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第40集 逃げ切りたい(2)


山の上のスーパー

すいているスーパーは

山の上にあるので

歩いていかなくてはならない

リュックを背負って

中学校横をのぼっていき

高校の門の前を通り

浄水場跡地のソーラーパネルの横を抜けて

山の手の住宅地に入っていく

山の上だから

だれも歩いてなんかいない

道が卍に入り組んで

すぐに迷子になってしまいそう

山伝いに少し下りたり少しのぼったり

途中プールつき住宅なんていうのが売り出し中で

あら アメリカみたいと思って覗こうとするけれど

高い塀があって覗けるわけもない

だれにも会わない道なので

迷子になっても道を聞けない

たびたび振り返り目印を探し

帰りもきっとこの道を通ろうと思うけれど

重いリュックを背負ってゆっくりゆっくり

あちこち見回してみても

もうプールつき住宅のある道は

どこにも見つけられなくなっている

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ツバメたちへ

今年も ツバメが帰ってきた

ピロピロツピーと鳴きながら

何羽も軽快に商店街を飛び回っている

君たち 上空から見て気づいたかい

いつも軒先に巣を作らせてもらえる店が

シャッターを閉めていることに

横並びにずっとシャッターが続いていることに

君たち 去年と同じように

そこに巣を作るかい

見守ってくれる人はいないよ

糞を掃除してくれる人もいないよ

いつもと違うかなと思いながらも

巣を作り卵を産みヒナが生まれる

そうしたら

なんだか変だなと思いながらも

育った子たちと一緒に

また旅立っていくといい

来年もまたおいで

来年の今ごろには

シャッターはたぶん

開いているんじゃないかな

そこにいる人の心はもう

元と同じじゃないけどね

(2020年4月30日)

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5月の犬と猫

窓を開けると

向かいの家で咲いているハゴロモジャスミンの

無駄に自己主張の強い香りが流れ込んでくる

ご近所の住宅の玄関周りには

カラフルな園芸花のプランターが

いつもより増し増しで置かれている

犬たちは

あふれかえる花の匂いに加え

巣ごもり生活でありがちな

大量のカレーやけんちん汁の匂い

はたまた行きかう人々から漂う

せっけんやアルコール消毒のかすかな匂いも感知して

幾分鼻が馬鹿になっているだろう

我が家の猫は猫だから

特に何も感じていないかもしれない

風通しの良いところを探して

適当にそこらへんで寝ている

ただいつもは家にいない人が

昼間から家の中をうろうろして

気紛れにかまってくるから

了解も得ず撫でてくる手を

きっと ああ めんどくせえと思っている

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警報

夜 地震があった

震度1もないほどだったのに

どこか遠くでブイーンブイーンとサイレンが鳴り

「緊急地震速報」と

拡声器でのぼやけたアナウンスがあった

こんなサイレン 今まで鳴ったことあったっけ

このところ毎夕「緊急事態宣言」の

外出自粛を呼びかけるサイレンとアナウンスが聞こえている

ブイーンブイーンの地震警報も

ついでに新たに作ったのか

人の流れはだいぶ止まっているが

毎日どこかが騒がしい

この上

南海トラフとか首都圏直下型の大地震とか

富士山大噴火とか

未曽有の大豪雨とか起きたら

どうなるんでしょうね

毎晩 空襲警報を聞いていた時代の人は

どんな気持ちだったんでしょうね

遠くから聞こえてくる防災無線の警報は

エコーがかかりすぎていて

何を言っているのか分からない

今すぐ逃げろと言われていたとしても

何か言ってるやと思うぐらいで

私は夕食を食べ続けているのだろう

そして 足元 下半身と徐々に呑み込まれ

知らぬ間に首元まで呑み込まれているのに

まだしっかりとお箸を握っていたりもする

遠くからの警報は

いつも濃い靄に包まれている

私をきゅっと立ち上がらせるためには

その声は

もっと神のように

もっと悪魔のように

(2020年 5月5日)

