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第41集 となりがとおい

首を横に振る

もうそろそろ紫陽花が咲きそうですが

どこか車で見に行きましょうか

と言っても

たぶん

首を横に振る

毎年の桜も多摩川の打ち上げ花火も

ここ三十五年の間

一緒に見に行ったのは

一回か二回ぐらい

誘っても

ずっと首を横に振ってきた


もっと一緒の時を過ごしたかったのに

もっとうざいくらいに

絡んできてくれてもよかったのに

どこでもついてきてくれてよかったのに


三途の川を見に行きましょうか

と言ったら

首を横に振る?

横に振るならば

その振り方は

全く正しいのだけれど

(2020年6月2日)

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時差通学

小学生の男の子が

たった一人

ランドセルを背負い

マンションの入り口から出てくる

白い運動靴で

弾むように歩き出したけれど

いつもの通学路に誰もいない


急に息が止まって

時空が歪む

一瞬のうちに

ここは白亜紀のジャングルの奥地

あちこちに俊敏な恐竜が潜んでいる

一緒に逃げる仲間を探して

度々立ち止まったり

後ろを振り向いたり

急に走ったりするけれど

一人として会えない通学路

他のみんなはどこに行ったの?

全員食われてしまったの?

薄い霧さえ漂ってきて

怖くて徐々に小走りになる

早く早く 誰かに会いたい

息を切らして

暗くて深い森をどんどん突っ切る

昨日の空気が入っているランドセル

今日 何が待ち受けるのかもわかっていない

たった一人

突然放り出された

攻略本のない通学道

迷宮のダンジョンに落ちないように

小さい足でパタパタと走って行く

誰かに会えますように

坂の上の王宮にたどり着くまでに

(2020年6月4日)

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伝染

私が何かで

くすりと笑ったら

夫も

何かわからないままに

つられて

くすりと笑った

あくびと同じ

感情は伝染する

つまり

不機嫌も

たやすく伝染する

そこは

うつらなくていいよと

夫に言いたい

(2020年6月1日)

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一歩

目覚まし時計が

どこかで激しく鳴り始める

そのアラートには

赤い色がついている

昨日まで閉じられていたドアが

無造作に開き

音立てて自然に閉まる音

流れ出した空気には

白いフィルターが被せられている

行かなくてはいけない場所が

また現れた

身支度の仕方も忘れかけて

履き古した潰れた靴に

つい足を入れてしまう

それよりも

一歩 歩き出す力が

以前のままなのかどうかが

気になるのだ

風聞の残渣が

いまだ空高く舞い飛ぶ中にいて


(2020年6月6日)

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口の中から

家でカレーを食べていて

自分のものらしい髪の毛が1本

んべーと口の中から引っ張り出し

これはどこかのお店でこんなことがあったら

突っ返して作り直させるレベルなのかどうかを

考える

以前だったら

外で提供された料理に

わずかな異物が入っている程度だったなら

まったく意に介さず

異物を取り払って

食事を続行してしまっていただろうが

今はどうなのか

まっ 熱が通ってりゃ大丈夫

と思える自分だろうか

突っ返すのも面倒なので

勢いで食べてしまう

それは正しい行為なのかどうか

考える

髪の毛1本ならスルーする

2本だったらやはり「ちょっとちょっと」と

お店の人を呼ぶかもしれない

自分の料理に自分の髪の毛が入っている体なら

「えへへ」とスルーする

見えている分だけたちはいい

うかうかと笑いながら

いつのまにか取り込んでいる何かは

んべーとは

口の中から引っ張り出せないのである


(2020年6月10日)

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ピチピチ

もう還暦を過ぎているのだけれど

私のことを

若くてきれいでピチピチだ

と 会うたびに言ってくれる近所のおじいさんがいる

あらら きっとかなり目がお悪いのね

八十歳の方からしたら

六十歳はまだ十分ピチピチなのかもしれないが

あまりがっかりさせたくないので

意識して姿勢を正し

しわが見えないように距離をとって

若いおねえちゃんのふりをしている

この頃道で行き会う人は

だれもがマスク姿

ちょっと見 年齢がわからない

判断のよすがとなるのは

姿勢や歩き方 服装や髪型

せめて遠目では

若くてピチピチに見えるように

私は大股で大きく手を振り

颯爽と歩いていく

自分の中の「ばあさん」に

土俵際のぎりぎりまで

抵抗を示していたい

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真っ赤なヒヨコ

だれかがタマゴで だれかがニワトリ

ひとりのうしろに 見知らぬひとり

ひとりの前に 新たな3人

だれかがネズミで だれかがオオカミ

タマゴのなかに 真っ赤なヒヨコ

知らずに抱いて ほほずりをした

吸う息出す息​ 止めないように

ひとりのうしろに 見知らぬひとり

ひとりの前に 新たな3人

まだまだ続く 新たな9人

寝ていたコウモリ 翼を広げる

あたりを見回し​​ 座って立って

​握手をするには 隣が遠い

だれかがタマゴで だれかがニワトリ

​わたしのうしろに 見知らぬひとり

わたしの前に新たなヒヨコ・・・


(2020年6月16日)

