第44集 何も考えていないカエル
ツノガエル
アクアリウムが趣味の夫が
ツノガエルを飼い始めた
黄色っぽい体色で目が赤い
顔がでかいアルビノのカエルだ
食べ過ぎると死んでしまうそうで
一週間に一回しかエサをあげられない
一日中同じところにじっとしている
いつ見ても同じところにいる
ぱっちゃり丸っこく
ウィローモスの茂みの中
何が楽しくて生きているのか
哲学的な問いもしたくなるが
途轍もなくつまらない生だろうと考えるのは
安易な人間の計らいで
きっと根本的に
悩む事の無い脳のつくりになっているのだ
それは神の計らい 巧まずして精緻
エサを食べる時だけ
一生懸命に口をあんぐり開ける
霧吹きで水をかけると
目をしぱしぱさせる
動くのはそれだけで
あとはぴくりとも動かない
半目で眠り続ける
幽冥のはざま
カエルの気持ち
それさえあるのかどうか
それでもちゃんと一日は過ぎる
哲学を思わせて
ただそこにある命
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古本屋にて
財布の中のお金を探り
食材を買うか詩集を買うかで迷った
いつもは迷わず
食材の方にお金を回してしまうのだが
今日は思い切って詩集を買った
今買わなかったら
もう二度とこの詩集に出会えないような気がして
駅の階段を降りる
太腿が筋肉痛だ
昨日のヨガのせいか
ジムのトレーニングマシンのせいか
年を取ると体づくりも大切だ
十二歳から詩を書いてきた
還暦を過ぎてもなお書こうとしている
変なおばさん、いや、おばあさん
言葉を選んだり組み合わせたりしているうちに
自分の感情に気付いていく
言葉によって愛を追体験する
時には涙もあふれてしまうのだ
誰かの詩集を読む
それは心の筋トレだ
私に言葉の力がちょっとだけ与えられる
心が萎れないように
外からも力を加えなければ
電車を降りてスーパーに入る
今日の食費は二千円以内
なにしろ素敵な詩集に出会ってしまったのだから
これはご飯を食べている場合ではないでしょう
(2022年12月)
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足元に
立っていて
後ろ向きに足を引いたら
猫を蹴ってしまった
あ、ごめん
と思ったら
それは
椅子から落ちた
クッションだった
ふわっとして
あたたかい
あの猫を思い出す
(2022年12月)
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初詣の帰りに
元旦の午後
初詣の帰りのことだった
人気のない路地を
若いカップルが向こうから歩いて来るのに出くわした
男性の方が
何故か散骨の仕方について話していて
「少しふところに入れてそれで散骨する」
と言ったところ
女性が
「あはっ」と大きな声で笑った
男性も真面目な顔から急に頬をゆるめて
二人は笑いながら私の横を通り過ぎていった
誰の散骨か知らないが
それはとても明るい話題のように思えた
途中にあった長念寺に
ちょっとお参りに寄った
賽銭箱が見当たらない
お辞儀だけして帰ろうとしたら
お墓参りに来ていた母子に出会った
七歳ぐらいの少年が
重そうに水桶を持って歩いている
母親が
「大丈夫? 」と声をかけると
少年は
「大丈夫。自分で持つものだ」
とたいそう大人っぽく答えた
私はその答えにひどく感心して
振り返りながらにこにこしてしまった
今年の初詣は
いいものを見聞きした
元旦に出歩くと
普段とは違っていいものに出会える
その時の私の気分が
特別にいいものに思わせただけかもしれないが
(2023年1月1日)
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信を問う
愚かに燃え上がった 恋のさなかにあるならば ウィルスをやり取りするような キスをすることもできるのだろうか 頬を触れ合わせて 抱き合うこともできるのだろうか マスクを外した素顔も見せられないなら どうして裸を晒せるだろう 災いも数年たって かつてほどには死の影を感じない 破滅的な気分で愛し合った恋人たちは 呼吸の中に命を奪うものがあることを 一時も忘れることができなかった この平和な空気の中では 互いの愛の信を問うものがなく
その甘い緩さに
もうあれほど命がけには愛せないと
思うのだろうか
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青春を記す その後
自伝的私小説「青春を記す」もいよいよ伊豆旅行に突入し
佳境と言えば佳境
よりセンシティブな内容になってきたところだ
8~9割は実際にあったことだが
1~2割は、こうあればよかった
こう言えばよかった
こう振る舞えばよかった
