第52集 強くて健やか
更新日:21 時間前
赤くてかゆい②
去年の11月ごろから
両方の目の周りが赤くなって
かゆくもなって
何かのアレルギーなのかなと思っていたが
2月になっても治らないので
皮膚科に行って塗り薬をもらった
アトピー性皮膚炎のかゆみ止めで
ステロイドは入っていないそうだ
目の周りが赤いと
やさぐれて見えるし
荒んで見える
殴られた人のように見える
手や足だったら少しぐらい赤くたって
全然かまわないのだが
顔だから
外出時に困る
メイクを厚めにすることになる
厚化粧と思われたとしても
DV被害者かと気の毒がられて
まわりを不穏な気持ちにさせるよりはいい
2月も終わりになってきた今
だいぶ良くなってきているような気がする
顔のしもやけかとかも思い
冬になると使う入浴剤のせいかとかも思い
原因はさっぱりわからないが
よくなる傾向にあるようだから
もう気にするのはやめて
鏡を見過ぎるのもやめようと思う
そうは言うものの
花粉が大量に出回る時期になり
黄砂もそのうち来る
顔面注意報はまだまだ消えない
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均されていく
山の上の大学の近くに住む知り合いが
大学の事務の仕事を十数年間やって
ちょっとした荷物運びや伝言などの仕事や
教授たちや生徒たちとの交流が
とても楽しかったと言っていた
多分私が姑の介護で
下の世話に明け暮れていた日々と重なる
私が姑の命と対峙し
不満をこらえながら過ごした日々を
彼女は生き生きと楽しく過ごしていたんだなと思うと
それは良かったですねと言う私の言葉も
どこか空々しくなる
私の母も生きていた頃
「介護なんてよくやったね
私なんか絶対できない」と常々言っていたが
できるできないの問題じゃない
やらないといけなかったのだ
同じ日々を
人はそれぞれに生きる
並行していろいろな生き方がある
不本意な流れに巻き込まれて
くすぶりながら生きるしかない時もある
つらい経験は人生の糧になる
などとは誰にも言われたくない
いつもいつも明るく楽しく過ごせたほうが
どれだけよかったことか
しかしまた
負の感情を引きずるのも愚かなことだ
人生は
いつのまにか均されていく
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今年の花見
桜の季節も
静かに過ぎていく
今年は雨の日が多かった
晴れた日曜日
二か領用水沿いでは桜まつりをやっていて
子どもたちが踊ったり演奏したりして賑わっていた
この日だけは桜日和だった
また別の日に
津田山の霊園の桜を経由してから
枡形山の桜を見に行こうということになり
夫はピクニック気分で朝からうきうき
ポット2本に熱湯と冷たいお茶を入れ
カップ麺とコンビニのおにぎりやサンドイッチをもって
(私はゆで卵だけつくって)
車ででかけた
枡形山の桜が見える場所にシートを敷いて
いざ持ってきたものを食べようとしたところ
なんとポットのお湯やお茶がけっこうこぼれてしまっている
一緒にビニール袋に入れていたおにぎりやサンドイッチが
びしょびしょ
だいぶ少なくなってしまったお湯で
カップ麺をやっとふやかして
お茶がしたたるサンドイッチを絞りながら食べて
ご飯がぼろぼろほぐれてしまうおにぎりを
コーヒーカップに入れてお箸で食べて
まあ食えるからいいんじゃね?と
なんだか爆笑気味に食べたのだった
近くでは小学校新入学の子どもたち6~7人が
新しいランドセルを背負い整列し
母親たちがスマホを掲げて
賑やかにランドセル撮影会をやっている
子どもたちにタイミングよくジャンプさせたりして
見ていてたいそう可愛らしい
でもうちの子たちは
こういうの絶対参加しなかっただろうし
私もこんなママ友の仲間にはなれなかっただろうなと
そんな過ぎ去った日々への感懐も湧きあがり
まあそれはそれでそうだったんだから
今もしあの頃に戻ったって
やっぱりどうこうできるものではなかったもんねと
確信の苦笑をしながら
シートを片付けたのだった
枡形山は定番の花見どころだったが
かなり枝が落とされていたり