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ピンポン禍

姑が

もう頭おかしくなったレベルで

枕元のピンポンのボタンを押してくる

十分おきに押してくる

何ですか?とベッドサイドに行ってみても

哀れな目をして私を見上げ

ボタンなんて押してないよという風に

首を横に振るばかり

もう全く言葉を発しなくなっているので

質問票を作って

日めくりのようにめくって問いかける

「息が苦しい」

「痛い」

「気持ち悪い」

「パッド替えてほしい」

「お茶がほしい」

「眠る薬がほしい」

「理由はない」

「さびしい」

どれにも首を縦に振らないが

たぶん「理由はない」か「眠る薬がほしい」かなんだろう

眠る薬は八時にねと

何度も念を押して私は引き上げるが

その十分後にはまたピンポンだ

もうこんなことが五か月近く続いている

夕方から八時までの間だけだったのに

この頃は昼間からピンポンピンポン鳴らしてくる

もうそろそろ怒っていいよね

質問票に

「早く死にたい」を付け加えて

私は

「早く死ねば」と心の中で思い始めるからね

いや実際首を絞める前に

さっさとピンポンのスイッチを切ってしまうから

私は全然大丈夫なんだけれど

本当に苦しくて来てほしいときに

無視されることになるんだよ?

自業自得の地獄が待っていることに

姑は気付きもしないで

野放図にピンポンピンポンピンポン

ボタンを押さずにいられない弱々しい心を

可哀そうなことだと思いながらも

無視して無視して無視してちょっと様子を見に行き

全然平気そうなら

ピンポンのスイッチをブチッ切ってしまうのである

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必要悪

介護というものは

愛とか思いやりとかが

消し飛んでしまう瞬間がある

三年半前 大腸の手術を終えて自宅療養になった時の姑も

全く同じようにピンポンしまくっていた

私はまだ介護に慣れていなかったこともあり

ひとつひとつのピンポンにちゃんと対応しようとして

どうしましたか?

何ですか?

と急いでベッドサイドに飛んでいった

しかしピンポンを押した理由を

本人は何も説明できないのだ

パッドは汚れていないし

気持ち悪いのか痛いのか苦しいのか聞いても

首を横に振る

それが毎日 十数回 数ヶ月続いて

私はとうとう姑のいる部屋に近づくたびに

全身に鳥肌がたち足が震え動悸がして

夜はむずむず足が止まらなくて眠れず

食欲も全然ない

という状態に陥った

そこからもがきながら正常な身体にもどすのに

半年近くかかってしまった

あれから私は冷酷非情な魂を

心の底に隠し持つようになった

あまりにも愚かしいピンポンには

たとえ何か心情的な理由があったとしても

説明できないのならそれは無効だとカウントする

要介護者を冷たく突き放すことも

介護者が自分の身を守るための必要悪であり

それを責めるというのなら

おまえ代わりにやってみろと

もろ肌脱いで凄むこともやぶさかではない

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初めに入院したその日から

声を思うように出せなくなって

退院しても全然治らず三年半たった

言語聴覚士が入って声を出させようとしてくれているが

本人はやりたくない気分で一杯なことは

そばで見ていて私には良く分かる

このごろは腰が痛いとか

起きているとつらい

みたいな表情を作ることを覚えて

しばしば練習を中断させてしまう

それは仮病だよと私は思っているが

スタッフさんは無下に続けることができなくて

じゃあこの辺でと早めに帰ってしまう

声を出せない

自分の意思を伝えられない

それは本人にとっても

ストレスではないのだろうか

声を出せないわけではない

何ですか 何ですかと

意地悪して訊き続ければ

単語で声を発してくれる時もある

しかし大概は首を縦横に振るだけで意思を伝えようとしてくる

基本の挨拶もできなくなってしまって

感謝の言葉も全然無いし

ご飯食べて排泄する人形を無機質にお世話している気分

しかしここに来て思う

もし声をちゃんと出せていたなら

ピンポンを使わず

大声で呼び続けるのかもしれない

同じことを言い続けるのかもしれない

愚痴や恨みを吐き続けるのかもしれない

そうなったら耳を塞いでも無視できない

ピンポンならスイッチを切れば

あとは全く静か

本人の思いは誰にも推し量れないまま

すべては闇から闇へ

そこのところはどうにも無残な気もするが

声が出ない人でよかったな

申し訳ないが正直そう思う

ただ私の自分本位な便宜だけで言っていいなら

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本当のこと

ピンポンのボタンが押されると

受信機からピンポン音がして同時に赤いランプがつく

私はそれを確認してから

どうしましたか?と見に行くのだが

姑はかなりの確率で

なになに?どうしたの?

