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この頃のことを小説のように書いてコンクールに出した作品がある。あっけなく落選してしまったが、陶芸に携わり始めて少し経った頃の、私の気分をかなり忠実に表現した作品だ。ここに挙げておく。

 

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オッド・アイ・ホワイト(odd eyed white)

 

 夜じゅう窯を焚いて、朝方やっと火を消し止めると、陶芸の先生はそそくさと仕事場を後にした。翌日から二週間、先生は中国へと研修旅行に出かける予定だった。

 プレハブの仕事場の中は窯の熱気がこもっていて、乾いた土の匂いも熱に浮かれて、いつもより濃く立ち上っている。強い火勢を見守り続けた後の朝は、体中が軽くやけどしたかのようにひりひりしている。

 私は緊張の糸が切れて、仕事場の椅子に腰をおろしたまま、さてこの二週間をどう過ごそうかと思い巡らせていた。週一回、近所の主婦たちが習いに来る陶芸教室も、今週と来週は先生が不在となるため休みだ。それはそれでよかった。彼女たちの子ども自慢や夫の愚痴を聞くことにも、もういい加減辟易してきたころだったから。

「あなたはボーナスももらってないんでしょ?」

 そう言って主婦たちが少しずつ小銭を出し合い、三千円を渡してくれた時には、ありがたいというよりは情けなさでいっぱいになった。たったひとりで泥まみれになって奮闘している若い娘に、彼女たちは単に主婦という安定した立ち位置から同情してくれたに過ぎない。

 

 旅立つにあたって、先生は私にいくつかの仕事を残していくことを忘れなかった。土練り五キロの玉を十個。それと、一か月後に行われる縄文土器の野焼き講習会のために、見本となるような素焼きを数点作っておくこと。

 凝った火焔型のものを作成するようにと先生に指示されてはいたが、あのようなごてごてとした装飾のついた粘土細工など、焼成で失敗するのは目に見えている。

 しかし私は、決して「無理です」とは言わない。もう十分無理難題に対応してきたのだ。先生に致命的な損失を与えるものではない限り、私は何も抗わず、従おうと決めていた。

私がどんな器を作ろうと、それにどんな絵付けをしようと、先生の弟子である限り、私のものとして世に出ることはない。「それ」はいつも『先生』の作品として紹介される。細工の違いが誰の目にも明らかであっても。

「これは、あなたの作品でしょう?」

そう尋ねられても、私は曖昧に微笑んで、

「いいえ」

と答えていなければならなかった。

 試作品のようでしかない未熟な作品、しかし、私の全霊をあげて作った作品が、先生のものと思われることに私の方は耐えられない思いでいるのに、先生はそんなことにはまるで無頓着らしかった。

「作風が変りましたね。つくりが繊細になった、というか」

 展覧会の会場では先生の知人たちのそんな評を耳にすることもあった。先生はそんな時も、あわてる風はなくこう答えた。

「ええ、ええ、ちょっと趣向を変えて絵付けをしてみたんです。素人の絵ですがね。塗るっていうよりは、色を置いていくっていうことなんですが」

その絵付けをした私が、すぐそばに控えていたとしても、だ。

 無神経、おおらか、あるいは、大噓つき。私は先生をどう思っていいのか次第に分からなくなっていった。

 四十も年が離れている師弟に確執など生まれようわけがない。私はただ、先生の助手として、荷物運びとして、下働きとして、ささやかな賃金と引き換えに黙々と労働を提供するのみだ。しかし、その根底に芸術的な畏敬の念が無かったとしたら!

