第19章 大学3年 夏休み・伊豆旅行
- kaburagi2
- 2023年1月19日
- 読了時間: 70分
更新日:3月24日
宇都宮での一か月の夏休みが始まった。帰省したその日から、兄の結婚に関する揉め事にまた巻き込まれた。兄が結婚相手に選ぼうとしている女性を母は決して認めようとはせず、家の中は険悪なムードが漂っていた。兄は冷静に母を説得しようとしていたのだが、母の方がひどく感情的になっていて、絶対に反対の意思をあらためようとはしなかった。
私が帰省してくると、母の怒りの矛先は私の方にも向けられた。前期試験がとっくに終わっているはずなのになかなか帰省しなかったために、私が、つきあっている男性とずっと一緒にいて、何か悪いことでもしているのではないかと勘繰っていた。妊娠したりして帰ってきたら承知しないと、また畳みかけるように言われた。
まあ、桂木とずっと一緒にいたのは確かだったし、母が想像する「悪いこと」もちょっとはしていたから、私は何も弁解できずしょんぼりとするしかなかった。
桂木が撮ってくれた写真の中から、あたりさわりのない風景写真や、私が一人で写っているような写真を選んで、東京の生活をそれなりに楽しんでいることを母に伝えようとしたのだが、母は妙な勘を働かせて、これは誰に撮ってもらったのだ、と詰問してきた。友だちの坂口さんと一緒に行ったんだよ、と思わず嘘をついたが、母には全部お見通しのようだった。女友だちとこんなにいくつもの公園になど行くはずもないと。母の不機嫌は直らなかった。
もし不測の妊娠をして実家に助けを求めたとしても、母は助けてくれないばかりか、もう娘とも認めないと言っている。世間体を気にする母のことだ。本当にそんなことがあったらひどく狂乱するだろう。心のままに行動した結果のどこかに意図しない妊娠があったとして、それは私と桂木の人生を狂わすことにもなる。
しかし私と桂木の心の情熱はもうそんなことはとっくに超えてしまっていた。愛と思慮は相容れない。桂木が私をどうしたいか。私が桂木をどう受け入れるか。もうそれはその場にならないと分からないものとなっていた。私は桂木を信じ、すべて任せる決意でいた。
桂木はそんな私の思いを知ったうえで、私がやはりどうしようもなく心の奥で縛られている古めかしい道徳や倫理観を最大限尊重し、苦しみながらも愛の線引きを厳しく守ってくれていた。
私は母の乱暴な言い方に内心ひどく傷ついていたが、今はただ母が落ち着くのを待つことしかできなかった。なるべく家にいないようにして、自転車で市内の方に出かけ、デパートをまわったり図書館に行ったりして夕方まで時間をつぶした。あと三、四日もしたら、朝から夕方までのアルバイトが始まる。それまでの辛抱だ。
兄の方がもっとつらかったろう。結婚へと心を決めようとしていたのに、母の強い反対に会ってスムーズに前に進めなくなった。母の反対する理由は理由になっていないように思われた。容姿や学歴、親族のこと、視力のいい悪い。そんなことは兄がいいと言ったなら、周りがどう思おうと兄の気持ちを尊重すべきなのだ。それにちゃんとした小学校の先生だという。反対する理由がちっとも分からなかった。
私はその女性を知っているわけではなかったが、兄が、気持ちのきれいな人だと言うのを聞いて、もうその人を義姉として喜んで受け入れる気持ちになっていた。
母はたぶん、はじめて子どもが自分の手をはっきり離れる時が近づいたのを感じて、気持ちの整理がつけられなかったのだろう。子どもが自分のお眼鏡にかなう人を選んでくれず、自分が望む方向に進んでくれないことに苛立っていた。そこには「世間体」という下世話な感情も見え隠れしていた。
兄と私は今まで母に多くの自慢の種を提供してきた。兄は上智大から国際基督教大学の大学院に進み、高校教師をやっている。私も一応早稲田大学に通っている。私は母が喜んでくれるならと中学、高校時代、勉強を人一倍頑張ってきたし、作文や詩のコンクールで、何回も表彰されたりもした。母は近所の人に我が子の自慢をしてはいつも鼻を高くしていた。
ここにきて母は、子どもが自分の思い通りにならないことに、やっと気づいたのだ。
夕方、恐る恐る家に帰ると、母は、
「子どもばっかり好き勝手なことをして。私には何の楽しみもない」
と言って、涙を浮かべた。
更年期のつらさもあったのかもしれない。それよりも生きがいを見失っていることが、母を理不尽に荒れさせる大きな原因となっていたように思う。
実家に帰っても母の顔色やご機嫌をうかがう日々。何も楽しくはなかったが、それでも東京でひとりぼっちでいるよりはましだった。
兄はこの夏休みの間、日曜日などに時々私を映画に誘ってくれた。「未知との遭遇」とか「スターウォーズ エピソード4」など、映画館ならではの迫力だ。兄は大学で映画鑑賞のサークルに入っていたそうで結構な映画通だ。
ある日私に、
「『ナタリーの朝』を見るといいよ。一人の女の子が恋をして大人の女性に成長していく話なんだ。とてもいい青春映画だった」
と言った。
私が大人になろうともがいている雰囲気を感じていたのかもしれない。自分自身をつかもうとして無我夢中で生きる。ラストシーンでかっこよくバイクに乗ってブルックリン橋を渡って行くナタリーの姿。私も吹っ切るように清々しく橋を渡っていけたらいいのだが。
父の知り合いの人が紹介してくれたアルバイトは郷土資料館での土器洗いと注記の仕事だった。自転車で三十分ぐらいの所にあったその郷土資料館には、栃木県内で発掘された土器や、石器、その他に古い農機具や祭具など、考古学的なものや民俗資料的なものが展示されていた。
作業場は展示室の隣にあった。部屋には木製の大きなテーブルが四つほどあって、あちこちに発掘されたばかりの泥だらけの土器の欠片がはいったケースが置かれていた。誰かの手によって組み立て途中の土器もいくつか並べてあった。
晴れていれば午前中は土器洗い、それを日向で干して、午後はもう乾いている土器に分類記号を施す。それがアルバイトの基本的な仕事内容だった。
扱う土器はほとんどが縄文土器で、ブラシでこすって水洗いすると見事な縄文が現れてくる。考古学に興味のある人なら垂涎のアルバイトだったろう。しかし、実際にやってみると思いの他重労働で、しかも単調な作業のためすぐに背中に重苦しい疲労を覚えた。
それに、数字やアルファベットの入り混じった記号、だいたい六文字ほどを、分類の為に土器の欠片一つ一つに書く作業のことを注記というのだが、細筆の先につけた白い絵の具で凸凹した土器の隅っこに、できるだけ小さく文字を書き込むのも、なかなか神経が疲れる作業だった。
こんな作業を朝から夕方まで七時間ほど。ほとんど毎日疲れ果てて、一日の仕事の終了の五時が待ち遠しかった。
このアルバイト作業にあたっていたのは、学生が延べ九名、主婦が五名だった。学生アルバイトは、共立女子大学の大野陽子と私が三年で、あとは日大一年、東洋大一年、筑波大二年、都立大二年の男子、日本女子大一年、神田外語学院一年、専門学校一年の女子といった顔ぶれで、皆年下だった。大野陽子と私は、他の学生たちと一つか二つしか年が違わないのに、年下の子たちの無意味なはしゃぎぶりに顔をしかめて、
「やっぱり若い子にはついていけませんよ」
などとおばさんくさく顔をしかめて溜め息をついたりしていた。
大野陽子はショートカットで眼鏡をかけ、少年のようにやせていた。栃木弁を平気で使うし、素朴で飾り気のない性格で、女子高だったら王子様扱いされるタイプだ。
若い子たちは決して主婦たちのグループに近づいたりはしなかったが、私と大野陽子はどちらかというと主婦のグループに混じって、作業をしながらおしゃべりの相槌を打っていることが多かった。
主婦たちの話題は、たいがい自分の子どもたちのことや夫のこと、どこのデパートで何を買ったとか、近所の誰がどうした、芸能人が結婚した、離婚したなどといった他愛の無い世間話に集約されていた。
主婦たちは表面上は仲の良い素振りをしていたが、それぞれに相手の生活を値踏みし、密かな競争意識も働いているようで、能天気に子どもや夫の自慢話をしようものなら、たちまち格好のいじめのターゲットになって、しばらく誰にも口をきいてもらえないという事態に陥ってしまう。
私や大野陽子は、アルバイトを始めてすぐに、そんな主婦たちの小さな確執を目の当たりにしていたので、不用意に話題を掻き乱したりはせず、ほとんど聞き役にまわっていた。
「主婦を敵に回すと怖いからねえ」
「ほんとだよね。一致団結していじめてくるからね」
そんなことを二人でひそひそ言い合いながら、主婦たちの前では、従順な顔をして、聞かれれば馬鹿げた学生生活の失敗談などを道化さながらに披露し、ちょっとは恋人の存在もちらつかせて彼女らの好奇心を満たしてやり、毒にも薬にもならない世間知らずの女子大生を演じていた。
主婦たちは神妙な顔をして、私たちに生活上のアドバイスをすることを怠らなかった。まだ結婚もしておらず、子どもも生んでいない私たちは、主婦たちにとって、人生の修羅場を踏んでいないただの小娘であって、ささやかな優越感を感じられる存在だったのだと思う。
一つ隣のテーブルで作業をしている若い子たちの専らの話題は、現在進行中の恋愛のことや、就職のこと、旅行や趣味のことなどらしかった。そんなおしゃべりも誰かが持ち込んだカセットテープレコーダーから流れるはやりの歌でしばしば打ち消されてしまう。
皆、注記された土器の欠片の高さを互いに目で計りながら、その日のノルマをできるだけ果たそうと懸命だった。学生たちは主婦たちよりは真面目に仕事に取り組んでいたということかもしれない。
東洋大一年の本橋直紀はちょっと曲者だった。不良だとか粗暴だとかという意味ではなく、どことなく嫌味でペダンティックな雰囲気をにじませていたからだ。たぶんいいところのお坊ちゃんなのだろう。確かに私から見ても言動に気取った鼻持ちならないところがあった。
本橋直紀は日本女子大一年のおとなしい女子に交際をしつこく申し込んだようで、その女の子が女子の仲間に、「声を聞くのもおぞましい」と訴えてくるという一件があった。女子たちでその女の子を守る防衛線を張ったこともあり、本橋は子どもっぽく拗ねて、「何で僕を仲間外れにするんですか」とふくれていた。
他の仲間全員が、「あの人、なんだか扱いにくい」という印象を持ちはじめ、本橋は次第に孤立していった。
ある時、本橋直紀が作業中に大真面目にこんなことを言い出した。
「男はある年齢内に結婚しないと体に欠陥があると思われるから、僕は三十歳前に結婚したいと思う。世間の目がうるさいから。皆さんもそうした方がいいですよ。女の人なんかはやっぱり二十代半ばまでには結婚しなくちゃね」
周りで聞いていた仲間たち皆が、ええっ?という顔になり、大野陽子などは完全に怒ってしまった。
「あなたはあなたで早く結婚したらいいわよ! 私は適齢期なんて気にしない。結婚したくなったらするわよ。人それぞれ違うんだから、あなたの意見を押し付けないでよ!」
本橋直紀は思いがけない反撃にちょっとびっくりしつつも、