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レジのおにいさんの手

山の上のスーパーでは

いまだに手渡しでお釣りをくれる

小銭を渡してくれたレジのおにいさんの手が

たまたま触れて

ひんやりしていた

うむ ひんやりしていた

いい感じにひんやりしてたなと思いながら

また帰り道 道を迷う

もう十数回歩いているのに

適当に路地を折れると

どっちに向かっているのか分からなくなる

なぜ道を覚えられないのかと自分に怒りなから

高台が開ける右方向を目指して歩く

途中途中で 

おにいさんの手 ひんやりしてたな

ほっそりしていてひんやりしてた

久し振りの素手タッチだったなと

ぼんやり思い出している

(2020年 5月5日)

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今年のゴールデンウィーク

いつもゴールデンウィークは

期間中 開いている救急病院をリストアップしたりして

姑の緊急事態に備えていたのだが

今年は全地球人に緊急事態が該当しているので

早々と腰がくだけてしまい

何も考えずに過ごしてしまった

海外旅行や帰省や楽しげなレジャー風景なども

テレビで報道されなかったせいで

大連休という意識すら起きなかった

夫は例年 連休中の大渋滞をテレビで見て

混んでるのに出かけるからだ ざまあみろと思っていたらしいが

それも思わずに済んだであろう

自由に出かけられる人を

密かに羨んでしまう自分も今年はいなかった

無音の静止画のようなゴールデンウィーク

ただの平日としての連休

家の周りをちまちまとうごめくだけの休日

遠くからの遊園地の歓声も聞かれない

まだまだ何かが起こる

未来の教科書にはこの事態の経過と結末が書いてあるわけで

凍えたゴールデンウィークの次は何か

住宅地の向こうの森は若葉色の5月 

いい匂いの風が吹いている

(2020年 5月8日)

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人は案外助けてくれない

ずっと前 休日のお昼ごろ

乗り込んだ電車で

ドア付近に倒れている男の人がいた

うわっ どうしたどうしたと思ったが

周りに立っている人たちが

あまりに平然としているので

とりあえず空いている座席に座った

気になって気になって仕方なかったけれど

そばに行って「もしもし」と声をかける勇気も出ず

武蔵小杉から登戸までの7駅の間

各駅停車だったから誰か降りて行った人が

駅員さんに連絡してくれないかなあと

思っていた

大勢の人が乗り降りしていった

ドアが開いたり閉まったりしたが

駅員さんが覗きに来る様子もなく

男の人は

大勢の人の足元で

ずっと横倒しに倒れたままだった

7駅の間 誰も助けに来なかった

なんということ!

ええ ええ 私が鼻息荒くしながら登戸で降りて

そこの駅員さんに連絡してやりましたよ!

人は案外助けてくれない

助けるのは自分じゃない誰かほかの人と思っている

平常時ですらこの有り様

ましてやこのご時世

倒れている人がいたら

近寄らず 触らず 声もかけず

そそくさとその場から立ち去ってしまうのだろう

人工呼吸が必要だったとしても

触りたくないのだから何にもできない

救命救急講習でマネキン相手にマウストゥマウスを習ったが

昔も今も見知らぬ人間相手に

素人がそんなこと出来るわけがない

人を助けるって大変

ましてや人を避けなくてはいけない今

うかつにそばに近寄れない

もし自分が路上で倒れてしまったら

放置されるのを覚悟しなくてはならない

世知辛いを通り越して

どこか空恐ろしい

人と人との間隔が広がっていくにつれて

愛もどんどん希薄になっていく

「情けは人の為ならず」

そんな諺も徐々消え去りそうな

心震えるこれからの「新しい生活様式」

(2020年 5月12日)

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同じこころ

姑がいかに食べなくなってきているかを

いくら私が訴えても

夫は

1日中寝ていてカロリー消費していないのだから

食べられなくて当たり前だと言って

ろくにとりあってくれなかった

仕方なく私は

ひとりで心配しているしかなかった

ここ1~2か月

夫は家にいることが多くなり

姑の食べているものや食べ方を

見てくれるようになった

焼きナス1切れとヤクルト1本

そんなものしか口にせずベッドに戻っていく

それを見て

夫ははじめて顔をくもらせた

そう 私は

夫にも顔をくもらせてほしかったのだ

一緒にうなづきあい

黙って食器を片付ける

同じこころの人が

そばで見ていてくれるなら

日ごとにあやうく

境界のすれすれをさまよう姑の手を

まだしっかりと

握っていられそうだ

(2020年 5月14日)

