第20章 大学3年 2学期・山梨旅行
- kaburagi2
- 2023年1月19日
- 読了時間: 54分
更新日:3月24日
九月の半ば、もう秋の気配が夕暮れに潜んでいる。あまりにも大きな出来事があった夏だったので、桂木がそばにいない今、一人では心を整理できず、時々溜め息をついて壁に凭れかかって涙ぐんでしまう。
そしてやっとレポートに取り掛かった。本部図書館に行き、全体主義についての著作を何冊か借り、レポートのための資料を集めた。いつもの席に長池和也がいて、私に目をとめると軽く会釈して微笑んでくる。私も会釈を返してさっと通り過ぎる。
レポートはオーウェルの『1984』で原稿用紙十枚、マーロウの『Tamburlaine the Great』について原稿用紙七枚、シェークスピアの『十二夜』の解説を訳して原稿用紙五枚。日本演劇史について原稿用紙五枚。これを二週間以内に仕上げなくてはならない。思い出に浸ってめそめそしている場合ではなかった。
レポートが書き終わるまで大学の図書館に通った。長池と毎日のように会釈をすることになったが、私の方から長池を探しているようなところもあった。
授業が始まるまで友人たちにも会えないので寂しくてたまらない。宮迫典子はまだ上京していなかったし、坂口美子は今どこにいるのかも分からない。
ある日、桂木に電話をしてみたら、お母さんが出られて今体調を崩して寝ているという。あの旅行後、桂木の母親と口をきくのはひどく気まずい思いがした。私が電話をしたことで、何かを感じ取られてしまっただろうか。桂木は少ししてかけ直してくれたが、熱があって少し吐き気があるという。旅の疲れが出たのだろうか。会いたいという言葉を飲んで、ゆっくり休んでね、と声をかけて電話を切った。
桂木に会えないと私はこんなにも孤独だ。その顔、声、仕草、彼の胸の中で安心したいという欲求。桂木に会えないすべての時間が苦痛だった。今や私は寒々しく孤独で、彼と旅行する以前より、旅行をして幸福の絶頂を知ってしまったが故に、もっと寂しかった。
レポートは苦しみながら二週間のうちになんとか形にした。
桂木もそのうち復調し、焦りながらレポートなどに取り組んでやっとまとめ終えたようだった。
オーウェルの「1984」には、個人の性の衝動を組織的に抑えることによってヒステリー状態を作り出し、党へより一層の忠誠を誓わせる、といった内容が記されている。性が充足することで幸福になってしまっては、全体主義の規律が乱れてしまうからだ。
心の中に愛が残っているうちは洗脳は完ぺきではない。究極の拷問に、「私にではなくこれを彼女に(彼に)」と叫ばせることによって、互いの愛を完全に消滅させてしまうのだ。「1984」は、愛無き世界を描いた心理小説としても恐ろしい小説だった。
今、この自由な時代。誰に何を規制されているわけでもないのに、私の心には未だモラルというリミッターがある。それが私を臆病にしている。私はまだ完全な大人ではない。どこかに少女っぽい怯えが残っていた。
もっとインモラルであれ、と自分に思う。桂木と共にであれば地獄に落ちてもいいと思えるほどの。
桂木とは時々電話をしあい、時間が作れそうだったら新江戸川公園や甘泉園で会った。夜、来てくれて武蔵関公園で抱き締め合ったこともある。
「あまり押さえすぎていると毒が回ってしまっておなかが痛くなってしまうんだ」
そんなことをひどく医学的に真面目に言うので、私は少し笑ってしまったが、本人にしたら笑いごとでは無いのだろう。抱き合う場所を失い、かといってホテルという手段を使うほど度胸がなかった私たちは愛の持って行き場を失くし、特に桂木は新たな悩みに沈みこんでいるようだった。
やがて長い夏休みも終わり、何事もなかったかのようにいつもの顔で友人たちと挨拶を交わす。二学期の授業が始まったがまだ休講の科目も多かった。
英文研究の授業では、アメリカ留学に行っていた男子学生が今学期から出席しはじめた。目がぎょろぎょろした非常に痩せた人で、たまたま私のそばに座ってきて教科書のことを聞かれたので教えてあげたら、
「教科書はこれだけじゃないんでしょう? 他にも何冊か無いんですか?」
と、何故だか怒った感じで聞き返された。
「いえ、本当に教科書はこれだけなんですよ」
その人は不服そうに黙り込んだ。
エキセントリックな感じの人だ。勉強が出来る人かもしれないけれど、あまり近づきたくないような人だ。早稲田には、切れすぎて怖いくらいのオーラを出している人も少なからずいる。自負とプライドが強く、いつも自信たっぷりな人たち。
私はすぐに桂木と比べてしまう。馬鹿なことも言い合えて、真面目なことも言い合えて、弱みも見せられて、心寂しい時、遠慮なく身体を添わせることができる桂木のことを、ふと気がつくといつも思ってしまう。
卒論のテーマはウィリアム・ブレイクにしようとは思っていたが、イェイツも捨てがたいと思って、授業の後、図書館に行った。「イェイツ 人と作品」という本を貸し出してもらおうと思ったら既に借りられた後だった。私の他にもイェイツに興味を持っている人がいるのか。知の競争意識のようなものが少しだけ湧いてきた。
このところなんだか勉強も気が乗らない。それほど難解でもない原書でも、意味を読み取るのに集中が続かない。文学や活字の世界は、ただ平板的抽象的な机上の楼閣に過ぎず、つかもうとしても確かな手ごたえを感じることができなかった。それよりももっと生々しい生き方、この心と体に直接的に感じる生の実感。学究的なものの外にある何か。
ただ単に気持ちが浮わついているだけなのかもしれないが、ダイレクトに生に訴えかけてくる恋愛を知ってしまった今、学問の世界は少し色あせて見え、日々の勉強はただ留年しないためだけのものになってしまっていた。
恋、私が耽溺すべきものはただそれだけではないはず。卒業に向けて、滑空のための試行錯誤は始まったばかりだった。
「やあ、こんにちは」
大学からの帰り、上石神井中学校裏で信号待ちをしていた私に、横道からやってきた長池が声をかけてきた。
「もう今日から授業?」
「はい」
「ちょっと日に焼けたみたいですね。楽しい旅行でしたか?」
「ええ。台風のあおりをまともに食らってしまいましたけど」
「そうですか。かえってその方が思い出深くなるというものですよ」
長池は秘密めかして私に笑いかけた。
「これから卒論とか就職の方向決めとか大変ですよね。三年生は」
「はい。そろそろ真面目に考えないと。東京に残れるのかどうかとか」
長池はぶら下げていた買い物袋を持ち替えると、青信号になった道を先に立って歩き出した。
「彼氏はこっちに残れって言ってるんでしょう? 僕もね、以前仏文の女性と付き合っていたことがあってね、卒業後も東京に残ると言ってたんですが、結局山口の実家に帰ってお見合い結婚してしまったんです。僕にまだ生活力が無くて、結婚しようって言ってあげられなかったことも原因だとは思いますがね。随分口論もしましたよ。でもやっぱり駄目で‥‥。僕は、だから弱い女性は嫌いです」
そのきっぱりとした言い方に、思わず長池の顔を見上げてその表情を窺い見てしまった。そこにあったのはいつもの茶目っ気のある笑顔ではなく冷たく真面目な顔だった。
「‥・・私も他人事じゃないです」
「あなたはきっと大丈夫ですよ。自分の生き方を自分で選んでいける人だから。僕でよかったらいつでも相談に乗ってあげますから」
その後、長池は下宿にたどり着くまで、この秋には一度淡路島に帰って稲刈りの手伝いをしようと思う、とか、新宿でおかまに声をかけられたとか、愉快そうに一人でしゃべり続けていた。
私が合槌を打ち、時折笑い声をあげると、長池はうれしそうに、
「あなたの笑顔を見ると生き返る思いがする」
などと言うのだった。
私は長池の軽口を笑顔で軽く受け流しながら、後回しにしようとしていた卒業後の問題がまた目の前で掻き上げられてしまったことで、少し落ち込んでいた。たぶん、答えは決まっている。私は東京にずっと残っているべきだ。だが問題は私の心と体がそれに持ちこたえられるかどうかだった。
歯科医院でのアルバイトも、もうすぐ一年になる。
夏休みが終わって最初にアルバイトに行く前に電話を入れたら、院長夫人が出られて、
「皆でお待ちしていたんですよ」
と言ってくれた。
ありがたいなと思うと同時に、少しでもお役に立たなければと思う。
歯科医院はこの一か月半の間、特に変わった様子も無かった。待合室の水槽のグッピーにまた稚魚が生まれたらしく、数が増えたかなという程度の変化。
