必要は無いと感じさせてくれた。格好悪い姿をさらしあって、なおも一緒にいたいと思える人だった。このままいつまでも人間として自由で幅広い付き合いをしていけるのなら。

 レイ・ブラッドベリの「たんぽぽのお酒」というファンタジー小説が好きだ。特に、ビル・フォレスターとヘレン・ルーミスのくだりが好きだ。

 私と桂木隆司は、ほとんど同じ時に、ほとんど近しい場所に、生まれ変わりを果たした奇跡的な二人であったのかもしれない。しかし、その時はまだお互いを親友と呼び合うことで、身も心も安全な柵の中に留めておこうとしていたのだ。

 私たちの本当の気持ちは一体どこにあったのだろう。



 大隈講堂に指揮者のカラヤンが来た時は、授業をさぼって演奏を聞きに行った者も多かった。私は前期の長期欠席が響いていて、できるだけ出席日数を稼がなくてはならなかったので授業の方を優先した。坂口美子もそうは授業を休める状況に無かったらしく一緒の授業に出ていた。

 カラヤンの演奏会を聞きに行った者たちが、素晴らしかった、感動した、カラヤン格好いい、と言いながら戻って来るのを見て、正直、カラヤンも見たかったなと思った。授業とかぶっていなければ聞きに行ったのにねと、坂口美子と悔しがった。


 十月の一週目、落語研究会が円楽や新人の落語家を招いて真打ち披露の落語会を開いた。

私と坂口美子はドイツ語の授業の後、五時半ごろから見に行った。大隈小講堂は既に学生で一杯で後ろの方に立って背伸びしないと舞台が見えなかった。『笑点』で見慣れた円楽の面長でにこやかな顔がやっとのことで見えた。

「この前ね、天皇陛下の前で落語を一席やらせていただいたことがありましてねえ。さて、何をやったらいいか悩みまして。天皇陛下は日頃お金の勘定なんてなさらない方だから、『時そば』なんてやったら、一銭、二銭、なんていうお金の勘定を理解して下さらないんじゃないかと、あやぶんだわけです。

さて、いよいよ当日、あたしはドキドキしながら天皇陛下にご挨拶申し上げたわけなんですが、陛下があたしを見てなんとおっしゃったかと申しますと、『君が、あの、有名な、円楽か』と、こう一言一言区切った、あの独特の言い回しでおっしゃったわけなんですな。これは正真正銘の陛下だと、改めて緊張した次第です。

よくテレビなんかで陛下が何かおっしゃる時って、やっぱり一言ずつ区切った話のされ方をなさるでしょう? あたしはてっきり原稿でもお読みになってらっしゃるのかなと思っていましたけど、読んでるわけじゃあないんですな。ああいう話し方なんです。びっくりしちゃいました。

それで、陛下の横には皇后陛下もいらっしゃったんですが、こう腕を組んで、まるで淡谷のり子みたいな格好で挨拶なさるんですな。いやー、一般庶民とは全然違いますよ。貴重な体験でした」

 円楽はその後『目黒のさんま』を一席ぶってくれた。笑わせるツボをよく心得ていて、声色や演じ分けもうまい。さすがベテランの落語家さんだ。私も坂口美子も大笑いして聞いていた。落語もちゃんと聞いてみると面白いものだなと思った。

 大隈講堂、大隈小講堂では、たびたび講演会や演奏会、映画会が開かれていたが、よほど人気のある出し物でなければ結構ガラガラで視聴する学生も少ない。難し気な講演などは聞きに行ってもさっぱり理解できないから尚更敬遠されてしまう。カラヤンや円楽のような分かりやすい著名人なら講堂一杯に学生たちは集まってくるのだった。


 松原教授の『英米演劇』の講義はますます熱を帯びて、内容をノートに書き写すのも難しいほどに内容が濃い。

 毎回、教授の言葉のありったけを書き留めようとするのだが、教授は早口だしペンが間に合わない。後で読み返しても、論旨があちこち飛んで一貫したテーマがみつけられないのだが、それなりに非常に魅力的でアグレッシブな講義内容だ。なにより教授の博識には驚かされる。演劇にとどまらず、政治、宗教にまで一家言ある。各分野に対して相当な読書量なのだろうことが推察された。いかにも早稲田らしい、そして早稲田の教授らしい講義だった。