「そうですか。大野さんはキャリアウーマンになって、一生独身で暮らすんですか」
と言い返す。
「何も一生独身なんて言ってないよ!」
大野陽子の大声の一括が静かな作業場に響く。主婦たちも「えっ?何?」という顔で一斉に本橋直紀のいるテーブルを振り向き、本橋直紀は憮然とした顔で黙り込んでしまった。
私はそばではらはらしながら聞いていたが、今時の男子がなんだってそんな旧弊な大正時代みたいな結婚観を持ち出してきたのか、そういう考えの男子がいること自体かなり面白い、と少し笑ってしまった。そんなこと平気で言ってるから皆に嫌われるんだ、とも思った。
それに本橋直紀は「僕は詩を書いている」と普段からよく自慢気に言っていた。「いつか詩集を出版したい」とも。一体どんな詩を書いているのだろう。ある日私は好奇心から本橋直紀に「よかったら詩を読ませて」と頼んだ。
彼は嬉々として翌日早速一冊の大学ノートを持ってきた。
彼の詩はしかし、誰かの詩の模倣、言い足りない感傷、甘く飾られた浅い恋愛感情、彼の日頃の言動そのままに隙だらけだった。片山孝二、佐伯伸也ら『Pan』の同人たちの高潔な、厳しく彫琢された詩に遠く及びもつかない。少女雑誌の巻末の投稿詩かな? といった具合。私に脅威を与える表現は何ら見いだせなかった。
それでも私は礼儀上心にもないお世辞を言った。
「生き生きとした感情が素直に書けていると思います。青春の瑞々しさが感じられる素敵な詩ですね。読ませてくれてありがとう。これからもずっと書き続けていってくださいね」
本橋直紀は本当にこの先も書き続けていくだろうか。私は想像する。恐らく青春時代を過ぎたら、彼は書かなくなる。私があたりさわりのない儀礼的な賛辞を放ったその心の奥で、「まだまだお子様の域」と評価したことを何も気づけなかった彼のことだから。
都立大二年の理系男子の渡辺知宏は、みんなのまとめ役だった。無精ひげをはやし、薄い色のサングラスをかけていて、仲間からは「熊さん」だの「腹が出ている」だの言われていたが、どんなことを言われても笑って受け流す度量があった。仲間たちは皆、彼のことを一番信頼し、兄貴のように慕っていた。
彼は宇都宮高校のオーケストラ部に所属していたこともあり、クラシックをよく聞くのだと言っていた。応用物理学の専門書を休憩時間によく読んでいた。理数系に強い人を私は心の中で尊敬していた。私がついぞ制覇できなかった分野だから。
彼は真面目ではあったが決して堅物ではなく、皆をリードしていく力があり、コンパや企画の幹事も進んで引き受け、人の和を計ることが巧みだった。今度、都立大で新しいサークルを作るから入りませんかと、私も誘われた。Tシャツから伸びた腕は毛深く、髭も濃い方だった。
彼は私のことを「先輩」と呼んでいた。運動部に入ったことがなかった私は「先輩」と呼ばれることに慣れておらず、彼に「先輩」と呼ばれるたびにくすぐったい思いがした。
何気ない話の端々から、彼と私とは誕生日が同じ日にちであることを知った。知った時はお互いに「うわあ」と声を上げ、「奇遇だ」と言い合った。
「俺って、年よりふけて見られることが多いから、十九歳って言っても誰も信じてくれないんですよ」
渡辺知宏は髭だらけの頬に小さなえくぼを作って笑った。
彼は十九歳、私は二十一歳。年齢を確認して年の差を改めて感じた。それまではただの「先輩」「後輩」であったが、同じ誕生日を共有する二人だと知ってからは、急に親近感を抱きあうようになった。
渡辺知宏が密かに思いを寄せている人を私は知っていた。少し後から合流してきた専門学校生の原田綾子だ。彼女は華奢で目が大きく、典型的な美少女だった。誰もが目を奪われる。資料館に出入りしている調査員たちも、彼女をマスコット扱いして、
「顔が可愛いと声まで可愛いね」
よくそう噂していた。
彼女も自分が可愛いということをよく知っていて、派手な装飾品をきらめかせて華やかな雰囲気を撒き散らしていた。
しかし、このバイトに華やかさは必要ない。汚れた土器を扱うのにまるで結婚式の披露宴にでも出席するかのようなコバルトブルーのドレスを着てきて、ばっちりと決めてきた化粧をたびたびコンパクトを覗いて直し、仕事もせずに椅子に座ったまま爪を磨いているような子だった。大野陽子も、「何?あの子」、という目で批判的に彼女を見ていた。
渡辺知宏の視線が吸い寄せられるように原田綾子を追っているのを傍らで見るにつけ、「彼女は君にふさわしくない」と忠告を与えたくなった。姉のように。
資料館には常時五、六人の調査員が出入りしていた。二十代後半から三十代前半くらいの若い人たちが主たるメンバーだ。彼らは発掘の現場指揮にあたり、専門的な考証をし、水洗いを済ませて天日干しされた土器の欠片を壺の形に組み立てたり、報告文書を書いたりしていた。
作業場の中はいつも土の匂いがしていた。古代の匂いと言ってもいいかもしれない。その匂いは不思議に懐かしく、素朴で、柔らかな手触りをしていた。古代の人が形作った土器。こんな風にして時代を超えて、現代にまで生き延びるであろうことなど考えもしなかったに違いない。これほど確かで半永久的な創造物はどこにも無いように思われる。
私は未来に何を残せるのだろう。私が書いてきた詩など、私が死んだらすぐに葬り去られてしまうに違いない。そう考えるとすべて虚しい。土器の欠片を眺めながら、長尺たる歴史を超え耐え抜いた姿に、畏敬の念が湧きあがるのを禁じえなかった。
調査員の中に矢口玲子という名前の若い女性がいた。彼女はいつも明るく溌剌としていて、しばしば冗談を言い、小さないたずらをしては皆を笑わせていた。少し茶色がかった豊かな髪、簡素だが彼女によく似合った白いシャツとスラックス。南国の太陽のような人だった。主婦たちの情報では二十五歳だということだ。
私はある日、矢口玲子女史に、どうして考古学の研究をしようと思ったのか尋ねたことがあった。
「そうねえ。果てしない時を経て、地中に生き残ってきた土器や石器を見つけるのは奇跡に近いことなんだと思う。この場所に確かに生きていた人たちがいて、そういう人たちがどんな生活をしていたのか、想像をめぐらすのってすごいロマンじゃない? 私は土器そのものじゃなくて、その土器を作った人のことをいつも考えているの。知識も技術も物もなくて不便だったろうし、何も無かった中でいろいろ工夫して、それでもちゃんと生きて生活してたんだなあって。自分がその時代の人間だったなら、果たして生き延びていけたんだろうか、とか。ちゃんとした医療も無くて早死にしちゃう人も多かったでしょう。それでもちゃんと子孫を産んで、道具なんかも工夫して精一杯生きるための生活していたんだと思うと、本当に人間って尊い。私って、考古学が好きなんじゃなくて、人間が好きなのかもね」
仕事場と併設の資料館には、私たちが注記し調査員が組み立てた縄文土器や弥生土器がいくつも並んでいた。ここで土器を扱っているうちに、土師器、須恵器の区別もいつのまにかつくようになった。
「私は人間が好きだから‥‥」そう素直に言える人は羨ましい。人間を真に好きになるということから、生きる事の本当の意味が分かってくるのかもしれない。
土器に刻まれた縄文の意匠に、自分の掌をそっと添えてみる。そこには確かに過去生きていたある人が、縄を転がし模様をつけた時の息遣いが感じられるのだ。
桂木との約束通りすぐに手紙を書こうとしたのだが、母と兄の揉め事、そしてアルバイトのきつさで、満足に机に向かうこともままならず、手紙を出したのは、帰省してから一週間もたった頃だった。
「どんな手紙を書いていいのか分からず、何枚も便箋を無駄にしてしまいました。元気でやっていますか?
あの日は、隆司と朝別れてからお昼近くまで下宿で眠り込んで、そのあと午後に帰省しました。重い本ばかり抱えて炎天を歩いたので、家に着くころにはふらふらになってしまいました。本なんて持って帰ってもちっとも読まないのにね。
アルバイトは、出土した土器の欠片を洗ったり、記号を書き込んだりといった仕事です。これが案外きつい。背中がじんわり痛くなってきます。地味で根気のいる仕事です。
去年の今頃は病院通いをして、ほとんど家でじっと寝ていました。それを思えば、アルバイトなどできる今の状況は随分幸せです。
旅行のことは、前向きに考えています。だけど、ちゃんとした返事はもう少し待って。家に帰って考える時間が多くなると、だめですね。あれこれ考え過ぎて。
母に、東京で好き勝手やって遊んでる、と怒られました。私たちの場合、好き勝手やって遊んでるっていうのとは違うよね。なにかもっと切実な、真剣なお付き合いだよね。(結構、遊んでるけどさ)
また追って書きます。」
「二十八日に手紙着いた。先週からずっと一人で過ごしているので、よき理解者たるおまえに向かって語りたくてしょうがない。二十日、上野まで見送ってやらなかったのは、恵子が行ってしまった後の寂寥感に耐えられそうになかったから。寂しさに打ちひしがれ家までどうやって帰ったらいいか分からなくなるのではないかと思ったからだ。重い荷物、一人で持たせてすまない。
さて俺の方は、月曜以来、卒論のテーマの手掛かりでも探そうと大学の図書館に通っている。法隆寺に限らず上代寺院関係の資料を集めているが、その数も三百枚を超えた。図書館は今週の金曜日までだからそれまでコピーだけとっておいて後から読むつもり。九時から三時まで貸出とコピーに終始し、生協でメシを食い、古本屋などを見て帰る毎日。
金曜はまた悪夢の神田へ行ってしまい、どうでもよい本を購入してしまった。(冬の闇―ラ・トゥールとの対話、二十歳の原点ノート、奢りの春、民宿オールガイド、法隆寺図説、法隆寺秘話、法隆寺献納宝物図録、ルネサンスの女たち‥‥など) どうもあそこに行くと浪費してしまうのが常になっている。おまえが喜ばざるような本も買ったぜ、つい。今度見せます。楽しみにしていてください。
第一閲覧室の気温は三十二度、参考室は快適冷房。天国と地獄。
土日はバイト。残業ありで一万七千円也。現場周辺はまだ未開であり道端に大輪の山百合などが咲いている。農家の庭先には芙蓉の大樹が白花を無数につけ、ノウゼンカズラのあでやかな花は、鉱物的な花弁をふるわせている。
俺は自分の執着というものが恵子を必ずしも幸福に導くものではないのではと危惧している。彼女の声や素振り、性格、肉体を愛し、その執着を超えた時、俺は彼女にとってどんな存在になりうるか。
「奢りの春」‥‥私たちが何度となくくりかえしてきたあの行為、いつも始める時だけ新鮮な血の騒ぎを伴うあの行為を避けることはできないのだ。私は彼女の熱く柔軟な中枢に入り込み、自分を溶け込ませ、小さな叫びや身もだえをひきおこす深奥の肉のベルを鳴らす。これが私たちの一つの解決法なのだ。彼女の体の内部に、私たちの感覚の頂点のめまいの中に、これまでのお互いの感情のこじれや違和を埋め込んでしまう。
恵子は以前に比して強くなった。俺は密かに恵子がそうやって強くなり、俺を全く必要としなくなる日が来るのではないかと恐れている。なんて嫌な自分だろう! それが恵子にとって最良の状態であるのに。