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いなくなったときのために

二人それぞれ椅子の上に立ち

夫に天井の照明器具の

電球の取り替え方を教えてもらった

「俺がいなくなったときのために」

還暦を過ぎれば

家族に言い残したいことも

そりゃ たくさんありましょうぞ

お互いに

私には困ったことに

価値があるんだか無いんだか(たぶん無いのだろうが)

なんとも判定不能な詩稿が

べらぼうにある

「私がいなくなったときのために」

人生はもろい

詩があったから

あるいは転ばずに立っていられた

全部重ねたら1メートルの高さになりそうな原稿の束を

全部捨てていいよとは

最後の最後になっても

どうにも言えそうにないのだ

(2020年 5月15日)

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毛虫禍

(たぶんマイマイガ  

      オーマイガッ!)

柿の木に

毛虫「クラスター」が起きた

黒っぽくてオレンジ色の点々があり

1センチから3センチぐらいの

全身に短い毛がいっぱい生えたやつ

柿の木の幹のゴツゴツに紛れてびっしり

これはもう「オーバーシュート」だ

もしくは「パンデミック」だ

今すぐに柿の木を「ロックダウン」しろ

「マスク」と「防護服」を着用の上

わりばしで摘まんで

1匹1匹「検疫」しながら駆除していく

上の方の葉っぱには

まだ「ステルスキラー」が潜んでいるぞ

ビニール袋に集めていったら

少なくとも160匹

柿の木から「ソーシャルディスタンス」をとって

しばらくは様子見の「ステイホーム」

毛虫発生の「第2波」に備えて

「緊急事態宣言」発令中

(2020年 5月15日)

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次の瞬間にも



払うべき自動車税の振込用紙と

千円札が何枚か廊下に散らばっていて

そのそばに

紙幣を引きちぎるエントロピーを持ったやつが

無造作に寝転がっている

次の瞬間にも

噛むのだ

引っかくのだ

生きているとは

そうでなくてはいけない

果てしなく無為に寝ている人も

私にこうしてものを思わせるという点で

無為ではないのだ

パソコンは

次の瞬間にも

機能を止めるのだ

そのおののきを込めて

こうして文字を打っているのだ

次の瞬間にも

翼竜は群れ成して空を舞い飛ぶ

そうでなくてはいけない

(2020年 5月17日)

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東京のお葬式

3月の頃

ダイエーで買物をしていたら

高齢の女性が話しかけてきた

今日 東京に住んでいる姉の告別式があるという

通りすがりの見知らぬ他人の私に

「東京だからお葬式行かなくていいよね

電車に乗って行くのが 怖いから

行かなくていいよね」と

しきりに話しかけてくる

私は

「そう・・ですね 無理しない方がいいかもしれませんね」と

答えた

その女性はその後も私から離れず

若いころ東京で洋服を売る仕事をしていたのよ などと

ひとしきり話したあと また

お葬式行かなくていいよね と私に聞いてくる

私は そうですね としか言えなかった

この時期 大切な人のお見舞いやお葬式に行けない人が

どれくらいいたのか

生き死ににまつわる祀りがすべて滞り

心までがその場所から動けなくなってしまった人たち

あれから2か月たったが

東京のお葬式 

もう行っても大丈夫とは

まだ言ってあげられそうにない

(2020年 5月19日)

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らっきょうの話

私にとって

死ぬほど嫌いならっきょうだが

それを食べなかったら死ぬぞと言われたら

鼻をつまんで 味覚を封じて

死ぬ気で食うだろう

100個でも食べてやる

それで生きられるというのなら

ところが姑は

死ぬほど嫌いなわけじゃなかろうに

おかゆや煮魚や煮物や卵焼きを

全然食べない

入院中出された姑に配慮した病人食も

フルーツ以外一切手をつけず

箸でつっつきもしなかった

死ぬほど嫌いじゃないのなら

食べなよ 

食べなくちゃいけないんだと思って努力しなよ

病院や施設に行くことになったら

そんな食べ方じゃすぐに死んでしまうよ?

コロッケとお刺身とフルーツだけで

生きていこうと思っているの?