またはこう言ってほしかったなど
今になって思うところを
補正し脚色して書いている
恋人たる相手の男性(夫)が
これを読んだら
そんなところまで書いたら書き過ぎだよぅと
大袈裟に悶絶して転がり回りそうだが
これは今でこそ書ける私の若い頃の
命がけで生きた日々の
正直な気持ちの吐露なのである
あの頃彼に伝わっていなかったことも多々あったろう
超長い長いラブレターのような気持ちで書いている
書きながら涙が止まらなくなってしまうこともある
言葉の力はすごい
文章にして過去を追体験することで
この年になって私は
また恋をしているのである
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眠り姫
姑の面会に行ったら
深く傾眠していて
ゆすっても起きてこないという
「まるで眠り姫のように眠り続けているのです
朝食も昼食も食べずに眠っています」
そう看護師は言う
時々こういうことがあるのだという
毎日じゃなければいいいか、と
夫と言い合って
面会せずに帰ってきた。
「眠るようにっていうのも幸せかもね」
そう言ってしまった後
少し後悔した
夫も
「そうだな」とは言っていたが
わけわからず怒っていても
不機嫌だったとしても
元気そうな目の光を
見せてくれた方がよかった
もう先が限られてきた時間
しっかりと覚醒した心で
ちゃんと私たちの姿を
瞳に刻んでほしかった
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青春を記す 了
「青春を記す」が一段落ついた
あとは微妙な手直しと気付いたところの補足ぐらいだ
書き始めから半年ぐらいかかった
思い出しきれていないエピソードも
多々あるに違いない
もっともっと詳しく日記を書いておけばよかったとも思ったが
たぶんあれが限界だ
あのころ日記を書くのに1時間以上ついやしていた
つまらない授業の合間にも書いていた
揺れる電車の中でも書いていた
すべての出来事を忘れたくないと思っていたから
夫への愛も思い出した
近年 姑の介護で私一人プンプンしていたが
夫なりにいたわりの言葉をかけてくれていたことも
思い出した
好きだった山登りも
介護が始まってからふっつりとやめている
それも今思えば夫の愛だ
学生時代の強烈な愛
それがこの今でもどこか続いている
私たちはたぐいまれな関係だったのだ
それをすっかり思い出した
もとの日記はもっと感情的で
めちゃくちゃなことを書いていたのだが
整然と小説的にまとめると
なんだかすごい恋だったなと
今でも感動の涙がにじむ
もっともすべて恋をしている人たちにとっては
自分たちの恋こそが一番最高
ということになるのだろうけれど
死ぬまで一緒にいたいと言ってくれた言葉は
この年になるといやにリアルで
先のことを思い感慨も胸に迫るが
まあどうやらこのままいけば
なんとか死ぬまで一緒にいられそうだ
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モンシロチョウの恋
番おうとして
からまりあって飛んでいた二匹のモンシロチョウが
急に空高く大きく離れてしまい
もうこれっきり会えないのかと思っていたら
再び互いを見いだし
またくるくるからまり飛んでいる
しばらく見ていたら
また少しずつ離れ合って
それぞれが勝手気ままにひらひらと
ハナミズキの上のほうと
さやえんどうの葉群れのほう
彼らはもう一度会えるのかどうか
番う相手は必ずあの子と
決めているのかいないのか
モンシロチョウにも
刹那の愛があったとして
この広すぎる青空にあまりにたよりなく
ふと気付いたら
もう二度と
出会えなくなってもいそうで
振り仰いで
しばらくの間
空の中を探していた
結び合う軌跡(奇跡)が
そこに再び現れるのかどうかを
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学校の夢
時々学校の夢を見る
その夢はいつも大体似通っている
夢の中の私は高校生で
兄も同じ高校に通っているらしく
二人とも朝「遅刻だ遅刻だ」と騒ぎながら
自転車をこいでいる
それは遠い遠い高校で
いくつも山坂を超えて行かなければならない
お弁当を作る時間も無くて
お昼どうしようと思いながらも
途中にコンビニなど無いので
そのまま一直線に高校へ向かう
やっと着いたのが九時半ごろ
勿論すでに授業は始まっている
後ろの方から気まずくこっそりと
教室に入っていく
そして夢の中では毎回
体操着を持ってくるのを忘れてしまっているのだ
別のクラスにいる兄に相談しようか
などとも思うが
相談しても借りるわけにもいかないし
体育に出席できないので
仮病を申告するもすぐにバレて
先生に叱られることになる