相変わらずそんなに患者さんの数は多くはなく、暇な時間には本を読むこともできる。
小学生のお兄ちゃんと二~三歳の幼児連れのお母さんが治療に見えられた。お母さんの治療中、幼児を任されたが、この子が激しく泣き続けてしまいには診察室の床を転がりバタバタと暴れてもがき始めてしまった。私はもがく子どもを抱き上げてあやそうとしたのだがうまくいかず困っていたら、小学生のお兄ちゃんが、
「こうやって抱くの」
と、抱き方を教えてくれた。赤ちゃんの抱き方も知らない女子大生。やはり自分の未熟さを感じざるを得ない。
休憩時間、ソファーでお茶を飲みながらテレビを見ていたら、五木寛之原作の小説「四季・奈津子」のドラマ制作の記者会見が行われていた。その三女の亜紀子役の人に目が釘付けになってしまった。
その人は桂木が高校時代付き合っていた人で、高校卒業後、日活の撮影所に所属し雑誌のグラビアなども飾っていた人だった。吉村彩子、という名前も聞いていた。
以前桂木から冗談交じりに彼女のグラビア写真が載った週刊誌を見せてもらったことがあった。「胸が小さいんだから脱がなければいいのに」と言って桂木は笑っていた。その時は私も気にしない振りをして笑って見ていたが、内心穏やかではなかった。
今、その人を目の当たりにして、私は密かなショックを受けていた。女優としてメジャーデビューをしたその人は、美しく、健康的で、さわやかで、輝いていた。笑顔ではきはきとインタビューに答えていた。セミロングのさらさらの髪、少し華奢な肩、形の良い唇。
わけのわからない不安と焦燥。何?この感情は? 桂木が高校時代、この人を抱き締めたかもしれない、キスしたかもしれないと思うと、どうしていいか分からないような気持ちになってくる。これは嫉妬だ、と頭では分かっていても黒い気持ちが湧きあがってくるのを押さえられなかった。
希美ちゃんが、秀夫先生に治療してもらって痛くて泣いてしまったり、入れ歯を忘れて駅に向かってしまったご年配の人を秀夫先生と追いかけたり、夕方になって歯科医院はごたごたが続いていた。いろいろと対処しつつも、心はすぐにさっきのテレビ画像に戻ってしまう。
下宿に帰って一人になったら、また吉村彩子の美しい顔を思い出し落ち込んだ。桂木がまだ吉村彩子に思いを残していたらどうしようと思って息苦しくなったりもした。だってあんなにきれいな人‥‥。桂木の知っている高校時代の彼女よりずっと美しくなっているに違いないのだ。
桂木もそのドラマ制作の記者会見をテレビで見ていたらしく、いつもの夜の電話で、かつての同級生が女優としてテレビに映っていたことを少し興奮気味に私に言ってきた。その人とちょっと付き合ったこともあったことを軽く自慢するようなそんな口調。
「女優だなんてすごいねえ。すごい人と付き合ってたんだね」
私は心の揺れを隠し平静を装いながらそう答えた。
そのもやもやはしばらくは消えず、結局私は、彼女が出演しているそのテレビドラマを最後まで一回も見ることはできなかった。私の心に湧き上がった初めての嫉妬心。恋をしたことによって、自分の中の自分でも知らなかった負の感情が浮き彫りになってしまった。
その後桂木から吉村彩子の話題が出ることは一度も無く、私一人が勝手に思いめぐらせて踊っているだけだったという結末を見た。桂木に変に問いたださなくてよかった。嫉妬していたなんて知られたくはなかったから。
それから数日後、臼井教授の英文の授業を終えて高田馬場まで帰ろうとしていたときのことだった。その日の授業で私は、突然指されたので訳せなくて立ち往生してしまった。「早稲田生ならこれぐらい訳せなくてどうする」と、臼井教授になじられひどく落ち込んでいた。今日は当たらないと高をくくっていて、油断していたのだ。こんなんじゃ駄目だ、もっとちゃんと勉強しなくちゃと、とくよくよ思い悩みながら本部から大通りに向かってのろのろと歩いていた。
穴八幡前の交差点に差し掛かった時、反対側の通りを機動隊と警官の一団がものものしく早稲田本部校舎に向かって急ぎ足で歩いて行くのが見えた。何かあったのだろうか。その辺を歩いている学生たちも皆振り返って警官たちの動向を窺っている。
「革マルがデモ行進してるんだってさ」
そんな声が聞こえてきた。
学内には活動家と呼ばれる学生も、目立たないながらまだ存在し続けていた。本部中央広場にはいつもなんらかのアジテーションを激しく書きなぐった立看が置かれていたし、学生運動の拠点と噂されている部室も各学部にちゃんと場所を確保していた。文学部のミルクホールもその一つだ。
何に対して彼らが団結して闘おうとしているのか一般の学生は全く知らなかったし興味を持つこともなく、ときたま学長リコール運動や授業料値上げ反対運動などで彼らが水を得た魚のように活動しているのを横目で眺めては、かすかな違和感と羨望を感じるだけだった。団結はもう今の時代にはそぐわなかった。心の奥では同じイデオロギーの下に無邪気に統一行動をするのも悪くないと思っていても。
騒ぎを見物に行こうとしている学生たちの流れに従うように、もう一度本部の方へ引き返した。さっき授業を受けた校舎とは別の棟の通りのあたりから叫ぶような声が湧きあがっていた。まだ次の授業が始まっていない教室では、学生たちがあちこちの窓から顔を突き出して何事かと通りを見下ろしている。それは祭りの神輿が近づいてくるのを待つような雰囲気でもあった。
向こうの方からスクラムを組みながら練り歩いてくるのは、およそ百名ほどの学生たちだった。皆一様に白いヘルメットに赤いテープを巻きつけたものを被り、腰をかがめ、意思のかたまりのような力強さで道一杯を蛇行していた。彼らが声を合わせて叫んでいるのは「安保粉砕」。先頭の者は大きな赤い旗を振っている。女子学生もかなり含まれている。
警官と機動隊は道の両側をガードしているだけで、積極的には彼らを阻止しようとはしていないようだった。それでもデモ行動の秩序が乱れたならば、武力行使も厭わないといった緊迫感でまわりを固めていた。
私は彼らが目の前を通り過ぎ、地響きする足音が遠ざかり、声が聞こえなくなるまでそこに動かずにいた。いや身動きもできずにいた、と言った方が正確だろう。ただ圧倒されていた。初めて目の前でデモ行進というものを見た。そのエネルギーの勢いに立ったまま押し流されそうだった。
ひと昔前の学生運動が盛んだった頃なら、きっと珍しくも無い光景だったのだろう。もしかしたら私だってわけもわからないままに、一緒にスクラムを組んで何かを叫んでいたかもしれない。皆が同じ思想の元に同じ行動をとるということ。歎異抄研究会を手ひどい形でやめた私には、同じ思想、同じ行動というだけでうさんくさいものを感じてしまう。けれどさっき感じたあの苦しいほどの感情の昂ぶりは何だったのか。羨ましいとさえ思ってはいなかったか。
学生運動について書かれた小説もこれまでに何冊か読んだことがあり、その内実が必ずしも美しい友情と団結だけで成り立っているわけではないことは分かっていたが、仲間という固まりの一部となっていた彼らのあの数十分は、確かに幸福なものだったろうと私にも断言できる。それと比較して何に対しても傍観者でしかない今の自分がみじめだった。臼井教授の授業での失敗も影響していただろう。何故かポロポロと泣けてきて仕方なかった。
その後数日間は、学内でも革マルのこの突然の示威行動について、
「見た? 見てない? いや、すごかったんだから」
といった噂で持ち切りだった。
普段そういった動きには無関心な桂木でさえ、スパイ行為をしたという刑事を革マルが大隈講堂前で晒し者のようにして吊るし上げているのを見たと興奮気味に私に話したりした。
成田空港建設阻止の運動に学生生活の全幅を捧げている者たちもいただろうし、政治への漠然とした不満から抽象的な論を展開しているグループもあっただろう。宗教のグループも根底の精神性は似たり寄ったりだ。
私はぼんやりと感じていた。私は今そのどの連帯にも所属しておらず、桂木に会えない時間を、ただ「孤独」としか見られなくなっている弱い自分に逆戻りしてしまっている。このままでは駄目だ、何かを始めなくては、という焦りに、また落ち込んだ。
大学三年は、ぼちぼち遊びを卒業し、将来に向けて本気を出さなくてはいけない学年だった。私はまだ、先が見えず同じ場所で足踏みしている状態だった。そのことがたまらなくつらかった。
九月も終わり頃になって、郷土資料館でのアルバイト仲間だった渡辺知宏から電話がかかってきた。