まあそこそこ生きてはいけるかもしれないけどさ

別の病気になっちゃうよ



(2020年 5月20日)

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神奈川エール

5月はまだまだ全然ダメだろうと思っていたが

案外 ダメじゃなかった

感染者が激減しているではないか

5月半ばを過ぎて

日本の1都3県以外は緊急事態が解除になった

だが神奈川県はまだダメで

まわりはどうあれ 自粛は続く

もしこれが学校で起きたことで

私が神奈川A組のクラス担任だったなら

これはこれは 全校でなんと最下位

うーむ 困ったねえ 

あんなに頑張ってたのにねえ

マンモスクラスの東京組にも負けちゃうなんて

​どういうわけかねえ

先生 なんだか悲しいよと

うなだれていたかもしれない

しかしここからの起死回生

一気に挽回するぞー

もうひと頑張りだーと

気炎をあげてもいるだろう

個人個人の問題だけれど

連帯責任も感じている

リーグ戦かトーナメント戦か知らんけど

他クラスに負けず 

勇躍 勝ち上がれ 神奈川A組!

とか

空元気出して

旗振りしてるんだろうな

(2020年5月20日)

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今年のカラスは

近所のアパートのおにいさんが

ちょいちょいゴミを

集積所のアミの外に出していくものだから

カラスが4~5羽飛んできて

食べ残しのうどんやらこんにゃくやらお菓子の袋が突っつき出されて

ゴミのプライバシーがダダ漏れだ

たぶんいつもの年より生ごみ豊富なゴミ捨て場

味をしめたカラスたちが

ゴミ袋と見ると

見境なく突っつく 突っつく

そのうちうちのオムツ満載のゴミ袋まで

突っつきはじめて

おいおいおい やばしやばし

うんちオムツを引きずりだされたら

やばしやばし

突っついて出てくるのは

湿った綿状パルプと高分子ポリマー

今最高潮に需要が高い不織布

気がつけばあたり一面雪のよう

カラスたちよ 学習しなさい

オムツ入りゴミ袋の中には

食べられるものは何ひとつないのです

つんとした匂いに辟易しながら

飛び去るしかないのです

(2020年5月23日)

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栃木を思う

昔のノートを見ていて

栃木弁を書き留めていたページをみつけた

もうほとんど誰も使わない言葉

栃木の両親が使っていた言葉だ

こでらんね(たまらない)

よじぶる(よろよろする)

がおる(意気消沈する)

かんちょり(やせすぎ)

らいさま(雷)

だいじ(大丈夫)

ごじゃっぺ(でたらめ)

とやにはいる(悩む)

うら(うしろ)

おしゃらく(おしゃれ)

おっかない(こわい)

こわい(つかれる)

いじやける(いらいらする)

かんます(かきまわす)

わすらする(いたずらする)

ぶんぬき(そっくり)

でれすけ(ばかもの)

からてんぼ(荷物が無くて身軽)

~だっぺ(~だよ)

もっと他にも何か言っていたような気がするが

もう何も思い出せない

アクセントもイントネーションもちょっと変な栃木弁

「牡蠣」と「柿」 「雨」と「飴」

「橋」と「箸」

未だに⤴か⤵かを夫に直されるが

ちっとも区別をつけられない

東京に出てきた最初の時分には

自分のしゃべりはどう聞こえているのか気になったが

私はもともと妙で雑で拙いしゃべり方

早口な東京弁や軽妙な関西弁には

最初から勝負を挑まず引きの姿勢

東京に7年 神奈川には35年住んでいるわけだが

いまだに私のソウルの根幹には

19歳まで住んでいた昔の(昭和の)栃木があるのだ

(「レモン牛乳」の全国展開を強く望む!)

(「しもつかれ」は見た目が気持ち悪いので食べたことがない!)

(「餃子」が有名になったのは私が東京に行った後!)