といった驚いた顔を作り

ピンポン押しましたよねと私が言うと

押してない押してないと

この時ばかりは声を絞り出して否定するのである

それが一日に何回か続く

とんだ茶番だと思いながらも

どうしましたか?を4回は繰り返す

5回目以上は受信機のスイッチを切ってもう受け付けない

4回まではだまされてあげる

これが私の今の精一杯の温情だ

それに介護スタッフが来たときだけ

腰痛を訴えるのも私の大いなる疑惑の種

看護師 言語聴覚士 リハビリ士 入浴介助者には痛いと言い

私が何度も痛いですかと声かけしても

首をブンブン横に振って痛くはないという 

どちらが本当か分からないので

看護師の助言に従って鎮痛剤を飲ませ続ける

その薬が必要か必要でないのか

効いているのかいないのか

それはもはや姑にしか分からない

一体何が本当なの?

本当のことをどうか言ってよ 

怒らないからさ

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踏み越える

多摩川を渡れば

もう東京だ

バリケードで封鎖されていたわけではなかったが

多くの人は橋を渡らなかった

川沿いの遊歩道を歩き走る人たちは

禁止線のすれすれをなぞり

行ってはいけない川の向こうを眺めている

縦に踏み越える時

その足は左足か右足か

大晦日から元旦へ

年をまたぐように

カウントダウンゼロを跳び越す

その第一歩は

まずは足探りの虚歩だ

(2020年6月25日)

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ピンポンチャイムやめました

姑のピンポンチャイムの度合いが

ますます尋常ではなくなってきたので

受信機のスイッチを永久に切ってしまうことにした

実の子の夫もピンポンに対応したくないという

それならば

他人の子の私はもっと対応したくない

100回のうちの1回が本当に何かを訴えるものであっても

99回 何ですかと聞きに行き

ボタン押してないと首を横に振られるのが関の山なのだから

もう仕方がない

定期で見回りに行く以外はもう対応しないからね

ごめんねと言うのも言わせられるのも

腹立たしいので

ピンポンで人が来るシステムなど

最初から無かったがごとく

これからはそれをデフォルトとする

冷たいようだが

心は十分痛んでいるんだよ

痛んでいても私も自分の身を守る必要があって

仕方がないんだよ

これを耐えられるのはよっぽどの慈善家か宗教家か

偽善者か 

ピンポンの御用聞き1回につき千円ぐらいもらえる人だけだよ

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てのひらに受ける

てのひらの上に

人のうんちを

受けたことが

ありますか?