「お久しぶりです。一か月ぶり、かな? お元気でしたか?」
「お久しぶりです。うん。元気。渡辺君は? 旅行行ってたんだよね」
「アルバイトやめた後、北海道に一週間行ってました。やっぱり北海道は涼しくて快適でしたよ。先輩は? あれからどこかに遊びに行ったりしたんですか?」
「うん。伊豆にちょっと行ってきた。ちょっと台風がかぶっちゃって大変だったんだけどね。」
「ふうん。伊豆かあ。伊豆もいつか行ってみたいな。ところで、今度、渋谷か新宿あたりで会いませんか?」
「私は土曜日ならアルバイト無いし、一日空いてるけど」
「じゃあ、今週の土曜日。時間は‥‥夕方、大丈夫? 四時くらい」
「うん。大丈夫だよ」
「場所は渋谷のハチ公前あたりでいいかな?」
「うん、分かった。今週の土曜日、渋谷ハチ公前、午後四時ね。楽しみにしてる」
「じゃあ、その時にいろいろとお話しましょう」
同郷の人と話すと何故かほっとする。風土を共有しあっているからだろうか。話し方のアクセント、その土地独特の習わし、遊び、癖。どこかで必ず懐かしい共通点がある。渡辺とはほんの一か月にも満たない付き合いだったが、幼馴染のような気安さを感じていた。彼が二歳年下だということも私に一種の安心感を与えていた。
渡辺と会う土曜日は、朝から激しい雨が降り、風も強く台風に近いような天候だった。午後になっても雨は止まず、出かけるには躊躇される荒れ模様だった。渡辺が今日は止めましょうかと電話をしてくるかもしれないと、ぎりぎり時間まで待ったが何の連絡も無かったので予定通りに渋谷へと出かけていった。その日に会わないともう会えないような気もしていた。
大雨のせいか電車はすいていて一車両まるまる私一人で独占しているような状態だった。板張りの床は湿って油臭かった。座席が妙に赤く見えた。こんなに赤く見えたのは初めてだ。
ひどい天候にもかかわらず、ハチ公前は待ち合わせの若者たちが、雨風を避けながら人待ち顔でたむろしていた。時間より少し早めに着いたので、まだ渡辺は来ていないかもしれないと思いながらハチ公のすぐ先の交番の軒下に足を向けると、そこにいた若者たちの一団から少し離れて、渡辺が少しうつむいて立っていた。
腕組みした腕に畳んだ傘の柄をぶら下げ交番の壁に軽くもたれている。一目見て、もう一度前に回り込んで見直さずにはいられなかったのは、彼が思いがけずぼうぼうに髭を生やしていたからだ。
「渡辺くん!?」
「やあ、先輩。」
彼は腕組みをほどくと私の方に向かってちゃんと立って軽くおじぎをした。
「天気悪いから来てくれないかと思いました」
「私は約束は破らない女だよ。それよりもその髭‥‥あれからずっと?」
「あ、これ? 先輩が生やした方がいいって言ってたから、生やしてるんだけど」
「私、そんなこと言ったっけ?」
「無責任な。言いましたよ」
渡辺はそう口を尖らせて言うと、少し笑った。
アルバイトの時は無精ひげ程度だった渡辺の髭は、あれから一か月伸ばし放題にしたらしく、かなりぼうぼうになっていた。それにしても私の冗談を真に受けて本当に髭を伸ばすとは。私よりはるかに年上の男のようにも見える。
「先輩、アルバイトの時はずっとジャージ姿だったけど、おしゃれすると雰囲気変わってなんかまぶしいっす」
「なにそれ、ははは」
私は少し胸元の開いた水色のブラウスに細いシルバーのネックレスをして、紺色のスカートをはいていた。それほどおしゃれしているとは思わなかったが‥‥
渡辺は渋谷の町には慣れているらしく手際よくすぐに入れる喫茶店を決めて、そこで近況報告をし合い、その後軽くゲームセンターで遊んでから、夕暮れ、ニューコンパというパブに腰を落ち着けた。渋谷の駅前ビルの五階フロアーを全部占めるかなり広々とスペースをとった若者向けのお店だ。
渡辺は迷いなくすいているカウンターに向かうと、そこに席をとって私に勧めた。
「先輩は、お酒はどのくらい飲めるんですか?」
「私はほとんど飲めないの。渡辺くんは?」
「まあ、弱い方じゃないと思うけど。‥‥じゃあ、小林くん、彼女に甘くてあんまりアルコール強くないカクテルを作ってあげて」
小林くんと呼ばれたまだ若いバーテンは愛想のいい笑顔で手早くカクテルを作ると、透き通ったピンク色の液体の入ったグラスを、テーブルの上にすべらすように置いた。
「渡辺さん、またきれいな彼女連れて来ちゃって」
小林がにこっとしながら言った。
「あ、違うんだよ。夏休みアルバイトで一緒だった人、ね? だけど、彼女ということにしとこうかなあ」
渡辺は照れ笑いを隠そうとするように髭を撫でさすった。
「渡辺くん、ここよく来るの?」
「四回か五回かな、ここにボトルもキープしてあるし、小林くんとももう友だちなの」
「ボトルって‥‥渡辺くん、まだ未成年じゃなかったかな?」
「あ、こりゃいけねえ」
渡辺は大袈裟に頭を掻いた。
「俺ってふけて見えるから誰も未成年なんて思わないよ、ね、小林くん?」
「ここは聞こえない振りをしておいてあげましょうか」
小林がちょっと苦笑いする。
ひとしきり笑い合って、まるで昔からの友だちのように打ち解けた気分になるのにそうは時間はかからなかった。渡辺の持つ気さくな雰囲気のせいもあっただろうし、多分にお酒の力もあっただろう。私の前にあるピンク色のカクテルは飲みやすく、あまりアルコールを感じさせなかったが、少しずつ飲むうちにふんわりした気分になってきた。桂木が、酒は信用できる人間と飲めよ‥‥と言っていたが、渡辺は信用できる人間だと思う。桂木はそんな見知らぬパブに若い男といるのは危ない、と言うだろうか。
窓の外がすっかり暗くなり店の中が次第に混雑してくると、次第に話題はそれぞれの恋愛の方に移っていった。
「あれから、原田さんとは会ったりしているの?」
「原田さん? バイト終わってから全然会ってないっすよ。東京に戻ったらまたバイトの友だちに会いたかったけど、俺、真っ先に先輩に会いたかったんだ」
「またあ、気を使わなくていいよ。原田さんに会いたかったんじゃないの?」
「先輩、誤解してますよ。俺、原田さんのこと好きだってわけじゃなくて、俺が昔好きだった人に似てたから、つい目が行っちゃっただけで‥‥ああいう可愛いタイプの子がいいなあって思ってた時もあったけど、ずっとつきあっていく相手としては違うと思う」
「そうなんだ。でもあれだけ可愛い子、そうはいないよね」
「彼女はおしゃれでいつも着飾っててお化粧もうまいから‥‥。でも、俺、すっぴんの先輩の方がずっときれいだと思ってました」
「わ、お世辞かな?」
「お世辞じゃないですよ。小林くん、ねえ?」
「とてもおきれいだと思いますよ」
「うわ、お世辞の大安売り?」
「俺、実は、先輩の写真持ってるんだ。ほら、定期入れに入れてあるの」
渡辺はそんなことを言い出して、鞄から定期入れを取り出して開いて見せた、そこには手拭いを首に掛け、土器をブラシで洗いながら誰かとおしゃべりして笑っているジャージ姿の私の姿が写っていた。
「えーっ? いつ撮ったの」
「土器の写真撮る振りしてこっそり。どうしても先輩の写真が欲しかったんだ。大学の友だちに見せたら皆美人だって言ってましたよ」
「うわあ、そう言ってもらうとうれしいけど、定期入れに入れて持ち歩くって‥‥」
「‥‥酔ってるから言ってしまうけど、俺、先輩に惚れそうなの」
「それって‥‥もしかして告白してる?」
「かもしれない。もちろん先輩に彼氏がいるのを知っているうえで言ってるんだから、強引に俺と付き合ってくれっていうんじゃなくて‥‥感情的にっていうんじゃなくて、理性的に先輩に惹かれているんだ」
「‥‥そう‥‥。理性的にっていうなら、まだ客観視できてるよね。十分歯止めは効くっていうことだよね」
「気を悪くしたらごめん。だけどこの気持ちは普通の友だちに対するのとは確かに違っているんだ。先輩のことをつい思ってしまう。好きなんだと思う」
渡辺の目はもう笑っていなかった。
「渡辺くん、酔ってるでしょ。酔ってるんだと思って話半分に聞いておくね。私だって、渡辺くんのこと、好きだよ。アルバイトの時からすごく頼れる感じがして、年下なのにすごいなあって思ってた。でも、ごめんね。それは友だちとしての好き、だよ」
「分かってます。先輩、彼氏いるし、付き合えないのは分かってる。でも先輩を目の前にしたら、どうしても言っておきたくなっちゃって。一方的すぎるかもしれないけど、気持ちを聞いてもらいたくなった」
「うん。‥‥正直な気持ちを言ってくれてありがとう。なんだか少し感動しちゃった。渡辺くん、勇気あるね。偉いぞ。よしよし」