 たったひとつしかない電動ロクロの上にはいつも、先生の作りかけの壺がはりついていた。それは私にロクロを使わせまいとするあからさまな心情の表出だった。

「ロクロは買うと高いんだからな、故障なんかしたら大変だ」

それが先生の口癖だった。

 先生は次の日に、壺が昨日のまま動かされていないかどうかを確かめてから、形ばかり手直しして、壺をロクロからはずすのだった。いったん作品を台座からはずしたら、二度と中心に据え戻すことはできない。「中心」は絶対的な印だった。

 私は冷めた目で壺をながめやる。こんな駆け出しの私であっても先生にとっては幾ばくかの脅威であるらしいと思うことはほんの少し私を慰めた。こんな小娘を恐れるなんて。

 

 外は初秋の早朝。セミもまだちらほらと生き残っていて、遠くで鳴いている。私は火の余韻からやっと抜け出し、重く疲れ切った体を椅子から立ち上がらせた。窓から外をのぞくと、仕事場の傍らを流れる川にうっすらと靄がかかって、土手の緑が淡くにじんでいるのが見えた。川の風景はいつも心和ませる。何度心を川へと逃がしたことだろう。

 仕事場のすぐ隣には、掘削ボーリング会社の小さなプレハブの休憩所があって、共有の空き地には作業用の機材がごろごろと投げ出されていた。

 地中深く掘り下げるドリルのような巨大な鉄柱、水道管のような長さ十メートルもありそうな太い管。それを七、八人の若い男たちがクレーンで何本も吊り上げては、トラックに積み込んで出かけていく。機材がぶつかる鈍い金属音。男たちが掛け合う野太い声。その荒々しさに、私はいつもかすかな怯えを感じていた。

 彼らの作業は昼夜を問わず、出かけていく時刻も、帰ってくる時刻も不規則だった。今朝はまだトラックが帰ってきていなかったから、作業員の男たちはどこか遠くで作業しているに違いない。

 私は少しほっとして仕事場の外に出て伸びをした。投げ出されて積み上がっている灰色の管の上にも、薄く露が降りている。

 帰り支度をしようと思い、仕事場に戻りかけた時、川沿いの遊歩道の方から、

「小島さん!」

と大声で呼びかける声が聞こえてきた。

 振り向くと、そこには、市役所の社会教育課に勤務する落合浩二が、大きめのリュックを背負いTシャツにジャージ姿で微笑んでいた。

 彼は縄文土器の野焼き講習会の担当者であり、何度もこの仕事場に打ち合わせに訪れていた。気さくな笑顔が好ましい大柄な青年で、休日にはいつも山歩きをしているという。

「あ、おはようございます。こんな早くに‥‥。ジョギングですか?」

「僕、たまに歩いて通勤してるんですよ。だから今日はちょっと早く出てきたんです。職場まで歩いて二時間近くかかるから。小島さんも、こんな朝早くに仕事場にいるということは、窯焚きですか?」

「ええ、十月に新宿で先生の個展があるので、このところ、しょっちゅうです」

「そうですか。陶芸やる人ってすごいですよね。一晩中つきっきりで窯の火を見てるなんて。なかなか普通の人にはできないことです」

私は、乱れたままの短い髪を急いでなでつけた。

「ああ‥‥手も顔も煤だらけでしょう?」

「いえいえ、そんなことないですよ。きれいですよ」

落合はあわててにこっとして首を横に振った。

「僕は帰りも時々この遊歩道を通るので、小島さんがよく夜遅くまでひとりで仕事場にいることも知ってますよ。怖くないですか? お隣の会社、ちょっとガラが悪そうだから」

「ああ、たぶん大丈夫です。私、女みたいじゃないから」

「いえいえ、そんなことないですよ」

落合はさっきと同じ言葉を口にしたことに気づいて、ちょっと照れ笑いをした。

「それじゃ、来月の縄文土器講習会、よろしくお願いしますね。今年は小島さんにもお手伝いいただけるので、僕も心強いです。女の人が入ると雰囲気がやわらかくなるから、子どもたちも緊張しないで楽しく参加してくれるでしょう。日にちが近くなったらまたおじゃましますね。じゃ」