‥‥日本の合理主義は治国平天下(現世をいかにうまく治めていくか)。

‥‥「我、いまだ生を知らず。いずくんぞ死を知らん」孔子

‥‥絶対者と被創造物との間には明確な淵がある。

‥‥トマス・アキナス「存在の連鎖」この世に存在するものはすべて鎖でつながれている。

‥‥「二人の天使よりも、一人の天使、一人の司教のほうがいい」2つ価値あるものがあるより、一つの価値物、一一つの無価値物の方がよい。

‥‥信仰はゼロか100かのどちらかである。

‥‥「あやまつは人の常。許すは神の愛」

‥‥「人間は自分が被創造物であることを忘れ、尊大になり、うぬぼれを持つ。宇宙を制服しようとする行為と、人間の生死煩悩は全く違った次元のものだ。科学は進歩する。だが哲学は常に一点に留まっている。人間は知力を持つ故に動物より苦しまなければならない。それは性欲」

‥‥嵐の中のリア王「家来たちは俺が何でもできるとおだてあげた。だが今の俺は、おこりすらおさめられないではないか」

‥‥絶対者の前には人は皆みじめな同等物。絶対者を考慮しないなら、人の世はこのうえなく不平等。

‥‥マックス・ウェーバー「善からは善だけが生じ、悪からは悪だけが生じると考える人間は、政治的に子どもである。現実にはその逆も起こりうる」

‥‥ウォーターゲート事件をワシントンポストの記者にすっぱ抜かれた。ニクソンがやめると同時に有能なキッシンジャーもやめた。そのあとにフォード、そのあとにカーター。ニクソン後CIAの悪い行動を報道し規制した。

・アメリカ大使館が火事になった時、ソ連の消防活動が熱心だった。米ソ友好にも見えるが、実は大使館内に盗聴器が仕掛けてあったので、火事で壁が崩れて盗聴器が露見するのを防ぐため。

‥‥天皇という疑似絶対者の崩御の後、乃木将軍の殉死。

‥‥女でなければ書けない小説などと言われているうちは犯人前だ。人間なのだ。何故人間を書かない。

‥‥日本人は目に見えぬ空想や迷信に心を悩ましたことはない。日本人は飢饉に苦しみはするが、正義から戦争をしたことは無い。日本に何故悲劇が無いのか。


 九月から十月初めくらいまでは休講の講義も多い。意気込んで大学まで来て掲示板に休講の札を見つけるとガクッと来る。次の講義までの大きな空き時間をどう過ごそうかひとしきり悩むことになる。

 私はたいていは文学部の学生読書室か本部の図書館にこもって、本を読んだり、語学の授業の予習をしたり、行政書士の勉強をしていた。行政書士の試験日は十月四日。勉強しはじめてまだ数ヶ月しかたっていないし、たいして真面目に取り組んでいるともいえなかったのだが、一応試験は受けてみようと思っていた。


 大隈講堂の二階はギャラリーになっていて油絵同好会などが十月展をやっていた。やはり不意の休講で予定が狂ったある日、急に思い立って展示を見に行った。秋雨の季節、ギャラリーは閑散として誰もいなかった。

 壁には三十点ほどの油彩、水彩画が展示してあった。素人の域を出ない稚拙な作品も多かったが、才能を感じさせる表現力を見出すこともあった。ゆっくりと一点一点見ていくと、同級の岡部智子の作品があった。

 岡部智子は東洋英和出身でいかにも育ちの良さそうなやさしげな表情をした人だ。髪が長くスラッとしていて美しい。『玉さんご』と題された彼女の植物画。ほんの小さな水彩画だが、繊細で温かみのある色使いだ。穏やかな彼女そのままのような素直な絵だと思った。