休みになって特に誰とも会っていない。会いたいようで面倒でならないのだ。話らしい話もしていない。心の通いあった友だち‥‥恵子が側にいてくれたらどんなにいいだろうかと毎日思っている。一日のうちで非常に恵子の事を恋しく思う時がある。そういう時、いっそう彼女は俺にとって必要な存在だと感じる。
ここ数日、俺は落ち着きを欠き、苛立ち、焦燥を呈し、一人の女の幻影にとりつかれ街を徘徊している。
帰省する前の一週間、本当に楽しかったぜ。毎日よく出かけたな。暑くて少々体の調子も悪かったが、俺は充実して過ごせたよ。おまえがいなくなって一人で思い返してみると、いろんなことが分かってくる。一日一日がどんなに素晴らしく、その相手がどんなに自分にとって必要であり、また、大事にしなければならない人間であるかという事が。もうおまえのような人間には巡り合えそうもない。ただ一緒に歩き、上っ面楽しい相手ならみつかるだろうが‥‥今ほど自分を傾けることの出来る人間がこれからみつかるとは思えない。俺が初めて自分の気持ちの全てを見せることの出来る女(人間と言ってもいい)、それはおまえ一人であるのだ。
離れていると自分の欠点がよく分かる。もっと優しくあるべきだ、とか、こうしてやればよかった、とか、大いに反省している。いなくなって気付くその存在感、必要度、やはり恵子は人間的に見ても魅力のある女だ。
十九日、二十日は、一晩ずっと付き合ってくれてありがとう。本当に感謝している。もしかしたら俺の行為がお前に不安を感じさせてしまったかもしれないと心配していたが、おまえがあの後も笑顔でいてくれてほっとした。
あれから俺は孤独を恐れ町へ出ている。馬場通りの町はゴミの山から漂う悪臭に満ち、町そのものが夏の陽射しによって赤く焼けただれて腐臭を放っているようだ。図書館は午前中は存外ガランとしている。窓際に座り、さして面白くもない論文に目を通す毎日。それでもとにかく、自分を忙しさの中に置いておかないと怖いのだ。分かるだろう? おまえには。
伊豆への旅行のこと真剣に考えてくれ。ゆっくりでいい。返事を待つ。」
「思いのこもった手紙に圧倒され、何を書いていいかわかりません。アルバイトで毎日忙しくて、疲れ果ててすぐに寝てしまう毎日ですが。隆司のこと、忘れたことはありません。
卒論準備が進んでいるようで羨ましいです。私はとりあえず、ウィリアム・ブレイクかイェイツの詩論を候補にと考えて、下宿から分厚い専門書を持ってきたのだけれど、なかなか難しくて読みこなすのが大変。こんな調子で原稿用紙百枚以上の論文なんて書けるのでしょうか。毎日一枚ずつ書いていけば、百日で書き終わるんだけどね、などと思いますが。大半を引用でごまかしそう。
帰省前、体調がちょっと悪かった日が続いていたので、八月の終わりごろにレントゲン検査をします。その検査の結果で、旅行のお返事します。
悩む気持ちはまだあるのです。長年擦り込まれてきた悪しき道徳観念が、まだ心のどこかに居座っているから。
でも帰省前、一緒に夜を過ごした(?)ことで、もうそんなのどうでもいいや、みたいに思い始めています。
それは決して投げやりな気持ちでは無いのです。考えに考え抜いたうえで、もう後戻りしたり、逃げたりはしたくはないなと、前に進みたいなと、思ったわけで。
次回ちゃんとした返事を書きます。隆司も体に気を付けて。ではまた」
「帰省前、体調が悪かったのか。気付かなくてすまなかった。旅行のことは、もちろんおまえの体調優先だ。検査の結果が良いことを祈る。
旅行のこと、前向きに考えてくれているようで、うれしい。行けなくなったとしても、おまえのその気持ちを大切に受け取るつもりだ。
早稲田の図書館で片山と会った。向ヶ丘遊園から通っているそうな。「恵子の詩はどうでした?」と聞こうとしたが言えず、世間話で終わる。
ルイ・アラゴンの言葉
『学ぶという事は誠実を胸に刻み込むこと
研究するということは真実に従って自己を変革すること』
七号館(語研)で税理士試験をやっていた。窓から見ると頭のはげたおじいさんや、いい歳のオヤジ、女性もいた。その光景を見て、俺は何か行く末を考えさせられ、なんとなく落ち込んでその場を足早に立ち去らずにはいられなかった。未定の将来はやはり俺にとってもつらいものだった。
八月だというのに雨ばかりで涼しい毎日。バイトは適当にさぼらないと体がもちませんぞ。それが処世術というもの。
これから八月の出来事を書こうと思ったが、次回に回すことにする」
「毎日相変わらず単調な土器洗いと注記。それでも気を使わずに済むことが唯一の救いです。
仕事場では誰かが持ち込んだカセットテープレコーダーからいつも音楽が流れているのですが、恋の歌がかかると何故か涙が出て来てしまって困っています。幸せな恋の歌、悲しい恋の歌、どちらにも反応してしまいます。一体どういうわけなんだろうと思いながら、たぶん感動の涙があふれてくるのです。
隆司とのことは、一生に一度の本気の恋、最初で最後の恋だと思っています。この涙はそのせいなのでしょうか。
私はちっとも強くなってなどいない。ただ自分自身からの逃げ方がうまくなっただけです。いつか隆司が夢から覚めた時のように私を見る時、どんな風に見えるのかと思うと怖くて‥‥。
旅行の話が出た時も、弱い私が心の中で大きく反対していました。けれどいつまでも逃げていては私は強くなれない。どうか不安定に揺れている私をしっかりと抱き留めていてください。
この前、病院で検査をしました。「だいぶよくなってますよ」というお医者さんの言い方に、「完全によくなっている」とは言ってもらえないのかな‥? と思いつつ、別に通院の指示や薬の処方もなかったので、「大丈夫だ」と私は判断しました。
八月末にはアルバイトが終わります。遅くとも九月の始めには下宿に戻っていると思います。そのあたりで旅行を計画しておいてください。楽しみにしています」
「おまえの手紙を読んで、俺はすっかり心を打たれた。今まで俺たちが交わして来た言葉、行為のすべてが少しも無駄ではなかったのだと今感じている。俺はこれからずっとおまえに対して優しくありたい。俺が考えている恵子は決して夢の中の存在ではなく、現実のおまえに一致している。俺は今のままのおまえで十分満足だし、自分一人で勝手に思いめぐらしているというような時期はとうに過ぎた。だから、夢から覚めた時、云々なんてのはナンセンスだ。
それから俺を喜ばせたことは、おまえがやっと旅行に行こうと言ってくれたことだ。そこいらの軽薄な女の言葉ではなく、おまえのような慎重極まりない、思慮熟考型の人間の言葉だから尊いのだ。おまえが「行きたい」から「行こう」に変わったことは大きな進歩だ。俺は決しておまえを裏切るようなことはしない。
一週間手紙が来なかったので、俺は正直言って心配だった。ペシミスト的性格が様々な不安や疑念を俺の中に生じさせ、例えば旅行の件について返答に困っているのか、家族との間に俺のことで何かあったとか、病気か、それとも心変わり? なんてことを真剣に考えていた。彼女からの手紙に「旅行には行きたいがやはり無理」などとあったとしても仕方が無いと思っていた。たとえそうでも俺の彼女に対する気持ちは変わることはないだろう。彼女に何かを期待してはいけないのであり、自分自身が彼女をどう思うかが重要だという事も分かりかけてきたような気がする。
夏の休暇が始まって既に三週間が過ぎた。先週の木曜以来ほとんどどこにも出ていない。七百枚にのぼる資料に目を通し、研究発表のための読書と、古本屋で買いあさった本を読むことで毎日を過ごしている。
八月六日は多摩川の花火だった。一人で途中の土手まで見に行った。河原は既に人で埋め尽くされていた。花火が打ち上げられると水面が美しくまたたき、男女の群れが青い閃光に浮かび上がる。花火ごとに人々は大きな歓声をあげるのだった。
俺はというと、闇に炸裂する爆発音も妙に味気ない乾いた感じに聞こえた。俺はそこに長くはいず、自転車を押して人の渦から逃れ帰途についた‥‥。理由は一つだ。おまえがそばにいないと何を見てもつまらない。
ではまた。元気で。九月に元気なおまえに会うのを楽しみにしている」
寒い夏だった。雨の日が連日のように続き、まともに夏らしく照りつける日が本当に少なかった。一日中、土器に注記する日々。カセットテープから、オフコースの「さよなら」の歌が流れてくると、一人の女子が無言でガチャっとテープのスイッチを切ってしまった。皆、顔を見合わせて何かを察し、そのままテープをつけず、音楽のないまま作業を続けた。
アルバイト仲間の会話もいつしか途切れていった。土器を積み上げる音と雨の音しかしない作業室で、私は桂木との旅行に思いをとどまらせていた。手紙にはYESと答えたが、迷う気持ちはまだ心の奥に残っていた。いいのだろうか、気持ちのままに任せて。
つい守りたくなり、または守らないといけないと思わされている処女性って一体何なのだろう。
桂木には全幅の信頼を置いてはいたが、その気持ちは決して未来永劫私を守るわけではない。卒業の後、それぞれがどのような生き方を選んでいくのか分からずにいることが、何をするにも私を宙に浮いた気分にさせていた。
つい先ごろ山口百恵が三浦友和と交際宣言をして、婚約の後の引退も発表をした。彼女は私と同い年の二十一歳だ。歌手として俳優として誰にも成し遂げられないような業績を上げ、美しく華々しく芸能人生を駆け抜け、もう既に結婚に落ち着こうとしている。
彼女の「蒼い時」という彼女自身が書いた自叙伝も読んだ。複雑な生い立ちで、大人の思惑や駆け引きの世界で苦しみながら生きてきたということを知った。なんという濃密な人生だろう。いつまでも子どものままではいられなかったというのもうなづける。
それに比べて私はひどく幼稚で子どもっぽい。家を捨てて、自分一人でもしっかりと生きる、または愛する人と歩み始めるという感覚がまだつかめていない。観念上ではその覚悟はできていると思ってはいたが、現実問題とするにはあまりに曖昧だった。
長期の休みには坂口美子と、それぞれの実家から手紙のやりとりをするのが大学に入ってからの習慣だった。この夏休みもそのつもりで坂口美子の実家のある鳥取に二度ほど手紙を出したのだが返事が全く返ってこない。もしかしてまだ東京に残っているのかもしれないと思い、八月の半ば頃、目白にある彼女の寮に電話をしてみた。
電話にはしわがれた声の男性の寮長が出た。
「坂口さん、いらっしゃいましたらお願いいたします」
「坂口さん? ああ‥‥」
寮長の声は急にトーンを落とした。
「坂口さんでしたら、ずっと前から東京に戻ってきているという噂は聞いたことがありますが、一度も顔を見たことはありません。ここに掛っている札もですね‥‥外泊のままですし‥‥寮には帰ってませんね。連絡もつきかねます」
その突き放すような口調で、寮での彼女の立場を感じた。
彼氏のアパートにずっといるのだろうか。
ほんの数ヶ月前までは、どこにでもいる純情で、うぶで、保守的な考えを持っている平凡な女子大生だったのに、いつからそれほど強い情熱で生きるようになったのだろうか。