私はあります

ソフトクリームのように

出てきました

ほかほかの

卵二つ分でした

ビニール手袋は

してはいましたがね

下痢便じゃなくて

つくづくよかった

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踏み台

姑が使っていた

玄関の踏み台を

今は家の老猫が

使っている

向こうの方で

小さくカタリと

音がする

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地獄のエンマ大王の前で

いろいろな過去の業をあげつらわれるのなら

私の知る姑の晩年近くは

老いのせいとはいえ

かなり半端ない

しかし私の六十年も

実は相当半端ない

だから同じ穴に落ち込んでいる身として

姑がいかに面倒をかけてきたとしても

邪険にはできないのだ

このブログで

身も蓋もなく毒を吐きまくろうとも

私はずっと優しい顔で笑顔で

姑に接してきた自負はある

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録音に挑む

太極拳教室がまた休止になった

会員さんたちが感染を恐れて

来なくなってしまったのだから仕方がない

いつ再開になるのかわからないが

今から準備しておけることは何か

空気感染が危険だということなので

大声による飛沫の防止策を講じなくてはならない

マスクだけでは到底無理

それならば

指導の声をすべて録音してしまうのはどうだろうと思い

少し前から録音を始めている

6月に買ったばかりのスマホに録音機能があり

これがまた音もいいし使い勝手も便利

気功法4つと24式太極拳、32式剣

まずはこれらの指導を声に起こそうと

スマホの録音アプリを起動した

いつもやっていることだから

すみやかに録音が済むかと思ったがこれが大間違い

まず 録音した自分の声が気恥ずかしく聞いていて嫌気がさす

活舌も悪い

こんな感じで人の前に立ってしゃべっていたのかと思うと愕然とする

自分の声を聞くことに慣れる ただそれだけの関門をくぐりぬけるのに

しばし時間を使った

次は声の調子だ 

テンション高めで元気なのがいいのか 

低めで落ち着いていた方がいいのか

声の大きさにも注意しなくてはならない

次はスピードをどうするか

ちゃっちゃっと速めがいいのか

ゆっくりゆっくりがいいのか

その次は言い間違いの注意だ

左なのか右なのか斜めなのか正面なのか前なのか後ろなのか

説明しすぎてもごちゃごちゃしてしまう

台本を作ってみたがだんだん細かく説明したくなってしまい

自分で実際に動いてみて途中で訳が分からなくなってしまった

適宜丁度よく省略しながらも

動きの基本は言わなくてはいけない

言うべき時に言うべきことを言わないと

出した手や足が止まってしまう

あと少しのところで間違って

吠えながら削除することも数回

よくできたと思っても

聴き直すとダメな部分が何か所もあっていまだに完璧とは程遠い

ユーチューバーの方々もネットにアップするまでには

何度も何度もやり直しているのだろう

歌手の人たちも納得がいくまで何十テイクもするという

気功法四つと太極拳二つ それぞれ十分ほどだ

はぁーっと気を取り直して

また録音に取り組む今日この頃だ


(2020年 7月18日)

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血液上の健康

姑は3か月ごとの血液検査を

クリアし続けている

手術後1~2年は再発を心配していたが

4年近くたつ今はその不安もなく

たぶん姑は血液上はすごく健康

不整脈も薬でちゃんと管理されていて

こちらも血液検査の成績はいい

ということはこの4年間

健康なのに寝たきりですごしてしまったということだ

一体何が駄目だったかというと

動くための気力と筋力を早々と失くしてしまったこと

ベッドの上で溜め息をつくばかりの4年間

これがあなたが選んでしまった人生だ

私は今でも怒っている

だれか私に「それは怒りどころが違うよ

お年寄りとはそういうもの

みーんなそうなんだよ」と言ってほしい

それだって私は怒りを収めない

姑がしっかりと立ち上がり

普通の生活を最後まで楽しんで生きてくれることを

私は切にずっと望んでいたのだ


(2020年7月20日)

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Go To トラベルキャンペーン

7月に入り

Go To トラベルキャンペーンが

世間をざわつかせている

瀕死の業界を復活させる計らいなのだろうが

私には全然関係ないことだ

切実な用件もなく

漫然と出かけて遊びたい人は

せいぜい経済活動と感染行脚をしてくるがいい

などと

365日思うように外出できない私は

毎度皮肉な言い方になってしまう

TVで見るこの連休の人出

多いのか少ないのか分からないが

8月が楽しみだ

毎日毎日どんどん底上げが進み

この状態に慣れっこになっていき

そのうちとんでもない数になっても

私達はきっと

「ふーん」で済ませるようになる

脳のキャパを越えてしまったら

ただ受け入れるしかないのだ

宗教や哲学は

この時代にどう介入してくるつもりか

私は誰かの演説を待っている

あらゆる意味での死の倫理を踏まえて

今行うべきことは何なのか


(2020年7月21日)

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最近のトレンド

姑が1日に3~4回も

おむつで下痢気味の便をするので

皮膚がかぶれて赤くなってしまったことと

異常なピンポンチャイム闘争で

数週間どたばたしたことが

私の最近のハッシュタグでありトレンドだ

なかなか世界の悲劇に目がいかない

目の前の寝たきりの人の現状を

いかに下げないようにするかが

直近の課題であるがゆえに

あと少しで

介護も5年目に突入だ

うんちとおしっこの処理と

食事のお世話

他にもいっぱい心配させられて

4年の間 まさしく私の時間が

少なからず使われたんだぜ?