 その絵に描かれたつややかな朱色の実と、窓の外を白っぽく霞ませている密な霧雨とを見比べて、しばらく考え込んでいた。この今だけの一瞬の美しさをどう言葉で表現したらいいのだろう。言葉では表せない美というものはあるのだろうか。言葉の限界はどこにあるのだろう。美は何によって完璧に表せるのだろう。

 私は誰も来ないギャラリーの片隅に置かれていた机で、そこにあった油絵同好会のノートをパラパラとめくった。まだあまり見学者もいないらしく、何も書き込まれていない。どうせ次の授業まで一時間も空いているのだから、ここに展示されているすべての作品に対する感想を書いてあげようと思い立った。

 絵の描ける人はいい。何事も創作の喜悦にあずかれる者は幸せだ。私は詩を書き続けてはいたが、喜びの感覚とはどこか見離されてしまっているのを感じていた。原稿用紙に向かうとむしろ苛立ちを感じる。

 詩ではなくてもいい。何でもいいから無我の境地に至れるものを探したい。それがきっと私の人生の目的となる。けれど、それは一体何だろう? いつか見つけることができるのだろうか?


『もしひとが技巧だけで立派な詩人になれるものと信じて、ムウサの神々の授ける狂気にあずかることなしに詩作の門に至るならば、その人は自分が不完全な詩人に終わるばかりでなく、正気のなせる彼の詩も狂気の人々の詩の前には、光を失って消え去ってしまうのだ』(プラトン「パイドロス」)

 肉体(ソーマ)と呼ぶ、この魂の墓(セーマ)

 究極の芸術がすべて狂気のなせる業なら、尋常な魂の営みからはるか遠ざからなくては、そこに到達しえないのだろう。私の魂は狂気に堪え得るとは思えなかった。

 狂気に対する本能的な忌避。芸術から見放されてしまうとしても、魂の平穏を願ってしまう自分。それゆえに私の詩が凡庸になっていくにしても、狂気を見つめ続ける勇気は今は全く無かった。

 つまりそれが、ここ数か月間の私の魂の怯えの帰着するところであった。



 その日は歯科医院に三時からアルバイトに行った。やはり患者は少なく、暇な時間が多かった。秀夫先生は来院した患者の名簿を見ながら、

「これじゃあ、食っていけない」

と言って私に笑いかけた。

「もしかして、私が来たせいっていうことは‥‥」

「そんなことないよ。またすぐに増えてくるから心配しないで」

 秀夫先生は治療の時だけ使う銀縁の薄い眼鏡を布で拭きながら答えた。いくらか蒼ざめたなめらかな肌だ。髭の剃り跡もほとんど目立たない。

 院長先生は時々様子を見に来るが、待合室に誰もいないのを確認すると、すぐに二階に引っ込んでしまう。

 待合室の水槽ではいつの間にかグッピーの赤ちゃんが生まれたらしく、夥しい稚魚が細かく泳いでいた。ゴミみたいに小さい。それぞれが意思を持って自在に泳いでいる。まるで吹雪のようにきらきらと銀色に光って水槽一杯に散らばっている。ぶつかりあったりはしないのだろうか。

 患者さんのいない待合室でしばらく水槽を見ていたら、秀夫先生が来て後ろから覗き込んた。

「昨日、生まれたんだよ。朝見たらこんなにいっぱい泳いでるんで、びっくりしたよ。うまく育つかな。父親がね、いきなり熱帯魚飼うなんて言い出してやり始めたんだけど、あの人、熱しやすく冷めやすいからね」

「そうなんですか。‥‥初めてこんなに沢山の赤ちゃん見ました。すごくきれい」

 一緒に水槽を覗き込みながら、すぐ近くに秀夫先生の顔があることに少し緊張していた。

 ちらりと横を見た時、白衣の襟のすぐ上のうなじに小さなほくろがあるのを発見した。鮮やかにくっきりと二ミリほどの黒いほくろが二つ並んでいる。秀夫先生の秘密を一つ盗み見たような気がした。