「こちらこそ。よろしくお願いします」

先を急ごうとして急に振り返った彼は少し真面目な顔になってこう言った。

「体に気を付けてくださいね。窯焚き、大変そうだ。頑張るのもいいけど、体を休めることも大切です」

 暖かい言葉をかけてもらったのは久し振りのような気がする。心がふと緩んだ。

「お気遣いありがとうございます」

私が微笑んでそう言うと、落合もにっこりと一礼をして、また速足で歩き出した。

 私はそこに立ったまま、どんどん遠ざかっていく彼の後ろ姿を見えなくなるまで見送った。

 

 しばらくぼんやりと早朝の川をながめていた。そんな時だった。どこからかかすかな弱い声が聞こえてきたのは。あたりを探し回ると、ボーリング機材の隙間に、真っ白な生き物がうずくまっていた。子猫だった。

 子猫は、少しおどおどとしてはいたが、私が近寄っても逃げもしなかった。首輪もなく、さりとて野良というにはあまりに純白で、あまりに穢れない毛色をしていた。

 なんという美しさだろう。華奢な細い体。私はそっと猫を抱き上げる。猫が鳴きながら私をわずかに見上げる。はっとした。両の目が、それぞれ透き通るような青と、金粉をまぶしたような緑とに染め分けられている。これは、オッド・アイ・ホワイト!

 猫は私の腕から逃げようとはしなかった。暖かくやわらかく、抱かれることに慣れているかのようだった。私は子猫を腕の中に隠しながら仕事場から数分のところにある自分の部屋まで連れて帰った。そしてドアをきっちりと閉めた。まるで神を閉じ込めたかのように。

 子猫は部屋の中を一通り歩き回った後、座布団の上で丸くなると、すやすやと眠り始めた。穢れなさと気高さ。眠るまぶたのその内側にあの奇妙な目の色。何か尋常ならざるもの。青と緑と白。それは完璧な調和をもって、崩しようもない美を構築していた。

 私は手早くシャワーを浴びて着替えると、猫のそばにうずくまって飽かずに寝姿をながめていた。暖かな生き物がこの部屋にいる。無防備に私のそばでくつろいでくれている。

 ずっとひとりだった。ずっと何かに身構えて、鋭い糸を張りめぐらせていた。子猫はその隙間にすっと入り込んできたのだった。そういえば、さっき、落合がかけてくれたあのやさしい言葉。私は久し振りに安らいだ気持ちになって、そして、ひどく疲れていたせいもあって、いつになく深く、夢も無い眠りに落ちていった。

 

 目覚めた時、もうだいぶ日は傾いていた。子猫はまだそこにいた。念入りに身づくろいをしながら出て行く機会をうかがっているようだった。ドアの場所を確認すると、その前に足をそろえてきちんと座り込んだ。

「行ってしまうの?」

 子猫は振り向く。あなたにとって美とは一体何? 芸術とは何? 心から愛しているものって何? 猫はそんな問いを全身から発しながら尻尾を立てて身をくねらせた。

 陶芸を志した当初の純粋な気持ち。陶芸家としての先生を一途に信じる気持ち。私はそれらをどこに置いてきてしまったのか。青と緑の目は、まばたきもせずに私を見ていた。それは神からの問いに限りなく近かった。

子猫は外に行きたがって、しきりにドアを引っかいた。

「ちょっと待ってて」

 さっき急いで買ってきた缶詰フードを与え、満足げに口を舐め回す様子を見届けてから、ドアを開けてやった。子猫はすっと私の足元をかすって通り抜け、はかない風情で小さく建物の角を折れていった。夕闇の中を。

 

 私はそのあとすぐに仕事場に出かけて行った。裸電球をつけて窓を開け放ち、土の塊を切り出した。不思議な推進力が心の奥から湧き出してくるのを感じていた。仕事場にはまだ昨夜の窯焚きの熱気がこもっていた。作品はかすかに声をあげながら冷え締まっていく。

 先生のやり方すべてに同意はできないにしても、私はもうしばらくここでやっていきたい。どんなに迷おうとも、あの白い猫が示した一点の瑕もない美、あれだけを求めていればいいのではないか。オッド・アイ・ホワイトの見事な色彩調和。しかもその美しさと引き換えに、青色の目の側の耳は、聴力がほとんど無いのだと言う。あの猫も! しかし、それ故に更に切なく美しい。