(2020年5月24日)

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介護日記

食べたものと量

うんちの回数と量と形状

育児日記に書いたものと同じようなことを

介護日記にも書く

ただ寝ているだけだから

書けることは少ない

赤ちゃんのように

今日は何回笑ってくれたかだの

これができるようになっただの

少しずつの成長を

喜びと共に書く

ということは全くない

丁寧に日々を記録しても

あとで こんなだったよと

日記のページをめくり

当人と笑いあえる

ということもない

昨日と同じであれば

ほっとする

昨日より何かができなくなったり

悪い変化があれば

いちいちその先の袋小路を覚悟する

特記事項は

夜になると呻き出して

眠剤を何度も要求してくること

その秘められた無音の苦悩と恐怖

いつかゴミとして捨て去られるだけの

介護日記

誰かの道行きの参考になるとも思われず

この介護日記は

介護の終了をもって

完全消滅にする所存

(2020年5月25日)

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スーパーの中

床に

黒い矢印と

黄色いテープで引かれた停止線

あちこちに

注意喚起の白い旗

ちょっとずつ

ブレーキをかけながら

一コマずつ進みます

常時お顔を守る

マスクを着用し

たった一人で来てください

助手席に

人を座らせてはいけません

車間距離も

十分に取らないと

もらい事故に遭いますよ

料金所まで来たら

トレイの上にお金を置いて

用が済んだらすみやかに

出口に向かいます

知り合いに会っても

おしゃべりしてはいけません

ホーンを鳴らしてもいけません

ハンドルとブレーキを

細かく小さく制御して

決して暴走してはいけません

あおり運転など問題外

でないと

衝突事故に遭いますよ

(2020年5月26日)

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解除

ホタルイカが

波打ち際で

身投げするのは

満月の夜だったか

新月の夜だったか

沖の方まで

累々と連なる

青白い墓標

折り重なった喪は

次々と寄せる波に

小さくもまれ

たまさか

灯された虹は

幻のブリッジとなって

夜の海に

色階のステップを

架け渡す

(2020年5月26日)

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お寺からの葉書

毎年7月12日には

お施餓鬼の法要があるのだが

お寺さんから

来るのを遠慮してほしい旨の葉書が来た

卒塔婆代+管理費の8000円を現金書留で送ってくれれば

お墓に卒塔婆を立てておいてくれるそうで

鏑木家のご先祖さまへ 大切なご連絡

7月12日にお墓のお掃除に行けなくなりました

お花もお線香もあげられません

墓石をピカピカに磨いてあげられません

手を合わせて拝んであげられません

お墓の片隅にお守り代わりに置いた

猫の顔の形をした小石が

今年もまだあるかどうか確認に行けません

お盆やその他の日のお墓参りも

当面自粛してほしいそうで

死者たちと生者たちとの語らいにも

ソーシャルディスタンス要請は波及する

とはいえ実質 

お寺周りや墓地をうろうろしているのは

生身の生者たちだけなのだが

生身の集合にこそ

死の気配を感じてしまうのだと

お寺さんは言っているわけで

ご先祖さまへ

色々と収束するまで

お墓参りに行ってあげられません

とりあえず7月12日は

お寺さんが

代わりに拝んでくれるそうで

(2020年5月27日)

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畑の疫病

疫病という言葉は

野菜作りの場でも

よく耳にする

たとえばうちの家庭菜園でも

今年はジャガイモが疫病にかかり

植えた苗のほぼすべての葉っぱが

黄ばんでしまっている

去年トマトを栽培した場所に

ジャガイモを植えてしまったための

連作障害だとか夫は言っていた

疫病は特定の野菜全般に広がり枯らす

なんで疫病などという不穏な言葉が

畑で使われることになったのか

今年は妙に気になって

なんで疫病なの? なんで?と

噛み付くように夫を問い詰める

なんでと聞かれても

昔から野菜の病気は

疫病と呼びならわすことになっているのだから

訊かれた夫も返事に困る

人間界の疫病の蔓延と相関しつつ

野菜界も病んでいく

被害がこれ以上広範囲に及ばないように

うちの畑の医療担当者である夫の

素早く適切な処置対応が望まれる

(2020年5月28日)

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回遊

遺伝子が

生きられるはずがないと言っている

潮に乗って

果てしなく流されて来た

氷の海で凍えていくはずだった

小さな手違いで

暖められた世界を

泳ぎ切ってしまったのだ

肺胞に

黒い海流が流れ込んでくる

成体になって初めて知る

鮮やかに輝く鱗の青

運命づけられた遺伝子の中

新たに生まれた抗体が

生き延びてもいいらしいと

自信無げに告げてくる

次の冬が来たら

また遠く流される

はじめから

やり直さなくてはならないのか

死滅回遊魚となって

(2020年5月31日)

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