木が丸ごとなくなったりしていて
花見をするには
かなり寂しいことになっていた
木だって当然老いる
残念には思うまい
われとわが身の静かなる変化と引き比べて
すべて万物は同じ流れの上と考えれば
そういえば
ポットのお湯やお茶がもれた原因は
洗ってはずしておいた飲み口を
つけ忘れたせいだった
家に帰ってきてから気づいた
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花のあと
風の強い日
どこのものとも知れぬ
遠くの桜の花びらが1枚
庭先に飛んできて着地した
そういえば
あれだけの大量の花を咲かせた桜だが
掃除が大変だという話も聞かない
乾燥して小さく縮まって
たやすく風に飛ばされたり
ささいな雨で流されたり
散ったあとも面倒な世話がない
それに比べて
(と、うちのハナミズキを見る)
美しいけれど
散り始めたら絶対に掃除を要求する花
やがてばさばさと1枚ずつ散って
庭一面にしつこくこびりつく
前の道路にもこびりつく
車に轢かれると
茶色く変色して
ますますこびりつく
桜のようには
ほおっておけもしない
これもまた一つの花の様態
毎年のことだ
今から掃く気満々で
庭を眺め渡している
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陳式の練習
4月半ばに代々木で太極拳の大きめの大会がある
日本人だけでなく世界の太極拳愛好家が集まってくる
私は陳式を学びはじめてまだ1年もたっていないのだが
「一緒に大会に出て」「団体としての人数がほしいから」などと言われて
「出ます」となぜか軽い気持ちで答えてしまった
「いやまだまだ駄目ですよ」と断ればいいものを
オーダーを受けたからには精一杯がんばらねば
ということで
ここ2~3ヶ月ダッシュでかなり練習した
まだ完璧ではないかもしれないが
先輩たちを差し置いて
日が浅い私が完璧になってもまずいしな
ほどほどにできてればいいやん
などと心の中で逃げ場を作る
練習しすぎて右肩を回すと
ポキポキ音が出てやや痛い
早く大会を終わらせて肩を休ませなければ
公園でも何度も練習をした
新学期を迎えた小学生たちは
学校から早めに帰ってきて
やたら元気に鬼ごっこなどしている
公園の端っこでのそのそと太極拳をしている私は
彼らにとって
変な動きをしている変なおばさんなんだろうなあ
同じ年頃の京都の少年の事件が
連日報道されている
普通に楽し気に遊んでいる子ども達の声を背中に聞きながら
見えていないどこかにもしかして
声をあげることもできない闇もあるのだろうなどと
しばし思いを至らせて
つい心が澱んでしまいそうになる
しかし今はそれどころではない
ただ陳式に
集中するべし 集中するべし
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大会に出た
東京での太極拳の大会をなんとかこなしてきた
風邪もひかず身の回りに何の事故もなく
会場に無事に辿り着けただけで
自分的には
このミッションは80パーセントは成功しているので
最初から特に緊張もしていなかった
大勢の選手が
さまざまな技を披露しているのを見て
太極拳ってなんて広くて深いのだろうと思った
私などはオーソドックスな楊式太極拳をいくつか知っているだけだが
全く知らない太極拳、剣、扇、棍、鞭杆が次々と披露されるの見て
かっこいいものなどがあると
それってどこで学べるの? うちら辺に学べるところがないじゃん
などと残念に思った
ネットの動画で学ぶとどこか自己流になってしまう
しかし今私がここ1年学んでいる陳式太極拳も
結構特殊なものである
先生が独自に編み出したものらしく
練習のさなかにも
ここはこう変えるよ その方が見栄えがいい
などと柔軟に変化を入れてくる
結構自由だな それでいいのかと思いながら学んでいるが
そういうのも独自感があっていいのかもしれない
全然オーソドックスではない
オリジナリティーあふれる陳式
8人一緒になんとか大会で演じることができた
ずっこけて転んだりしたらやばいと思っていたが
転ばなかった