全く遅刻するわ弁当も体操着も忘れて
先生に叱られるわでさんざんな一日
実際は遅刻したことも弁当や体操着を忘れたことなんかも
一度も無いのに
そつなく完璧であろうとばかりしていた嫌味な私
6歳離れている兄とも
同じ学校に通えていたことはなかった
思うに
これは願望だ
真面目一辺倒で全然面白くなかった高校時代を
夢の中でゆるく修正しようとしているのかもしれない
もうちょっと馬鹿馬鹿しく生きてみればよかった
ドジっ子で失敗ばかりの滑稽な私だったらきっと
もっと友だちもたくさんできていただろう
変に人に勝とう勝とうともしていなくて
随分やさしく生きられていたかもしれない
でも現実世界では
それは到底無理な話だ
私は下の方にいるのに耐えられなくて
なんとしても這い上がろうと努力してしまう
力を抜くことなんてできない
人に負けている状態で
笑ってなんていられない
それが今も昔も変わらない私の姿
今も昔も頑張ってもそうは浮上できないくせに
優雅に泳いでいるその水面下で
白鳥(と自らを例えるつもりはないが)は
必死で水をかいている
(実際はそんなにバタバタしてないそうだが)
だからせめて夢の中だけででも
真逆の性格であってほしい
ドジっ子の私が弁当を忘れて
人に卵焼きをたかっている
体育をズル休みして
ベンチでふんぞり返って漫画を読んでいる
兄ともたびたび学校の中で出くわして
ニヤっとしあう
せめて夢の中だけででも
そんなおちゃめな私を
もう叶わないひとつの過去として
笑って見ていたい
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訪問看護ステーション
買い物などでちょっと遠出するときの
幹線道路の道沿いに
姑の看護に来てくれていた訪問看護師さんの
訪問看護ステーションがある
ここを通るたびに看護師さんと口論したことを思い出してしまう
姑の腰痛がひどくなり
いよいよ起き上がれなくなったとき
看護師さんは「車椅子を使えばいい」と言い
私は「車椅子なんてこの痛みでは無理です」と言い
看護師さんは「寝たきりでもいいとお考えならそれでもいいですけど」と言い
私は「そういうんじゃなくこの痛みではそもそも体を起こせないでしょ」と言い
お互いむきになって30分ばかり言い合ってしまった
私はもうさんざん姑の世話では神経を使い悩み
自分を犠牲にしてきていた
このうえ車椅子へ全く足の力のない姑を抱え上げ乗せるだと?
リクライニング30度の角度で寝ているだけでも
苦痛の表情を浮かべているというのに
口論した次の日
姑は脳梗塞を起こして
もう自宅介護という段階を超えてしまって
訪問看護師さんともぷっつりと縁が切れてしまった
看護師さんからもとうとう何の連絡もなかった
いざこざがあった私とは話したくなかったのだろう
私が気にすることも無い
でもこうもあの日のことを思い出してしまうということは
私も結構傷ついていたということだ
まあ お互い様だ
そんなことを思いながら
事務所の前を通り過ぎる
彼女とばったり顔を合わせてしまったら
私はうまく微笑むことができるだろうか
せいぜい頑張って微笑んで挨拶してやるさ
ここを通る度思い出してしまうのは
もうやめにしたいな そう思っているのに
もう一息だめなようだ
私もまだまだだな、と思う
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現代詩人
母は私の詩を解さない
というか
最初から分かろうとしない
何が書いてあるのかちっとも分からない
と言うばかりで
ちゃんと読もうとしたことがない
だから
読んでもらおうとも思わなくなった
どこが難しいというのか
何が分からないのか
そもそも「現代詩」という形が
難しいと思わせるのか
昔 通信で詩を連載させてもらっていた時も
「高尚すぎて」という感想を聞いて
「えっ? どこが?」と驚いたことがあったが
私の詩なんて
全然分かりやすい方だ
もっと奥行き深く
もっと時空を超えるような
ああ、もっと
色と音のある言葉が降ってくればなあ
そういえば
「現代詩を書くような人間は生きていくことはできない
死ぬしかないんだ」
などと書いてある小説を読んで
はあっ?と思っていたところだ
私は別に書いていても
何もつらくはない
いい詩が書けたら
自分でうっとりして感動してしまう
つまらないことしか書けなくても
まあこんなもんでしょう
と思う
詩なんかで死ぬもんか
私が何を書いているのか
母がさっぱりわからなくても
全然かまわない
詩なんぞを書いている娘だが
ちゃんと楽しく生きているらしい
そう思っていてくれればいい
(2023年 5月)
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介護の反省
いまだに介護のことを