夏休みの前に会った時、家族が東京に出て来て話し合うと言っていた。お堅い職業の父親がそうやすやすと彼女の同棲を許すはずもない。きっとひと悶着あっただろう。
しかし強い彼女のことだ。孤立無援であっても、彼女は彼氏との二人きりの生活をきっと守り抜こうと頑張っているに違いない。何も連絡が無いという事は彼氏とうまくいっているということだろう。そう思うことにした。
桂木との旅行について相談したかったのだが、彼女はきっと大笑いしてこう言うのかもしれない。
「桂木くんのこと信頼してるんでしょ? それなら一緒にどこにだって行けるはずよ」
八月も終わりごろには、郷土資料館でのアルバイトの採用期限も尽きる。仲間同士いろいろと揉め事もあったが、渡辺知宏の企画力のおかげでコンパも何回かやったし、最終の日曜日には渡辺の運転するレンタカーで那須ハイランドパークにまで行った。
あいにくの雨の中、遊園地の乗り物に乗り、お化け屋敷に入り、牧場でアイスクリームを食べた。マス釣りもした。
お土産品売り場で、桂木隆司にあげるお土産を探してしばらく迷っていた。甘いお菓子や、饅頭、女の子向きのキーホルダーばかりで、男性にあげられそうなものがみつからない。
近くに牧場があるということで、いくつかのカウベルが目についた。手に取って振ってみるとカランカランとやけに大仰に響く音がする。ハイキングや山登りに興味を持っている桂木に、クマよけのベルということでプレゼントしようか。ベルをいくつか吟味していると、渡辺知宏が側に来て、私の持っている三連の小さなカウベルを覗き込んだ。
「先輩、誰にお土産ですか? 彼氏?」
髭面の渡辺知宏が真面目な顔で聞いてくる。
「そう」
「やあー! はっきり言うなあー! 彼氏にかあー。いると思ってましたよ。やっぱりなあ」
渡辺はわざと悔しそうな顔をした。
「ふふっ。渡辺くんも原田さんに何か買ってあげれば?」
「原田さんに? なんで俺が?」
渡辺は虚を衝かれたように気色ばんだ。私は何でもお見通しといった目つきで、いたずらっぽく彼を見返した。
「見てればわかるよ」
「ええっ? そう? 俺、別に彼女のことなんかなんとも思ってないっすよ?」
「隠さなくてもいいって」
「隠すも何も、俺、原田さんとはなんでもないって」
渡辺は近くに他の仲間がいないかきょろきょろした。
「もうー、先輩はいきなりー。冗談きついっすよ」
「あれれ? 違うの? 結構図星だと思ったのに」
「違うって。彼女確かに可愛いけど、本気で付き合う相手としては全然違うっす。それはそうと先輩、あと三日でアルバイト終わりでしたよね。いつ東京に戻るんですか?」
「たぶん九月の初め頃。大学は十七日からだけどね」
「俺は、アルバイト終わったらちょっと北海道に旅行に行って、それから上京する予定です。東京で九月の終わりごろにでも会いませんか? 先輩とじっくり話す機会があんまり無かったから。新しく作るサークルのこともちゃんと説明したいし。先輩、東京で会いましょうよ。彼氏、そういうの許さない方?」
「あ、全然大丈夫。束縛されたことなんか一度も無いよ」
「わあ、のろけられちゃったあ」
「じゃあ、後で連絡してくれる? 詳しい日にちはその時に」
「あ、よかった。じゃ、旅行から帰ったら、先輩の下宿に電話します」
渡辺は顔中を笑いに崩した。
年下の男の友人に『先輩』と呼ばれるくすぐったさ。渡辺となら先輩と後輩のままいい友だちでいられると思った。お互いにそれぞれ好きな人のことや将来のことを語り合えたらいいな。そんな子どもっぽい考えを抱きつつ、渡辺とまた東京で会えるという約束をただ単純に喜んでいた。
那須高原はスコールのような雨に叩かれ、遊園地の歓声も雨の弱まりの合間を途切れ途切れに駆け抜けてゆく。
他の仲間たちはお土産売り場の裏手にあるマス釣り場辺りにかたまっているのだろう。寒い夏だ。釣り上げたマスをすぐに塩焼きにできるようにと、おこしてある焚き火の暖かさのそばが恋しくなるような。
八月の終わりごろに病院で検査して。無理しなければ大丈夫、という結果だったので、九月初めには東京に戻ることにした。
母は、まだ大学の授業も始まらないのに、どうしてそんなに早く上京しようというのか、その理由を聞きたがった。理由は‥‥桂木隆司との旅行。しかしあからさまにそんなことが言えるわけがない。ここにいてもやることが無いから東京で歯科医院のアルバイトをしたい、レポートもいくつか書かなくちゃならないし、そんな風にごまかして、私は上京のための荷造りを始めた。
母は私が嘘をついていることを察していただろうが、深追いしてはこなかった。こんな時、母親は無力だ。娘が恋に悩み傷つき苦しんだりしないように、祈るような思いで見守るしかない。
寒い夏のせいだったかもしれない。心も体も熱い血が巡ってこなかった。電車に乗ってしまうまで気持ちのもやもやが吹っ切れなかった。
兄の結婚問題も、夏中かかってもまだおさまっていなかった。兄は心に決めた女性との付き合いを続けてはいたが、母が仲人口から持ち込んでくる何件ものお見合い話にもしぶしぶながら応じていた。
お見合い相手の女性が乗り気になってしまい、その気が無い兄が困惑しながら断ると言う場面も何度か目にしてきた。母の思惑通りにはうまくまとまらない結婚話に、家族中が苛立ち、心をけば立たせていた。
兄もまた揺れていた。付き合っている女性とのささいな行き違いにも大きく悩み、やはりこの付き合いは間違っていたのかもしれないと家族に漏らすこともあった。母はその言葉でまた嬉々としてお見合いの写真を兄に差し出し、兄はうんざりしたように写真をながめる。そんなことがこの夏中繰り返された。
私にもいつかこんな結婚の問題が起こり、家族を悩ませるのだろうか。でも私には桂木がいる。結婚できるかどうかは分からないが、結婚するとしたら桂木以外考えられない。その気持ちは揺るぎなかった。
兄たちのごたごたは、私の迷いを消すのに十分だった。結婚したいほどの思いがあるなら、そこには何も迷うべきものはないではないか。
私は桂木だけを見つめていればいい。今、何の利害も障害となるものも無く、強く思い合っているのなら、その思いこそがすべてだ。経済力とか、まだ未熟な学生だということを考慮の外にして、ただ気持ちだけを問うというのなら、私と桂木は明日にでも一緒に暮らせるだけの思いがあった。
夜遅く鳴き出した飼い犬の背中を撫でながら、私は故郷に向かって告げる「さよなら」をろうそくの炎のように心の中で揺らしていた。
次の日、私は桂木へのお土産を大切に隠した重い鞄を肩から下げ、昼過ぎ始発の東京行きの電車に乗り込んだ。
雨雲が切れ、夏の太陽が強い光を雲の隙間から滲ませている。窓の外に続く田園風景。もうここからは男体山も見えない。ジョイントがキーキーと軋む電車に揺られながら、桂木と共に生きる未来について深く考えていた。故郷の諸々の美しさがどんどん遠ざかっていく。
あの巨大なビルが立ち並ぶコンクリートの都会。私はそこで新たな気持ちで闘いを挑まなくてはならない。それは決して負けてはならない闘いだ。負けて逃げ帰ったら、もうそこで桂木との未来は断ち切られてしまうのだ。
「おかえり」
一か月ぶりに聞く桂木の声。電話の向こうであの強いまなざしが優しく微笑んでいるのが感じられる。
「やっぱり帰ってきてくれたんだな。家の人はこんなに早く上京するの、すぐに許してくれたか?」
「うん。まあ、ね。アルバイトするって言ってきたから」
「そうか。おまえが嘘ついてまで上京してくれたこと、俺は真面目な気持ちで受け止めるよ。旅行、いいんだな?」
「うん。行くよ。どこだって行くよ。隆司が一緒なら」
「‥‥ありがとう。もうおまえを泣かせたりはしないから。何も心配しないでいろよ。‥‥体の具合の方は? 大丈夫なのか?」
「うん。無理しなきゃ大丈夫」
「そうか、よかった。おいしいもの食べられなかったら旅行行ってもつまんないからな。伊豆のガイドブックでいろいろ調べてるところなんだ。海はあんまり行ったことないんだろ?」
「そうだね‥‥子どもの頃家族で大洗海岸に行ったけど、人がごろごろ浜辺に寝そべってて、海より人を見てきたって感じだったかな。それ以来海は行ってないんだ」
「伊豆の海はきれいだぞ。いい所をたくさん見せてやるからな」
「うん。いろんなとこ連れてって」
「何も悩むなよ」
「さんざん悩んだもん、もう悩まないよ。それにさ、アルバイト代、結構もらったんだ。八万円近く。豪遊できるよ。お土産もいっぱい買っちゃうんだ」
「おう、いっぱい買えよ。宿代も割り勘な」
「ケチ!」
「ははは」
桂木の声はやさしかった。受話器を下ろしてから台所の窓から入って来るもやもやした夏の風を掌に受けた。やさしすぎて‥‥。心のつっかい棒が外れてしまいそうだ。
さすがに商学部の人も日本女子大の人もまだ上京してきてはいないらしく、両隣の部屋は鍵がかかったまま静まりかえっていた。廊下の片隅には商学部の人が毎週買っている少女漫画雑誌が天井に届かんばかりに積み重なっている。そのうちの数冊を抜き取って、私は部屋に戻った。
この部屋でまた始まる東京の暮らし。破壊と創造の狭間に無限に続く自由。征服の意思でも持っていないとすぐにでもつぶれてしまいそうだ。
たった一人でまた始まる。どんなにたくさん友だちがいたとしても、心通じ合う恋人がいたとしても、生きるという営みは、生まれてから死ぬまでの単独飛行、solo flightなのだ。
夕方、買い物に出た。あさっての深夜、桂木が下宿まで車で迎えに来てくれる予定だった。
西友ストアで買いたいのは、とりあえず今日と明日の食材、旅行のための飲み物とかおやつ、それに桂木が喜びそうな素敵な下着とか‥‥そんなことを考えてちょっとドキドキした。西友ストアの衣料品は、そんなおしゃれなものは売っていないから、普通のものを買うしかないのだけれど、せめて新しいものを身に着けて旅行に行きたかった。
決して平気な気持ちではなかった。気持ちの昂ぶりと、どこか悲しい気分とがいっしょくたになっていた。うつむいて、コンクリートのどぶ板をカタポコと鳴らしながら駅に向かって歩いていく。誰かに、「そう、それは良かったね。楽しんでおいでよ」と声をかけてもらいたかった。背中に暑い夕日がはりついている。寒い夏は終わり、これから急ぎ足の晩夏が始まるのだろう。
小さな書店のある曲がり角を曲がろうとした時、後ろから走って来る足音が聞こえてきた。何気なく振り向くと、黒いTシャツにジーンズ姿の青年が、私に追い付いてこようとして走りながら軽く手を上げていた。
「あっ、長池さん‥‥」
びっくりして立ち止まった私の前にやっとたどり着くと、長池は、息を切らして何回か大きな呼吸をした。
「窓から小島さんの姿が見えたもんだから、‥‥迷ったんだけど‥‥顔を見たくて‥‥いつ帰ってきたの?」
「今日‥‥二時間くらい前です」
「そう、ついさっきなんだ」
「長池さんは‥‥ずっと東京に?」
「ええ、試験に落ちておめおめと帰れませんよ。お盆の頃が一番いやだったな。町が閑散としちゃって。お店も休業の張り紙ばかりで」
「そうなんですか。ずっと東京で‥‥」