途中、「むっ!今の違ったかな?」と思う箇所もあったが
どんどん流していけたので
これはもう95パーセントの成功だと
自分に言ってあげよう
これで全体の前半部分の套路である
あと半分はこれから学んでいく
大会前に焦ってダッシュではなく
ゆっくり学べたらと思う
詳しくは
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県民の歌
私の出身の栃木県には
「県民の歌」というものがある
ふと思い出して検索してみた
音符と共に歌詞も載っていて
目でたどってみると
なんとまだメロディーを覚えている
♪~
とちの葉の 風さわやかに
晴れわたる 町よいらかよ
男体は 希望に明けて
日の光 よもにみなぎる
栃木県 われらの われらのふるさと
もうひとつ私に印象深い栃木の歌がある
私が6年生だった時に
新しく赴任してきた校長先生が作った歌で
大々的にレコードも作成して売り出していた
こちらはネット検索しても出てこなかった
歌詞はもううろ覚えだ
しかしメロディーは覚えている
♪~
とんとん とちの木 みんなの木
背比べしながら ぐん!と伸びろ
あなたもわたしも~
若々しくてハンサムな校長先生だった
社会科見学か何かで一緒のバスになったとき
校長先生自身が驚くほどの美声で歌ってくれた
皆で「わあ~ すごい」と感嘆したものだ
小学校の同窓会も1度も行われていないので
もう確認できないのだが
だれか「とちの木の歌」を覚えている人は
いないだろうか
ついでに言うと
小学校の校歌もまだ歌える
宇都宮市立泉が丘小学校
6年間過ごしただけあって
何かにつけ歌う回数も多かったのだろう
♪~
山並はるか 男体の
雄々しい姿 仰ぎ見て
手を取り学ぶ この丘は
希望燃えたつ わが母校
泉が丘よ 栄えあれ
ちなみに
中学校、高校の校歌はもう全く忘れてしまった
整列させられた列の隅っこ
この群れから抜け出すにはどうしたらいい?
そんなことをばかり
思うようになっていたから
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バレリーナの虫
近頃 庭の山椒や柚子の木に
白い小さな虫が何匹かついている
これがバレリーナのチュチュをまとっているような
ふわふわの美しい虫なのだ
「3ミリ 虫 真っ白 ふわふわ」で検索したら
アミガサハゴロモの幼虫であるという回答がでた
つつくとおどろくほどピョーンと飛ぶ
腕に飛んできて羽を広げると
ほんとうに可愛らしく美しい虫
でも植物の液を吸うし
排泄物などがすす病をひきおこすらしい
夫に「バレリーナの虫がいるよ」といい
「大量発生すると植物によくないんだって」と言うと
さっそく駆除に乗り出した。
「ちょっとぐらいなら大丈夫なんだよう」と言っても
夫は害虫に対して結構手厳しい
野菜につくイモムシ、ウリムシなど
いつもぶちぶち指でつぶしているし
「妖精を蒸し殺しにしているからな」と言って
ビニール袋に虫をためて物干し竿に引っ掛けている
「ちょっとぐらいいても大丈夫なんだよう」と私はまた言い
夫が「バレリーナ」じゃなくて
「妖精」と言ったことにちょっと笑った
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太極拳の夢
久しぶりに夢をみた
明け方の夢だったので
それははっきりと記憶に残った
私は体育館のような場所で
大勢の人と一緒に太極拳をしている
夢の中の私は
いつも自信がなくて
套路を時々忘れてうろたえている
そこへ
別の女の先生が現れて
華麗に陳式を舞い
舞い終わると
皆の感嘆の声の中
微笑みながら
すっと去っていく
その先生は
たぶん私が以前習っていた先生なのだ
思い出補正が入って
すぐには分らなかったが
あれから幾分年を取って
幾分ふくよかになった姿
私は先生に駆け寄れず
ただ離れた所から
黙って見送っただけだった
この夢をどう解くか
正直に白状すると
先生の更にグレードアップした姿を見て
濁った嫉妬の心が生じたのだ
私よりずっとうまいと思った
太極拳の大家みたいだと思った
負けたと思った
目覚めて
これは単なる夢だと
自分に確認する