「あー、もうー。こんなとき先輩ぶらないでくださいよー」
そうして二人で顔を見合わせて少し笑った。
その後渡辺は大学一年の時に付き合っていた女性について話してくれた。その女性は、渡辺と付き合う以前に、同時に二人の男性と付き合っていたそうだ。一人は渡辺の親友、もう一人はその女性の幼馴染。彼女がその二人への思いの板挟みになって悩んでいたところを渡辺が相談にのってあげていたら『ミイラ取りがミイラに』なってしまったそうだ。
「今でもその人のためなら死ねる。青酸カリが俺の机の引き出しに入っているんだ」
「それは‥‥本当に命がけの思いだね。でも、その人とは別れてしまったの?」
「結局、俺の親友と関係をもってしまったようで‥‥女の人は肉体関係を持つとガラッと考えが変っちゃうんですよね。なんていうか、相手のいい面も悪い面も全然見えなくなっちゃう、盲目的、というか。だから女の人は、たやすく体を許さないほうがいい」
「そう‥‥つらい恋だったね。‥‥渡辺くんは、付き合っている女性が処女かどうか、こだわる方?」
「本当に好きだったらそんなことはどうでもいいとは思うけど、本音を言えば処女であってほしい」
「私の友だちで同棲している人がいるけど、人を好きになるっていうことは、心だけじゃなくて体まで巻き込んでいくものなんだよね。私もそこの部分、随分悩んだ」
「たぶん女性よりも男性の方がその欲求は強いのかもしれないけど。好きだったら抱きたいと思う。本能的な当然の欲求だと思う。まあ、それは人によって、付き合い方によって、段階の踏み方は違うでしょうけど」
「私、彼と付き合って一年以上たつんだけど、そう簡単には体のことを乗り越えられなくて、ずっと苦しかったの」
「うん。女の人が悩むのは当然ですよ。好きなんだからセックスしてもいいじゃないか、というのは男の論理で、女の人はもっと将来のことも含めて慎重に物事を考えるから、ためらったりもしますよね」
「うん、そう。卒業後のことも考えてしまって随分彼とも言い合ったりケンカしたりもしたの。でも、ある時、私は何でつまらないことにこだわってるんだろうって思っちゃって。彼に強く求められてそこに本気な愛があったのなら、私は素直に飛び込んでいけばいいんじゃないかって」
「先輩、それ、結構なおのろけですよ。あてられちゃう」
渡辺は少し笑った。
「そう? おのろけになってればいいんだけど‥‥、私は重く考えすぎちゃって‥‥」
私はカクテルを一口飲んで、少し深呼吸した。甘いカクテルが少し喉を焼いた。アルコールが緩やかに体に沁みていく。心に抱えていたものを渡辺に聞いて欲しいと思って、勇気を出して口をひらいた。少し声が震えた。
「私‥‥、夏休み、伊豆に旅行に行ったというのは彼となの。ふたりきりで‥‥。四泊もしちゃった」
渡辺は少し息を飲んで、沈黙した。
「そうだったんですか‥‥。少しびっくりしたけど好き同士なら別に普通ですよ。‥‥四泊はすごいけど」
「本当にね。ふふっ、いきなり四泊はね。だけど素直な気持ちで行動できたと思ってる。彼のこともっと好きになった」
「うん」
「後悔はしてないんだけど‥‥なんだか悲しいの。前はもっと彼と会っていない時も頑張って一人で生きようとしていたけど、今はすごく頼りかかっていきそうで、一人で立っていられないような気がする」
そう言っている最中に涙が滲んできた。このところすぐに涙が出てしまう。頬杖をつく振りをして、渡辺から涙を隠した。
渡辺は少し考え込んでから、ゆっくりと言った。
「先輩、なんでも彼氏に気持ちをぶつけてみることですよ。恋愛は最後まで分かり合うための努力なんだと思いますよ」
「‥‥うん。そうだね。何でも話さないと駄目だよね。最近一人で考え込んでばっかりで、落ち込んでたの」
「自分の気持ちを殺して、相手に合わせようなんて思うと無理がかかるから、ケンカしてでも気持ちを伝えあうことだと思います」
「‥‥うん。本当にそうだね。将来のこととかも、もっと彼と話してみる。卒業後、私が東京に残るかどうかも、だんだん大きい問題になってるんだ。私があっけらかんと、東京にずっといるよって、言えればいいんだけど。まだ心の中では迷ってる。彼とうまくいかなくなったら私は東京で一人でどうしよう、とか思っちゃって」
「悪い方にばっかり考えない方がいいですよ。きっと彼氏も将来の事考えてくれてますよ」
「そうだね。‥‥渡辺くんに打ち明けてよかったよ。なんだか渡辺くんの方が年上に思えてきた‥‥先輩って呼んでいい?」
「ははは、俺でよかったらいつでも相談乗りますよ。と言ってもミイラ取りがミイラになった俺だから、俺に相談しない方がいいか?」
「ふふっ、ありがとう。気が楽になった。弱い私を見せちゃったね。ごめんね」
私は目の縁の涙を拭って渡辺に感謝の微笑みを返した。
「いつか先輩の付き合ってる人に会いたいな。こんど俺にもちゃんとした彼女が出来たら、四人でどっか飲みに行きましょう」
渡辺は髭だらけの顔で私に優しく笑いかけた。
急に店内のガヤガヤとしたざわめきが耳に入ってきた。夜の時間も進み、大分混んできているようだ。バーテンの小林は、しきりに「おねがいします」と厨房に向かって声を張り上げ、おつまみなどのオーダーを入れている。
「私、なんだか少し酔っちゃったみたいな気がする」
「そう?」
渡辺は自然な仕草で、すっと自分の手の甲を私の頬に軽く当てた。あっ、と思ったがいやではなかった。
「少し頬が熱いようだよ。大丈夫。帰りは俺が責任もって送り届けますから」
その後、彼の作った新しいサークルの話などを聞いたあと、時間を見計らって店を出た。
渡辺は上石神井まで私を送ってくれた。もう雨はすっかり上がっていた。こうして夜遅く桂木以外の男性と道を歩くのは、はじめてだ。二人きりで肩を並べて歩きながらも、渡辺は適正な位置を保ち、私を脅かすことはなかった。
別れ際、彼は一本のブラックウィスキーを鞄から取り出した。
「これを記念にあげます。俺の飲みかけだけど」
「あ、私、お酒飲まないよ?」
「いつか、飲みたくなった時のために。俺だと思って手元に置いてやってください」
渡辺は半ば強引にウィスキーのボトルを私に握らせた。
「じゃあ、もらっておくね。渡辺くんだと思って机に飾っとく」
私が笑いながら鞄にボトルをしまった後、彼は右手を差し出した。
「握手?」
「もし、俺のこときらいじゃなかったら」
おずおずと差し出した私の手を渡辺は一瞬強く握り返すと、すぐに手を解き放した。
渡辺は少しの間、私をみつめた。
「‥‥今日、会って話をしたら、もっと先輩のこと好きになってしまいました。好きになってもいいでしょ?」
私は小さくうなづくことしかできなかった。
渡辺も微笑んでうなづいた。
「今日は遅くまで俺に付き合ってくれてどうもありがとう。久し振りに本音で女の人と話をしたって気がします」
「こちらこそ、ありがとう。いろいろ聞いてくれてうれしかった」
「じゃ、またいつか、お会いしましょう」
「うん。また会いましょう」
「二月二十一日には、きっと俺のこと思い出してください」
「渡辺くんも私のこと思い出してね。私の方が二歳もお姉さんだけど」
「そんなの関係ないっすよ」
渡辺は髭だらけの顔をちょっと寂しそうにうつむけると、
「じゃ」
と、手を振って、人通りもない夜遅い町をゆっくりと駅に向かって引き返していった。
私は、渡辺から手渡されたウィスキーのボトルの重さを鞄に感じながら、彼が曲がり角を曲がって見えなくなるまで見送っていた。
風に薙ぎ払われた透明な夜空に、九月の終わりの月が真新しい顔を現わしている。
下宿に戻ると日本女子大の清田桃子が、さっき男の人から二回お電話がありましたよ、と伝えてくれた。きっと桂木からに違いない。もう十時半になっている。今からかけ直すのは失礼だろう。顔を洗ってぐったりと座り込んだあと、布団に横になった。桂木に渡辺のことをどう説明しよう。あれこれ考えていつまでも眠れなかった。
後で桂木に聞いたら、私が夜遅くまで帰らなかったので何かあったのではと非常に心配していたそうだ。私は電話に出られなかったことを詫びると共に、会っていたのは夏休みのアルバイトで一緒だった女の子で、渋谷のカクテルバーみたいなところで話をしていたんだけど、その子がすごく飲む子でさあ、なかなか帰ろうとしなくて、などとごまかしてしまった。
つかんだと思った確かな愛も幻のように思え、進もうと思っていた未来もただの蜃気楼のように消え去っていく。