「小島さんこそ東京に戻ってくるの随分早いじゃないですか。まだ半月も夏休みが残ってるのに」
「‥ええ。友だちと旅行に行く約束があって‥‥」
「ああ、旅行に行かれるんですか」
あっさりとそう言ってのけられると、不思議に肩の力も抜けていく。桂木と、またもとの親友のように笑い合って、いろんなものを見て、楽しい思い出を作る。ただそれだけのことなのかもしれない。
「どこに行くんですか?」
「伊豆です」
「伊豆かあ。僕も一回行ったことあるけど、温泉もあっていいとこですよ。電車で行くの?」
そう聞かれて一瞬言葉に詰まった。
「いえ‥‥車で」
「ああ、お友だちの車でですか」
そう言って私の顔を覗き込んだ長池は、私が誰と旅行に行くのか、その瞬間すっかり悟ったようだった。
「その方がいいですよ。伊豆は電車とかバスじゃあ交通が不便だから」
長池は変わりなく笑顔でいながら、まぶしそうな目を少し真面目に光らせた。
「じゃあ、これから旅行の準備の買い物とか‥ですか?」
「はい」
「それなら、ついていっちゃ迷惑だね。そうか、旅行かあ。いいなあ。僕は今年は旅行はお預けだな。一緒に行ってくれる人もいませんしね。小島さんの顔を見れたことをエネルギーにして、もうひと頑張りっていうところですよ。来年こそは落とせませんからね」
「勉強、頑張ってください。応援してます」
「うん。ありがとう。旅行の話、あとでゆっくり聞かせてください。彼氏に、よろしく」
「あ‥‥はい‥」
とまどって目を見張った私に向かって、長池はにこっと笑うと、今度は走らずに少し肩を揺らしながら、西日の方に戻っていった。
出発する当日、眠れないまま深夜になった。天気予報では台風が近づいているらしいが、まだこのあたりは風すらも吹き始めてはいない。圧縮された生暖かいエネルギーが空気の中に澱み、いまにも爆発しそうな危ういバランスを微妙に保っている。
約束の時間の少し前に、遠慮がちにポンとタッチしただけのわずかなホーンの音が、かすかに下宿前の道から聞こえてきた。部屋の明かりもつけず、壁にもたれかかって待っていた私は、大きなバッグに詰め込んだ荷物を持って、音をたてないように階段を下り、下宿を出た。
桂木のグレーの車が下宿のすぐ隣にあるバイクの改造専門の作業場前にうずくまっている。街灯の光が刺さった部分だけが闇の中に金属的なノイズを散らしている。
「おすっ」
車から下りた桂木は私の荷物を受け取ると、後ろの座席に押し込んだ。
暗くて互いの顔も見えないまま、ドアの開け閉めの音にも気を使ってそっと車に乗り込む。
「少しは眠ったか?」
「あんまり眠れなかった」
「俺もだよ。ガキの頃の遠足みたいだ」
桂木は車のエンジンをかけながらそう言ってふっと笑った。
「道は分かるの?」
「大体な。分からなくなったら地図見てもらうかもしれないから、それまでは何もしなくていい。眠かったら寝てていいよ」
東伊豆から中伊豆に入り、それから西伊豆も回ろうという欲張った計画。宿の予約も無しに、その日たどり着いた町で、飛び込みで旅館か民宿を探すのだという。予約を入れていないから、いつでも帰りたくなったら帰ってもいい。その代わりもし旅を続けたいのなら何日でも続けられる。そんな気安さで無謀にも私たちはこの旅行へと漕ぎ出したのだった。
漠然とした不安を隠して、青梅街道の信号が色鮮やかに点滅するのをぼうっとした意識で目の端に流していた。こんな深夜、道路は荷物を運ぶ大きなトラックばかりが先を急いでいる。桂木の小さなシビックはエンジン音を上げられず、どこか苦しみながら車線の隅っこを走っていた。
「来てくれてありがとう。‥‥感謝してるよ」
「うん‥‥隆司と旅行に行くなんて、一年前は全然考えられなかったよ。なんだか自分じゃないみたい」
「俺だって一年前は、いい友だちのまま、卒業の時が来たら笑ってあっさり別れるつもりでいたよ」
「旅行に行ったら何かが大きく変わってしまいそうで、夏休みの間中ずっと考えてたんだ」
「変わらなければそれが幸せっていうものでもないだろう」
「うん。そうだね」
「俺にとっては、二人で狭山湖を一周した時だな。あの時に、俺はこの女とずっとやっていこうと思ったんだ」
「狭山湖か‥‥すごい冒険だったよね。‥‥私だって、もうこれだけの思い出を共有できる人はいないだろうと思ってた」
「そうか。狭山湖で決まりだな」
そう言って二人で短く笑い合った。
東名高速道路を経て、小田原厚木道路に入った。知らぬ間に少しうとうとしたようだ。どこを走っているのか分からないままに、彼がゆっくりと大きく車をカーブさせ、どこかに停車させるらしい音で目が覚めた。
「もう着いたの?」
「まだだよ。ここは真鶴半島のところだ。ちょっと時間調整するよ。早く着き過ぎそうだから」
「疲れた?」
「少しな。この車、馬力無いから、気ばかり焦っちゃってな」
「急がなくていいよ。ゆっくり行こう。少し休みなよ。‥‥そういえば今日、隆司の誕生日だったよね。二十二歳、おめでとう」
「おっ、忘れてるかと思ったぜ」
「忘れないよ。九月八日」
町の狭間に、空までせり上がっているような黒い海が少しだけ見えた。夜明け前の明かりが、いくつかの岬の先端で点滅している。波の音が遠く低く繰り返されている。
こんなに海の近く。もう旅は始まってしまっている。今日の日が生まれ、今日の日が命尽きるまでに、私は何を見、何を聞き、何を感じ、何を得るのだろうか。通過儀礼として、この日はあらかじめ予定されていたのだろうか。銀色に光り輝く海を見たい。すべてを肯定するためには、海は祝福の色をしていなければいけない。
夜明けとともに真っ白な霧が立ち込め始めた。曲がりくねった道ですれ違う車は皆、ライトをつけっぱなしにしている。伊豆の海岸通りはいくつもの短いトンネルが続いている。濃い霧の中から突然現れる対向車。霧に埋もれた不慣れな道は危険だ。桂木はカーブミラーに鋭い視線を投げかけながら、慎重にハンドルを切った。
道端に植えられた棕櫚の木やアロエが、ここが暖かい半島であることを教えていた。良いお天気なら、左手には太平洋が広がっているのが見えるのだろう。しかし今はまるで霧に押し沈められていて、海の手掛かりは遠い波音ばかりだ。
途中、ホテルが立ち並ぶ温泉街を通り過ぎたが、子どもたちの夏休みも終わった平日、しかも時間もまだ早いので、観光客らしい姿はほとんど見受けられない。私たちは霧の中に生み出されてゆく一本の舗装道路をただひたすら追い続けることで、迷い込んだ見知らぬ地図から抜け出そうとしていた。
やがて高原の樹木で周りを取り囲まれた「一碧湖」という小さな湖に着いた。約10万年前の大室山の噴火によってできた火口湖だそうだ。「伊豆の瞳」と呼ばれる美しい一碧湖も、今日はそのまなざしをうすい涙に伏せたままだ。
「すごい霧だね」
「朝霧が出ている時はだんだん晴れてくるから、きっと晴れるよ」
しかしその法則も場所が変れば当てにはならない。いつまでたっても霧は晴れてはゆかず、肌寒く、この季節であるのに半袖では鳥肌が立つほどだ。
すぐ近くにあった「池田20世紀美術館」にも足を伸ばした。メタリックなステンレススチールに覆われた完全に矩形の建物。シルバーのカバーがかかっている工事中の建物のようにも見える。ピカソ、ルノアール、キスリングなど20世紀を代表する画家たちの作品が品よく展示してあって、絵画に造詣が深い桂木は、興味を持って熱心に立ち止まって見ていた。
ここはコーヒーなどが飲める喫茶のスペースや、ミュージアムショップもある。私は早速お土産を物色したが、どれも高いので見るだけで何も買わなかった。
放し飼いの動物がいきなり顔を出すシャボテン公園。ピラミッドの形の大温室。私たちは子どものように声を上げ、笑い、近寄ってくる動物たちの方に恐る恐る手を伸ばした。シャボテン公園はまた来てもいいね、そんなことを言い合って、駐車場にまで顔を出したリスザルを、戯れに捕まえる真似などをした。
そこからまた少し車を走らせ、城ケ崎を過ぎ、白浜に着いた時のことだった。あたりは霧のままに薄暗く、不穏な息遣いを殺していたが、それが突然均衡を崩し、いきなり台風性の豪雨となって急降下してきた。
私たちは「わあー」と声を上げ、一旦降りた車の中に再び逃げ込み、フロントガラスをなだれ落ちる雨水を茫然としながら内側から見ていた。乱れた風も同時に吹きなぐって、雨をバシッバシッと叩きつけてくる。吹き飛ばされてきた木の葉が何枚もフロントガラスにこびりついた。
「やっぱり台風だよ。どうする?」
「雨が小止みになるのを待つしかないだろう。これじゃ車も飛ばされちまう」
心もざわめいていた。荒れた天候の中、このまま車の中に閉じ込められたままだったらどうしよう。桂木もいつになく真剣な表情で雨をみつめていた。
「怖いぐらいすごい雨だね」
「前途多難だな。だけどこんな経験も悪くないよ。雨だってそんなにずっとは続かないさ」
「そうだね。‥‥隆司も夜寝ないでずっと運転してきたんだから、ここで少し休憩して寝なよ」
「うん、そうさせてもらおうか」
ちらりと見た白浜の海は、緑色の波が手繰り寄せられては、引き戻され、また助走をつけて浜辺へと全速力で走り寄る、そんな感じの激しい運動を半ば諦めながら義務として続けているようだった。
晴れた日ならここは、白浜という名前そのままに白く輝く美しい浜辺なのだろう。白浜神社の赤い鳥居が、揺れ騒ぐ木の間をちらちらと見え隠れしている。
桂木はシートを少し倒して休憩の姿勢を取った。時折、怒りつけるような雷の音すら混じった。私たちは完全に車の中に閉じ込められている。たぶん台風は伊豆をかすめてゆくコースをとっているのだろう。とにかくこの暴風雨では車を動かすのも危険だ。嵐が過ぎ去るのをひたすら待つしかなかった。
三十分たっても強い風雨は止まなかった。
お互い黙りがちになってしまったので、私はずっと思っていたことを桂木に話し始めた。
「私、アルバイトで土器を扱ったじゃん?」
「うん」
「陶芸にますます興味もったんだ。東京に戻ったら、陶芸教室に絶対行くんだ」
「ああ、この前言ってたよな」
「それで、東京でずっと陶芸続けていきたい。続ける方法を探してる」
「卒業も、っていうことか?」
「うん。ちゃんとした就職じゃないんだけど、東京の陶芸家に弟子入りみたくして手伝いながら自分の焼き物を焼く」
「本気か? すごいな。実現したら、すごいよ」
桂木がシートから身を起こして、驚いたような顔をして私を見た。
「まずそれには、陶芸の基礎を学ぼうと思って、井の頭公園の教室に行く」
「そうか。俺は応援してる。東京に残ろうと考えてくれていること、本当にうれしい」
「お金は稼げないけど、そのときは何かアルバイト探すよ。そんなこと考えてるんだ。変かな?」
「恵子のやろうとすることなら何だって応援するよ。でもまずは陶芸教室で本当に実現可能かどうか頑張ってみろよ。東京にいてくれるなら、おれはずっとおまえのそばにいて支える」
「うん。無理かどうか、まず挑戦してみる」
「頑張れ。陶芸家恵子か。すごいな。びっくりさせる女だよ、おまえは」
桂木は、元気になった笑顔で私を見た。