そんなことに今さらながらびっくりだ


(2020年7月22日)

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30分後

昨日 また蜂にてのひらを刺された

枯草を片付けようとしていて

軍手の上から刺された

チクッとしたとき

トゲかと一瞬思ったが

痛み具合がやはり蜂だった

もう5度目ぐらい

アナフィラキシーになるかどうかの30分

じっとおとなしく待ちながら

30分後に

いきなり死ぬこともあるんだなあと思った

今日が私の命日か 7月22日か 

通常なら夏休み初日ぐらいだな

などと考えていたが

何も起こらなかった

刺し口をよく洗ったから

恐れおののくほどには

腫れなかった

どうやらまた生き延びた

念のためアナフィラキシー用の錠剤を

3錠もらってある

これを飲むときが来るのかどうか

冗談ではなく命に係わることだと

幾分大袈裟でも

思っていた方がいい


(2020年7月23日)

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今年の夏はどんな夏

今年は七夕の鮮やかな笹飾りも

街を彩らなかった

ずっと昔  七夕まつりのお遊戯会を

笑顔で見に来ていたママ友が

8月には病気でいきなり死んでしまったことなども

ふと思い出されて

死はいつでも身近にいたのに

ほら また忘れそうになっている

そういえば

華々しい打ち上げ花火の音が

彼女のお通夜の席を

場違いに震わせていた

お坊さんのお悔やみのお言葉を

必死に聞き取ろうとしながら

どうしたもんだろうねと思っていた

今年はカレンダーに

赤い丸印をつけることもできず

恋人たちが浴衣姿を見せ合うこともない

かき氷や焼きそばの匂いも封じられ

歓声や談笑や大きな拍手も聞こえてこない

誰かのお通夜にふさわしい

静かな夏になるらしい

諸々の出来事を

SF近未来映画だと思って見れば

観光地での人々の満面の笑顔も

遊園地での子供たちのはしゃぎぶりも

死にゆく人も

生きようとしている人も

エピローグが書かれていない壮大な脚本の中

誰かの意図した方向に

我知らず

流されていくしかない

悲しき群衆としての演者


​​​

(2020年7月24日)

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オリンピックができない

本来なら2020オリンピックが

開かれている頃だ

オリンピックのエンブレムが

誰かのパクリだったとか

福島の復興にこそ

お金を使うべきではなかったのかとか

日本の夏の尋常ではない暑さで

熱中症患者続出で

死者も出るんじゃないかとか

開催される前から

さんざん揶揄されていたオリンピックだったが

7月も終わりに近づいているのに

梅雨がまだ明けず

まだ十分涼しい

オリンピックをやるには

まさにうってつけだったではないか

オリンピックに限って言えば

実にまれにみる当たり年だったのに

別の悪い意味で

当たり年になってしまった

ささいなことにケチつけていたことも

バカらしい

洗いざらいさらっていく災禍にもまれ

どんよりとした

めりはりのない夏に突入していく

もうずうっとこの先

こんな感じだったとして

私はいいよ 十分いろいろ楽しんだから

ただ小さな子どもたちが

気の毒だ

新鮮で鮮烈な出来事に

次から次へと彩られていくべき一日一日が

暑苦しいマスクに覆われ

取っ組み合いやじゃれあいすら

禁止されてしまっている

子供時代の大切な日常の記憶が

どんどん鈍く薄くなる

今年開かれるはずだったオリンピック

なんだかんだと言いながら

ストイックに極められた超人技は

日常の中で目にすることのできる

一種の尊い奇跡であり そのエナジーが

ステイホームの檻の中で

小さくしぼんで消えていってしまうかもしれない

それだけがただただ惜しい


(2020年7月28日)



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5分10分



たかが5分10分じゃないかと言うかもしれない

しかしその5分10分は

太極拳の套路でいえば

精度と密度の高いパフォーマンスを

存分に繰り広げることのできる濃厚な5分10分だ

歩くにしてもさっさと歩けば

5分10分後には結構な距離を歩けている

本を読むとすれば何十ページか読めているだろう

人のおしりを拭いているこの時間

特に何の給料ももらえず感謝もされない5分10分

これを無駄でくだらない時間だと思うか

命に係わる神聖な時間だと思うか

時折込み上げる腹立たしさをとどめるには

意識をどう保ったらいいのだろう

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ソーシャルワーカーさんとケアマネさん

姑のおむつを替えるのは

1日に7回か、時には8回ぐらいです

と言ったら

若いソーシャルワーカーさんが

「ええっー? そんなに?

それじゃあどこにも出かけられませんね」

と無邪気に言った

ピンポンチャイムを

姑があんまり頻繁に鳴らすから

スイッチを切ってしまいました

と言ったら

いつものケアマネさんが

「切ってしまったんですか。

本当に用事があったらちょっと困りますね」と

顔をくもらせながら言った

寝たきりの姑のおむつを替える回数は

1ヶ月に約200回前後

そのうち陰部洗浄が必要な便関係の始末が

70回以上

自主的にたびたび姑の世話をしに

ベッドに赴いてあげているんですよ

ええええ 買い物以外どこにも出かけられないですよ

何の理由があろうと

これ以上ピンポンチャイムを鳴らされたら

たまったものではない

というのが私の心の声なんですよね

わかってますか?


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