授業が始まり大学で桂木と頻繁に会うようになると、また体の問題で私たちは悩み始めた。あれほどまでに愛しあった記憶を持ってしまったがために、桂木は男として、私を求めたい気持ちと理性の狭間で強く苦しんでいるようだった。
授業終わりの夕暮れに、桂木が「穴八幡行こう」と言う。木々の奥の暗がりで私たちは抱き締め合いキスをして、素肌を触ることで互いの気持ちを確かめ合う。そんなことが度重なり、私はある日、
「穴八幡には行かない」
と言ってしまった。
大学の門前で性的な行為を繰り返すのが嫌になったのだ。中途半端な性の火照りを下宿まで持ち帰らなければならないのも嫌だった。恋の始まりに互いの体におずおずと触れるのとは違う。どうしたらいいか分からない何か焦ったものになっていた。
桂木も、そろそろ就職に向けて勉強も始めなくてはならず、会える日も少なくなってきた。いろいろな問題が解決できていないままに、別々の時間を過ごさなくてはならなくなった。
「しばらくはお互いそれぞれで頑張ろう。今やらなくちゃいけないことをちゃんと果たしたら、きっとまた一緒に過ごせるようになるから」
桂木はそう言って、自分の進むべき道を探り始めていた。それに比べて何も歩き出せていない自分。ひどい自己嫌悪で苦しかった。
一人になると何をしたらいいか分からなくなる。必要な大学の勉強や予習をした後は、もうそれ以上本を読む気にもなれない。半日授業が無い日とか、アルバイトまで数時間の間があったりする日には、私はたびたび電車で小金井公園に行ったりしていた。
広々とした公園の雑木林の中をカメラを片手に一人で歩き回った。秋の始まりの湿った樹木のにおい。桂木がそばにいないとどんな散策も寒々しい。どうしてこんなに弱くなってしまったのだろう。たった一人でも生きられると思っていたかったのに。体を悪くしていた頃よりも、自分の心と体が頼りない。こんなんじゃ、卒業後に東京に残るなんてとても無理だと思い更に落ち込んだ。
公園の裏手に弓道場があったのでちょっとのぞいて見た。胴着を着た年配の男女が三人いて的に向かって静かに和弓を引いていた。
「少し見学させてもらえますか?」
「ああ、いいですよ。どうぞどうぞ」
そう言ってもらえたので、少し離れたところで彼らが矢を射る姿をながめさせてもらった。
中年の女性がしっかりとした姿勢で、一つ一つの型を美しく決めながら矢を放った。かなりのベテランさんだと思った。
八十歳近いような白髪の男性が、
「弓道はやったことがおありですか?」
と尋ねてきた。
「大学の体育の授業で1年間やっていました。でも週に1回ぐらいだからそれほどの回数はやっていません」
「そうですか。よかったら少しやってみますか?」
「あっ、いいんですか?」
大学の授業では、筋が良いと言われ割と当たっていた方だった。よし、久々にやってみようと思っていくつか立てかけてある中から弓を選んだ。
遠くの的ではなく、二メートルほど先にある米俵に向かって構えた。弓を引き絞ってみて分かった。この弓道場で使われている弓は大学のものより数段強い。弓を引くのにかなりの力を要した。ぶるぶると矢を番える手が震える。やっとの思いで放った弓は、米俵の右上に刺さった。
白髪の男性は、
「型はよくできているようですね」
と言って微笑んだ。
私は五射ほどさせてもらってからお礼を言って弓道場を辞去した。
市井の人の趣味の弓道であっても、大学の授業の弓道とはまるでレベルが違うことが分かった。思いがけずかなりの筋力が必要だった。
弓道は、やれる場所があったならずっと続けたかった武道だった。矢を番えていると心が静かになる。無我の境地を感じ、生きる不安を少し忘れさせてくれる。
この弓道場がもっと近かったなら何度も通ったかもしれない。でも、このような場所が小金井公園にあることが分かっただけでもよかった。またいつか何かに悩んだら、弓を引きにここに来よう、そう思っていられる。
ある夕方、桂木に時間ができたので、桂木の車で横浜に行き生麦町から大黒橋まで行った。大黒橋の上から、突然夕暮れの海が開けるのが見えた。まだたくさんの船が行き交っている。橋の近くは暴走族のたまり場であるらしく、バイクの一団が一角にたむろして何か騒いでいた。そのうちさっきまであった夕日は急に雲に隠れて、いきなり夜になっていった。
久しぶりの桂木とのデートは、しかし、なごやかなものではなかった。ここ数週間、何度も「もう、会わない」「別れる」「電話もしない」と言い合っては傷つけあってきた。しかし互いに険悪な状態を長くは持ちこたえられずに、言い合いをした翌日か数日後には、電話をして相手を呼び出してしまい、抱き締め合ってなんとなく仲直りをする。そんなことを何度も繰り返していた。
それらのいさかいは、互いを嫌いになったということではなく、自分がいては相手のためにならないとか、自分のせいで相手が苦しんでいるから別れた方が互いのためだ、などという自分や将来に対する自信の無さや不安からくる自虐的な思考によるものだった。
私も桂木もひどくネガティブになっていて、私の方がその度合いは強かっただろう。卒業後の問題はもう目を背けていられないほど近くに迫っていた。
大黒橋に灯がともる頃、私たちはまた厳しい口論をしていた。
電話では大事なことは何も話せていなかったし、卒業後のこともお互いに抽象的にしか言えなかった。私と結婚することは現実としてあるのか。結婚できなかったとしたら、桂木との伊豆の旅行はその後の人生で誰にも言えない秘密になってしまうのか。
そしてとうとう、
「こんなことだったら抱き合わなければよかった」
と私は言ってしまったのだ。
勢いで、
「結婚前に抱き合うのは間違っていた」
とも。
桂木は黙り込んでしまった。
「このところ会えなかったから。おまえは寂しいんだよな。一人がつらいんだろう? やっぱりおまえは俺と一緒にいるよりも、宇都宮に帰った方が幸せなのかもな」
そうポツリとつぶやいた。
彼にそんなことを言わせてしまった私に、ひどく自己嫌悪を感じて私はまた泣いてしまった。もう私たちは駄目なのかもしれないと思った。
下宿に送り届けてもらってからも泣いていた。こんな弱い自分が嫌で泣き続けていた。
次の日、授業は無く、二時からアルバイトがあるだけだ。午前中ずっと布団の中にもぐって泣いていた。朝食を食べる気にもなれなかった。
たまらなくなって午後一時頃、桂木に電話をしてしまった。思っていた言葉が出ず、また涙が出そうになったので、ポツリポツリと昨日のことを謝ることぐらいしかできなかった。
彼は優しい言葉をかけてくれて、気にするなと言ってはくれたが、その優しさの中に諦めが含まれているような気がして、私はまた声を殺すようにして泣いてしまった。
私は流れる涙も拭わずに桂木の言葉を聞いていた。桂木も苦しんでいた。こんなに泣くのなら私を手放した方が私のためなのではないかと。陽射しは暑く、私の顔を正面から照らしていた。どうしたらいいのか分からない。悲しくて仕方がない。明日会ってもう一度よく話をしようと思ったのに、彼はアルバイトが入ってしまったそうだ。涙が止まらなかった。泣いているのを気づかれまいと、強いて元気な声を出そうと努めていたが、やはり語尾が震えて小さくなった。
そのままアルバイトに行く時間になってしまった。顔がぼろぼろになってしまっている。泣き顔をごまかそうと少しお化粧をしたが、腫れてしまった瞼は隠しようもない。
歯科医院に行き、うつむきながら診察室に入って秀夫先生に挨拶をした。秀夫先生は私の顔を見て、はっとしたような顔になって少し目を見張ったが、そのまま何も聞かずにいてくれて、治療に入っていった。帰り際、いつもの「ごくろうさま、さようなら」の言葉の他に、
「もうだいぶ暗くなってきたから気をつけて帰ってね」
という言葉を添えてくれた。秀夫先生の優しさが心に沁みて、また涙が滲みそうになった。
アルバイト中や電車の中ではこらえていた涙が、上石神井で降りて暗い道を歩き出したら、また溢れ出てしまった。どうせ夜道で誰も見ていないだろうと思って、泣きながらずっと歩いていた。泣き過ぎて前がよく見えず目眩が起きそうだった。
そんな時、
「小島さん?」
と声をかけられた。振り向くと長池が立っていた。こんな気持ちの時に会いたくなかった。今にも崩れそうな絶望感に落ち込んでいる今。
「どうしたんですか?」
長池は泣いている私の顔を見てびっくりしたように言った。
「何かあったの?」
「いいえ、大丈夫です」
そう言うのがやっとだった。
「彼氏とケンカでもした?」