 まず手始めに、人間の穢れた感情を消し去りたくて、私はただひたすら土を練ることに意識を集中していた。土の中に自らを練り込む。ぐるぐる渦を巻いていく、螺旋を描きながら。丸く丸く心を転がしていく、やわらかく馴らしながら。

 そしてそれが済むと、電動ろくろの上に居座っている先生の壺をどかしにかかった。それはずっしりと重く、先生の無言の圧力を感じさせた。壊さぬよう、ゆがませないないよう、私は慎重にそれを作業台の上に置いた。

 きれいに拭われた銀色のロクロが回転し始めた。丸く整えた土の塊を乗せ、真芯から生まれ出ようとするものに素直に両手を添わせる。

 澄んでいく。今ここから、始まるものがある。私は息をこらし、指先に暖かな血潮を流し込んでいった。ゆるゆるとした回転の渦の中から立ち上がってくるものが、しもべのように私に従ってくれるようになるまで、何度もロクロを引き直す。

 裸電球ひとつの夜の仕事場。バケツに満たされた青い釉薬の匂い。

 

 砂利を踏むタイヤの音がして、トラックのライトが作業場内を一巡して止まった。外では、ボーリング作業員の男たちが帰ってきて、鉄柱をトラックから乱暴に降ろす音がしている。

 怖くない。もう何も怖くない。ロクロのうなりに心臓の鼓動の響きを合わせる。息も止めて中心を目指す。そう、この気持ち。

 そして、心の片隅で、落合がまた川沿いの遊歩道を足早に帰宅の途につきながら、この仕事場の明かりを瞬間にでも目にとめてくれることを小さく願っていた。

 彼のまなざしの中の私は、きっと朗らかに汚れ切っている。彼はそうしていつでも押しつけがましくない距離を保ちながら、川の流れを背に、静かに見守っていてくれるだろう。

 今、私は真っ白な泥にまみれ、両の目は、青色であり緑色である。青色の目の側の耳は、ただ、完成された美の発する声のみを聴く。

 

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陶芸に関する詩も数は少ないがいくつか作っている。ここに残して陶芸時代のまとめとする。

 

 

土を練る

 

まず無造作に土があって

たこ糸でひきむしり

土の重さを作業台に叩きつけ

そのやわらかさに指を埋め込み

はいりこんだ小石をえぐり取る

 

ゆっくりと土を練る

一押しごとに

心臓のように渦を巻いていく

まるめこむ

こすりつける

次第に土とは別の

なめらかな生き物になる

逃げ出さないように

 

土を練る

両のてのひらで押さえこむ

息の根がとまらない程度に

従順を教え込んで

 

丸く穏やかな調和

体積の年月を混ぜあわせて

夢のように訳をわからなくする

てのひらのぬくもりが

すっかり行きわたったら

さあ もう一度眠らせてあげよう

静かな森の寝息で

 

土は たぶん

頭脳よりはわかっていたはずだ

生きるということの

入り組んだ愚かしさを

煤けた仕事場で

ひじまで泥まみれになって

木偶のように土を練る

ただひたすら

土に溶け入ろうとして

 

土を練って

練り続ける

息の無い言葉を埋め込みながら

土を練る

歯車のような動き

宝飾の光にやすりをかける仕草

紙に書かれた名前を消し

なにものでもなくなるために

土を練る

 

 

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うつわ

 

 

夜遅くまで土を削っていると

自分は自分でなくなる

完全なもの 美しいもの

そんなたいそうなものにならなくても良い

てのひらの中で丸く

安心して触れるような

やさしい形になれ

 

与えられた理不尽な命令に

耐えられず 反抗し ののしった

憎みながら

コンクリートに器をたたきつけた

抜き差しならない悪意に満ちて

私は夜をさまよった

自分をたたき壊そうとして

 