「だからさ、卒業したら私がすぐ帰っちゃうなんて思わないで。しぶとく居座るつもりだからさ。隆司のほうから、もうめんどいから帰っちまえよーとか言い出したりしてね」
「そんなことあるわけないじゃん。一か月離れてただけだってこんなにつらかったのに、これがずっとだったら、俺、どうやって生きていっていいか分かんなくなっちゃって、絶望しか無かったんだ。おまえの気持ち、本当にうれしいよ。だけど決して無理はするなよ。おまえはおまえ自身の人生だと思って、俺のこと関係なしに決断していけよ。焦るな」
荒唐無稽な生き方かもしれない。しかし可能性がゼロでは無いのなら、私はやってみようと思っていた。そのために作陶の本も何冊か買いためていたし、東京の陶芸家の住所と名前が載っている陶芸家辞典という分厚い本を書店でみつけ、東京にも結構陶芸家がいることを確認した。本当に陶芸家へのアタックを開始するのは四年になってからだ。
夢のような話だが、私は本気だった。せっかく大学で英文を学んでいるのにまるで無駄な勉強になってしまうが、「早稲田」という学歴だけは手に入れられる。「早稲田」の役目はそれだけでいいと思った。
家族が反対するかどうか。反対されても私は自分の思う方向に進むつもりだった。桂木との旅行、そして将来を考え始めた時から、私は家族の思惑などどうでもよくなったのだ。この自分の足で強く歩み出したかった。
しかし、(健康が許せば)、私の決断にはいつもこんな( )がついてしまう。
小一時間ばかり雨が降り続くと、降り始めた時と同じ突然さで、雨は上がった。風だけはそのまま残って、びゅうびゅうと濃淡の激しい雲を空いっぱいに飛ばしている。熱気のこもった亜熱帯の風だ。晴天へと移行を始めた光が、あたりの木々に南国の強烈な緑を蘇らせ、濡れた葉をまぶしくきらめかせている。
晴れ渡った天気は気持ちまでも明るくする。不安や緊張で固まっていた心も次第にほぐれてくるようだった。
「よし、行こう」
桂木は頭の後ろに組んでいた手をほどくと車のエンジンをかけた。
気紛れな天気の隙をついて私たちは予定通り爪木崎へ向かった。そこは野水仙の群生で有名な場所だが、夏は水仙の時期ではないので花は何も咲いてはおらず、代わりにすすきの群れが白くあたりを覆っていた。丈高く茂った雑草とともに、すすきが身を斜めに倒し、震えながら強風を耐えている。
私たちは風によろめきながら丘の斜面に続く赤い遊歩道をゆるやかに登って、白い灯台のある岬の突端まで歩いていった。濡れていたらしい歩道も風がたちまちのうちに乾かしていく。
灯台から見下ろした荒れた海。それが今日初めて見た海の全貌だった。広く、青く、深く、一面に何もない。去年「サンシャイン60」の屋上から見た数字と記号で作られた街「東京」とはまるで正反対の極を成して、海は今、無辺際に私の目の前にあった。
天気は雲の流れと共に、晴れたり曇ったり時折雨をぱらつかせたりと、急速に変化している。海の上を巨大な雲のかたまりが走る。眼下に激しい波が岩を突き崩そうとしているかのように挑みかかっている。白い飛沫がぱあっと飛び散る。永遠に終わることのない泡の舞踏。見つめすぎると底深く引き込まれてしまいそうだ。
「これが伊豆の海か‥‥」
「こんなに荒れている海は俺も初めてだ」
桂木は、雨に濡れた体を風で冷やされ肩をすぼめている私に、白いジャケットをかけてくれるとそっと肩を抱き寄せた。灯台のすぐ下は絶壁だ。あまりの強風に、こんな突端に立っているのは危険ではないかと思われるほどだ。
「サスペンスドラマなら、ここから邪魔な女を、ほいっなんて突き落とすんだぜ」
桂木が冗談めかしてそういう。
「なにおー、最近の女を見くびらないでよね。揉み合っているうちに男が足を滑らせて崖下に転落して、女は保険金受け取って愛人と国外逃亡するんだよ」
「そうはうまくいくかよ。男は崖の途中にひっかかって生きてるのさ。それで女に復讐するんだ‥‥」
変転する天気と共に幾分気持ちも高ぶって、私たちは馬鹿馬鹿しい冗談を言い合いながら、灯台近くの四阿で風を避けてしばらく縮こまっていた。
向こうから籠を背負った地元の老人が歩いてくる。雲の動きに伴って、海も深い青を明るくしたり、陰らせたりしている。真っ白な灯台が太陽の陽射しを受けて、一瞬、宇宙的な存在感で浮かび上がった。
予約の無い不安から早めに宿をたずねることにした。須崎の先端にある小さな民宿に飛び込みで声をかけると、運よくそのままOKとなった。建物のクリーム色の壁面にいやに大きく黒々と「えりか荘」と書いてある。えりか荘のまわりには本当に何もなく、浜辺に一軒だけポツンと建っている印象だ。
頭にスカーフを被った四十代ぐらいの大柄な女主人に、窓から海を見渡せる二階の南側の部屋を案内された。部屋はあまり広くもなく、畳も古ぼけていて、トイレ、洗面所、お風呂は共同だった。民宿だから、宿泊料金は三千八百円とかなり安い。飛び込みでも宿が取れたことに私たちはほっとして、畳に腰を下ろし足を投げ出してくつろいだ。
しかし、部屋を立ち去り際に女主人が置いていった一冊の宿帳が目下の問題だった。私たちはいかにも若く、夫婦者のようには見えないだろう。不倫カップル?は、まさかあるまいし、ラブラブ学生カップル、女主人の目からすれば、たぶんそんなところだろう。けれど私たちは苦しいような悩みを超えて、真摯にこの旅を始めたのだから、隠すべきもの、恥ずべきものは何も無い。私たちは潔くペンを執ると、それぞれの住所、氏名を偽りなく書き込んだ。
荷物を片付けほっと一息つくと、急にひどい疲労感が襲ってきた。それは旅の疲れとは別のものだ。やはり心のどこかが無理をしている。
「なんだかすごく疲れたよ」
私は壁に背中を預けてもたれながら、横になりたくて仕方がなかった。起きていられない感じがしていた。
「夜もよく寝てなかったんだろう? 今日もいろんなことあったしな。少し横になれよ。寝ちゃってもいいぜ」
桂木はお茶のお盆がのった小さな卓袱台にノートを広げ、日記を書こうとしながら、柔らかく私を見た。
「ずっと運転してた隆司の方が大変だったのにね」
「俺は大丈夫だからさ。寝てろよ」
「うん。ごめんね。少し寝る」
私は桂木の前も憚らず、座布団を枕にして畳の上に横たわり目を閉じた。船酔いのような揺れが目の奥に続いている。夜が近づいてきていることを意識から追い出そうとしながらも、私、大丈夫かなと、不安になりはじめていた。
束の間晴れた空から差し込んでくる暑い太陽の陽射しを避けて、私は部屋の隅に体を丸めてしばらく寝転がっていた。陽射しと共に夏の暑さも回復しつつあるようだ。
桂木は、ペンの音をさせて静かに何かを書き続けている。その音にかぶって、波が防波堤に当たる音が雨のざわめきのように聞こえてくる。永遠に止む事の無いその音に、不安な息苦しさを感じながら、私はいつしか、浅く混乱したまどろみの中に沈んでいった。
短い夢をいくつか見ていたような気がする。太陽の光に灼けついた道を一人で走っている夢。走っているそのままに鼓動を速めながら、苦しいような、楽しいような、ふわふわとした危うい不定形の世界を眺めていた。それは意識の転倒を促すダリの描く風景画のような、しかしそれでいて瞼の裏に感じる太陽の明るさを映してか、妙に晴れ晴れとした解放感を伴う夢だった。
軽い頭痛と共に目を開け、一瞬自分がどこにいるのかを見失ったまま、ぼんやりと体を起こした。桂木はさっきと同じ姿勢で書きものをしていた。
「起きたのか? まだあんまり寝てないぞ」
「‥‥ああ、そうか。どこかと思って‥‥」
「寝ぼけたのかよ」
桂木はペンを置いて、笑った顔を私に向けた。
「もう少ししたら、島の方に散歩に行ってみようか。すぐ近くだから」
「うん。そうだね。まだ明るいしね」
えりか荘からほんの少し道の方に戻ったところに、島へと渡る五十メートルほどの長さの橋があり、その橋の先に『恵比寿島』という小さな無人島があった。このあたりにはそこしか散歩できそうなところはない。えりか荘からずっと離れたところに何軒かの民宿や旅館はあったが、全体として見れば、何も無いひどく地味な海縁の漁師町だ。
ガイドブックを覗き込んで、なんという小さな突端にいるのだろうとあらためて驚きいぶかる。地の果てのようにも思われる見知らぬ海辺に桂木と二人きりでいるということ。
今この時、上石神井の下宿は西日が眩しく差し込んでいるだろう。まだ学生もほとんどいない早稲田の夏。都立家政の歯科医院では今頃秀夫先生が、私の代わりにカルテに書き込みをしているかもしれない。もう飼い犬のロンが昼寝から目覚めて散歩をせがみだす時間だ。
当たり前の日常から大きく外れて、私は今、小さな民宿の小さな部屋に桂木と二人きりでいる。
散歩に出ようとして玄関口に行くと、その日の収穫物を売りにきた地元の漁師と、えりか荘の女主人が何か掛け合っていた。嗅ぎ慣れない海の匂いに圧倒される。それは私の知らない海の生活だった。都会の中で気を張って暮らしている私とはまるで違う次元に生きている人たちの屈託のない大声。
「今日は何がとれたの?」
「今日はなにしろ海が荒れててねえ。早々に切り上げてきたからさあ・‥」
少しお辞儀をして彼らの脇を通り抜け玄関の外に出る。乾いた砂に足を取られながら、先を歩いていく桂木に遅れまいとして小走りについていった。
浜辺に打ち寄せられた小さな死んだフグが、半分砂に埋もれ白っぽくかたまっている。叫びたそうに開いた口の中に、打ち寄せる海の水が流れこんでいた。
天気は回復し、空は痛いくらいよく晴れ渡っていた。風は昼の頃よりはおさまってはいたが、午後の海風となって、ひたすら海から陸へと戻ろうとしている。
コンクリートの橋を通って恵比寿島に渡り、道とも言えない藪の中の遊歩道を歩いた。ほんの十数分で一周できてしまうくらいの島の大きさだ。島の南端の海に面して『えりかの咲く岬』という立派な石の碑がたっていたが、あたりには花らしい花は咲いておらず、どれがえりかの木なのかも分からない。岩のごつごつと突き出た遊歩道がただ続いているばかりだ。途中、小さな神社があった。
少し行くと千畳敷のように開けた磯があった。海の見渡せる岩に腰かけて、二人で沈んでゆく夕日を見ていた。赤く輝く太陽が少しずつ水平線に近づいていく。
「初めてだよ。海に沈む夕日を見るのは」
「うん。おまえと一緒にこんな太陽を見れるなんてな」
桂木はカメラのフィルターを取り替えながら眩しそうな目でそう言った。
やがて太陽は海に顔をつけ、静かに身を浸してゆき、海の表面に光を散らしながら完全に海深く潜っていった。冴えた夕映えがいつまでも空に残っている。風に髪を吹き乱されながら、私たちは空の光が青く薄れてゆくまで、太陽が消えていった方向を黙って見つめていた。
「ねえ、ねえ、お風呂の洗い場にフナムシがぞろぞろ歩いてたんだよ」
「フナムシが? ほんとかよ」
「ほんとだよ。すっごく気味が悪かった」
どういうわけか、えりか荘の一階部分にある家庭用のような小さなお風呂場には、フナムシが二十匹ほど入り込んでいて、洗い場の隅を歩き回っていたのだった。