そう聞かれて、私は胸にどっと大きなものが込み上げてきてしまい、また嗚咽を漏らしながらその場で棒立ちになってしまった。
「ああ、少し僕のアパートに寄りませんか。あたたかいミルクでもご馳走しますよ。何もしませんから警戒しないで。少し落ち着いてから下宿に帰った方がいい」
そう言われて、私はふらふらと長池の後をついて、アパートの階段を上っていってしまった。自分が何をしているのか、もううまく判断もできなかった。ただ、このまま下宿に戻っても、一人また泣き続けるだけなのがつらかったのだ。もうどうなってもいいというような、自棄の感情もどこかにあった。
アパートに招き入れられて、私は玄関を上がってすぐのところの畳に正座をして座った。流れ続ける涙を止めようと努力しても、すぐに次の涙が出て来てしまう。
「ミルクを作るからちょっと待っててくださいね」
長池は、ミルクを温めてカップに入れて私に手渡してくれた。カップを持つ手が震え、口元に持っていくのも容易ではなかった。
「落ち着くまでここにいていいですから」
長池は、三メートルほど離れた机の椅子に腰かけ、体を横に向け私の方を見ないようにして、私が泣き崩れている間、ずっと黙って待ってくれていた。
かすんだ目を見張ると、机の周りには分厚い法律書類が山のように積み重なっているのが見えた。ここで一人で長池も自分の夢の為に頑張っているのだと思った。
そのうち私も落ち着いてきて、急に自分のしていることが恐ろしくなってきた。このままここにいたら駄目だと思い、私はミルクをゆっくり飲み干した後、カップを床に置いて立ち上がった。
「ごめんなさい。ありがとうございました。少し落ち着きました。帰ります」
長池も立ち上がった。
「もう大丈夫?」
「はい」
長池は私の横をすり抜け、玄関を開け、
「じゃ、気を付けて」
と言った。
私は頭を下げて玄関を出るとアパートの階段を下りていった。振り返ると、長池がまだドアを閉めず、心配そうに私を見ていた。
長池が恋人だったなら、夜、寂しくなったらいつでも訪ねていけるのにと思い、そんなことを考えている自分の弱さに、また涙があふれてきた。
長池の部屋にいたのは、ほんの三十分ぐらいだったが、桂木にこんなこと言えはしない。桂木に、また一つ秘密を持ってしまった。
十月の上旬を過ぎ、私は少しずつ落ち着きを取りもどしていった。桂木と会える時間は減ったが、電話をすればいつも励ましてくれて、ずっと優しかった。
『多忙な蜂は悲しむ時を持たない』そんな言葉が何かの本に書かれていた。私も多忙な蜂にならなくては。
何かをしていなければ私の思いは暗く沈んでしまう。ブレイクの資料も読まなくてはならない。
夜、駅前の『Cabin』に腰を落ち着けて専門書を開いていた。七時十五分、なぜか『Cabin』にお客は私一人。いつもはこんな空いていることはないのに。今、桂木がここにいてくれたらどんなにいいか。店内には、今日はアリスの曲がかかっている。
一時間ばかり本を読んで下宿に帰った。テレビをつけたら教育テレビで法隆寺の再建についての番組をやっていた。桂木が卒論のテーマにするかもしれないと言っていた法隆寺。今頃桂木は家でこの番組を見ているのだろう。
それからお風呂屋さんに行き、九時半ごろ帰ろうと八百屋の角を曲がったら、線路の方から桂木が歩いて来るのが見えた。驚いた。特に何の約束も電話もなかったのに。
「えっ? どうしたの? こんな時間に来てくれたの?」
「おまえに会いたくて」
そう言って、そのまま私を抱き締めた。
幸せで有頂天になる。会いたかった。ずっと会いたかった。うれしくてまた泣きそうになった。
そのまま、夜更けてシャッターの閉まった商店街を、彼の車の方に向かって歩き出した。彼が静かに話し続けた。
「おまえ、やりたいこと何でもやればいいんだよ。家に帰っちゃったら何もさせてくれないだろう? 東京にいるうちだけだよ、好きな事できるの。あと一年と少ししか無いんだ。落ち込んでる暇なんてないぜ。
おまえといろんな事情があって一緒にいてやれないけどさ、一緒にいるのと同じようなもんだぜ。呼べばいつでも行ってやるよ。今日は呼ばれなくても来ちゃったけどな。
一人にしといてくれなんて言われてもさ、できるもんじゃないぜ。かえって心配になっちゃう。時々会いにくるからな。おまえも東京にいれられる時間を楽しめ」
私がこうしてなんとか東京で一人で暮らしていけるのも、桂木のおかげなのだ。感謝してもし尽くせない。
卒業後にまだ二人の時間が続くかどうか、それを考え心配するよりも、卒業まで、と思って、今の時間を精一杯生きよう、私たちはそう考え始めていた。
お互いの言動に怒ったり拗ねたりして、もう会わないと言ってしまったとしても、互いにだんまりを貫くことはできなくて、いつもすぐに電話したり会ったり手紙を書いたりして相手の心を知ろうと努力してきた。互いに対話から逃げずにいるうちは、きっと大丈夫だ。
桂木は公務員試験を頑張ると言っている。ほとんどコネだという噂も聞いて、ひどくやる気をなくして落ち込み悩む日々もあったようだが、とにかく試験は受ける、と言って勉強を続けていた。
あとは、私がどう生きるか、どう強くなるか、その一点にすべてはかかっていた。私が強くありさえすれば、桂木との未来もあるのだ。
文学部の大半の者は教職課程を取っていて、教師になるならないは別にして、教師の資格は取っておこうとする者は多かった。しかし私は教師になることをきっぱりと拒否していたから、とりあえず今、将来に繋がる何らかの勉強を何もできておらず。それが私を落ち込ませ、焦らせる要因にもなっていた。
私は片方の目の視力がひどく悪い。子どもの頃、自分の不注意でハサミで目を突いてしまい、その影響がずっと残っていた。見た目には分からないのだが、眼科に行くと、
「右目の黒目部分に大きな傷跡がありますね、交通事故とか、入院するほどの大きなケガをしましたか?」
と、必ず聞かれる。
その右目は矯正視力が出ず、少しずつ悪くなっていっているようだった。もう片方は、もともと悪くはなかったのだが、目の使い方に無理があったせいか、こちらは完全に近視となっていた。
視力は私の隠された弱点だった。たぶん他の人より目が疲れやすく、すぐにかすんでしまう。受験勉強や大学の勉強は、しなくてはならない勉強だから否応なしに取り組んできたが、この先、文字を多く見なくてはならない職業に就くのはつらいと思っていた。
だからこそ、陶芸をやってみようと思った。文字の無い世界に行きたかった。伊豆旅行中桂木に向かって宣言したのは、ただの思いつきではなかった。ただひたすら無心になれる作陶の中にこそ、私の心を鎮める何ものかがあるように思えたのだ。
そして、私は十月から、井の頭公園にある「アトリエ飛行船」という美術工芸専門の学校に通い始めた。
その学校は吉祥寺の井の頭公園を抜けた所にあった。森の中に突然現れる黄色い飛行船の形をした建物は、随分遠くからも目立っていた。
建物に近づくと真っ赤な螺旋階段が見えた。
受付の女性は、NHK夕方六時の番組のキャスターにとてもよく似たチャーミングな若い女性で、私が持っていった証明写真を、証明写真なのにこんなによく撮れているのは珍しいと言ってほめてくれた。
入会費は四万円近く、私には高額だったがなんとか貯めていたアルバイト代で支払った。
その日、入学手続きを済ませて学生証を作ってもらった。
ここは自分の空いている時間に行って好きなだけ自由に自分の活動をすることができる。常駐の講師に一通り説明を受けたら、個人で自由に作陶をすることができた。
日当たりのよい広い工房。大きな作業台がいくつかあり、日によって生徒の顔ぶれは違う。私は授業の無い日や、アルバイトの前に隙間時間があるときなどにここに通った。
最初の数日は粘土の練り方、菊練りを教わった。菊練りとは、粘土の中の空気を押し出すための作業で、一塊の粘土を両手で押したり捻じったりしていくうちに次第に菊のような美しい筋目が現れて来るのだ。慣れないうちは、全然菊の文様など出てこなくて、ただこねくりまわしている感じになってしまう。
その日、私と一緒に菊練りの練習をしていたのは、大学生風の三人の若い男性で、そのうち一人はロシア系の感じのする色の白い外国の青年だった。何か話しかけられ、英語だったかもしれないが、少し緊張していたのできっとロシア語だと思ってしまい、私は曖昧にうなづいてごまかした。
菊練りが大体できるようになると、手びねりでの成形に入っていく。最初は湯呑を作った。円盤状の湯飲みの下部分の上にひも状にした粘土を巻きあげて、後で凸凹を指で修正していく。指先の感覚が非常に大事だ。土に触っていると心が落ち着いた。