てのひらの中の丸い器

乾ききらない粘土の重さ

その冷たさが心の熱をとってくれる

その軟らかさが私を柔軟にする

私は静かに重くなる

ゆったりと重くなる

 

息を吹きかけながら

丁寧になでていく

固まっていく不確かな形

完全なもの 美しいもの

そんなたいそうなものにならなくても良い

安心して触れるような

やさしい形になれ

 

 

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名前

 

 

命じられる

ここに魚の絵を描けと

 

どんな絵がよろしいでしょうか

それはおまえの好きなように

では好きなように

 

無意識の中の意識

眠ってしまいそうに集中して

一匹の跳ね飛ぶ魚を描きあげる

 

魚の上に濃紺の網の目をかぶせて

陶器の壺の上絵とする

 

よし これでいいだろう

では他のものにもこれと同じ絵を

承知いたしました これと同じ絵を

 

能うかぎり完成された姿であるように

やわらかく流れ出す姿であるように

願った筆の穂先は

どこまで誠実だっただろうか

 

正義に近い意義

ふたつの名前を持つ濃紺の魚は

ふたつの影に引き裂かれ

網の中でもがいている

淡くにじみながら

 

取り引きの場所には

ほころびかけた祝辞が並ぶだろう

ゴーストの魚は口を閉ざしたまま

法外な値札を掲げているだろう

 

命じられる

ここに鳥の絵を描けと

 

どんな絵がよろしいでしょうか

それはおまえの好きなように

では好きなように

 

無意識の中の意識

眠ってしまいそうに集中して

小枝にとまる三羽の雀を描く

 

雀たちに冬の薄日を降りかからせて

陶器の盆の上絵とする・・・

 

 

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陶芸の先生

 

陶芸の先生は

新宿の雑踏の中にいると落ち着くそうで

胸の大きな女性をみつけると

おお・・・と感動の面持ちで見入ってしまうし

危ない儲け話にうかうかと乗っかってしまう人なので

いつもそばにいてひやひやむかむかしていたのだが

 

先生の方でも

愛想悪く注意忠告を繰り出す私とは

根本的に気が合わんと思っていたかもしれない

二十数年前の話だ

 

今年 もう八十七歳ぐらいにはなる先生から年賀状が来て

もう年には勝てません 個展も去年で最後にしました

などと書いてあるのを見ると

そうか もうそんなお年かとしみじみと懐かしくも物悲しい

 

一緒にいてどうも虫が好かん

なにか互いにギスギスしてしまうという人は

必ずいるものなので

そういう人とは時間と距離を置いて

悪い熱を冷やさなくてはいけない

 

父親が憎くてたまらないと言って

泣いていた同級生を思い出す

和解できないまま

若くして亡くなってしまったけれど

 

先生 私は憎んでなどいませんでしたよ

もうひとりのやんちゃな父

そんな気持ち

だから本音を隠せずかみついて

睨みあって

 

先生もだいぶ枯れて

私も幾分くたびれて

今ならにこにこしながら

やあ あの時はどうも

こちらこそ 生意気で未熟ですみませんでした

などと言い合えるのかもしれない

 

今なら

やさしくまるい茶碗が作れそう

先生は?

 

 

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先生とのお別れ

 

 

いつかそんな知らせが来ると思った

最期は枯れるようだったと

 

巨乳の人に目がなくて

株のことで頭いっぱいで

商売気たっぷりで

とんでもない技法にすぐ食いついて

模倣や模写も平気で

そもそも芸術家としていかがなものかと

弟子である私を

すこぶる困惑させることの多い先生だったけれど

 

あの場所は

レールを降りた私が

迷い歩くには最適な場所だった

 

お互いに

むっとしたり

ぷいっとしたこともあったけれど

共に作りあった数百の器や壺

高く売れたものもあり

埃にまみれて焼き物置き場に

ほったらかしのものもあり

 

すべてが滅びる日が来ても

陶器のかけらだけは

地中の中で生き残る

 

さようなら 先生

今は大きな口で

笑っている先生の顔しか

思い浮かばないのです

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