反省しながら思い出してしまう
月に一度ケアマネが
介護計画の書類に判を押してもらいに
訪問して来る
私は姑が一向にしゃべらないこと
何もやる気が無くて全然起き上がらないこと
ピンポンを理由もなく押してくることなど
姑の気になる現状を説明する
ケアマネは医師ではないので
あらー、どうしましょうねえ
ぐらいしか言えない
慣れない介護で私は本当に疲弊していたのに
ケアマネの関心事は姑の健康状態だけで
介護者の健康ははじめから念頭に無い
ピンポンを尋常でなく鳴らされていることだけでも
介護者の精神を破壊する深刻な事態だというのに
このことから分かった
介護保険事業は
被介護者には十分配慮しているが
介護者には
まあ適当に身を守りながら介護してくださいよ
介護者が病気になっても自己責任ですよ
ぐらいの意味合いしか無いのだ
つらい時
誰か私に介護の報酬を払ってと思った
夫は
好きな時に好きなだけ使っていいからと
生活費を十分用意してくれていたが
そうじゃないんだよ
好きな時に好きなだけ使えるお金が
引き出しに十分入っているということと
好きなものでも買いなよと
お礼の言葉と共に
僅かでも直接手渡してくれるのとは
お金の意味が全く違うんだよ
まあ どっちにせよ
憂さ晴らしにつまらないものも
結構買っちゃったけどさ
介護保険の中に
介護する人のための慰労金というものが
入っているといいのに
月に1万円でも支給されたなら
姑の無茶振りピンポンにも
もう少し笑顔で対応してあげられたかもしれない
(2023年 6月25日)
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AIの詩
兄が新しいノートパソコンを買い
それに今話題の
文章を創り出してくれるAIが
搭載されているというので
見せてもらった
試しに「月の詩を書いて」と入力すると
一瞬のうちにするすると
二十行ぐらいの詩が画面にあらわれてくる
それがなかなかに
普通にきれいな詩なのだ
確かに月の詩の体裁も成している
構成もおかしいところはない
どこかの詩人志望の青年が
こっそり書き溜めてきたような
それなりに知的なロマンティックな詩
月の詩は
私もいくつか書いているが
そうか AIにも書けるんだ
しかも何も苦しまず 秒で
AIが人類を凌駕して
世界を支配し始める
という映画や小説はいくつもあるが
本当にそうなるかもしれないとは
常々真面目に思っていることだ
しかしAIには
決して書けまい
目覚めてしまった夜更けに
ノートに手探りで書きつけた
破綻あり脱線あり
脈絡もおかしい
計算されたものなど何一つない
こんなだらけたまとまりのない詩は
これも詩だ
そう言い張れる私は
ある意味最初からAIとの勝負の外にいる
誇りをもって言おう
こんなへんてこな詩が書けるのは
たった一人
私だけなのだ
(2023年 6月28日)
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ロボット
HPを更新するために
編集サイトにログインしようとすると
あなたはロボットではなく人間か
ということを問うテスト画面が現れる
すなわち
何枚かの写真のタイルが提示されて、
オートバイ、自転車、歩道橋、消火栓
などが写っている部分に
チェックを入れろと言うのだ
私は人間だから
そのような質問はたやすくクリアできる
私は悠々と自分の編集サイトにログインする
ロボットなどに入られて
勝手に書き込まれてはたまらない
こんな簡単なチェックで
私が人間であることが証明されるのなら
いくらでもテストされよう
私が書いた文章が
ロボットに勝てているかどうかは
非常に情緒的かつ観念的な問題だ
少なくとも芸術を謳っているのなら
上下を比べ合う評価になど
惑わされてはなるまい
ロボットではない私が
するりとログインしたこの場所で
人間である私が
人間としての思いを書いている
ここは安全な場所だ
完璧そうなロボットの言葉など
一文字も入り込む余地などない
(2023年 7月12日)
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この暑さについての考察
家には100度まで計れる赤液温度計がある
30センチぐらいの長さの棒状のものである
小学校の時に買った「科学」という雑誌の
付録だったものだ
昨日今日あまりに暑いので
試しに日向の椅子の上に100度計を置いてみた
30分放置したあと見てみたら
52度だった
これこれ これを見たかった
いかに暑いかをTVニュースは
37度、38度と表現する
しかし日向で長時間露出した肌には
たぶん52度以上が照射されている
気温とはどこの何を計るものなのか
地面の上を歩くアリにとっての気温は?