先生と張り合う気持ちが
どこかに残っている
私はまだまだ生徒
この潜在意識を消せるのは
いつだろう
人々に称賛されて
気分よく目覚めるためには
現実の私も
完璧にならないといけないのだ
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本を読む
小学生の頃
「学習」と「科学」や
「小学〇年生」といった付録付きの雑誌を
毎月買ってもらっていた
本屋さんが家に雑誌をもってきてくれて
玄関口で母がお金を支払う
その様子を襖の陰から盗み見
本屋さんが帰ると
母が私に本を手渡してくれる
新しい本を手に取ったときの喜び
雑誌の付録の実験道具や紙工作も
机の上にいくつもいくつも並べて
眺めては満足していた
本は私の一番の楽しみだった
友だちと遊ぶことよりも
本を読むことのほうが好きだった
私はひどく無口だった
声を出して自分を表現することができなかった
なにか普通の子とは違っていた
図書室からも何冊も本を借りた
それらの本が
ある意味私を生かしていた
詩を愛する少女と
最初で最後の親友になれたのも
図書室の中でのこと
本は
どれほどの喜びだったことか
本があったから生きてこられた
だから今も私は本を読む
子どもの頃のあの新鮮な思いは
もう失くしてしまったが
何冊も何冊も本を読む
集中が続く限り
見える目がある限り
世の中に
読める本がある限り
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やりづらい仕事
今やっている仕事で
区役所の担当者からクレームが入った
「所管課との板挟みになってしまって・・・」
「所管課と関係悪くなりそうでつらい・・・」
へっ?と思った
そこを調整するのがあなたの役目では?
一生懸命やった校正が
迷惑がられていたなんて
頑張った結果を否定されて
へそも曲がる
時間をかけて
じっくり調べて
間違っている部分を指摘し
よりよい表現を提示しただけ
それのどこが悪い
区役所の担当者は
① 訂正は妥当、直しましょう
② 訂正しなくてもいい
③ 訂正するかどうかすぐには判断できないので
各所と相談が必要
一旦保留、または来年検討
この3点を答えるだけでよかったのに
頑張って一生懸命校正して
叱られるのでは割りに合わない
すみませんでしたと口先では謝ったけれど
心の底では全然反省していない
こんな程度のことで泣き言を言ってくるなんて
どんだけキャパが狭いのだ
もう行政の部分は金輪際見てやるもんかと
プンプンしている
そうは言っても
まだまだ直した方がいい部分も見えていて
最後まで黙って見過ごしていられるか
最低限のことは言わせてもらうか
私の意地悪度が試されている
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サッカーのワールドカップ
昼過ぎに試合があったときは
近くの民家から
「ヤッター」という男性の大声が聞こえてきた
深夜に試合があったときは
向かいのアパートの部屋の明かりが
ずっとついていた
勝ち負けがある限り
賞賛も落胆もある
優勝に至らない限り
こきおろしたり
吊し上げたり
戦犯と呼んだり
熱狂と期待の陰に隠された醜さが
勢いついでにこぼれ出る
それが丸ごとスポーツの世界
もって数日の
転嫁された興奮とか感動とか
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七夕の短冊
この時期
スーパーでは七夕の笹が飾られている
色とりどりのたくさんの短冊
「どれすがほしい」
「プリンセスになりたい」
「あんぱんまんになりたい」
「テストで100点が取れますように」
微笑みながらながめていて
その中のひとつに目がとまった
「いつまでもかぞくといっしょに
すごせますように」
それが子どもの字なのである
家族の在り方のあれこれ
いつまでも一緒にいたいと
子どもに思わせるほどの
優しさにあふれた明るい家庭
そんな家庭が確かにあることを思い
胸のあたりが
少し涙っぽくなった
もう振り返るまい
私が子どもだった頃のことなど