三センチほどもあるゴキブリに似た虫が、狭い浴室を群れ歩いている様はなかなか不気味なものがある。お湯をかけて追い払いながらびくびくしながら体を洗い、落ち着かない気分で浴槽に浸かって、これはどうしたことか、どこから入ってきたのか、と思っていた。悲鳴をあげて逃げ出すほどではないし、女主人にクレームを入れるほどでもない。少し落ち着かなかっただけだ。
「この辺の人って、フナムシとお風呂に入るのかな」
「まさか。排水口からでも入り込んだんじゃないか?」
桂木は笑いながら、じゃ、俺ももうひと風呂、と言ってタオルを片手に部屋のドアから出ていった。
取り残された部屋に海の音だけが響いている。私は自分のノートを広げ、今日あった出来事を覚えている限り書き綴った。
夕食は思っていたよりずっと豪華だった。アワビやイセエビや、お刺身、煮つけ、天ぷらなど食べきれないほど。海の民宿は新鮮な魚料理が魅力だ。食事に手を付ける前に桂木は自分のノートにイラストを描いて、説明書きをつけ加えていた。
夕食の後、コインテレビでお笑いの番組を二人で見て笑い転げたこと。桂木の日記帳に落書きをしたり、ガイドブックの地図をたどりながら、今日巡ったコースを振り返り、明日の予定を立て合ったこと。肩を寄せ合ってちょっといちゃついて、互いをくすぐってふざけたり。
一緒にいるのが桂木でなかったなら、きっとまだ落ち着かない不安な気持ちでいただろう。今はただ、少し疲れていると感じているだけだ。桂木がすべてを受け止めてくれていることを思えば何も怖いことは無い。さっきの不気味なフナムシ、それもすぐに旅の笑い話になるのだろう。
廊下を隔てた向かいの部屋には、七時過ぎに地元の漁師らしい四人ほどの男性客が入り、しばらくおしゃべりしていたかと思うと、ガチャガチャとマージャンを始める物音がしていたが、いつの間にか帰ってもう静かになっている。
長くてめまぐるしい一日だった。私はノートを旅行鞄にしまうと窓の近くに寄り、カーテンの向こうに暗く横たわる夜の海を眺めやった。灯台の明かりが遠くで小さくくるくると回っている。再び乱れはじめた黒い空が、間欠的にぱらぱらと雨を降らせている。
海を照らす明かりに目をこらしながら、早く桂木に戻ってきて欲しい気持ちと、このまま戻ってこなければいいと思う気持ちに揺れていた。窓を少し開けたら風と雨が吹き込んできた。顔を雨に打たせながら、細かく震え出した時の刻みから気を逸らそうとしていた。
私は今、きれいだろうか。桂木だけにはきれいだと言われたい。着慣れない浴衣の袖口が心細く、襟元が頼りなくうっすらと寒い。自分で自分を抱き締めながら、心の中に押し寄せてくるものと静かに闘っていた。すぐ近くにある防波堤に当たってはじける波の、心騒がせるざらついた響き。
さっき女主人が来て、布団を二組並べて敷いていった。
「今日はお天気あいにくでしたね」
「そうですね。白浜ですごい土砂降りになってしまって、どうしようかと思いました」
「明日はもうちょっと回復するといいんですが。じゃ、ごゆっくり」
女主人はにこやかにお辞儀をして部屋を出ていった。
私は、並べられた白い布団に目をやれず、海の方ばかり眺めていた。
今日、このえりか荘に泊まっているのは、私たちだけらしかった。
部屋のドアが開き、鍵をカチャッと閉める音がした。振り向くと桂木が浴衣姿で、カーテンの陰にいる私のそばに来ようとしていた。
「海を見てたのか?」
浴衣を着た桂木は、いつもより大人っぽい感じがした。石けんの匂い。長身の彼にはここの浴衣は少し短くて、すねがちょっと見えてしまっている。
「また雨が降ってきたな。明日はいい天気になるといいけどな」
「うん。晴れてほしいね。‥‥隆司ってさあ、腕はあんまり毛が生えてないのに、足は毛深いんだね」
私がくすっと笑いながらわざとおどけてそう言うと、桂木は大袈裟に自分の浴衣の裾をまくって足をのぞいた。
「おやじは腕も足もつるつるなんだけどな。弟は俺と同じですね毛濃いぜ。‥‥毛深いの嫌いか?」
「別に嫌いじゃないよ。うちは父も兄も毛深い方だから、見慣れてる」
「よかった。高校の時、すね毛濃いので悩んでたことあるんだ。剃ったりして。かえって濃くなっちまったりしてな」
「そうなんだ。隆司にも純情な時があったんだね」
桂木は私の目を覗き込むと少し笑いかけたが、すぐに笑顔を引っ込めて真顔になった。
「窓を開けていると雨が吹き込んで髪の毛が濡れるよ」
みつめあった目が瞬間、別の色になったように思った。
「こっちおいで」
彼は窓を閉め、私の手を取ると部屋の真ん中まで軽く引っ張っていった。そして、私の肩に手をかけると、面と向かって強い目の光で私を見た。
「‥‥恵子」
「‥‥はい」
「こんなところまで来てくれて、ありがとうな」
「‥うん。今日一日、私も楽しかったよ。こちらこそありがとう」
桂木は風に乱れた私の髪を撫でて直すと、そのまま強く私を抱き締めた。愛おしく互いを抱き締め合う。彼の熱い体温が浴衣を通して力強く伝わってくる。
「おまえがどんな気持ちでこの旅行についてきたか、俺はみんな分かってるから」
「‥‥もう悩んでなんかないよ」
「俺のために‥‥すごい勇気だよな。他の誰でもないおまえが、ここまで俺についてきてくれたこと、俺は一生忘れない」
群発地震が頻発していた伊豆。地震を言い訳にして旅行を断ろうとしていた夏休み前。桂木はあの時、死なばもろともじゃないのか、と言って怒った顔をしていた。死なばもろとも、今ならそう言える。本当に愛する人と一緒に死ねたら、それが一番幸せなことなのかもしれない。
桂木は私を更に抱き締め、私もそれに精一杯応えようとして彼の体に強く腕を回した。もうどうなってもいい。このまま海の泡になってもいい。ふと涙が滲みそうになった。
「‥‥寂しいか?」
「‥‥寂しくなんかない。隆司がいてくれれば」
「うん。‥何も心配するなよ」
私を抱き締める桂木の手が私の浴衣の帯にかかり、さっとほどいた。もう何の抵抗もできなかった。
「‥‥恵子、きれいだよ。俺だけに初めて見せてくれたんだよな。‥‥この肩も、胸も、みんな俺のものだ」
自分以外の者に優しく触れられているこの体は、透明な羽を少しずつ広げ、飛び立とうとして風を待っている小さな蝶のようだった。
桂木はそんな私を見て微笑むと、自分もゆっくりと浴衣を脱いで、誇らしく裸の体を私の前にさらした。
桂木の裸体は美しかった。やせ気味ではあるが、体を使ったアルバイトをしているせいか引き締まっていて筋肉質だった。桂木の胸は広く、よく日に焼けていた。男の人の平らでなめらかな胸にいつも憧れていた。
「アダムとイブみたいだな」
そう言って桂木が私を抱き寄せた。裸の胸と胸とが触れ合った。陶酔が押し寄せてきてどうしたらいいかわからなくなる。
誰もいない教室で初めて言葉を交わし合ったあの晴れた日の土曜日。石神井公園のボート。駆け抜けるように歩いた東京の町。狭山湖。プラネタリウム。多摩川の川辺での初めてのキス。一瞬のうちに二人のこれまでの出来事が頭の中を通り過ぎた。
私たちはここに来るべくして来た。ここで終結し、また新しく生まれ変わるために。
呼吸が震える。吐息に抑えきれない声が混じってしまう。深いキスを絡ませているうちに体中に愛があふれてくる。
「恵子」
「うん」
「何も心配するな」
「うん」
吸う息も、吐く息も苦しい。溺れるような呼吸になっていき、励ますように互いの指を絡め合い、組み合わせて固く握り合った。
熱い素肌で重なり合う。逆巻く海のように。めまいする渦のように。シャガールの絵の中の空を飛び交う不思議な動物たちのように。
果てしない海鳴りを遠く聞きながら、私たちは痛みすらも狂おしく互いの体に刻みつけていた。
ずっと雨のような音が聞こえていた。早朝、目を開けると桂木はもう目覚めていて、傍らで私のことをみつめていた。
「おはよう、恵子」
「おはよう」
二人で迎えた初めての朝。彼が横たわったままやさしく私の肩を撫でる。私は、どこか、なにか、変わっただろうか。布団の中でこんなに間近に彼の顔を見ていることが不思議で、何か別の映像を見ているように思える。
「恵子」
「うん?」
「ありがとう」
「私も、ありがとう」
「今の体調はどうだ?」
「大丈夫」
「つらいことは無いか?」
「大丈夫」
「今日も旅行、続けられるか?」
「大丈夫。お金が続く限り大丈夫だよ」
「そんなに? 恵子が帰らせてくれない」
そうして二人笑い合った。
そして、少しキスしてから布団から起きて、浴衣から普通の服に着替えた。
桂木と入れ替わりのように洗面所に行き、自分の顔を見る。他の人によく言われるはっきりとした強い目。大丈夫、ちゃんと今も強い目をしている。この目があれば、まだ旅を続けられる。
夜じゅう雨の音が聞こえると思っていたが、窓の外を見てみると、雨は降ってはおらず、ずっと聞こえていたのは波のざわめきの音だった。慣れていない耳には耳障りだが、四六時中聞いていれば生活の一部になっていくのだろう。
昨日ほど海は荒れてはいないので、漁の船が続々と繰り出していく。いくつもの船が連なって沖に向かっていくのをしばらく眺めていた。昨日漁ができなかった分、今日は魚が沢山獲れるといい。
私たちはゆっくり朝食を取り、九時少し前に石廊崎に向けて出発した。車の中から振り返ると、えりか荘の上を、何か大きな海鳥が旋回していた。
忘れ難い記憶を刻んだえりか荘、須崎の浜辺に一軒だけ建つ小さな民宿。いつかまた必ずここに来ようねと私たちは言い合った。
今日は、石廊崎から波勝崎、堂ヶ島洋らんセンターなどを回って、浮島で一泊する予定だ。晴れてはいるがまだ今日も風が強い。台風の影響がまだ少し残っているようだ。
石廊崎の岬の突端から右手の海を見下ろすと波が激しく岩にぶつかって白く逆巻いていた。海は深い緑色をしていて、その緑色に白い泡が湧きたつように溶け込んでいる様はクリームソーダのように目に明るく鮮やかだ。
波勝崎では野猿がいたる所に群れていて、背中を丸めノミとりなどをしていた。「猿と目を合わせないように」「持ち物をひったくられないように」というような注意書きの看板が立っている。
「猿、襲ってくるかな」
「猿は女とか子どもを襲うから気をつけろよ。ぼんやりしてると鞄取られちゃうぞ」
「わあ、猿ってなかなか悪党だね?」
などと桂木と話して笑った。
堂ヶ島洋ランセンターは、様々な種類のランの花がそれぞれ美しく見事だった。私たちはここで休憩してカラフルな花で飾られたトロピカルフルーツの盛り合わせなどを食べた。
三時過ぎに浮島海岸にたどり着き、五輪館という民宿に飛び込んだ。ここもすんなりOKをもらえ、「寿の間」という八畳ぐらいの部屋を案内された。えりか荘は六畳ぐらいだったので、ぐっと広さを感じる。窓からは海ではなく山林が見えた。うるさく油蝉がジージーと鳴いている。
部屋で少し休憩してから、四時過ぎになって、浮島海岸からのびる燈明が崎遊歩道に散歩に行った。遊歩道はさほど整備されておらず雑木の枝があちこちから飛び出していて、藪の中の行く手が蜘蛛の巣だらけだったので、蜘蛛が嫌いな桂木はいちいち
「ひゃあ」
と変な声を出して、首をすくめて立ち止まってしまう。
「どれ、私が先を歩こう」