 診察室に戻ろうとすると、秀夫先生が私の背を手で計るようにした。

「君、背が高いね。何センチ?」

「一六八センチぐらいです」

「ほお。女の子にしては随分高いね。僕が一七十センチだから、たいして変わらないね」

「高いのコンプレックスなんです。学校でもずっと背の順の時は一番後ろでしたし。中くらいの方がよかったなあって、今でも思ってます」

「そうなの。でもこれからの女の子は背が高い子が増えてくるんじゃない? スポーツは何かやってた?」

「それが運動神経ゼロで特別何もやってないんです。バレーボールとかバスケットやってた?ってよく聞かれるんですけど、球技は全然苦手で」

「もったいないねえ。それだけ高いと随分有利だよ」

「先生は何かスポーツをなさってるんですか?」

「僕? 僕はねゴルフとかボーリングとかだねえ。普段細かい治療していると神経疲れるから、ストレス解消にね。あと趣味でオフロードのラリーに出たりしてるけど」

「ラリーって、車の?」

「そう」

「危なくないですか?」

「大丈夫だよ。F1とかそういうんじゃ無いからね」

 そうか、車が好きなのか。秀夫先生が荒れた道を車で飛ばしている姿を想像した。ラフなジャンバーを着て、髪を乱して、ちょっと泥はねなんかを頬につけて‥‥結構似合うかもしれない。もっとも秀夫先生は何をしてもさまになりそうだ。


 そのうちに患者さんがぼちぼち集まってきた。四時を過ぎると小学生の患者が増えてくる。小学生はまだ可愛いいしちょっとしたおしゃべりに応じてくれるが、中学生になると黙ってマンガを読んでいるだけである。一番困るのは赤ちゃんで、母親が治療中、私が注意して見ていてあげなくてはいけないのだが、どんなにあやしても泣き止まないとどうしたらいいのか分からなくておろおろしてしまう。抱き上げているだけで少し怖い。恐らく上手に抱けてもいなかったろう。こんな時、二十歳の女子大生では絶対的に力不足だ。うまくさばけないで、いつまでも赤ちゃんの泣き声が診察室に響いていると申し訳なくなる。

 帰り際、忙しくない時はいつも秀夫先生が玄関まで見送ってくれる。スニーカーがうまく足に入らなくて座り込んで紐を結んでいると、後ろで待っていてくれる秀夫先生が気になって焦る。

私がやっと立ち上がって振り向くと、先生はにこっとしてちょっとうなづいてくれた。

「さよなら。また明日」

「お疲れさまです。ありがとうございました」

 玄関を出ると、小さな駐輪場に秀夫先生の黄色いスクーターがとめてある。私はそのスクーターにちょっと触れて小さく「さよなら」と囁く。いろいろとヘマもしてしまうだろうけれど、なんとかやっていけそうな気がする。とにかく頑張ろう。


 坂口美子が数日前から歯の痛みを訴えていた。親知らずらしい。

「今日、痛み止めの注射してもらったの。今度鳥取に帰ったら歯を抜こうと思って」

「いつ帰るの?」

「うふっ。十二月」

「えっ、あと二か月もある。十二月までもつ?」

「駄目かしら。もしどうしても我慢できなかったら、どこかで抜いてもらわなくちゃね。小島さんがアルバイトしているところはどう?」

「うーん。腕の方はよく分からないけれど、若先生は確かに美しい‥‥」

「わあ。顔はどうでもいいのよー。痛くなくやってくれるところを探しているのよー」

「しかし、美しい先生に口の中を覗かれるのもなかなか乙なものでは‥‥」

「いやだあ。かえって恥ずかしいじゃない」

 私たちは笑い合った。

 秀夫先生とは最初から距離を置くべき人だと理解していた。その距離を守って行く自信はあった。狭い診察室に一緒にいる時間が多いので、少し動くと、手が触れる、体が触れるなどもあり、その度に気持ちがさざめいたが、心の深くからの理解はやはり桂木隆司との関係を超えることはない。

 秀夫先生に対する気持ちは、いわば素敵なアイドルをあがめる感じ。そうした気持ちを抱くことぐらいなら許されるだろうか。







 
 
 

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