覚えているのはわずかな断片にしかすぎないし
その偏った記憶を
今更評価することはできない
七夕の日はまだ梅雨模様で
見上げた空に
きっと星は見えない
短冊の色紙は
小さな願いとただよう湿気で
ほんのわずか重くなっている
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「湖の男」を読んで
直接手を下したわけではない
しかし自分の言動が
愛する人の死の原因になっていたかもしれない
最近読んだミステリーは
運命に罪を刻まれてしまった人たちの
一生を貫く悲劇を描いた
深くて重いものだった
3年前
母が自宅で一人で亡くなっていたとき
兄夫婦は出かけていて
母の苦しみに対処することも
その死に立ち会うこともできなかった
兄はまさにその後悔で
長らく悲嘆の渦から抜け出せなかったのだ
私は
いい亡くなり方だったよ
ほとんど苦しまなかったと思うよ
としか言えなかったけれど
そんな言葉では慰めにもならなかっただろう
人の生き死にを思う時
起きた現象の原因の底の底に
自分が深く関わっていたとしたら
どうしたらよいのだろう
運命だから仕方がなかったと言えるだろうか
人はそんな穴にしばしば落ち込む
平気でいられるとしたら
愛が薄いのだ
やさしい人ほど苦しむ
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私の夏休み
私が小学生だった頃の夏休み
低学年の時は
たいていひとりで虫取りなどしていた
その他は本などを読みながらゴロゴロしていた
旅行とかレジャーとかの習慣のない家族
または
そんな時代だったのかもしれない
高学年になると 夏休みの後半は
町内会対抗のソフトボール大会の練習に駆り出された
全然参加したくないのに強制参加で
せっかくの夏休みを台無しにされていた
中学、高校と
私の夏休みはほぼ勉強に費やされた
休み明けの中間テストに向けて
とにかく勉強
成績上位にいたいがために
ただひたすら勉強した
楽しく遊んでいた人たちより不幸だったとは思わない
人より多く広く知識を得ることで
深い充実感が得られたから
いやらしいマウント感であったにせよ
大学時代の長い夏休みは
東京から帰省して
少し体を壊していた時は何もせず
久しぶりに小学生の夏休みのように
ぼうっと過ごした
2年3年はバイトをしたり
早く東京に戻ってこいという恋人の手紙に
長い返信を書いたり
やはり夢うつつで過ごした
そして次に夏休みに出会うのは
子どもが幼稚園や小学校に行き出してから
プールや公園や1泊旅行とか
本当によく出かけた
思い切り遊んだなあという思い出がいっぱいだ
私の夏休みをまとめると
そんな風だ
ひとりぼっちだった私に
大学時代の夫が添い
家族になってからは子どもたちも添い
そうして夏休みが賑やかになっていった
今はもう夏休みの意識もなくなった
小さな休みと小さな仕事が細切れに続く日々
学生たちが登校しない朝の道が
いつもより静かで広々としている
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目覚めた朝に
朝が来て
幼い者たちは
いきなり走り出す
ただわけもなく
明るく広がる空
すべてが
新しい未来
時折の涙は
あるけれど
若者たちは
抱え始めた胸の痛みに
身をすくめながらも
力強く歩む
まだ何者かになれる明日がある
手に入れたい愛がある
日々を重ね
年を重ね
いつのまにか
今日のことしか見えなくなる
今日をしのがなくては
明日は来ない
近づく夕暮れの中
どこかしら痛み
どこかしら重く
遠い山を
目指そうとする心を
いくつかの錠剤と共に
飲みくだす
それでもまだ
新しい本を読むことができる
新しい曲を聴くことができる
新しい光を見ることができる
目を閉じて
最後の暗闇に沈みこむ
その時まで
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鳥の声
二羽の小鳥が
どこかの木の上で
鳴き交わしている
途切れないおしゃべり
絡みつくような
甘えた声の調子
それは
親子の語らい
友だち同士の情報交換