と、私は桂木の前をカメラの三脚を振り回しながら進んだ。急な上り坂が続いた。
遊歩道のすぐ下はすごい絶壁だ。途中展望台があり、海を見晴らすと駿河湾の向こうに大きな山脈が見えた。
突端にたどり着いたがそこには柵も無く、足を踏み外したら、即、海へ転落というような恐ろしい場所だった。私たちは大きな岩場の上に腰を下ろした。腰を下ろすと言うよりははいつくばっていたと言った方が適切だ。遠くの海に夕陽が沈みかかっている。太陽の下の海がキラキラ光っていた。
「また今日も海に沈む夕日を見れるよ」
「ちょっとこの場所怖すぎるけどな」
「柵を取り付けるべきだよね。うっかりすると転落事故になりそうだよ」
「ほんとだよ」
そんなことを言い合って、日没を見てから宿に戻った。
私は桂木には隠していたが、さっき遊歩道を歩いている時から頭痛とひどい疲労感を感じていて、宿に戻ってから倒れ込むようにしばらく横になっていなければならなかった。予定では、明日とあさってまで旅は続く。あと二日、体力がもつだろうかとひどく不安になった。
やはり私の体はどこか卑弱なところがあるのか。やはり完全に健康じゃないのか、自信のない悲しい気分になってきて、しょんぼりと桂木に背を向けて横になっていた。
桂木は寝ている私に気を使って離れたところで静かにしていてくれた。私の体に押し入れにあった薄い毛布をそっとかけた後、また日記を書き始めたようだった。
四十分ぐらい寝ていただろうか。のどが渇いていることに気付いて、起き上がってテーブルの上の急須のお茶を二杯ぐらい飲んだ。
「しんどいのか? どこか気分悪いのか?」
桂木が心配して聞いて来る。
「うーん。なんとか大丈夫そう。寝たから大丈夫」
少し頭痛は残っていたが、大分楽になってきた。そういえば暑い中、あまり水分を取っていなかったから、軽い脱水症状になっていたのかもしれない。徐々に体調がよくなってくるとやっと気持ちも落ち着いてきた。
「あー。もう復活した。元気出てきたぞ」
「そうか? 無理するなよ」
桂木は少しほっとした顔になった。
「今日は風が強かったけど、雨が降らなかったからよかったね」
「明日もいい天気だといいな」
「今日もあちこちいっぱい行ったね。運転疲れたでしょ?」
「ちょっと疲れたけど、俺は大丈夫だ。おまえは無理するなよ。つらかったら早めに言えよ」
「うん。ありがと。もう全然大丈夫だよ。ごめん。心配かけて」
私はちゃんと起き上がって、桂木が書いていた日記帳を覗き込んだ。桂木の日記は絵入りで面白い。
夕食は、あわび、かに、あじの刺身、さざえのつぼ焼き、きしめんの吸い物、鶏肉の唐揚げ、生野菜のサラダなど豪勢だった。
「食べきれないよ。すごいね、伊豆の民宿って。宿泊料金すごく安いのに、こんなにご馳走出るなんて」
「なかなかこれだけ豪華な夕食って無いよな。刺身も新鮮だし。えりか荘もすごいご馳走だったよな。海の近くの民宿っていいよな。日記にイラストで描いとこう」
そう言って、桂木は、食べる前に日記に細かく描き始めた。
テレビで八時からドリフターズのお笑い番組をやっていたので、私たちは戯れながらテレビを見て笑いあった。
五輪館の娘さんがピアノの練習をしていてバイエルをたどたどしく弾いている。
そして夜、また二人布団に横たわり、気持ちを確かめ合うようにして浴衣の上から体を撫で合った。一人の男性とぴったりと身を添わせ感覚を共有しているということ。うわずっている心の遠くで、その奇跡のような不思議を感じていた。
三日目は中伊豆を巡った。土肥に向かう途中、黄金崎に寄った。岩肌は黄ばんだ色をしていて、夕陽が当たれば黄金色になるのかもしれない。三島由紀夫の「獣の戯れ」の碑があった。
土肥の天正金鉱では、案内人のおじさんがずっとはりついて熱心に説明してくれた。洞窟の一番奥の龕まで入った。
西伊豆スカイラインに入る頃には、ひどい霧がたちこめてきた。十メートル先がまるで見えない。修善寺に着く頃には完全に雨になっていた。
雨の中、天城峠を通り河津七滝で七つの滝を見た。初景滝のところに伊豆の踊子と東大生の像があり、東大生の手が踊子に触りたいのに触れないでいるので、中途半端だなあと言って笑った。
この日は「中瀬の隠居」という民宿に泊まった。ここは本当に普通の家みたいだ。素朴でやさしそうなおばあさんがいて、この人が「中瀬の隠居」という民宿名の由来かな、と思った。窓の外を川が流れている、
この辺には、ホテルのような大型宿泊施設も多い。七滝のあたりをホテル客が露天風呂を目指して大勢歩いていたりする。少し休憩をしたあと、露天風呂を見に行こうということになって、桂木などは入れたら入ろうとしてタオルを持って坂道を下っていったのだが、ホテルの団体客の男性たちが擦れ違いざま私たちを見て、「あんたらも入っていきなよ」とにやにやといやらしそうに言ったので、桂木も私もなんとなく気まずくなってしまい、露天風呂に行くのは止めてしまった。
宿の食事は、やはり素晴らしいものだった。天ぷら(エビ、イカ、ナス、たまねぎ、にんじん、ししとう、みょうがなど)、わかめとみょうがの酢の物、イカの刺身、じゃがいもとかぼちゃの甘煮、干物、など。ここは内陸に入っていて海が近くはないので、山の幸が多めだった。
夕食も済んで、日記をつけたり荷物の整理をしたりしたあと、テレビを見ながら寝そべってくつろいだ。桂木はビールでほろ酔いになっているらしかった。私がビールをコップに三分の一ぐらい飲んで、もう顔を赤くしているので、
「酒を飲む時は信用できるやつと一緒の時だけにしろよ」
と言った。
そのうち宿の人が布団を敷きに来て、また気恥ずかしい感じになったので、桂木より先にお風呂に入りに行かせてもらった。
鏡の中の自分の顔と体を確かめて、この旅行はいつまで続くのだろう‥‥どうしようと思っていたら、浴室のドアを小さく叩くものがいる。
「俺だよ」
「えっ?」
浴室の鍵を開けるとそこには何も身につけていない桂木が少し笑いながら立っていた。
「うわあ、びっくりした」
「ずっとおまえと一緒にお風呂入りたかったんだ。体を洗ってやるよ」
桂木はせっけんをつけた素手で、私を後ろから撫でるように洗っていった。私は桂木の愛にのまれそうになりながら震えていることしかできなかった。
石けんを流してからも、狭い浴槽の中で二人魚のように肌をこすり合わせ戯れた。
それが三日目の私たちの姿だ。
四日目、今晩までどこかで泊まって明日帰ろうということになった。
朝方また雨が降っていた。
目覚めるとすぐそばに桂木がいるので、心から幸せな気持ちになる。夫婦だったらこんな朝がずっと続くのだろうか。桂木と旅行に行くことをあんなに怖がっていた自分が嘘のようだ。
「‥‥何ていうか、この旅行、一生忘れないよ」
「俺も忘れないよ。おまえとこんな風に過ごせるなんて、本当は無理だろ、って思ってたんだ」
「隆司と一緒なら何でもできるんだと思って、感動してる」
「俺も、おまえとならずっと一緒にやっていけると思った。就職とかいろいろ関門はあるけど、おまえ、いつか俺の女房になれよな」
女房、という古臭い言い方に桂木の照れを感じたが、そう思ってくれているんだという思いに喜びがふつふつと湧きあがってきた。でも、まだずっと先の話だ。そんな断言はまだしてくれなくていい。かなわなかったらつらいから。
「あっ、そんなこと今から言っちゃっていいの? 社会に出たらまたいろんな出会いがあって、もしかしたら違う人好きになることだってあるかもしれないよ?」
「そんなことはない、俺の女房はおまえだけだ」
「うわー。断言しちゃう? 本当に? それはうれしいぞ」
そうふざけ気味に言いながらも、涙があふれそうになって少し顔を横に向けてごまかした。
四日目は、白浜まで戻り、裸足で砂浜に降りて海に触れた。寄せ返す波にスカートを濡らしてしまい、私は子どものように声を上げて砂浜を飛びのいた。美しい白い砂を一握り、伊豆の思い出としてビニール袋に入れて持ち帰った。
天候はまた不安定になっていて、熱川バナナワニ園に着くころにはスコールのような土砂降りに見舞われ、慌てて園に飛び込んで雨宿りをした。ワニがごろごろ寝そべっていて、少し不気味だった。ワニとバナナの取り合わせの意味がよく分からなかったが、まあまあ楽しく見て回れた。そしてまた雨は止み。晴れ間も見えたのだが雲の動きが不穏で、どうやらまだ台風の影響が残っているらしい。
そこから北上し宇佐美に向かい、沼津に入ったあたりで道を見失ってしまった。車でぐるぐる町をまわり、ガソリンスタンドで道を聞いたりしながら、やっと本栖湖への道に入った。
本栖湖で民宿を探そうとしたのだがなかなか見つからず、河口湖の方まで行こうかと算段していたら、運よく小さな民宿があったので、そこに泊まった。再び雨や大風が吹き荒れてきていたので、早めに泊まれる場所が見つかってほっとした。
しかし「ふじ屋」という名前のその民宿は、民宿というよりは、アパートかモーテルみたいな感じがして、部屋の電気も薄暗くテレビも無いし、床の間には不気味な木の置物などあって、前の三つの民宿に比べて格式が劣り、陰気臭い感じがした。
桂木も運転の疲れがたまっていたようだ。私を連れての旅行ということで精一杯気を張ってもいたことだろう。部屋に着くと、初めて「疲れた」と言って溜息をつき、畳に座って背中を丸めた。
食事は割と平凡なもので、伊豆の民宿に比べて見劣りがした。テレビが無かったので、激しい雨風の音がまともに聞こえてくる。黙っていると怖くなるので、夜になるまで二人でくすぐり合ったりふざけ合ったりしながら、おしゃべりをしていたりした。
「ねえねえ、どうしよう。二学期が始まる前にレポート四つぐらい書かなくちゃならないのに、何にも手をつけてないよ。オーウェルの『1984』読まなくちゃならないのに、最初の二十ページぐらいしか読めてない」
「俺も何もレポート書いてないや。帰ったら大急ぎでまとめないとな」
「なんだか絶望的。帰りたくないよ。ずっと隆司と旅をしていたい」
「ははは。おまえ夏休み前と全然違うな」
「堕落した?」
「悪い変化じゃないさ。やっと自分に素直になれたんだろ?」
「そうだね。でも東京に戻ったらまた別々の生活になっちゃうんだね。寂しい」
「寂しいな。頭の中おまえのことばっかりだよ。身も心も、いつでもおまえが欲しい」
「私もそうだよ。また一人暮らしに戻るのが怖いよ」
泣きそうなほどに桂木のことが好きだ。そうして、桂木も私のことを心から思ってくれている。こんな奇跡があるだろうか。
帰りは、本栖湖を一周した後、精進湖、西湖、河口湖、山中湖を巡った。その後、ほとんど舗装されていない道志川沿いの道を桂木は苦労しながら運転し、中央高速に入った。
台風一過の晴天だった。長い旅ももう終わりだ。河口湖で折り取ったすすきの穂が、風に掻き乱されて車の中を一瞬はかなげに飛び交った。
「名残惜しいね」
「そうだな」
口数も少なくなって、もうふざけた会話もできなかった。
そのうち、どうしようもなく涙がこぼれてきてしまい、ああ、泣いたってしょうがないのにと思いながら、窓の方を向いてしばらく泣いていた。
Comments