土の匂いをさせてジーンズ姿で歯科医院に行かなくてはならない時は、少し不衛生かなと、知子さんの顔色をうかがった。歯科医院の清潔さとは真逆な泥の世界で、私は少しずつ息をつき始めていた。
宮迫典子は、実家で何かあったらしく十月を過ぎてもなかなか東京に出てこなかった。彼女からの電話を受けて、私は彼女の代返を二、三回してあげた。見つかるとレンドン教授が以前やったように名簿から抹消されてしまうので結構命がけだ。オーウェルの「1984」のレポートも、宮迫はもっと後に提出するものだと思っていて、まだ手をつけていない、と焦っていたので、全体主義の資料なども秋田に送ってあげた。
坂口美子とは、一度だけ早稲田通りを歩いている時に会った。彼氏と一緒だった。坂口美子の彼氏は百八十センチは超えているであろう大柄な人で、隣を歩く坂口が小さく華奢に見えた。山に登る人だと聞いていたが、確かに男っぽいがっしりした人だった。
私と坂口はお互いを認識したが、彼女が彼氏と一緒なので、微笑み交わしただけですれ違った。彼女が幸せそうな笑顔だったのでほっとした。
こうして道で会えば普通の学生カップルだが、彼女たちはもう本気な大人の愛に踏み込んでしまっているのだ。二人の間にはきっぱりとした勇気や覚悟のようなものを感じる。
私と桂木にしてもそうだ。もうただの友情ごっこの学生カップルではない。楽しいばかりではなく愛ゆえの涙も随分流した。しかし、勇気や覚悟はどうかと聞かれると、まだ私の心はどっしりとは定まってはいない。卒業後もずっと東京に残るときっぱりと言えない限り、私の愛には逃げがあるのだ。
十月の半ば頃、大学の英文Dクラスのコンパがあった。栄通りの「双葉」という飲み屋が会場だった。隣の席に座った女子は早稲田茶房でアルバイトをしているそうで、マンドリンクラブでフルートを吹いているとのことだ。彼女とはこのコンパでやっと親しく口をきくようになった。
また、いつもひどく格好つけている長身の男子が、シンセサイザーの機械を一式自室に持っていると自慢をしていて、余程大きな部屋に住むお金持ちなのだろうと思って聞いていた。
私はコンパの席で急に陽気になり、いつもとは別人のようだ。こうして皆と一緒にわいわいやっていると、昨日寂しくて一人がつらくてただ無闇に歩き回っていたことなどすっかり忘れてしまう。私はおとなしい人間なのだという事を、まわりの人にいくら言っても人は笑って信じない。それほどまで、私は饒舌でにぎやかな人間になっている。一滴もお酒を飲んでいないというのに。
これは本当の私ではない。陽の仮面をかぶった偽りの私だ。ひと時楽しいけれど、賑やかな場所にいれば心が救われるというものでもない。下宿に帰ったらどっと疲れが出て、しばらくは動けなくなる。反動でもっと寂しくなる。
ある時、英文の友人の和泉倫子が、東工大の男子との合コンの予定を立てたが、女子の人数が足りないということで、私にお声がかかった。秋田から戻ってきていた宮迫典子も一緒に参加してくれると言ったので、参加を承諾した。
夜、渋谷にあるお座敷の飲み屋で、早稲田の女子と東工大の男子、六、七名ずつとが、お酒を飲みながらおしゃべりした。宮迫はお酒が飲めるので、ぐいぐい飲んでいたが、私はウーロン茶をちびちび飲んでいた。何が趣味? 暇な時は何してる? サークルは何か入ってる?などの男子からの質問に答えたりしていた。ゲームのようなものをして笑い合った後に九時ごろ解散となり、そのあと二次会に行く男女もいるなか、私と宮迫は、じゃ、ここで、と帰ろうとした。
東工大の男子の中で一番背が高く一番格好がいいと思っていた青年が、私に、
「この後、二人でどこかで飲み直しませんか?」
とこっそり声をかけてきた。
ああ、これはナンパ?
その人は髪の毛に軽くウェーブがかかっていて、大人びた憂いのある瞳を持ち、モデルのような均整の取れた身体つきをしていた。遊び慣れているようなどこかセクシーな雰囲気。魅力的だけれど危険な部類の男性のように思えた。
私がその人の誘いをあっさり断るのをすぐそばで聞いていた宮迫典子は、肩をすくめるようにしてちょっと私に笑いかけ、そうして一緒に駅に向かい帰途についた。
卒論は、ウィリアム・ブレイクの「天国と地獄の結婚」(The Marriage of Heaven and Hell)という箴言書を研究することにした。書かれている詩は、非常に幻想的で象徴的だ。端的に言うと、正確な意味が取りにくく、何度読んでもおぼろげにしか分からない。それ故にいかような解釈も成り立ちそうだった。
最近読んだ禅の思想書とどこか通じるものを感じたので、禅と絡めて何か書けないだろうかと、少しだけ構想を練った。
英米詩を受け持っている氷室美佐子教授が卒論指導教授になった。私が「天国と地獄の結婚」を卒論テーマにしたことを受けて、
「あなたは、また難しい本をテーマにしましたね。ブレイクだったら「無垢の歌」「経験の歌」の方が分かりやすいですから、こちらをテーマに選ぶ人が多いのですが」
と言われた。
私は、ああ、そうか、そっちの方が簡単だったかもしれない、とその時思ったが、とにかくものものしく、ある意味まがまがしいタイトルの「天国と地獄の結婚」で突っ走ろうと思った。題名のインパクトで選んだと言ってもいい
東京の大書店はやはりすごい。研究者しか読まないようなマイナーな専門書もちゃんと揃っている。ウィリアム・ブレイクに関する本なんて、宇都宮のどの書店にも無いだろうし、図書館にだって一冊あるかどうかといったところだろう。
ところが東京の書店には「無垢と経験の歌」や「天国と地獄の結婚」も、「ウィリアム・ブレイクの人と生涯」も、その他のブレイク研究書もちゃんと何冊も売っていた。
ブレイクに関する本はどれも分厚く値段も高かったが、一応書店で見かけたらすべて買い込んだ。資料となる本が手元にあるというだけで少し安心した。
桂木の卒論テーマは、「法隆寺伽藍の建築様式について」らしい。
専門課程の美術史のレポート提出期限なのに、桂木は体調を悪くしていて、学校を休まなくてはならないという。前日に電話があって、
「おふくろがレポートを新宿までもっていくから、それを受け取って、おまえから先生に提出してほしい」ということだった。
新宿で桂木の母親と待ち合わせた。旅行のことがバレて以来、初めて桂木の母親と会うことになる。なんだか気まずかった。旅行のことを聞かれたらどうしよう、と思った。
白いブラウスにカーディガンを羽織った桂木の母親が改札から出て来て私に気づいた。
「ああ、隆司がお世話になってます。レポートを先生に提出して欲しいということですので、よろしくお願いします」
と言って丁寧に頭を下げた。
私も慌てて頭を下げて、
「確実に提出します」
と言った。
その後、桂木の母親は、やわらかな笑顔で、
「せっかく新宿に来たのだから、小田急デパートにでも行ってみようかしら」
と言い、私に一礼をして、
「じゃ、よろしくお願いしますね」
ともう一度言ってから、デパートの方に歩いていった。
息子の恋人、しかも息子と一緒に旅行にまで行ってしまった女の子。息子の母親として一言何か言ってやろうとか思わなかっただろうか。
「まだ学生だし結婚前の娘さんなんだから、男性と二人きりで旅行に行くのはちょっと‥‥」とか、
「ご実家の親御さんもさぞ心配なさっているでしょう」とか、ちくちく言いそうなものだ。
私の母だったら、もっとずけずけと非難めいたことを言ったであろう。
しかし、桂木の母親は何も言わず、すべてを飲み込み、ただやさしい笑顔だった。
いい人だった。桂木と同じように。
桂木の母親から手渡された桂木のレポートは、次の美術史の授業の時に教授に提出しに行った。美術史の人たちが大勢いる教室に入っていくのには少しばかり勇気が必要だった。桂木の彼女、ということは皆知っていたはずだ。普段、私はいつも彼の出席している美術史の授業の終わるのを、教室の前の廊下で待っていたから。それにしても、専攻の違う私が彼女然として皆の前に姿をさらすのは気恥ずかしいものがあった。
桂木の美術史の友人の遠藤が私に気付いて
「あいつ、どうしたの?」
と声をかけてきた。
「風邪を引いて寝込んでるみたいです」
「ふうん。風邪かあ」
美術史の人で、少しでも会話できたのは遠藤だけだった。確か実家が画廊を経営している金持ちのボンボンだと聞いていた。がっちりした体つきで幾分太っているようにも見えた。この人と話すとなんだか気後れがする。