または恋
同じ波長で
つながった絆
大笑いしながら
街々を闊歩した
あの夏の日の
私たちのように
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等級
去年からお米の値段が高止まりして
いつまでたっても3000円~4000円から下がらないので
夫が通販で安いやつを買った
5kg2100円のやっすいお米
袋を開けてみると
半分くらい白くて小さいジャンクなお米が混じっている
炊いてみるとご飯が黄ばんでいる
だろうね 2100円だもんね
でも口に入れてしまえば
まあまあご飯の味はする
なら仕方ないか
これでよしとする
海苔屋でパートの仕事をしていた時も
海苔の等級を目にすることがあった
真っ黒でしっかり厚みのあるのは高級な「A」
黄緑色でペラペラのは安っぽい「E」
海老が入っていたら「EB」とか
大箱に書かれた印の意味を
あの頃初めて知った
家の畑でミニトマトを作っている
採れたての初期は大粒で瑞々しいが
徐々に小粒になっていき
木が老いていくと
明らかにトマトの出来に劣化がみられる
そのように同じ品種でも
等級が生じる
これを人間にあてはめたら
倫理に悖りハラスメントに値するのだろうが
もしかしたらそれは
行きとし生けるものすべてに当てはまる
避けられない摂理なのかもしれない
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熊本の大地震
熊本でまたしても大地震があった
家が倒壊したり
道が破断されたり
線路が曲がってしまったり
大爆発も起こったし
災害の只中の人たちは
生活の場や食料の確保 今後のことなどで
不安と悩みで頭はいっぱいだろう
子ども 若者 壮年 年寄り
それぞれの年齢ごとにも
違うつらさがあるだろう
私は親知らずの歯茎が腫れていることが
目下の最大の関心事で
治らなければ抜歯だよなあと
ややテンションを低めている
歯科医には
「免疫との闘い」と言われた
悪いけれど私の心の中のニュースでは
遠い地域の災害のことよりも
この自分との闘い
腫れている親知らずのほうが
大きな話題なのだ
今日もひどく暑い
今日も人々はさまざまに闘い
誰もが「よくなっていく傾向」を
探そうとしながら
それぞれの時を
息をこらして過ごすのだろう
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ご近所のこと
夏の間にご近所の
ひとつの家が取り壊され
更地になった
高齢だったが若々しく
元気そうだった女性が
ひとりで暮らしていた家だった
若かった頃
夫と急転直下で結婚の日取りを決めたことを思い出す
長い春だったが
もうこの辺でけじめをつけようという機運の高まりと
やけっぱちの勢いに乗じて
私の両親への夫の挨拶も
「お嬢さんをください」ではなく
「結婚式の日取りですが」だったことを
両親はあとで思い出して大笑いしていた
「娘をよろしく」の言葉も
うっかり言いはぐってしまったと
そんな感じで急に結婚し
私が夫の実家に前触れもなく越してきたので
ご近所では
妊娠したからあわてて結婚したのだ
などとの噂も広まっていたそうで
(そんなことは全然なかったのだが)
なんか気まずい、やな感じと思いながらはじめた
この地での新婚生活だった
あれからご近所の地図も変わり
人々の顔ぶれもかわった
私を噂の種にして楽しんでいた方々も
年を取って徐々にいなくなった
新しい人たちが建売り住宅などで入ってきた
回覧板を持ってきてくれる若い奥さんと
幼くてかわいい女の子
回覧板を受けとる私はいまや「古い人」
あと何年か何十年か
人々は押し出されるように
秘かに入退場を繰り返し
建て直される新しい建物ばかりを見せて
日々は何気なく次のものへと代謝していく
ご近所の記憶
私が保っていられるうちは
40年分がこの頭の中にある
それは誰に受け継がれる必要もなく
いつか更地になっていく記憶である
時々こうして気紛れに
思い出しでもしない限りは



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