野菜畑の上の蝶にとっての気温は
アスファルトを歩く小犬にとっての気温は
外で遊ぼうとする幼児にとっての気温は
ネットで調べたら
「気温の観測は、風通しや日当たりの良い場所で、
電気式温度計を用いて、
芝生の上1.5mの位置で観測することを標準としています。
また、電気式温度計は、直射日光に当たらないように、
通風筒の中に格納しています。
通風筒上部に電動のファンがあり、筒の下から常に外気を取り入れて、
気温を計測しています。」
とある
日陰の風通しのいいところだけを計って
それを標準気温とされてはたまらない
私はそんな守られたところの気温を
知りたいのではないのである
これから買い物に出ようとしている私を
はなはだしく躊躇させる気温
それがこの赤液温度計の示す52度なのだ
昭和の頃 31度,32度で
わあ、暑いと言っていたのが嘘みたいだ
31度,32度は今では十分涼しい気温だよ?
雑誌の付録で
この赤液温度計を手に入れた小学生の私は
お湯の沸騰温度など調べて喜んでいたはずだ
まさかこれで気温を計るとは思ってはいなかっただろう
100度まで計れる
今後この温度計で
どこまでの数字を見ることになるのか
しかし
暑くなっていいこともちょっとはある
ゴキブリを全然見なくなった
(2023年7月17日)
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愛について
介護のことで
夫とぎくしゃくしていた時があった
夫がほとんど手伝わなかったことについてなど
正確に言うと
夫は姑のおむつ替えをやりたがらないし
姑も息子にやらせたがらなかったので
すべて私がやらなくてはならなかったことについてなど
私はいつも不満だったし
不機嫌だった
イライラしていた
大きな波風もなく
ここまで過ごしてきたが
数年にわたる介護で
私は夫を見失ってしまっていた
姑が施設にはいり
時間ができたところで
夫との若かりし日々を思い出そうとして
日記や手紙を読み返し
何があったのかを文章でまとめ直してみた
そうして私は思い出したのだ
夫がいかに切実に私を必要としてくれて
強く思い求めてくれていたかを
姑のおむつ替えができなかったことは
夫の介護への覚悟の未熟さだ
それは仕方がない 姑もやらせたがらなかったし
しかしそんなことはどうでもよくなるほどに
夫は
若き日の私を支え生かしてくれていた
その深い愛に今更ながら気づいたのだ
若き日の夫は
ノートに何冊も
愛の言葉を書き連ねてくれていた
それが何十年もたってから
再び私に愛を呼び覚ましてくれている
介護で不機嫌な私を
夫は怒りもせずに
静かに見守ってくれていた
思い返せば
おむつ替え以外 できることは
目立たないながらも
あれこれやってくれていた
互いの命の行き止まりが近づき
一緒にいられる時間が
刻々に減って行く
不機嫌やイライラで
無駄にしていい時間など
一秒たりとも無いのだ
過去を振り返らなかったら
夫のことをまじまじと
透明な目で見返さなかったかもしれない
今も昔と同じ愛がここにある
もしかしたら
もっと深いかもしれない
その不思議さに
涙さえにじむのだ
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授業料
テレビのニュースを見ていて
「最近の大学生は仕送りも少なくて
バイトばかりで
勉強どころじゃないそうだよ」とか
「奨学金を返すのも大変だねえ」
などと夫と話していて
私が
「私たち 親に大金出してもらったのに
あんまり勉強しなかったね 遊んじゃったね」
と言うと
夫は
「いや、必死だったじゃないか」
と真面目な顔で言った
私たちの大学時代
多くの友人たちと語らい 笑い
将来について悩み合い
恋した人と共に生きる未来を
手探りで手繰り寄せようと
心を裸にして
真剣に向き合う日々だった
こうして
穏やかな現在の生活にたどり着いている
ということは
親たちの支払ってくれた授業料も
決して無駄なものではなかったということだ
まあ 怠けた勉強を弁解する都合の良い解釈かもしれないが
夫が
私の「遊んじゃったね」に
同意するのではなく
「必死だったじゃないか」
と言ってくれたことが
うれしかった
生き方が分からずたださまよう私を
夫は命がけで
つかまえようとしてくれていたのだと思って
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