人数が多く何クラスもある英文科と違って、美術史は一クラスだけだ。クラス単位での研修旅行なども何度かしていたから、仲間たちの連帯もきっと他の専攻の者たちより強かっただろう。
でも美術史を学ぶなんて、ちょっと変わった人たちも多いのかもしれない。三年の時は桂木と一緒に教養課程の東洋美術の授業に出席していたのだが、暗くした教室で饕餮紋の青銅器のスライドを延々と見せられているうちに眠くなってしまった。桂木が暗いのをいいことにふざけてちょっかいを出してくるし‥‥。結局、饕餮紋という文字の字画のすごさと読み方ぐらいしか覚えていない。特に興味を持てるテーマでもなかった。
美術史の廊下では、長身の南直哉が黒いコートをなびかせて、飄々と歩いて行く姿がたびたび目撃された。何故かおかっぱ頭のような髪型をしていて、独特のオーラを放っていた。
たぶん仲間とわいわいがやがやするタイプでは決して無い。桂木もそうだったが、南直哉も同じような生きづらさを抱えている人なのかもしれないと思った。この人が後に恐山の高名な禅僧になるなどとは誰が想像できただろう。
十一月に入った。
私はアトリエ飛行船に通うことで隙間時間を埋め、結構忙しくやっていた。桂木も着々と勉強に取り組んでいて、会えない時間も互いに頑張って過ごしていた。
早稲田祭の時期は大学も一週間は休みになる。桂木は以前からこの休暇で、友人の兼子彰浩の実家のある佐渡に旅行する予定を立てていた。しかし、どうも最近ずっと海が荒れているらしく、佐渡に渡る船が出航できないという。大学で会った桂木に、兼子との佐渡旅行は中止になったことを聞いた。
私は、兄がようやく好きな人との結婚を決め、数日後に結納をするというので、この休暇に一度実家に帰ってみようと思っていた。両家顔合わせの会食とかに呼ばれるかもしれないと思って。私がそのことを桂木に言い出す前に、桂木から思いがけない提案があった。
「明日から、山梨に旅行に行かないか? 二、三日ぐらい。何か外せない用事とかあるか? 体調とかは?」
「えっ? 明日? また急だなあ。いきなり過ぎる」
「授業無いんだし、二、三日ぐらい旅行行けるだろ?」
「‥‥行けないこともないけど。明日なの? 心の準備というものがあるでしょうが」
「おまえはそのまま来ればいいんだよ」
あまりに急な話に私は動揺していた。旅行‥‥また伊豆の旅行みたいに? 嬉しいような怖いような複雑な気持ちになった。
このところしばらく桂木とも会えずにいたから、私は伊豆旅行前のような不安を感じてしまっていた。旅行それ自体を楽しめばいいのだと分かっていても。
でも、迷いを振り切るように私は答えた。
「わかった。行こう。山梨ね」
「よし。じゃ、明日朝六時ごろ車で迎えに来るから」
桂木はほっとしたような笑顔で答えた。
桂木の母親が、あの子とまた旅行に行くのね、と思って寂しい表情をしている姿がちらっと心の隅に浮かんだ。いくら桂木をとても愛していて、愛していれば心のままに行動してもいいのだと思っていても、どこかうっすらと背徳感があって、それがしきりに私の胸を締め付けていた。
十一月五日、一日目は西沢渓谷に向かった。車から下りて渓谷の細い道を歩いた。前方におばさんたちの団体がいて、皆がやがやとおしゃべりしながらゆっくりと歩いていく。だんだんかなり険しい山道になっていき、私はこんな山道を歩くとは思っていなかったので、スカートに少しヒールのある靴で来てしまっていて、山歩き姿のおばさんたちに混じって、ちょっと浮いてしまっていた。
それでも、三重の滝、人面洞、恋糸の滝、母胎渕など道々現れる景勝を眺め楽しんだ。奥まで行くのは、この軽装では無理だと判断して途中から引き返してきた。事前にもっと行くところを調べておくべきだった。桂木があまりに急に言い出した旅行だったので、二人とも行き当たりばったりに歩き出してしまった。
道の左下をどうどうと流れる太い川は、エメラルドグリーンでとても美しかったが深そうで少し怖かった。細い渓谷の道から足を滑らせたら、この川に真っ逆さまだ。紅葉も丁度見頃であたりの山々を鮮やかに彩っていた。
午後、早めに「けやき荘」という民宿に入った。普通の民家風の宿だった。予約をしていなかったために、宿の人は何も準備しておらず、おかみさんはにわかに部屋の掃除や食材の買い出しで、忙しく動き回っていた。だんなさんの方は半纏姿で居間の炬燵に背中を丸めてテレビを見ながらじっと座っていた。悠長に膝の猫などを撫でている。
部屋の支度ができるまで、一緒に炬燵に入って、だんなさんと雑談などをしていた。まだ五十代~六十代ぐらいで、そんなに年を取っている感じでもなかったが、炬燵に背中を丸くして入っている様子は、ご隠居さん、みたいな雰囲気を醸し出している。
話してみると、気のいいおっとりとした感じのだんなさんだった。私たちに、「どこから来たの?」「学生さん?」などと聞き、「今年の紅葉はあんまり色がよくないんだよ」などとぼやくように言っていた。
三時近くになり、そういえば歯科医院にアルバイトをお休みする電話を入れていなかったことを急に思い出し、宿の電話をお借りして、急用ができてしまったので二、三日お休みする旨を電話した。「そう、わかった」と素直に返事をしてくれた秀夫先生に、嘘をついてしまって申し訳ないような気がして少し落ち込んだ。
夕食は、いのぶた料理の鍋などが出た。イノシシとブタの合いの子って、どっち寄りなんだろうね、などと言い合って笑った。宿でくつろいでいる時、親友のような幼馴染のような気の置けない雰囲気になり、冗談をとばし合いながらずっと楽しく過ごすことができた。それも夜が更けてくると、徐々に恋人として、呼吸のリズムを変え瞳を見かわし体に触れ合うことになる。
男である彼は本能によってそれを求め、女である私も彼に遅れながらも少しずつその快さに目覚めていく。私たちの間にはもう、互いを求め合う自然な流れができていた。
二日目は、昇仙峡に行った。涼やかな空気を吸いながら、渓谷沿いの遊歩道を二時間ばかり歩いた。ユニークな名前がついた奇岩など、今まで見たことも無い目新しい景色に声を上げ、指差し、はしゃぎながら歩いた。楽しい渓谷歩きだった。
宝石園などにも寄り、黄金色の筋目が何本も美しく入ったこげ茶色のタイガーアイのペンダントを買った。このペンダントは私のお気に入りになって、旅行の後もしばしば大学につけていった。安達望が「それ、誰かからのプレゼント?」と、ある日聞いてきたが、私は曖昧に笑ってごまかした。桂木は、照れくさいのかプレゼントはあまりしてはくれない方だった。
その後車でどんどん山奥に入っていって、十谷温泉にたどり着いた。ここは天狗が湯治に来たという言い伝えがある秘湯である。紅葉が美しい渓谷や、吊り橋、滝などもある隠れた観光地だ。道々、ほとんど人も住んでいないような過疎的な村のような感じがした。着いたのが三時近くだったので、観光はそこそこに宿を探すことにした。
最初にみつけた小さな民宿に飛び込むと、素朴なおばあさんが応対してくれた。夕食は山の幸メインの心のこもったものだった。その他に、そのおばあさんが自分で打った手打ちそばも一緒に出て、おなかいっぱいになった。
お風呂は、家庭風呂のような小さなものだった。窓の外でボイラーかなにかの工事をしているらしく、ガガガガとずっと大きな音がしていた。ライトが煌々と灯され、シルエットのように工事の人たちが動き話しているのが擦りガラスの窓越しに見えるので、落ち着かなかった。今にも窓を外からガラッと開けられそうで。
お風呂から出て、
「お風呂場の窓のすぐそばにいっぱい工事の人がいたんだよ。外からも摺りガラス越しに、中が見えていたりしなかったかな」
と桂木に言った。
「うっすらガラスに透けて見えてたかもな」
「やばい、やばい」
そう言って笑い合った。
部屋は、隣とはふすまで仕切られているだけだった。その日、隣の部屋には中年のご夫婦が泊まっていて落ち着いた話し声などがずっと聞こえていた。ハイキングに来た人らしかった。
そんな無防備な声も筒抜けの状態の部屋なのに、私たちはやはり夜になると求め合った。
桂木は、何度も「好きだ。恵子」と、耳元でささやいてくれた。
この体もいつかこの世界から消え去ってゆく。この思い出も私たちがいなくなったらどこにも無くなってしまう。そう思ったら急にまた涙が滲んできてしまった。
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